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トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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花の日曜日-信仰告白式

イースターのちょうど一週間前。
町のルター派教会で、長男の信仰告白式が行われた。
この日のために、この二年間、聖書の時間で勉強をつづけてきた。

160問からなるカーテーと呼ばれる小冊子に、
聖書や教会についての知識が詰まっている。
プロテステスタント教では、生まれてすぐに信者になるのではなく、
本人の自覚と意志をもってはじめて信者になれるという決まりがある。
子どもたちは一昨年に洗礼をしたばかりなので、
いきなりの大行事に面くらってしまったが、
普通は子どもが生まれてすぐに洗礼をするので、
それから長い間ゆっくりと、信仰告白のために準備をしていく。

昔は成人式といえるほど、大人になるための重要な試練だった。
その日のために、親たちは祝日用の最も豪華な衣装を作って備え、
カロタセグ地方では、この式を済ませるとパールタと呼ばれるビーズの冠を被ることができた。
つまり、その日からいつでも嫁に行けるという意味合いがある。

土曜日の夕方に、試問の日がやってきた。
セーケイ地方なので、皆がセーケイの衣装に身を包んでいる。
女の子は赤い手織りのベストにスカート、そして白いエプロン。
男の子は白いシャツに黒いウールのベストやジャケット、
そして白いウールのタイトパンツを装う。

  konfirmalas_201804071345368e5.jpg

セーケイ地方の、特に3つのセークと呼ばれる
この辺りでは、100年以上民俗衣装を日常に着ることがなかった。
というのも、ブラショフという工業都市に近かったため、
早くに町の流行が流れつき、
人々の衣装も都市化してしまった。
そのため、セーケイの衣装、特に古いものを一式揃えるのは難儀である。

息子の衣装も一見してセーケイ風ではあるが、
実はジャケットはクルージ周辺のジュルジ村、
ウールパンツはブラショフ周辺のバルツァシャーグ地方のルーマニア人のもの、
シャツは、ブーツはというように、セーケイのものは一つもない。
つまり、寄せ集めである。

 konfirmalas (3)

この日は、教会の地下の集会所で、
家族や親戚、洗礼親たちに見守られる中、
牧師さんの質問に、それぞれが応えるという質疑応答の形式で行われる。
昔は、日曜の礼拝の後、
村じゅうの人々が注目をする中で行われたというから、
若者たちがどれだけ緊張していたかが伺える。

トランシルヴァニアではルター派は少なく、
昔はドイツ系のザクセン人がほとんどだった。
ザクセン人がドイツに移住してしまった現在では、
ザクセン地方に近い村や町に住むハンガリー人がその多くを占める。
8人の少年少女たちは、無事に試練を乗り越え、
その日は帰途についた。

そして、翌日。
「花の日曜日」と呼ばれる祝日の日に式が行われる。
礼拝の後、はじめて聖餐(せいさん)といって、
キリストの体を象徴するパンや、
キリストの血を象徴するワインを口にすることができる。
それによって、神を五感で感じることができるのだろう。

konfirmalas (6) 
若者たちの両親が教会の掃除をして、飾りつけをした。
ベンチには、モミの葉と白いカーネーションの花が飾られる。

konfirmalas (1)

祭壇の前で、信者となる若者たちはひざまずき、誓いの言葉を述べる。
牧師さんに祝福の言葉をもらい、晴れてルター派の一員となった。

 konfirmalas (4)

礼拝の後、扉の前で牧師さんと握手をするしきたりがある。
この日ばかりは、13歳の若者たちもすべての参加者の手を握る。
私の身長をすでに追い越した息子の手を握り、「おめでとう。」といった。
時の流れは速く、
トランシルヴァニアで生を受けた長男は、
生後半年で日本へ渡り、3年半の時を過ごした。
そして4歳になる前に、またこちらに帰ってきて、
新しい生活をはじめた。
想えば、息子が生まれてからしたさまざまな苦労も、
子どもがいるからこそ乗り越えてこれたのかもしれない。
子育ては、親をも成長させてくれる。
たくさんの洗礼親や家族に見守られて、
ひとつ大人への階段を上ったのだろう。

konfirmalas (5) 
式の後は、古民家でにぎやかに昼食をとった。
大きなイベントが終わって、私たちの肩の荷もおりたのだった。

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comments(0)|trackback(0)|イベント|2018-04-07_14:29|page top

トロツコーの謝肉祭(後)

