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トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ザ・龍之介

7BookCoverChallenge  第7日目
ザ・龍之介 第三書館
芥川 龍之介 1892年〈明治25年〉- 1927年

いよいよ最終日、ふたつの本が候補にあって、どちらにしようか迷い続けていた。
趣味のための本を選ぶことができなかった私を変えてくれた本。
ハンガリーで留学時代に、たまたま日本の本と思って手に取り、
何気なく手に取り買ったのが、20世紀初めの古本。(この本が見つかりませんでした)
ハンガリー語のタイトルは「日本のデカメロン」。
名前はえっ?という感じだが、官能性を感じさせる珠玉の小説が集められている。
19世紀末のセセッション(アールヌーヴォー)に魅了され、研究テーマにも選んだ学生時代、
その薫り高い美意識が同時代の日本の文学界にも息づいているのを感じた。
日本の文学黄金期、明治末、大正時代の作家のスター作家の作品が並んでいたように記憶している。(谷崎潤一郎、樋口一葉、川端康成・・­)
そして、それぞれの作品の前に作者の紹介もしてあるところが丁寧だ。
ハンガリー語の訳も素晴らしく、のちに日本語で親しんだ内容とまったく違和感がなかった。
ハンガリー語で唯一完読した文学書が、日本文学だった。
中でも、芥川龍之介の袈裟(けっさ)と盛遠(もりとお)の独特の緊張感、
刃のような言葉の切れ味にぞくぞくとした。

日本に帰国して、BOOKOFFでわずか100円で買い求めたのが、この芥川集だ。
まるで蚤のように小さな文字で、安いわら半紙に印刷されているが、
全作品が収録されているという。
ページをペラペラとめくり、気になったところを拾い読みするという手法で、
芥川の作品に親しんだ。
短い文章の中でまるで写真のように、人生の断面を切り取る美しさ、その無駄ひとつない文章。
西洋文学と日本文学、漢文学という3つの要素を吸収した芥川は、
大正時代という文化的精神的にひとつの黄金期を迎えた時代に
生まれるべくして生まれた才能ではないだろうか。
芥川は、『今昔物語集』、『宇治拾遺物語』などの説話文学に着想を得た作品を数多く残していて、前回の小泉八雲の作品にも通じる、怪異的なモチーフを見事に作品の中に生かしている。
また、キリシタン文学を題材にしたものも多く、日本における異文化を存分に味わうことができる。
芥川の晩年は不幸にも神経を病んで、自死を選ぶことになるのだが、
遺稿のひとつ、「人と死と」という作品の中で、このような問答がある。

作者 あなたは、いつでも、獨りで、さみしくはありませんか。
月 ちつとも、さみしくはないよ。
作者 さうですか。私は、友だちが大ぜいゐてもさみしくつて、仕方がありません。
月 友だちが澤山ゐるから、さみしいんだよ。
・・・・・・・・・・・・・・
作者 あなたは、いつでも、空ばかり歩いてゐて、さみしくはありませんか。
月 ちつとも、さみしくはないよ。
作者 さうですか。私は、仕事が澤山あつてもさみしくつて、仕方がありません。
月 仕事が澤山あるから、さみしいんだよ。
・・・・・・・・・・・・・・・
作者 あなたはようござんすね。
月 何故だい。
作者 いつでもさうしてゐるでしせう。銀貨のやうに白くなつたり、縫針のやうに細くなつたりしてもやつぱり、ちやんとさうしてゐるでせう。所が人間はさうは行きませんよ。
・・・・・・・・・・・・・・・
作者 私は、又、死ぬ事を考へると、何時でもきつと、さみしくなつてしまひますよ。
月 さうかい、私は死ねない事を考へたら、急にさみしくなつてしまつたよ。

わずか36歳で人生を閉じた芥川が、3人の息子に「芸術家にはなるな」との遺言を残したらしい。
しかし、長男は俳優、次男は詩人、三男は作曲家(芥川 也寸志)という風に、
芸術家の遺伝子はしっかりと受け継がれていったようだ。
#7days #7bookcovers #7BookCoverChallenge

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中島敦

7BookCoverChallenge  第6日目
中島敦(なかじまあつし) 1909-1942 筑摩書房

漢学者の家系に生まれた中島は、豊かな教養と格調高い文章で知られる。
ここに収められている小作品の数々は、古代中国のみならず、
オリエント地方や彼が晩年に赴任した南方パラオ島に着想を得たものなど、幅広い。

