トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

2017年の夏

2017年、夏が目覚めるよりすこし早くに、
私たちはルーマニアを飛び立った。

フレデリック・ショパン空港で、
8時間の待ち合わせ。
ぴかぴかの、とびきり高価な玩具を見つけて、大喜びのふたり。
散らばったおもちゃ箱のように、にぎやかな音がはじける。
3人の子供たちを連れて、長い長い旅がはじまった。

japannyar(6).jpg 
飛行機に揺られて10時間。
成田空港で、おばあちゃんと合流。
久しぶりの再会に胸を躍らせながら、電車に揺られて宿泊所へ向かった。
それから、眠たい目をこする暇もなく浅草へ。
いつものように、手には大きなスーツケース。
宝箱から大切な珠玉の衣装や手仕事をひとつひとつ広げて、
これから白い壁面をトランシルヴァニアの色彩に塗り替えていく。

浅草のオレンジ通りに位置する、老舗の手ぬぐい屋さん。
かまわぬさんとのめぐり合わせは、青木さんを通じてだった。
古くからハンガリーの刺繍を愛するかまわぬの清水さんが企画していただき、実現したもの。
日本の伝統文化を伝える店舗にて、
異国のトランシルヴァニアの装いの文化を紐解く。
思いも及ばない場所との縁をいただいて、
展示会、トークショー、ワークショップと幅広く文化紹介をすることができた。
中でも、まるで展示会のプレオープンのようなトークショーでは、
トランシルヴァニアの衣食住について幅広くお話させていただく機会となった。

japannyar (7)

思いもよらぬ人との出会い、再会は
人生のスパイスのようなもの。
長男と長女をまるで実の孫のように半日お守りしてくださったHさま、
音楽やハンガリー文化について造詣の深いHさまはワークショップに参加いただき、
いつも私の右腕として刺繍の指導に当たっていただく伊藤さま・・。
映画業界で活躍する大学時代の親友と、
我が家族のように私たちを迎えてくれる親友のお母さん、
世界を股に駆け回る日本語教師の先輩に、
ルーマニアで撮影活動を続ける写真家の堀内さん御夫妻、
京都で活動をつづける刺繍作家Molindaさんに、
私に筆の楽しさを教えてくれたEchoさん、
大学時代の恩師早稲田先生・・・。

午後のワークショップに、開始から少し遅れて
松葉杖をつき会場に駆けつけてくださったMさま。
「今日の日のために、5年前の展示会で求めた図案を完成させて、
洋服に仕立てたんです。」
イーラーショシュの大作に参加者からため息がもれた。

 japannyar (6)
 
1年前から予定されていたハンガリーフェスティバルでは、
ハンガリーで日本文学の第一人者であられるVihar先生、
在日ハンガリー大使にピアニストの赤松麟太郎氏など立派な方々に気後れしながらも、
トランシルヴァニア地方で暮らすハンガリー人の多種多様な民俗衣装や刺繍について
お話させていただいた。

名古屋は、私にとって思い出深い、祖父母の家があったところ。
墓参りに、ご無沙汰していた親戚一同と会することができ、
特別なひとときを過ごすことができた。

それから、大阪へと舞台は映る。
母校の大学で講演をさせていただいた後、
懐かしい山沿いのバスに揺られて箕面駅へと向かった。
ひと駅歩いた牧落駅に、「けんちくの種」がある。
一級建築士の中谷さま御夫妻がお持ちの事務所を、
こうした文化イベントにも大きく放たれている。

一年前の大阪梅田のNHKカルチャーの講座に参加いただいた、
中谷さまにお声をかけていただいた。
話し合ううちに、「トランシルヴァニアの多種多様な民俗衣装や刺繍文化」をテーマにした
展示にすることに決まった。
ルーマニア、ハンガリー、ザクセンにロマ、
多民族が互いに影響し、または分離して培った文化は大きな特徴でもある。
初めて日本に運び展示する品も多く、
背景とする村や地方が数多くあった。

japannyar (5) 
台風のように慌ただしかった旅行も終わり、
今度は宮崎で穏やかな生活がはじまった。
緑の鮮やかさが勢いをました稲、
足元の小さい池ではさまざまな生き物の息遣いが聞こえてきた。

japannyar (2) 
楠の木が見たいという長男に誘われて、
近くの神社に足を運んだこともあった。
巨大な木々のふもとに立つと心が休まるのはどうしてだろう。

japannyar (3) 
長男が小学校に通う最後の夏。
家族や大人からすこし距離を置きはじめたこの頃、
友人と一緒の時間が何より楽しいらしい。
親友になったゆうま君たちと過ごす思い出深い夏になった。

japannyar (4) 
茹だるような熱気に悩まされた日々もまた、良き思い出だ。
やがて稲の穂も黄金色に垂れてきた。
稲の刈りどきを知るために、昔の人たちは
鎌を大きく田の上に投げ入れたそうだ。
稲がその重みで支えられたら、
初めて穂が実ったということらしい。
祖父が教えてくれた知恵を、また母の口から知った。

