トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

5月のカロタセグ地方へ

秋が過ぎ、長い長い冬を越えて、
再び美しい春が訪れたころ、カロタセグ行きを決めた。
ひとつは、去年の冬から依頼していた手仕事が完成したとの報告があったから。
もうひとつは、私の教え子から神学校のゼミに客として参加してほしいとの誘いがあったためだった。
まだ日本からの長い旅を経て、ゆっくりと休む暇もないままに、
ついにその日はやってきた。

気がかりだったのは、まだ2歳にならない娘のこと。
長い旅路を思い、やはり息子とともに留守番させることにした。
大きなリュックを背負い、真夜中の駅へ向かう。
春と冬との間を行ったりきたりするような
頼りなげな天気が続くため、夜はめっきり冷え込む。

どの車両がどこに止まるかは、列車が来て見ないと分からない。
おまけに、停車時間は短い。
長い列車を追いかけるようにして乗り込み、
やっとのことでチケットに書かれた席を見つけ出した。
私たちにあてがわれたのは、
蛍光灯が赤々と照らす部屋で、3人の大人がやっと座れるようなベンチ。
体を縮こめるようにして、やっと横になれるような狭さだ。
母の手刺繍の入ったストールを顔に覆うようにして、
少しでも長く睡眠を取ろうと試みるが、
何処かから隙間風が入ってくるのか体が冷えて眠れない。

旦那に他を探してもらうように頼むと、
少し向こうのコンパートメントに女性がひとり寝ている場所があると教えてくれた。
やっとのことで重い体を起こし、
私一人、うす暗い室内への扉を開けた。
古いタイプの8人席のコンパートメントは、体を長く伸ばして横になれるばかりでなく、
扉を閉めて部屋を暗くすることもできる。

やっと横になって浅い眠りにつき始めたころ、
かばんの中の電話がなった。
夢かと疑いながらも耳を当てると、姑の声だった。
「アサカが目を覚まして、あなたを探しているのよ。
どうしても泣き止まないから・・。」と申し訳なさそうに言った。
可哀想な娘の姿が目に浮かんだ。
「今、アパと電車に乗って遠くに出かけるからね。
でも、すぐに帰ってくるから大丈夫よ。」
ゆっくり慰めるように、語りかけると、
「ママだ。」とほっとしたように笑う声が受話器からこぼれる。

小さな娘にとっても試練の日々だ。
なんとしても用事を終わらせて、早く駆けつけてあげたい。
いつか、小学生になったばかりの息子を
泣く泣く置いて、一人旅に出かけたあの頃を思い出した。
それは、私にとっても試練の日々だった。
明日のことを考えて、すぐに体を横たえた。

目が覚め、ゆっくりと体を起こすと、
もう大分、日が高くなっていた。
足元が冷えたため、ストールを巻きつけて眠ったが、
それほど寒くはなかった。
快適な寝場所を得られたことに、そっと感謝した。
哀れな旦那は、あのまま明るい車内で横になり、
信じがたいことに冷房がかかっていたので、
引きかけの風邪が悪化しそうだと嘆いていた。

私たちを待っていたかのように、
同じホームの向かいにはすでにローカル列車が止まっていた。
空いた席に腰を下ろし、やっと一息、朝食のパンをかじる。
列車が進むと、先ほどまでの白く濃い霧がすっかりと晴れて、
目にも鮮やかな若草色の丘が次から次に現れる。

kalotaszeg2015maj (9)

無人駅から村までの一本道は急げばあっという間の距離だが、
今ここにいることを実感したくてわざとゆっくりと歩いていく。
大きな門をゆっくりと押すと、
エルジおばさんの耳慣れた声が飛び込んでくる。
「やっと、来たのね。」

長い冬の間をどう過ごしてきたのか尋ねると、
刺繍でずっしりと重たくなったビーズの厚紙を広げて見せてくれた。
「信仰告白式で着るエプロンよ。注文を受けて作ったの。」

深紅のバラやクジャクが彫刻のように厚みを帯びて、瞬いていた。
おばあさんは子どもの頃に父親を亡くし、
若い頃から他人のために刺繍をすることで生計を立ててきた。
嫁入り道具をもらう代わりに、美しいものを生み出す手を自分の力で養ってきたのだ。

kalotaszeg2015maj (23)

