トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

おばあちゃんの遺言

カロタセグの土地を踏んだのは、新年が明けてからだった。
一番の目的は、カティおばあちゃんの弔いのため。
死が近いことを感じたのか、
「見てごらん。ここの墓場はそれはきれいなのよ。」
「いつか私が死んだら、お墓に花をそえてちょうだい。」
生前にこう話しては涙した。

村を見下ろす高台の上に、ひっそりと広がる墓場。
家から煙が立ち上るのがよく見える。
高齢者にはきつい、この高い丘を登って、
おばあさんは生前、亡き息子やご主人さんを訪ねていたのだ。

おばあさんの孫娘イボヤの後をついていく。
「ここが父方の祖父母の墓で、
あれがおばあちゃんのお墓よ。
可哀そうに、もう寒い寒いということもないわね。」
鮮やかな緑と赤いカーネーションが目に飛び込んできた。
色のない寂しい風景の中で、ここにだけ生命が燃えているようだ。
ちいさなブーケをその色の渦のなかにそっと置いた。


bogar1_20180225143222af8.jpg バラと

バラと鳥に囲まれた最後の住まいは、
カティおばあちゃんの刺繍で作りあげた世界そのもの。
年末、ちょうどクリスマスの前におばちゃんは亡くなった。
学生たちと取り交わした約束事があり、
全てをすてて、ここまで来ることができなかった。
生きている間にもう一度会えなかったこと、
葬儀に立ち会うことができなかったことなど、
後悔ばかりが胸をついて出てくる。

  bogar2.jpg 

おばちゃんの最後をみとったのは、
嫁と孫娘のふたりに他ならなかった。
最後に会った10月には、弱っていた体が回復したかに思われた。
おばあちゃんは、起き上り、助けてもらって立ち上がったこともあった。
しかし、おばあちゃんの心が生を拒絶したのだと思う。
12月になり、いつか孫たちにこう語った。
私たちがやってきたら、いつでも温かく迎え入れてくれと。
それが、そのままおばちゃんの遺言となった。

村で滞在している間、
これまで交流のなかったバビおばあさん、
イボヤのふたりに夕食をごちそうになったり、
豚の解体でできた自家製のソーセージをもってきてもらったり、
世話を焼いてくれた。
「村にきたら、いつでも訪ねてね。」

ふたりの親切は、そのままカティおばあちゃんの優しさなのだった。
自分の家で泊めることができないから、
エルジおばあさんを紹介してくれ、その縁が今につづいている。
そして、自分の死後のことまで考え、
私たちの世話をしてくれている。
もはやカティおばあちゃんはいないのに、
その果てしない愛情に始終包まれていた。

カティおばあちゃんは、
相手が異国の人間だろうか、
誰であろうが構わず、人に愛を注ぐことができる人だった。
私は何をすることができるだろうか、
おばあちゃんの愛情に触れるたびに自身に問いつづけている。




















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comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2018-02-24_22:55|page top

イースターのカロタセグ、手芸の旅ツアー

4月のトランシルヴァニア。
冷たい大地がやわらかな若草色に染まると、
人々は新たな季節を迎えるために身支度をはじめる。
色とりどりの衣装に身をつつんで、
厳かな足取りで教会へと向かう。
イースターの日曜日。

IMG_3720_20170115161356d28.jpg 
カロタセグ地方に残る、清潔の部屋。
村人たちは、先祖から受け継いだ
極上の手仕事を大切に守りながら、
聖なる空間を生み出しています。

IMG_2391.jpg 

おばあさんたちが紡ぐ伝統刺繍。
いくつかの村には未だに昔ながらのやり方で、
美しい手仕事を生み出す黄金の手があります。

kalotaszeg10_2017011516135707a.jpg 
イースターのカロタセグを訪ねる旅、今年も開催いたします。
3/29(木)~4/4(水)までの期間となります。
(うち現地滞在は3/30(金)早朝~4/3(火)午後の5泊5日)
異国の地で、春を迎える祭典に参加しませんか?
ご希望の方はこちらまでご連絡ください。
(8名様の定員に達した時に、募集を終了させていただきます。)

*今年は募集定員に達しなかったため、
見送らせていただきます。また次の募集をお待ちください。

comments(6)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-12-31_21:54|page top

カロタセグのバラが枯れた夜


20日の夜、古き良き時代を知るカロタセグの花が枯れた。

小さな村で生を受け、

その村で育ち、子孫を残して大地へと返っていった。

 

ほぼ一世紀にわたる長い生涯も、

夢のように短かったと私に告げた。

カロタセグの宝を詰め込んだ美しい部屋を守りつづけ、

きらめくビーズで刺繍した花をつぎつぎと生み出した。

少女のような心をもち、

美しいものを愛してやまなかった。

 katineni (3) 


