トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

ドボイ村の我が家

8月も終わりとなると、高冷地のトランシルヴァニアは
朝晩にぐっと気温が下がり、秋の気配が肌で感じられるようになる。
長い夏休みでなまった身も心も、この変化で一気に目が覚まされ、
私たちは日常に向かってゆっくりと歩みを戻すことになる。

ぴりっと冷めた空気の漂う早い朝、
私たちはドボイへ向かっていた。
起きたての太陽の光が温かく、心地よく降りそそぐ。

doboly2014 (25)

空高く背のびをする花に、カナブンが上っている。
虫たちの一日もこれから始まるところだろうか。

doboly2014 (26)

私たちが目指す村は、この原っぱの向こう。
この村で家の建設をはじめてから、6年が過ぎた。
静かな村での生活を夢見ながら、生活が右往左往しているうちに、
息子は町の学校に通いはじめ、二番目も誕生した。
やがて町のはずれに新しい住まいを見つけると、
町から遠く離れた村へは次第に足が遠のくようになった。

この夏、私たちがトランシルヴァニアに帰ると、新しい風が吹いていた。
退職をしたお姑さんとご主人さんが、その家に引っ越しした。
今は週末は町で、平日は村、という風に行き来しているという。
家も喜んで住人を迎えていることだろう、
ドボイの家を訪ねるのが楽しみとなった。

doboly2014 (24)

その日は、さらに来客があった。
はるばる遠くから海を越えて、両親が我が家を訪ねていた。
私たちの日常に、日本の家族が加わっているということが、
どこか照れくさいような、嬉しいような不思議な感覚だった。

doboly2014 (15)

北向きの村であるため、太陽がなかなか顔を出してはくれない。
庭の真ん中には、大きなクルミの木が立ち、
大きな影を落としている。

doboly2014 (18)

拾ったばかりのクルミの実を、
娘がつかみ出しては放り投げる。
黄緑色の厚い実をつけたクルミは触ると、
茶色い液が出て泥を塗ったようになって簡単には取れない。

doboly2014 (17)

村の大切な仕事は水汲み。
山の斜面にある村では、通りにひとつ共同の井戸があるだけ。
見事な木の彫刻のようなつるべ式井戸から、
水をくみ上げて、一気にバケツに注ぎいれる。
土の底から湧き出る水は、まるで氷のように冷たい。

doboly2014 (23)

この夏の成果は、木でできたバルコニー。
村の民家は薪を使うため、決まって「夏の台所」というものがある。
火を煮炊きする所を分けて、夏を涼しく快適に過ごす知恵だ。

doboly2014 (9)

家の中は、内装を除いてほぼ出来上がった。
家具が運び込まれて、家らしい佇まいとなっている。

doboly2014 (8)

庭の向こう端には、薪を置くための小さな小屋がある。
ドボイでは、8月の終わりでも暖房が必要なほど朝晩が冷え込む。

doboly2014 (1)

クルミの木の下にマットレスを敷き、
持ってきた針仕事をはじめる。
市場で手に入れた6角つなぎのパッチワーク。
型に合わせてしつけ縫いをしてから、巻かがりでつなぎ合わせる。
単純な作業の繰り返しが、心を安らげてくれる。

doboly2014 (7)

クルミの葉がまるで手を振っているように、繰り返し揺れている。
風が吹いているわけでもなく、ただ一本の枝だけが故意に揺さぶられているようだ。
面白がって、皆でそちらを見ていると、ラツィおじさんが
「それは、鳥の時計っていうんだよ。」と教えてくれた。
もしカチカチと音がしたならば、まさしく時計のような動きだ。

doboly2014 (19)

空き家をひとつ挟んだ向こうには、友達の住まいがある。
高い杉の木がそびえる向こうは、もう森の中。
ドボイの村の静けさを愛して、町から居を移し、
自分の庭を彫刻の森と変えている。

doboly2014 (3)

彫刻家のバルニの所にも家族ができ、
芸術家の住まいにベビーベッドや玩具が加わった。
金の巻き毛の愛らしいロージャは、娘が生まれるより半年早く誕生した。

doboly2014 (4)

