トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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旅の終わりに

帰りのバスがないと聞いてから、あれこれ考えていたが、
結局は運命にゆだねることにした。
幸いにも、ちょうど信仰告白式の日なので
もしかしたら、帰りのお客がいるかもしれない。

6時過ぎ、大通りに向かって坂を上り、
エルジおばさんが見送りがてら、
車が通り過ぎるたびに手招きをするしぐさをした。
10分、20分が過ぎた。
そろそろ、立ちっぱなしのおばさんに申し訳なくなってきた。
「何を言っているの。私に時間がないと思うの。」
いつもの口癖で「怒るわよ。」とおばさんが言う。

車が何台も過ぎたが、一向に止まってくれる気配がない。
今の若い人たちは村の中を歩かないから、
誰が誰なのかわからない、とおばさんが言っていた。
服装だけでなく、その精神も同じように変わってしまったのだ。

最悪の場合は、おばさんの家でもう一泊させてもらおう。
諦めかけた頃、一台の車がスピードを緩めてきた。
「町へいくのよ。乗せてくれませんか?」とおばさん。
「どこの町へ?」と運転手が尋ねるので、
すかさず町の名前を言った。
「お乗りなさい。」とその声の持ち主が手を振った。

お世話になったエルジおばさんに、キスをして別れた。
そういう気持ちのゆとりがあったのも、
どうやら運転手は聖職者らしいことがわかったからだ。

娘とふたりで車に乗り込むと、
助手席と後ろにも同乗者がいた。
「どこまで行くんですか?」と薄茶色の長い衣装をまとった運転席の男性が聞いた。
年の頃は40~50くらいだろうか、半分くらい白髪に染まっている。
セーケイ地方の町の名前を言い、
そこで10年暮らしていること、
日本の大学でハンガリー語を学び、
トランシルヴァニアに導かれてきたことを話した。

すると、その人は声をひそめ、いたずらっぽい目を向けてこう言った。
「あなたは、奇跡の虫だ。」
聖職者という神秘のヴェールを纏った人かと思えば、
思いもよらない言葉に、吹き出してしまった。

どこかで見た姿だと思いながら、質問をした。
「あなたは、牧師さんですか?」
「いいや、クルージのフランシスコ会の修道僧だよ。ティビ・ブラザーだ。」
と手を差し伸べて握手をした。
そういえば3年ほど前に、フランシスコ会の教会へ行ったことがあった。
かつて日本語を教えていた生徒が宗教の道に進み、
夜通しの静かなコンサートをしていたのが、このフランシスコ会の教会だったことに気がついた。

「私はナジセントミクロ―シュの出身だ。
バルトークの生まれ故郷だよ。」
「最近に出会った、2人目の外国人だよ。
ひとりはブルガリア人で、南部のバナート地方に村があって、
ブルガリアから追われてきたカトリック教徒たちが暮らしている。
彼らは、金で縁取られた素晴らしい衣装を受け継いでいて、
家の中にはそれは美しい祭壇があって・・・。」
話すこと全てに興味ひかれ、
聞き逃さないように耳をそばだてていた。
むかし学生時代の頃に出会ったルーマニアの大学生のような、
知性と機知の混ざりあった、独特の口調だ。
「いつかクルージに寄った時は、私を訪ねなさい。」

手には娘の分と合わせた乗車賃を握りしめていた。
ルーマニアのヒッチハイクの原則で、運転手にお礼をすることになっている。
相手に失礼のないように、
「こういう時、どのようにすればいいのかわからないのですが・・。
どうか教会への寄付にしてください。」とお金を差し出したのだが、
「電車代に取っておきなさい。」と返ってきた。

礼を言って車を降りると、
娘とふたり、喜び勇んで線路にまたがる歩道橋を駆け上がっていった。
少し前までは、先行きのわからない不安でいっぱいだったのが、
今こうしてレールの上に敷かれた帰り道を辿っているのが奇跡のようだ。
旅とは未知の世界への扉を開くこと、
その醍醐味は未知の人々と出会うことにあるのだ。
旅はこれだから、止められない。
また娘と二人旅をする日がやってくるような気がしてならない。