カロタセグへの扉を開けてくれたのも、彼女だった。

カロタセグは刺繍だけではない。

ビーズやプリント布や、さまざまな新しいものの中にも

確かに美しさが宿っていることを教えてくれた。


katineni.jpg 


惜しむことなく、あらゆるものを与え、

愛情を注いでくれた。

クリスマスを待たずに旅立った、おばあちゃん。

もしかしたら、天使に姿を変えて私たちのもとへ降りてきたのかもしれない。

 

空っぽの心に、生のきらめきを放つビーズのボクレータが語りかける。

たくさんの楽しい思い出が、私を慰めてくれる。

一日も早く、冬の冷たい大地に花を捧げたい。


katineni (4) 


comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-12-28_15:13|page top

イースターのカロタセグ、手芸を訪ねる旅

2017年の春。その年は4月の終わりで、いつもより遅いイースター。

芽吹いたばかりの木々がすでに春の訪れを感じさせてくれた。

はじめての試みでお客さんを連れて、カロタセグへ手芸を学ぶ旅へと出かけた。


カロタセグの旅 (27)


はじめに目指すのは、上地方。

カロタセグの中でも最も古いままの姿で手仕事が残るところ。

半世紀以上も時がとまったかのような清潔の部屋では、

幾層にも積み上げられたベッドカバーに天井まで届くほど積み上げられた枕カバー、

家族の歴史を物語るセピア色の写真がいっぱいに飾られていた。

ご主人が箪笥の奥底から出してくれたものに、あっと驚きの声がもれる。

「ドゥランドレー。」


カロタセグの旅


花嫁のヴェールは、薄いネット地に色とりどりのウール糸で

たっぷりと刺繍がほどこされたもので、100年前の本でしか見ることができないと思っていた。

ハンガリーの紋章にチューリップ、バラで彩られたその衣装は、

女性の晴れ舞台にふさわしいものである。

何度となく足を運んだのに、ぽろりと古く価値あるものが出てくる所がカロタセグなのだ。


初日は、ドロンワーク刺繍を、

2日目はイーラーショシュ、

3日目にはビーズ刺繍、

4日日目にはセーク村のアウトライン刺繍を学ぶという手芸合宿。

それぞれの村に住む、エキスパートの村人たちを先生に依頼した。


白い糸で目を数えながらモチーフを作り、

さらに糸を引いて透かし模様をつくるドロンワーク刺繍。

ヨーロッパ全域に見られるテクニックだが、

カロタセグ地方では主にベッドカバーの裾に、美しい幾何学の花が刺繍されている。

ドロンワーク刺繍を研究する二人の若い女性に刺繍を習っていると、

それとなく「今夜の宿はどこ?」と尋ねられた。

私が行き先を告げると、「果たして、車で行けるのかしら?」と驚いた様子だった。

森の中に位置し、有名な作家が娘たちのために建てさせた別荘だった。

それも、コ-シュ・カーロイという20世紀ハンガリーを代表する建築家の作だったので、

私もかねて訪れてみたいと望んでいた。

詳しく聞いてみると、そこは原っぱの中を道のない道を進んで行かなければならないという。

確認の電話をしてみると、車でも可能だという返事だったので、出発することにした。


国道を曲がって、途中まではアスファルトの道がのどかな丘を切り分けて進んでいた。

やがて、アスファルトが途切れて、タイヤの跡が二筋ならんだだけの、

予想通り、道のない道が丘の先へと続いていた。

旦那の車の後に続いて、アップダウンの坂道が車を縦に横にと震わせる。

半分楽しみながらも、半分楽しめない自分がハンドルを握っている。

薄暗くなりかけた頃、道が森のはずれに差しかかり、

春の木々のトンネルを抜けて、おとぎ話さながらの美しい屋敷にたどり着いた。


カロタセグの旅 (25)


翌日の朝は、美しく晴れわたっていた。

春の美しい自然を見に行こうと、予定を変更してハイキングに出かけた。

芽生えたばかりの若葉がきらきらと輝き、

可憐な野生の花が色鮮やかに足元を彩っていた。

「あ、ヤドリキ。」誰かがいった。

日本では高価に取引されるヤドリキは、トランシルヴァニアの森では

当たり前のようにあちこちに見られる。

高い木の上に引っかかった大きなシャボン玉のような、緑の玉。

旦那が木に登って、いくつかを引きちぎった。


カロタセグの旅 (24)


先ほどから耳をそばだてていた旦那が「猟犬の声がする。」といった。

自然の厳しいトランシルヴァニアでは、

ヒツジの放牧にも猟犬が欠かせない。

そして、その忠実な家来は、敵を攻撃するように仕込まれている。

茂みに隠れて、じっとヒツジの群れが過ぎるのを待った。

スリリングな春の遠足も、今となってはいい思い出である。


カロタセグの旅 (26)