門の外には、巨大な石と石像が置かれていた。
「これは注文で、クールシ・チョマ・シャーンドルを象ったものなんだ。」
チョマ・シャーンドルは、地元出身の偉人で19世紀に世界で初めてチベット語英語の辞書を作った人物。
一か月後に行われる像の除幕式には、インド大使も来ることになっているという。
インドで志半ばに没したチョマの顔は、どこか東洋人の骨格をしているように感じた。
訳をたずねると、「像はその人の姿かたちだけでなく、その精神や生き方を反映すべきものだと思うんだ。」と言う。

doboly2014 (5)

カトリック教の十字架が、まるで家族を護るようにして家に寄り添っている。

doboly2014 (6)

我が家の向かいの家は、かつて家の持ち主だったイロンカおばあちゃんが住んでいたところ。
数年前、バルニが買い求め、門やあちこちを丁寧に直していた。

doboly2014 (11)

部屋の中は、彼のコレクションのための空間だった。
彼の芸術のインスピレーションは、この土地に根差す芸術。
生活のために名もない人の生み出した品、つまりフォークアートである。

細やかな彫りがびっしりと埋め尽くされた、機織りの道具。
愛の贈り物として男性が心をこめて彫ったものであるから、人の心を打つはずである。

doboly2014 (13)

ハンガリー語で「おはよう」と書かれた油紙には、1918年の年号がある。
第一次大戦の終わり、ここトランシルヴァニアがまだハンガリーの国土だった時のものだ。

doboly2014 (14)

ガラス瓶の中に、十字架や斧、槍が封印されている。

doboly2014 (33)

その小さな展示室から出ると、我が家が目の前にそり立っていた。
ドボイの家が、これほど誇り高く見事に見える場所はない。
自らの手で基礎を堀り、柱を組み立て、釘を打ち、
近所の人たちの協力を得て瓦を積み上げ、窓と扉を組み込んだ。

doboly2014 (34)

ドボイ村とともに生活があるバルニと、
村と離れて生活をする私たち。
いつかここで生活をする時がくるだろうか。
短いドボイの夏は、この夕暮れ時の美しさに濃縮されている。
橙色に輝く夕日が丘に落ちていく瞬間を、名残惜しく眺めていた。

doboly2014 (30)
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comments(4)|trackback(0)|村に家を建てる|2014-09-01_06:30|page top

ドボイ村の秋の日

今年の秋は気味が悪いほどに晴天がつづく。
ふだんは森や野原で秋のキノコが顔を出しているのに、
もう二ヶ月以上雨が降らないので、
枯れ果てた草や干からびた土がむなしく広がっているばかりである。

私たちが久しぶりにドボイ村を訪れたのも、
そんな秋晴れの日だった。
ラツィおじさんのポンコツ車が、
村の中の急な坂道を上りつめていくと家の前で止まった。
いつもならUターンをして空き地に車を止めるのに・・・と不思議がっていると、
一気に家の庭にむけて突っ込んだ。
いつの間にか、家と道路をむすぶコンクリートの橋ができていたのだ。

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私たちの家は相変わらず、丸太がむき出しになっているものの、
向かい側に見慣れぬ小屋が建っていた。
今ちょうど屋根を作っているところの丸太小屋は、倉庫になるらしい。
これがこの夏の仕事の成果のようだ。

「上へ登ってごらん。」そうダンナに言われて、
はしごをつたって這い上がる。
まだ板を乱暴にならべただけで、足場は心もとないことこの上ない。
いすを手渡され、その板の上において腰を下ろす。
息子がそれを見て、そろそろと登ってきた。

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丘陵に面した村の、一番上の方にある土地なので、
眺めは格別にすばらしい。
お隣さんの庭ごしに、遠くの村を望むことができる。

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丸太は、隣村の古い家を解体した木材を使っている。
そのために、所どころ切込みが入っていたり、歪んでいたりする。

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その日の仕事は、クルミを採ること。
庭の真ん中に大きなクルミの木が生えている。
落ち葉の合間に、木材の隙間に
その硬い殻につつまれたクルミが落ちている。
木陰には、深い紫色をしたイヌサフランの花が凛と立っていた。

doboly201110 013

クルミを採るというのは、意外と大変な作業であることが分かった。
落ちたのを拾うのは簡単だが、
時には落とさないといけないこともある。
はじめはダンナが木によじ登り、ふるい落とした。
ザワッと大雨のような音がはじけて、
大きなクルミの弾丸が矢のように降ってきた。
その一つが息子の頭に命中したので、しくしくと泣きだした。

