トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

イーラーショシュを繋ぐ人たち

ふたりの子どもをお姑の家においてきたので、 長居はできない。 
ましてや、明日から新学期がはじまるのだから尚更だ。 
帰りを急ぐため、早起きをして村を出た。 
カロタセグを横断する道すがら、森のはずれにあまりに美しい風景が広がっていた。
急ぎたいと思いながらも、車を止めずにはいられなかった。

秋を告げる花、イヌサフラン。
草原を見渡すかぎりに、淡く紫色に透きとおる野生の花を見つけると、
不思議と胸がときめく。

  kalotaseg osz (9) 

ハンガリー語で「秋」という名をもつこの花ほど、
季節を象徴するものはないのではないだろうか。
森のふもとでひっそりと暮らす妖精のようだ。


kalotaseg osz (10)


かねてから訪ねようと思っていた人がいた。
小学校の先生をしていたおばあさんが、イーラーショシュの図案を描くという。
名前だけを頼りに、村を訪ね歩いていくと、
90歳という高齢だという話。
立つこともできないというので、突然訪問していいものだろうかと考えていたら、
「大丈夫だよ。」と村人。
木彫りの美しい門をくぐり、階段を登って扉を開けると、
ライトの明かりの下で刺繍の布を広げるおばあさんの姿があった。

「今ちょうど、教会に寄贈するタペストリーの刺繍をやり直しているところよ。」
と見せてくれたのは、100年以上も昔に作られたクロスステッチ刺繍だった。
「私はここから動くことができないから、
ここで図案も描くし、刺繍もするの。」
ベッドの周辺がおばあさんの全てを物語る空間。
「そこのテレビの横にある用紙を出してちょうだい。」
言われるがままに、小さな隙間に隠し置かれた大きな画用紙を取り出すと、
おばあさんのクリスチャンマザーであった女性の生涯を写す写真や
ドロンワーク、イーラーショシュの小さな作品がスクラップしてあった。


kalotaseg osz (11)


「ここにいるのが、コーニャ婦人テレーズよ。」
後にカロタセグ上地方の牧師夫人となった婦人は、
その生涯をカロタセグの刺繍に捧げた。
20,30年代にかけて、ジャルマティ夫人の跡を継ぎ、
各地で展示会を開き、イーラーショシュやドロンワークの美しさを世に広めた。
コーニャ婦人その人も、図案をデザインし、
当時の流行の影響を受けたものへと改良していった。
彼女の目指す刺繍とは、
子供服や婦人靴など当時の都市生活へ応用できる手仕事であって、
村の生活とはかけ離れたものだった。


 kalotaszeg osz (11)


生涯子孫に恵まれなかった婦人が、
愛情を注いだのがアーギおばあさんだったのだ。
90歳になってもなお、少女のように目を輝かせながら言う。
「見なさい、このコーニャ婦人の美しい髪を。
死ぬまで、その長い髪を切らなかったのよ。」
コーニャ婦人は、永遠の憧れであり、
婦人のデザインした膨大な数の図案を大切に守り続けている。
「いつか、博物館がほしいと声をかけたことがあったのだけれど、
譲らなかったわ。
この図案は村にあってこそ、生かされるもの。」
コーニャ婦人の生きた30年代のカロタセグの空気が、
今もアーギおばあさんの手で布に刻まれ、そして刺繍によって生命が吹き込まれる。


kalotaseg osz (12) 

アーギおばさんは足を失ったものの、
いきいきとした脳でたくさんの言葉を語ってくれる。
「その昔、戦争のあった頃、
私の亡き父と、母と、私たち兄弟はクルージの工場の跡地で暮らしていたわ。
ロシアの兵隊がきて、町を占領した日に、
たくさんのピロシキを焼いたのを、生まれて初めて食べたの。
ある夜、表で戦いがあって、父といっしょに隠れていたのだけれど、
一晩で父の髪が真っ白になったのを見たのよ。
可哀想に、恐怖のあまり髪が白髪に変わってしまった。
次の日、捕虜として捕らえられて、ロシアに連れて行かれてしまった。
それ以来、父の消息は分からないの。」

一世紀に近い年月を生きたおばあさん。
次にどんなことを物語ってくれるだろうか。





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comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-10-21_16:49|page top

針金細工のボクレータを学びに

セーケイ地方から北西へと車を走らせること、6時間。

カロタセグ地方の土を踏むのは、この春に訪れて以来のことだった。

夏と秋のはざま、9月の二週目が過ぎようとしていた。

それは、人々が長い夏を終えて、

平常の仕事ペースに戻ろうとゆるゆると重い腰を上げる頃。

新学期がはじまる、ちょうど前の週末だった。

 