稲かすっかり刈り取られて空き地になった頃、
私たちの日本での夏が終わった。

japannyar (1) 
旅の終わりに、成田空港の近くの佐原に住む
貝戸さんご一家のお宅に寄せていただいた。
5年ぶりに、ルーマニアを訪れたいというご家族と、
成田へ向かうにぎやかな車中で、
このまま一緒にルーマニアを目指しているかのような楽しい空想に襲われた。
「今度はルーマニアで。」を合言葉に、成田空港で別れた。

japannyar.jpg 
 
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comments(5)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-08-05_13:49|page top

「カロタセグ -装いの文化」展



karotasegu_img_text3.jpg

ラテン語で「森のかなたの国」を意味するトランシルヴァニア。
 現在のルーマニア西部に、カロタセグ地方はあります。
原風景広がるのどかな村に暮らす女性たちは、 
先祖代々に受け継ぐ美しく彩られた衣装を、大切に身に纏ってきました。
カロタセグをはじめ、トランシルヴァニアから届いた美しい衣装や手仕事の数々を、 
是非店頭でご覧ください。 

カロタセグ-装いの文化 
2017.6.10 Sat. - 6.25 Sun. open10:30 | close19:00 
KAMAWANU Utensils Store 2F “piece”
 
  ●トークショー【カロタセグの装いと手しごと】 

ルーマニア西部カロタセグ地方。 
そこには装うことを文化として大切に守り、楽しんでいる人々がいます。
目を惹きつけてやまない美しい伝統衣装。
繊細で細やかな手しごとの数々。 
現地の写真を交えながら、カロタセグの衣装のこと、生活や文化、手しごとのお話を伺います。
 日時:6/9(金)19時~20時  

※会期前日 話:谷崎聖子 参加人数:先着20名まで 参加費:1000円(税別)
(カロタセグ地方のお菓子とハーブティ・お土産付き)

 ●ワークショップ【イーラー ショシュ刺繍のサンプラートートバッグ】 
日時:6/10(土) ①午前/10時30分~12時30分 
        ②午後/14時~16時 

講師:谷崎聖子 参加費:6500円(講習費・材料費含む・税別) 
参加人数:各回10名  
持ち物:はさみ

*トークショー・ワークショップに参加ご希望の方は、
店頭またはお電話にて事前にご予約ください
TEL
03-6231-6466(かまわぬ浅草店)
*DMご希望の方はこちらまでご連絡ください。

カロタセグDM-JP

comments(4)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-26_16:38|page top

「イーラーショシュ刺繍のサンプラー トートバッグ」

100年以上昔にハンガリーで出版された
アンティークの刺繍図案から選んだ、
 6つの端モチーフをサンプラー(刺繍見本)にしました。

P1060047.jpg 
 簡単なものから複雑な図案まで、ボーダー状にならんだモチーフ。 

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進んでいくにつれて難易度が上がり、 
一つ一つの刺繍を終えた頃にはどんどん腕が上がっていきます。

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肩紐は、昔、アルコールランプの芯に使われた織り紐を使用します。

P1060051.jpg 
裏には、プリント、またはジャガード織り生地をあわせて、 
トートバッグに仕立てることができます。

P1060052.jpg  
サイズ 縦43cm 横31cm  マチ8cm
費用 講習費3000円 材料費3500円

東京浅草かまわぬさん (tel 03-6231-6466)
6/10(土) 10:3012:3014:00~16:00

大阪箕面けんちくの種さん(tel 072-734-6343)
6/17(土)、18(日) 13:30~16:00

アミカス福岡(tououzakka_iciripiciri@yahoo.co.jp)
7/19(土) 9:30~12:00
comments(6)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-23_21:24|page top

トランシルヴァニア地方の伝統文化と刺繍

東京から名古屋、そして大阪へ。
母校の大阪大学で講演+初心者向けの刺繍のワークショップが開催されます。
ハンガリーの隣国、ルーマニア。
現在も数多く暮らしているハンガリー少数民族。
地域によって異なる衣装や刺繍について
プロジェクターを使ってお話いたします。







20170615谷崎聖子講演会 
 また、講演会の後にワークショップがございます。 
トランシルヴァニアの伝統刺繍イーラ-ショシュを体験してみませんか?
 チューリップやバラ、鳥のちいさなブックマークを作ります。(材料費300円) 


37859576_o1.jpg

お問い合わせは、こちらまで。
ml-cir@library.osaka-u.ac.jp



comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-23_12:37|page top

Fangさんとカロタセグの新刊

Fangさんとの出会いは、
今から2年以上前のことだった。
イーラーショシュの本を手にし感銘をうけたことから、
台湾との不思議な縁がはじまった。

台湾でもこのような本が欲しい、
はじめは出版社へ直々にメールを送って
どうにか中国語版を作ろうと働きかけてくれた。
さまざまな規定のため、それも実らず終わろうとしていたのに、
彼女の情熱はそれでも冷めやらなかった。

