ジプシー居住区の日曜日
日曜日の朝早く、
ふたたびジプシー地区へと向かった。
カトリック教会のミサが行われるというので、
めずらししく早起きをして待ち合わせ場所へやってきたのだが、
どうも時間を間違えたらしい。
すでに教会の中はいっぱいで、入れないほど。
仕方なく、ドアのところで様子をうかがった。
部屋の隅から、中を興味深そうに見つめていると、
前へ前へと促される。
カトリックのお祝いがあるようで、
小さな子どもからお年寄りまで
部屋の中は活気で包まれている。

清潔感のある白い壁には、
イエスキリストの像や十字架があちこちに見受けられる。
正面に掛けられた絵画の中の聖人は、
心なしかジプシーのように浅黒く黒髪の人物のように見える。

やがてミサが終わると、
花嫁衣裳のような白いドレスに実を包んだ
女の子たちがシスターのあとについて出てきた。

少女たちはしっかりと手を合わせて、
厳かに歩みをすすめている。

きれいに着飾った人たちが表にあふれ出る。
何人かの少女が私の姿を見ると、
写真、写真とねだってきた。

あっという間に子どもたちに囲まれてしまった。
身動きができずに困っていると、
約束の時間に会う予定だった
アニコーおばさんが遠くで呼ぶ声。
あわてて高い門の中へとすべりこんだ。
その中庭には白いドレスの花嫁と、
黒いスーツの花婿がずらりと一列に並んでいた。


やがてシスターたちが、
次々にお祝いのケーキを運んで、
子どもたちに手渡す。

かんかん照りの日差しの下、
乾いたアスファルトに映る白いドレスの少女たちと、
白衣のシスターたち。

子どもたちへと注がれる
その献身的な愛情は、すぐに見てとれた。
母親のようなあたたかなまなざしで
お世話をしている。

正装した子どもたちが帰っていくと、
今度は数人の男の子たちが集まっていた。
耳に紙の飾りをつけて、
何が始まるのだろう・・・・。
誰かがドラム缶を持ってきて
タイコ代わりにしてたたき、
ハンドクラップや口でリズムを鳴らしはじめた。
もう音楽はこれで十分。
ジプシーダンスが始まった。
チョッキ姿の少年は、
指でリズムを刻みながら、
飛んだり、はねたり、ステップを踏んだり・・・
その身軽な物腰と
目にもとまらぬスピードには、
思わず目を見張った。



たった一人ですばらしいショウを見せてくれた少年に、
「 カッコいいわね!
誰から習ったの?」と聞くと、
「 お父さんだよ。」とまだ肩で息をつきながら答えた。
そう、実はここウルクーは
ジプシーのフォークダンスで有名なところ。
夏には、民俗舞踊の講習会が開かれるほど。
「 あなたの名前は?」
「 ・・・・・・。」
なんだかよく聞き取れなかったので、もう一度たずねる。
「 ロッキー。」
ああ・・・
ジプシーは、ハリウッド映画の影響を受けて
名前をつけるとは聞いていたが、
本当のようだ。
帰り道に、アニコーおばさんと話をした。
「 私はもう5年も、シスターたちにハンガリー語を教えているのよ。
もちろんボランティアで。
彼女たちは、私たち教師よりももっと
ジプシーの子どもたちと深く係わっているのだから
本当に偉いわ。」
肌の色も国籍もさまざまな女性たちが、
この小さなジプシー地区の子どもたちと生活をともにしている。
学校からは知識を、
教会からは愛情を受けて
少しずつ変化が生まれはじめている。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。


ふたたびジプシー地区へと向かった。
カトリック教会のミサが行われるというので、
めずらししく早起きをして待ち合わせ場所へやってきたのだが、
どうも時間を間違えたらしい。
すでに教会の中はいっぱいで、入れないほど。
仕方なく、ドアのところで様子をうかがった。
部屋の隅から、中を興味深そうに見つめていると、
前へ前へと促される。
カトリックのお祝いがあるようで、
小さな子どもからお年寄りまで
部屋の中は活気で包まれている。

清潔感のある白い壁には、
イエスキリストの像や十字架があちこちに見受けられる。
正面に掛けられた絵画の中の聖人は、
心なしかジプシーのように浅黒く黒髪の人物のように見える。

やがてミサが終わると、
花嫁衣裳のような白いドレスに実を包んだ
女の子たちがシスターのあとについて出てきた。

少女たちはしっかりと手を合わせて、
厳かに歩みをすすめている。

きれいに着飾った人たちが表にあふれ出る。
何人かの少女が私の姿を見ると、
写真、写真とねだってきた。

あっという間に子どもたちに囲まれてしまった。
身動きができずに困っていると、
約束の時間に会う予定だった
アニコーおばさんが遠くで呼ぶ声。
あわてて高い門の中へとすべりこんだ。
その中庭には白いドレスの花嫁と、
黒いスーツの花婿がずらりと一列に並んでいた。


やがてシスターたちが、
次々にお祝いのケーキを運んで、
子どもたちに手渡す。

かんかん照りの日差しの下、
乾いたアスファルトに映る白いドレスの少女たちと、
白衣のシスターたち。

子どもたちへと注がれる
その献身的な愛情は、すぐに見てとれた。
母親のようなあたたかなまなざしで
お世話をしている。

正装した子どもたちが帰っていくと、
今度は数人の男の子たちが集まっていた。
耳に紙の飾りをつけて、
何が始まるのだろう・・・・。
誰かがドラム缶を持ってきて
タイコ代わりにしてたたき、
ハンドクラップや口でリズムを鳴らしはじめた。
もう音楽はこれで十分。
ジプシーダンスが始まった。
チョッキ姿の少年は、
指でリズムを刻みながら、
飛んだり、はねたり、ステップを踏んだり・・・
その身軽な物腰と
目にもとまらぬスピードには、
思わず目を見張った。



たった一人ですばらしいショウを見せてくれた少年に、
「 カッコいいわね!
誰から習ったの?」と聞くと、
「 お父さんだよ。」とまだ肩で息をつきながら答えた。
そう、実はここウルクーは
ジプシーのフォークダンスで有名なところ。
夏には、民俗舞踊の講習会が開かれるほど。
「 あなたの名前は?」
「 ・・・・・・。」
なんだかよく聞き取れなかったので、もう一度たずねる。
「 ロッキー。」
ああ・・・
ジプシーは、ハリウッド映画の影響を受けて
名前をつけるとは聞いていたが、
本当のようだ。
帰り道に、アニコーおばさんと話をした。
「 私はもう5年も、シスターたちにハンガリー語を教えているのよ。
もちろんボランティアで。
彼女たちは、私たち教師よりももっと
ジプシーの子どもたちと深く係わっているのだから
本当に偉いわ。」
肌の色も国籍もさまざまな女性たちが、
この小さなジプシー地区の子どもたちと生活をともにしている。
学校からは知識を、
教会からは愛情を受けて
少しずつ変化が生まれはじめている。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。
セントキラーイ村のお花畑
6月の、
とある夏日の午後。
いつものお昼寝のあとで、
息子を連れて友人のブラーガ宅へと向かった。
途中、アパートの脇で
淡い紫色のアカシアの花が満開だった。
このまま口をあけていたら、
甘い甘い蜜がしたたり落ちそう・・・と思ったら、
この紫アカシアには蜜がないらしい。

花マニアの息子は、こんな満開の花を見て
じっとしているわけはない。
手にしっかり力をこめて、
枝を引きちぎった。

かわいい木のかごに花を寝かせて、
友人宅のドアをたたく。
迎えてくれた子どもたちと、
玄関先でアカシアの花の蜜を吸って遊んでいた。
しばらくして、エンツィが電話で話をした後、
目を輝かせ、こう尋ねた。
「ねえ、これから村へ一緒に行かない?」
ブラーガの5人家族、
お客さま3人、そして私たち3人家族・・・
あわせて11人を乗せたキャンピングカーは、
セントキラーイ村の教会の脇を過ぎ、
ガタガタ音を立てて、
道なき道をひたすらに走った。
やがて、私たちは夕暮れ前の
原っぱの中にいた。

この原っぱの真ん中で、
これから家作りをはじめようとしている
ブラーガ一家。
この野原すべて、
この見晴らしすべてが彼らのもの。

緑の原っぱの中で、
ひと際目立って咲いているケシの花。
それは、まるで真っ赤なルージュを引いた
くちびるのよう。

花もうつくしいけれど、
ふわふわの毛で覆われた大きなつぼみだって、
負けてはいない。

大きなふくろが鈴なりに・・・
紫がかった先っぽからは、
まぶしいほどの黄色い花びらがこぼれる。

もう、野いちごがこんなにも色づいている。
市場のイチゴよりもずっと小さく、
赤みもないけれど、まるで砂糖菓子みたいに甘い。
子どもたちは夢中で、
地面に目を見張って探しはじめた。