クルミの枝は折れやすい。
いつか村の男性がひとり落ちて死んだという話も聞いたことがある。
できるなら、他の手段を考えたほうがいい。
3m以上はある長い棒を手に、
ダンナが振り回すと、クルミが辺りに飛び散った。

どうしてそこまでしてクルミを採らないといけないかというと、
村に競争相手がいるからなのだ。
その相手は、音もなく忍び寄ってきては、
クルミの木に事もなくよじ登り、クルミをちぎっては家へと運びこんでしまう。
森のリスである。

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秋は恵みの季節。
この土地では、リンゴやクルミ、プルーンの木が植えてあり、
水一つやらず、肥料一つやらないのに、
自分たちの力で花を咲かせ、実をいっぱいにつける。
その恵みを頂くことが生きていくこと。
今年も、その豊かな自然の恵みに心から感謝した。

doboly201109 018

家には、電気もガスも水道もない。
昼時になると、庭の一角に薪をくべて火をおこす。
金網でナスとパプリカを焼く。

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真っ黒にこげた皮をていねいにナイフでそぎ落とし、
パプリカは甘酢漬け用にとっておき、
そしてナスは叩いてなめらかになるまでつぶす。

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タマネギのみじん切りを加え、オリーブオイルを入れて
ボールでかき混ぜる。
塩コショウを振って、ナスのペーストの出来上がり。

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昼食がすむと、向かいの家から
杖をついたおばあさんが出てきた。私たちの家の前の持ち主。
急いで出て行き、挨拶をしたのに忘れてしまったのか、
そっけない返事をしてあちらを向いてしまった。

ようやく家の庭にまで来てから、わかったようだ。
おばあさんは耳が悪い。目も悪い。
そのため、よくおしゃべりをする。
息子が羊の猟犬たちに襲われ、
その苦痛に耐えきれずに命を絶ってしまったという悲しい話を
何度も話して聞かせる。

doboly201109 025

夕方になると、村は急に活気づく。
ひと仕事終えた人たちは、
手持ち無沙汰で門を出てはあちこちで立ち話をはじめる。
ご近所さんたちと話していると、そばに見慣れぬひとりの少女がいた。
外国人ははじめてなのか、穴があくほどよく見られているのを感じる。
そのうちに、彼女は息子に目を向けて
いつしか一緒に遊びはじめた。

doboly201109 027

村の子どもたちはどこか町の子どもとは違う。
人に対する好奇心がとりわけ強くて、
容易に話しかけてくるわけではないが、
一度心をひらくと昔からの知り合いのように人懐こくなる。

doboly201109 032

息子は近所の子どもたちとサッカーをはじめ、
眺めていた私もいつしか子どもたちの輪に入って、
かくれんぼなどを始めていた。
やがて、日も暮れていく。

doboly201109 033

その日一日の収穫物であった、クルミは家の中に入れておく。
今はシャリシャリで水分が多く味気ないクルミが、
乾燥して次第に甘みを帯びてまろやかな味になる。

doboly201110 044

食べること、働くこと。
すべてがただ淡々と流れていく、村の暮らし。
その新鮮な空気を腹いっぱいに吸い、
時に体を動かして、時に人と語らう内に、
いかに自分が空腹であるかが分かる。

村に行くとお腹がすく。
そして食べ物が美味しいといわれる。
人間がありのままに、当たり前のことをしながら
毎日が過ぎていく。
食べることは大切だと、村の生活は教えてくれる。

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comments(6)|trackback(0)|村に家を建てる|2011-10-03_05:53|page top

トランシルヴァニアに家を建てる(11)

村に土地を買ったのは、2006年の夏。
やがて2008年の夏に、家の建設を始めた。
ほとんどを自分たちの手でする、
手作りの家。
家の設計から、基礎、組み立て、内装・・・

「ドボイの村は、もう舗装されているよ。」とラツィおじさんが言うので、
半信半疑で聞いていた。
10月に行ったときにはもちろん、そんな様子はなかったし、
冬に道路工事をするとは思えない。

とある晴れた日曜日に、ドボイの村へと向かった。
10月の中旬に、私と息子は里帰りをしたので、
ドボイの家を訪ねるのはもう約3ヶ月ぶり。

青い空と、なだらかな白い丘との境界がはっきりと見えた。
夏なら緑に覆われて、一目では見つけられない村も
裸の木々の間にさらされている。

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そして肝心の道路のほうも・・・
確かに真新しい、セメントの色が、
主要道路から村へと続く細い道へと続いていた。
「 ほら、言ったとおりだろう!」とラツィおじさんも得意げ。
ただ舗装道路は、まだ村の手前で終わっていた。

