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トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ルーマニアのブラウス展、ワークショップのお知らせ

*イベントまでの日にちが近くなりましたので、こちらのお知らせを先に表示いたします。


「トランシルヴァニア 森の彼方の物語 
刺しゅうワークショップとおはなし」と題して、
6/28(金)武蔵境にてワークショップとおはなしを行います。

トランシルヴァニア、カロタセグ地方の刺繍イーラーショシュの
赤いチューリップ、黒いリーフのブローチを作ります。(材料費1,000円)

「四季折々の自然に寄り添う人々のくらし」はお申込み、参加費なしです。

また、トランシルヴァニアのおばあちゃんたちの刺繍作品も販売いたします。


workshop.jpg
workshop2.jpg


午前の部 午前10時30分~正午(託児アリ)

おはなし 午後1時00分~午後2時00分
午後の部 午後2時30分~午後4時00分

場所:武蔵野スイングビル10階 スカイルーム(武蔵境駅)


こちらからお申込みいただけます。

(こちらはお申込みを締め切りました。

たくさんのお申し込みをありがとうございました!)

武蔵野市HP



6/29(土)、30(日)の二日間、

吉祥寺の駅前のビル、アルテ吉祥寺2Fセントラルコートにて

「ルーマニアのブラウス展」開催します。
(私は29日のみ在朗いたします。)
ルーマニアのオリンピックホストタウン武蔵野市の主催です。


exhibition small


「東欧の国、ルーマニアはフォークロアの宝庫です。
トランシルヴァニア、モルドヴァ、ワラキア、
バナート、マラムレシュ・・・。
その複雑な歴史を物語るように、
各地には多種多様な衣装が今なお残っています。

アンリ・マティスの絵画でも知られる、
ルーマニアのブラウス。
まるでルーマニアの各地を旅するように、
極上のブラウスを集めて展示いたします。」


アトレ吉祥寺HP


武蔵野市HP


皆様にお目にかかれますのを楽しみにしております。



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comments(2)|trackback(0)|イベント|2019-06-30_20:07|page top

ショムヨーの精霊降臨祭の出来事

イースターの後にくる、宗教行事が精霊降臨祭である。
キリストの魂が鳥の形の精霊となって帰ってくることを祝う祝日である。

トランシルヴァニアのカトリック教徒にとって
最大の巡礼地がチーク・ショムヨーという村にある。
社会主義時代に宗教(特にルーマニア正教以外の宗派)が弾圧されていた時代にあっても、
人々は車で、列車で、徒歩で、
あらゆる手段でこの日にショムヨーの教会に集まり、ミサを行った。
90年代に社会主義時代が去ってからは、
さらにその宗教熱に拍車がかかり、今は巨大なお祭りのような場所となっている。

ここコヴァスナ県から北のチーク地方、ジェルジョー地方などの
セーケイ地方では、カトリック教徒がほとんどである。
そのためか、精神的にも保守的な傾向が見られるし、
民俗衣装もたくさん残っている。
この聖霊降臨祭のために、毎年、
100年以上も前の民俗衣装を箪笥から出して着ているという人にも出会った。

ショムヨーの大聖堂に収められたマリア様の像は、
涙を流すという奇跡が伝えられている。
この大聖堂の裏側の山には、18~19世紀の十字の像がたてられ、
キリストの受けた受難が刻まれている。
この険しい山をのぼり終えると、キリストの受けた受難のひとかけらでも
味わうような思いになる。
山の上には、ちいさな修道院が立っていて、
船型をしたカーブを描いた壁画がため息をつくほど美しい。

ここセーケイ地方から東へ、
カルパチア山脈を越えていったチャーンゴーと呼ばれる人たちがいる。
ルーマニア人に囲まれて暮らしたチャーンゴーは、
(特に社会主義時代に)ルーマニア語を強要され、
教会でも学校でも公的な場でハンガリー語を話すことはできなかった。
はるばるモルドヴァから訪れた巡礼者たちにとって、
この日だけは母国語ハンガリー語でミサを行うことができたのだ。
チャーンゴーのミサを行う教会はと尋ねても、誰も答えることができなかった。
丘の上の修道院の管理人に尋ねて、
「あの下の教会であるよ」と返事が返ってきた。
先ほど山を上ったばかりなのに、今度は下り道。
しかも、ミサのはじまりを知らせる鐘の音がなっている。
急ぎ足で坂道を下りていく。

