月夜の晩の出会い

いつものように、
毎週木曜日の家庭教師の時間がおわって、
かえり道。

いつもよりも数倍も明るい月のひかりを眺めながら、
ここちよく歩いていた。
ふと近所のスーパーから、
ひとりの帽子をかぶった老人が歩いてきた。

その風貌に、なにか思い出すものがあった。
しばらく、おじいさんの跡をつけて
歩きながらよく観察する。

勇気をふりしぼって、たずねてみた。
「 あのう、あなた踊りをする人ですよね?」
そのぼうしの頭が振りかえり、
私の目をじっとみつめた。
「 ああ、そうだよ。」

「 いつか、セントジュルジ祭で
踊っていらしたのを見たんです。
とってもお上手でしたよね。」とほめると、
その表情がふとやわらぎ、
ほほえみさえ浮かんだ。

「 あの後でビールをおごった奴、
誰だか知っているかい?
あれは、バラージュとかいう歌手なんだよ。」
NAPRA(ナプラ)という、ハンガリーのエスノ・ロックのバンドが
迫力あるコンサートをしていた。
そのとき突然に踊りだしたおじいさんのダンスがあまりに
素晴らしかった(味わいがあった)ので、
そのご褒美にビールを持ってきた男がいたのだ。

「 踊りを見せてくれませんか?」
「 どこで踊ったらいい?」
「 ウルクーの、どこにお住まいなのですか?」
ウルクーとは、この町のジプシー居住区のことである。
「 俺はいつでも、この地区にいるよ。
 このゴミ箱のあたりにね。」
私たちは、商店から離れて
うす暗い、ゴミ箱のあたりに立っていた。

「・・・恥ずかしいことに、俺は宿なしなんだ。」
「 こんなに寒いのに・・・。
 毛布はあるんですか?」
「 ああ、ゴミのあたりなら
 何か見つかる。」
おじいさんの息がアルコール臭いのに、
そのとき気が付いた。
あの祭りのときにも、確か飲んでいるようだった。

「 ご家族は、いらっしゃらないんですか?」
「 ああ、家内と別れたんでね。」
「 ご両親もいらっしゃらない・・・。」
「 ああ、父さんも母さんも、
 死んだんでね。」
母さんというところで、
おじいさんの黒い瞳がすこし潤んだようだった。

「 おじさんのお名前は?」
「 俺の名前は、ドイツ語なんだ。
 君には書けないはずだから、俺が書くよ。」
差しだしたボールペンをにぎって、
ノートにおぼつかない文字が並ぶ。
「 ディマ・エルンス」とやっとのこと解読できた。
ドイツ語の名前・・・ということは、彼の両親はドイツ系の住民だろうか。

「 どちらから、来られたんですか?」
「 インドからだよ。」
と大真面目な顔で、答えるおじいさん。
どうやらジプシーがどこから発祥したという意味で、
かん違いしたようす。

それから、
「 俺は、ブラショフ県の出身だよ。」
と寂しそうに答えた。

ポケットの中でいつしか握っていた紙幣、
「 パンはありますか?」とたずねると首をふった。
店にはしって、パンを買ってきて渡す。

「 あんたに、何をいいたいか分かるかい?
 俺はね、これでも高校まで出ているんだ。」
アメリカの何とかいう作家のはなし、
フランスの何とか二世とかいう王様のはなしをした。
どれも、聞いたことのない名前だった。

「 怒らないでおくれよ。
 俺はね、学のない人間だって
 馬鹿にされたくなかったんだ。」
「 いいえ、そんなこと思っていません。」
おじいさんの肩をたたいた。

私たちは、
土曜日の正午にその場所で
会うことを決めた。
「 じゃあ、
 土曜日の、教会の鐘がなるころに。」
私たちは別れた。

明るい月夜のした、
いつしか小走りに歩いていた。


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*2008年春のセントジュルジ祭の、
 コンサートの出来事は、こちらです。


ドボイ村、秋の遠足

あたたかな秋の午後、
私たちはドボイにいた。
まだ初雪がくる前のこと、9月の終わりのことである。

宮崎からのお客さまがみえたので、
枝にサロンナ(ベーコンの脂身)を刺して、薪で焼く。
私の庭で、ワイルドな昼食会。

うつくしいドボイ村からの眺めを見せたくて、
丘の斜面めがけて出発した。
村はずれで、ジプシーの子どもたちに出会うと、
いっしょに連れて行ってとせがんできた。

結局、いっしょに遠足に行くことになる。
「 ねえ、この前とった写真はどうなった?」と聞いてくる。
夏に遊びにきた、台湾人の友達が撮ったもののことだ。
今年の夏からお客さまが多かったので、
すぐには誰のことか分からない。

男の子たちは、馬に乗って
アクロバットな芸も披露する。
さすがにジプシーの子どもたちは、たくましい。

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少し歩いただけで、もう村が目の下に見えてきた。
まるで守られているかのように、
森のなかにひっそりとたたずむ村。

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蒼い空に、
ローズヒップの赤がまぶしい。
野生のバラからとれる、この実は
ビタミンCが豊富で冬の大切な食料である。

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その真っ赤な実を摘みはじめると、
子どもたちはすぐに手伝ってくれる。
「 これ、何に使うの?」
「 お茶をね、作ろうと思うの。」
トゲに気をつけながら、取らないといけない。
カメラ・ケースの中は、
すぐに鮮やかな赤でいっぱいになった。

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女の子たちは、私とNさんの間を行ったりきたりしながら、
手をつないだり、腕を組んだりする。
恥じらいとか、照れというものはないから、
あっという間になじんでしまう。

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体格は5歳の息子と同じくらいなのに、
やせ馬を使いこなす男の子。

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馬の背をたたいて、
丘の上まで猛スピードで駆け抜けて行ってしまった。

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もう、ここは丘の上。
やわらかくカーブを描いた地面は、
あたたかく包み込むようだ。
秋のにおいと色を、からだいっぱいに感じる。
遠くのほうに、小さな村も見られる。