今度は、新しく本を作ろうというのだ。
台湾とルーマニア。
遠い距離をはさんで、
英文によるたどたどしいコミュニケーションが幾度ともなく繰り返された。
やがて、産後のため期限までの提出は不可能だと諦めそうになったとき、
それでは、自分一人でも作りたいと、
彼女の強い意思が再び私を突き動かした。

2016年12月終わりに原稿を書き上げ、
さらに写真撮影を翌年1月に終わらせて、
あとは出来上がるのを待つだけだった。
しかしその後、本は編集やデザインに手間取り、
予定していた6月になっても出来上がらなかった。

私の仕事の条件は、
翌年の台湾での展示会のための渡航費だった。
3人の子供たちをつれて、
日本を経由して台湾に行くことができる。
何事にも勝る、ご褒美だった。

7月中旬、私はお守役の母親と3人の子供たちをつれて、
台湾の地を踏んだ。
台北中央駅の近くのユースホステルの前で、
巨大なスーツケースを引いているとき初めて彼女と出会った。
長身で色白の肌、切れ長の目をした女性は、
もじもじとお土産のお菓子を携えて立っていた。

ホステルで荷物を置くやすぐに、
彼女と打ち合わせのために喫茶店へ。
巨大なタピオカ入りの甘いミルクティーを飲みながら、
この数日と本について話し合った。

翌日は、飾り付けのために彼女の経営するギャラリーMad.Lを訪ねる。
迪化街(てきかがい)と呼ばれる問屋街の一角にある。
古き良き台湾の情緒が垣間見える場所。
天井の高く広い壁をどうやって埋めようかと頭を悩ませていると、
体調に不思議な変化が起こった。
腹痛がだんだん強くなり、冷や汗が出そうになった。
恐らく、昨夜のお茶の中の氷に違いない。
知人から忠告を受けていたのに、大事な初日からすでに体調を崩してしまった。

Fangさんは女王のように、切れ長の目を滑らせては壁を見、
陶芸家のご主人さまと妹さんが小間使いのようによく働く。
途中で、生後3ヶ月の赤ちゃんを連れて登場したり、
トイレで閉じ込められた猫たちがギャーギャーと泣き叫んだり。
3人で黙々と作業をしていると、
一緒に展示させて頂く竹永絵里さんとお父さまがやってきた。
朗らかな竹永さんの存在感と穏やかなお父様のご助力で大いに救われ、
息子も手を貸してくれたので、
一番難航していた枕カバーの詰め物を終えて、
会場がだんだんとカロタセグ色に塗り替えられていった。

夕方には、台湾の親友Zitonが自転車をこいでふらりと訪れた。
はじめの二日だけはホステルで、後の滞在は彼女の家で5人まとめて居候させてもらい、
まるで賑やかな家族のように、あちこちを出歩いた。

展示会のオープニングでは、
展示のコンセプト、展示物の説明などをして、
会場と書店とで二回にわたるワークショップと、
3人の台湾人通訳者の手を借りてなんとかこなすことができた。

展示会の後、彼女はこう書いた。
「この展示会が私とギャラリーにとって新たな出発だったの。
これまでの現代美術の路線から、工芸美術の方へと進もうと決めたわ。」
彼女は、心の中に燃える情熱を持ち、さまざまな困難に屈せず、
これからも次々と開拓していくことだろう。
ご主人さまが制作された美しい土の器を手にのせるとき、
会場でいただいた野菜スープや甘い豆乳の味が蘇り、
ふたりの優しさが思い起こされる。

そうした台湾の思い出を振り返りながら、
私は印刷したばかりの新刊を手にしている。
白い背景に、赤いイーラーショシュ、
そして刺繍のようにも見える「美麗刺繍」のタイトル。
中国語繁体字と英語が一冊になった本。


18118794_1502157856496310_8583097574469212185_n.jpg 
こちらでお求めいただけます。
また6月の東京浅草、大阪箕面の展示会場でもご覧いただけます。




















comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-20_23:03|page top

Transylvania(トランシルヴァニア-森の彼方の衣装と手仕事展)


ルーマニア、トランシルヴァニア地方。

古きよきヨーロッパの面影が、

町はずれののどかな風景に、

おとぎ話さながらの小さな村々に、

人々の暮らしや心の中にひっそりと息づいているところ。

 

ハンガリー、ルーマニア、ザクセン、ロマ・・・。

さまざまな民族が長い年月をともに過ごし、

森とともに育んできたもの。

それぞれに個性豊かな民俗衣装、

住まいを彩る女性の手仕事を一堂に展示いたします。

 

トランシルヴァニアの手工芸品や手芸キットに材料もお求めいただけます。

期間中、イーラーショシュのワークショップも開催します。


Transylvania(トランシルヴァニア-森の彼方の衣装と手仕事展)