信仰告白式とは、カルバン派を信仰するカロタセグの民にとって成人式のようなもの。
16歳を迎えた少年少女が、その信仰心を試す試験のようなものが
教会の中で公然と行われる。
白いビーズの冠、新調したエプロンとスカートで輝くばかりの衣装に身を包む少女たち。
この習慣のおかげで、刺繍の職人たちはその寿命を延ばしてきたといっても過言ではない。

エルジおばさんが、スケッチブックをひも解いて見せてくれたのは、
これまで注文を受けてきたエプロンの刺繍部分の図案。

kalotaszeg2015maj (3)

ナーダシュ地方では、ハーラースと呼ばれるウール刺繍糸で
布の継ぎ目を刺繍していたのが一番古いタイプであるといわれる。
カラフルな刺繍糸だけで飽き足りなかったのか、
それから花や小鳥など様々な模様が付け足されていった。
やがて、刺繍はビーズに取って代わり、
装飾も大きく、具象的なものに変わっていった。

kalotaszeg2015maj (5)

村を離れる前に、どうしても見ておきたいものがあった。
赤いバラの絵つけ皿が一面を覆い、
天井まで届くほどの枕が積み上げられたベッドのある部屋。

kalotaszeg2015maj (8)

この部屋で一度だけ見た、麦藁帽子が忘れられなかった。
それから数多くの清潔の部屋を見たけれども、同じものと出合うことはなかった。
小さな被る部分は、頭ではなく結った髪を入れるところ。
古い民俗学の写真などで、この麦藁帽をかぶり草刈をする姿が紹介されている。
ナーダシュ地方特有のカラフルなビーズの装飾が美しい。

「昔は、カロタセグの村で麦わら帽子が作られていたけれど、
今はもう他所から持ってくるそうよ。」
こんな見事な作業帽を被ったら、畑仕事の辛さも忘れてしまいそうだ。

kalotaszeg2015maj (6)

夕方に待ち合わせがあった。
場所は、クルージの町の中心にあるカトリック教会。
約束まで時間があったので、聖ミハーイ教会の中へと入った。
石造りのバロック教会は、夏でも中はひんやりと涼しい空気が止まっている。

kalotaszeg2015maj (13)

6年間日本語を教えた生徒アルノルドの誘いで、
どうしても今日ここに来なければならなかった。
クルージの音大のコントラバス科に通いながら、神学校にも通っている。
さらに中国語講座にも通っているという。
白くて痩せたあの体のどこにそんなエネルギーがあるのだろう。
天性の感性を持ちながら、さらに驚くほどの向学心を持つその少年は、
高校3年でついに日本語能力試験の準1級に合格した。
彼と2人の教え子が巣立ち、私の日常もすこし静かになった。

kalotaszeg2015maj (11)

約束の6時がきて、アルノルドとともに神学校の一室に入った。
通りを歩く若者たちと一風変わりのない人たちとともに、テーブルを囲んだ。
上には、コーラや炭酸水、つまむものなども置いてある。
遅れて部屋に入ってきたのは、表情に朗らかさが漂う小柄な金髪の女性。
ブダペストから招かれた神学校の教員は、修道女でもある。

ゼミの最後を締めくくる日に、様々な宗教、宗派の人たちと話し合う会を設けたということ。
残念ながら、私たち以外は欠席するとの知らせだった。
信心深い人たちに囲まれて、神道や仏教の恥を晒しやしないかと内心不安だった。

誰かが質問をすることに、一人一人答えていくというもの。
その内容とは、神とはどういう存在とか、
いつどんな風に祈るかとか、
他の宗教についてどう考えるかとか、
自分が存在する意味であるとか、
死後の世界について何を信じているかとか・・。
どちらかというと主観的な考えを述べていくだけで、
何一つ難しい教義や知識など求められていないことが分かった。

テーブルを囲む大学生たちは、
誰もが驚くほど謙虚に自身の心と向かい合い、
自分の生き方を模索している姿には素直に好感が持てた。
同じ学生時代の自分はどうだっただろう。
信仰という確かな支柱をもつ彼らは、しっかりとした足取りで人生を歩んでいるように見えた。

