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トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

塩の水と塩の花

セークの夏の風物詩といえば、「塩の花」と呼ばれる花だろう。
7月から8月にかけて花ひらく、うす紫色の繊細な花である。
塩水を含む土壌にしか咲かないので、そう呼ばれるらしい。

sosfurdo (4) 
ハンガリー、ルーマニアにしかない種類ではあるが、
イソマツ科の花は世界中に見られる。
そのままでドライフラワーにもなるそうで、
村人たちは花束にして持って帰る。

sosfurdo (2) 
このやさしい、うす紫色の原っぱこそ、ここでは夏の色なのだ。
そよ風に吹かれて、広々とした原っぱを歩いているだけで、心が洗われるようだ。

sosfurdo (6) 
青空に、緑の丘、そしてうす紫の花。
村の周りは、夏の色で満ち満ちている。

sosfurdo (9) 
この塩の花が咲く原っぱのすぐそばに、村の有名な名所がある。
塩の天然浴場である。
セークの村の周辺にはいくつもの塩山があった。
その名残がこうした、塩の湧水や浴場に残っているのである。
話に聞いていたよりも、ずっと整備された村の浴場は、そばに更衣室までできている。

sosfurdo (15) 
海よりもずっと塩の濃度が濃いため、自然と体が浮かぶ。
新しい方の大きなプールは水が冷たく、古い方は温泉までとはいかないが温かい。
端の方は、虫がたくさん浮かんでいるが、それに目をつぶれば何ともない。

sosfurdo (14)

親しくなった村の子供たちが、水たまりに足をつけていた。
「この泥は、肌にいいらしくて、
ペットボトルいっぱい持って帰る人もいるくらいだよ。」
なるほど、肌につけて洗い流すと、すべすべしている。
思い切ってぬかるみに足をつけ、体に塗りたくってみた。
かねてからセークの女性の肌が美しいと思っていたのが、その秘密がわかった気がした。

 sosfurdo (12)

村にはまだ鉱山の後があると聞いて、村の脇の丘を目指した。
ゆるやかな丘には、羊の群れも見られた。
丘を越えた向こうには、たくさんの池があるのだという。

sosfurdo (10)

丘のてっぺんに、池があった。
雨水だが、底は深く、石だらけなので、あまり泳ぐのには適していない。

sosfurdo (11) 
もうすぐ日が暮れる。
丘に四方を包まれた村が、夕暮れ前の光に浮かんでいた。
上地区とチプケ(トゲ)地区、フォッロー(熱い)地区に分かれている。
豊かな自然に恵まれた村、セーク。
ため息をもって、改めて我が家のある村を眺めていた。

sosfurdo (8)  
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comments(2)|trackback(0)|セーク村|2018-08-13_00:00|page top

セークの夏休み

7月の半ば、抜けるような青空を背に、 
太陽の光をいっぱいに集めたように黄色く輝くヒマワリ畑を目印にして、
私たちは1週間の夏休みを過ごすためにセークを目指した。
    szekinyar (1) 
セーケイ地方から車で約5時間ほどかかって、
村に着いたのは夕暮れ時だった。
さっそく芝生で5つ葉のクローバーを集めるのに夢中になったり、
目の前にある公園で村の子どもたちと知り合いになったりして、
セークでの日々がはじまった。

szekinyar.jpg 
澄んだ目をした少年が、さっと家に帰って、
たくさんの花の混ざった束を手にプレゼントをしてくれる。
朝目が覚めると、家主のおじさんがちぎりたてのキュウリを袋一杯おいてくれたのを
見つけて、まるでサンタクロースのプレゼントのように喜んだ。
名も知らない近所のおじいさんが、夏の青りんごを手に抱えきれないほど持ってきてくれた。

szekinyar (9) 
水道もないので、水は通りの向こうから共同井戸で汲んで運ぶ。
ガスがないので、薪で料理をする。
洗濯機もないので、洋服はぜんぶ手洗いをする。
そんな不便さも感じさせないほど、村の生活は充実していた。