2017.06.17(Sat)06.26(Sun)

11:00open17:00close

けんちくの種(大阪府箕面市桜1-13-32 102tel 072-734-6343



Transylvania森のかなたの衣装と手仕事展【写真面】201706確認用Transylvania森のかなたの衣装と手仕事展201706【文字面】確認用  


DMをご希望の方は、 こちらのリンク先にてご連絡ください。
comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-20_22:01|page top

第20回ハンガリーフェスティバル


6月11日(日)名古屋国際交流センターにて、
第20回ハンガリーフェスティバルが開催されます。
ピアニスト赤松林太郎氏の演奏も聴くことができ、
日本文学研究者のVihar Judit氏も招待されているそうです。
私は「トランシルヴァニアの伝統衣装と刺繍」と題する講演をさせて頂きます。
ハンガリー刺繍の会の作品展やハンガリー料理も味見できるそうです。

お近くの方はぜひお誘いの上お越しくださいませ。
どうぞよろしくお願いいたします。

2017フェスティバルチラシ表 2017フェスティバルチラシ裏 



comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-05-03_17:22|page top

3月のカロタセグと娘の晴れ姿

長い長い冬だった。
何度も試みていながら、なかなか実行できなかった
カロタセグ地方への旅。
今回は、下ふたりを連れていくことにした。

村でドロンワークを研究する女性ふたりと知り合い
話し込んでいると、その日の宿を決めていなかったことに気がついた。
「私は村でペンション協会の会長もしているの。
いざとなれば、ここは600人のお客だって受け入れることができるだから。」
とすぐに電話をかけてくれた。
突然の宿泊客であるにも関わらず、
イルシュカおばさんは快く受け入れてくれた。

「子供たちが風邪をひくと困るから。」と
冷え切った部屋をすぐに暖めてくれる。
ちいさな部屋を忙しく動き回り、
追いかけっこやかなきり声を上げる子供たちを
微笑みながら相手をしてくれる。

翌日目が覚めると、
清潔の部屋を見せてくれた。
博物館でしか見ることのないような見事なフェルトコート。
アップリケでくり抜かれた四角形の襟は、
ハンガリーの紋章やバラが見事に図案化してある。
ハンガリー東部大平原とカロタセグ地方の衣装の共通点はいくつかあるが、
これもその一つだろう。


kalotaszeg marc (3) 

絵付きの小箱の中にしまった大切なものは、
数多くのプリント・スカーフだった。
工場製品であるから、それほど興味をそそられるものでなかった。
しかし、イルシュカおばあさんが一つ一つの柄の云われや
その歴史を熱く語ってくれると、
いかに村の女性にとって大切な品であったかが伝わってきた。
「昔は、結婚が決まると花嫁になる女性に、
スカーフを繋げたものを贈り物にしたものだったわ。
それだけ、高価で貴重なものだったのよ。」
最も大切にしているのは、ハンガリーのトリコロールカラーが縁を彩る
赤いバラのスカーフだという。


kalotaszeg marc


今回の旅の目的のひとつは、
イースターの旅のための下準備だった。
お客さんのために、おばあさんの手描きの図案をプレゼントしたらと思いついた。
ブジおばあさんを訪ねるのは、二年ぶりだった。
「日本のことがニュースで取り上げられるたび、
あなたのことを考えていたわ。
いつも、そうやって思い出していたのよ。」
別れ際に、笑みを浮かべておばあさんは言った。
遠いところで誰かが私のことを考えてくれる、
それがどんなに有難いことか身にしみて感じられた。


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エルジおばあさんとカティおばあさんも、かけがえのないお友達だ。
「あなたの娘は、1歳半の時に会って以来だわ。
ずっと、会いたかったのよ。」
とエルジおばあさんはかねてから何度も口にしていた。
家族が増えても変わらず、温かく迎えてくれる。


kalotaszeg marc (4) 

今回の目的のもう一つは、娘にカロタセグの衣装を着させること。
エルジおばさんはこのために、親戚から3歳児用の衣装を借りてきてくれた。
三月の日曜日、
エルジおばさんの清潔の部屋で束の間、娘は少女に変身した。


erzsineni es biborka


煌くビーズにスパンコール、
ピンクのバラに赤いニットのちいさなお嬢さん。
カロタセグの家庭で、女の子が生まれない家はどこか寂しい。
エルジおばさんには娘がいないから、
さまざまな衣装や手仕事も手放したという。
女に生まれることの悦びのひとつは、
美しい衣装を着られること。


erzsineni es biborka (2)


娘を丁寧に着付けさせてあげる、
そうすることは嫁入りの予行練習なのかもしれない。


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「あなたたちは、私の家族よ。」
はじめておばあさんと出会ったのは娘が半年のときだった。
その時から、いつでも両手を広げて受け入れてくれた。
これからも、子供たちを伴ってこの地を幾度も訪れるだろう。
愛おしいおばあさんたちが待っていてくれる限り。