黄色い花粉を体じゅうににくっつけて
すやすやと眠っているカナブン。
ピンク色の花びらに
きっとやさしく包まれるのだろう。

この日、最後の太陽の光を受けた
平原は黄金色に輝く。
日が沈んだ後でも、
しばらくはその余韻でうす明るいまま。

「 ママ、むらさきのタンポポだよ!」
大切そうに握りしめられた花束。
夢のようにやさしい、
むらさきと黄色の花束だった。

虫たちのささやき声が満ちて、
ひんやりと風が肌を包み込む。
もう日が暮れてしまう。
私たちはキャンピングカーに乗り込んだ。
月と、星と、暗やみの世界を跡にした。

トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。


とある夏日の午後。
いつものお昼寝のあとで、
息子を連れて友人のブラーガ宅へと向かった。
途中、アパートの脇で
淡い紫色のアカシアの花が満開だった。
このまま口をあけていたら、
甘い甘い蜜がしたたり落ちそう・・・と思ったら、
この紫アカシアには蜜がないらしい。

花マニアの息子は、こんな満開の花を見て
じっとしているわけはない。
手にしっかり力をこめて、
枝を引きちぎった。

かわいい木のかごに花を寝かせて、
友人宅のドアをたたく。
迎えてくれた子どもたちと、
玄関先でアカシアの花の蜜を吸って遊んでいた。
しばらくして、エンツィが電話で話をした後、
目を輝かせ、こう尋ねた。
「ねえ、これから村へ一緒に行かない?」
ブラーガの5人家族、
お客さま3人、そして私たち3人家族・・・
あわせて11人を乗せたキャンピングカーは、
セントキラーイ村の教会の脇を過ぎ、
ガタガタ音を立てて、
道なき道をひたすらに走った。
やがて、私たちは夕暮れ前の
原っぱの中にいた。

この原っぱの真ん中で、
これから家作りをはじめようとしている
ブラーガ一家。
この野原すべて、
この見晴らしすべてが彼らのもの。

緑の原っぱの中で、
ひと際目立って咲いているケシの花。
それは、まるで真っ赤なルージュを引いた
くちびるのよう。

花もうつくしいけれど、
ふわふわの毛で覆われた大きなつぼみだって、
負けてはいない。

大きなふくろが鈴なりに・・・
紫がかった先っぽからは、
まぶしいほどの黄色い花びらがこぼれる。

もう、野いちごがこんなにも色づいている。
市場のイチゴよりもずっと小さく、
赤みもないけれど、まるで砂糖菓子みたいに甘い。
子どもたちは夢中で、
地面に目を見張って探しはじめた。

黄色い花粉を体じゅうににくっつけて
すやすやと眠っているカナブン。
ピンク色の花びらに
きっとやさしく包まれるのだろう。

この日、最後の太陽の光を受けた
平原は黄金色に輝く。
日が沈んだ後でも、
しばらくはその余韻でうす明るいまま。

「 ママ、むらさきのタンポポだよ!」
大切そうに握りしめられた花束。
夢のようにやさしい、
むらさきと黄色の花束だった。

虫たちのささやき声が満ちて、
ひんやりと風が肌を包み込む。
もう日が暮れてしまう。
私たちはキャンピングカーに乗り込んだ。
月と、星と、暗やみの世界を跡にした。

トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。
ジプシー学校の音楽の時間
「ジプシー学校では、木曜日に音楽の授業がある。」
という情報を聞いて、
再び町のはずれのウルクー地区へと向かった。
ハンガリー語教師の友人は、
「私の住んでいる通りは、学校へとつながる通りだけど、
彼らにとっては、ここは全くよその世界なの。」と語っていた。
その通り、閑静な住宅地が
このアパートを境にして、
「ジプシー村」へと変わってしまう。

人一倍元気で好奇心旺盛な子どもたちを相手にするのだから、
しっかりと心構えをしておかないと・・・。
学校へ近づくと、運悪く中休みのようす。
さっそく子どもたちが取り巻いてきて、
「どこから来たのか。」
「どこに住んでいるのか。」
「ジャッキー・チェンを知っているか?」などと同じような質問の嵐。
「音楽の授業を見に来たのよ。
「音楽の先生はどんな人?」と聞くと、
おませな女の子が
「そうね。あなたにぴったりの、なかなかいい男よ。」
とウインクした。
やがて職員室へ案内されて、
音楽の先生に授業の見学をお願いすると
快く受け入れてくださった。
中学二年生のクラス。
今日の生徒は5人だけ。
まずは遊び半分の生徒たちを席に着かせて、
授業の雰囲気を作るのが難しそうだ。
やがて先生がマンダリンをかき鳴らし、
歌が始まった。
はじめは一人、一人に歌を歌わせる。

女の子の方が、協調性があるらしい。
男の子は後ろのほうで、すこし冷やかし加減に、
それでもちゃんと歌をうたっていた。

それからは、先生と話をしながら
リクエストを交えながらの、
楽しい歌の授業。
自然にハンドクラップや、机をたたいてリズムをとったり、
もうそれだけでジプシー独特の音楽ができあがっている。

その楽しげな雰囲気に誘われて、
校庭でも小さな女の子たちが楽しげに踊り始めた。

昼休み。
木一本も生えていない、狭い校庭で
子どもたちがゴムとびをしていた。
なんだか戦後の日本の風景でも見ているようだ。

建設中の学校の体育館のよこでは、
放し飼いにされたブタが草を食んでいる。

カメラを向けると女の子たちは、
大喜びでポーズをする。

ところで、この先生はオルバーン・フェレンツという
名前の知れたミュージシャン。
NEMEZというセントジュルジのグループにも属し
(ジャズとフォークロアが融合された、こちらがオススメ。)
舞台の作曲から弾き語り、ヴァイオリンまで幅広い音楽活動をしているらしい。
子どもたちの歌う歌のイメージにあわせて、
即興で伴奏を入れていく。
ジプシー音楽と、ハンガリー音楽がうまく
混ざり合う、その感じがまた面白い。

みんなが興味深そうに私の方を向いて、
日本の歌をうたうように促した。
そこで、幼稚園でしたように「ひらいた、ひらいた」をうたった。
クラップもリズムもない、日本のわらべ歌。
彼らの好む音楽とはまったく違うけれども、
うたい終わると自然に拍手が聞こえてきた。
そう、言葉がわからなくとも、
音楽には聴くものを納得させるそんなチカラがある。
ジプシーの子どもたちの大好きな音楽を通じて
ハンガリー人の子どもも、ルーマニア人の子どもも
みんながひとつになれたら
どんなに素晴らしいだろう。

少なくとも、ここウルクーのジプシー学校は
こんな風にハンガリー教師とジプシーの生徒との
信頼関係でつながっている。
のびのびとうたう子どもたちの歌声、
ジプシー特有のリズムに包まれた半日。
気がつくと、あのとき耳にしたメロディーが
リズムが不意に流れてくるときがある。
何ものにもとらわれない自由さ、
どんな苦しみにも負けない楽観的な明るさ。
まだまだ、たくさんのことを学ぶことができるだろう。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。


という情報を聞いて、
再び町のはずれのウルクー地区へと向かった。
ハンガリー語教師の友人は、
「私の住んでいる通りは、学校へとつながる通りだけど、
彼らにとっては、ここは全くよその世界なの。」と語っていた。
その通り、閑静な住宅地が
このアパートを境にして、
「ジプシー村」へと変わってしまう。

人一倍元気で好奇心旺盛な子どもたちを相手にするのだから、
しっかりと心構えをしておかないと・・・。
学校へ近づくと、運悪く中休みのようす。
さっそく子どもたちが取り巻いてきて、
「どこから来たのか。」
「どこに住んでいるのか。」
「ジャッキー・チェンを知っているか?」などと同じような質問の嵐。
「音楽の授業を見に来たのよ。
「音楽の先生はどんな人?」と聞くと、
おませな女の子が
「そうね。あなたにぴったりの、なかなかいい男よ。」
とウインクした。
やがて職員室へ案内されて、
音楽の先生に授業の見学をお願いすると
快く受け入れてくださった。
中学二年生のクラス。
今日の生徒は5人だけ。
まずは遊び半分の生徒たちを席に着かせて、
授業の雰囲気を作るのが難しそうだ。
やがて先生がマンダリンをかき鳴らし、
歌が始まった。
はじめは一人、一人に歌を歌わせる。

女の子の方が、協調性があるらしい。
男の子は後ろのほうで、すこし冷やかし加減に、
それでもちゃんと歌をうたっていた。

それからは、先生と話をしながら
リクエストを交えながらの、
楽しい歌の授業。
自然にハンドクラップや、机をたたいてリズムをとったり、
もうそれだけでジプシー独特の音楽ができあがっている。