長い夏の大半を日本で過ごしたため、休息とたまった仕事に費やしたこの8月。

すぐに次の旅へと気持ちを移すことができなかった。

しかし、どのように悔いても時間だけは元に戻らない。

 

秋のはじめは、まるで大波のように暑さと肌寒さが

代わるがわるに押し寄せてくる。

夜が更ける頃、ナーダシュ地方のエルジおばさんの家に到着すると、

石造りの家の中も外と変わらず身震いをする冷え込みだった。

張りのある大きな声と、がっちりした大きな体に肩を抱かれて、

長い旅の終わりを感じていた。

一人だけ連れてきた末っ子の瑞生は、

座りっぱなしの体をようやく伸ばして、おそるおそる家の中を探索しはじめた。

おばあさんは、この冬を越すための、荷馬車いっぱいの薪を買い込んだところだという。

そして、ここカロタセグでは薪用の丸太も年々値上がりが激しく、

大変な出費だとのことだった。

自家製のプルーンジャム入のロールパンはふわふわで、

やさしい味が旅の疲れもほぐしてくれるようだ。


 kalotaszeg osz (12)


長旅の疲れと温かい布団のお蔭で、ゆっくりと休んだ。

退院して二週間になるカティおばあさんを見舞ってから、

次なる目的地へと車を走らせた。

 

kalotaseg osz (6) 


今回は、ビーズの針金細工を習得するのがもうひとつの目的。

カロタセグのナーダシュ川流域の村では、

大都市クルージ・ナポカに近いため、流行の素材が手に入りやすかった。

そのため、色とりどりのビーズを散りばめた装身具を作り、

とりわけ華やかな衣装に身を固めるようになった。

針にビーズを通して刺繍をするビーズ刺繍の他に、

昔は針金にビーズを通してモチーフを作る、針金細工の帽子飾りを作っていた。


 kalotszeg osz 


面白いことに、同じカロタセグでも地方によって美意識が大いに異なる。

ナーダシュ流域ではきらめくビーズをふんだんに使うことにこの上なく誇りを持っており、

上下地方では、昔ながらの刺繍に磨きをかけ、統一感のある配色をもつ

自身の衣装こそが本物だと主張する。

はじめは、私も刺繍こそが美しく、ビーズは玩具のようなものと思っていた。

民俗学的にも、刺繍の本は山ほどあるが、ビーズを扱ったものは一つもない。

そんな先入観を大きく変えてくれたのは、カティおばあちゃんの手がけるボクレータであり、

古くにチェコから仕入れたビーズを使ったさまざまな装身具だった。

とりわけ磁器のように白の濃い目の細やかなビーズが、年代を経て塵や埃を吸い、

さながら影のように黒ずんだ表情が美しい。

 

山手にある村、イナクテルケ。

周辺の村の中でも、最も衣装が華やかだと言われている。

数年前に知り合ったカティおばさんを探すことにした。

一人息子が牧師をしているというおばさんは、穏やかでどこか知性を感じさせる話し方をする方。

針金細工を教えてほしいというと、快く受け入れてくれた。

「そう私の小さい頃にはね、丸いビーズが揺れる長いモチーフを3本作って、

バラをその間に埋めた飾りをつけていたのよ。踊ると針金飾りが揺れるので、

「レズグー(揺れる)」と呼んでいたわ。」

思い出し思い出ししながら、針金にビーズをくぐらせてねじる。


 kalotaseg osz (2) 


手仕事を片手に、村のおばあさんたちとおしゃべりするのも楽しい。

相手の顔を見ずしも、手仕事という共通点から、さらに相手との距離が近づく気がする。

「子供たちよ、昔この家の横で夏になるとフォークダンスのキャンプが開かれて、

ハンガリーからたくさんの人がきたわ。

その先生の一人娘がね、まだあの頃は8歳くらいだったかしら。

うちの家畜たちが好きで、よく見に来ていたの。そして、ある時こういったわ。

『おばさん、牛はどうなったの?』ちょうど主人がなくなったあとで、

私は女手ひとつで養っていく自信がなかったから、すべて売ってしまったところだった。

忘れもしない、その子は私の目をまっすぐ見ながらこういったわ。

『可哀想なおばさん。貧しくなってしまったわね。』

その子のいう通りだった。今、店で買う牛乳やサワークリームは、

自家製のものとは似ても似つかない代物。もう、あんな味は手に入らないのよ。」

現在は、村には一頭の牛もいないという。


 kalotaseg osz (3) 


「さあ、今度はあなたがやってみて。」とバトンタッチ。

時にビーズをほどくこともあったが、小さなバラのモチーフが出来上がった。

細くしなやかな工芸用の針金は、現地では手に入らないという。

「わたしもひとつ注文したいわ。孫に昔ながらの針金ボクレータを作りたいの。」

とカティおばさん。

物づくりの上で大切なものは素材。

素材がないために、姿を消してしまった美しい品々はたくさんある。

もしかしたら、もう一度古い針金細工ボクレータが復活するかもしれない。

淡い期待に胸を弾ませながら、夕暮れどきの道をエルジおばさんの待つ家へと車を急がせた。




comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2017-10-10_20:22|page top