それから先は、いつもの砂利道。
雪に覆われて真っ白の道を、ひたすら上へと登っていく。
タイヤが滑らないか、ハラハラとするが
無事、家の前へとやってきた。

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村全体が山の北向きの斜面に、寄り添うようにしてできているため、
まだ雪が驚くほどたくさん残っている。
雪の影に青く照らされている庭、
いかにも寒そうな家・・・・

有り合わせで作ったような、
ぎこちないはしごを上って二階へ。

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中は、当然真っ暗。
通りに面して、窓がひとつだけ開かれている。
ここは私たちの寝室になる予定。

doboly 027

それにしても、この屋根の高さはどうも落ち着かない・・・
私のように、身の丈が普通のものですら感じるのだから、
長身の男が入ってくるのは、危険である。
「 どうしてこんなに屋根が低いの?」と私が非難の目を向けると、
「 お金があればもっと屋根を高くしてたけど・・・。
  背が高い人は、入ってこなければいいよ。」という返事。
のこぎりで、あの木の柱を少し削れないものか・・・・。

珍しそうに辺りをきょろきょろしていると、
窓が取り付けられた。
窓ってこんなに簡単に取り付けられるものか、と感心する。
もちろん、防寒のための雨戸もついている。

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見晴らしはこんな感じ。
イロンカおばあちゃんの家を見下ろす感じだ。
村で一番大きいクルミの木の向こうには、
「美しい畑」と呼ばれる平野が広がっている。

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夏に葉が茂ってきたら、
緑が直ぐ目の前に飛び込んでくるだろう・・・・
などと想像していたら、
まだ内装も出来ていない屋根裏部屋はさすがに寒い。
手や足の先が凍るようだ。
見ると、屋根の下のほうには10cmほどの隙間が開いている。

ダンナが、屋根裏の掃除を始めたので
手伝っていたが、あまりの寒さに退散。
友人のバルニの家にいさせてもらう。

冬の間は、小さなキッチンとベッドの部屋だけを使うようだ。
薪で暖められた部屋は、寒い体をもみほぐしてくれるよう。
しばらくは動くことも出来ずに、
ただ温かさをかみ締める。

昼ごはんができたのでダンナを呼びに行くと、
今度は庭で木材の上の雪を払っていた。
雪解けで木材が湿らないように、
ビニールをかける。
そんな作業で、気がつくと昼も過ぎていた。

あたたかいスープを飲み、
いろりであたたまった後は散歩へ出かける。
隣のヤーノシュおじさんのところでお借りしたソリを持って、
さあ出発。

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念のためバルニは飼い犬のトービヤーシュの鎖をはずした。
さすがに今の季節には、クマやオオカミは出てこないだろう・・・
家のはずれはもう森の入り口。
このように一日、太陽の光は差さなかった。
もう日没も近いようだ。

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登り坂をソリはのろのろと走る。

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やがて松林の中に入り、

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森の中へ。
小道に敷き詰められた雪のためか、
裸の木々のせいか、思ったよりも明るい。
村人が森から木を運ぶために、
馬車の通った跡がはっきりと見られる。
森の木を切ることは、もちろん不法であるが・・・

doboly 063

やがて森の中から一転して、
さっと目の前が開けた。
青から赤へと移り変わる空の色。
日没前後のほんのひと時の美しい色で、
山の谷あいは包まれていた。

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その色の正体をもっとよく見てみたい。
思わず足取りも速くなる。

こんなに有難い太陽の光を避けるようにして、
どうしてドボイの先祖たちは
あんな山の陰に身を隠したのだろう。
聞けば、
「 ドボイは1240年あたりに、今の場所に移ったんだ。
 それまでは、そこの谷間に集落を作っていたのが、
 タタール(今のモンゴル人)の襲来にあって、逃げざるを得なかった。」とバルニ。

右のほうに見える山を、「バルカーニュの穴」と呼ぶそうだ。
そこを通って、タタール族がやってきたといわれる。
さまざまな民族の脅威にさらされながら、
太陽に背を向けて生き永らえてきた
ドボイのご先祖たち。