土曜日は、イーラーショシュを訪ねて下地方へと向かった。

アンナおばさんの家でイーラーショシュの手ほどきを受けたあと、

おばさんが管理する村の教会へと向かった。

前日が聖金曜日だったため、黒いタペストリーがそのままに、

喪に服した厳かな雰囲気を伝えている。

秘密の箱から、たくさんのタペストリーを出して見せてくれたあと、

アンナおばさんがオルガンを弾いてくれた。

こじんまりとした美しい教会の中に響き渡る、

温かく力強い音に目も耳も引き込まれていった。


カロタセグの旅 (21)


最大の見所は、復活祭の日曜日。

最も華やかな衣装をまとって礼拝に出かける村人たちを見ることだった。

残念なことに小雨に見舞われてしまったが、

びっしりと刺繍やビーズで埋め尽くされた若い女性たちの存在そのものが、

春を告げるかのようだった。


カロタセグの旅 (2)


カロタセグの旅 (4)


昼前に待ちかねたエルジおばさんが、門の外まで出迎えてくれた。

孫娘のような、たくさんの若い女の子たちに囲まれて、

嬉しそうなエルジおばさん。

刺繍とは違って、進みの早いビーズ刺繍に集中する参加者たち。

村で一番美しいカティおばあちゃんの部屋を見せたくて、

訪ねると、さみしがりのおばあさんが思わず涙を流す場面もあった。


カロタセグの旅 (6)


カロタセグといえば、音楽や舞踊も有名である。

ちょうど日曜の夜に、村でヒツジの祭りが催された。

冬の間、羊飼いが預かっていたヒツジの群れが村人たちに返される。

村人たちは羊を託した礼として、チーズを分けてもらう。

イースターは、クリスマスと並ぶキリスト教の行事であるとともに、

さまざまな民族の春の祭典でもある。

幸いにも、今年はメーラ村のヒツジ祭りと重なった。


「それは面白い習慣で、朝から晩までお祭りがあるのよ。」と受け入れ先のジュンジがいった。

冬の間、羊飼いが預かっていたヒツジの群れが村人たちに返される。

村人たちは羊を託した礼として、チーズを分けてもらう。

それを祝う儀式と、朝から晩まで大騒ぎをするというお祭りが催される。

夕方に祭り会場へ向かうと、ヤギのパプリカ煮込みの振る舞いやパーリンカ(アルコール度数50度以上ある蒸留酒)を片手に多くの人で賑わっていた。

しばらくして、ご主人のアルピおじさんを伴って、

カロタセグの衣装に着替えた日本人女性の一軍がやってくると、会場は大きく沸いた。


カロタセグの旅 (13)


カロタセグの旅 (14)


ダンスが始まったのは、電灯が灯ってから。

納屋の中は仮設のステージと化し、

楽団の演奏とともに、若者たちが順々に自分の舞を見せていく。

かつて冬の夜は、カロタセグの若い男女は足が棒になるまで踊ったという。

納屋の隅では、おじいさんおばあさんたちが、おしゃべりをしながら見物をしている。

「「髪結いのラジオ」と言ったものだよ。」とアルピおじさんは笑う。

髪を結った(既婚の)年寄りのおばあさんたちが若者を見ながら、

かつての若い頃を思い出し、噂話に花を咲かせていた様子をそう喩えたらしい。

 女性たちは輪になって目にもとまらぬ勢いで回りながら、かん高く掛け声をあげる。

やがて男女がペアになり、ぐるぐると舞いはじめると、小さな納屋は熱気でいっぱいになる。

ダンスが一息つくと、今度は歌がはじまった。

ヴァイオリンの情感あふれる音色に合わせて、男たちが酔いしれるように大声を張り上げる。

そこに、女性が入る隙間はなく、年配男の独壇場なのである。

ひとつの民謡が終わると、次に誰かが要望をいれて、

メドレーのように途切れなくとめどなく歌う。

ハンガリー民族の、熱くて、最も核の部分をのぞき見たような心地になった。


月曜日には、ハンガリー人独特の習慣がある。

それは、男性が女性のところへ行って、水をかけるというもので、

キリスト教以前の信仰の名残だと言われている。

女性はお礼に、男性に卵を渡して、焼き菓子や飲み物でおもてなしをする。

カロタセグ地方では、バラやチューリップなどの花を絵付した

イースターエッグを渡すところもある。

正装をした可愛い少年がやってきて、みんなに香水を振り掛けた後、

カロタセグのダンスを披露してくれた。


カロタセグの旅 (9)


カロタセグの旅 (10)


最後の目的地、クルージを横切ってセーク村へと向かった。

カロタセグとはまた違った魅力のセークは、小さな町のようだ。

エルジおばさんの家へ着くと、枠を使ったアウトラインステッチを体験した。

村ではほとんどの女性が働きに出てしまったのに、

エルジおばさんは刺繍や手織りで生計を立てる数少ないひとり。

おじさんと一緒に、機織り用の糸を巻く作業や、縦糸を巻き取る作業も見せてくれた。


カロタセグの旅 (17)