そして最後に、講師の女性の言葉が締めくくる。
「日本で長く生活をしていたイエズス会の修道士たちと交流があるのだけれど、
彼らから素晴らしいことを学んだわ。坐禅のやり方よ。」
カトリック教といえば、キリスト教の中でも保守的な宗派であるとばかり思っていた。
ひどく謙虚に別の宗教、宗派を見る彼女の価値観には正直驚いた。
そして、私がキリスト教において最も好まない部分、
異教徒を卑下する見方をも正直に認め、
その歴史がここ60年ほどの間で変わってきたものの、
それはまだ根底にあり、すぐに消し去ることが難しいと述べた。

いつしか、自分の精神をさらけ出したかのように打ち解けて話す自分がいた。
2時間以上も続く長い会合を終えて、
疲れというよりも不思議な充足感を得て部屋を後にした。

kalotaszeg2015maj (12)

修道院の客室で目覚めた次の日は、朝から雨だった。
もう1つの目的を果たすべく、バス・ターミナルへと向かった。
国道沿いの村を通るバスとは、小さな乗り合いバスであることが分かり、
運転手は、「最終地への客でいっぱいの場合は乗せられない。」という。
出発の時間が迫り、どんどん客席は人で埋まっていく。
半ば絶望的な思いで、しゃがみこんで祈る思いで待っていた。
やがて声がかかると、最後の席にかろうじて座らせてもらえた。
席がなく、立っている乗客もいる中、小さなバスがガタガタと音を立てて走っていった。

国道沿いの村で降り、友人と落ち合って、今度は車で目的の村へ。
この村を訪れたのは、昨年の秋の暮れだった。
イーラーショシュの大作を作ってほしいという注文を受けて、
腕のいい刺繍の作り手を探しに来たときだ。
エルジおばさんは、見ず知らずの私を信じて、大きなベッドカバーの製作を引き受けてくれたのだ。
昨年の暮れからおよそ半年の長い年月を、
この針仕事のために捧げてきてくれた。

電話がないので、町で大学に通う孫娘と電話やメールで密に連絡を取り合ってきた。
本当に昔の作品のような、完璧な仕事をしてくれるのか。
途中でやめてしまわないか、また病気や不慮の事故で続けられなくなったら・・。
そうした不安はよそに、白い布はだんだんと赤い刺繍で埋まってゆき、
私が日本に滞在していた4月に、完成の報告があった。

最後に電話をしたときに、孫のハイニが誇らしげに言った。
「おばあちゃんの刺繍を見ようと、
村の人たちが家にやってきて写真を撮って帰ったのよ。」

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イーラーショシュが70年代に都市で流行をして以降、
その流行は去り、わざわざ大作を作ろうとする人はもちろん、
お金を払って買い求める人もいなくなってしまった。
村の人々にとっても、こういう大作の注文があったということは
センセーショナルであったに違いない。

イーラーショシュがカロタセグ地方が世界に誇る価値ある文化であることを自覚し、
お土産用の粗末な作品に時間を費やすのではなく、
本来の美しい手仕事の姿に立ち返ってほしい。
まるで1本針金が通っているかのように、
しっかりと力強いステッチを見て、強くそう願った。

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ずっしりと重みのある作品を旦那にバックパックに背負ってもらい、
私たちは夜に町の宿泊所に帰ってきた。
8時から深夜12時まで続くコンサートはすでに始まっていた。
町で一番古いカトリック教会で、
来場者はロウソクに火を灯していく。
そのコンサートの主催者の一人がアルノルドだった。

kalotaszeg2015maj (1)

ロウソクを持って歩いていると、脇から小さなジプシーの少女が
半ば強引にそれを取って行った。
どうするのかと見ていると、火を灯して、
床に座り、祈りをささげているのだ。
静かな歌声とギターやヴァイオリン、チェロの音がこだまする。

kalotaszeg2015maj (21)

この二日間、不思議とキリスト教にかかわり、
居場所のない私も神をすこし身近に感じることができた。
無事役目を果たして、やっと今夜子どもたちの元へ帰ることができる。
旅の終わりに、教会の中でその日の出来事を反芻し、
ひとりの自分と向き合うことの大切さを感じていた。

「神のご加護を。」
きのう、呪文のように唱えた彼女の声が耳に響いた。

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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2015-06-17_07:06|page top