謝肉祭の土曜日がやってきた。
約束の午後1時、待ち合わせの家のドアを叩く。
「まだ来ていないわ。もう少し後でね。」と女性が答えた。
しつこいように、何度もここに来ているのだが、
準備は大丈夫なのだろうか。
心配になりはじめた頃、通りで待ちぼうけする私たちを呼んだ。
「もう始まっているわよ。」

狭い部屋の中では、着替えをする少年たちと
着付けをする女性たちでひしめき合う。
こちらとしては、ガラスケースなしに貴重な衣装を見られるチャンスである。
小さな男の子の衣装は、
ワイドな袖のシャツの先に、カロタセグのブラウスに似た図案が刺繍してある。
襟元の赤い蝶ネクタイは、ザクセン人の衣装の影響だろうか。

torockoi farsang (30) 

長身でがっちりした体格の青年が花嫁に選ばれた。
白いコットンブラウスに、刺繍部分のみパーツとして取り付けられる。
中でも、カフス部分が最も美しい。
トロツコーの枠刺繍と同じテクニックのようだが、
図案はずっと細やかだ。


torockoi farsang (41) 
花嫁にはペチコートと白いコットンスカートを重ね、
さらにシルクのエプロン、三角に折りたたんだシルクのショールを付ける。
肩には、「トロツコーのレース」と名高い
ボビンレースでできたフリルの付け襟が添えられる。
トロツコーはセーケイ地方の端でありながら、
衣装はどちらかというとカロタセグの上地方や、ザクセン人のものに似ているようだ。

torockoi farsang (31) 
最後に花嫁だけがかぶることができる、パールタをのせる。
金糸でできたトロツコーのレースを縫いつけ、
工場製の古い刺繍リボンが花びらのように開いている。

torockoi farsang(16) 
さらにザクセン人の衣装として知られる、
プリーツのあるマントをかけて出来上がり。
着付けの女性はさらに、
二人の小柄な少年をお婆さんに着替えさせる。
こちらはコットンやプリントのスカートにエプロン、
ウールの織りのジャケットにスカーフをかぶせる。
日常着に近い衣装である。

torockoi farsang(19) 
最後に、牧師役の少年がやってきた。
フェルト帽子にマントの出で立ち。
さらに、マジックペンでヒゲを付ける。

torockoi farsang (15) 
謝肉祭のイベントはヨーロッパ各地で催されるけれども、
これほど伝統衣装に凝った村はよそにはないかもしれない。

torockoi farsang (16) 
トロツコーでは100年以上新しい衣装は作られていない。
村でも数少ない衣装は、一家族で全部揃えることができず、
いくつものパーツをお互いに補い合って、
やっと一つの衣装として完成することができるのだという。
それだけ貴重な衣装を、惜しげもなく、
このようなお祭りに提供するということは、
謝肉祭がそれほど村人たちにとって大切な祝日であることの表れだろう。

torockoi farsang (17) 
長い冬の中で、謝肉祭が観光客をよぶ目玉であるのだろう。
観光業を主な収入源とする村としては、
全力を挙げてこのイベントを盛り上げようとする心意気が感じられる。

torockoi farsang(14) 

こちらは青い刺繍のあるブラウスを着た男性。
刺繍が肩にくる姿は、カロタセグの衣装に共通する。
ベストはボビンレースで飾られたもの。
面白いことに、カロタセグの上地方の村に、
トロツコーのレースが「輸入」され、ベストやエプロンの装飾に使われていた。

torockoi farsang(28) 
パレードの出発は、中心の公民館から。
ピンクのピエロになった、ヤニおじさんを見つけた。
背が高いというのは、この帽子のことだったのか。
お賽銭をもらうヒゲの子どもたちは、ユダヤ人だという。

torockoi farsang (22) 
村の中心は、出店や観光客、取材班で
まるでブダペストのバーツィ通りのように混雑している。
普段はひっそりと静かな村がこの日ばかりは賑わう。

初めに兵隊、次に花嫁花婿の行列、それから楽団、やがてロバが棺桶をひいて、
二人のお婆さん、最後にまた兵隊という長いパレードが出発した。
この行列が村中を回り回って最後に中心に戻ってくるという。

torockoi farsang(26) 
謝肉祭はいわば、パロディなのだ。
結婚式、葬式が一色単になって、
面白おかしく、冬の邪を埋葬してしまう。
長い冬を生きてきた人々の、単調な冬を乗り越えて、
来る春を迎えようとする祈りなのである。