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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-04-24_20:35|page top

カロタセグの成人式

昨年の3月。
イースターより少し早い春のはじめに、
カロタセグ地方に来ていた。
それは、「花の日曜日」と呼ばれるキリスト教の祝日。

ナーダシュ地方では、この時期にカルバン派の信仰告白式が行われる。
16歳を迎えた少年少女たちが、正式に信仰を受け入れる儀式であり、
いわば成人式といってもいい。

まだ日が昇って間もない早朝だった。
ある知人のつてで、16歳の少女のいる家庭を訪問した。
家族に挨拶をして、一室に通される。
テーブルにはきれいに折りたたんだ衣装が並べられ、
少女が部屋着のまま腰かけていた。
この日のために作られたビーズ刺繍のエプロンが、
まるで宝石のように朝日をうけて輝いている。

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少女はそわそわとどこか落ち着かないようだ。
それもそのはず、この日の礼拝の後には、
長い質疑応答の試験のようなものがあり、
晴れてカルバン派教徒になるからだ。
家族や親せきの他、村人たちの目が耳がその若者たちに注目する瞬間だ。
何より、これから衣装に着替えて
礼拝の前に行われる予行練習に間に合わなければならない。

やがて、ブラウスや色とりどりのリボンを抱えて、
おばあさんが到着した。
孫娘の衣装はほとんど、祖母であるエルジおばあさんが手掛けたという。
「うちの娘はお馬鹿だよ、本当に。
せっかくのきれいな髪を切ってしまったんだからね。」
チッラは、美容師になることを夢見る少女。
しかし昔は、村の女性たちは髪を生涯切ることはなかった。
カロタセグ地方では、少女はひとつに三つ編みにするのが習慣だった。

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慣れた手つきで、5メートル以上はあろうかという布の塊をほどき、
少女にかぶらせて紐を引っ張る。
スカートの下にはくペチコートは、
起毛したような厚いコットン地で、背中のところでたっぷりとギャザーを寄せる。
それだけでもボリューム感があるのに、
4枚も5枚も重ねるのだから
誰しもがふくよかな腰つきになる。

konfirmalas (55) 
それから、仕上げは白いプリーツスカート。
村によって、信仰告白式に着るスカートやエプロンの色が違う。
そして、これから始まるイースターの金曜日、土曜日、日曜日でも
装う色が変わるところもあるのだから、衣装はいくつあっても足りない。

それから、アンティークの朱赤の刺繍ブラウスがくる。
うすいコットン生地を青く染めるのは、この村の特徴でもある。
プリーツが解けないように丁寧に、糸でぬい留めたしつけを解いていく。

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100年以上も経たブラウスなのに、
新品そのもののような美しい状態。
いかに大切にとっておかれたかが伺い知れる。

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青に朱赤が冴え冴えとするブラウス。
肩に繰り返しつづく連続模様は、
遠くからでは確認することができないほどに密集している。
まるで、作り手が装い手に遺した一つの暗号のようだ。

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やがて、ずっしりと重いビーズ刺繍のエプロンの紐を結ぶ。
どうしたら着くずれしないでいられるのかと思っていたら、
おばあさんが針と糸でしっかり縫いとめていくからだった。
まるで人形を作るように、器用にエプロンも、ベストも、リボンも縫いつけていく。
「チッラは、縫い目だらけね。」とおばあさんが笑う。

2016年チッラと年号や名前まで刺繍された、
お祖母さんの愛情が込められた衣装。
カロタセグでは、何年がかりで衣装の準備に取り掛かるのだ。

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鎧のように上半身を覆うのは、村に住む職人さんが作る刺繍のベスト。
余白がないほどにびっしりと色や文様が重ねられる。
ロゼッタとも回転するバラとも呼ばれる模様が並ぶのは、
大切な少女を難から守りたいという親心の表れかもしれない。

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赤いガラス石のネックレスを纏うと、
少女の顔が一段と大人に近づいていく。

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少女から大人へ。
カロタセグの人々にとって、その大切な段階のひとつが
衣装を装うことにあるに違いない。
それは、何世代もの先祖から受け継いだ彼らの大切な文化であるからだ。

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ビーズの輝きに魅せられた人々は、
20世紀後半になっても衣装をさらに華やかに進化させていった。
ひとつの流行が来ては去り、
さらに新しい流行が追いかける。
それは、今もなお衣装という文化が生きている証なのである。

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そして、腕にも。

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信仰告白式に臨む少女は、
大きなリボン飾りを頭につける。

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これから行われる試練に合格して、
はじめてパールタと呼ばれるビーズの冠を被ることができるのだ。
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娘の晴れ姿を満足そうに見つめるおばあさん。
そして、部屋の外でそわそわと行方を見守るお父さん。
まるで、結婚式の予行練習さながらである。