慣れない生活で、心の支えとなったのはエルジおばさん夫妻の存在だった。
いつでも温かく迎えてくれ、こちらが気を遣わないように自然に手を差し伸べてくれる。
「家で料理していきなさい。」とほとんどおばさんに教わりながら、
スープを作って我が家に運んだ。

おばさんは夏も冬も、手仕事で忙しい。
機織りのための糸を大きな筒に巻く。

szekinyar (8) 
夏でも涼しい納屋はおばさんのアトリエ。
いつも機織りをする音が、トントンと心地よく響いてくる。

szekinyar (7) 
おばさんの仕事の邪魔にならないようにと腰を下ろして、仕事の風景を眺める。
日銭を稼ぎに町へでるおばさんたちも多いのだが、
たとえ割には合わなくても、エルジおばさんは村に残る道を選んだ。
村の空気が、昔からつづけた手仕事が好きでたまらないのだ。

szekinyar (6) 
マルトンおじさんは朝早くから暑い中、毎日畑仕事をする。
その合間に、おばさんの手伝いも欠かせない。
慣れた手つきで糸を巻くのに感心していると、
「うちの兄妹は男ばかりで、妹が生まれたのは15年たってからだったから、
よく母親の手伝いをしていたんだ。兄妹の世話をしたり、母親の手仕事の手伝いもしていたよ。」

szekinyar (5) 
カラカラという音とともに、小さく切った葦の筒に赤と白の糸が巻かれていく。
機織りは織ることもさることながら、
下準備に大変手間暇がかかる。
あの美しい布は、おじいさんとおばあさんの仕事の結晶でもある。

szekinyar (4) 
セークの村は、60年代半ばにはじめて電気が引かれ、
アスファルトができたのもそう昔ではない。
閉ざされていた村が外へ開かれるとともに、
人びとの生活も価値観も大きく変わってしまった。
それでも、変わらない何かを頑なに信じる人がいる。
私たちはそういう人々に引力を感じて、ここに導かれたに違いない。

szekinyar (2)

家主のひとり、エルジおばさんはお針子さん。
結婚式のためのベストを作る様子を、見せてくれた。

 szekinyar (3)

日曜日は、礼拝が2度ある。
ちょうど帰りのおばさんたちを呼び止めた。
セークの民は、落ち着いた色を好む。
白と黒の厳かな衣装が美しい。

szekinyar (12) 
大きな村だが、新しい住人がきたのを村人たちも耳にしているようだ。
これからどんな出会いがあるか楽しみだ。

szekinyar (11) 
comments(2)|trackback(0)|セーク村|2018-08-10_01:41|page top

運命の家

カロタセグの次に目指したのは、セーク。
ここでどうしても今見ておきたいものがあったからだ。
二日間の取材を終えて、村はずれにやってきた時だった。
ふと一軒の家が旦那の目にとまった。
村の遊具広場のちょうど前に、売り家と書いてある。

きっと、ハンガリーからの観光客が買うに違うない。
そう思わせる、美しい家だった。
中だけでも見てみようと旦那が誘い、
ご近所に尋ねてみると、
「ほら、あそこからやって来るのが持ち主よ。」
と好都合にも向こうからちょうどやってくるところだった。

黒い喪服姿のおばあさんは、
もうひとりの持ち主であるお姉さんに電話を呼び出して、
昨年まで母親が住んでいたという家に通してくれた。
ブドウの房が下がる、美しいベランダ。


セーク (1) 

吸い込まれるように中に入ると、
夏の空のように蒼い壁が出迎えてくれた。


セーク (9)


ロージおばさんとジュジおばさん。
ちいさな二人のおばあさんたちがおしゃべりをしているのを見ていると、
おとぎ話の森の小人の家に迷い込んできたようだ。

 
セーク (3) 

「他にも家具や絵皿などがあったのだけれど、
昨年の夏にセンテンドレの博物館員がきて、持って行ってしまったわ。」とおばさん。
手がつけられる前の内装は、どんなにか美しかったのだろう。
蒼い壁には絵付け皿が並び、
セーク独特のガラス絵が掛けられている。
赤がなんとも鮮やかに目に飛び込んでくる。


セーク (8) 

冬の生活には欠かせない、薪ストーブ。


セーク (7) 