その楽しげな雰囲気に誘われて、
校庭でも小さな女の子たちが楽しげに踊り始めた。

昼休み。
木一本も生えていない、狭い校庭で
子どもたちがゴムとびをしていた。
なんだか戦後の日本の風景でも見ているようだ。

建設中の学校の体育館のよこでは、
放し飼いにされたブタが草を食んでいる。

カメラを向けると女の子たちは、
大喜びでポーズをする。

ところで、この先生はオルバーン・フェレンツという
名前の知れたミュージシャン。
NEMEZというセントジュルジのグループにも属し
(ジャズとフォークロアが融合された、こちらがオススメ。)
舞台の作曲から弾き語り、ヴァイオリンまで幅広い音楽活動をしているらしい。
子どもたちの歌う歌のイメージにあわせて、
即興で伴奏を入れていく。
ジプシー音楽と、ハンガリー音楽がうまく
混ざり合う、その感じがまた面白い。

みんなが興味深そうに私の方を向いて、
日本の歌をうたうように促した。
そこで、幼稚園でしたように「ひらいた、ひらいた」をうたった。
クラップもリズムもない、日本のわらべ歌。
彼らの好む音楽とはまったく違うけれども、
うたい終わると自然に拍手が聞こえてきた。
そう、言葉がわからなくとも、
音楽には聴くものを納得させるそんなチカラがある。
ジプシーの子どもたちの大好きな音楽を通じて
ハンガリー人の子どもも、ルーマニア人の子どもも
みんながひとつになれたら
どんなに素晴らしいだろう。

少なくとも、ここウルクーのジプシー学校は
こんな風にハンガリー教師とジプシーの生徒との
信頼関係でつながっている。
のびのびとうたう子どもたちの歌声、
ジプシー特有のリズムに包まれた半日。
気がつくと、あのとき耳にしたメロディーが
リズムが不意に流れてくるときがある。
何ものにもとらわれない自由さ、
どんな苦しみにも負けない楽観的な明るさ。
まだまだ、たくさんのことを学ぶことができるだろう。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。
トランシルヴァニア、ジプシーの学校
普段はほとんど足を踏み入れることのない、
町のはずれのジプシー居住区。
ここを訪れるきっかけとなったのは、
最近お知り合いになった女流写真家さんとのやりとりである。
実は、6月の末にここトランシルヴァニアで
ジプシーを撮影しに来られるYUUMIさん(素敵なお写真のHPはこちら)。
そこで私もその撮影旅行にご一緒させていただくことになった。
その下調べとして、町のジプシー地区にある
小学校を訪ねることになった。
私のクルージ・ナポカの大学時代に
同級生だった友人が、今ここで教鞭をとっている。
町のはずれの閑静な住宅地の
ひとつ向こうには、緑がなく殺風景な家が立ち並んだ
地域にさしかかる。
学校は意外と簡単に見つかった。
外には子どもたちがたくさんいるので、中休みのようだ。

ただ単に来客が珍しいのか、
それとも謎のアジア人だからか、
子どもたちが取り囲み、身動きが取れない状態。
「 まあ、あなた中国人?」
「 どこに住んでいるの?」
「 あなた、ジャッキー・チェンの兄弟?」
同じような質問ばかりが飛び交う。
カメラを向けると、大喜びでポーズ。
一枚撮ると、その後はもう調子にのって
止められなくなる。
次々にパートナーを代え、背景を代えて
私は専属のカメラマンにでもなったかのようだ。

やがて授業のベルの音が鳴ったので、
門番のおじさんを介して、友人を訪ねる。
次の授業は8年生。
日本でいう、中学二年生だ。
はじめの10分ほどは、熱心に詩の暗しょうをして
まじめな姿を見せていたが、
すぐにお祭りモードに変わる。
席を立って、机に腰掛けておしゃべりをしたり、
黒板に絵を描き始めたり・・・
ひとつのことに集中することが難しいらしい。
ただし歌うこと、踊ることは別である。

手や机を打って、リズムが刻まれると
楽器なしでもすぐにジプシー音楽と化してしまう。
その体を震わせるような情熱的な歌声は、
やっぱり彼ら特有のもの。

「 あなたも踊って。」と女の子に誘われ、
カチコチの固い体を無理に揺らす。
残念ながら踊りの教養も、ディスコの経験にも恵まれずに
年を重ねた私には、とても難しい。
これでは、まるでこぶとり爺さんのお隣さんだ。
興ざめをしてしまったのか、
「 あなた、どんな歌なら踊れるの?」と尋ねられる。
その大騒ぎにつられて、
庭にいた子どもたちが窓を開けてのぞき見をはじめた。
先生はあわてて、バタンと窓を閉めた。

次の授業は、彼女が担任を受け持つ5年生。
すぐに授業は打ち切りになって、遠足の時間となる。
私の横にもすぐに女の子たちが来て、
腕を絡ませてくる。
本当にフレンドリーな子供たち。
同じ学年のはずなのに、
なぜか年齢層が広い。

木のいろいろな部分をつぎはぎしたような
屋根や塀。
庭はどこの家にもない。

通りもこのように、幅がまちまち。
どこまでが公の通りで、
どこからが個人の敷地なのか分からない。
遠くから、赤ちゃんを抱いた少女がやってきた。

兄弟は5人6人はざらだから、
こんな風に子守をする子供も珍しくない。

不思議なのは、たとえば家の付近でジプシーの子供にあったなら
すぐに物乞いをしてくるのだが、
この地区内ではまったくされなかったことである。
共同の水汲み場。
中には歩くのおぼつかないような
小さな子どもまでいる。

ペットボトルいっぱいに水を入れる。
赤いリボンの編みこみは、ジプシーに特徴的な髪型。

すずらんのペイントに、
ミラーが埋め込まれた壁が可愛らしい。

お人形が、窓辺に置かれている。
カメラを構えたら、
すかさず女の子たちが前に立ちはばかり、ポーズする。

馬屋には、なんだかトロピカルな木と
馬の絵が風景にミスマッチで面白い。

馬屋を撮ったついでに、ご主人に生まれたばかりの
赤ちゃんを写すように頼まれた。
どこからか、子供たちが気がつくと集まっている。

5年生の女の子たちと近所の子供たち。
きれいに整列しているのが、ほほえましい。

森の手前に、
こんな仮設住宅が。
壁もなく、ただ布を当てただけなのに、
なぜか家の中にはソファーやトルコじゅうたんが飾ってある。
別に見られて恥ずかしいというな風でもなく
「 ここに住んでいるのよ。」と
にこやかに笑っていた。

ここからは、ジプシー地区ウルクーが一望できる。
町のどの場所にも見られない、
この雑多な雰囲気はひとつの村そのもの。
通りを歩けば人目につき、
どこへ行くのかと尋ねられ、
子供たちには囲まれる。
これがヨーロッパだろうかと、目をこすってしまうような風景。
まるでタイムスリップをしたようである。

この半日の刺激的な体験で、
たくさんの人に囲まれ、写真をせがまれ・・・
その日はどっぷりと疲れてしまった。
これからジプシーの撮影旅行、
さてどうなるのやら・・・。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。

町のはずれのジプシー居住区。
ここを訪れるきっかけとなったのは、
最近お知り合いになった女流写真家さんとのやりとりである。
実は、6月の末にここトランシルヴァニアで
ジプシーを撮影しに来られるYUUMIさん(素敵なお写真のHPはこちら)。
そこで私もその撮影旅行にご一緒させていただくことになった。
その下調べとして、町のジプシー地区にある
小学校を訪ねることになった。
私のクルージ・ナポカの大学時代に
同級生だった友人が、今ここで教鞭をとっている。
町のはずれの閑静な住宅地の
ひとつ向こうには、緑がなく殺風景な家が立ち並んだ
地域にさしかかる。
学校は意外と簡単に見つかった。
外には子どもたちがたくさんいるので、中休みのようだ。

ただ単に来客が珍しいのか、
それとも謎のアジア人だからか、
子どもたちが取り囲み、身動きが取れない状態。
「 まあ、あなた中国人?」
「 どこに住んでいるの?」
「 あなた、ジャッキー・チェンの兄弟?」
同じような質問ばかりが飛び交う。
カメラを向けると、大喜びでポーズ。
一枚撮ると、その後はもう調子にのって
止められなくなる。
次々にパートナーを代え、背景を代えて
私は専属のカメラマンにでもなったかのようだ。

やがて授業のベルの音が鳴ったので、
門番のおじさんを介して、友人を訪ねる。
次の授業は8年生。
日本でいう、中学二年生だ。
はじめの10分ほどは、熱心に詩の暗しょうをして
まじめな姿を見せていたが、
すぐにお祭りモードに変わる。
席を立って、机に腰掛けておしゃべりをしたり、
黒板に絵を描き始めたり・・・
ひとつのことに集中することが難しいらしい。
ただし歌うこと、踊ることは別である。

手や机を打って、リズムが刻まれると
楽器なしでもすぐにジプシー音楽と化してしまう。
その体を震わせるような情熱的な歌声は、
やっぱり彼ら特有のもの。

「 あなたも踊って。」と女の子に誘われ、
カチコチの固い体を無理に揺らす。
残念ながら踊りの教養も、ディスコの経験にも恵まれずに
年を重ねた私には、とても難しい。
これでは、まるでこぶとり爺さんのお隣さんだ。
興ざめをしてしまったのか、
「 あなた、どんな歌なら踊れるの?」と尋ねられる。
その大騒ぎにつられて、
庭にいた子どもたちが窓を開けてのぞき見をはじめた。
先生はあわてて、バタンと窓を閉めた。