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さえぎるものがない広い台地、
ここは最高の乗馬場。

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言葉も通じないのに、
ジプシーの少女たちと仲良しに。
「 ほら、あんまり引っ張っちゃ、駄目よ。」
感情がストレートな彼らには、
こちらもストレートに返さなくてはいけない。

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もう、お隣のお姉さんのように
こき使われるNさん。

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やせ馬の上に、子どもたちが息子を乗せてくれた。
「 馬から落ちたら、大変。」と
過保護心がはたらきそうになるが、抑える。
たくましい彼らを見習わないといけない。

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いたずらっ子のジュジャが、おんぶする。
「 今度は、俺の番。」と男の子も。
泣き笑いをする、可哀相な息子・・・。

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「 もう、この先は行かないほうがいい。
 クマが出るって、お父さんが言ってた。」と男の子。
「 そう?こんな日中に?」と聞くと、
そうだという。
ドボイ村の奥には、深い深い森が広がっている。
夜な夜な、クマが村を徘徊するというのは本当のはなし。
では、引き返そう。

帰り道、
みんなが楽しそうに並んで笑う。
ジプシーの子どもたちに振りまわされながらも、
ここちよい秋の遠足をプレゼントしてもらった。

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「 ほら、キレイでしょ。」
大きな葉っぱがかぶさった枝を、
もって来てくれた少女。
燃えるような赤の葉っぱが茂っている。

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この秋の赤は、
今でも私の家で燃えつづけている。
オレンジ色の陽を浴びながら、
丘を歩いた夕方を思い出させるように。




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ヴィシュターフォークロアが息づくカロタセグ地方の村

10月のはじめ、
私たちは再びカロタセグ地方にいた。
私たちの暮らすスフントゥ・ゲオルゲから
車で6時間あまり。
なだらかな丘と丘の合間で
車を降りた。

ぼんやりとしたくもり空、
乾ききった色のススキ野原。
涼しげな風がそよいでいる。

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まだ日が暮れるまで時間がありそうだ。
さて、ここからどこへ行こう。
地図を広げてみると、
ヴィシュタという村が近くにあるらしい。

むかし、6年前にブダペストでまだ学生だったころ。
建築史を専攻する日本人留学生の方と、
私たちでカロタセグの村を見てまわったことがある。

ヴィシュタの駅で降りて歩いていると、
声をかけて馬車に乗せてくれた人がいた。
村を歩いていたら、
手招きをして家のナシを分けてくれた人もいた。
大きな洋ナシを両手にいっぱいのせながら、
「 小さい人間は、小さい人間を助けるものさ。」とおじさん。
そんな素敵な思い出のある村。

村に入ると、可愛らしい石造りの家が立ちならんでいる。
壁には、カロタセグの衣装を着た人々が彫ってあり、
門にはイノシシの子のような彫刻がのっている。

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カロタセグ地方は、門や建物の飾りも華やか。
雨どいの上には、小さなこんなオブジェも。
モミの木と小鳥たち、1976という年号も入っている。
あのジプシー職人が作ったものだろうか。

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バラと兵隊さんのレリーフ。

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黒い衣装のおばあさんが道を横切った。
革のベストを手に持っていたので、
たずねて見せてもらう。
この地方のおばあさんは、
ご主人をなくすと喪服が日常着となる。

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ちょうど中心の広場のちかくに
新興宗教のアドベント派の集会場があったので、
トイレを借りる。
番をしていたおばさんに、
「 この村で、刺しゅうをする人をご存じないですか。」とたずねると、
「 さあね・・。
 あなた、ハンガリー語読める?
 この本をプレゼントするわ。」といって、
宗教冊子を手わたした。

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この村のカルバン派教会は、歴史が古い。
宗教改革が起こって、
トランシルヴァニアにプロテスタント教が伝わったのは17世紀ごろ。

偶像崇拝をきらい、
よりシンプルに教会を作ろうとする起こりがはじまって、
教会の壁は白く塗りかえられた。
イエスの像、マリアや聖人の絵の代わりに
地方の手芸や工芸が使われるようになった。

中を案内してくれたのは、女性の牧師さん。
「 写真は、撮ってはいけないことに決まっているの。
 私じゃなくて、教会の決まりだからね。」

かつて6年前に会ったのと、同じ牧師さん。
その日は、村の収穫祭の準備で忙しいからか
意外とそっけない。
「 私たち、6年前にもここにきて、
 あなたとお会いしましたよね。」と嬉しそうに話すと、
思い出したようだ。
「 そうね、少しだけなら。」と許可をもらって、
写真を撮らせてもらう。

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この教会の新しい遺産は、
漆喰の壁から発見されたフレスコ画。
カトリック時代の、古い絵画が
こうして何百年もの時をへて見つかることもある。

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天井を見上げると、植物もようのギャラリー。
花や植物に加えて、
星や月、太陽、動物などのシンボリックな世界観。

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牧師さんがお説教をする台。
王冠のうえには、
カルバン派の象徴であるペリカンの像も見られる。
古いイーラーショシュの刺しゅうクロスが、
古い絵付け家具にぴったりと寄りそう。

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牧師さんにお礼を言って、
刺しゅうをするおばさんを尋ねると、
「 バルタ・イボヤ・・・。それしか知らないわ。」という返事。

その手芸のおばさんを探したずねる。
通りでは、可愛らしいおばあさんがお孫さんを
お散歩させているところ。

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「 教会から数えて、6件目の古いおうち。」
と話に聞いた家がこちら。
木造の透かしもようがうつくしい、カロタセグの古い民家。

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「 バルタ・イボヤさんを探しているんですけど。」と
おそるおそる尋ねると、家にご在宅のようす。
おじさんに促されて、部屋のなかへ。

可愛らしい衣装をきたおばさんに、
教会の牧師さんの紹介できたことを告げると、
「 あっ、あなた・・。」と驚く。
暗い室内でよく分からなかったが、
先ほどアドベント派の教会で留守をしていたおばさんだった。

それにしても、先ほど刺しゅうについて尋ねたのに・・。
おばさんはさっそく、お手製のベストを見せてくれた。
「 使っているのは、この糸。」と
光沢のすばらしい絹糸を手にもって。