おばあちゃんの最後の針仕事

こんな日が遠からず来るような気がしていたのだが、
この夏の終わりに不意に訪れた。
87歳になるカティおばあちゃんが、
自宅の庭で倒れたという報せだった。
すぐに隣人が気がつき、病院に運ばれたものの、
左腕左足の神経が切れて動かないという。

「わたしは、飼い主のいない犬のよう」と言っていたように、
あれこれ仕事を見つけては体を動かすのが好きだった。
それでいて、空色のおばあちゃんの部屋は、
キッチンと食卓と、寝室と居間と客間とアトリエを兼ねる最高の空間だった。
そのおばあちゃんが、黄金の手と動く足を失ってしまったのだ。

カロタセグ地方を訪れたのは、9月のはじめ。
最後の手仕事を受け取るのが、目的の一つだった。
退院したあと、これまでの家から
同じ村の通りに住む孫娘の家に引き取られたという。
エルジおばさんは、「おばあちゃんは、大分弱ってしまったわ。」と話した。

いつか訪れたことのある孫娘の家には、
長男と遊んだこともある同じ年のひ孫も暮らしている。
エルジおばさんの後について、薄暗い地下の部屋に入った。
部屋の窓際にあるベッドの横たわるおばあさんに、後ろから近づいていった。
私を見るやいなや、声高に泣きじゃくる姿はまるで別人のようだった。
嫁と孫が興奮しないようにと諌めて、
やっと普段の声を取り戻したようだ。
ある日を境に、人生は思っても見ない方向に転じてしまう。
その悲劇を、おばあさんそのものから感じていた。
「人生は、なんてはかないもの。
わたしはもう87。あっという間だわ。」
骨ばったおばあちゃんの手をただ握りしめることしかできなかった。

おばあさんの手がけたビーズ刺繍のボクレータは、
エルジおばさんから受け取っていた。
小さなビニール袋に入った、ビーズのネックレスやすずらんの飾りを
どこからか嫁が取り出して渡してくれた。
「これが、おばあちゃんの最後の手仕事よ。」
おばあちゃんと確執があった嫁のイボヤおばさんも、涙ぐんだ。

始めはそれほど関心のなかった、ビーズの美しさ。
手仕事や衣装、手作りの素晴らしさ、カロタセグの美意識・・、
おばあちゃんは私にさまざまなことを教えてくれた。
カロタセグの本ができて、一番喜んでくれたのもおばあちゃんだった。
「私にとって、この本は千金に値するもの。今夜は眠らずにずっと眺めているわ。」
少女のように瞳を輝かせながら、カロタセグの衣装でいっぱいの本を胸に抱いていた。

「また、訪ねてきます。」
朝と夜におばあさんに会い、同じ言葉で別れた。
いつもは美しく結っていた白銀の髪が、短く刈り取られていたのだ。
そのことに気がついたのは、部屋を出る寸前だった。

IMG_2383.jpg 





comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-09-19_13:47|page top

2017年の夏

2017年、夏が目覚めるよりすこし早くに、
私たちはルーマニアを飛び立った。

フレデリック・ショパン空港で、
8時間の待ち合わせ。
ぴかぴかの、とびきり高価な玩具を見つけて、大喜びのふたり。
散らばったおもちゃ箱のように、にぎやかな音がはじける。
3人の子供たちを連れて、長い長い旅がはじまった。

japannyar(6).jpg 
飛行機に揺られて10時間。
成田空港で、おばあちゃんと合流。
久しぶりの再会に胸を躍らせながら、電車に揺られて宿泊所へ向かった。
それから、眠たい目をこする暇もなく浅草へ。
いつものように、手には大きなスーツケース。
宝箱から大切な珠玉の衣装や手仕事をひとつひとつ広げて、
これから白い壁面をトランシルヴァニアの色彩に塗り替えていく。

浅草のオレンジ通りに位置する、老舗の手ぬぐい屋さん。
かまわぬさんとのめぐり合わせは、青木さんを通じてだった。
古くからハンガリーの刺繍を愛するかまわぬの清水さんが企画していただき、実現したもの。
日本の伝統文化を伝える店舗にて、
異国のトランシルヴァニアの装いの文化を紐解く。
思いも及ばない場所との縁をいただいて、
展示会、トークショー、ワークショップと幅広く文化紹介をすることができた。
中でも、まるで展示会のプレオープンのようなトークショーでは、
トランシルヴァニアの衣食住について幅広くお話させていただく機会となった。

japannyar (7)