セーク特有の黒い絵付けがほどこされた窓。
幸いにも、家に取り付けられてあるため、持っていかれなかったのだろう。
「盲目の窓」と呼ばれ、昔から大切な食料品をしまっておく
いわば冷蔵庫の代わりだったらしい。
長椅子は開くと、たくさんの衣装が入っていた。
目星いものはすべておばあさんたちが持っていったようで、
日常用のブラウスや布ばかりだ。


セーク (6) 

家の外には「夏のキッチン」と呼ばれる、小さな部屋がある。
薪で部屋を暖めないように、夏にはここで料理をする。
まだ生活の匂いが漂っている。


セーク (4) 

何度か旦那が「どう思う?」と小声で尋ねてきた。
非のつけ所が見つからなかった。
ひとつ気になるのは、木造ではなく、土を固めて作っただけの壁が
どれだけ冬の寒さに耐えられるかというところだろうか。
観光シーズンが始まれば、人の目にもつくだろう。
1も2もなく、ロージおばさんの家でサインをしていた。
そして、カロタセグの家のために持ってきた前金を渡していた。


セーク (2) 

ピンクのバラが花咲く家から、おばさんたちが「売り家」と書かれた紙を取り去った。
まるで狐につままれたかのような不思議な気持ちで、
セークの村からセーケイ地方へと向かっていた。



comments(4)|trackback(0)|セーク村|2018-07-23_15:09|page top

セーク村の信仰告白式

信仰告白式の朝がやってきた。
昨日の午後の雨で大地の熱がすっかり冷めきったかと思いきや、
だんだん熱くなることが感じられる。

エルジおばさんに誘われて、この日の主人公のひとりのおばあさん宅へ散歩した。
ちょうど昼食のロールキャベツを窯で煮る所だという。
「今は4キロの米に8キロのひき肉を使うけれど、
私たちの頃はそれが反対だったわ。」というおばあさんに、
エルジおばさんはこう返す。
「それはまだいい方。私たちの小さいころは、
肉は一切入れずにお米の中にブタの脂身をひとかけ入れただけだった。」
貧しい時代を知る人たちの言葉だ。
今でこそ、御殿が立ち並ぶ豊かな村だが、
昔は無名で、一家で沢山の子どもを養わなければならなかった。

「ロールキャベツは、どんな風に並べたの?」
「バラの形よ。」
見た目も美しい、ロールキャベツが山盛りだ。


szeki konfi (10)


夏の熱い中、昔ながらのやり方でキャベツを煮る。
薪をいっぱいにくべて、やがてこの窯にお鍋を入れるのだ。

 szeki konfi (9) 

昨夜からエステルのお母さんや親せきが代わる代わる、
エルジおばさん宅に訪れていた。
というのは、家にケーキを置いておく場所がなく、
エルジおばさんの家を使わせてもらっていたためだ。
今でもご近所が親戚のように行きかう、いい関係性が続いている。

約束の9時半になった。
14歳になったエステルの着付けを見させてもらう。
部屋には、白と黒の衣装が置かれていた。


szeki konfi (18) 

はじめに、手織り布でできたペチコートを3、4枚重ねてはく。
セークの衣装は、昔ながらの手縫いである。
黒い糸は祝日用で、白い糸は平日用。
白い布の上を流れる、つなぎ目の黒い線がひときわ目を引く。


szeki konfi (11) 

セークの衣装の目玉である、ブラウス。
立体的なブラウスを、小さく折りたたむことができるこの知恵。
袖が横にプリーツが寄せてあるのが特徴だ。


szeki konfi (13) 

昔と違って、今はしっかりと糊をつけて袖にふくらみをつける。
袖をアイロンかけする専門の人がいるというから驚かされる。
「誰かが糊を解こうとして袖を破いてしまったそうだから、気をつけるのよ。」
まるで紙のように固い袖を解くのも、大変な作業。


szeki konfi (17) 