古代アッシリアを舞台にした「文字禍」という作品がある。
古代社会で文字を知ることによって、生まれる弊害に翻弄される人々が
ユーモアを混ぜて書き綴られている短編である。

「文字の無かった昔、歓びも智慧もみんな直接に人間の中にはいって来た。
今は文字のヴェイルをかぶった歓びの影と智慧の影としか我々は知らない。」

私たち大人が文字の力に頼ることの多いことに気が付いたのは、長男が幼稚園生の時だった。
日本のわらべ歌を教えにいったのだが、
幼稚園の先生は文字に書かないと日本語の歌詞が覚えられないのに対して、
まだ文字を知らない子供たちはいともたやすく耳から入ってくる日本語をインプットしたのだった。
6歳の長女はまだ文字を多くは知らない。
絵でどんなことも記号化して、彼女なりの思考で記録している。

中島がパラオの見聞した、または実体験の出来事を題材にした南方ものの作品も興味深い。
「夫婦」という作品の中では、痴情にからむ女同士の喧嘩(ヘルリス)について言及している。
村人が監視する中で、戦いを繰り広げる。
それも衣服が裂けて、ついに立てなくなって勝敗が決する。
勝者は村人から祝福を受け、正しき者との判断も下されるというのだ。
この話の中では、腕っぷしが強く、浮気者、しかし焼きもち焼きというどうしようもない妻と、
気の弱い彼女の夫、その恋人となった美しく、若く、強い女性との三角関係が
ユーモアたっぷりに描かれている。

「マリアン」では、中島と友人の人類学者、土方久功(ひじかたひさかつ)、
そして日本語、英語に堪能なパラオ人のインテリ女性マリアンとの交流が語られる。
ミクロネシア系の特徴をもつマリアンの中に美を見つける筆者の感性も素敵であるし、
彼女を通じて当時のパラオの風土や習慣がよくわかる。

池澤夏樹氏の論評のところで、一般に作家は性格の悪い人が多く、
親しく付き合いたい人間は少ないが、中島となら一緒に南の島々を回ってみたかった、
というのが印象深かった。
「山月記」しか知らない方々には、この南方の作品群に著者の意外性を発見することだろう。
ちくま日本文学シリーズは選出も良好で、装丁も美しく文字も読みやすいのでお勧め。
#7days #7bookcovers #7BookCoverChallenge

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小泉八雲集

7BookCoverChallenge  第5日目
小泉八雲集

小泉八雲、またの名をラフカディオ・ハーンLafcadio Hearnという。
1850年 - 1904年(明治37年)

アイルランド人とギリシャ人の血を受け継ぐ彼が、
新聞記者として日本の地を踏んだのは1890年(明治時代)だった。
侍の娘セツと結婚し、95年に日本人に帰化、
1904年に逝去するまで数多くの著書で日本の文化を幅広く紹介した。
日本語の読み書きはできなかったようで、
すべて口承で怪奇なもの、霊的な話を採集、記録し、彼独自の文学作品へと昇華した。
この本には、「怪談(kwaidan)」に代表される小説だけでなく、
「知られぬ日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan)」のような文化的考察の論文や
エッセイに近いものまで収録されている。

彼の出会った日本は、モースなどの写真にも見られるような、
江戸時代までの古き良き日本の名残をとどめていた時代だったのだろう。
彼の外部からの、愛情深い眼によって、
西欧化近代化によって失われつつあった日本人の心情、
精神世界の美しさは丁寧に摘み取られ、花ひらく。
その愛情と敬愛のあまり、彼は日本人そのものに同化しようと試みる。
彼のような知識人を当時迎えた日本は幸運だったに違いない、
後に花ひらく日本の文学界にも多大な影響を与えたのは間違いない。

日本人の微笑(the japanese smile)という論文がある。
当時の西欧人に理解がしがたかった日本人のもつ微笑の意味を探りつつ、
日本独特の精神文化を論じている。
あるとき年老いた侍が主人の英国人の怒りに耐えた末に微笑を見せた。
その数日後に切腹をしたという話。
英国夫人の手伝いの女性が、亡くなった夫の骨壺を見せて笑ったという話。