赤いベストをきた兵隊たちは、村のあちこちで
大きなムチを雪の大地に叩きつける。
大きな音で邪を払うというのも、世界各地で共通するやり方だ。

torockoi farsang (26) 
花嫁に花婿が厳かに到着する。
雪が氷に変わり、足場が悪いので慎重に歩く。

torockoi farsang (27) 
村のはずれの広場で行列が止まった。
各地で歓迎する家庭があり、
そこでお菓子やお酒などが振舞われる。
さらに村人たちは、この祭りのために寄付をする。
春を迎えるための祭りを、皆で支えているのだ。

torockoi farsang (33) 
白いロバがなんとも可笑しい。
馬に比べて力も弱く、頭も悪いと言われるが、
この謝肉祭にはぴったりである。

torockoi farsang (48) 
棺桶の後ろをついてくるのは、二人の老婆。
棺桶の中、つまり冬の終わりを悲しみ、ずっと泣いている。
つまり、泣き女である。

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数時間にも及ぶパレードが中心に帰ってくると、
水場の周りに人々が集まってきた。
ここで牧師がお説教、つまり告別式のようなものを執り行う。
そのスピーチというのが長くて、驚いた。
おそらく少年たちが知恵を振り絞って作ったのであろう。
面白おかしいスピーチながらも、
村のこの一年のさまざまな出来事、さらには問題点が浮き彫りになっている。

少子化の問題に、村の仕事の問題、
村に牛飼いがいなくなり、牛を飼う家がなくなったこと。
村で開店したお店や飲み屋のことなど。
こうして一年を振り返り、
最後に棺桶を水場に投げ込み、さらにそれを斧でかち割って、
謝肉祭の幕が閉じた。

torockoi farsang (37) 
水しぶきとともに、一斉にフラッシュを切る音が響いた。
天気予報によれば、この寒さも数日で終わるという。
天気予報のなかった昔から、
村人たちが変わらず行ってきたこと。

ペンションの大家さんが話していた。
「ハンガリーからのお客さんは、何度も帰ってくる人が多いのよ。
飲み屋などで地の人たちと知り合い、村に居る私たちよりも、
村の情報に通じていて驚くこともあるわ。
そして、ここに来ると「家に帰ってきた。」と言うの。」
村の故郷を失った隣国の同包たちが、
トランシルヴァニアの村に故郷を求めていく。
きっと、ここに村の未来があるのではないだろうか。

comments(0)|trackback(0)|イベント|2018-03-15_15:06|page top

トロツコーの謝肉祭(前)

3月に入り、大寒波がやってきた。
大雪はまたたくまに氷に変わり、
大地は厚い雪と氷で覆われてしまった。
私たちがトロツコーを目指したのは、
ちょうどその日最高の寒さが訪れた直後だった。

国道から山沿いの道へとそれ、
両側を山に挟まれた渓谷の間を奥へ奥へと入っていく。
しばらく行くと、目の前に巨大な山が姿を現した。
通称「セーケイの岩」と呼ばれる山である。
トロツコーはその山の裾に位置する、世にも美しい村である。

torockoi farsang 
村人たちのご先祖は、鉱山で働くために、
このような美しい場所を選んで移り住んだ。
光を浴びない、過酷な暗闇の生活から
週末になると、この美しい村へと帰ってきたのだった。
白い漆喰の壁には花や柱のレリーフが浮き上がり、
土台は石で固められたどっしりした強固な家。
女性たちは、祝日のために
手仕事の腕を磨き、世にも美しい衣装や布を作り出し、
週末のご馳走を用意した。

花嫁衣装は、金糸のボビンレースで作り上げた花嫁の冠、金のベルトにメダルなど、
とても村の衣装とは思えないほど、豪華なものである。
そうした品々は作ることもなくなり、
今や村でも数えるほどしか残っていないという。
謝肉祭は、衣装を着ている姿が見られる貴重な機会なのである。