次の授業は、彼女が担任を受け持つ5年生。
すぐに授業は打ち切りになって、遠足の時間となる。
私の横にもすぐに女の子たちが来て、
腕を絡ませてくる。
本当にフレンドリーな子供たち。
同じ学年のはずなのに、
なぜか年齢層が広い。

木のいろいろな部分をつぎはぎしたような
屋根や塀。
庭はどこの家にもない。

通りもこのように、幅がまちまち。
どこまでが公の通りで、
どこからが個人の敷地なのか分からない。
遠くから、赤ちゃんを抱いた少女がやってきた。

兄弟は5人6人はざらだから、
こんな風に子守をする子供も珍しくない。

不思議なのは、たとえば家の付近でジプシーの子供にあったなら
すぐに物乞いをしてくるのだが、
この地区内ではまったくされなかったことである。
共同の水汲み場。
中には歩くのおぼつかないような
小さな子どもまでいる。

ペットボトルいっぱいに水を入れる。
赤いリボンの編みこみは、ジプシーに特徴的な髪型。

すずらんのペイントに、
ミラーが埋め込まれた壁が可愛らしい。

お人形が、窓辺に置かれている。
カメラを構えたら、
すかさず女の子たちが前に立ちはばかり、ポーズする。

馬屋には、なんだかトロピカルな木と
馬の絵が風景にミスマッチで面白い。

馬屋を撮ったついでに、ご主人に生まれたばかりの
赤ちゃんを写すように頼まれた。
どこからか、子供たちが気がつくと集まっている。

5年生の女の子たちと近所の子供たち。
きれいに整列しているのが、ほほえましい。

森の手前に、
こんな仮設住宅が。
壁もなく、ただ布を当てただけなのに、
なぜか家の中にはソファーやトルコじゅうたんが飾ってある。
別に見られて恥ずかしいというな風でもなく
「 ここに住んでいるのよ。」と
にこやかに笑っていた。

ここからは、ジプシー地区ウルクーが一望できる。
町のどの場所にも見られない、
この雑多な雰囲気はひとつの村そのもの。
通りを歩けば人目につき、
どこへ行くのかと尋ねられ、
子供たちには囲まれる。
これがヨーロッパだろうかと、目をこすってしまうような風景。
まるでタイムスリップをしたようである。

この半日の刺激的な体験で、
たくさんの人に囲まれ、写真をせがまれ・・・
その日はどっぷりと疲れてしまった。
これからジプシーの撮影旅行、
さてどうなるのやら・・・。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。
トランシルヴァニア、馬車の博覧会
5月の晴天のもとで
ここセーケイの文化を象徴する、
馬車にフォークダンス、
民芸品や職人の仕事が勢ぞろいした。
「私たちのハーロムセーク」というタイトルの
この馬車博覧会は、今年で二回目の試みになる。
いわば、ここハーロムセーク県(コヴァスナ)の各村の紹介
村おこしを盛り上げようというものだ。
マクシャ村から丘を上っていくと
ヴァイオリンの音とともにダンスのステップの音が響いてくる。
特設ステージでは、セーケイ地方の民俗舞踊が
盛り上がりを見せていた。

はじめのテントでは、
民俗衣装に欠かせないブーツが販売されている。
今では、こんなに手の込んだブーツなど
なかなかお目にかかれない。
この美しいアコーディオン・プリーツの秘密が知りたいもの。

木笛は、トランシルヴァニアの山のふもと
ジメシュ地方の音楽に特徴的。
シェーゲル・フェレンツという町でも有名な音楽家が
実演販売していた。

こちらは馬のしっぽで編まれたアクセサリー。
触ってみると、ワイヤーのようにしっかりと固い。
この私の剛毛でも編めるだろうか・・・。

パッタン、パッタン・・・という音は、
おばあちゃんの機織から。
昔は一家に一台あった機織も、今では珍しくなってしまった。
ハギレや毛糸を編んで作る、
カラフルなじゅうたんは今でも需要が大きい。

こんなところに、ダンナの同級生が。
お父さんは、ハライの樽職人スーケ・ティボル(HPはこちら)。
ワインだるから、風呂おけに植木ばちまで作っている。
さっそく木製ジョッキで乾杯!
もちろん中は、空っぽ。

おけの中の小さなお皿は何だろう?
友人いわく、
「 ほらヤギの乳を搾るときに、
間違って入っていけないものが中に落ちてしまわないように・・・。」
なるほど、ヤギの糞をキャッチする入れ物のようだ。

馬車の前でたたずむ、民俗衣装の男。
アールコシュ村の代表でやってきた、ゾリ。

古いアイロンを使って、ここでしっかり宣伝。
アールコシュ郷土博物館とある。

セーケイの門をバックに、
丸い自家製パン、自家製ソーセージにクルトゥーシュ・カラーチまで。
セーケイの特産品がずらり。

ミコーウーイファルでは、結婚式のときに
こんなお菓子を作るそうだ。
細長い生地を揚げたものが、
木の枝にぐるぐるに巻きつけられている。
去年は販売もされていたのだが、今年は展示だけのようす。

若い女の子男の子が、馬車の上で語り合う。
もうこれだけで絵になる感じ。

見事な星とバラのモチーフの織物。
家庭で紡がれたコットンまたはヘンプ糸で
丁寧かつ細やかに織られている。
大変に手間のかかる仕事なので、
今はもう受け継ぐものもいない。

今ではもうセーケイのシンボルともなった、
巨大なモニュメント。
太陽がかくれると、吹きさらしの丘は
上着が必要なくらい寒い。

緑がもえる麦畑。
寒い冬がくる前に種がまかれ、
あの厚い雪と氷のなかでずっと耐えてきたから
丈夫に育つのだという。

草のにおいに包まれて、
原っぱを下って歩く。
すると、青白くかがやく蝶を見つけた。
その幻想的な色合に、ハッと息を呑んで見つめていた。

全速力で坂をかけぬけていく息子のうしろ姿が、
初夏の草むらの中に消えてゆく。
夏はまだ始まったばかり。

トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。

*ちょうど一年前、2008年の5月に行われた
このイベントの様子はこちらです。
ここセーケイの文化を象徴する、
馬車にフォークダンス、
民芸品や職人の仕事が勢ぞろいした。
「私たちのハーロムセーク」というタイトルの
この馬車博覧会は、今年で二回目の試みになる。
いわば、ここハーロムセーク県(コヴァスナ)の各村の紹介
村おこしを盛り上げようというものだ。
マクシャ村から丘を上っていくと
ヴァイオリンの音とともにダンスのステップの音が響いてくる。
特設ステージでは、セーケイ地方の民俗舞踊が
盛り上がりを見せていた。

はじめのテントでは、
民俗衣装に欠かせないブーツが販売されている。
今では、こんなに手の込んだブーツなど
なかなかお目にかかれない。
この美しいアコーディオン・プリーツの秘密が知りたいもの。

木笛は、トランシルヴァニアの山のふもと
ジメシュ地方の音楽に特徴的。
シェーゲル・フェレンツという町でも有名な音楽家が
実演販売していた。

こちらは馬のしっぽで編まれたアクセサリー。
触ってみると、ワイヤーのようにしっかりと固い。
この私の剛毛でも編めるだろうか・・・。

パッタン、パッタン・・・という音は、
おばあちゃんの機織から。
昔は一家に一台あった機織も、今では珍しくなってしまった。
ハギレや毛糸を編んで作る、
カラフルなじゅうたんは今でも需要が大きい。

こんなところに、ダンナの同級生が。
お父さんは、ハライの樽職人スーケ・ティボル(HPはこちら)。
ワインだるから、風呂おけに植木ばちまで作っている。
さっそく木製ジョッキで乾杯!
もちろん中は、空っぽ。

おけの中の小さなお皿は何だろう?
友人いわく、
「 ほらヤギの乳を搾るときに、
間違って入っていけないものが中に落ちてしまわないように・・・。」
なるほど、ヤギの糞をキャッチする入れ物のようだ。

馬車の前でたたずむ、民俗衣装の男。
アールコシュ村の代表でやってきた、ゾリ。

古いアイロンを使って、ここでしっかり宣伝。
アールコシュ郷土博物館とある。

セーケイの門をバックに、
丸い自家製パン、自家製ソーセージにクルトゥーシュ・カラーチまで。
セーケイの特産品がずらり。

ミコーウーイファルでは、結婚式のときに
こんなお菓子を作るそうだ。
細長い生地を揚げたものが、
木の枝にぐるぐるに巻きつけられている。
去年は販売もされていたのだが、今年は展示だけのようす。