この微笑は、日本人の誇り、奥ゆかしさ、他人に対する敬意様々なものを隠し持っているという。
作品はこう締めくくられている。

「現在、日本の若い世代の人たちがとかく軽蔑しがちな過去の日本を
・・・いつの日かかならず日本が振り返って見るときがあるだろう。
素朴な歓びを受け入れる能力の忘却を、純粋な生の悦びに対する感覚の喪失を、
はるか昔の自然との愛すべき聖なる親しみを、
また、それを映していた今はほろんだ驚きべき芸術を、懐かしむようになるだろう。
・・・おそらく、そのなかでもっとも驚嘆するものは、古い神々の温顔ではなかろうか。
その微笑こそが、かつての日本人の微笑にほかならないからである。」

私が彼の名を知ったのは、単身赴任で松江に一人暮らしをしていた父を訪ねた時だった。
旦那とまだ赤ん坊だった長男を連れて、ラフカディオの愛した松江の町を歩いた。
古風な町のあちこちに、かつて彼の見たであろう、
さまざまな霊や魂、神々の姿が今なお隠れ住んでいるような気がした。

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リンゴ畑のマーティン・ピピン

7BookCoverChallenge  第4日目
リンゴ畑のマーティン・ピピン エリナー ファージョン著 石井桃子訳

唯一の西洋文学は、イギリスの児童書として知られるこの本。
しかし実は、戦時中にとある兵士にささげられたれっきとした大人向けの恋の話なのだ。
ファージョンの豊かな想像力でこしらえられた極上の恋物語に、
イギリス南部サセックス州の美しい自然、草花の名前がいきいきと色彩を添えている。
リュート弾きの旅人マーティンピピンが、
6人の乙女たちに語る恋物語が彼女らの心をとかし、
秘密の鍵で捕らわれの身の領主の娘を助けるというもの。
歌うたいが語る今まで聞いたこともないような恋物語の数々が、
どれもが甲乙つけ難いほど逸品で、無垢な心を取り戻してくれる。
いつか子供たちに読んでほしい、こんな美しい恋をしてほしいと願ってやまない。

たとえば「夢」という言葉は一見ありきたりのようでいて、
ファージョンの文章の中で出合うと心が洗われるかのように鮮明に印象づけられる。
第三話目の「夢の水車場」という話がある。
17歳の心のまま大人になった37歳のヘレンは、水車場に閉じこもり、夢を糧に生きている。
二十年の間、ただ一人の少年のことを想い、彼女の想像は果てしなく世界をかけめぐる。
ヘレンの想像の中のピーターは彼女にこう語る。

「いったい、ことばっていうものがどのくらいのことを語れるね?
ことばは日向をぐるぐる飛んでまわる鳥のように、真(まこと)のまわりをまわるだけだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おれたちは、相手のことばに耳をすます。しかし、おれたちが見つめるのは、相手の目だ。」
この章を読み進んでいくと、ヘレンが、ファージョンその人のような気がしてならない。

物語の最後に、ファージョン自身が作曲した、
物語の中で出てくる子供たちのわらべ歌のようなものが楽譜つきで掲載されている。
長男に作曲プログラムに打ち込んでもらったら、
中世ヨーロッパを彷彿させる素晴らしいメロディーだった。
いつか生の演奏で聴いてみたいものだ。
#7days #7bookcovers #7BookCoverChallenge

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荘子―古代中国の実存主義

7BookCoverChallenge  第3日目
荘子―古代中国の実存主義  福永 光司 著

ここまでは文学書ばかりだったのに、ここでいきなり新書。
私の人生に大きな影響を与えた一冊といってもいい、一冊。
中国哲学の研究者、福永氏の筆は文学と歴史、哲学の間を揺れ動く。
人間とはもろく、弱いもの。
それを否定することなく、ありのままに見る。
荘子の生まれた厳しい現実の中で、いかにして自由を得るかを探ったものが、
荘子の哲学であるという。
この本が素晴らしいのは、福永氏ご自身もまた、若くして戦地へ赴き、
荘子の哲学に魂を救われた存在であるからである。
トランシルヴァニアで生活をはじめて4年目、
これまで追い求めていたものが無意味なものに思われてしまう
精神的危機に見舞われた。
時は、古きよき欧州の田舎であるトランシルヴァニアが西洋に侵されてきた時期だった。
西洋文明、その言葉でさえも、私の東洋の血が拒みはじめ、
いつしか私の興味は古代中国文明に傾斜していった、そんな時に出会った本。
その数か月後、私はこの本をもって中国大陸をひとり旅していた。
無用の用、胡蝶の夢、朝三暮四など、よく知られる言葉もここで見られる。
人生を生きることをもっと楽に、シンプルに、物の本質を見ることができるはず。

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#7days #7bookcovers #7BookCoverChallenge

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