思いもよらぬ人との出会い、再会は
人生のスパイスのようなもの。
長男と長女をまるで実の孫のように半日お守りしてくださったHさま、
音楽やハンガリー文化について造詣の深いHさまはワークショップに参加いただき、
いつも私の右腕として刺繍の指導に当たっていただく伊藤さま・・。
映画業界で活躍する大学時代の親友と、
我が家族のように私たちを迎えてくれる親友のお母さん、
世界を股に駆け回る日本語教師の先輩に、
ルーマニアで撮影活動を続ける写真家の堀内さん御夫妻、
京都で活動をつづける刺繍作家Molindaさんに、
私に筆の楽しさを教えてくれたEchoさん、
大学時代の恩師早稲田先生・・・。

午後のワークショップに、開始から少し遅れて
松葉杖をつき会場に駆けつけてくださったMさま。
「今日の日のために、5年前の展示会で求めた図案を完成させて、
洋服に仕立てたんです。」
イーラーショシュの大作に参加者からため息がもれた。

 japannyar (6)
 
1年前から予定されていたハンガリーフェスティバルでは、
ハンガリーで日本文学の第一人者であられるVihar先生、
在日ハンガリー大使にピアニストの赤松麟太郎氏など立派な方々に気後れしながらも、
トランシルヴァニア地方で暮らすハンガリー人の多種多様な民俗衣装や刺繍について
お話させていただいた。

名古屋は、私にとって思い出深い、祖父母の家があったところ。
墓参りに、ご無沙汰していた親戚一同と会することができ、
特別なひとときを過ごすことができた。

それから、大阪へと舞台は映る。
母校の大学で講演をさせていただいた後、
懐かしい山沿いのバスに揺られて箕面駅へと向かった。
ひと駅歩いた牧落駅に、「けんちくの種」がある。
一級建築士の中谷さま御夫妻がお持ちの事務所を、
こうした文化イベントにも大きく放たれている。

一年前の大阪梅田のNHKカルチャーの講座に参加いただいた、
中谷さまにお声をかけていただいた。
話し合ううちに、「トランシルヴァニアの多種多様な民俗衣装や刺繍文化」をテーマにした
展示にすることに決まった。
ルーマニア、ハンガリー、ザクセンにロマ、
多民族が互いに影響し、または分離して培った文化は大きな特徴でもある。
初めて日本に運び展示する品も多く、
背景とする村や地方が数多くあった。

japannyar (5) 
台風のように慌ただしかった旅行も終わり、
今度は宮崎で穏やかな生活がはじまった。
緑の鮮やかさが勢いをました稲、
足元の小さい池ではさまざまな生き物の息遣いが聞こえてきた。

japannyar (2) 
楠の木が見たいという長男に誘われて、
近くの神社に足を運んだこともあった。
巨大な木々のふもとに立つと心が休まるのはどうしてだろう。

japannyar (3) 
長男が小学校に通う最後の夏。
家族や大人からすこし距離を置きはじめたこの頃、
友人と一緒の時間が何より楽しいらしい。
親友になったゆうま君たちと過ごす思い出深い夏になった。

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茹だるような熱気に悩まされた日々もまた、良き思い出だ。
やがて稲の穂も黄金色に垂れてきた。
稲の刈りどきを知るために、昔の人たちは
鎌を大きく田の上に投げ入れたそうだ。
稲がその重みで支えられたら、
初めて穂が実ったということらしい。
祖父が教えてくれた知恵を、また母の口から知った。

稲かすっかり刈り取られて空き地になった頃、
私たちの日本での夏が終わった。

japannyar (1) 
旅の終わりに、成田空港の近くの佐原に住む
貝戸さんご一家のお宅に寄せていただいた。
5年ぶりに、ルーマニアを訪れたいというご家族と、
成田へ向かうにぎやかな車中で、
このまま一緒にルーマニアを目指しているかのような楽しい空想に襲われた。
「今度はルーマニアで。」を合言葉に、成田空港で別れた。

japannyar.jpg 
 
comments(6)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-08-05_13:49|page top

「カロタセグ -装いの文化」展



karotasegu_img_text3.jpg

ラテン語で「森のかなたの国」を意味するトランシルヴァニア。
 現在のルーマニア西部に、カロタセグ地方はあります。
原風景広がるのどかな村に暮らす女性たちは、 
先祖代々に受け継ぐ美しく彩られた衣装を、大切に身に纏ってきました。
カロタセグをはじめ、トランシルヴァニアから届いた美しい衣装や手仕事の数々を、 
是非店頭でご覧ください。 

カロタセグ-装いの文化 
2017.6.10 Sat. - 6.25 Sun. open10:30 | close19:00 
KAMAWANU Utensils Store 2F “piece”
 