カロタセグの旅 (18)


カロタセグやセークの魅力を再発見し、

素晴らしい参加者の方々と笑い、刺繍を通じて、

現地の人々とともに過ごした数日感。

皆さんの心に生涯刻まれる旅となればいいと思う。


カロタセグの旅 (22)





 

comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-12-05_20:46|page top

グリーンのケープコート

ウール素材の鮮やかなグリーンのケープコート。

裏がめくれると、青いウールが見えるフードつき。

胸には赤い合皮の花の飾りが愛らしい。

娘が生まれるずっと前から、買っておいたものだった。

だんだんと肌寒くなってきた9月の朝、娘にかけてやった。

「こんなコート、子供の時に着たかったなあ。」

何気なくそう言うと、娘はしっかりと目を見据えてこういった。

「ママがいつか死んで、赤ちゃんになって生まれてきて、

子供になったら、着させてあげるからね。」

その思いがけない言葉に、目を丸くさせた。


大人にとっても、理解の外にある死の世界。

それは、いつしか娘の頭の中で輪廻転生、

それも私が娘の子どもになって生まれてくるという、

身内の強い縁によって結ばれる世界が出来上がっているのだ。

 

4歳になった夏、

娘はしきりに死のことを意識するようになった。

その不安は、夜眠る前にやってきたらしい。

「おばあちゃんはかわいそう。

年寄りだから、もうすぐ死んじゃう。」

「大人になりたくない。ずっと、子供でいたい。

だって、すぐに年をとって死んじゃうから。」

 

そんなとき、悩みながらもこう説明した。

大切な人が死んでしまうのは確かに悲しいことだけれど、

もし人が死ななかったら、新たに赤ちゃんが生まれてこなくなってしまう。

私たちが生命のバトンを渡すという意味は、自ら子どもを生むことだけではなく、

自分の場を他者に譲ることにもあるのかもしれない。

 

蚤の市で買った、白いウールに黒い組紐模様とアップリケのほどこされたジャケット。

民俗衣装はふつう着ないで、ひたすらコレクションのためだけにタンスにしまっているのだが、

薄汚れたこのジャケットは、どこか舞台衣装のようで抵抗なく着られる。

ある日、椅子の背にかけてあるこのジャケットを見て旦那に言った。

「このお洋服、素敵。

ママが死んだら、私のものになるの。」

いかにも、ちゃっかりとした娘らしい言葉に、微笑まずにいられなかった。

 


asaa.jpg 

comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-10-24_00:00|page top

イーラーショシュを繋ぐ人たち

ふたりの子どもをお姑の家においてきたので、 長居はできない。 
ましてや、明日から新学期がはじまるのだから尚更だ。 
帰りを急ぐため、早起きをして村を出た。 
カロタセグを横断する道すがら、森のはずれにあまりに美しい風景が広がっていた。
急ぎたいと思いながらも、車を止めずにはいられなかった。

秋を告げる花、イヌサフラン。
草原を見渡すかぎりに、淡く紫色に透きとおる野生の花を見つけると、
不思議と胸がときめく。

  kalotaseg osz (9) 

ハンガリー語で「秋」という名をもつこの花ほど、
季節を象徴するものはないのではないだろうか。
森のふもとでひっそりと暮らす妖精のようだ。


kalotaseg osz (10)


かねてから訪ねようと思っていた人がいた。
小学校の先生をしていたおばあさんが、イーラーショシュの図案を描くという。
名前だけを頼りに、村を訪ね歩いていくと、
90歳という高齢だという話。
立つこともできないというので、突然訪問していいものだろうかと考えていたら、
「大丈夫だよ。」と村人。
木彫りの美しい門をくぐり、階段を登って扉を開けると、
ライトの明かりの下で刺繍の布を広げるおばあさんの姿があった。

「今ちょうど、教会に寄贈するタペストリーの刺繍をやり直しているところよ。」
と見せてくれたのは、100年以上も昔に作られたクロスステッチ刺繍だった。
「私はここから動くことができないから、
ここで図案も描くし、刺繍もするの。」
ベッドの周辺がおばあさんの全てを物語る空間。
「そこのテレビの横にある用紙を出してちょうだい。」
言われるがままに、小さな隙間に隠し置かれた大きな画用紙を取り出すと、
おばあさんのクリスチャンマザーであった女性の生涯を写す写真や
ドロンワーク、イーラーショシュの小さな作品がスクラップしてあった。


kalotaseg osz (11)


「ここにいるのが、コーニャ婦人テレーズよ。」
後にカロタセグ上地方の牧師夫人となった婦人は、
その生涯をカロタセグの刺繍に捧げた。
20,30年代にかけて、ジャルマティ夫人の跡を継ぎ、
各地で展示会を開き、イーラーショシュやドロンワークの美しさを世に広めた。
コーニャ婦人その人も、図案をデザインし、
当時の流行の影響を受けたものへと改良していった。
彼女の目指す刺繍とは、
子供服や婦人靴など当時の都市生活へ応用できる手仕事であって、
村の生活とはかけ離れたものだった。