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ハンカチーフを手に、聖書を脇にかかえて教会へと向かう。

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行く先々では、ご近所さんたちが
「立派ね。」「よく似合っているわ。」などと声をかける。

konfirmalas5.jpg

20世紀から21世紀にかけて、
私たちを取り巻く世界は大きく変わった。
けれども、先祖から続く土地で生まれ育った人たちが、
昔と変わらぬ衣装をまとって人生の節目を迎えようとしている。
変わらない何かを、ある瞬間に見出すことができる。

 konfirmalas (28)

教会の礼拝がはじまった。
刺繍の施されたクロスが何重にも折り重なった下に、
パンとワインが保管される。
信仰告白式を終えた信者は、聖餐(せいさん)を受けることができる。
信仰の意味を探り、やがてキリストの血と肉を分かち合い、
はじめて信仰が彼らの精神に宿るのだ。

konfirmalas (65)

チッラは、朝とは打って変わった
晴れ晴れとした笑顔で階段を降りてきた。
村人たちの見守る中で成人になった彼女は、
これからどんな人生を歩むことだろう。
その日半日付き添った私自身も誇らしく、
晴れやかな気持ちが宿っていた。
 
 konfirmalas (57)
comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-04-03_15:40|page top

ガーボルの詩人-ラフィ・ラヨシュ

旦那とガーボルさん、不思議な組み合わせだがよく気が合うようだ。

知性あふれるガーボルさんの話は魅力的だし、

彼を通じて得るガーボル像というものに惹かれるものがあった。

他者にとって理解の難しい規制は多々あるが、

家族一丸となって仕事をして、共同で生活を営む。

その姿は、現代の人間が失った家族意識や人生に対する安心感がある。

先祖から受け継いだ衣装に身を包み、そして早くに家庭生活を築き上げる。

「彼と話していると、自分がガーボルに生まれなかったことが残念に思われるよ。」

そう旦那が口にしたほどだ。

 

ガーボルさんは若い頃、絵の才能があり、学校でも一番だった。

「その時、絵の学校に進めばよかったのかもしれないが、

誰も手助けしてくれなかった。」

そして、絵を専攻していた旦那にデッサンのことなどをしきりに尋ねていた。

芸術を愛する心をもつ、ガーボルさんは珍しい存在に違いない。

 

「君たちは、ラフィ・ラヨシュについて聞いたことがあるかね?」

ガーボルさんが一冊の本を手にこういった。

その人はガーボルさんの遠い親戚にあたるという。

家業のアルミ職人のかたわら、子供5人を養い、そして詩を書いた。

彼は酒をのみ、不健全な生活を送っていて、

いつか更生させてやりたいとガーボルさんは教会に誘ったこともあったそうだ。

入院生活中、しばらく酒をやめていた時期があり、

彼は見違えたように顔に血色を取り戻していた。

しかし、最後には若くで不幸な死を招いてしまった。

 

アドベント派のガーボルたちが一堂に会して、合同の礼拝を行う行事がある。

ガーボルさんはその詩人を招いて、

そのセレモニーのために詩を書くようにと頼んだ。

しかし、その詩人は詩を書いてこなかった。

そこでガーボルさんは、今すぐにでも書くようにと彼をうながした。

詩人は、何を思ったのか森の中へ入っていった。

「その時間は、たぶん10分足らずだっただろう。

その間に、彼はある詩を書き上げたんだ。」

 

ガーボルさんは、紙に書かれた手書きの詩を読み上げた。

それは、大地に埋もれた石がそこから開放されたいと願い、

やがて川が包み込み、そこから解き放つという内容だった。

詩人自らも、自分もその川のようでありたいという願いをこめて締めくくった。

ハンガリー人の詩人のある作品と同様のモチーフを使いながらも、

彼自身の言葉と昔話のような語り口で仕上げた逸品だ。

 

きっと彼は天才だったに違いない。

そして、彼自身、ガーボルという宿命を背負い、

自己の内面との矛盾に苦しみながら生涯を生きたに違いなかった。


Rafi Lajosについてのドキュメンタリー映画



comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-03-29_00:00|page top

ガーボルとの再会

ここ4年ほどの間、長女、次男の出産が続いたこともあり、

行動範囲も大きく制限されてしまった。

そのためか、何年ぶりの出会いというものが多い。

その人と最後に会ったのがいつかということを知り、

時間の経過に愕然とすることもしばしばある。

 

ガーボル・ジプシーを訪ねる旅をしていたときのことである。

写真家、堀内僚太郎さんが一番の目的とされていた、ガーボル・ジプシーの撮影。

男性は大きなつばのある帽子をかぶり、女性は色とりどりの花柄スカートにスカーフをかぶり

日常生活を送る人たち。

彼らの特徴は、民族衣装という外見だけにあるのではない。

元々はアルミ職人をしていて、今は商業に従事するなど、生活は豊かで、

ジプシーとはいうものの誇り高い。

14,5歳で親の決めた相手と結婚するのが普通で、ガーボルの中でも、

同じ家系の人としか結婚が許されないなど、彼ら独自のさまざまな規則の中で暮らしている。

 