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1ミリのすき間もないほどに、
密集した糸のうつくしさ。
息が詰まるほどの、
たくさんの文様がうごめいている。

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お部屋の壁にかかっている
クロスステッチのタペストリー。
バラの森とシカ、キノコがかわいい。

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この細長いふくろは、
お菓子やパン作りにつかう麺棒いれ。
バラのクロスステッチが素敵です。

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古い木造の家の縁側では、
ブドウのつたが日陰をつくっている。

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イボヤおばさんは、その古く趣のある部屋をすみから
すみまで見せてくれた。
ふと部屋の中でみた、分厚いコットンのギャザースカート。
「 これはスカートの下にはくものよ。
 ほらね、こんな風にきれいに見えるようにね。」
驚いた。
てっきり、おばあさんたちの体型が腰張りなのかと思っていたら、
作りこまれた理想のからだつきだったのだ。
民俗モチーフでも見られる、
女性の象徴であるTulipan(チューリップ)のようなからだ。

突然の訪問だったにもかかわらず、
親切におもてなしくださったバルタ夫妻。

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そして、再びあの谷間を歩いていた。
もう日は傾いてきている。
目指す村は、まだ遠く。
丘にさえぎられていて、見えてこない。

ヒッチハイク成功で、
ボガールテルケに着いたのは、日没前。
いつもの小さな一本道。

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菊芋のお花が伸びている。
「 めしどろぼう」といわれるほど、
ジャガイモのような根っこは美味しいと母が話していた。

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トウモロコシの葉も、すっかり干からびている。
秋はますます深くなり、
これから長い長い冬がはじまる。

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*バルタ・イボヤさんの刺しゅうベストに関して、
 詳しくはもうひとつのブログにて。
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フェケテ・トー(黒い湖)の市

トランシルヴァニアで一年に一度開かれる、
フェケテ・トー(黒い湖)の市。
クルージ・ナポカとオラデアの間の、
山並みにある小さな村が舞台となっている。

車ではるばる6時間。
クルージ・ナポカから西側へ。
カロタセグ地方で車を降りる。
ボガール・テルケ村の知人宅で就寝。

朝8時の電車にのるべく、
無人駅をめざす。
秋のトランシルヴァニアに特有の、
濃い霧があたり一面にたちこめる。
まだ夢の中をさまよっているようだ。

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小さなプラットフォームでは、
年に一度の市で売りにいくもの、
買いにいくものがたたずんでいる。

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「 何を探しにいくの?」
「 何を売りにいくの?」
村の知った顔同士の、会話がはじまる。
友人のアティラさんに、
「 キレイなブーツがあるよ。どう?」と
すぐに商談がはじまった。

カロタセグのプリーツ・ブーツ。
かかとには、小鳥のモチーフが刺しゅうされていて
うつくしい。

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遅れてやってきた、空色の列車にとびのる。
中はすでにギュウギュウ詰め。
コンパートメントに入ることさえできない。
大学生らしい団体が、通路のあらゆる場所を占領して
座っていた。
「 こんなに満員じゃ、
 検察もきっとこないだろうね。」と笑う。

満員列車の旅も、
話し相手がいれば楽しいもの。
よじれた体は苦しいけれど、
やがてローカル列車は小さな村に停車した。

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降りたら、もう市場は目の前に広がっていた。
無数のテント、ごった返す人々・・・。

外国人と一見して分かる
私をおいて、ダンナもさっさと自分の目的に向かって
行ってしまった。

かつて「娘市場」と呼ばれていた
この伝統ある市では、
結婚相手を探す場所だったそうだ。
お金さえあれば、何でも手に入る。

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ちいさな橋のしたに、
テントとビニールシートが広がっている。
色鮮やかなジプシー・スカートに見とれていると、
「 ほら、あんた。ちょっとおいで!」
とジプシーのおばさんに声をかけられた。

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「 どんなものを探しているの?」と
次から次にシートにばらまかれた
衣装を持ってきて、見せてくれる。

「 私は、ジプシーのダンス講習会でも、
 衣装を売っているのよ。安くしとくからね。」と
積極的に商談をすすめてくるおばさん。

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セーク地方の皮のジャケットが、
思ったよりも安かったので、買うことにした。
不意にやってきたダンナに、相談。

試着した後で、からだにたくさんの羊毛がついていたので
裏返してよく見ると・・・。
羊の毛がどんどん手で取れていく。
虫にやられてしまったようだ。

もうすぐの所で、買ってしまうところだった。
次からは気をつけよう。

また独りでぶらぶらしていると、
織りの素敵な袋を見つける。
「 こうしてね、肩にかけて使うのよ。」と見せてくれた、
ルーマニア人のおばさん。
農作業用に使っていたかばんは、
前と後ろが袋になっている。

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珍しい手仕事を発見したので、
思わず立ち止まってしまう。
ゴブラン織りのような、立体感。
裏をひっくり返すと、チェーンステッチのようになっている。
どうやって作ったのだろう。

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おばあちゃんが、可愛らしいペチコートをはいて
お客さんに見せている。
値段を小耳にはさんだが、
一瞬にして忘れてしまうほど高価だった。

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なんてエレガントなエプロン。
エプロンは、民俗衣装の中でも花形。
飾ること、見せることに中心がおかれるので
その土地土地の美意識を、
見事にあらわしている。

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チロリアン・テープがはりめぐらされたエプロン。
簡単なのになんて、おしゃれ。
「 さあ、どう?」とおばあさん。
「 ごめんなさい。お金がないの。」というと、
「 それは、大変だわね。」という返事。
思った以上に、お金がいる市・・・。

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村の民家によく見られる、
ハンガリーのラーコーツィ王の絵。
ナイーブ・アートの、こってりとした色使いがいい。

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先ほど見た、セークの革ジャケットを見つける。
「 そんなに高くは、しないよ。」という女性。
聞くと、案外手ごろな値段だったので、
すぐに購入。
セークの女性の紅色は、
なんて気品のある色なんだろう。

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橋をわたって、向こう岸に。
白いテントが、どこまでもどこまでも続いている。

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上からこうして眺めているだけで、
一日が過ぎてしまいそう・・。

