トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

ジプシー宮殿の出来事

ルーマニアにはジプシー宮殿と呼ばれる、
不思議な建物が存在する。
とてつもなく巨大で、
屋根にゴテゴテとしたアルミの飾りがついているのが特徴で、
そのほとんどが未完成のままである。
ガーボルジプシーという商人ジプシーの富を表すためとしか、
用途がまるで分からない不可思議な存在。
特に、フエディンの町はずれに連立する風景は圧巻である。

3年ほどまでに、このジプシー宮殿を取材しようと
町を歩き回り、幸運にも一軒の家に入ることもできた。
今回もお客を連れてきたのはいいが・・。

町のまだ中心部にいるときのこと。
一軒目のジプシー宮殿に遭遇して、
隣で写真を撮るのを見ていたら、
遠くからおばさんがなにやらすごい権幕で怒鳴り散らした。
自分たちのこととは露ほども思わず、
ぼんやりしていたら、さらに奥から恰幅のいいおじさんが出てきて、
頭から湯気が出そうになるほどに怒り狂っていた。

こうなったら、走って逃げるより他はなかった。
町外れの砂利道をひたすらに走って逃げる。
悪いことをしたという感覚がないから、
実感が半分沸かないまま、ただ走った。

それにしても、写真だけでどうしてあれほどにまで怒られる必要があるのだろう。
きっと、何か違法の建設か何かしていて、
警察に見られてまずいことでもあるのだろうか。
彼らジプシー男性が連れ立っているところは、
黒づくめの成金ファッションでいかにもマフィアらしい。
そう合点して、警察に連行されても
彼らの肩をもつことはないし、大丈夫だろうと思った。

背中ではノートパソコンを入れたリュックが肩に食い込みそうだ。
息を切らして、走っては歩きしながら、
ようやく追っ手が来ないことで心からほっとした。
訳も分からず走って逃げることになった同行者に
とりあえず自分の予想をしたことを説明して、
他のジプシー宮殿の並ぶ通りへ向かった。
もちろん、カメラはしまってもらうことにした。

他の家も相変わらず建設中のままだ。
人のいる気配がまったくない。
通りを曲がるところで、見知った顔のおじさんにばったり遭遇した。
それこそ、二年前に息子の家に入れてくれた人だった。
家を見させてほしいというと、
「ああ、家内がいるから行きなさい。」とそれきり行ってしまった。

不思議な建物の装飾などを笑う気持ちももう起こらなかった。
こっそりと観察しながら、目指す家へ向かった。
おととしの洪水で町は大きな被害を受け、
そのおじさんのボロ家も水につかってしまったらしい。
息子夫婦はとなりに真新しい宮殿を建てているのに、
おじさんの家の貧しい様子が不思議な対照をなしていた。

大きな鉄格子の門を開けて中に入る。
呼び鈴を押して、しばらくすると子どもたちがドアを開ける。
「おばあさんは・・。」と聞くと、
奥から花柄のファッションに身を包んだ、太ったおばさんが出てきた。
家の中を見せてほしいと告げ、プレゼントをちらつかせると、
「さあ。」と中へ案内された。

一室に、おばさんと子どもたちが身を寄せるようにして座っていた。
おばさんはインスリンを打っているところで、
室内もお世辞にも裕福そうとはいえない雰囲気だ。
子どもたちはどうして学校に行かないのだろう。
家の外観とはまったく正反対の家族の様子に、
虚しささえ感じられる。
写真撮影にも応じてくれなかったので、
どこか未消化のままその宅を出た。

帰り道。
脇の豪華な建物を見ながら、
これを作る人の努力は果たして報われるのだろうかと考えていた。
結局、どんな家に住んでも、
住む人の暮らしようではどこも同じのような気がする。
私たちは、おとぎ話に耳を傾けながら
豪華なお城の住人になることにいつから憧れ、
それを実現させようとひたすらに働きつづける。

とある建設中の家に車が入るのを見た。
思い切って、誰かと交渉して見ることにした。
車から出てきた、いかついジプシーの男たちの中からひとり、
存在感のある者が、英語でこういった。
「ここの持ち主はいない。
私たちは労働者だが、ここで写真を撮ってはいけない。
問題が起こるぞ。」と激しい口調だった。