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生涯子孫に恵まれなかった婦人が、
愛情を注いだのがアーギおばあさんだったのだ。
90歳になってもなお、少女のように目を輝かせながら言う。
「見なさい、このコーニャ婦人の美しい髪を。
死ぬまで、その長い髪を切らなかったのよ。」
コーニャ婦人は、永遠の憧れであり、
婦人のデザインした膨大な数の図案を大切に守り続けている。
「いつか、博物館がほしいと声をかけたことがあったのだけれど、
譲らなかったわ。
この図案は村にあってこそ、生かされるもの。」
コーニャ婦人の生きた30年代のカロタセグの空気が、
今もアーギおばあさんの手で布に刻まれ、そして刺繍によって生命が吹き込まれる。


kalotaseg osz (12) 

アーギおばさんは足を失ったものの、
いきいきとした脳でたくさんの言葉を語ってくれる。
「その昔、戦争のあった頃、
私の亡き父と、母と、私たち兄弟はクルージの工場の跡地で暮らしていたわ。
ロシアの兵隊がきて、町を占領した日に、
たくさんのピロシキを焼いたのを、生まれて初めて食べたの。
ある夜、表で戦いがあって、父といっしょに隠れていたのだけれど、
一晩で父の髪が真っ白になったのを見たのよ。
可哀想に、恐怖のあまり髪が白髪に変わってしまった。
次の日、捕虜として捕らえられて、ロシアに連れて行かれてしまった。
それ以来、父の消息は分からないの。」

一世紀に近い年月を生きたおばあさん。
次にどんなことを物語ってくれるだろうか。





comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-10-21_16:49|page top

針金細工のボクレータを学びに

セーケイ地方から北西へと車を走らせること、6時間。

カロタセグ地方の土を踏むのは、この春に訪れて以来のことだった。

夏と秋のはざま、9月の二週目が過ぎようとしていた。

それは、人々が長い夏を終えて、

平常の仕事ペースに戻ろうとゆるゆると重い腰を上げる頃。

新学期がはじまる、ちょうど前の週末だった。

 

長い夏の大半を日本で過ごしたため、休息とたまった仕事に費やしたこの8月。

すぐに次の旅へと気持ちを移すことができなかった。

しかし、どのように悔いても時間だけは元に戻らない。

 

秋のはじめは、まるで大波のように暑さと肌寒さが

代わるがわるに押し寄せてくる。

夜が更ける頃、ナーダシュ地方のエルジおばさんの家に到着すると、

石造りの家の中も外と変わらず身震いをする冷え込みだった。

張りのある大きな声と、がっちりした大きな体に肩を抱かれて、

長い旅の終わりを感じていた。

一人だけ連れてきた末っ子の瑞生は、

座りっぱなしの体をようやく伸ばして、おそるおそる家の中を探索しはじめた。

おばあさんは、この冬を越すための、荷馬車いっぱいの薪を買い込んだところだという。

そして、ここカロタセグでは薪用の丸太も年々値上がりが激しく、

大変な出費だとのことだった。

自家製のプルーンジャム入のロールパンはふわふわで、

やさしい味が旅の疲れもほぐしてくれるようだ。


 kalotaszeg osz (12)


長旅の疲れと温かい布団のお蔭で、ゆっくりと休んだ。

退院して二週間になるカティおばあさんを見舞ってから、

次なる目的地へと車を走らせた。

 

kalotaseg osz (6) 


今回は、ビーズの針金細工を習得するのがもうひとつの目的。

カロタセグのナーダシュ川流域の村では、

大都市クルージ・ナポカに近いため、流行の素材が手に入りやすかった。

そのため、色とりどりのビーズを散りばめた装身具を作り、

とりわけ華やかな衣装に身を固めるようになった。

針にビーズを通して刺繍をするビーズ刺繍の他に、

昔は針金にビーズを通してモチーフを作る、針金細工の帽子飾りを作っていた。


 kalotszeg osz 


面白いことに、同じカロタセグでも地方によって美意識が大いに異なる。

ナーダシュ流域ではきらめくビーズをふんだんに使うことにこの上なく誇りを持っており、

上下地方では、昔ながらの刺繍に磨きをかけ、統一感のある配色をもつ

自身の衣装こそが本物だと主張する。

はじめは、私も刺繍こそが美しく、ビーズは玩具のようなものと思っていた。

民俗学的にも、刺繍の本は山ほどあるが、ビーズを扱ったものは一つもない。

そんな先入観を大きく変えてくれたのは、カティおばあちゃんの手がけるボクレータであり、

古くにチェコから仕入れたビーズを使ったさまざまな装身具だった。

とりわけ磁器のように白の濃い目の細やかなビーズが、年代を経て塵や埃を吸い、

さながら影のように黒ずんだ表情が美しい。

 