  ●トークショー【カロタセグの装いと手しごと】 

ルーマニア西部カロタセグ地方。 
そこには装うことを文化として大切に守り、楽しんでいる人々がいます。
目を惹きつけてやまない美しい伝統衣装。
繊細で細やかな手しごとの数々。 
現地の写真を交えながら、カロタセグの衣装のこと、生活や文化、手しごとのお話を伺います。
 日時:6/9(金)19時~20時  

※会期前日 話:谷崎聖子 参加人数:先着20名まで 参加費:1000円(税別)
(カロタセグ地方のお菓子とハーブティ・お土産付き)

 ●ワークショップ【イーラー ショシュ刺繍のサンプラートートバッグ】 
日時:6/10(土) ①午前/10時30分~12時30分 
        ②午後/14時~16時 

講師:谷崎聖子 参加費:6500円(講習費・材料費含む・税別) 
参加人数:各回10名  
持ち物:はさみ

*トークショー・ワークショップに参加ご希望の方は、
店頭またはお電話にて事前にご予約ください
TEL
03-6231-6466(かまわぬ浅草店)
*DMご希望の方はこちらまでご連絡ください。

カロタセグDM-JP

comments(4)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-26_16:38|page top

「イーラーショシュ刺繍のサンプラー トートバッグ」

100年以上昔にハンガリーで出版された
アンティークの刺繍図案から選んだ、
 6つの端モチーフをサンプラー(刺繍見本)にしました。

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 簡単なものから複雑な図案まで、ボーダー状にならんだモチーフ。 

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進んでいくにつれて難易度が上がり、 
一つ一つの刺繍を終えた頃にはどんどん腕が上がっていきます。

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肩紐は、昔、アルコールランプの芯に使われた織り紐を使用します。

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裏には、プリント、またはジャガード織り生地をあわせて、 
トートバッグに仕立てることができます。

P1060052.jpg  
サイズ 縦43cm 横31cm  マチ8cm
費用 講習費3000円 材料費3500円

東京浅草かまわぬさん (tel 03-6231-6466)
6/10(土) 10:3012:3014:00~16:00

大阪箕面けんちくの種さん(tel 072-734-6343)
6/17(土)、18(日) 13:30~16:00

アミカス福岡(tououzakka_iciripiciri@yahoo.co.jp)
7/19(土) 9:30~12:00
comments(6)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-23_21:24|page top

トランシルヴァニア地方の伝統文化と刺繍

東京から名古屋、そして大阪へ。
母校の大阪大学で講演+初心者向けの刺繍のワークショップが開催されます。
ハンガリーの隣国、ルーマニア。
現在も数多く暮らしているハンガリー少数民族。
地域によって異なる衣装や刺繍について
プロジェクターを使ってお話いたします。







20170615谷崎聖子講演会 
 また、講演会の後にワークショップがございます。 
トランシルヴァニアの伝統刺繍イーラ-ショシュを体験してみませんか?
 チューリップやバラ、鳥のちいさなブックマークを作ります。(材料費300円) 


37859576_o1.jpg

お問い合わせは、こちらまで。
ml-cir@library.osaka-u.ac.jp



comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-23_12:37|page top

Fangさんとカロタセグの新刊

Fangさんとの出会いは、
今から2年以上前のことだった。
イーラーショシュの本を手にし感銘をうけたことから、
台湾との不思議な縁がはじまった。

台湾でもこのような本が欲しい、
はじめは出版社へ直々にメールを送って
どうにか中国語版を作ろうと働きかけてくれた。
さまざまな規定のため、それも実らず終わろうとしていたのに、
彼女の情熱はそれでも冷めやらなかった。

今度は、新しく本を作ろうというのだ。
台湾とルーマニア。
遠い距離をはさんで、
英文によるたどたどしいコミュニケーションが幾度ともなく繰り返された。
やがて、産後のため期限までの提出は不可能だと諦めそうになったとき、
それでは、自分一人でも作りたいと、
彼女の強い意思が再び私を突き動かした。

2016年12月終わりに原稿を書き上げ、
さらに写真撮影を翌年1月に終わらせて、
あとは出来上がるのを待つだけだった。
しかしその後、本は編集やデザインに手間取り、
予定していた6月になっても出来上がらなかった。

私の仕事の条件は、
翌年の台湾での展示会のための渡航費だった。
3人の子供たちをつれて、
日本を経由して台湾に行くことができる。
何事にも勝る、ご褒美だった。

7月中旬、私はお守役の母親と3人の子供たちをつれて、
台湾の地を踏んだ。
台北中央駅の近くのユースホステルの前で、
巨大なスーツケースを引いているとき初めて彼女と出会った。
長身で色白の肌、切れ長の目をした女性は、
もじもじとお土産のお菓子を携えて立っていた。