若い女の子男の子が、馬車の上で語り合う。
もうこれだけで絵になる感じ。

見事な星とバラのモチーフの織物。
家庭で紡がれたコットンまたはヘンプ糸で
丁寧かつ細やかに織られている。
大変に手間のかかる仕事なので、
今はもう受け継ぐものもいない。

今ではもうセーケイのシンボルともなった、
巨大なモニュメント。
太陽がかくれると、吹きさらしの丘は
上着が必要なくらい寒い。

緑がもえる麦畑。
寒い冬がくる前に種がまかれ、
あの厚い雪と氷のなかでずっと耐えてきたから
丈夫に育つのだという。

草のにおいに包まれて、
原っぱを下って歩く。
すると、青白くかがやく蝶を見つけた。
その幻想的な色合に、ハッと息を呑んで見つめていた。

全速力で坂をかけぬけていく息子のうしろ姿が、
初夏の草むらの中に消えてゆく。
夏はまだ始まったばかり。

トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。
*ちょうど一年前、2008年の5月に行われた
このイベントの様子はこちらです。
セントキラーイでワラの家作り
ここトランシルヴァニアでは、
最近、町から離れて村で生活しようとする人が多いらしい。
私たちもそのうちの一組で、
フェルドボイに昨年夏から、
のんびりと家を建てている。(ただいま少し放置状態・・・)
友人のブラーガ一家は、
町のすぐ隣の村セントキラーイの森の入り口に
土地を買った。
そこに建てようとしている家は、電気なしのエコ住宅。
昔話で聞いたことのある、ワラでできた家である。
今年の夏じゅうに出来上がるようにと、
意気込んでいる。
ダンナと手伝いに、その土地へと向かった。
セントキラーイはドボイのように、
山に面した村。
村の教会を通り過ぎると、道はもうない。
原っぱをガタガタいわせながら進んで、
森の入り口に到着。
大きく積み上げられた干草が目印。
これがどんな風に家に使われるのか、
楽しみである。

早速、作業がはじまった。
丸太を板にきったものを
丁寧にならべて乾燥させる。

それとは別に、丸太の皮をはぐ作業もある。
のこぎりみたいな道具で、
木の皮の表面をけずりとる。
切ったばかりの湿った木なら、
簡単に皮がはがれていく。
私も挑戦してみたのだが、
一本分だけで汗びっしょりになった。
表面は丸いし、枝のあとなどでは
なかなかちょうどいいところで止まってくれない。
きれいに削った木は、
子どもたちの遊び道具になっていた。

その日は、カニクラと呼ばれる猛暑日。
子どもたちは、裸同然。
カラッとした空気なので、日陰なら涼しいはずなのだが、
あいにく土地にはまだ一本の木も生えていない。

原っぱには、そこらじゅうが野の花だらけ。
カモミールの葉っぱ、
ペパーミントの葉っぱからはさわやかな香りがただよう。

やっと間に合わせのテントが出来ると、
ほんの少しの影でもだいぶん違う。

もう太陽の光もだいぶんやさしくなった。
7時ごろでも、まだこんなに明るい。

皆で森のほうへと散歩に出かける。

モミの新芽はもう、こんなに伸びている。
今年は、モミのシロップを作りそこなってしまった。

林の向こうは、もうなだらかな丘、丘、丘・・・・
私は丘が大好きだ。
そのやわらかくくねった表面を、
そっとなでてみたくなる。

2家族そろって、写真撮影。

丘のすぐふもとの谷間に、セントキラーイの村が
すっぽりと収まっている。
しばし、その風景に見とれていると
今日の猛暑も、労働もうそのように
消えてなくなるようだ。

その丘を下っていると、
向こう側にちょうど家畜が下ってきているところ。
急げば、まだ間に合うかもしれない。

小高い斜面に陣取って、
家畜の群れがやってくるのを待つ。
ほら、見えてきた・・・。

はじめにヤギの群れが一かたまりになって下りてきた。
それから牛たちが続く。

早く家へ帰りたくて急いでいるのか、
それとも何かを怖がっているからか・・・
駆け足で行ってしまった。

色とりどりの動物たちが、
あっちからもこっちからも・・・
その光景は圧巻。
日の入りまえの涼しい空気につつまれる。
カランカランと高く響くすずの音、
牛や馬の歩む音・・・
これが村の一日の終わり。
目にもうつくしいこの出来事が、
トランシルヴァニアの村では日常なのだ。

一歩一歩をふみしめながら、家路へと急ぐ牛たち。
この賢い動物は、自分の家の門をみると
ちゃんと中へ入っていく。

動物たちを見送ったあとで、
村のはずれにある石橋を見に行く。
なんでも19世紀に作られたもののよう。
細長く、きれいなアーチ型を描いている。

一つ一つが手でしっかりと積まれたことが
見て取れる、手作りの橋。
こんなちいさな村の端っこで、
ずっと村人たちの暮らしを見守っていたのだろう。

村を横切って、
教会をすぎて再び野原にでてきた。
一日の終わりの野原の色は、
どこか神秘的である。

冠をかぶった天使みたいな花も、
虫たちもやがて眠りにつくだろう。

セントキラーイの野原も
闇に包まれていく・・・。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。

最近、町から離れて村で生活しようとする人が多いらしい。
私たちもそのうちの一組で、
フェルドボイに昨年夏から、
のんびりと家を建てている。(ただいま少し放置状態・・・)
友人のブラーガ一家は、
町のすぐ隣の村セントキラーイの森の入り口に
土地を買った。
そこに建てようとしている家は、電気なしのエコ住宅。
昔話で聞いたことのある、ワラでできた家である。
今年の夏じゅうに出来上がるようにと、
意気込んでいる。
ダンナと手伝いに、その土地へと向かった。
セントキラーイはドボイのように、
山に面した村。
村の教会を通り過ぎると、道はもうない。
原っぱをガタガタいわせながら進んで、
森の入り口に到着。
大きく積み上げられた干草が目印。
これがどんな風に家に使われるのか、
楽しみである。

早速、作業がはじまった。
丸太を板にきったものを
丁寧にならべて乾燥させる。

それとは別に、丸太の皮をはぐ作業もある。
のこぎりみたいな道具で、
木の皮の表面をけずりとる。
切ったばかりの湿った木なら、
簡単に皮がはがれていく。
私も挑戦してみたのだが、
一本分だけで汗びっしょりになった。
表面は丸いし、枝のあとなどでは
なかなかちょうどいいところで止まってくれない。
きれいに削った木は、
子どもたちの遊び道具になっていた。

その日は、カニクラと呼ばれる猛暑日。
子どもたちは、裸同然。
カラッとした空気なので、日陰なら涼しいはずなのだが、
あいにく土地にはまだ一本の木も生えていない。

原っぱには、そこらじゅうが野の花だらけ。
カモミールの葉っぱ、
ペパーミントの葉っぱからはさわやかな香りがただよう。

やっと間に合わせのテントが出来ると、
ほんの少しの影でもだいぶん違う。

もう太陽の光もだいぶんやさしくなった。
7時ごろでも、まだこんなに明るい。

皆で森のほうへと散歩に出かける。

モミの新芽はもう、こんなに伸びている。
今年は、モミのシロップを作りそこなってしまった。

林の向こうは、もうなだらかな丘、丘、丘・・・・
私は丘が大好きだ。
そのやわらかくくねった表面を、
そっとなでてみたくなる。

2家族そろって、写真撮影。

丘のすぐふもとの谷間に、セントキラーイの村が
すっぽりと収まっている。
しばし、その風景に見とれていると
今日の猛暑も、労働もうそのように
消えてなくなるようだ。

その丘を下っていると、
向こう側にちょうど家畜が下ってきているところ。
急げば、まだ間に合うかもしれない。

小高い斜面に陣取って、
家畜の群れがやってくるのを待つ。
ほら、見えてきた・・・。

はじめにヤギの群れが一かたまりになって下りてきた。
それから牛たちが続く。

早く家へ帰りたくて急いでいるのか、
それとも何かを怖がっているからか・・・
駆け足で行ってしまった。

色とりどりの動物たちが、
あっちからもこっちからも・・・
その光景は圧巻。
日の入りまえの涼しい空気につつまれる。
カランカランと高く響くすずの音、
牛や馬の歩む音・・・
これが村の一日の終わり。
目にもうつくしいこの出来事が、
トランシルヴァニアの村では日常なのだ。