すごすごと引き帰すしかなかった。
この不思議な建設中の建物の周りにある、
ピリピリとした空気の原因はいったい何なのだろう。
3年前に一人で写真を撮りながら、歩いていたときのことが思い出されて、
なお納得がいかない。
こうして、ジプシー宮殿を後にした。

後日、ダンナにこの出来事を話すと、
おそらく、ジプシー宮殿がどこかのメディアで
面白可笑しく取り上げられ、それに傷ついているのかもしれないと言った。
確かに面白可笑しい建物だか、それを分かっていて設計したのではないのだ。
ジプシーの不思議な誇りを感じながら、
周りの目を気にせずにいられない意外な一面を見るような思いだった。


*3年前のジプシー宮殿の様子はこちら。
トランシルヴァニアのジプシー宮殿











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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|ジプシー文化|2012-11-10_17:06|page top

ウルクーのダンスパーティ

フォトグラファー堀内僚太郎氏と出会ったのは、昨年夏の展示会のことだった。
手芸専門書店で開かれたこともあって、
男性一人の見物客は珍しく、すこし存在が浮いていた。
ジプシーについて何か質問をされて、お話をしたことを覚えている。
「ブログで見たような、トランシルヴァニアの市井の人々を
ぜひ撮影したいと思っている。」

むかし、ドイツでキャンピングカーで生活している人々を追い、
そのアウトロー的な自由な生活にジプシーを感じたとおっしゃった。
少数民族として生きる人々をテーマに作品を作るという意気込みに耳を傾け、
やがて1年間をへて、堀内氏と二人の友人が私の住む町に降り立った。

まず私の住む地方にあるいくつかのジプシー地区や村を巡り、
エルドゥーヴィデーク(森の地方)のセーケイの村を見てまわり、
それからカロタセグ地方のハンガリー人村に手芸を訪ねに行く。
おおよその旅のプランができた。

herman.jpg

基本的には私の知人を訪ねて周ることだったが、
会いたかった人が不在のこともあれば、新しい出会いもあった。
ジプシーの子どもたちの大歓迎をうけて、
一大撮影会になったこともあった。

herman1.jpg

忘れられないのは、初日にウルクーを訪ねたときのことである。
音楽家フェリの弟と偶然に出会い、
ウルクーの民俗音楽を演奏をしてもらうことになり、
やがてダンサーたちとも話がついて、
ちいさなダンスパーティが催されることになった。

夕方5時に待ち合わせをすると、
珍しく彼らが先に着て待ち構えていた。
「酒を持ってきたか?」
私たちが抱えてきたビールを見せると、
「ウォッカがいるといっただろう。
それなしに音楽は盛り上がらないんだ。」
と結局、弟にお金を渡して、買出しに入ってもらうこととなった。

一方わたしたちは、フェリたち音楽家の跡について、
ウルクーの下地区へと足を踏み入れる。
道のない道が家の間をうねりつづいている、
ウルクー独特の様相が目の前にひらけた。
坂道を馬車が駆けあがり、
子どもたちは私たちの姿を見ると一斉に掻き集まってくる。

orko1.jpg

ウルクーのダンサー一家は、
ゲリおじさんを中心にしてできている。
今夜のパーティの会場は、彼の自宅である。
すでに親戚一同にご近所さんも集まって、
今か今かと始まるのを待っている様子だ。
フェリのアコーディオンと音楽家のヴァイオリンが、
演奏をはじめると、薄暗い部屋の中に灯りが点ったかのように
色彩が豊かになる。

orokoizeneszek.jpg

一曲、二曲と音楽がつづいても、
一向に踊る様子が見られない。
ビールやウォッカが人々の間に勧められ、
しばらくすると私の名が呼ばれ、カーテンの奥へと通された。
「お金のことで話したいことがある。」
嫌な予感は当たったが、
いつもこういう役を買ってでるジュリとの交渉がはじまった。
彼らにとってみれば、せっかくの一仕事。
できるだけ長く大勢でやって、
たくさんの報酬がほしいところだ。
いくつかの妥協やいろいろな協議のあと、
人数を少なく、短くてもいいということになった。