まるで子供のようにブラウスを着せてあげないと、
一人では着ることができない。


szeki konfi1 

次にスカートとエプロン。
黒地にピンクのヒマワリがプリントされたプリーツスカート。
「午前はヒマワリ柄で、午後はバラ柄なのよ。」とエルジおばさんが教えてくれる。


szeki konfi2 

ショールを肩にかけてから、
赤いガラスビーズのネックレスを装う。


szeki konfi (21)


華やかなカロタセグ地方とはまったく違う、シックな色の組み合わせ。
これがセークの美意識なのだ。


 szeki konfi (24)


黒い別珍素材のベストは、
ブラウスの袖のふくらみがあるので、肩のところを外すことができる。


szeki konfi (31) 

テーブルの上にずらりと並んだ、ハンカチーフにリボン。
午前と午後で持っていく柄が違うという。


szeki konfi (30)
 

赤と緑のリボンでできた肩飾り。


szeki konfi (32)


黒いタッセル飾りのついたベストの肩に、
赤いバラの肩飾りを縫い付ける。

 
szeki konfi (34) 

これから、長い髪をお下げに結っていく。
足りない分は、つけ毛を足して、最後に赤いリボンを巻き付ける。


szeki konfi (37) 

ひとりの少女に三人がかりで着付けをする様子は、
まるでお姫様か貴族の令嬢のよう。
夏でも、膝までくるロングブーツをはかせる。


szeki konfi (39)


黒いスカーフからのぞく、長いお下げの髪。
これが伝統的な美しさ。


 szeki konfi (40)


黒いスカーフをかぶせると、エステルは、
「まるでお葬式みたい。スカーフは嫌いだわ。」と顔をしかめる。


szeki konfi (43) 

最後の仕上げは、ブラウスに手で皺をつけていく作業。
昔はしなかったやり方だが、村で80年ごろから流行ったのだという。


szeki konfi (45) 

優に1時間半をかけて着付けをしてから、
急ぎ足で教会へ車を走らせる。
ちょうど教会の鐘の音が響き渡り、
たくさんの村人たちが昔ながらの衣装で集まっていた。


szeki konfi (48)


お年寄りは今でも日曜日は礼服を着るが、
若者たちはこの時間のかかる衣装に親しめず、限られた祝日にしか着ることはない。
今日の主役である、14歳の少女たち。
白と黒のセーク村のエレガンスは、
時を越えて私たちの心を打つ。


szeki konfi (6) 

牧師さんに促されて、列をなし、
教会の中へと吸い込まれるようにして入っていく。
彼女たちのお母さんも、お祖母さんも、その前のご先祖さまの時代と変わることのない光景が
今もこうして繰り返されているのだ。

  szeki konfi (49) 

赤い刺繍のタペストリーの前にならぶ少女たち。
神のご加護をうけて、これからも美しく育っていくのだろう。


szeki konfi (50) 

午前の礼拝を前に、荘厳な雰囲気で満ちていた。
それは、人々の衣装のせいかのか、
人々の心のせいなのか分からない。
しかし、衣装というひとつの文化を失わずに守ってきた人々のもつ、
特有の美しさは疑いようがなかった。


szeki konfi (46) 

その風景を目に焼き付けながら、
娘のまつエルジおばさんの家へと歩いていった。


comments(8)|trackback(0)|セーク村|2018-06-04_21:41|page top

セーク村のエルジおばさん

セークという、不思議な村がある。
赤い衣装に身を包み、白いスカーフを頭にかぶったおばあさん、
小さな麦わら帽子をちょこんとのせ、白いシャツに青いフェルトベストのおじいさんが、
日常生活を送っている。
昔ブダペストで学生時代を過ごした頃も、通りやメトロの中で幾度となく
こうした「赤いおばあさん」たちを見かけたことがあった。
市では商売心旺盛なたくましいおばあちゃんたちが、
セークの名のもとで何でも売っている。
いつか村で、「これは近くの有名なルーマニアの村で作られたもので、
洪水の被害にあって気の毒だったから販売している」と聞いて、
男性のシャツを買ったことがある。
後に全く別の地方のものだったことがわかり、
それ以来、自然と足が遠のいてしまった。

村で聞き込みをしているうちに、エルジおばさんを探し当てたのもその時だった。
まるで額縁のような大きな枠に布を張り付け、
上から下へ下から上へと針を運搬する、セーク村の伝統刺繍を見せてくれた。