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フォークアートで有名な、カロタセグ地方は
ここ一帯に集まっている。
ティスタ・ソバから、少しずつあの宝物を持ちだして
売っているおばさんたち。

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川岸に並んだ刺しゅうや織物の数々。
ルーマニア人の手芸は、大柄で色使いも濃く、はっきりしている。
まるで展示でもしているかのよう。

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ボガールテルケ村のカティおばあさん。
80すぎのおばあさんが、はるばる独りで
ものを売りに来ている。
「 ちょっと、お待ちなさい。」と
値段に不服のお客を呼び止めている。

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どこからともなく、音楽が流れてきた。
誰に聴かせるということでもなく、
自然に弾いている、その感じが
この市の雰囲気にぴったりとあっている。

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深い赤と黒のエキゾチックな配色の布がいっぱい。
「 この布は、イスラエルから直輸入だよ。」とおじさん。
セークのおばさんも買い求めている。
いつか、この布地が民俗衣装に生まれ変わるのだろうか。

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見るからに暖かそうな、
羊使いのコートを羽織ったおじいさん。
ジプシーの青年たちといっしょに。

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ここだけがインドみたい。
キラキラと金糸が輝く、
目の覚めるような衣装を着た
ジプシーの女性たち。

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フェルトのコートには、
1934年の刺しゅうが刻まれている。
今は数のすくない、ドイツ系の民俗衣装。

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壊れた古いヴァイオリンたち。
長い年月のほこりを吸って、
どんな音が鳴りひびくのだろう。

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その隣には、湿気をふくんだ古い布きれが山になっている。
よく見ると、ヘブライ文字や星マークの刺しゅうがある。
これはユダヤ人のもの。
小さな袋をひっくり返すと、
お守りのようなものが転がりでてきた。

行きの車の中で、
友人のお父さんが話した言葉が思い出される。
「 俺たちが小さいときには、
 町にハンガリー人も、ルーマニア人も、
 ジプシーも、ユダヤ人もいたから、
 民族が違ったって何の問題もなかった。
 
 大学時代にクルージ・ナポカに出て、
 はじめてそうじゃないって分かったんだ。」

ドイツ人はドイツへ移住し、
ユダヤ人はイスラエルに渡っていった。
それでも、なおこうした古い品々は、
そうした民族の痕跡をしっかりと残している。

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フェケテ・トーの骨董市は、
長い年月を通じて人とモノとの出会いの場所であった。

次の年の1月ごろには、自然とこういう会話が聞かれるようになるそうだ。
「 今年のフェケテ・トー市にはいく?」
私は、迷わずきっとこう答える。
「 もちろん。」


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*フェケテ・トーの蚤の市で見た、
 トランシルヴァニアの手芸品の数々はこちらで。
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カリウのサイン

ところはクレジャニ村、
ときは10月18日の午後。

タラフ・ドゥ・ハイドゥークスのメンバー、
カリウの演奏のあとで
サインをもらった。

写真家の加藤アラタさんは、
日ごろお使いの
カメラのフィルターに。
「 今まで、どんなに憧れた人と仕事しても、
 サインをもらったことはなかった。」と後で話してくださった。
シャッターを切るごとに、この筆跡は
だんだんと擦り切れて消えていってしまうものらしい。

写真家のYUUMIさんは、
ジャケットの裏がわの左むね部分に。
「 こうして、守っていてくれるようにね。」と
大切そうに、カーキ色のジャケットを抱きしめた。

私もお二人に便乗するかたちで、
何か書いてもらうものを探す。
カメラは黒いから筆跡が見えないし、
ジャケットの裏地も黒。
それとも、めがねケース?

仕方なく、ジプシー旅行のメモ帳代わりに
使っていた、くたくたのノート。

その裏表紙を差しだすと、
カリウが快くサインに応じてくれた。
「 2009年、18日。オクトンブリエ(10月)。」
この10月のスペルは、やや自信なさそうに
考えながら書いていた。

ブロック体の文字で、カリウ。
それから、筆記体でサイン。
彼の本名は、ゲオルゲ・アンゲル。
ちなみにアンゲルは、天使という意味。

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このノートには、旅の思い出が詰まっている。

以前、イェッド村で学んだロマ(ジプシー)語。
ニャーラシュパタクで、
出会ったジプシーたちに書いてもらった名前。
クレジャニで、
詰めこみ勉強したルーマニア語。
タラフのメンバーの名前・・・。

本当にうつくしい場面は、きっと写真には撮れない。
本当にすばらしい音楽は、おそらくレコーダーに残らない。

記録にのこらなかった
たくさんのうつくしいものを見て、聴いた。
それは、私の記憶のなかで
ずっと生き続ける。

もしかしたら、あの日の夕方に目にし耳にした、
アコーディオンとヴァイオリンの演奏は
私の中で、もっと美化されてゆくのかもしれない。

カリウの演奏をはじめて聴いた衝撃も。
弾くときの彼の表情も・・・。

それでも、
ずっと生き続ける。

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*デザイナー、丹羽俊介さん
クレジャニ村から大切に持ち帰られたヴァイオリン。
このケースにも、カリウのサインが見られます。

本日からはじまった、
ファッションブランドMeanの展示会の成功を祈って・・。




ジプシー撮影の旅ーMeanの服とともに

Meanのファッションデザイナー丹羽俊介さんが、
ふらりとトランシルヴァニアの町を
たずねてこられたのは今年の8月。

ある夏の日の夕方に、
町のジプシー居住区をご案内することになった。

「 ジプシーをテーマに、
ファッションのデザインをしたい。」と言われる丹羽さん。
バックパックを背に、
ヴァイオリン引きの村サースチャヴァーシュ、
民俗衣装を着たジプシーの村イェッド、
最後に世界的ジプシーバンドの村
クレジャニを取材され、
日本へ帰っていかれた。



そして10月、
約束どおり、春夏コレクションの洋服とともに
撮影旅行がはじまった。
写真担当は、7月にいっしょに
ジプシーの村々をまわったYUUMIさん。
映像担当は、写真家の加藤アラタさん。