イーラーショシュの縫い手を探しに

旅のはじまりは霧の中。
夢うつつの心持で、村の通りを歩いていた。
電車がくるのを告げるサイレンの音が、
まだ眠たい頭の中にうち響いている。

駅へと向かう一本道。
太陽が昇ってゆくにしたがって、まるで魔法のように霧が消えてゆく。

kalotaszeg osz2014 (11)

村人たちはおのおのボストンバッグや、
巨大な買い物袋を手に提げて、列車を待っていた。
どこか遠くへ旅行に行くのではない。
一年に一度の市に出かけるのだ。

もの凄い音を立てて列車が止まった。
列車の中はコンパートメントの中はもちろん、
通路まで人が立ち並んでいる。
娘を抱いて、なんとか通路を進もうとしているとき、
中から声をかけられた。
大学生くらいの若者が席を譲ってくれるらしい。
お礼を言って、席についた。

8人用のコンパートメントは、すべて大学生の男女で賑わっていた。
私たちの頃とは明らかに違う身なりや振る舞い。
15年ほど前、お金はないから買い物よりも
もしろ好奇心で出かけたものだった。
友人たちといっしょに農家の納屋で干し草の中で眠ったこともあった。

山間の村が見えてくると、気持ちがはやる。
無人駅で列車がゆっくりと動きを止めると、
プラットホームのない地面に列車から飛び降りなければならない。
気が付くと、人と物とでごった返す会場の中にいた。

着替えや娘のオムツ、食料などを積んだ大きなバックパックを知人の所に置いて、
買い物に出かける。
しばらく見た後、娘が疲れて眠ってしまったようだ。
紐でしばりつけられたカンガルーの親子のような私たちを見かねて、
娘を寝かせるようにと誰かが声をかけてくれた。
買ったばかりの子ども用スカートを上にかけて、
スヤスヤと寝息を立てている。

kalotaszeg osz2014 (12)

娘を置いて近場を散策していると、
しばらくして泣きわめく娘を抱いてその女性が現れた。
「通りかかった人が、大きなお人形を売っているのかと思ったようで
びっくりしていたわ。」と微笑む。

やがて買い物を終えた頃、駅の方に向かって歩き出した。
線路の近くの原っぱに、若者たちが座り込んでいる。
はや夕暮れ時に差し掛かっていた。

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旦那と娘は、線路の間を走り回ったり、
線路に腰かけたりして遊んでいた。

kalotaszeg osz2014 (14)

列車の時間が近づくにつれ、人の群れが膨らみはじめた。
気がかりなのは、これだけの人が列車の中に入るかということだ。
目指す村に行くには、この列車しか止まらないので、
何としても乗らなくてはならないと意気込んだ。
期待と不安の混じった心持で私たちが見たものは、
わずか3両ばかりの列車だった。

あっけにとられて走るのも忘れてしまった。
群衆がまるでアリのように入り口にたかり、
列車をよじ登って何とか中に入ろうとしていた。
怒りよりも、むしろ笑いがこみあげてくる。

結局、次の急行列車で最寄りの町で降りることになった。
電話で話していた通り、友人が出迎えに車で着てくれたので、
快適に村の友人宅に到着した。




ハンガリーに住んでいるはずの友人とローカル列車で出くわしたのは、
今から3年ほど前のことだ。
カロタセグの村に住まいを決めて、引っ越したばかりの頃、
その時もまた葡萄がなっていたように記憶している。

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あれから、彼らにも子どもが誕生した。
画家で修復家のレベンテとピアニストのレーカ。
理想の素敵な夫婦に育てられる息子さんは、どのように成長するだろうか。
一年前はねんねの赤ちゃんだった二人も、
大きく成長して通りを駆け回るようにまでなった。

kalotaszeg osz2014 (21)

ゆっくりと朝食を頂いた後、
荷物をまとめて出発しようとする私たちをレベンテが制した。
丘の向こうの隣村まで車で送ってくれるというのだ。

さりげない気遣いをする彼に、いつも甘えさせてもらっている。
大きなリュックと荷物、さらに娘を抱いて丘を越えるには、
優に一時間はかかっただろう。
あっという間に、私たちは村の中心広場に来ていた。