IMG_7193.jpg

盛り上がりを見せる演奏が部屋に満ちていく中、
やっと若いダンサーが入場してきた。
先ほどまでは金髪の赤ちゃんを胸に抱いて
乳をやっていたモニカがいつの間にか着替えて踊っていた。

IMG_7241.jpg

踊りにはほとんど参加しなかったゲリおじさんが、
牛乳入れのアルミの瓶を手で叩いて、拍子をとる。
高価な道具を使わずとも、
生活用品を気軽に応用してしまうジプシーらしい楽器である。

IMG_7243.jpg

ひらめくスカートに息もつかせぬ激しいダンス。
哀愁漂うヴァイオリンの旋律が重なって、
生というものの激しさ、強さが
この瞬時の動きのなかに凝縮される。
外部の私たちも、身内の彼らも息をひそめてその踊りを見守る。

IMG_7286.jpg

子どもたちは、小さい頃からこうしてジプシーの色や音色に染められ、
ウルクー独特の文化の中で生まれ育っていく。
目にもとまらぬステップや手拍子でリズムを刻むこと自然と覚え、
両親や親戚の固い結束の中で彼ら独特の価値観を築いていく。
肌の色が浅黒かろうと白かろうと、
髪の色が黒かろうと金髪だろうと、
瞳の色が漆黒だろうと青だろうと。
外見的な特色とは違う、ジプシー性というものが現れてくる。

orkoilany.jpg

やがて宴も最高潮に達すると、
ちいさな部屋に集まったたくさんの人びとが大合唱をはじめた。
いつしか彼らも私たちのために踊り歌うことを忘れ、
自分たちの楽しみのために歌と音楽の中に埋没しているようだった。

「なあ、お前も踊ってみなよ。」
気がつくと堀内氏に向けて、踊りを仕掛けてくる。
必死で断る氏をよそに、
マヤコさんがジプシーの踊りを模倣してステップを踏むと、
拍手喝さいが部屋に満ちた。
そのあと、チロさんが憑依的なダンスを披露すると、
ジプシー男性が大いに盛り上がり、
部屋の空気は最骨頂の活気で満ちた。

IMG_7434.jpg

こうしてこれ以上はないまでのジプシーの洗礼を受けて、
彼らの旅ははじまった。


ハンガリーのロマ民族歌

「 緑の森に、緑の山
 幸運がやってこようと去っていこうと、
 悩みの刃が私たちを切り裂く、
 この世なんてただ見せかけだけのものになった。

 世界はみな敵ばかり、
 私たちはただ祀りあげられた盗人として生きるだけ。
 たった一つのものを盗んだだけなのに。
 イエスの血にまみれた手の平から、
 たったひとつの釘をとっただけ。

 神よ、私たちを許しておくれ。
 ロマ民族がこれ以上苦しみを受けないように。
 私たちを呪い、叩いて、
 永遠の流浪の民としてしまった。

 神よ、私たちを許しておくれ。
 ロマ民族がこれ以上苦しみを受けないように。
 私たちを呪い、叩いて、
 永遠の流浪の民としてしまった。」

Zöld az erdő, zöld a hegy is
A szerencse jön is, megy is
Gondok kése húsunkba vág
Képmutató lett a világ

Egész világ ellenségünk
Űzött tolvajokként élünk
Nem loptunk mi csak egy szöget
Jézus vérző tenyeréből

Isten, könyörülj meg nékünk
Ne szenvedjen tovább népünk
Megátkoztál, meg is vertél
Örök csavargóvá tettél

Isten, könyörülj meg nékünk
Ne szenvedjen tovább népünk
Megátkoztál, meg is vertél
Örök csavargóvá tettél

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|ジプシー文化|2012-10-23_05:01|page top

コロンドの夜

太陽は西に傾きはじめている。
村のバス停へ歩いていくと、
帽子をかぶったおじいさんがひとり腰掛けていた。
「次のバスはいつ来ますか?」と尋ねると、
「ああ、次は5時過ぎだって誰かが言ったよ。」
セーケイ人らしくひねりの利いたアクセントが耳を打つ。