12日に
ブカレストからスフントゥ・ゲオルゲに入ると、
すぐにロケハン。
場所はヘテと、ニャーラシュパタク。

アスファルトのない小さな道をゆくと、
あたりはもうすっかり紅葉してしまっている。

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「春、夏コレクションなのに、大丈夫ですか?」と聞くと、
「白黒フィルムなので、大丈夫。」とのこと。

小高い丘のくぼみに、
ヘテの集落が見えてくる。
まるで時代がさかのぼったかのように、
その村は横たわっていた。

以前お世話になったゲオルゲさんの家に、
車を置かせてもらう。
よそ者がくると、
すぐにたくさんの人が集まってきた。

車を止めて、モデルハントがはじまる。
子どもたちが、あとからあとからついてくる。
こんな状態で、大掛かりな撮影は難しそうだ。

ふとYUUMIさんが、
ひとりのおじいさんを見つけた。
「 このおじいさん、前、撮影して
大好評だったんだよね。」とモデルが見つかった様子。

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おじさんに名前を聞いて、
モデルを承諾してもらえるか尋ねる。
返事はO.K.
すぐに先ほど駐車した家へとお連れして、
紳士服の撮影が始まった。

帽子が素敵なおじいさん。
「 どこで買ったんですか?」と聞くと、
私の住むセントジュルジの町だという。

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家の門をしめても、なお多い見物人。
子どもたちも興味津々。

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紳士服の撮影が終わって、
先ほど一声かけておいたモデルを探すと、
「 キノコを売りに、隣村へ行ってしまった。」ということ。

モデルにお礼を渡すと、
口々に周りの人も要求を始めて、
ちょっと変な雲行きになってきた。
家の主人にもお礼をしてから、
急いで車に乗り込む。
するとオノを誰かが、振り上げて
威嚇しだした。

車は大きなエンジンの音をあげて
バックする。
ヘテの村は遠ざかっていった。


次は、ニャーラシュパタク。
私が5年前に出産したとき、
隣のベッドにいた少女のいる村。
彼女は、ハンガリー人とジプシーの血を受け継いでいる。

ルーマニア語の通訳を当てにしていたのに、
彼女はいま、家の改装で手が離せないと言う。
仕方なく、私たちだけで
村はずれのジプシー居住区へ。

丘が細長くつづくところに、
小さな家が立ち並んでいる。
車を止めると、予想通り
たくさんの人が集まってきた。

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その中で選ばれた、
ひとりの女性。
カルメンという名の彼女に、
モデルの話を説明すると、
はにかんだような顔で了解してくれた。

さっそくワンピースに着替えてもらう。
コーティング・ステッチのうつくしいベストを
まとって。

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周りは、面白ろおかしそうに
カルメンのモデルを見守っているようす。
時々、「 カルメン、もっと笑って。」などと
声が飛び交う。

IMG_4383.jpg

もうあたりは薄暗くなりかけ、
雨もぱらついてきた。

無事、その日の撮影は終了した。



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*トランシルヴァニアのジプシーモデルの
ファッションフォト、クレジャニのミュージッククリップは
来週、Meanの春夏コレクション展示会でごらんいただけます。
詳しくは、こちらまで。
Mean

イェッド村での再会ーMeanの服とともに

撮影三日目で
トランシルヴァニアに初雪がふった。

トゥルグムレシュに近づくとみられる、
なだらかな丘もほのかに
白く色づいた。

祈るような思いで
撮影の日を待つと、
雲のあい間から明るい光がさしていた。

その日は、思い出ぶかいイェッド村へ。
「 イェッドには晴れの日が似合うから、
 晴れていてよかった。」とYUUMIさん。

いつもの通りに、
カティおばさんの家の横に車を止める。
中からは、あの張りのあるおばさんの声が聞こえてこない。
外出中かと、お隣さんに聞いてみたら
「 カティおばさんはね、今ハンガリーに出稼ぎに行っているよ。
 クリスマスまでは、帰らないだろうね。」という返事。

仕方なく、友達のムンドラの家の前に止めさせてもらう。
ムンドラは、いつもの笑顔で
息子さんを抱いて現れた。

「 前のダンナがね、
 この前、うちに来たのよ。」と嬉しそうに話す。
この付近の町に暮らす、
ハンガリー人の男性と結婚したが、
ご主人さまの暴力で家に帰ってきたムンドラ。
まだ年は、20歳。
「 でもね、お母さんがすぐに出て行けって言ったわ。」と彼女の
表情がすぐに曇った。

ジプシーの女性は、一度実家に帰ると
子どもは里親の手で育てられるという。
彼女がもし新しい相手を見つけたら、
子どもとは別れないといけない。

これからモデルを探しにいくため、
あの見えない境界をこえて
村の端の方へいくことを告げた。
ここから先は、ハンガリー語もあまり通じないので
彼女に通訳をお願いした。

雪はないものの、
冷たい風が吹きすさぶ。
Mean
春夏コレクションに置きかえると、
春一番の風といったところだろうか。

IMG_4538.jpg

何人か目ぼしいモデルの女性が見つかり、
写真撮影がはじまった。

IMG_4560.jpg

IMG_4569.jpg

小さな女の子を抱いた女性。
私たちに写真を撮ってほしいせいか、
赤ちゃんはうすい夏物のワンピース姿。
冷たい風は、
その小さなからだに容赦なく吹き付ける。
撮影の合間、
しばらくその子を抱いた。

ジプシーの女性は、
誰の子どもにでも同じように
愛情をそそぐ。
母親になるとはどういうことか、
教えられる気がする。

暖房のない小さな家。
まだ20歳の女性は、
この家でご主人さんと赤ちゃんと暮らしている。

お乳のでない彼女は、
まだ5ヶ月の赤ちゃんに粉ミルクを買うこともできず、
きのうは煮たお豆を与えたと話す。

頭にかぶったスカーフをはずすと、
思ったよりも若々しく、
かわいい女性。

彼女の部屋で、スーツケースを広げて
スタイリングをはじめるデザイナーの丹羽さん。
子どもたちが、
もの珍しそうにのぞいていた。

IMG_4571.jpg

最後に、
「 ムンドラとムンドラの妹さんを
撮りたい。」という言葉で
私もすっかり嬉しくなる。

もうここの村を訪ねて、4度目。
何だか妹のように思えてくるムンドラと
ご家族にとって、
きっと素敵な思い出になるに違いない。

まだお嫁入り前のテレーズは、
生成りとブルーの
チュニック風ワンピースに、
レースのボレロを羽織って。
これにはアンティーク風の加工がしてあって、素敵。
ムンドラは、ベージュにピンクと黄色の花柄ワンピース。
彼女のやさしい人柄にぴったりの配色。