オレンジ色のあたたかな光に包まれていると、
はるか昔へと想いも飛んでいくようだ。

123455.jpg

02844.jpg

この急な斜面をソリは、どこまでも下っていきそうだ。

533333.jpg

だが意外にも、途中の雪で何度も止まってしまい、
スリル満点・・・とはいかなかった。
長く日が照ったために、
雪は半分とけかかって、下のほうは氷になっている。

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夏には、アザミの様な赤い花をつけていたのが、
カラカラに乾燥してしまった。

doboly 054
何かのオブジェのよう。

doboly 055

やがて、辺りが暗くなってきた。
今度は山の北側へと、引き返していく。

8385.jpg

バルニの部屋であたたまっていると、
突然お客が訪ねてきた。
ソリを返しにいったら、隣のヤーノシュおじさんたちが遊びに来るといったらしい。
新年の挨拶を交わす。
エルジケおばさんは、
「あーら、どうして私のところへ来なかったのよ!
待っていたのに!」とその大きな体で
私を思いっきり抱き寄せた。

バスの時間が迫っていたので、
また直ぐに出発。
「 泊っていきなさい。」とのみなの誘いを必死で断って、
村の坂道を下っていく。
村は、寒さの中で身を寄せ合うようにして
ひとつだった。
ドボイを去るときは、いつも後ろ髪引かれるような思いになる。

バスに揺られていると、
オレンジ色の月が鮮やかに輝いていた。
それは、先ほど山の上で見たばかりの
あのオレンジ色の平野を思い出させた。



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comments(10)|trackback(0)|村に家を建てる|2009-01-16_19:14|page top

トランシルヴァニアに家を建てる(10)

「今日は、家に瓦を乗せるんだけれど、
村に来ない?」そうダンナに言われて、
朝早く車で村へ向かった。

秋晴れの美しい青空の中で、
ドボイの村も黄色や赤の木々が色鮮やかである。
庭のクルミの大木も、黄色く色づいていた。
屋根まで乗っかった家は、
もうかなり家らしい風貌になっていた。

haz.jpg

こう近くで見てみると、家はかなり大きい。
男性人が作業をしている間、
私は例によってご近所めぐりを始める。

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お向かいのエルジケおばさんの所を訪ねると、
「今日は私も加勢するからね。」と張り切った様子。
どうして女性の手まで借りないといけないのだろう、
と私は不思議でならなかった。

この瓦をおく作業というのは、
日本で言えば棟上のような儀式的な意味合いもあるらしく、
ご近所総出での大掛かりな作業のようだ。
そして皆で作業した後は、
ご馳走を振舞うのが慣わしだそう。
エルジケおばさんは、この家の瓦置きの頃の写真を引っ張り出して見せてくれた。

何も知らないでやってきた私。
だが食事の準備は、ラツィおじさんが買って出ていたのであまり出番もなさそう。

お向かいのイロンカおばあちゃんが水を運ぶところだったので、
お手伝いをする。
おばあちゃんが家に招いてくれるので、中に入る。
イロンカおばあちゃんの家のクルミの木は見事で、
村で一番高い木のようだ。
そして向いの私たちの庭の木は、その兄弟といったところか。

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おばあちゃんは、
お嬢さんが若い頃に縫った刺しゅうのクロスを私に手渡した。
「あなたのお母さんに渡してね。」
おばあちゃんは、私が手仕事に興味があるのを知っていて探してくれていたのだ。

また別の部屋にも招かれる。
「ほら、私たちは大家族だったのよ。」と古い白黒の家族写真を見せてくれた。
おばあちゃんの家族にまつわる話をたっぷりと聞かせてくれた後、
「これ、あなたにあげるわ。」とおばあちゃん。
何枚かの白黒写真を手に握っている。
貴重そうな写真をどうして・・・と戸惑ったが、
他にも同じものがあるし、日本にいる家族に見せて欲しいとのこと。
ありがたく頂くことにした。

ICIRI PICIRI 12 118

家のほうに戻ると、もう瓦作業に入るところらしい。
ご近所のおばさんたちも加勢しての、大賑わい。
1m感覚ほどに並んで、ひとつひとつ手渡しの作業。
だから、こんなに人手が要るのだ。

ICIRI PICIRI 12 119

瓦は片手で持つと、かなりの重さ。
5kgはあるだろうか・・・
私の手から隣人の手へ、また別の隣人の手へ・・・
そうして人から人へと手渡しの作業が、
なんだか暖かい。
そして屋根の上で、見事に場所に収まってゆく。