ホステルで荷物を置くやすぐに、
彼女と打ち合わせのために喫茶店へ。
巨大なタピオカ入りの甘いミルクティーを飲みながら、
この数日と本について話し合った。

翌日は、飾り付けのために彼女の経営するギャラリーMad.Lを訪ねる。
迪化街(てきかがい)と呼ばれる問屋街の一角にある。
古き良き台湾の情緒が垣間見える場所。
天井の高く広い壁をどうやって埋めようかと頭を悩ませていると、
体調に不思議な変化が起こった。
腹痛がだんだん強くなり、冷や汗が出そうになった。
恐らく、昨夜のお茶の中の氷に違いない。
知人から忠告を受けていたのに、大事な初日からすでに体調を崩してしまった。

Fangさんは女王のように、切れ長の目を滑らせては壁を見、
陶芸家のご主人さまと妹さんが小間使いのようによく働く。
途中で、生後3ヶ月の赤ちゃんを連れて登場したり、
トイレで閉じ込められた猫たちがギャーギャーと泣き叫んだり。
3人で黙々と作業をしていると、
一緒に展示させて頂く竹永絵里さんとお父さまがやってきた。
朗らかな竹永さんの存在感と穏やかなお父様のご助力で大いに救われ、
息子も手を貸してくれたので、
一番難航していた枕カバーの詰め物を終えて、
会場がだんだんとカロタセグ色に塗り替えられていった。

夕方には、台湾の親友Zitonが自転車をこいでふらりと訪れた。
はじめの二日だけはホステルで、後の滞在は彼女の家で5人まとめて居候させてもらい、
まるで賑やかな家族のように、あちこちを出歩いた。

展示会のオープニングでは、
展示のコンセプト、展示物の説明などをして、
会場と書店とで二回にわたるワークショップと、
3人の台湾人通訳者の手を借りてなんとかこなすことができた。

展示会の後、彼女はこう書いた。
「この展示会が私とギャラリーにとって新たな出発だったの。
これまでの現代美術の路線から、工芸美術の方へと進もうと決めたわ。」
彼女は、心の中に燃える情熱を持ち、さまざまな困難に屈せず、
これからも次々と開拓していくことだろう。
ご主人さまが制作された美しい土の器を手にのせるとき、
会場でいただいた野菜スープや甘い豆乳の味が蘇り、
ふたりの優しさが思い起こされる。

そうした台湾の思い出を振り返りながら、
私は印刷したばかりの新刊を手にしている。
白い背景に、赤いイーラーショシュ、
そして刺繍のようにも見える「美麗刺繍」のタイトル。
中国語繁体字と英語が一冊になった本。


18118794_1502157856496310_8583097574469212185_n.jpg 
こちらでお求めいただけます。
また6月の東京浅草、大阪箕面の展示会場でもご覧いただけます。




















comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-20_23:03|page top

Transylvania(トランシルヴァニア-森の彼方の衣装と手仕事展)


ルーマニア、トランシルヴァニア地方。

古きよきヨーロッパの面影が、

町はずれののどかな風景に、

おとぎ話さながらの小さな村々に、

人々の暮らしや心の中にひっそりと息づいているところ。

 

ハンガリー、ルーマニア、ザクセン、ロマ・・・。

さまざまな民族が長い年月をともに過ごし、

森とともに育んできたもの。

それぞれに個性豊かな民俗衣装、

住まいを彩る女性の手仕事を一堂に展示いたします。

 

トランシルヴァニアの手工芸品や手芸キットに材料もお求めいただけます。

期間中、イーラーショシュのワークショップも開催します。


Transylvania(トランシルヴァニア-森の彼方の衣装と手仕事展)

2017.06.17(Sat)06.26(Sun)

11:00open17:00close

けんちくの種(大阪府箕面市桜1-13-32 102tel 072-734-6343



Transylvania森のかなたの衣装と手仕事展【写真面】201706確認用Transylvania森のかなたの衣装と手仕事展201706【文字面】確認用  


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comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-20_22:01|page top

第20回ハンガリーフェスティバル


6月11日(日)名古屋国際交流センターにて、
第20回ハンガリーフェスティバルが開催されます。
ピアニスト赤松林太郎氏の演奏も聴くことができ、
日本文学研究者のVihar Judit氏も招待されているそうです。
私は「トランシルヴァニアの伝統衣装と刺繍」と題する講演をさせて頂きます。
ハンガリー刺繍の会の作品展やハンガリー料理も味見できるそうです。