おもてのベランダのところで、
かわいい姉妹が並ぶ。
明るい太陽の光がふりかかる。
冷たい風はいまだに吹きつけるけれど、
春がここだけ訪れたような感じがするのは、
Meanのファッションのせいかもしれない。

mindra en terez1

いっしょにおしゃべりをしたり、
くすぐりあったり・・・
姉妹ならではの、
ほほえましい風景を見ていると
こちらからも自然と笑みがこぼれてしまう。

mindra en terez

最後に、
クマさんのようなムンドラのお母さんに
Meanのメンズのニットを着させたら、
おばさんの胸部がくっきり見えてしまって
こちらはNG。
照れ笑いをするお母さんに、
思わず噴出してしまった。

撮った写真を持ってくることを約束し、
「 カティおばさんが見たら、
 いったい何て言うかしら?」と笑いあった。

またイェッド村に
足を運ぶことになりそうだ。

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クレジャニのヴァイオリン弾き(前)

まだ表は建設中、
中はピカピカの新築の家の窓に
あのスターの姿があった。
タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、カリウをはるばる探しにきた。

黒いスーツに身を包んだヴァイオリニストは、
「 日本からのお客さまは大歓迎だよ。」
とご機嫌そう。
紳士的な身のこなし、黒い瞳には何か
大きなものを感じた。

演奏で世界各地をまわったこと、
日本ではとてもあたたかく迎えられたことを
熱っぽく語るカリウ。

私は拙いルーマニア語を駆使して、
Meanの服を着て、演奏をしてほしいことを伝えると、
「 喜んで。
 もちろん、払ってくれるんだろう?」と
満面の笑みをうかべ両手を広げた。

こうも自信ありげに言われると
しどろもどろになり、
撮影旅行の予算のことを話して、
お願いをする。

カリウと息子のロベルトが
演奏してくれることで、
一応の話は付いた。

ふとカリウが、
部屋のベッドの上にあるヴァイオリンを手にとった。



弓がやさしく振りおろされ、
ヴァイオリンの弦に触れると、
私たちのからだはすっかり固まってしまった。
まるで耳と目だけが動いているかのよう。

リズムとともに、しなやかに動くカリウのからだ。
黒いひとみがきらきらと輝き、
白い歯がこぼれると、彼の顔いっぱいに
音楽の喜びがあふれていた。

低く胸をえぐるような曲調から、
こんどは透きとおるような高い音色がひびく。
ヴァイオリンの音色は、
だんだんと強く、はやく、激しくなっていく。

演奏は、
不意にあけられたドアで止まった。
奥さまがコーヒーを持って、
入ってくる。

その5分ほどの演奏は、
私たちに十分すぎるほどの感動と喜びを与えてくれた。
帰ってからも、その幸福な余韻に浸っていた。
まさに、このためにクレジャニにいるのだ。




18日、最終日は
重く灰色のそらが広がっていた。
天気予報によると、雨。

ギャラに満足していないマリウス出現のトラブルで、
10時よりすこしおくれてカリウの家に向かった。

カリウの案内で、
お姉さんの家へと向かう。
楽師通りから、すこし中へ入ると
通りのないところに小さな家が集まっている。

「 俺の家はかつては、ここにあったんだ。」と語る
カリウの目の先には、
さみしげな原っぱが広がっていた。

IMG_4679.jpg

「 ここで小さいときはすごし、
それからキャリアを重ねていって、
やっと今の生活がある。」

「 姉さんの家は、ここだよ。」
すぐそばに、エメラルドグリーンの壁の
小さな民家があった。
部屋の壁には、ジプシー独特のペルシャじゅうたんがかかっていた。
撮影はどうやら、ここに決まりそうだ。

洋服の詰まったスーツケースを
いっぱい抱えて、
部屋でスタイリングの準備。
丹羽さんは真剣な表情で、
モデルの洋服を選ぶ。

カリウは生成りのシャツと、
ネクタイ風にスカーフを巻いた
おしゃれなスーツ姿。
中年のからだに、若者向けのサイズの服が
少しきつそう。
それでも、「大丈夫だよ。」と笑顔。

息子のロベルトは、
ベストにカウボーイハットの
カジュアルなスタイル。
浅黒い肌に、
シックな色合いがとてもよく似合っている。
本人も、「いいね、この服。」とお気に入りのようす。

カリウには、
はじめに少年時代をすごした家のあった場所で
ヴァイオリンを弾いてもらうことになった。

あの晩、部屋で私たちに演奏してもらったのと
同じ曲目。
やっぱり演奏がはじまると、
カリウはものすごいオーラを発しはじめる。
ヴァイオリンは時に哀しく、
時に楽しげにうたう。

撮影用のビデオに気を配り、
周りをとりまく子どもたちに気をつけながらの撮影、収録。
だんだん収録現場に近づいてきたり、
ビデオの前に飛び出してくる子さえいる。

今度は柳の木のしたで、
息子のロベルトと競演。
ロベルトも天才ヴァイオリニストの血を
しっかりと受け継いでいるようだ。
息子を引き立てるような、
カリウの演奏もまた素晴らしかった。

それから、お姉さんの部屋で
演奏とインタヴュー。

カリウは、あの熱い瞳で
日本をリスペクトしていること、
日本での演奏を強く望んでいることを訴えた。
最後にキスを投げ、
日本語で「アリガトウ」と言った。

アラタさんが、
「そう言ってもらおうと思ったんだけどね。」
と嬉しそうだった。
きっと、想いが通じたのだ。

それから、今度は
ロベルトとカリウのデュオが
室内ではじまる。

お孫さんのタイコのリズムに合わせて、
ヴァイオリンを鳴らすカリウ。

IMG_4643.jpg

音楽を生みだすときの、
彼の表情が好きだ。

IMG_4665.jpg

小さな部屋なので、
ビデオカメラも、いっぱいいっぱい。
私たちは部屋の外で待っていると、
おぼろげにヴァイオリンの激しい音色が
聴こえてくる。
みなで中の様子を見守った。