限りある日程の中で、理想の被写体を探さなければならなかった。

しかし、撮影に関しても保守的なところがあり、仕事は難航していた。

日暮れまであと2時間。

コロンドというセーケイ地方の村についた。

ここには、知人のガーボルが住んでいるのだが、

前回訪れたときは家族総出でブダペストへ出稼ぎにいっていて、ついぞ会うことができなかった。

まだ小さかった長男と二人旅をしていて、途中に立ち寄り、泊まらせてもらったことがある。

親切に村の案内をしてもらい、手土産までもらって帰った。

いつか電話をしてみたときに相手側から切られたこともあり、何か失礼をしたかと内心不安だった。


大通りから奥に入ると、すぐに時間を遡ったかのような色とりどりの衣装であふれかえる

小さな通りに出る。大きな一軒家の階段をのぼり、戸をたたいた。

しばらくすると戸がひらかれ、どっと家族が戸口に押し寄せてきた。

はじめに金歯の奥さんが笑顔で迎えて、力強く抱きしめてくれた。

それから、ガーボルさんに子供、その奥さんたち。

にぎやかな家族の声と熱気に包まれて、5年ぶりの再会をしびれるような思いで味わっていた。

その瞬間から、ガーボルを探す本当の旅がはじまったといっていい。

 

私たちはソファーに腰を下ろして、お客さまを紹介していた。

「あの時は、妻のジュジャが病気で悪いことをしたね。」

ご主人のガーボルさんの落ち着いた温厚そうな声が響いた。

息子と泊まらせてもらった翌日、早朝にどこかへ用事があって、

一家は出かけていったのを思い出した。用事があったのに、私たちを受け入れてくれたのだ。

 

「ね、何か食べなさい。」と奥さんのジュジャさんが、にこにこと笑顔でうながした。

断る暇もなく、すぐに温かな食事が運ばれてきた。

ロールキャベツの味に舌鼓をうちながら、私たちは旅の目的を話した。

そして、多くの場所で彼らが写真の被写体になることを恐れていることも。

ガーボルさんは、他者にわかるようにガーボル・ジプシーがどのような人々か説明してくれた。

かつて出会ったジプシーの中で、彼ほど知性的で、

言葉豊富に流暢にハンガリー語を話す人を知らない。

そして、彼の知人や親戚のところへの案内役を買って出てくれた。

 

彼らの母語はロマ語である。

ガーボルは、トランシルヴァニアのハンガリー人の住む地域に定住したので、

ハンガリー語ができ、また仕事で使うためルーマニア語もよく話す。

ガーボル・ジプシーという民族の呼び名も、元々はガーボル姓を持つ人が多いことに由来する。

ガーボルさんの場合は、名前もガーボルだ。

そして驚くことに、敬虔なクリスチャンが多い。


ガーボルさんは、アドベント派に属している。

お祈りや聖書が生活の糧になっていて、おそらく彼の知識や性格にも多大な影響を与えたに違いない。

それでいて、彼らの教えを私たちに強要するわけでもなく、

さまざまな話題について話すことができる。

 

その日は金曜日だった。

ちょうど、土曜日を祝うアドベント派の祝日が始まろうとしていた。

「私たちにとって、金曜の日没からすでに祝日なので、

これから身なりを整えて、6時からの礼拝の準備をしなければならない。

君たちも、どうぞ一緒に礼拝に参加してください。」

私たちは通りで撮影をしてから、約束の6時にまたガーボル宅を訪問した。

 

部屋には、ガーボルさん家族の他にも来客があり、

ガーボルさんが牧師のように礼拝を取り仕切っていた。

賛美歌を歌い、聖書の引用をして、祈りを捧げてちいさな集会は終わった。

他の場所にいく案もあったのだが、堀内さんと話しあい、

撮影最終日をガーボルさんに委ねることに決めた。

 

二日後の朝、私たちは再びコロンドにやってきていた。

「コーヒーはいかが。」と勧められ、談笑をする一方で、

奥さんのジュジャさんは朝日の差す窓際で熱心にアイロンをかけている。

「洗濯してアイロンをかけてから、この古着を村へ売りに行くのよ。」

日曜は他の宗派にとっては安息日であるが、彼らアドベント派にとっては平日であるが、

にこにこと楽しそうに働く姿は見ている側も心地よい。


やがて、ガーボルさんを伴って車でとなり村へと向かった。

大きな屋敷につくと、ガーボルのおじさんが居間のテーブルにどっかりと腰を下ろしている。

私たちも正面に腰掛け、ロマ語で談話するガーボルさんたちを見守る。

それにしても、男性はよく話をする。

女性はというと、黙々と料理をしたり、アイロンをかけたりと働いている。

一見ただのおしゃべりのように見えるが、何かの用件を前にして必要な段階であるのだろう。

やがて、本題の撮影のことをガーボルさんが話し、

どうしても彼らを撮りたいという堀内さんの気持ちを熱意を込めて説明した。

「君たちの気持ちはわかった。私たちの撮影はいいが、女性たちはやめてくれ。」

 