謝肉祭の前日、私たちは村に到着した。
ペンションの部屋に荷物を降ろし、軽い軽食をとってから、表へと出かける。
村に個人博物館があるのだが、
前回は管理人が不在だったため見ることができなかった。
私が初めてトランシルヴァニアを訪れた99年の夏に、
ここに連れて来てもらい、イダおばあさんに衣装を着せてもらったことがある。
そのおばあさんも90歳になり、動けないので、
今は娘に管理してもらっているそうだ。
娘さんの家を訪ねて、博物館をみたい旨を申し出る。
「今は誰も住んでいないので、雪が深いから・・・。」
となかなか承諾してくれない。
「明日ここで着付けをしなくちゃならないから、今日は無理ね。」
それでは、せめて着付けをするところを見せて欲しいと懇願して、
明日の1時頃に訪ねることになった。

もしかしたら、他にも衣装や清潔の部屋があるかもしれないと
旦那と話しているとき、後ろから声がした。
「ああ、それなら。妹のところに案内するよ。」
見ると、小柄なおじさんが赤い顔をして酔っ払っているようである。
私たちが相談する間もなく、ついてこいと、
おじさんはどんどん歩いていく。
整然と古い家が軒を連ねる村の中心から、奥のちいさな通りへと坂を登っていく。

「明日の謝肉祭には来るかい?
俺が、一番の役になるんだ。
みんなにハートをつけるからね。」
ふらふらとした足取りで、話しつづける。
「俺が一番、背が高くなるのさ。」
女の私より小さなおじさんが真面目な顔で言うので、
「ああ、竹馬に乗るのね。」と合点した。

そうしている内に、妹さん宅に着いた。
迷惑な客の突然の訪問に関わらず、部屋を見せてくれた。
淡いグリーンの背景に、細やかな花模様の描かれた
小箱や木枠など制作したばかりの品々が並んでいた。
「あの、刺繍などは・・。」
「ないわ。」
おじさんは、手仕事と聞いて絵付けのことを考えたのだろう。
それから鳩小屋も見学させてもらい、
今度はこっちだとおじさんの案内はつづく。

おじさんが会う人会う人と言葉を交わすと、
相手が苦笑しながらも、やさしく笑顔を返すところに、
ヤニおじさんの人となりが伺えた。

次はパン屋さん。
5キロもの巨大なパンが棚に並び、
入れ替わり立ち代りに村人たちが買いに来る。
村ではパンを買うのにも、
あらかじめ予約をしないといけない。
「明日がお祭りなので、こっちも大忙しよ。」とおばさんが言った。

村のはずれはひっそりと静かで、人の住む気配がない。
それもその筈だ。
炭鉱者の村だったトロツコーは、鉱山が閉鎖されると
人々は生きていく糧を観光に見出した。
ペンションや観光業で生きていくのにも、
冬場はほとんど収入がない。
若い働き手はよそへ出ていき、
次々と空家はハンガリーの観光客に手に渡っていく。

「ここが村で一番古い家だよ。
17世紀にご先後がここに移住した頃に建てられたんだ。」
斜めに倒れかけてはいるが、屋根もきれいに修復されている。

家と家との間の隙間におじさんが入っていく。
「ここが近道だ。」
わずかに大人一人がやっと入るくらいの小道。
石造りの壁を手で触れながら下り道を行くと、
まるで子供時代の探検を思い出す。
気が付くと、村の中心に出ていた。

今度は橋を渡り、村の反対側の通りへと向かった。
「俺たちは毎晩、子供たちが寝静まってから
山に登ってソリをするのさ。
ホットワインを飲みながら、村の坂道をすべり降りるのは最高だ。」
と嬉しそうに話す。
娯楽の少ない村にあって、こんな楽しい夜の過ごし方を知っているのは幸せなこと。

通りの脇に溝があり、鯉が泳いでいる。
「この水路も俺が作ったんだ。」
石で積み上げられた水路、そして古い水車が立っていた。
おじさんはここでも我が家のように門をあけて、どんどん中へ入っていく。
水車小屋の中には、17世紀古い木製の粉砕機が立っていた。
「隣の部屋に持ち主が住んでいて、
粉が挽きおわると、このベルが鳴るんだ。」
正面には、美しい印が刻まれている。

torockoi farsang (5)