山手にある村、イナクテルケ。

周辺の村の中でも、最も衣装が華やかだと言われている。

数年前に知り合ったカティおばさんを探すことにした。

一人息子が牧師をしているというおばさんは、穏やかでどこか知性を感じさせる話し方をする方。

針金細工を教えてほしいというと、快く受け入れてくれた。

「そう私の小さい頃にはね、丸いビーズが揺れる長いモチーフを3本作って、

バラをその間に埋めた飾りをつけていたのよ。踊ると針金飾りが揺れるので、

「レズグー(揺れる)」と呼んでいたわ。」

思い出し思い出ししながら、針金にビーズをくぐらせてねじる。


 kalotaseg osz (2) 


手仕事を片手に、村のおばあさんたちとおしゃべりするのも楽しい。

相手の顔を見ずしも、手仕事という共通点から、さらに相手との距離が近づく気がする。

「子供たちよ、昔この家の横で夏になるとフォークダンスのキャンプが開かれて、

ハンガリーからたくさんの人がきたわ。

その先生の一人娘がね、まだあの頃は8歳くらいだったかしら。

うちの家畜たちが好きで、よく見に来ていたの。そして、ある時こういったわ。

『おばさん、牛はどうなったの?』ちょうど主人がなくなったあとで、

私は女手ひとつで養っていく自信がなかったから、すべて売ってしまったところだった。

忘れもしない、その子は私の目をまっすぐ見ながらこういったわ。

『可哀想なおばさん。貧しくなってしまったわね。』

その子のいう通りだった。今、店で買う牛乳やサワークリームは、

自家製のものとは似ても似つかない代物。もう、あんな味は手に入らないのよ。」

現在は、村には一頭の牛もいないという。


 kalotaseg osz (3) 


「さあ、今度はあなたがやってみて。」とバトンタッチ。

時にビーズをほどくこともあったが、小さなバラのモチーフが出来上がった。

細くしなやかな工芸用の針金は、現地では手に入らないという。

「わたしもひとつ注文したいわ。孫に昔ながらの針金ボクレータを作りたいの。」

とカティおばさん。

物づくりの上で大切なものは素材。

素材がないために、姿を消してしまった美しい品々はたくさんある。

もしかしたら、もう一度古い針金細工ボクレータが復活するかもしれない。

淡い期待に胸を弾ませながら、夕暮れどきの道をエルジおばさんの待つ家へと車を急がせた。




comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2017-10-10_20:22|page top

おばあちゃんの最後の針仕事

こんな日が遠からず来るような気がしていたのだが、
この夏の終わりに不意に訪れた。
87歳になるカティおばあちゃんが、
自宅の庭で倒れたという報せだった。
すぐに隣人が気がつき、病院に運ばれたものの、
左腕左足の神経が切れて動かないという。

「わたしは、飼い主のいない犬のよう」と言っていたように、
あれこれ仕事を見つけては体を動かすのが好きだった。
それでいて、空色のおばあちゃんの部屋は、
キッチンと食卓と、寝室と居間と客間とアトリエを兼ねる最高の空間だった。
そのおばあちゃんが、黄金の手と動く足を失ってしまったのだ。

カロタセグ地方を訪れたのは、9月のはじめ。
最後の手仕事を受け取るのが、目的の一つだった。
退院したあと、これまでの家から
同じ村の通りに住む孫娘の家に引き取られたという。
エルジおばさんは、「おばあちゃんは、大分弱ってしまったわ。」と話した。

いつか訪れたことのある孫娘の家には、
長男と遊んだこともある同じ年のひ孫も暮らしている。
エルジおばさんの後について、薄暗い地下の部屋に入った。
部屋の窓際にあるベッドの横たわるおばあさんに、後ろから近づいていった。
私を見るやいなや、声高に泣きじゃくる姿はまるで別人のようだった。
嫁と孫が興奮しないようにと諌めて、
やっと普段の声を取り戻したようだ。
ある日を境に、人生は思っても見ない方向に転じてしまう。
その悲劇を、おばあさんそのものから感じていた。
「人生は、なんてはかないもの。
わたしはもう87。あっという間だわ。」
骨ばったおばあちゃんの手をただ握りしめることしかできなかった。

おばあさんの手がけたビーズ刺繍のボクレータは、
エルジおばさんから受け取っていた。
小さなビニール袋に入った、ビーズのネックレスやすずらんの飾りを
どこからか嫁が取り出して渡してくれた。
「これが、おばあちゃんの最後の手仕事よ。」
おばあちゃんと確執があった嫁のイボヤおばさんも、涙ぐんだ。