教会への坂道に差しかかった時、
降りてくる人の群れと遭遇した。
2人の人に再会できるような予感がしていた。
ひとりは、私をチャンゴーの土地へ誘ってくれた
ハンガリー人の写真家チョマ・ゲルゲイ氏。
もう一人は、去年の夏に出会ったチャンゴーの女性メリツァ。

ミサを終えて出てくる信者たちの間に、
口ひげを生やし、髪を伸ばした初老の男性を見つけた。
早まった息を整えて、ゆっくり彼のそばに近づいていく。
驚いた様子で私を見たゲルゲイの瞳は、
昔のままのようでもあったし、変わったかのようにも見えた。
少し疲れたような、寂しそうな様子でもあった。
「すっかり年をとってしまったよ。」そういう彼に、
「私もよ。」と微笑んだ。

遠く韓国へハンガリー大使として赴任した息子の話をしたり、
先日モルドヴァで懐かしいチャンゴーの人に会ったことを
ぽつりぽつりと話した。
私はただ、涙があふれるばかりで彼の話を聞いていた。
立ち話は5分ほどだっただろうか。
「泣かないで。」と彼が言い、別れた。

留学時代に彼の講演会に立ち寄ったのが最後だったので、
16年ぶりに会うことができたのだ。
奇跡の再会の余韻に呆然としているうちに、
ピンクや赤の華やかなブラウスを装ったメリツァの姿が目に飛び込んできたが、
声をかけることができずやり過ごしてしまった。

やがて旦那や娘が遅れてやってきた。
長い年月のことを思い、
教会の裏の美しい夕暮れ時の原っぱの中に佇んでいるうちに、
いつしか日が傾いているのに気が付いた。

















comments(0)|trackback(0)|イベント|2019-06-09_15:22|page top

花の日曜日-信仰告白式

イースターのちょうど一週間前。
町のルター派教会で、長男の信仰告白式が行われた。
この日のために、この二年間、聖書の時間で勉強をつづけてきた。

160問からなるカーテーと呼ばれる小冊子に、
聖書や教会についての知識が詰まっている。
プロテステスタント教では、生まれてすぐに信者になるのではなく、
本人の自覚と意志をもってはじめて信者になれるという決まりがある。
子どもたちは一昨年に洗礼をしたばかりなので、
いきなりの大行事に面くらってしまったが、
普通は子どもが生まれてすぐに洗礼をするので、
それから長い間ゆっくりと、信仰告白のために準備をしていく。

昔は成人式といえるほど、大人になるための重要な試練だった。
その日のために、親たちは祝日用の最も豪華な衣装を作って備え、
カロタセグ地方では、この式を済ませるとパールタと呼ばれるビーズの冠を被ることができた。
つまり、その日からいつでも嫁に行けるという意味合いがある。

土曜日の夕方に、試問の日がやってきた。
セーケイ地方なので、皆がセーケイの衣装に身を包んでいる。
女の子は赤い手織りのベストにスカート、そして白いエプロン。
男の子は白いシャツに黒いウールのベストやジャケット、
そして白いウールのタイトパンツを装う。

  konfirmalas_201804071345368e5.jpg

セーケイ地方の、特に3つのセークと呼ばれる
この辺りでは、100年以上民俗衣装を日常に着ることがなかった。
というのも、ブラショフという工業都市に近かったため、
早くに町の流行が流れつき、
人々の衣装も都市化してしまった。
そのため、セーケイの衣装、特に古いものを一式揃えるのは難儀である。

息子の衣装も一見してセーケイ風ではあるが、
実はジャケットはクルージ周辺のジュルジ村、
ウールパンツはブラショフ周辺のバルツァシャーグ地方のルーマニア人のもの、
シャツは、ブーツはというように、セーケイのものは一つもない。
つまり、寄せ集めである。

 konfirmalas (3)