IMG_4673.jpg

やがて演奏が終わった。
感謝の気持ちを伝えに、
部屋の中に飛び込むと、
演奏のあとの熱気が部屋にたちこめていた。
「 カリウ、ありがとう!」と抱きつくと、
彼のからだは驚くほど熱かった。

演奏のあとは、いつも
演奏者に感謝をあらわそうと心がけている。
カリウは毎回、私を抱きしめて
頬にキスをしてくれる。
こういうところが、また愛情深くて紳士的なのだ。

こうして収録は無事終了した。


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クレジャニのヴァイオリン弾き (後)

収録のあと、
タラフのメンバー、イオンも加わって
カリウの家で昼食をご馳走になる。
映画「 ラッチョ・ドローム」の演奏場面で
ツィンバロムを弾いていた少年は、
小腹のでた青年になっていた。

キャベツと鶏肉のトマト煮込みと
ルーマニア名物のハンバーグ、ミッチ。

「 もう、演奏でおなかがいっぱい。」
といいながらも、美味しい食事をいただく。
ビールの栓もぬかれて、
もう宴会気分。

カリウは、
「 君たちに敬意をしめして、
ヴァイオリンを譲るよ。」と話す。
おじいさんから伝わる古いヴァイオリン。
丹羽さんは、
「 ぜひ、来週のMeanの展示会で飾りたい。」と
嬉しそう。

それから、小さな衣裳部屋でも
カリウの演奏が始まった。
「 君たちのために心を込めて。」と
哀しげなバラードを弾きはじめる。
YUUMIさんは涙をながしていた。

あとで見たら、
そのヴァイオリンには弦が一本足りなかった。
そんなことを微塵も感じさせないのは、
まさしくプロ。
カリウの人柄、そして素晴らしい演奏に
感服した。

撮影旅行、最終日の午後。
普通なら、これで大満足で
一日を終えたかったのだが、
その足でモデル撮影に出かけた。

やがて疲れて帰ってくる私たちに、
「 問題があるんだ。」と困った表情でカリウ。
イオンが借りた車を今日返すとかで、
お金を貸してほしいとの話。

いつものパターン。
どうしてもジプシーの撮影では、
こうしたお金の問題がつきまとう。
きっと呼び寄せたイオンにお金が必要だったのだ。
何度も、もうお金がないことを説明した。
それでも必死で、食い下がらない彼ら。

YUUMIさんは、
「 お願い、カリウ。
もうそれ以上、言わないで。
あなたのこと、好きでいたいから。」と相手の目を見つめる。
すっかり困り果ててしまう、私たち。

急いで、荷物をたたんで
ここから出ないと。
丹羽さんに伝え、
私たちは荷造りをはじめた。
その間も、廊下では
ヴァイオリンの音がこだましていた。
まるで追い立てられるかのように、必死だった。

おもての様子をみにいくと、
例のキッチンの扉のすきまから
ヴァイオリンを練習するカリウのすがた。

ヴァイオリンの弦に
糸を結びつけて、ひっぱる。
ヴァイオリンが啜り泣くような、
胸を引っかかれるような音。
かつて、偉大なヴァイオニスト、
ニコラエがやっていたのと同じように。

私は後ろ髪ひかれる思いで、
発つことを覚悟した。
荷物を外に出すと、
音楽がこだましていた。
その音のほうへいく。

オレンジ色のスポットライト、
その扉のさきに
ヴァイオリンを弾くカリウとアコーディオンのマリンが立っていた。
私たちを見ていた。
何もなかったかのように、
満面の笑みを浮かべて演奏するカリウ。

キッチンには、カリウの小さな孫たちもいっしょだった。
可愛らしい表情で、
声をふりしぼって唄う男の子。
やさしくヴァイオリンを向けるカリウ。

あまりにうつくしすぎる光景に、
胸がふるえた。
気が付くと、冷たいものが
頬をながれていた。

これがジプシーの姿。
私たち、ガッジョ(よそ者)とは
一線を引く同胞意識の強さ。
そして、憎くむことのできない人間臭さ・・・。

先ほどの出来事をすっかり放り投げて、
抱きしめてしまいたくなる愛らしさ。
涙が止まらなかった。

デザイナーであり、
社長である丹羽さんにみなの目が向かう。
どうしたら、いいのだろう・・・。
丹羽さんは、長年のパートナーであるアラタさんに相談した。
「 ここは、お前の判断に任せる。」という返事に、
丹羽さんは、しばらく考えているようだ。

「 やっぱり、やりたいですね。」
ときっぱりした丹羽さんの一声で、
現場はまた動いた。

少ないけれども最後のお金を渡して、
交渉が成立。

薄暗いガレージの中で、
裸電球をともして演奏がはじまった。
カリウの指先が
ナイロンの糸を引っぱり、
ヴァイオリンの音が
痛々しいほど唸る。

アコーディオンがリズムを奏で、
マリンの歌がくわわった。
「 チャウセスク・二コラエは・・・」と映画でも取り上げられた、
あの有名なバラード。



かつてはヴァイオリンと歌を
ニコラエおじいさんがしていたのが、
今度はこのふたり。
熱く、素晴らしい演奏が終わりを告げ、
ビデオカメラの電源を切ると、
あたたかい拍手が鳴り響いた。

後は、モデル撮影をして終了。
キッチンに戻ると、
最後にまた、演奏をプレゼントしてくれるとのこと。

再びヴァイオリン、アコーディオンと
歌声が私たちを包みこむ。
レコーダーもビデオもまわっていない。
私たちスタッフひとりひとりの顔を
見つめ、演奏が流れていく。

もうすぐに肩が触れてしまうほどの
最高の客席で、
彼らの音楽のエネルギーを受けていると
また涙がこぼれた。
音楽で
こころが救われる、
そんな気がした。

部屋の中で、ただ独り
カリウとロベルトの演奏を収録したアラタさんの言葉を思い出す。
「 たまげるってね、
 魂が消えるという意味なんだけど、
 まさにそんな感じだったな。」
ビデオを撮影する手が震えたそうだ。