始めはそれほど関心のなかった、ビーズの美しさ。
手仕事や衣装、手作りの素晴らしさ、カロタセグの美意識・・、
おばあちゃんは私にさまざまなことを教えてくれた。
カロタセグの本ができて、一番喜んでくれたのもおばあちゃんだった。
「私にとって、この本は千金に値するもの。今夜は眠らずにずっと眺めているわ。」
少女のように瞳を輝かせながら、カロタセグの衣装でいっぱいの本を胸に抱いていた。

「また、訪ねてきます。」
朝と夜におばあさんに会い、同じ言葉で別れた。
いつもは美しく結っていた白銀の髪が、短く刈り取られていたのだ。
そのことに気がついたのは、部屋を出る寸前だった。

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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-09-19_13:47|page top

2017年の夏

2017年、夏が目覚めるよりすこし早くに、
私たちはルーマニアを飛び立った。

フレデリック・ショパン空港で、
8時間の待ち合わせ。
ぴかぴかの、とびきり高価な玩具を見つけて、大喜びのふたり。
散らばったおもちゃ箱のように、にぎやかな音がはじける。
3人の子供たちを連れて、長い長い旅がはじまった。

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飛行機に揺られて10時間。
成田空港で、おばあちゃんと合流。
久しぶりの再会に胸を躍らせながら、電車に揺られて宿泊所へ向かった。
それから、眠たい目をこする暇もなく浅草へ。
いつものように、手には大きなスーツケース。
宝箱から大切な珠玉の衣装や手仕事をひとつひとつ広げて、
これから白い壁面をトランシルヴァニアの色彩に塗り替えていく。

浅草のオレンジ通りに位置する、老舗の手ぬぐい屋さん。
かまわぬさんとのめぐり合わせは、青木さんを通じてだった。
古くからハンガリーの刺繍を愛するかまわぬの清水さんが企画していただき、実現したもの。
日本の伝統文化を伝える店舗にて、
異国のトランシルヴァニアの装いの文化を紐解く。
思いも及ばない場所との縁をいただいて、
展示会、トークショー、ワークショップと幅広く文化紹介をすることができた。
中でも、まるで展示会のプレオープンのようなトークショーでは、
トランシルヴァニアの衣食住について幅広くお話させていただく機会となった。

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思いもよらぬ人との出会い、再会は
人生のスパイスのようなもの。
長男と長女をまるで実の孫のように半日お守りしてくださったHさま、
音楽やハンガリー文化について造詣の深いHさまはワークショップに参加いただき、
いつも私の右腕として刺繍の指導に当たっていただく伊藤さま・・。
映画業界で活躍する大学時代の親友と、
我が家族のように私たちを迎えてくれる親友のお母さん、
世界を股に駆け回る日本語教師の先輩に、
ルーマニアで撮影活動を続ける写真家の堀内さん御夫妻、
京都で活動をつづける刺繍作家Molindaさんに、
私に筆の楽しさを教えてくれたEchoさん、
大学時代の恩師早稲田先生・・・。

午後のワークショップに、開始から少し遅れて
松葉杖をつき会場に駆けつけてくださったMさま。
「今日の日のために、5年前の展示会で求めた図案を完成させて、
洋服に仕立てたんです。」
イーラーショシュの大作に参加者からため息がもれた。

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1年前から予定されていたハンガリーフェスティバルでは、
ハンガリーで日本文学の第一人者であられるVihar先生、
在日ハンガリー大使にピアニストの赤松麟太郎氏など立派な方々に気後れしながらも、
トランシルヴァニア地方で暮らすハンガリー人の多種多様な民俗衣装や刺繍について
お話させていただいた。

名古屋は、私にとって思い出深い、祖父母の家があったところ。
墓参りに、ご無沙汰していた親戚一同と会することができ、
特別なひとときを過ごすことができた。

それから、大阪へと舞台は映る。
母校の大学で講演をさせていただいた後、
懐かしい山沿いのバスに揺られて箕面駅へと向かった。
ひと駅歩いた牧落駅に、「けんちくの種」がある。
一級建築士の中谷さま御夫妻がお持ちの事務所を、
こうした文化イベントにも大きく放たれている。

一年前の大阪梅田のNHKカルチャーの講座に参加いただいた、
中谷さまにお声をかけていただいた。
話し合ううちに、「トランシルヴァニアの多種多様な民俗衣装や刺繍文化」をテーマにした
展示にすることに決まった。
ルーマニア、ハンガリー、ザクセンにロマ、
多民族が互いに影響し、または分離して培った文化は大きな特徴でもある。
初めて日本に運び展示する品も多く、
背景とする村や地方が数多くあった。

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台風のように慌ただしかった旅行も終わり、
今度は宮崎で穏やかな生活がはじまった。
緑の鮮やかさが勢いをました稲、
足元の小さい池ではさまざまな生き物の息遣いが聞こえてきた。

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楠の木が見たいという長男に誘われて、
近くの神社に足を運んだこともあった。
巨大な木々のふもとに立つと心が休まるのはどうしてだろう。