お近くの方はぜひお誘いの上お越しくださいませ。
どうぞよろしくお願いいたします。

2017フェスティバルチラシ表 2017フェスティバルチラシ裏 



comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-03_17:22|page top

3月のカロタセグと娘の晴れ姿

長い長い冬だった。
何度も試みていながら、なかなか実行できなかった
カロタセグ地方への旅。
今回は、下ふたりを連れていくことにした。

村でドロンワークを研究する女性ふたりと知り合い
話し込んでいると、その日の宿を決めていなかったことに気がついた。
「私は村でペンション協会の会長もしているの。
いざとなれば、ここは600人のお客だって受け入れることができるだから。」
とすぐに電話をかけてくれた。
突然の宿泊客であるにも関わらず、
イルシュカおばさんは快く受け入れてくれた。

「子供たちが風邪をひくと困るから。」と
冷え切った部屋をすぐに暖めてくれる。
ちいさな部屋を忙しく動き回り、
追いかけっこやかなきり声を上げる子供たちを
微笑みながら相手をしてくれる。

翌日目が覚めると、
清潔の部屋を見せてくれた。
博物館でしか見ることのないような見事なフェルトコート。
アップリケでくり抜かれた四角形の襟は、
ハンガリーの紋章やバラが見事に図案化してある。
ハンガリー東部大平原とカロタセグ地方の衣装の共通点はいくつかあるが、
これもその一つだろう。


kalotaszeg marc (3) 

絵付きの小箱の中にしまった大切なものは、
数多くのプリント・スカーフだった。
工場製品であるから、それほど興味をそそられるものでなかった。
しかし、イルシュカおばあさんが一つ一つの柄の云われや
その歴史を熱く語ってくれると、
いかに村の女性にとって大切な品であったかが伝わってきた。
「昔は、結婚が決まると花嫁になる女性に、
スカーフを繋げたものを贈り物にしたものだったわ。
それだけ、高価で貴重なものだったのよ。」
最も大切にしているのは、ハンガリーのトリコロールカラーが縁を彩る
赤いバラのスカーフだという。


kalotaszeg marc


今回の旅の目的のひとつは、
イースターの旅のための下準備だった。
お客さんのために、おばあさんの手描きの図案をプレゼントしたらと思いついた。
ブジおばあさんを訪ねるのは、二年ぶりだった。
「日本のことがニュースで取り上げられるたび、
あなたのことを考えていたわ。
いつも、そうやって思い出していたのよ。」
別れ際に、笑みを浮かべておばあさんは言った。
遠いところで誰かが私のことを考えてくれる、
それがどんなに有難いことか身にしみて感じられた。


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エルジおばあさんとカティおばあさんも、かけがえのないお友達だ。
「あなたの娘は、1歳半の時に会って以来だわ。
ずっと、会いたかったのよ。」
とエルジおばあさんはかねてから何度も口にしていた。
家族が増えても変わらず、温かく迎えてくれる。


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今回の目的のもう一つは、娘にカロタセグの衣装を着させること。
エルジおばさんはこのために、親戚から3歳児用の衣装を借りてきてくれた。
三月の日曜日、
エルジおばさんの清潔の部屋で束の間、娘は少女に変身した。


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煌くビーズにスパンコール、
ピンクのバラに赤いニットのちいさなお嬢さん。
カロタセグの家庭で、女の子が生まれない家はどこか寂しい。
エルジおばさんには娘がいないから、
さまざまな衣装や手仕事も手放したという。
女に生まれることの悦びのひとつは、
美しい衣装を着られること。


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娘を丁寧に着付けさせてあげる、
そうすることは嫁入りの予行練習なのかもしれない。


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「あなたたちは、私の家族よ。」
はじめておばあさんと出会ったのは娘が半年のときだった。
その時から、いつでも両手を広げて受け入れてくれた。
これからも、子供たちを伴ってこの地を幾度も訪れるだろう。
愛おしいおばあさんたちが待っていてくれる限り。

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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-04-24_20:35|page top

カロタセグの成人式

昨年の3月。
イースターより少し早い春のはじめに、
カロタセグ地方に来ていた。
それは、「花の日曜日」と呼ばれるキリスト教の祝日。

ナーダシュ地方では、この時期にカルバン派の信仰告白式が行われる。
16歳を迎えた少年少女たちが、正式に信仰を受け入れる儀式であり、
いわば成人式といってもいい。

まだ日が昇って間もない早朝だった。
ある知人のつてで、16歳の少女のいる家庭を訪問した。
家族に挨拶をして、一室に通される。
テーブルにはきれいに折りたたんだ衣装が並べられ、
少女が部屋着のまま腰かけていた。
この日のために作られたビーズ刺繍のエプロンが、
まるで宝石のように朝日をうけて輝いている。

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少女はそわそわとどこか落ち着かないようだ。
それもそのはず、この日の礼拝の後には、
長い質疑応答の試験のようなものがあり、
晴れてカルバン派教徒になるからだ。
家族や親せきの他、村人たちの目が耳がその若者たちに注目する瞬間だ。
何より、これから衣装に着替えて
礼拝の前に行われる予行練習に間に合わなければならない。