これまで数々の場面に遭遇し、分かったことがある。

男性(主人)の意見が絶大なもので、その決定に女性たちは従わざるを得ない。

写真撮影について言えば、女性は写真を撮られることを喜ぶ人が多いが、

ふと気がついたように主人の意見を気にして、断れることも多かった。

 

こうして撮影を終えて、次の場所へと急ぐ。

町のはずれにガーボルさんの娘さん一家が住んでいるという。

見るからに純朴そうな大家族に迎えられ、建設中の巨大な邸宅の一室に通される。

「夏には出稼ぎに行き、帰ってきては工事を続けてるの。」娘のマルギットさんが話した。

部屋には、3人の子供を抱える娘さん家族のほか、姑親や隣に住む親戚など、

子供から老人まで総勢15人程はいただろう。

こに、5人の客が加わったのだから、賑やかなことといったらない。

子供たちが、携帯電話を手に日本からの客に人懐こく話しかけている。


ガーボルのおじいさん二人が並んで腰を下ろしてタバコの煙をくゆらせるのが、

午後の光の中に鮮やかに浮き上がる。

差し入れのお菓子を食べながら、黒いヒゲのおじいさんが

白いヒゲのおじいさんの口に投げ入れては、お茶目に微笑む姿に目を奪われる。

すると堀内さんも同じ思いだったらしく、「今ここであの二人を写真に収めたかった。」と口惜しそうだ。

こうして、同じ段取りを経て撮影の許可が下りた。

はじめは恐る恐るカメラに身構えていたのが、やがて押し合いのように写真をせがむようになった。

混乱極める撮影現場で、どれだけ作品と呼べるものが生まれたか後は祈るような思いである。

とにかくも、最終日を有終の美と飾ることができた。

 

出発前にガーボルさんの家に立ち寄り、お別れに祈りを捧げてくれた。

彼の言葉をひとつひとつ日本語に置きかえていく。

「私の友達が、無事にセントジュルジへ。それから日本へと旅をすることができますように。

神様、どうかお護りください。」

祈りというものは不思議で、言葉による最大の贈り物ではないかと思うことがある。

暗くなった道中も、彼の祈りが私たちを温かく包み込み、心から安らぎを与えてくれる。

 

堀内さんが「生涯、この日を忘れません。」と口にされたのが、いまも記憶に新しい。



*写真家、堀内僚太郎さんのHPはこちらです。


comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-03-27_20:26|page top

トランシルヴァニアの日本の日 2016年

トランシルヴァニア、セーケイ地方で日本の日を主催して3回目になる。
2011年に初めて開催して以来、
日本語の教え子や生け花クラブの人々、さらにさまざまな協力者も得て、
色彩豊かな文化紹介のイベントと成長していった。
さらに、地元Sepsiszentgyorgyの市役所の助成も受けることができた。


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今回のテーマは床の間。

和室の中でも、特に重要な床の間という空間を、「聖なる角」と訳した。

ハンガリーの住空間の中でも、かつて角というのは特別なもので、

部屋の角の形にそった棚が作られたものだ。

旦那が木材で作った床の間空間。


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床の間を舞台に繰り広げられる、暮らしを彩るさまざまな芸術活動。

折り紙、切り紙、書道、浴衣の体験にはじまり、

美術を学ぶ学生による紙芝居を地元劇団員マジャロシ・パラ・イモラによる上演、

宮﨑の佐土原在住のお茶の師匠から厚意で寄付いただいた抹茶でお茶会を催したり、

生け花と風呂敷の包み方のデモンストレーション。


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今回の目玉は、友人のピアニスト二人を招いたコンサート。
本田奈留美、本田真奈美の姉妹による息のあった連弾演奏に、
迫力のあるピアノのソロの演奏。
日本をテーマにした、さまざまな作曲家や民謡、古い歌を演奏家といっしょに選び、
プログラムを組んだ。
ハンガリー民謡を唄うエル―シュ・レーカに、
チェロ奏者のコヴァーチ・アルノルド、
作曲を学ぶパール・ペトラ・ノエ-ミなど、
地元の若手の演奏家も織り交ぜた多彩なコンサートとなった。

2016年9月18と20日。

私のもう一つの故郷で、たくさんの友人知人と日本文化を共有できた二日間となった。


nihon (3) 


日本の日の様子は、

こちら現地のポータルサイトでご覧いただけます。

Sepsiszentyorgy.info


ローカルTVの取材はこちらです。(終わりの方)

Kézdivásárhely Polyp TV


以下コンサートのプログラムとなります。

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comments(2)|trackback(0)|イベント|2017-02-21_11:48|page top