背筋をしっかり伸ばし、ステッキを片手にしたおじいさんは、
同じコロンドで降りて、そこからさらに7キロ先の隣村へ帰るところだという。
「歩いては行かないよ。
村は山のてっぺんにあるのだから、ヒッチハイクをしてみるつもりさ。
他はなんてことないけれど、ひざにもうガタがきているからね。」
おじいさんの年齢を聞くと、83歳だという。
とてもそうは見えないと思った通りのことを述べると、
青い瞳がしずかに微笑んだ。

マイクロバスは、私たち3人と、
ほうき作りのジプシーの男を乗せて出発した。
しばらく行って、大通り沿いに
果てしない店の列が並ぶようになると、そこはもうコロンドの中心である。
バスを降りると、右も左も同じような店ばかり並ぶ真っ只中にいた。

「どこに行ったらいいか、分かるのかい?」おじいさんは心配そうに聞く。
「ええ、迎えにきてくれることになっているんです。」
お別れをしたあと、
おじいさんがゆっくりとした足取りで車道を渡っていくのを見守っていた。

村なら通りの名前さえ聞けば、探し当てられる自信はあった。
電話をかけてみると、
「もうすぐ、黒い車が着くので待っていてください。」
車で行かなければならないほど遠くだったのかと、申し訳ない気持ちになる。
すぐに、ピカピカの高級車が私たちの真横に止まった。

車に乗り込んで、運転席の男の手に挨拶をする。
「私が、ガーボル・ガーボルだよ。」
黒い車に、つばの広い黒い帽子、
洋服も全身が黒ずくめ。
電話で話していた印象どおり好感のもてる人であるのを見て、
ほっと安心した。

車は5分ほどで、砂利道の通りに入って
ある家の前で止まった。
「ここが、私の家ですよ。」
コンクリートそのままのまだ新築の家だった。
階段の途中に、背の高いふたりの青年が立っていた。
「私の息子たちです。」

家のソファーには、花柄のスカートに身を包んだ女性が座っていた。
「私の妻、ジュジャです。」
こうしてガーボル一家の居間のソファーに腰を下ろし、
日本の土産物を渡してから、くつろがせてもらった。

主人ガーボルは、これまで会ったジプシーの中でも
一番頭が切れそうな印象を受けた。
「日本では、我々ジプシーのことをなんと呼んでいるのかね?」
日本では英語のエジプシャンを語源とするジプシーという言葉が使われ、
それに最近ロマという呼び名が公式の言葉として入ってきたという事情を話した。

「これまでガーボル・ジプシーと会ったことはありますか?」
姓はみなガーボル。
つばの大きい帽子をかぶり、ロマ語をあやつり、
商人や板金職人として働くお金持ちのジプシー。
内輪意識が強く、決してよそ者と交わらない。

私の知っているものに、ウルクーのジプシーと結婚しているものがいることを話すと、
「そいつはもうガーボルではないね。
そうなったらもう勘当され、親戚一同からも縁を切られるに違いない。」
ガーボルであることは、血を濃く保つことをも意味するようだ。
彼らは、あらゆるジプシーの中でも最上の階級意識を持っている。

私の知っているガーボル・ジプシーと同様に、
彼もまた敬虔なアドベント派のキリスト教徒である。
ロマ語で聖書は読めず、お説教もハンガリー語のため
ハンガリー語を解するのも完璧に近い。

「私たちは、板金職人だよ。
そして時には、ああいうお鍋などを売ったりもする。」
指差すほうを見ると、
棚の上にぴかぴかに光る赤いお鍋がきれいに積み重なれて並んでいた。
「ここルーマニア国内だけじゃなく、
ドイツやオーストリア、ユーゴスラビアなどにも行商に行くんだよ。
その土地土地の言葉も少しはできる。」

商売に関しての彼らの嗅覚は、確かなものらしい。
話題が日本に移ったあとも、
「日本では金はいくらか?」
「銀のアクセサリーを売っている市はあるか?」
などと息子たちが興味津々で聞いてくる。
血縁関係が強く、商売上手で保守的、宗教に敬虔な彼らは、
私の中でユダヤ人のイメージと結びつく。