今回の旅の目的は、イーラーショシュの縫い手を探すことだ。
テーブルクロスを作ってほしいという依頼を受けて、考えた。
刺繍のうまいお姑さんに作ってもらうのは簡単だが、
むしろ村の女性に注文を渡した方がためになるのではないか。
それを知った村の人たちが、再び針を持つようになるかもしれない。
さらに、若い世代に繋がっていけばそれが理想だ。

ところが村が高齢化していることもあり、なかなか刺繍の作り手が見つからない。
村の牧師さんに尋ねると、「村に二人注文を受けてイーラーショシュを縫う人がいる。」との情報を得た。
名前をノートに書きつけて、出発した。

kalotaszeg osz2014 (22)

門を開けて、家の扉をたたくときに緊張する。
見知らぬ旅人を快く受け入れてくれるだろうか。
このような大作を、私を信頼して引き受けてくれるだろうか。
「エルジおばさんですか?」
やせて眼鏡をかけたおばあさんがうなずく。

青いタペストリーのかかったこじんまりとした部屋。
テーブルには、温かいスープが置いてあった。
教会から戻ってきて、ちょうど昼食を取るところだったのだ。

kalotaszeg osz2014 (23)

悪い時に来たにもかからわず、焼き菓子を切って勧め、
私の話を聞いてくれた。
「私もたくさんイーラーショシュを縫ったわ。」と静かな声がいった。
作品を見せてほしいというと、奥の部屋に通された。
玄関では、やりかけの刺繍のクロスが横たえてあった。

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イーラーショシュは、70年代に大きな流行があったため、
誰でも簡単にできるポピュラーな刺繍として知られるようになった。
ここカロタセグ地方では、19世紀末からすでに
ヨーロッパ各地の博覧会に出品され、王侯貴族の女性たちに愛されるようになった。
村の貧しい女性たちに仕事を与えようと、
「カロタセグの偉大な母」といわれるジャルマティ夫人が村に注文をもたらしたのだ。

その当時と大きく違うのは、村の女性たちが
本来の意味での刺繍文化から大きく遠ざかってしまったことである。
手仕事が生活の中に深く根ざし、
娯楽と必要とを兼ねていた時代は終わってしまった。

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ただ今でも、かろうじて村で出会うことができるのは、
美しいものはすべて自分の手で生み出さなければならなかった時代を経験し、
よそから伝わる流行ではなく、
生まれ育った村に古くから残る価値観や美意識をよしとする世代の人々。
彼らは刺繍を通じて、先人たちの知恵や技術、精神のあり方を今に伝えているのだ。

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最後に、エルジおばさんに刺繍をするところを見せてもらった。
しずかな部屋で、おばあさんが針を上に引く音のみが聞こえてくる。
まるで、ここだけ時間が止まったようになる。
白い布に、赤い糸がゆっくりと広がっていった。

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幸運にも、始めの村ですぐに縫い手が見つかり、肩の荷が下りた。
村のはずれの木陰でパンをかじったあと、駅に向かって歩み始める。
白い犬が私たちを導くように、目の前を走っていく。

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そうして、目の前に開けたのはなだらかな丘の続く風景。
羊の毛の色のような枯草に、まばらに緑が広がり、
森の木々は赤や黄色に色づいている。
丘の向こうの森の中に、目指す駅がある。

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眠りに入った娘をしばし、木陰に横たえる。
穏やかな秋の日は、永遠に続くもののように思わせる。
あらゆる生命が姿を消す、暗くて厳しい冬がくることなど、知らないかのように。
ただ穏やかな色を投げかけている。

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背中の重い荷物さえなければ、最高のハイキングだっただろう。
坂道を下ると、小さな小川の橋があって、さらに上道がつづく。
動悸が激しくなり、手に汗がにじむ。
坂を上り切った所で、目の前が開けて駅が現れた。

冷たい湧水を飲んだり、木から落ちたクルミの実を拾ったりしている内に、
待ち時間も過ぎていった。
宿泊をするエルジおばさんの家に帰りつくと、
リンゴの木に小さな花がついていた。
まるでその日いちにちのご褒美のように、
真っ赤なリンゴに混ざって甘い香りを放っていた。

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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2014-12-04_21:29|page top