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comments(2)|trackback(0)|その他|2018-06-08_14:28|page top

旅のはじめに

出発は、私の思い違いで一週間延びてしまった。
信仰告白式を写真に収めるのが、大きな目的だ。
その翌週は、すでにクルージに行くことが決まっているから、
週末の二日間だけを過ごすために7時間以上かけて夜行列車で旅することになる。
昨年の夏に、セークの結婚式に行けなかったこと、
カロタセグでカティおばあちゃんの最後の元気な姿を見られなかったことが
大きな後悔として残ってしまった。
時間は、もう巻き戻せない。

深夜12時半、娘とふたり列車に飛び乗った。
何かを感じたのか、次男は寝付かれず、
とうとう駅まで見送りに来ることになった。
長い夜行列車が大きく軋む音を立てながら止まり、
車両を探して右往左往していると、「こっち、こっち。」と車掌が叫ぶ。
座席を見つけると、ほっと胸をなでおろす。
二人席の小さな座席に横になり、いつしか眠りについていた。

車掌に起こされて、チケットを手渡すと、
「この車両はビストリツァ行きだから、あちらの車両に移るように。」
と言い残して、他の客のところへ行った。
朝5時、車窓の外はうっすらと暁色に染まっていた。
他の乗客とともに、大移動を開始する。
この列車は途中で切り離されて、
バイアマーレ、クルージ・ナポカ、ビストリツァと別方面に進むらしい。

朝7時、私たちはハンガリー語で「サモシュの新しい城」という呼び名の、
小さな町に降り立った。
中心の広間には、大きなカトリック教会がそびえている。

szekiutazas (2) 

ここは、アルメニア人が作った街で、
彼らはヨーロッパで最も早くにキリスト教を国教とした民族であるらしい。
巨大な石の建築は、見るからに古くてがっしりとして、
信仰深い民族の魂を映し出すかのようだ。


szekiutazas (3) 


トランシルヴァニアのアルメニア人は、ユダヤ人のように商業に携わっていて、
その多くは都市部に住んでいたという。
他にも、ジェルジョーセントミクローシュも同様にアルメニア人の作った町だ。
やがてハンガリー人に同化し、その苗字だけが異国の名残を残している。
旦那の祖母の家系も、アルメニア人を祖先とするらしい。
町の至るところに、古い彫刻が見られる。


szekiutazas (1) 

人が柱を支えて、アーチになっている。


szekiutazas.jpg 


ここは学生時代に、今の旦那と一緒にヒッチハイクで訪れた
懐かしい思い出がある。
今は娘とふたりでここにいるのが、不思議な感覚だ。

バスターミナルから、10時のバスでセークに向かった。
昔は、民俗衣装を着るおばあさんが多いことで有名だったのだが、
不思議と町でもバスの中でも見かけることがなかった。
時代は確実に流れているのだ。
バスに揺られて、ぽっこりと突き出す丘の合間を進んで行くと、
この辺りはルーマニア人の村ばかり。
セークだけがハンガリー人の村として残り、
昔は村以外の人と結婚することはなかったという。
村の入口には、大きな黒塗りの門が立ち、
赤いチューリップの模様が施されている。