外に出て別れるときには、
もう寒さのせいか興奮のせいか
からだがガタガタ震えていた。

カリウが言う。
「 俺たちも、イニマ(こころ)をこめて弾いた。
そうしたら、君たちもイニマ(こころ)で聴いてくれたね。
それが確かに伝わってきたよ。」

「 良い旅を!」という言葉に、
私たちも「ありがとう。」と返す。
こんなときに、何かふさわしい言葉がないだろうか。

YUUMIさんが
ふと思いついたように、
「 ラッチョ・ドローム!」と言った。

彼らタラフも出演した、
ジプシーを追った映画のタイトル。
彼らの言葉、ロマ語で「 良い旅を!」という意味だ。

みなで口々に、「 ラッチョ・ドローム!」と言う。
そして、私たちは
最後の村クレジャニをあとにした。

一週間の撮影旅行が、これで終わった。

まだ頭の中では、
ぐるぐると彼らの音楽が鳴り響いて止まなかった。



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BABERE(老婆)の奇石群

10月のはじめ、
ふとしたことから山登りの計画があがった。
ちょうど日本から来ていたお客さまが
観光局のパンフレットで見た、洞窟の教会へ行きたいとのこと。

かねてからブカレスト行きの電車から眺めていた、
ブチェジ山・・・。
険しい山の頂に、十字架をかかげたあの山には
あこがれていたので、ご一緒することになった。

朝まだ太陽がのぼるまえに電車に乗って、
ブラショフで乗り換えて、ブカレスト方面へと向かう。
ブチェジの駅についた頃には、もう9時ごろだった。
普段ならくっきりと見えるはずの山並みも、
その日は、厚い雲がおおいかぶさっていた。

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登山をすれば4、5時間はかかるといわれる山。
私たちのような子供づれには、
ありがたいことにロープーウェーという手段がある。
ルーマニアで最大の山モルドヴェアヌに4日間かけて登ったダンナには、
こんな快適すぎる遠足は物足りないようす。
運賃のあまりの高さに驚いて、
ダンナは今回は辞退した。

このときには、やっと太陽の日もさしはじめる。

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ダンナを山の下において、
私たちはロープーウェーに乗り込んだ。
はじめは、紅葉をはじめた山の美しさに見入っていたのが、
岩すれすれに急上昇してゆくのに恐怖を感じはじめた。
そして、ロープーウェーの速度の速いこと!
手にも汗がにじんできた。
息子は泣きっ面で、地面にしゃがみこむ始末。
そうして、ようやく2000m級の山の頂上に到着。

足元から真っ白い雲がせまってくる。

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澄みきった山々、そして原っぱをうめつくす高原植物。
すぐにロープウェーの恐怖も忘れてしまった。

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息子も紫色の、背の低い花に夢中。

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冷たい風をよけるために、
こんなに茎が小さく育ったのだろう。
大きな星型のはなびら。

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太陽はずっと近く、あたたかく照りつけるのに、
頭、とくに耳が冷たい。

下界とは、別世界の山の上は
空気も風景の色も違う。
その不思議な感覚をからだで味わいながら、
歩いてゆくと、岩にたどり着いた。

人の顔をしている大きな岩。
不思議と、足がそちらに向かってしまう。

babere.jpg

このバベレ(老婆)という呼び名も、
この不思議な岩の形からきたという。
地層が生み出した見事な造形美。
見方によって、いろいろな形を見出すことができる。

先ほどの、人の顔の大岩には、
子どもがすっぽり入る穴もある。

IMG_3302.jpg

こちらも人の横顔のよう。

IMG_3272.jpg

キノコのような形の岩もある。
空の青の色が、抜けるように鮮やか。

IMG_3309.jpg

旅行者を食べようとする、横顔の岩。

IMG_3326.jpg

どうして、こんな不思議な岩のかたちができたのだろう。

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「 見て、ママ!これタイキが作ったの。」と叫ぶ息子。
もちろん、冗談。
誰が作ったのだろう。

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山の斜面の向こう側に来ると、
突然に横から冷たい風が吹きつけてきた。

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向こうから、雲が波のように襲ってくると
急にあたりは薄暗くなり、寒くなる。
この真っ白い雲は、
山の斜面にぶつかると
波のしぶきが上にはじけるように
青空にぐるりと円を描いて逆流していった。

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暖かい場所を探しにゆこう。
山の反対側にひきかえす。

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この岩たちに魅せられて、時間がたったことも忘れてしまった。
もうお昼はとうに過ぎ、
食料は、ダンナのリュックに入ったままだったことに気がついた。
かばんを探ると、プフレツ(トウモロコシのお菓子)があった。

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プフレツで、Hの文字をつくって
思わずにんまり。

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日本人なら陰陽石と名づけて、
ご神体にしてしまいそうな岩。
そして、その奥に・・・。

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かの有名なスフィンクスのかたちの岩が見えた。
昔、ルーマニアの紙幣にも使われていた
このスフィンクスの岩。
神々しさを感じさせる、横顔。

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さあ、日が暮れる前に下へ降りよう。
息子の手をとって、山をおりるロープウェー乗り場へ向かった。
4時間ほどたっぷりと、
上空散歩を味わった一日だった。

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::自己紹介::

tulipan

Author:tulipan
1978年生まれ。
大阪外大でハンガリー語学科卒業。ブダペスト大学、
クルージ・ナポカの大学で民俗学を専攻。
トランシルヴァニアのフォークロアに惹かれて、
セーケイ地方に移住、結婚。

2008年2月からルーマニアのトランシルヴァニア地方で
海外生活を再開しました。
現在、村で家を建設中。

東欧雑貨ICIRI・PICIRIのオーナー。
ここトランシルヴァニアで
自然と手仕事のある暮らしを目指しています。

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