イボヤおばさんの赤い刺繍

初夏の夕暮れ時、
いつもの通りにおばあさんを訪ねた時のことだった。
普段は通り過ぎる入り口で、
嫁のイボヤおばさんが声をかけた。
「おばあちゃんは、出かけているわ。
よかったら、こちらにお入りなさい。」

戸惑う私に、こう声が返ってくる。
「私だって、そんなに悪い人じゃないのよ。
きっと、おばあちゃんから話を聞いているんでしょう。」

大好きなおばあさんが、嫁と不仲であることをもらしていたから、
自然と足がそのおばさんから遠のいていた。
中に入ってみると、意外な姿を目にした。
眼鏡をかけ、黙々と針を手に刺繍をしている。

「ちょうど孫のための、ブラウスのカフスを作っているの。
もうすぐ、16歳になるからね。」
白い布をさっと針ですくい、みるみる内に赤い糸が埋め尽くしてゆく。
その達人芸に、すっかり見入ってしまった。

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「私の生まれた村では、みな働き者で、ブラウスの刺繍ができるけれど、
ここでは誰もこんな仕事はしない。」
同じカロタセグ地方でも、おばさんの出身の下地方では刺繍が盛んなのに対し、
ここでは刺繍は影をひそめ、代わりに華やかなビーズがもてはやされた。
そうした技術の違いにも、それぞれの精神性が反映されているのかもしれない。

「この真ん中の所には、「蜘蛛」と呼ばれるステッチがくるのよ。」
立体的な蜘蛛の巣のような形のステッチは、
ブラウスの他に、下地方ではスカートのスモッキング部分を鮮やかに彩っている。

実際にこの刺繍をするところを見たいと思っていたので、
願ってもないことだった。
おばあさんと夜9時に待ち合わせをして、ひとまず宿に帰った。



小さな娘を寝かしつけた後、
ひっそりと静まった村の通りを小走りで、目指す家へと向かった。
門を開くと、扉の隙間に灯りがもれていた。

イボヤおばあさんが同じ姿で黙々と刺繍に取り組んでいた。
「来たのね。この白い部分に「蜘蛛」のステッチをしていくのよ。」
私の手元に白い布が渡された。
おばさんの指先が動き、赤い四角の枠ができると、
さらに縦横斜めに赤い糸が引かれた。

「さあ、ここから始まるのよ。」
中心からぐるぐると糸を巻き付けながら、
まるで編むようにして小さな星の形が生まれた。
だんだんとその糸に厚みができ、
面白いように太く、大きくなってゆく。
まるで手品に魅せられた子供のように、胸がときめく。
誰がこれを考えたのだろう。
同じようにカロタセグの少女たちも母親や祖母から
刺繍の手ほどきを受けて、その魔法に目を輝かせてきたに違いない。

星の先に散りばめられた、小さな「蜘蛛」。
それは、刺繍糸でできた赤い絨毯のような刺繍を輝かせ、
重厚感を与えている。

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目の粗い素材で、化繊素材の毛糸であるのが残念だ。
もしも、これが昔ながらの「ジョルチ」と呼ばれる細やかなコットン布で、
ウールの毛糸「ハーラース」だったらどうだっただろう。
100年前の手仕事となんら変わりなかったに違いない。

刺繍をするイボヤおばさんの声が聞こえる。
「私の夫がこの春に亡くなったのよ。
やさしい人だった。
まだ退職したばかりだったのに。
こんなはずじゃなかった。
これから、私はどうしたらいいだろう。

いつも眠れずに、ただこうして刺繍をすることしかできない。
こんなはずじゃなかった。」
赤い刺繍の上に、おばさんの大粒の涙がこぼれた。
私はただ、彼女の濡れた目をみつめるしかなかった。

夜が更けるまで、おばさんは針を持ち続ける。
赤い刺繍は、その作り手の哀しみも、苦しみも受け止めて、
ただ輝くような赤い色を放ち続けている。

そしてまた、同じ屋根の下、
ビーズに針を通し、眠れない夜を過ごす人がいるのだ。
寂しい二人が、それぞれに手仕事をよりどころにしている。
もしも、心を通い合わせることができたなら・・。




comments(18)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2014-11-10_04:18|page top

きらめくビーズで春を祝う人々

春の気配があちらこちらに漂いはじめていた。

はるかセーケイ地方からいくつもの山や森を越え、
カロタセグ地方でイースターを過ごすために今年もやってきた。
なだらかな丘には、すでに若草がみずみずしい色を放っている。