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お昼ご飯のしたくも、庭で同時進行する。
アランカおばあちゃんの見事なジャガイモのむき方にびっくり。
私が一個に対して、おばあちゃんは二個分をむいてしまう。
普段ピューラーに頼っているからかしら。
「あなたも私くらいの歳になれば、
出来るようになるわよ。」と笑う。
ひ孫ちゃんも、おばあちゃんの魔法の手を見守っている。

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息子が突然、「おしっこ!」と叫んだ。
もちろん村なので、どこにしてもいいのだが・・・
見ると皆の前でズボンを下ろし、
あの木材の山にかけようとしているではないか。
「ちょっと・・・そこはダメ!」と思わず叫ぶ。

すると息子は機嫌を損ねてしまった。
「大樹は、ママに怒ってる。」とすねたまま。
すぐにおしっこがしたかったようだ。
説明をしても、なかなか分かってくれない。

アランカおばあちゃんが、
「イエス様も、ほら怒らないでしょう。
怒っちゃダメなのよ。」と優しく説得。
この世代の人はと接することの出来る子供たちは幸福だ。
おばあちゃんの時代には、キリスト教が全てだったから
子供に善悪を教えるのもきっと難しくなかっただろう。

ICIRI PICIRI 12 128

・・・だが、息子にはこれも効果なし。
放っておいくに限る。
今度はジョンビが「遊びに行こう!」と誘ったので、
すぐに機嫌を直した。
資材を結んだひもで、電車ごっこ。

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木材の山と化した庭では、
こんな積み木遊びも出来る。
イモ虫くんの家を作った。

ICIRI PICIRI 12 149

しばらく子供二人との遊びに興じた後、
戻ると別作業が進行しているらしい。

屋根に飾りをつけるのだ。
これは、コピャファ(矛の木)と呼ばれていて
お墓の墓標と似たような形であるのが面白い。
屋根の角と角に2つ角のように飛び出している。
彫刻家バルニの出番。

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チェーンソーやオノで大体の形が出来上がった。
中央の十字は、星のモチーフ。

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バルニの家の門の前。
ここは森につながる道なので、野生動物に遭遇する可能性が高い。
つい先日の夜も、ここをクマが通ったとか・・・

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庭には、こんな可愛い植物も。
ケチケ・ラーゴー(ヤギのかむもの)。
私がアクセサリー作家なら、ぜひこんなピアスを作ってみたい。
ショッキング・ピンクの皮から、オレンジの実がたれる。

ICIRI PICIRI 12 110


家に幸福をもたらすように・・・と花を飾るのが
しきたりの様なので、
アランカおばあちゃんが庭から美しいホウズキを持ってきてくれた。
まさに秋満開、の色合い。
この季節に屋根が付いた、
私たちの家にぴったりの植物。

ICIRI PICIRI 12 167

やがて屋根のてっぺんに、
矛の木とオレンジ色のホウズキが飾られた。
秋の澄んだ青空をバッグに、美しく映える。

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一度に3つの瓦を抱えて、家の反対側に運んでいく。
私の服もホコリだらけ。
やがて家も赤い屋根の帽子をかぶって、
見違えるように立派になった。
みなのため息が漏れる。
今日の作業はここまで。

お向かいのエルジケおばさんの所から見た風景。

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屋根ができたばかりの家を見ながらの昼食会。
黄色く紅葉したクルミの木の下で。

ICIRI PICIRI 12 181

ラツィおじさん特製の、肉とジャガイモの煮込みを振舞う。
パプリカ味が効いていて、美味しかった。
向いのイロンカおばあちゃんもお呼びした。
おばあちゃんがこの土地を私たちに売ってくれたのだ。

ICIRI PICIRI 12 186

ICIRI PICIRI 12 184

この家も、みなの加勢がなければ出来なかった。
だから快く加勢をしてくれた隣人たちに、感謝の気持ちでいっぱいだ。
この一日は、私たちにとって記念すべきものとなった。

秋の青空、太陽の光、
新しい家、親切なご近所さんたち・・・
まるで絵本の中の出来事のような、完璧すぎる一日。

これまでこの村に私たちを結び付けていたものは、
あの土地とダンナの古くからの友人、バルニ。
それに、この家と近所の隣人たちも加わった。

ドボイの美しい秋に、
そして私たちの家に祝福を!