この日は、教会の地下の集会所で、
家族や親戚、洗礼親たちに見守られる中、
牧師さんの質問に、それぞれが応えるという質疑応答の形式で行われる。
昔は、日曜の礼拝の後、
村じゅうの人々が注目をする中で行われたというから、
若者たちがどれだけ緊張していたかが伺える。

トランシルヴァニアではルター派は少なく、
昔はドイツ系のザクセン人がほとんどだった。
ザクセン人がドイツに移住してしまった現在では、
ザクセン地方に近い村や町に住むハンガリー人がその多くを占める。
8人の少年少女たちは、無事に試練を乗り越え、
その日は帰途についた。

そして、翌日。
「花の日曜日」と呼ばれる祝日の日に式が行われる。
礼拝の後、はじめて聖餐(せいさん)といって、
キリストの体を象徴するパンや、
キリストの血を象徴するワインを口にすることができる。
それによって、神を五感で感じることができるのだろう。

konfirmalas (6) 
若者たちの両親が教会の掃除をして、飾りつけをした。
ベンチには、モミの葉と白いカーネーションの花が飾られる。

konfirmalas (1)

祭壇の前で、信者となる若者たちはひざまずき、誓いの言葉を述べる。
牧師さんに祝福の言葉をもらい、晴れてルター派の一員となった。

 konfirmalas (4)

礼拝の後、扉の前で牧師さんと握手をするしきたりがある。
この日ばかりは、13歳の若者たちもすべての参加者の手を握る。
私の身長をすでに追い越した息子の手を握り、「おめでとう。」といった。
時の流れは速く、
トランシルヴァニアで生を受けた長男は、
生後半年で日本へ渡り、3年半の時を過ごした。
そして4歳になる前に、またこちらに帰ってきて、
新しい生活をはじめた。
想えば、息子が生まれてからしたさまざまな苦労も、
子どもがいるからこそ乗り越えてこれたのかもしれない。
子育ては、親をも成長させてくれる。
たくさんの洗礼親や家族に見守られて、
ひとつ大人への階段を上ったのだろう。

konfirmalas (5) 
式の後は、古民家でにぎやかに昼食をとった。
大きなイベントが終わって、私たちの肩の荷もおりたのだった。

comments(0)|trackback(0)|イベント|2018-04-07_14:29|page top

トロツコーの謝肉祭(後)

謝肉祭の土曜日がやってきた。
約束の午後1時、待ち合わせの家のドアを叩く。
「まだ来ていないわ。もう少し後でね。」と女性が答えた。
しつこいように、何度もここに来ているのだが、
準備は大丈夫なのだろうか。
心配になりはじめた頃、通りで待ちぼうけする私たちを呼んだ。
「もう始まっているわよ。」

狭い部屋の中では、着替えをする少年たちと
着付けをする女性たちでひしめき合う。
こちらとしては、ガラスケースなしに貴重な衣装を見られるチャンスである。
小さな男の子の衣装は、
ワイドな袖のシャツの先に、カロタセグのブラウスに似た図案が刺繍してある。
襟元の赤い蝶ネクタイは、ザクセン人の衣装の影響だろうか。

torockoi farsang (30) 

長身でがっちりした体格の青年が花嫁に選ばれた。
白いコットンブラウスに、刺繍部分のみパーツとして取り付けられる。
中でも、カフス部分が最も美しい。
トロツコーの枠刺繍と同じテクニックのようだが、
図案はずっと細やかだ。


torockoi farsang (41) 
花嫁にはペチコートと白いコットンスカートを重ね、
さらにシルクのエプロン、三角に折りたたんだシルクのショールを付ける。
肩には、「トロツコーのレース」と名高い
ボビンレースでできたフリルの付け襟が添えられる。
トロツコーはセーケイ地方の端でありながら、
衣装はどちらかというとカロタセグの上地方や、ザクセン人のものに似ているようだ。

torockoi farsang (31) 
最後に花嫁だけがかぶることができる、パールタをのせる。
金糸でできたトロツコーのレースを縫いつけ、
工場製の古い刺繍リボンが花びらのように開いている。