SzekesKalotaszeg2.jpg 

一昨年、手芸ツアーの準備のために訪れたのが5,6年ぶりだったのだが、
エルジおばさんは相変わらず、冬も夏も手仕事をして過ごしていた。
「村では、もうほとんどが日当を稼ぐために
ブダペストに行ってしまったわ。」
貧しい時代を生きてきたセークの女性たちは、
13、4歳になると奉公に出ていたという。
ハンガリー人の詩人カーニャーディ・シャーンドルの、有名な詩がある。
そこでは黒と赤の衣装をきたセークの少女たちが、セークの少年たちとともに
木曜と日曜の夜に集まって踊る風景がいきいきと綴られている。

「私も村から出てはみたけれど、2週間で帰ってきたわ。
村以外のところは好きになれなくてね。」
そうしてご主人さまと一緒に村に残り、
社会主義時代を経て今もここで暮らしている。

「今の人たちは、もう手仕事をしなくなったし、
手作りのものは一切飾らなくなったわ。」
それでも、エルジおばさんは手を休めずに働きつづける。
娘婿の母親であるジュジおばさんがやってきた。
ふたりは一緒に手織り布を織っているのだという。
セークのブラウスは、昔ながらの手織り布を使っているからで、
今でも正装として作られている。


szeki erzsineni (2)

 
ジュジおばさんは糸巻き機を回転させながら、
糸を巻きはじめた。
右手で輪を回しながら、左手で均等に巻き取っていく。
カラカラという音が耳に心地よく、
仕事の風景は実に美しいと思った。
時代を遡り、遠き過去をのぞき見たような感覚がする。


szeki erzsineni (1) 

エルジおばさんの部屋は、
今でも60年前の嫁入りの時と変わらない。
12個の枕カバーが天井に届くほど積み上げられ、
すべてセークのアウトライン刺しゅうで作られている。
折りたたんだ縞模様の毛布の下には、
華やかな色のウールの手織りのベッドカバーが何層にもなって続き、
さらに白い手織りのベッドカバーが見られる。


szeki erzsineni (4)


「私の娘も手織りに刺繍、マクラメも編んだし、何でもできるの。
嫁入りの時に必要だったからね。」
50歳くらいの娘さんは、町に出るまでは民俗衣装だけで暮らしていた。
嫁入り道具もすべて自分の手で作った。
村に電気が通ったのも60年代になってから・・。
それなのに、この生活の差は何だろう。
何が人々を変えてしまったのだろうか。
苦労して作った嫁入り道具ももう必要がなくなり、
町へ出た人々はほとんど伝統衣装に袖を通すこともない。

暇をもてあそぶ娘に、おばさんは自家製のハエ取り機を渡した。
「さあ、これで悪い虫をやっつけるのよ。」


szeki erzsineni (3) 

久しぶりの土砂降りが降った後、
村へと散歩に出た。
昔は5000人も住んでいたこの村は、かつては塩鉱山で栄え、
町と呼ばれたこともあった。
「町見物へ行くのよ。」通りで会う人に、エルジおばさんは言った。

村に住むオランダ人のおじさんが博物館を営んでいる。
完成したばかりだという展示室に入らせてもらった。
展示されていたスピンドルを手に取り、
羊の毛のような色をした大麻を束にしてクルクルと巻きはじめた。
時おり、口で手先を湿らせながら器用に巻とる姿に見とれてしまう。
「ここで糸を紡いでくれたのは、あなたが初めてだ。」とご主人さんも喜ぶ。


 szeki erzsineni


この2日間、おばさんの話から、その仕事する姿から
私は本来の村の姿を感じ取っていた。
貧しい村で倹しく、ひたむきに働きつづけた村人たち。
今その生きる姿勢を感じさせてくれる人は、この村であってもごくわずかに違いない。

「私たちはいつも手仕事とともに生きていたの。
ものがないのが当然だったから、何でも1から作るしかなかった。
それは、生活の一部なのよ。」
エルジおばさんの言葉が、今も耳に残っている。








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