ICIRI PICIRI 12 143



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comments(8)|trackback(0)|村に家を建てる|2008-10-13_02:44|page top

トランシルヴァニアに家を建てる(9)

トランシルヴァニアの村で家を建てる・・・
このシリーズも、家の土台で今年はおわるのかと思っていたら、
9月に入ってから急展開を見せた。

9月のちょうど建設作業が始まった頃から
息子の幼稚園が始まり、なかなか村に行く機会を得なかった。

9月も終わりのある日、
やっと厚い雲のすき間から水色が姿を現した。
久々の青空である。
思い切ってその日は幼稚園を休みにし、
私たちもドボイに向かった。

車で秋の畑をみながら村に向かう。
途中、だだっ広い畑でジャガイモの収穫をする人の集団が見えた。

普段どおりの村の景色を何となく眺めていると、
さっと目の前を通り過ぎた建設中の家に
すぐには気が付かなかった。

真新しい木材の色が目に飛び込んでくる。
これが私たちの家・・・
ついこの前までただの土地であったのが、
この2週間ほどの間でこんなに形ができていたのだ。
「ほら基礎でみたときより。大きく見えるだろう。」
とラツィおじさんも満足そう。

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ご立派に窓までちゃんとついている。
気になるのは日当たりだ。
ドボイはきた向きの村である。
南側は山になるから、期待できるとしたら東から差す朝日だろう。
この極寒の地では、窓はもちろん二重窓である。

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ネコの額ほどの土地には、建設中の家と木材、資材でいっぱいであるから足の踏み場もないほどである。

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その木と木とのすき間に、小さな秋を見つけた。
すぐに息子を呼ぶ。
この花は、ウースィケ。
ハンガリー語で「秋ちゃん」とでも呼ぼうか。
ここトランシルヴァニアでの秋のしるし。

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すっと伸びた白いしなやかな茎に、
可憐なうす紫色の長い花びら・・・
その透き通るような存在感。
まるで小さな森の精のようだ。
その小さな体は、確かにここに秋が来ていることを知らせてくれる。
「あらー、きれい!」と息子からもため息が漏れる。

しばらく秋の花に酔いしれた後、
もう一方の土地も見に行ってみる。
これは私が買ったほうの土地だ。
この奥はもう森になるから、土地は坂になっている。
その奥のほうに年をとったリンゴの木があった。
数は知れているが、きれいな赤。

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もぎたてをかじると、心地よい甘酸っぱさ。
息子もりんごをかじりながら、もいでいる。

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他にもクルミの木があるはずだ。
探してみると、土地の左側にあったが、
枝にはほとんど実が付いていない・・・
足元を見ると、無数のクルミの殻が散らばっている。
リスだ、と直感した。
この土地を買った私よりも、この小さな動物が本当の土地の主なのかもしれない・・・
そう思いながら、クルミを拾っていると、

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カサカサと音がした。
ふわふわの大きな尻尾を揺らしながら、
すばやい動きで木から木へと飛び移る。
あっという間に、隣の庭へと消えていった。

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プルーンは、小さな小屋の横にたくさんなっていた。
深い紺色の粒からは、中の水分がにじみ出ていた。
少し洋服でこすって、食べてみる。
シロップのような甘さが口の中にあふれる。
プルーンがこんなにも甘いものだなんて・・・

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プルーンをもぎながら、森の主のことを考える。
昨年の秋に、この庭に入ってプルーンの木を押し倒していったあの動物・・・
クマである。
私はプルーン狩りをしながら、ふとどこかからクマに見られているような感じがしてならず、プルーンはほどほどに建設中の土地へと買えることにした。

息子はお姑さんたちと一緒に、ひいおばあちゃんの住む村へ。
ダンナは建設作業で忙しい。
私は、仕方がなくクルミの収穫に専念する。

クルミの木は、ちょうど中央に位置する。
10mか、15m・・・分からないが、とにかく高い。
こんなに高い木には登れないから、木材をひとつ調達して叩き落す。
すると、緑の実に包まれたクルミをたくさん収穫できた。

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初めてクルミを収穫しに行ったとき、初めこの緑色のなかにあの茶色いクルミが入っているとは思いもしなかった。この緑の厚い皮が簡単にはげないときは、足で踏んで取り出す。
手に付くとこの汁は、茶色い染料なのでなかなか落ちない。

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しばらくして作業が休憩に入ると、
大工のジュリが話してくれた。
「あのお向かいの家には昔、クルミの木があって、
あの上に42歳の男が上って、落ちて死んだんだ。
まだ小さい子供もいたのに・・・気の毒だったよ。」
そんな危険を冒してまで、クルミを取ろうとは断じて思わない!