 隣の住まいは、展示室に改装してあった。
時間にゆとりのあった、古き良き時代に思いを馳せることができる。

torockoi farsang (1) 
6時もすぎ、夕食の時間が近づいてきた。
そろそろペンションに帰らないと、と言っても、
おじさんはまだ先があると請け合わない。
村の湧水を通って、何を思ったのか
雪深い山道を進んでいく。
幸いにもスノーブーツを履いていたから良かった。
真っ白な道に足あとを残しながら、日が陰りゆく村のはずれを歩き続ける。
目の前に巨大な山の岩肌が迫っていた。

torockoi farsang (3) 
山の端に来た頃、
「生まれたてのヤギを見せてあげよう。」とウィンクする。
村へ降りると、そこはヤギの牧場だった。
活気のある動物の鳴き声が響き渡る、
柵の横には、生まれたばかりの子ヤギが倒れていた。
「昨夜は、氷点下20度を下回っていたわ。
動物たちもこの寒さでは大変。
たくさんのヤギの中で可哀相だけれど、死んでしまう子もいるの。」
とおかみさんが語る。

村に下った頃は、もうすっかり暗くなっていた。
思いがけない一日の締めくくりに、
「パーリンカを飲もう。」と知人の家に入った。
ちょうど夕食時で忙しいはずなのに、
キッチンに入るヤニおじさんと私たちに
おかみさんが蒸留酒をそそぐ。
突飛のない行動であちこちに出没するけれど、
誰しも苦笑を浮かべながらも、迷惑そうではない。
おじさんの人格のなす技なのだろう。
明日はどんな姿でおじさんを見かけるのか、楽しみだ。









comments(2)|trackback(0)|イベント|2018-03-10_14:18|page top

2017年の夏

2017年、夏が目覚めるよりすこし早くに、
私たちはルーマニアを飛び立った。

フレデリック・ショパン空港で、
8時間の待ち合わせ。
ぴかぴかの、とびきり高価な玩具を見つけて、大喜びのふたり。
散らばったおもちゃ箱のように、にぎやかな音がはじける。
3人の子供たちを連れて、長い長い旅がはじまった。

japannyar(6).jpg 
飛行機に揺られて10時間。
成田空港で、おばあちゃんと合流。
久しぶりの再会に胸を躍らせながら、電車に揺られて宿泊所へ向かった。
それから、眠たい目をこする暇もなく浅草へ。
いつものように、手には大きなスーツケース。
宝箱から大切な珠玉の衣装や手仕事をひとつひとつ広げて、
これから白い壁面をトランシルヴァニアの色彩に塗り替えていく。

浅草のオレンジ通りに位置する、老舗の手ぬぐい屋さん。
かまわぬさんとのめぐり合わせは、青木さんを通じてだった。
古くからハンガリーの刺繍を愛するかまわぬの清水さんが企画していただき、実現したもの。
日本の伝統文化を伝える店舗にて、
異国のトランシルヴァニアの装いの文化を紐解く。
思いも及ばない場所との縁をいただいて、
展示会、トークショー、ワークショップと幅広く文化紹介をすることができた。
中でも、まるで展示会のプレオープンのようなトークショーでは、
トランシルヴァニアの衣食住について幅広くお話させていただく機会となった。

japannyar (7)

思いもよらぬ人との出会い、再会は
人生のスパイスのようなもの。
長男と長女をまるで実の孫のように半日お守りしてくださったHさま、
音楽やハンガリー文化について造詣の深いHさまはワークショップに参加いただき、
いつも私の右腕として刺繍の指導に当たっていただく伊藤さま・・。
映画業界で活躍する大学時代の親友と、
我が家族のように私たちを迎えてくれる親友のお母さん、
世界を股に駆け回る日本語教師の先輩に、
ルーマニアで撮影活動を続ける写真家の堀内さん御夫妻、
京都で活動をつづける刺繍作家Molindaさんに、
私に筆の楽しさを教えてくれたEchoさん、
大学時代の恩師早稲田先生・・・。

午後のワークショップに、開始から少し遅れて
松葉杖をつき会場に駆けつけてくださったMさま。
「今日の日のために、5年前の展示会で求めた図案を完成させて、
洋服に仕立てたんです。」
イーラーショシュの大作に参加者からため息がもれた。

 japannyar (6)
 
1年前から予定されていたハンガリーフェスティバルでは、
ハンガリーで日本文学の第一人者であられるVihar先生、
在日ハンガリー大使にピアニストの赤松麟太郎氏など立派な方々に気後れしながらも、
トランシルヴァニア地方で暮らすハンガリー人の多種多様な民俗衣装や刺繍について
お話させていただいた。