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イースターの日曜日。
村では、教会の礼拝を告げる鐘の音が高らかに響き渡る。
すると、あちらからこちらからと
眩しいほどに着飾った少女たちが現れる。
ある者は女友達といっしょに腕を組み、
またある者は身内に囲まれて大切に守られるようにしながら。
そのしずしずとした足取りは、
晴れ舞台の姿を一時でも長く記憶の中に留めたいという
乙女たちの心の表れのようだ。

ゆっくりと石の階段を上って、
高台の上の教会にたどり着いた。
杉の大木が影をつくる教会の前の広場に、
ひとり、またひとりと輪に加わり、
色彩の洪水が氾濫する。

穏やかな太陽の光が、彼女たちの頭飾りに降り注ぎ、
そのまばゆい煌めきがさらに無垢な少女たちを美しく見せる。
眺めるこちらの心にも、あたたかな春の風が流れてきた。

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この日は、キリストの復活を祝う日。
赤い刺繍が、無機質な石の壁に血を通わせている。
誰が置いたのだろう。
少年の晴着に合わせる、
ビーズの飾りつきの帽子が椅子に腰かけていた。

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説教台の近くに席をとるのは、
パールタという冠をかぶった少女たち。
信仰告白式をへて、正式に大人として受け入れられたばかり。
パイプオルガンの音がこだますると、
いよいよ祝日の礼拝が幕をあけた。

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急いで車に乗り込んで、今度は隣村へと向かった。
祝日の礼拝の始まりが村によって違うからだ。
高台の上の教会を目指して、
村人たちがゆっくりとした歩みで丘を上ってくる。

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甲高く一定のリズムを打つ鐘の音。
澄み渡った青空に、春のあたたかな太陽が降り注ぐ。
長い冬を越して、ようやく美しい季節がやってきた歓びで、
心なしか足取りも軽やかなようだ。

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挨拶を交わした後で、おばあさんたちがこう囁きあうのを聞いた。
「ねえ、あのエプロンを見た?」
取り繕って着た、私の民俗衣装風の出で立ちが奇妙だったのか、
見慣れない衣装が気になって仕方ないという風だ。
恥ずかしいというよりも、むしろ微笑ましかった。
昔から、人々は相手の祝日の装いをこっそり忍び見ては、
互いに品評をしてきたのだろう。
こうした装うことに対する執着心こそが大きな特徴であり、
ひいてはカロタセグの衣装や手仕事を並ぶもののない水準へ押し上げてきた。

パールタを被る少女たちの、晴れやかな立ち姿に出会った。
恥じらいと誇り高さとが入り混じった、
魅惑的な眼差しに目が釘付けになる。
すると母親だろうか、少女の冠を手をかざして、
壊れ物に触れるようにそっとなおしている。

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緑色のフェルト帽をすっぽり覆い隠してしまうほどの、さらに華やかなビーズ飾り。
赤や緑、ゴールドやシルバーのアルミビーズが揺れるボクレータ付きの帽子を、
誇らしく手に持つ少年。

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きらめくビーズと極上の色彩と、
春を歓び迎える習慣は今の時代も変わらない。
祝日とは、灰色の毎日の中から、
ひとつをすくい上げ、特別の色に染め上げて、
私たちの生活を楽しく、かけがえのないものに変えるということ。
彼らの鮮やかな衣装を愛でるだけで、
春の魔法にかかったような一日だった。

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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2014-10-07_05:08|page top

赤いビーズの腕飾り

今回の旅は駆け足だった。
はじめは手仕事を探す目的で訪れていたのが、
いつしか人と出会い、再会することの方が大きくなっていった。
同じ土地に、こう何度も足繁くかよってしまうのはどうしてだろう。
はだかの丘が目の前に立ちふさがる、何の変哲もない風景が
不思議と心を落ち着かせる。

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カロタセグに惹きつけられ、ここで暮らす人がいる。
教会の修復をしながら、絵を描き続けるレベンテ。

彼の絵にはこだわりがある。
手製のキャンバスは、手織りの麻袋を使っている。
その土地の伝統の手仕事を土台にして、
彼自身の色を塗り重ねていく。
森深く粗野な自然のセーケイ地方から、
明るく穏やかな自然に囲まれ、今度はどんな絵が生まれるのだろう。