コロンドは陶芸の村として有名なところ。
いつからここにジプシーたちが住むようになったのだろう。
たくさんのコロンド名産の焼き物を袋に入れて、
ガーボルは暗くならないうちにと、
近所の窯へと私たちを連れて行ってくれた。

暗い夜道で、ロマ語の会話をするものがガーボル・ジプシーで、
ハンガリー語で話すのが定住ジプシー、
つまり一般的なジプシーであることが分かった。
「彼らは、しつけがなっていない。
まったく我々とは違うんだよ。」

Kolond 025

若いお嫁さんは無言で、
食事の支度をしたりベッドの用意で忙しい。
ガーボルに限らず、ジプシーの家では
家の仕事はあくまで女性任せなのが一般的のようだ。
グレープフルーツの輪切りやら鶏肉の胸肉を焼いたものやら
ドンと激しく音をたててテーブルに並べられる。
あくまで無愛想だ。

たかのてるこさんの旅番組「ジプシーへようこそ」の上演会がはじまり、
いろいろな解説を含めて見ているうちに夜が更けてきた。
私たちは普段は若夫婦が寝室としている部屋に通され、
そこで眠りについた。
赤々と燃えていた暖炉の火もいつしか消えて、
朝の空気の冷たさが眼をさます。

ガーボルたちは深夜に遠出のために家を出たので、
家は息子と母親のふたりきり。
礼をのべて家を出た。

青い空に朝日が高くのぼってゆく。
空気が凍るような冷たさの中、
昔ながらの古い民家の前にジプシーの女性と子どもたちが
きれいに並んでこちらをにこやかに眺めていた。
「どこへいくの?」
「どこか窯を見にいきたいんだけど。」というと、
子どもたちは我先にと道案内をはじめる。

Kolond 191

「きのう、ガーボルさんところに泊まったんでしょ。
あそこはうちの親戚だよ。
お金がこんなにあるんだよ。」と無邪気な少年は大人びたように
手を高く上げてみせる。

「あなたたちもガーボルなの?」と尋ねると、
「そうだよ。」と胸をそらして答える。
「まだ帽子はないけれど、12歳になったらもらえるんだ。
どこか外国から持ってきて、一個100ユーロもするんだよ。」
少年は快活そうな黒い瞳をくるくるさせて答える。

ちいさなガーボル・ジプシーの雛たちは、
途中まで私たちを見送ったあと、
おしゃべりをしながら道を引き返していった。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|ジプシー文化|2011-11-03_18:20|page top

旅のはじまりはジプシーパーティ

数日間の旅にそなえて荷造りをしていたとき、
携帯電話が鳴った。

「私よ、ユディット。
今夜、博物館でジプシーの写真展のオープニングがあって、
学校の子どもたちが出るのだけれど、よかったら見に来ない?」
彼女は町のジプシー居住区、
ウルクーでハンガリー語教師をしている。

私たちは旅のしたくもそのままに、
6時すぎに家を出た。
会場は、去年私たちが主催したアーラパタクの刺しゅう展示会を開いたところ。
セーケイ博物館の寛容の間。

会場にはあふれんばかりの人々。
写真を見て周ることもできないくらいだった。
見慣れぬ顔ぶれが多いのは、ほとんどが外国人のようだ。
その写真展はオーストリアのカリタス、
キリスト教の福祉団体が主催するものだったから頷ける。
中には、地元の新聞社の記者たち、
それにウルクーのジプシーの人たちの姿も見られる。

やがて厳かにオープニングがはじまった。
長い間、カリタス関係者によるドイツ語や英語が飛び交ったため、
退屈したジプシーの代表者が挨拶に現れないハプニングもあった。

その窮屈な空気をかち割るかのように、
子どもたちの歌声が響いた。
くるくるダンスをしながら、会場に入るジプシーの子どもたち。
少年たちは黒いベストにズボン、腰にスカーフを巻いている。
少女たちは色鮮やかなプリーツスカートをひらめかせて。
彼らのダンスショウが華々しくはじまった。

kalotaszeg201110 011

目にもとまらぬ軽快なステップを踏み、
指からは音がはじける。
小さな体からほどばしる情熱的な動作に
私たちの目はしばし釘付けになり、
体が思わず動き出すような愉快な心地でいっぱいになる。