やがて、ブラウスや色とりどりのリボンを抱えて、
おばあさんが到着した。
孫娘の衣装はほとんど、祖母であるエルジおばあさんが手掛けたという。
「うちの娘はお馬鹿だよ、本当に。
せっかくのきれいな髪を切ってしまったんだからね。」
チッラは、美容師になることを夢見る少女。
しかし昔は、村の女性たちは髪を生涯切ることはなかった。
カロタセグ地方では、少女はひとつに三つ編みにするのが習慣だった。

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慣れた手つきで、5メートル以上はあろうかという布の塊をほどき、
少女にかぶらせて紐を引っ張る。
スカートの下にはくペチコートは、
起毛したような厚いコットン地で、背中のところでたっぷりとギャザーを寄せる。
それだけでもボリューム感があるのに、
4枚も5枚も重ねるのだから
誰しもがふくよかな腰つきになる。

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それから、仕上げは白いプリーツスカート。
村によって、信仰告白式に着るスカートやエプロンの色が違う。
そして、これから始まるイースターの金曜日、土曜日、日曜日でも
装う色が変わるところもあるのだから、衣装はいくつあっても足りない。

それから、アンティークの朱赤の刺繍ブラウスがくる。
うすいコットン生地を青く染めるのは、この村の特徴でもある。
プリーツが解けないように丁寧に、糸でぬい留めたしつけを解いていく。

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100年以上も経たブラウスなのに、
新品そのもののような美しい状態。
いかに大切にとっておかれたかが伺い知れる。

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青に朱赤が冴え冴えとするブラウス。
肩に繰り返しつづく連続模様は、
遠くからでは確認することができないほどに密集している。
まるで、作り手が装い手に遺した一つの暗号のようだ。

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やがて、ずっしりと重いビーズ刺繍のエプロンの紐を結ぶ。
どうしたら着くずれしないでいられるのかと思っていたら、
おばあさんが針と糸でしっかり縫いとめていくからだった。
まるで人形を作るように、器用にエプロンも、ベストも、リボンも縫いつけていく。
「チッラは、縫い目だらけね。」とおばあさんが笑う。

2016年チッラと年号や名前まで刺繍された、
お祖母さんの愛情が込められた衣装。
カロタセグでは、何年がかりで衣装の準備に取り掛かるのだ。

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鎧のように上半身を覆うのは、村に住む職人さんが作る刺繍のベスト。
余白がないほどにびっしりと色や文様が重ねられる。
ロゼッタとも回転するバラとも呼ばれる模様が並ぶのは、
大切な少女を難から守りたいという親心の表れかもしれない。

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赤いガラス石のネックレスを纏うと、
少女の顔が一段と大人に近づいていく。

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少女から大人へ。
カロタセグの人々にとって、その大切な段階のひとつが
衣装を装うことにあるに違いない。
それは、何世代もの先祖から受け継いだ彼らの大切な文化であるからだ。

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ビーズの輝きに魅せられた人々は、
20世紀後半になっても衣装をさらに華やかに進化させていった。
ひとつの流行が来ては去り、
さらに新しい流行が追いかける。
それは、今もなお衣装という文化が生きている証なのである。

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そして、腕にも。

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信仰告白式に臨む少女は、
大きなリボン飾りを頭につける。

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これから行われる試練に合格して、
はじめてパールタと呼ばれるビーズの冠を被ることができるのだ。
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娘の晴れ姿を満足そうに見つめるおばあさん。
そして、部屋の外でそわそわと行方を見守るお父さん。
まるで、結婚式の予行練習さながらである。

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ハンカチーフを手に、聖書を脇にかかえて教会へと向かう。

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行く先々では、ご近所さんたちが
「立派ね。」「よく似合っているわ。」などと声をかける。

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20世紀から21世紀にかけて、
私たちを取り巻く世界は大きく変わった。
けれども、先祖から続く土地で生まれ育った人たちが、
昔と変わらぬ衣装をまとって人生の節目を迎えようとしている。
変わらない何かを、ある瞬間に見出すことができる。

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教会の礼拝がはじまった。
刺繍の施されたクロスが何重にも折り重なった下に、
パンとワインが保管される。
信仰告白式を終えた信者は、聖餐(せいさん)を受けることができる。
信仰の意味を探り、やがてキリストの血と肉を分かち合い、
はじめて信仰が彼らの精神に宿るのだ。

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チッラは、朝とは打って変わった
晴れ晴れとした笑顔で階段を降りてきた。
村人たちの見守る中で成人になった彼女は、
これからどんな人生を歩むことだろう。
その日半日付き添った私自身も誇らしく、
晴れやかな気持ちが宿っていた。
 
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