torockoi farsang(16) 
さらにザクセン人の衣装として知られる、
プリーツのあるマントをかけて出来上がり。
着付けの女性はさらに、
二人の小柄な少年をお婆さんに着替えさせる。
こちらはコットンやプリントのスカートにエプロン、
ウールの織りのジャケットにスカーフをかぶせる。
日常着に近い衣装である。

torockoi farsang(19) 
最後に、牧師役の少年がやってきた。
フェルト帽子にマントの出で立ち。
さらに、マジックペンでヒゲを付ける。

torockoi farsang (15) 
謝肉祭のイベントはヨーロッパ各地で催されるけれども、
これほど伝統衣装に凝った村はよそにはないかもしれない。

torockoi farsang (16) 
トロツコーでは100年以上新しい衣装は作られていない。
村でも数少ない衣装は、一家族で全部揃えることができず、
いくつものパーツをお互いに補い合って、
やっと一つの衣装として完成することができるのだという。
それだけ貴重な衣装を、惜しげもなく、
このようなお祭りに提供するということは、
謝肉祭がそれほど村人たちにとって大切な祝日であることの表れだろう。

torockoi farsang (17) 
長い冬の中で、謝肉祭が観光客をよぶ目玉であるのだろう。
観光業を主な収入源とする村としては、
全力を挙げてこのイベントを盛り上げようとする心意気が感じられる。

torockoi farsang(14) 

こちらは青い刺繍のあるブラウスを着た男性。
刺繍が肩にくる姿は、カロタセグの衣装に共通する。
ベストはボビンレースで飾られたもの。
面白いことに、カロタセグの上地方の村に、
トロツコーのレースが「輸入」され、ベストやエプロンの装飾に使われていた。

torockoi farsang(28) 
パレードの出発は、中心の公民館から。
ピンクのピエロになった、ヤニおじさんを見つけた。
背が高いというのは、この帽子のことだったのか。
お賽銭をもらうヒゲの子どもたちは、ユダヤ人だという。

torockoi farsang (22) 
村の中心は、出店や観光客、取材班で
まるでブダペストのバーツィ通りのように混雑している。
普段はひっそりと静かな村がこの日ばかりは賑わう。

初めに兵隊、次に花嫁花婿の行列、それから楽団、やがてロバが棺桶をひいて、
二人のお婆さん、最後にまた兵隊という長いパレードが出発した。
この行列が村中を回り回って最後に中心に戻ってくるという。

torockoi farsang(26) 
謝肉祭はいわば、パロディなのだ。
結婚式、葬式が一色単になって、
面白おかしく、冬の邪を埋葬してしまう。
長い冬を生きてきた人々の、単調な冬を乗り越えて、
来る春を迎えようとする祈りなのである。

赤いベストをきた兵隊たちは、村のあちこちで
大きなムチを雪の大地に叩きつける。
大きな音で邪を払うというのも、世界各地で共通するやり方だ。

torockoi farsang (26) 
花嫁に花婿が厳かに到着する。
雪が氷に変わり、足場が悪いので慎重に歩く。

torockoi farsang (27) 
村のはずれの広場で行列が止まった。
各地で歓迎する家庭があり、
そこでお菓子やお酒などが振舞われる。
さらに村人たちは、この祭りのために寄付をする。
春を迎えるための祭りを、皆で支えているのだ。

torockoi farsang (33) 
白いロバがなんとも可笑しい。
馬に比べて力も弱く、頭も悪いと言われるが、
この謝肉祭にはぴったりである。

torockoi farsang (48) 
棺桶の後ろをついてくるのは、二人の老婆。
棺桶の中、つまり冬の終わりを悲しみ、ずっと泣いている。
つまり、泣き女である。

torockoi farsang(38) 
数時間にも及ぶパレードが中心に帰ってくると、
水場の周りに人々が集まってきた。
ここで牧師がお説教、つまり告別式のようなものを執り行う。
そのスピーチというのが長くて、驚いた。
おそらく少年たちが知恵を振り絞って作ったのであろう。
面白おかしいスピーチながらも、
村のこの一年のさまざまな出来事、さらには問題点が浮き彫りになっている。