やがて音楽と動きが止まると、
会場には割れんばかりの拍手と喝采がひびきわたった。
先ほどの堅苦しさは吹っ飛び、
いつしか彼らのダンスパーティに誘われた人と化していた。

オープニングが終わると、
隣の部屋ではテーブルいっぱいにご馳走が並び、
目を見張るようなパーティ会場となっていた。
町のハンガリー人の音楽家たちが民謡を奏でている。
あたかも魔法使いが棒をふって、目の前に広げたようだった。

紙のお皿を手にしているのは、知り合いのエンマおばさん。
「ねえ、私踊りたくて仕方ないんだけど、
踊っても大丈夫かしら?お願いだから、誰かに聞いてきてくれない?」
ダンナが博物館の知り合いに話をしに行っている間には、
もう食べ物飲み物で興が高まったのか、
楽団の前で踊りがはじまっていた。

エンマおばさんも負けじと、ショルダーバッグを私の肩にかけ、
黄色いスカーフをおろして、「行ってくるわ。」と踊りの仲間入りをする。
美味しい食べ物を食べ、美しい音楽を聴いて、
じっとしてはいられないというように。
オーストリア人も何人かが長い手足を振り回して踊るものの、
やはり伝統の土地で培われたジプシーのダンスの美しさには敵わない。

こうして何曲もの歌や踊りが入れ替わったあと、
体格のがっしりしたジプシーの男が、
ヴァイオリン弾きに語りかけるように歌をうたいはじめた。
よく通る美しい声を伴奏に、
今度はウルクーでも名だたる踊り手が体を揺らしはじめた。
チャパーシュといわれる手で叩くリズムが、
音楽となって一体化していく。

セーケイ訛りのハンガリー語を母語とし、
セーケイの歌や踊りの文化を受け継ぐ彼らは、
セーケイの魂をもつジプシーなのではないだろうか。
いつまでも鳴り止まぬヴァイオリンの音色とジプシーの歌声、
そしてダンスのリズムがいつまでも瞼にこびりついたまま、
私たちは夜の町を歩いていった。

その日の夜行列車に乗って、
今度はトランシルヴァニアの西へと旅立った。



ウルクーのジプシーの小学生たちによる歌とダンスのコレオグラフィー


ウルクーの音楽家フェリによるセーケイの民謡とダンス

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|ジプシー文化|2011-10-10_17:10|page top

ジプシーを巡る旅

トランシルヴァニアへジプシーを求めて旅をする。
これまでも、何人ともなくそういう人たちと出会った。
ブログを通じてお知り合いになったその方たちは、
仕事の休暇を使ってブカレスト空港に降り立った。

ブラショフから、私の住む町スフゥントゥ・ゲオルゲまでバスで向かうことになっていた。
約束の時間を過ぎて、
バスが1台2台と到着してもなかなか姿が見えない。
ようやく一時間がもうすぐというところで、タクシーが一台近づいてきた。

一度東京でお会いした人が乗っていた。
「途中で大勢の人がバスを降りてしまったので、
駅の方へ行ってしまったんです。」
ともあれ、無事に出会えて安心した。

さっそく町外れのジプシー居住区へ。
町の中心から閑静な住宅街をすぎると、不意にその境界が現れる。
4階建てのアパートと、見るからに貧しそうな民家。
その小さな通りの真ん中に、コンクリートの塀が立っている。
これが、ジプシー居住区を示す象徴的なもの。

そこから先は、まさに別世界。
舗装されていない土の道がつづき、
通りは迷路のように入り組み、その間に粗末な木の塀、そして家が立ち並んでいる。
野良犬どころか、豚の親子だって散歩する。