一歩一歩をふみしめながら、家路へと急ぐ牛たち。
この賢い動物は、自分の家の門をみると
ちゃんと中へ入っていく。

動物たちを見送ったあとで、
村のはずれにある石橋を見に行く。
なんでも19世紀に作られたもののよう。
細長く、きれいなアーチ型を描いている。

一つ一つが手でしっかりと積まれたことが
見て取れる、手作りの橋。
こんなちいさな村の端っこで、
ずっと村人たちの暮らしを見守っていたのだろう。

村を横切って、
教会をすぎて再び野原にでてきた。
一日の終わりの野原の色は、
どこか神秘的である。

冠をかぶった天使みたいな花も、
虫たちもやがて眠りにつくだろう。

セントキラーイの野原も
闇に包まれていく・・・。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。
アールコシュ村の5月の遠足
5月の半ばに、ブログを通じてお知り合いになった
お客様がみえたので、
昼ごろにアールコシュ行きのバスに乗った。
やってきたのは大型の観光バス。
ここトランシルヴァニアでは、バスや電車、市電などが
西欧諸国からのお古であることがすくなくない。
このバスにも、テレビ搭載などとフランス語で書かれていた。
10分ほどですぐにアールコシュにつくと、
すぐに友人宅へと向かった。
アールコシュ村のゾリといえば、
この辺りで知らない人はいないほどの有名人。
何で有名かというと、
古いものは何でも集めてしまうというコレクション癖から
収集が始まり、今では個人の博物館を作ってしまうほどである。
庭には、雑穀機や墓石など
あらゆる古きうつくしきモノで埋め尽くされる。
私たちを見ると庭仕事の手を休めて、
すぐに炭酸水やお菓子でもてなしてくれる。
大きなくるみの木の下に、
古い臼をテーブルにしてくつろいでいると、
生まれたばかりの子犬を抱いてきた。

愛犬ジョーフィが産んだ、ちいさな子どもたち。
イギリスのシャパード犬同士を掛け合わせても、
この種が生まれる確立は低い。
4匹のうち、一匹だけが明るい茶色をしている。
慣れない手つきで子犬を抱く息子。
後ろには、ゾリが自分で建てている家と雑穀機が見られる。

ヨーロッパで森へ行ったことがないというお客様のために、
遠足をしに行くことになった。
さあ出発と思ったら、
大きな犬にびっくりした息子が
ズボンにお漏らしをしてしまった・・・。
仕方なく、下は裸ん坊になる。
長いTシャツでよかった。
村のはずれは一面の原っぱ。

アールコシュのシンボルである
ユニタリウス派の教会。
トランシルヴァニアには、このような要塞教会が
数多く見られる。

こんなに可愛らしい野の花を見つけた。
まるでピンク色の冠をかぶっているみたい。

「 わあ、緑の海だ!」
風がそっと表面をなでると、小波が立つようである。
なんてやわらかな色合いの緑なんだろう。
大麦の海にそっと触れてみたくなった。

じりじりと太陽の光が照りつける中、
上着を脱ぎ、汗をかきかき
やっと森の入り口までたどり着いた。
いつものパパの肩車なしに、
3kmほどの道のりをがんばって歩いた息子。

この野原の色を緑と表現するには、
あまりにもぶっきら棒だろう。
日本の野原との色の違いは、
きっとこの乾いた感じ。
この乾いた大地からくる茶色がかった色が、
緑にある種のやわらか味を与えている。

森の中に一歩足を踏み入れると、もう別世界。
ひんやりと湿った空気が肌に絡みつき、
落ち葉のじゅうたんの中では
鳥の歌声が響いている。

愛妻ジョーフィを枕に、一休みをするゾリ。
気持ちよさそう・・・。

こんなとき、普通は毛布を下に引くのに・・・
落ち葉のじゅうたんに座った、
息子のお尻は大丈夫だろうか?

今日の収穫物。
花束を満足そうに見つめている。

ふと虫に刺される感じ・・・
やっぱり、蚊が寄ってきたようだ。
私たちはとにかく、下半身裸の息子のために
引き上げることになった。
また外の世界へでてきた。
息子は最近はやりの、遊びで周りを驚かす。
「 見てみて、角が生えちゃった。」

本当に、鹿みたい・・・。

不意にジョフィが、ある茂みに向かって
しきりに顔をつついている。
ワンワンと・・・ほえ始めた。
ただ事でない雰囲気に、一同じっとそのほうを見つめる。
ゾリは、「 そこに蛇がいるんだ。1mくらいの長いやつが。」と
目を茂みから離さずに言った。
「 ジョフィ、噛め!やっちまえ!」とけしかける。
その闘争すること、20分あまり・・・
やっと、相手が姿を現した。

ものすごい牙をむいたまま、動かない・・・。
最後は棒切れで、ゾリが突付いて片がついた。

その白黒の鮮やかなもようの蛇は、
まん中の辺りが不自然に膨らんでいる。
丸呑みにしたカエルが、入っているようだ・・・。
「 蛇の皮を早くはがないといけないから、急いで。」
とけしかけられ、重い足に鞭打って進む。

道行く人に、「 これ、触ってみる?」などと冗談を言いながら
村を歩くゾリ。
大きな蛇に、皆おどろく。

とある民家の中庭へと入り、
蛇を横たえた。
ナイフで切れ目を入れると、
大きなカエルがそのままの形ででてきた。
カエルは動かなかった。

それから、どうなるのかと期待していたら
蛇をドラム缶へ投げ込んでしまった。
「 俺は、蛇の皮なんかはいだことない。」という家の主人に、
返す言葉もなく家を出た。
アールコシュ村の要塞教会を横切って、
またゾリのうちへと帰っていった。

半日だけの遠足にかかわらず、その内容は濃いものだった。
トランシルヴァニアの生きた緑に触れることができた、
と評してくださったお客様。
一度きたら、きっとまた何度も来たくなる
魅力でいっぱいのトランシルヴァニア。
10年前の私がそうだったように、
きっとたくさんの人をも虜にすることでしょう。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。

お客様がみえたので、
昼ごろにアールコシュ行きのバスに乗った。
やってきたのは大型の観光バス。
ここトランシルヴァニアでは、バスや電車、市電などが
西欧諸国からのお古であることがすくなくない。
このバスにも、テレビ搭載などとフランス語で書かれていた。
10分ほどですぐにアールコシュにつくと、
すぐに友人宅へと向かった。
アールコシュ村のゾリといえば、
この辺りで知らない人はいないほどの有名人。
何で有名かというと、
古いものは何でも集めてしまうというコレクション癖から
収集が始まり、今では個人の博物館を作ってしまうほどである。
庭には、雑穀機や墓石など
あらゆる古きうつくしきモノで埋め尽くされる。
私たちを見ると庭仕事の手を休めて、
すぐに炭酸水やお菓子でもてなしてくれる。
大きなくるみの木の下に、
古い臼をテーブルにしてくつろいでいると、
生まれたばかりの子犬を抱いてきた。

愛犬ジョーフィが産んだ、ちいさな子どもたち。
イギリスのシャパード犬同士を掛け合わせても、
この種が生まれる確立は低い。
4匹のうち、一匹だけが明るい茶色をしている。
慣れない手つきで子犬を抱く息子。
後ろには、ゾリが自分で建てている家と雑穀機が見られる。

ヨーロッパで森へ行ったことがないというお客様のために、
遠足をしに行くことになった。
さあ出発と思ったら、
大きな犬にびっくりした息子が
ズボンにお漏らしをしてしまった・・・。
仕方なく、下は裸ん坊になる。
長いTシャツでよかった。
村のはずれは一面の原っぱ。

アールコシュのシンボルである
ユニタリウス派の教会。
トランシルヴァニアには、このような要塞教会が
数多く見られる。

こんなに可愛らしい野の花を見つけた。
まるでピンク色の冠をかぶっているみたい。

「 わあ、緑の海だ!」
風がそっと表面をなでると、小波が立つようである。
なんてやわらかな色合いの緑なんだろう。
大麦の海にそっと触れてみたくなった。

じりじりと太陽の光が照りつける中、
上着を脱ぎ、汗をかきかき
やっと森の入り口までたどり着いた。
いつものパパの肩車なしに、
3kmほどの道のりをがんばって歩いた息子。

この野原の色を緑と表現するには、
あまりにもぶっきら棒だろう。
日本の野原との色の違いは、
きっとこの乾いた感じ。
この乾いた大地からくる茶色がかった色が、
緑にある種のやわらか味を与えている。

森の中に一歩足を踏み入れると、もう別世界。
ひんやりと湿った空気が肌に絡みつき、
落ち葉のじゅうたんの中では
鳥の歌声が響いている。

愛妻ジョーフィを枕に、一休みをするゾリ。
気持ちよさそう・・・。

こんなとき、普通は毛布を下に引くのに・・・
落ち葉のじゅうたんに座った、
息子のお尻は大丈夫だろうか?