しばらく休むと、寒さに身震いをしてしまう。
ダウンジャケットを着ていても、まだ冷える。
向いのヤーノシュおじさんが、
「うちの奥さんが、今ザクスカを仕込んでいるところだから・・・」とすすめてくれた。

門を押して、中へ入る。
村の家は、夏は涼しく(時に寒いくらいに!)、
冬はまきを燃やすので暖かい。
エルジケおばさんは、「私は汗をかくくらいよ。」と大きな鍋の中でスプーンをかき回す。

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このザクスカというのは、日本でいうご飯の友。
パンに塗って食べるものだ。
いろいろヴァリエーションはあるが、夏に収穫した野菜などを煮つめてピュレーにする。
ここでは、トマト、パプリカ、たまねぎ、マメである。
美味しそうな野菜の香りが部屋にいっぱい。
この後ビンに詰めて、食物貯蔵庫へ入れる。

もうそろそろ私もお腹がすいてきた。
土地に戻って、ダンナと二人で質素なピクニックをした後、
お墓のお墓の間で、一人暮らしをしているユリシュカおばあちゃん訪ねた。

ユリシュカおばあちゃんは75歳。
2,3年前にご主人様に先立たれて以降、このガスも水道も、電気さえもない家で一人暮らしをしている。

おばあちゃんが村のニュースを話してくれた。
誰々さんの家で、最近150kgものブタをクマが襲ったということ。
ブタ小屋の屋根ももぎ取られたそうだ。
誰々のところで、オオカミが羊を何頭か襲ったこと・・・・
それにしても、なんて危険な土地なのだろう。
こんなところで一人暮らしは、さぞ心細いだろう。

おばあちゃんとおしゃべりをしていると、今度はイロンカおばあちゃんがやってきた。
耳の遠いおばあちゃんは、なかなか近所づきあいが難しいようだ。
がユリシュカおばあちゃんのところへは、日に何度も足を運ぶそうだ。

ユリシュカおばあちゃんが、麻の種を見せてくれた。
「これを植えて、刈り取った後の作業がまた大変なのよ・・・
草を干して、叩いて、くしですいて・・・
それから、糸を紡がなくちゃならない。
もう今の人にはとてもじゃないけど、できないわね。」

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そして、その収穫した麻で織った袋を懐かしげに広げて見せてくれた。
「これはまだ一回も使わずに、たんすの中にしまってあったのよ。」とおばあちゃん。
花嫁の引き出物に、女性の手仕事がたくさん詰められる。
そのうちのひとつ。

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大きな麻袋は、穀物を入れるもの。
うすい赤色の縞模様が刻まれるが、この模様や色でどの家のものかを区別していたそうだ。
麻の手触りにも、年月が感じられるようだ。

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そして、ユリシュカおばあちゃんがふと思い出したように笑った。
「この人、この前なんて夜の10時に私を訪ねてきたんだから!」と語り始める。
「その日は、もう10時すぎたので眠ろうとしてベッドに横になっていたのよ。
そしたら門を開ける音がするものだから、びっくりして耳を澄ましたの・・・
今度はドアを叩く音!
私は夜は戸を開けないことにしているから、もちろん出なかったわ。
もうそのときにはイロンカおばあちゃんだと分かっていたけれど。
・・・それでも足りずに、次は窓を叩くのだから!」
どうやら、イロンカおばあちゃんは夕方早くに寝てしまい、
夜にはもう目が覚めてしまったようだ。
そして朝だと思って、イロンカおばあちゃんを訪ねに行った・・・

2人で大笑いするおばあちゃんたち。
とぼけた感じのイロンカおばあちゃんと、はきはきしたユリシュカおばあちゃん。
いいコンビだ。
ドボイで一人住まいをするおばあちゃんたち。
元気の良い笑い声が聞けてよかった。

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そろそろお暇を・・・とおばあちゃん宅を後にして、戻ってみる。
私たちの家も、もう一階部分はほぼ出来上がった。

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この家が完成した時には、
村の人たちを呼んでパーティをしよう。
完成が待ち遠しい。


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