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長男が小学校に通う最後の夏。
家族や大人からすこし距離を置きはじめたこの頃、
友人と一緒の時間が何より楽しいらしい。
親友になったゆうま君たちと過ごす思い出深い夏になった。

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茹だるような熱気に悩まされた日々もまた、良き思い出だ。
やがて稲の穂も黄金色に垂れてきた。
稲の刈りどきを知るために、昔の人たちは
鎌を大きく田の上に投げ入れたそうだ。
稲がその重みで支えられたら、
初めて穂が実ったということらしい。
祖父が教えてくれた知恵を、また母の口から知った。

稲かすっかり刈り取られて空き地になった頃、
私たちの日本での夏が終わった。

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旅の終わりに、成田空港の近くの佐原に住む
貝戸さんご一家のお宅に寄せていただいた。
5年ぶりに、ルーマニアを訪れたいというご家族と、
成田へ向かうにぎやかな車中で、
このまま一緒にルーマニアを目指しているかのような楽しい空想に襲われた。
「今度はルーマニアで。」を合言葉に、成田空港で別れた。

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comments(6)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-08-05_13:49|page top

「カロタセグ -装いの文化」展



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ラテン語で「森のかなたの国」を意味するトランシルヴァニア。
 現在のルーマニア西部に、カロタセグ地方はあります。
原風景広がるのどかな村に暮らす女性たちは、 
先祖代々に受け継ぐ美しく彩られた衣装を、大切に身に纏ってきました。
カロタセグをはじめ、トランシルヴァニアから届いた美しい衣装や手仕事の数々を、 
是非店頭でご覧ください。 

カロタセグ-装いの文化 
2017.6.10 Sat. - 6.25 Sun. open10:30 | close19:00 
KAMAWANU Utensils Store 2F “piece”
 
  ●トークショー【カロタセグの装いと手しごと】 

ルーマニア西部カロタセグ地方。 
そこには装うことを文化として大切に守り、楽しんでいる人々がいます。
目を惹きつけてやまない美しい伝統衣装。
繊細で細やかな手しごとの数々。 
現地の写真を交えながら、カロタセグの衣装のこと、生活や文化、手しごとのお話を伺います。
 日時:6/9(金)19時~20時  

※会期前日 話:谷崎聖子 参加人数:先着20名まで 参加費:1000円(税別)
(カロタセグ地方のお菓子とハーブティ・お土産付き)

 ●ワークショップ【イーラー ショシュ刺繍のサンプラートートバッグ】 
日時:6/10(土) ①午前/10時30分~12時30分 
        ②午後/14時~16時 

講師:谷崎聖子 参加費:6500円(講習費・材料費含む・税別) 
参加人数:各回10名  
持ち物:はさみ

*トークショー・ワークショップに参加ご希望の方は、
店頭またはお電話にて事前にご予約ください
TEL
03-6231-6466(かまわぬ浅草店)
*DMご希望の方はこちらまでご連絡ください。

カロタセグDM-JP

comments(4)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-26_16:38|page top

「イーラーショシュ刺繍のサンプラー トートバッグ」

100年以上昔にハンガリーで出版された
アンティークの刺繍図案から選んだ、
 6つの端モチーフをサンプラー(刺繍見本)にしました。

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 簡単なものから複雑な図案まで、ボーダー状にならんだモチーフ。 

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進んでいくにつれて難易度が上がり、 
一つ一つの刺繍を終えた頃にはどんどん腕が上がっていきます。

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肩紐は、昔、アルコールランプの芯に使われた織り紐を使用します。

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裏には、プリント、またはジャガード織り生地をあわせて、 
トートバッグに仕立てることができます。

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サイズ 縦43cm 横31cm  マチ8cm
費用 講習費3000円 材料費3500円

東京浅草かまわぬさん (tel 03-6231-6466)
6/10(土) 10:3012:3014:00~16:00

大阪箕面けんちくの種さん(tel 072-734-6343)
6/17(土)、18(日) 13:30~16:00

アミカス福岡(tououzakka_iciripiciri@yahoo.co.jp)
7/19(土) 9:30~12:00
comments(6)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-23_21:24|page top

トランシルヴァニア地方の伝統文化と刺繍

東京から名古屋、そして大阪へ。
母校の大阪大学で講演+初心者向けの刺繍のワークショップが開催されます。
ハンガリーの隣国、ルーマニア。
現在も数多く暮らしているハンガリー少数民族。
地域によって異なる衣装や刺繍について
プロジェクターを使ってお話いたします。







20170615谷崎聖子講演会 
 また、講演会の後にワークショップがございます。 
トランシルヴァニアの伝統刺繍イーラ-ショシュを体験してみませんか?
 チューリップやバラ、鳥のちいさなブックマークを作ります。(材料費300円) 


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お問い合わせは、こちらまで。
ml-cir@library.osaka-u.ac.jp



comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-23_12:37|page top