今日の収穫物。
花束を満足そうに見つめている。

ふと虫に刺される感じ・・・
やっぱり、蚊が寄ってきたようだ。
私たちはとにかく、下半身裸の息子のために
引き上げることになった。
また外の世界へでてきた。
息子は最近はやりの、遊びで周りを驚かす。
「 見てみて、角が生えちゃった。」

本当に、鹿みたい・・・。

不意にジョフィが、ある茂みに向かって
しきりに顔をつついている。
ワンワンと・・・ほえ始めた。
ただ事でない雰囲気に、一同じっとそのほうを見つめる。
ゾリは、「 そこに蛇がいるんだ。1mくらいの長いやつが。」と
目を茂みから離さずに言った。
「 ジョフィ、噛め!やっちまえ!」とけしかける。
その闘争すること、20分あまり・・・
やっと、相手が姿を現した。

ものすごい牙をむいたまま、動かない・・・。
最後は棒切れで、ゾリが突付いて片がついた。

その白黒の鮮やかなもようの蛇は、
まん中の辺りが不自然に膨らんでいる。
丸呑みにしたカエルが、入っているようだ・・・。
「 蛇の皮を早くはがないといけないから、急いで。」
とけしかけられ、重い足に鞭打って進む。

道行く人に、「 これ、触ってみる?」などと冗談を言いながら
村を歩くゾリ。
大きな蛇に、皆おどろく。

とある民家の中庭へと入り、
蛇を横たえた。
ナイフで切れ目を入れると、
大きなカエルがそのままの形ででてきた。
カエルは動かなかった。

それから、どうなるのかと期待していたら
蛇をドラム缶へ投げ込んでしまった。
「 俺は、蛇の皮なんかはいだことない。」という家の主人に、
返す言葉もなく家を出た。
アールコシュ村の要塞教会を横切って、
またゾリのうちへと帰っていった。

半日だけの遠足にかかわらず、その内容は濃いものだった。
トランシルヴァニアの生きた緑に触れることができた、
と評してくださったお客様。
一度きたら、きっとまた何度も来たくなる
魅力でいっぱいのトランシルヴァニア。
10年前の私がそうだったように、
きっとたくさんの人をも虜にすることでしょう。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。
トランシルヴァニアで生け花(ウドヴァルヘイ編・後)
生け花のデモンストレーションも
一日目が無事終わった。
目が覚めたのは、
隣村のレンジェルファルバのペンション。
好奇心が人一倍旺盛なダンナは
早起きして、町まで歩いていくことに。
私と息子、お客様の梨花ちゃんは、
滞在客の人とタクシーで
快適に旅をした。
朝日をバックに、セーケイの門が
美しく照らし出された。
朝の散歩をかねて出かけたダンナは、
ほかにも生け花用の植物も採集したようだ。

私たちは、
町のケーキやさんで一服。
トランシルヴァニアにしては、豪華できれいなケーキを前に
迷うこと5分あまり・・・
やっと決まったケーキを食べていると、
結婚式の花嫁さんや参列客らしき
グループがぞろぞろと入ってきた。
ジプシーの人たち。
花嫁衣装は、普通の白いドレスでがっかり。
約束の11時前に公園に到着。
その日は民俗舞踊のステージがあるため、
しばらく遅れるようす。
息子は、サボテンを買ってもらって大喜び。
お客様の梨花ちゃんと、
遊んでもらってご機嫌そう。

この公園が心地よいのは、
大きなクリの木が屋根のように
覆っているから。
大きな葉っぱが層になって、
照らし出される。

ヴァイオリンの音にみちびかれて、
民俗舞踊がはじまった。
ウドヴァルヘイ周辺の踊りだろうか。

ハンガリーのダンスは、男女ペアの踊りが多い。
ルーマニアは、円になって踊るのが一般的のようだ。

これは珍しい、ワインを頭にのせた踊り。
落ちないのは、姿勢がまっすぐだからだろうか。

白い衣装にハッとさせられる。
太陽の光が透けて、何て美しいのだろう。
回ると、ペチコートがちらりとのぞいて
これもまたきれい。

大きな拍手で幕を閉じた
フォークダンスのあとは、いよいよ生け花。
「 君たち、日本人なんだから出来るでしょう。
代わりにやってよ。」と頼まれるも、
私たち現代の日本女子には、生け花の教養なんてない。
仕方なく、ダンナは舞台に上がった。
生け花の理論を、くだいて説明している。

今朝の散歩で見つけた葉っぱを
一枚一枚はがして、生けると効果的になった。
まるで白鳥のよう。

昨日よりも
だいぶん落ち着いている様子。

せっかくの葉っぱを取って、
もう一度さしなおす。
これで、完成。

昼食の後は、バスターミナルへと急いだ。
バス停で待っていると、
妙なおじさんがやってきて、
「 ウドヴァルヘイへようこそ。
ここはなあ、ハンガリーよりもホントのハンガリーなんだ。」
と据わった目をしていった。
どうやら酔っ払いのよう。
ふとターミナルの中を見てみると、
あれ?中にもバスが見える。
まさかと思って、中に駆け込んだ。
「 停留所、エスプレッソ」という不思議な看板。

カウンターがバス!
中にはお姉さんが立っていた。
後ろのポールには、
近郊の町の名前と距離が示されている。

バスの中そのものの部屋。
座席といい、網棚の上のトランクといい・・・
かなり凝っている。
しかもおしゃれな若者たちでなく、
場末の酒場のような客層だからいい。

私たちは、またバスに揺られて
3時間の道のりを帰っていった。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。→
一日目が無事終わった。
目が覚めたのは、
隣村のレンジェルファルバのペンション。
好奇心が人一倍旺盛なダンナは
早起きして、町まで歩いていくことに。
私と息子、お客様の梨花ちゃんは、
滞在客の人とタクシーで
快適に旅をした。
朝日をバックに、セーケイの門が
美しく照らし出された。
朝の散歩をかねて出かけたダンナは、
ほかにも生け花用の植物も採集したようだ。

私たちは、
町のケーキやさんで一服。
トランシルヴァニアにしては、豪華できれいなケーキを前に
迷うこと5分あまり・・・
やっと決まったケーキを食べていると、
結婚式の花嫁さんや参列客らしき
グループがぞろぞろと入ってきた。
ジプシーの人たち。
花嫁衣装は、普通の白いドレスでがっかり。
約束の11時前に公園に到着。
その日は民俗舞踊のステージがあるため、
しばらく遅れるようす。
息子は、サボテンを買ってもらって大喜び。
お客様の梨花ちゃんと、
遊んでもらってご機嫌そう。

この公園が心地よいのは、
大きなクリの木が屋根のように
覆っているから。
大きな葉っぱが層になって、
照らし出される。

ヴァイオリンの音にみちびかれて、
民俗舞踊がはじまった。
ウドヴァルヘイ周辺の踊りだろうか。

ハンガリーのダンスは、男女ペアの踊りが多い。
ルーマニアは、円になって踊るのが一般的のようだ。

これは珍しい、ワインを頭にのせた踊り。
落ちないのは、姿勢がまっすぐだからだろうか。

白い衣装にハッとさせられる。
太陽の光が透けて、何て美しいのだろう。
回ると、ペチコートがちらりとのぞいて
これもまたきれい。

大きな拍手で幕を閉じた
フォークダンスのあとは、いよいよ生け花。
「 君たち、日本人なんだから出来るでしょう。
代わりにやってよ。」と頼まれるも、
私たち現代の日本女子には、生け花の教養なんてない。
仕方なく、ダンナは舞台に上がった。
生け花の理論を、くだいて説明している。

今朝の散歩で見つけた葉っぱを
一枚一枚はがして、生けると効果的になった。
まるで白鳥のよう。

昨日よりも
だいぶん落ち着いている様子。

せっかくの葉っぱを取って、
もう一度さしなおす。
これで、完成。

昼食の後は、バスターミナルへと急いだ。
バス停で待っていると、
妙なおじさんがやってきて、
「 ウドヴァルヘイへようこそ。
ここはなあ、ハンガリーよりもホントのハンガリーなんだ。」
と据わった目をしていった。
どうやら酔っ払いのよう。
ふとターミナルの中を見てみると、
あれ?中にもバスが見える。
まさかと思って、中に駆け込んだ。
「 停留所、エスプレッソ」という不思議な看板。

カウンターがバス!
中にはお姉さんが立っていた。
後ろのポールには、
近郊の町の名前と距離が示されている。

バスの中そのものの部屋。
座席といい、網棚の上のトランクといい・・・
かなり凝っている。
しかもおしゃれな若者たちでなく、
場末の酒場のような客層だからいい。

私たちは、またバスに揺られて
3時間の道のりを帰っていった。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。→
トランシルヴァニアで生け花(ウドヴァルヘイ編・前)
とうとうやってきた
観葉植物博覧会。
そして、生け花のデモンストレーション。
5月16、17日の二日間の舞台は、
セーケイ・ウドヴァルヘイ。
ここは、小ハンガリーといっていいほど
セーケイ地方の中でももっともハンガリー率が高い町。
約90%といわれている。
なぜか主催者との連絡がつかず、
ぎりぎりになって出発。
その日の3時に生け花の紹介があることに
なっているのだが、
バスが出たのは12時半。
大丈夫だろうか・・・?
ミニバスには、120%の乗客率で
バスの中もギュウギュウ詰め。
この辺りでも
もっとも自然の美しいところ、
エルドゥー・ヴィデーク(森の地方)を越えていく。
初々しい緑で
いっぱいに包まれた山を越えてバスは行く。
まるで遠足気分。