名古屋は、私にとって思い出深い、祖父母の家があったところ。
墓参りに、ご無沙汰していた親戚一同と会することができ、
特別なひとときを過ごすことができた。

それから、大阪へと舞台は映る。
母校の大学で講演をさせていただいた後、
懐かしい山沿いのバスに揺られて箕面駅へと向かった。
ひと駅歩いた牧落駅に、「けんちくの種」がある。
一級建築士の中谷さま御夫妻がお持ちの事務所を、
こうした文化イベントにも大きく放たれている。

一年前の大阪梅田のNHKカルチャーの講座に参加いただいた、
中谷さまにお声をかけていただいた。
話し合ううちに、「トランシルヴァニアの多種多様な民俗衣装や刺繍文化」をテーマにした
展示にすることに決まった。
ルーマニア、ハンガリー、ザクセンにロマ、
多民族が互いに影響し、または分離して培った文化は大きな特徴でもある。
初めて日本に運び展示する品も多く、
背景とする村や地方が数多くあった。

japannyar (5) 
台風のように慌ただしかった旅行も終わり、
今度は宮崎で穏やかな生活がはじまった。
緑の鮮やかさが勢いをました稲、
足元の小さい池ではさまざまな生き物の息遣いが聞こえてきた。

japannyar (2) 
楠の木が見たいという長男に誘われて、
近くの神社に足を運んだこともあった。
巨大な木々のふもとに立つと心が休まるのはどうしてだろう。

japannyar (3) 
長男が小学校に通う最後の夏。
家族や大人からすこし距離を置きはじめたこの頃、
友人と一緒の時間が何より楽しいらしい。
親友になったゆうま君たちと過ごす思い出深い夏になった。

japannyar (4) 
茹だるような熱気に悩まされた日々もまた、良き思い出だ。
やがて稲の穂も黄金色に垂れてきた。
稲の刈りどきを知るために、昔の人たちは
鎌を大きく田の上に投げ入れたそうだ。
稲がその重みで支えられたら、
初めて穂が実ったということらしい。
祖父が教えてくれた知恵を、また母の口から知った。

稲かすっかり刈り取られて空き地になった頃、
私たちの日本での夏が終わった。

japannyar (1) 
旅の終わりに、成田空港の近くの佐原に住む
貝戸さんご一家のお宅に寄せていただいた。
5年ぶりに、ルーマニアを訪れたいというご家族と、
成田へ向かうにぎやかな車中で、
このまま一緒にルーマニアを目指しているかのような楽しい空想に襲われた。
「今度はルーマニアで。」を合言葉に、成田空港で別れた。

japannyar.jpg 
 
comments(6)|trackback(0)|イベント|2017-08-05_13:49|page top

「カロタセグ -装いの文化」展



karotasegu_img_text3.jpg

ラテン語で「森のかなたの国」を意味するトランシルヴァニア。
 現在のルーマニア西部に、カロタセグ地方はあります。
原風景広がるのどかな村に暮らす女性たちは、 
先祖代々に受け継ぐ美しく彩られた衣装を、大切に身に纏ってきました。
カロタセグをはじめ、トランシルヴァニアから届いた美しい衣装や手仕事の数々を、 
是非店頭でご覧ください。 

カロタセグ-装いの文化 
2017.6.10 Sat. - 6.25 Sun. open10:30 | close19:00 
KAMAWANU Utensils Store 2F “piece”
 
  ●トークショー【カロタセグの装いと手しごと】 

ルーマニア西部カロタセグ地方。 
そこには装うことを文化として大切に守り、楽しんでいる人々がいます。
目を惹きつけてやまない美しい伝統衣装。
繊細で細やかな手しごとの数々。 
現地の写真を交えながら、カロタセグの衣装のこと、生活や文化、手しごとのお話を伺います。
 日時:6/9(金)19時~20時  

※会期前日 話:谷崎聖子 参加人数:先着20名まで 参加費:1000円(税別)
(カロタセグ地方のお菓子とハーブティ・お土産付き)

 ●ワークショップ【イーラー ショシュ刺繍のサンプラートートバッグ】 
日時:6/10(土) ①午前/10時30分~12時30分 
        ②午後/14時~16時 

講師:谷崎聖子 参加費:6500円(講習費・材料費含む・税別) 
参加人数:各回10名  
持ち物:はさみ

*トークショー・ワークショップに参加ご希望の方は、
店頭またはお電話にて事前にご予約ください
TEL
03-6231-6466(かまわぬ浅草店)
*DMご希望の方はこちらまでご連絡ください。

カロタセグDM-JP

comments(4)|trackback(0)|イベント|2017-05-26_16:38|page top