その時、運転手が言った。
「明日はバスは運休だよ。」
村人たちも驚いて、口々に困ったなどと言っていたのだが、
私も不意をつかれてしまった。
こうして、セークでの週末がはじまった。



comments(0)|trackback(0)|その他|2018-05-29_12:44|page top

グリーンのケープコート

ウール素材の鮮やかなグリーンのケープコート。

裏がめくれると、青いウールが見えるフードつき。

胸には赤い合皮の花の飾りが愛らしい。

娘が生まれるずっと前から、買っておいたものだった。

だんだんと肌寒くなってきた9月の朝、娘にかけてやった。

「こんなコート、子供の時に着たかったなあ。」

何気なくそう言うと、娘はしっかりと目を見据えてこういった。

「ママがいつか死んで、赤ちゃんになって生まれてきて、

子供になったら、着させてあげるからね。」

その思いがけない言葉に、目を丸くさせた。


大人にとっても、理解の外にある死の世界。

それは、いつしか娘の頭の中で輪廻転生、

それも私が娘の子どもになって生まれてくるという、

身内の強い縁によって結ばれる世界が出来上がっているのだ。

 

4歳になった夏、

娘はしきりに死のことを意識するようになった。

その不安は、夜眠る前にやってきたらしい。

「おばあちゃんはかわいそう。

年寄りだから、もうすぐ死んじゃう。」

「大人になりたくない。ずっと、子供でいたい。

だって、すぐに年をとって死んじゃうから。」

 

そんなとき、悩みながらもこう説明した。

大切な人が死んでしまうのは確かに悲しいことだけれど、

もし人が死ななかったら、新たに赤ちゃんが生まれてこなくなってしまう。

私たちが生命のバトンを渡すという意味は、自ら子どもを生むことだけではなく、

自分の場を他者に譲ることにもあるのかもしれない。

 

蚤の市で買った、白いウールに黒い組紐模様とアップリケのほどこされたジャケット。

民俗衣装はふつう着ないで、ひたすらコレクションのためだけにタンスにしまっているのだが、

薄汚れたこのジャケットは、どこか舞台衣装のようで抵抗なく着られる。

ある日、椅子の背にかけてあるこのジャケットを見て旦那に言った。

「このお洋服、素敵。

ママが死んだら、私のものになるの。」

いかにも、ちゃっかりとした娘らしい言葉に、微笑まずにいられなかった。

 


asaa.jpg 

comments(2)|trackback(0)|その他|2017-10-24_00:00|page top

イースターのカロタセグ、手芸の旅ツアー

4月のトランシルヴァニア。
冷たい大地がやわらかな若草色に染まると、
人々は新たな季節を迎えるために身支度をはじめる。
色とりどりの衣装に身をつつんで、
厳かな足取りで教会へと向かう。
イースターの日曜日。

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カロタセグ地方に残る、清潔の部屋。
村人たちは、先祖から受け継いだ
極上の手仕事を大切に守りながら、
聖なる空間を生み出しています。

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おばあさんたちが紡ぐ伝統刺繍。
いくつかの村には未だに昔ながらのやり方で、
美しい手仕事を生み出す黄金の手があります。

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イースターのカロタセグを訪ねる旅。
異国の地で、春を迎える祭典に参加しませんか?
ご希望の方はこちらまでご連絡ください。
(8名様の定員に達した時に、募集を終了させていただきます。)

*たくさんのお問い合わせ、ならびにお申し込みをありがとうございました!
おかげさまで定員に達しましたので、次回の企画を楽しみにお待ちくださいませ。

comments(6)|trackback(0)|その他|2017-01-15_06:24|page top

雪の降る町から 新年のご挨拶

2017年明けまして、おめでとうございます。

ここトランシルヴァニアは、
12月からずっと雪景色がつづいています。
粉砂糖をふりかけたような樹氷の見られたクリスマス、
クリームのような雪がたっぷりと降った大みそか。
そして、静かに家族で迎えたお正月。

この一年はどのような出会いが待っているか、
まっさらなノートの1ページを開きながら、
想いを巡らせています。

普段はなかなか会えない人へ、
長いことご無沙汰している人へ、
いつもお世話になっている人へ、
謹んで新年のご挨拶をお届けします。

新たな一歩を踏み出してゆきたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

  ujev_2017010903013402d.jpg 
comments(3)|trackback(0)|その他|2017-01-09_03:10|page top