ちょうど私たちの住むコバスナ県と、
ハルギタ県の境にくると、
そこは手付かずの自然が残った丘だけ。
舗装もない道路なので、
小さなバスはガタガタ音をたて、
自転車なみのスピード。
やがてハルギタ県に入ると、
絵本の中のような可愛らしい村が
丘の上に、谷間に点在していた。
「 ちょっとだけ、ここにおろしてください。」と
危うく叫んでしまうところだった・・・。


やっとウドヴァルヘイについたのが、
ちょうど3時だった。
熱をおびた太陽のひかりを受けながら、
急いで町の公園へ。
川のほとりの厚い緑でつつまれた
公園は、たくさんの人でにぎわっていた。
中へ入って、主催者と話をする。
先に通されたのは、
ウェディングドレスや、
白やピンクのひらひらで飾られたテント。
・・・どう考えても、生け花向きではない。
どうやら、フラワーアレンジメントと
同じように考えているらしい。
「 ここじゃ人が来ないから、
やっぱり、あそこの舞台にしましょう。」
と今度は別の場所へ移動。
やがてマイクで紹介があった後、
そのままこちらに渡された。
初めてにぎるマイクに汗をにじませ、
ダンナはボソボソと話しはじめた。
あわてて、インターネットから
寄せ集めたいけばなの知識を
ひも解きはじめる。
するとポツリポツリと、
人のわができた。

マイクをおいて、
花を選んでハサミをいれる。
生け花は、集中して
考えながらする作業(だと思う)ので、
マイクを片手にはなかなか難しい。



この日用意された花は、
緑の葉っぱと白い花ばかり・・・
明らかに色がすくない。
それでも、何とかひとつ完成した。

夕方になると、
宿へと案内する車がやってきた。
その車は、町を通り越して
さらに丘を越えていき、
どんなところへ行くのだろうとはらはらしていると、
隣村へと到着した。
この村は、
セーケイ地方を語る上では欠かせない人物、
オルバーン・バラージュの生誕の地。
19世紀半ばに、
セーケイ地方をすみずみまで回って、
各村の歴史や民俗にかんする研究をした人物。
この偉人の家を一目見ようと、
村を下っていく。
ちょうどウドヴァルヘイの町が遠くに見渡せる
小高い丘にあった。
羊たちを発見。
とつぜん目の前に現れた異邦人に、
固まってしまったようだ。
草を食むのもわすれて、こちらを見ている。

もう夕方の涼しげな風が
肌をくすぐっていく。
ほのかにただよう草のにおい。
ふと鐘の音が聞こえ始めた。
東洋と西洋の鐘の音は明らかにちがうのに、
おなじような響きがある。
「 さあ、家に帰らないと。」
そんな気を起こさせる。

長い夏の一日の終わりを感じた。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。→
観葉植物博覧会。
そして、生け花のデモンストレーション。
5月16、17日の二日間の舞台は、
セーケイ・ウドヴァルヘイ。
ここは、小ハンガリーといっていいほど
セーケイ地方の中でももっともハンガリー率が高い町。
約90%といわれている。
なぜか主催者との連絡がつかず、
ぎりぎりになって出発。
その日の3時に生け花の紹介があることに
なっているのだが、
バスが出たのは12時半。
大丈夫だろうか・・・?
ミニバスには、120%の乗客率で
バスの中もギュウギュウ詰め。
この辺りでも
もっとも自然の美しいところ、
エルドゥー・ヴィデーク(森の地方)を越えていく。
初々しい緑で
いっぱいに包まれた山を越えてバスは行く。
まるで遠足気分。

ちょうど私たちの住むコバスナ県と、
ハルギタ県の境にくると、
そこは手付かずの自然が残った丘だけ。
舗装もない道路なので、
小さなバスはガタガタ音をたて、
自転車なみのスピード。
やがてハルギタ県に入ると、
絵本の中のような可愛らしい村が
丘の上に、谷間に点在していた。
「 ちょっとだけ、ここにおろしてください。」と
危うく叫んでしまうところだった・・・。


やっとウドヴァルヘイについたのが、
ちょうど3時だった。
熱をおびた太陽のひかりを受けながら、
急いで町の公園へ。
川のほとりの厚い緑でつつまれた
公園は、たくさんの人でにぎわっていた。
中へ入って、主催者と話をする。
先に通されたのは、
ウェディングドレスや、
白やピンクのひらひらで飾られたテント。
・・・どう考えても、生け花向きではない。
どうやら、フラワーアレンジメントと
同じように考えているらしい。
「 ここじゃ人が来ないから、
やっぱり、あそこの舞台にしましょう。」
と今度は別の場所へ移動。
やがてマイクで紹介があった後、
そのままこちらに渡された。
初めてにぎるマイクに汗をにじませ、
ダンナはボソボソと話しはじめた。
あわてて、インターネットから
寄せ集めたいけばなの知識を
ひも解きはじめる。
するとポツリポツリと、
人のわができた。

マイクをおいて、
花を選んでハサミをいれる。
生け花は、集中して
考えながらする作業(だと思う)ので、
マイクを片手にはなかなか難しい。



この日用意された花は、
緑の葉っぱと白い花ばかり・・・
明らかに色がすくない。
それでも、何とかひとつ完成した。

夕方になると、
宿へと案内する車がやってきた。
その車は、町を通り越して
さらに丘を越えていき、
どんなところへ行くのだろうとはらはらしていると、
隣村へと到着した。
この村は、
セーケイ地方を語る上では欠かせない人物、
オルバーン・バラージュの生誕の地。
19世紀半ばに、
セーケイ地方をすみずみまで回って、
各村の歴史や民俗にかんする研究をした人物。
この偉人の家を一目見ようと、
村を下っていく。
ちょうどウドヴァルヘイの町が遠くに見渡せる
小高い丘にあった。
羊たちを発見。
とつぜん目の前に現れた異邦人に、
固まってしまったようだ。
草を食むのもわすれて、こちらを見ている。

もう夕方の涼しげな風が
肌をくすぐっていく。
ほのかにただよう草のにおい。
ふと鐘の音が聞こえ始めた。
東洋と西洋の鐘の音は明らかにちがうのに、
おなじような響きがある。
「 さあ、家に帰らないと。」
そんな気を起こさせる。

長い夏の一日の終わりを感じた。
トランシルバニアをあなたの心に・・・
クリックをお願いします。→
トランシルヴァニアで生け花(準備編)
「 ある観葉植物の博覧会で、
生け花のデモンストレーションをしてみませんか。」
そんな話がふってわいた。
生け花・・・
残念ながら私にはその心得がない。
そういえば、
日本滞在中に勤労青年会館で
生け花、習字、茶道を習ったダンナはどうだろう?
そう思って、相談してみたところ、
O.K.の返事がきた。
メールでおおよその段取りを話し合う。
生け花に必要なものは、
花とハサミ、器に剣山・・・
剣山というものは意外と知られていないようで、
ブダペストでも手に入らないという。
思えば、日本からの引越しの際に
重量オーバーで空港で捨ててしまったのが
剣山であった。
あの時、捨てていなければ・・・
と悔やんでももう遅い。
仕方がないので、作ることにした。
海外で、剣山が手に入らないとお困りの方、
どうぞ参考にしてください。
まずは、粘土におおよその形を彫ります。

それから、中に釘をさしていく。

鉛なんて、見るのは初めて。
こんなに大きい塊が・・・

ほら、解けるとこんなに少なくなります。

粘土の型に流し込みます。
熱いので気をつけて。

釘の穴に入り込むときに、
硫黄が噴出す温泉のように
ブクブクといっていた。

そして、
自家製の剣山の出来上がり!

ハリネズミのよう。

さあ、材料はそろった。
あとは本番のみ。
うまく出来ました?
↓

生け花のデモンストレーションをしてみませんか。」
そんな話がふってわいた。
生け花・・・
残念ながら私にはその心得がない。
そういえば、
日本滞在中に勤労青年会館で
生け花、習字、茶道を習ったダンナはどうだろう?
そう思って、相談してみたところ、
O.K.の返事がきた。
メールでおおよその段取りを話し合う。
生け花に必要なものは、
花とハサミ、器に剣山・・・
剣山というものは意外と知られていないようで、
ブダペストでも手に入らないという。
思えば、日本からの引越しの際に
重量オーバーで空港で捨ててしまったのが
剣山であった。
あの時、捨てていなければ・・・
と悔やんでももう遅い。
仕方がないので、作ることにした。
海外で、剣山が手に入らないとお困りの方、
どうぞ参考にしてください。
まずは、粘土におおよその形を彫ります。

それから、中に釘をさしていく。

鉛なんて、見るのは初めて。
こんなに大きい塊が・・・

ほら、解けるとこんなに少なくなります。

粘土の型に流し込みます。
熱いので気をつけて。

釘の穴に入り込むときに、
硫黄が噴出す温泉のように
ブクブクといっていた。

そして、
自家製の剣山の出来上がり!

ハリネズミのよう。

さあ、材料はそろった。
あとは本番のみ。
うまく出来ました?
↓