「おい、どこに行くんだい?」
「この間の写真は持ってきた?」
好奇心に満ちた人々と言葉を交わしながら、
知り合いの家を目指す。

エンマおばさんとは、すこし前に近所の診療所の前でばったり出くわした。
踊りを踊ってもらう約束をし、
ウルクーの民俗音楽のテープを探すよう話をつけておいた。
そうして訪ねてみると、彼らの小さな応接間に通されて、
「ちょっと待っててくれ」とおじさん。

テレビやプレーヤーの準備をいじる人、
子どもたちは興味津々といった風でドアの入り口に立っている。
おじさんは今、刈ってきた草を納屋に入れる仕事を急いでいる。

やがて空賑やかな音楽が鳴り響くと、
女の子たちが恥ずかしそうに体を揺らしはじめた。
あれほど、マネレはやめてくれと言っておいたのに・・。
マネレは、ルーマニアのジプシーが好む音楽。
中東系の匂いのする演歌風ダンスミュージックといえばいいだろうか。

女の子たちが一生懸命に場を取り繕うも、なかなか続かない。
おじさんも少しずついらいらしはじめる。
そうしている内に、踊り子のおばさんが登場した。

エンマおばさんは控えめに、
指を鳴らしては体を揺らし、時にくるりと回る。
その踊りは派手さはないものの、熟年の落ち着きを感じさせる。
今度はおじさんとペアで息の合った踊りを見せてくれる。
何曲か踊ると、やがて肩で息をついていすに沈んでしまった。

おじさんは部屋を見回したが、
あいにく妊婦の娘しか見当たらず、仕方なく私に矛先が向かった。
何度か辞退したが、その場を取り持つためおじさんの手を取った。

踊りはほとんどの場合、男性がリードするものであるから、
その上手な踊り手のおじさんの力によって私は右へ左へと動き、
時にくるりと回った。

その後、思っても見ないことが起こった。
ジプシーを見たいと話していたKさんが、私に続いて踊りだしたのだ。
もちろんジプシーの踊りは初めて見るし、
日本でも踊り慣れている訳でないことは見てすぐにとれた。
妊婦の娘からは笑いが漏れる。

ICIRIPICIRI70 150

夏の名残をとどめる太陽の光を拒絶して、
裸電球の光のもと、小さな部屋がダンスホールに変わった。

ICIRIPICIRI70 223

今度は、Kさんに連れられるがままに来たというYさんが、
つられるようにして踊りはじめた。
おじさんを真似して、もの凄い勢いで指をパチパチさせるのに皆が大爆笑。

はじめは義務として踊っていたように見られたおばさんの顔に、
やさしい笑顔がこぼれた。
日本の若者たちの手をひいて、一緒に踊るようにけしかける。
小さな部屋の中でともに踊り、笑うとき、
相手が誰であるのかも忘れてしまう。

ICIRIPICIRI70 194

そうして踊りが終わると、彼らはやはりジプシーとして
自分たちの境遇を話し同情をひこうとする。
日本人のお客たちは十分な報酬を手渡して、その家を去った。



私たちは車を走らせ、小さな村に来ていた。
もともとハンガリー人、ルーマニア人の住んでいた集落が、
ここ2,30年ほどの間にジプシーの人たちに占領されてしまった。
丘の上には、ジプシーたちだけの集落があった。
「この先に行っても大丈夫?」
ジプシーの女性の後について、その小さな村に入る。

ICIRIPICIRI70 243

まだ建てかけの家といった風の、木造の家が立ち並ぶ。
何もない原っぱに、この住民たちは土地を買い求めることもなく、
こうして家を建てて暮らしている。

ICIRIPICIRI70 245

すべて材料は、どこからか見つけてきた。
丸太を組み、泥を塗り固め、布を当てて屋根にしたという家。
冬は-30度を下回ることもある、この地方。
その暮らしは想像を絶するものがある。

ICIRIPICIRI70 257

それでも子どもたちは、
世界中どこの子どもとも何一つ変わりなく笑顔を絶やさない。

ICIRIPICIRI70 247

ルーマニアのほかの民族は人口が減っているのに対し、
ジプシーだけが急激に増加している。
過疎化した村にジプシーが移り住み、
村の風景がどんどん変わっていく。
彼らとの対話が、この国の行く末を決めるのではないだろうか。
そんな気がしてならない。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

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