少子化の問題に、村の仕事の問題、
村に牛飼いがいなくなり、牛を飼う家がなくなったこと。
村で開店したお店や飲み屋のことなど。
こうして一年を振り返り、
最後に棺桶を水場に投げ込み、さらにそれを斧でかち割って、
謝肉祭の幕が閉じた。

torockoi farsang (37) 
水しぶきとともに、一斉にフラッシュを切る音が響いた。
天気予報によれば、この寒さも数日で終わるという。
天気予報のなかった昔から、
村人たちが変わらず行ってきたこと。

ペンションの大家さんが話していた。
「ハンガリーからのお客さんは、何度も帰ってくる人が多いのよ。
飲み屋などで地の人たちと知り合い、村に居る私たちよりも、
村の情報に通じていて驚くこともあるわ。
そして、ここに来ると「家に帰ってきた。」と言うの。」
村の故郷を失った隣国の同包たちが、
トランシルヴァニアの村に故郷を求めていく。
きっと、ここに村の未来があるのではないだろうか。

comments(0)|trackback(0)|イベント|2018-03-15_15:06|page top

トロツコーの謝肉祭(前)

3月に入り、大寒波がやってきた。
大雪はまたたくまに氷に変わり、
大地は厚い雪と氷で覆われてしまった。
私たちがトロツコーを目指したのは、
ちょうどその日最高の寒さが訪れた直後だった。

国道から山沿いの道へとそれ、
両側を山に挟まれた渓谷の間を奥へ奥へと入っていく。
しばらく行くと、目の前に巨大な山が姿を現した。
通称「セーケイの岩」と呼ばれる山である。
トロツコーはその山の裾に位置する、世にも美しい村である。

torockoi farsang 
村人たちのご先祖は、鉱山で働くために、
このような美しい場所を選んで移り住んだ。
光を浴びない、過酷な暗闇の生活から
週末になると、この美しい村へと帰ってきたのだった。
白い漆喰の壁には花や柱のレリーフが浮き上がり、
土台は石で固められたどっしりした強固な家。
女性たちは、祝日のために
手仕事の腕を磨き、世にも美しい衣装や布を作り出し、
週末のご馳走を用意した。

花嫁衣装は、金糸のボビンレースで作り上げた花嫁の冠、金のベルトにメダルなど、
とても村の衣装とは思えないほど、豪華なものである。
そうした品々は作ることもなくなり、
今や村でも数えるほどしか残っていないという。
謝肉祭は、衣装を着ている姿が見られる貴重な機会なのである。

謝肉祭の前日、私たちは村に到着した。
ペンションの部屋に荷物を降ろし、軽い軽食をとってから、表へと出かける。
村に個人博物館があるのだが、
前回は管理人が不在だったため見ることができなかった。
私が初めてトランシルヴァニアを訪れた99年の夏に、
ここに連れて来てもらい、イダおばあさんに衣装を着せてもらったことがある。
そのおばあさんも90歳になり、動けないので、
今は娘に管理してもらっているそうだ。
娘さんの家を訪ねて、博物館をみたい旨を申し出る。
「今は誰も住んでいないので、雪が深いから・・・。」
となかなか承諾してくれない。
「明日ここで着付けをしなくちゃならないから、今日は無理ね。」
それでは、せめて着付けをするところを見せて欲しいと懇願して、
明日の1時頃に訪ねることになった。

もしかしたら、他にも衣装や清潔の部屋があるかもしれないと
旦那と話しているとき、後ろから声がした。
「ああ、それなら。妹のところに案内するよ。」
見ると、小柄なおじさんが赤い顔をして酔っ払っているようである。
私たちが相談する間もなく、ついてこいと、
おじさんはどんどん歩いていく。
整然と古い家が軒を連ねる村の中心から、奥のちいさな通りへと坂を登っていく。

「明日の謝肉祭には来るかい?
俺が、一番の役になるんだ。
みんなにハートをつけるからね。」
ふらふらとした足取りで、話しつづける。
「俺が一番、背が高くなるのさ。」
女の私より小さなおじさんが真面目な顔で言うので、
「ああ、竹馬に乗るのね。」と合点した。