娘とちょうど一か月違いで生まれたジョーヨム。
新しい家族も加わって、彼らの生活に輝きが増していた。

kalotaszeg2013nov (22)

「まるで救世主みたいに、皆あなたを待っているのよ。」
と冗談交じりの声が響いた。
村の女性たちに、秋の展示会のために注文をしていたのだ。
アンナおばさんは図案をひとつずつ布にほどこし、村中の女性たちに配った。
子供の笑い声も、若者の働く姿も消えてしまった村。
ほとんどが未亡人のおばあさんたちからなる村に、
少しでも活気を取り戻すことができるだろうか。
沢山の人の手が加わった布の束を貰い受け、私は海を渡ることになる。

kalotaszeg2013nov (11)

「いつ来るのかと首を長くしていたわ。」
いつも受話器で聞いていた声の主とは初対面。
耳の遠いカティおばあさんの代理で、いつも電話で様子を尋ねてくれる。
「私には孫がいないから、あなたたちが親戚よ。」

赤ん坊のもつ力は何と偉大なのだろう。
その小さな体から想像もつかないほどのエネルギーを放ち、
とたんに周りを笑顔に変えてしまう。

kalotaszeg2013nov (16)

ビーズの輝きの持つ魅力を教えてくれたカティおばあさん。
感謝の気持ちを込めて本を手渡すと、目を輝かせて喜んでくれた。
「私にとって、この本はお金を幾らもらうよりも価値があるわ。」
そしてページをめくりながら、
あれはどこの誰だとかエルジおばさんと楽しそうに話している。
少女のような無邪気な笑顔を見せながら、
「この本を見終わるまではとても眠れないわ。」という。

そして、分かった。
おばあさんにとって、カロタセグのきらめく衣装は
たとえ幾つになっても胸ときめく憧れであり続けるのだと。
幼い少女が花嫁衣装に憧れるのと同じ、
パールタ(ビーズの冠)をかぶり刺繍やビーズで縁取られた衣装をきる少女たちを、
自分の手元に置き、夢心地で眺めるのだろう。

kalotaszeg2013nov (17)

ご近所さんのおばあさんに会った。
カティおばあさんが日本でカロタセグの本が出版されたことを話すと、
「それは、よかったわ。すべて書いて、記録して頂戴。
そうしないと、もうじき私たちの物はなくなってしまうから。」
おばあさんの真剣なまなざしを見て、
改めてカロタセグの状況を知った気がした。

kalotaszeg2013nov (19)

高齢のカティおばあさんは、自分亡きあとのことを考えて、
エルジおばさんを紹介してくれたようだ。
同居している嫁と合わず、離れの部屋に一人住んでいる。
「たまにエルジが来て、お互いに愚痴を言ったりおしゃべりしてから、帰っていく。
私たちはまた同じ十字を背負っていくのよ。」
あの光り輝く赤と白のビーズを手にとり、
つらい現実から少しでも解き放たれるされるのかもしれない。
エルジおばさんも同様に、息子さんを一人抱えている。
不自由な片手を見せながら、
「私はこの手であらゆるものを縫ったわ。ビーズの衣装も刺繍のベストもすべて。」
手仕事を続ける人にはそれぞれ理由がある。

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カティおばあさんのお孫さんは息子と同級生。
「いい、私がいなくなっても、ずっと良い友達でいるのよ。」
レヘルが静かにうなづく。

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子どもたちが通りを走っていく。
別れの時も近い。

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エルジおばさんが、娘のために赤いビーズで腕輪を作ってくれた。
「私たちの所ではこうするの。
赤ちゃんが邪視に合わないようにするためにね。」
やわらかく丸々とした腕に、きらりとビーズの輝きが見え隠れする。
若い女性の装う衣装が赤であるというのにも同じ意味があるのだろう。

「運命の赤い糸」という言葉がある。
東洋では、人と人とを結ぶ縁を赤い糸に喩える。
もしかしたら、カロタセグの土地や人々と繋ぐものはこの糸であるのかもしれない。
私たちから息子や娘へ、この赤い糸が繋がっていくことを願ってやまない。

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