そうしている内に、妹さん宅に着いた。
迷惑な客の突然の訪問に関わらず、部屋を見せてくれた。
淡いグリーンの背景に、細やかな花模様の描かれた
小箱や木枠など制作したばかりの品々が並んでいた。
「あの、刺繍などは・・。」
「ないわ。」
おじさんは、手仕事と聞いて絵付けのことを考えたのだろう。
それから鳩小屋も見学させてもらい、
今度はこっちだとおじさんの案内はつづく。

おじさんが会う人会う人と言葉を交わすと、
相手が苦笑しながらも、やさしく笑顔を返すところに、
ヤニおじさんの人となりが伺えた。

次はパン屋さん。
5キロもの巨大なパンが棚に並び、
入れ替わり立ち代りに村人たちが買いに来る。
村ではパンを買うのにも、
あらかじめ予約をしないといけない。
「明日がお祭りなので、こっちも大忙しよ。」とおばさんが言った。

村のはずれはひっそりと静かで、人の住む気配がない。
それもその筈だ。
炭鉱者の村だったトロツコーは、鉱山が閉鎖されると
人々は生きていく糧を観光に見出した。
ペンションや観光業で生きていくのにも、
冬場はほとんど収入がない。
若い働き手はよそへ出ていき、
次々と空家はハンガリーの観光客に手に渡っていく。

「ここが村で一番古い家だよ。
17世紀にご先後がここに移住した頃に建てられたんだ。」
斜めに倒れかけてはいるが、屋根もきれいに修復されている。

家と家との間の隙間におじさんが入っていく。
「ここが近道だ。」
わずかに大人一人がやっと入るくらいの小道。
石造りの壁を手で触れながら下り道を行くと、
まるで子供時代の探検を思い出す。
気が付くと、村の中心に出ていた。

今度は橋を渡り、村の反対側の通りへと向かった。
「俺たちは毎晩、子供たちが寝静まってから
山に登ってソリをするのさ。
ホットワインを飲みながら、村の坂道をすべり降りるのは最高だ。」
と嬉しそうに話す。
娯楽の少ない村にあって、こんな楽しい夜の過ごし方を知っているのは幸せなこと。

通りの脇に溝があり、鯉が泳いでいる。
「この水路も俺が作ったんだ。」
石で積み上げられた水路、そして古い水車が立っていた。
おじさんはここでも我が家のように門をあけて、どんどん中へ入っていく。
水車小屋の中には、17世紀古い木製の粉砕機が立っていた。
「隣の部屋に持ち主が住んでいて、
粉が挽きおわると、このベルが鳴るんだ。」
正面には、美しい印が刻まれている。

torockoi farsang (5)


 隣の住まいは、展示室に改装してあった。
時間にゆとりのあった、古き良き時代に思いを馳せることができる。

torockoi farsang (1) 
6時もすぎ、夕食の時間が近づいてきた。
そろそろペンションに帰らないと、と言っても、
おじさんはまだ先があると請け合わない。
村の湧水を通って、何を思ったのか
雪深い山道を進んでいく。
幸いにもスノーブーツを履いていたから良かった。
真っ白な道に足あとを残しながら、日が陰りゆく村のはずれを歩き続ける。
目の前に巨大な山の岩肌が迫っていた。

torockoi farsang (3) 
山の端に来た頃、
「生まれたてのヤギを見せてあげよう。」とウィンクする。
村へ降りると、そこはヤギの牧場だった。
活気のある動物の鳴き声が響き渡る、
柵の横には、生まれたばかりの子ヤギが倒れていた。
「昨夜は、氷点下20度を下回っていたわ。
動物たちもこの寒さでは大変。
たくさんのヤギの中で可哀相だけれど、死んでしまう子もいるの。」
とおかみさんが語る。

村に下った頃は、もうすっかり暗くなっていた。
思いがけない一日の締めくくりに、
「パーリンカを飲もう。」と知人の家に入った。
ちょうど夕食時で忙しいはずなのに、
キッチンに入るヤニおじさんと私たちに
おかみさんが蒸留酒をそそぐ。
突飛のない行動であちこちに出没するけれど、
誰しも苦笑を浮かべながらも、迷惑そうではない。
おじさんの人格のなす技なのだろう。
明日はどんな姿でおじさんを見かけるのか、楽しみだ。









comments(2)|trackback(0)|イベント|2018-03-10_14:18|page top