トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

3人の洗礼式

いつしか、こちらでの生活も8年を過ぎていた。
長男はこの春に12歳になり、
長女は3歳、そして次男ももうすぐ1歳を迎える。
トランシルヴァニアの生活に根をおろし、
生活をしていくにあたって、何かをしておきたいと考えるようになった。
そうして思いついたのが、洗礼式。
それも、亡き姑の生まれ故郷の村でしようと決めた。

きっかけは昨年の秋、
お盆のためにクリズバへ向かった時だった。
お昼前に向かう車の中で、旦那が思いつきのように口にした。
洗礼式をしようというのは話題にしていたのだが、
住む町から遠く離れ、親戚はおろか知人すらいない村でしようとは全く予想していなかった。

村から村へ精力的に歩きまわり、
亡くなるまで村のことを書き綴っていた舅親。
民話や民謡、習慣に手仕事、歴史・・。
幅広い分野に興味をもち、
セーケイ地方や故郷のバルツァシャーグ、モルドヴァ地方まで足を伸ばした。
シェレシュ・アンドラーシュは民俗学者であり、
旦那が12歳の時に他界してからも、常に彼に大きな影響を与えてきた。

村につき、車を降りるとすぐ旦那の兄に偶然出会った。
腹違いの兄弟なので普段は連絡を取ることもない。
いっしょに墓を参り、そして洗礼式のことを話すと、
ぜひ参加したいと申し出た。
その足で、牧師の家に向かい、
ただの空想だった行事があっという間に形を整えていった。
6月に日本から母がこちらに来てくれる、
ちょうどその時に決行することになった。

イギリスのヴィクトリア時代の洗礼衣装が手に入った。
旦那がスモッキングの技法について探しているうちに、
イギリスで伝統的なブラウスの型に興味を持つようになった。
前後形が同じという珍しい形で、
白一色のさまざまなスモッキング刺繍の陰影がなんとも美しい。
大きさもちょうど、娘と次男にぴったりだ。

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足踏みしながらやってきた、6月のある日曜日。
私たちはクリズバに来ていた。
日本から母親が、セーケイ地方やカロタセグから親友たちが駆けつけてくれた。
主人の母親と連れ添ったラツィおじさんも・・。

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娘の生まれながらの親友、ジョフィカ。
この二人の誕生のおかげで、
さらにブラーガ一家と親しくなった。
洗礼式の話を持ちかけると、
三人のうちから娘の洗礼親になりたいと申し出てくれた。

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教会の鐘の音が高らかに鳴り響き、
日曜の礼拝がはじまった。
牧師の澄んだ歌声のようなお祈りと、
信者たちの掛け合いがまるでミュージカルのようだ。
おじいさんが賛美歌の番号の書かれた札を、
ごそごそと探し出し、厳かに皆の前に掲げる姿も微笑ましい。

はじめて参加する、ルター派教会の礼拝。
はじめて見る、クリズバの教会。
全てが新しい場にもかかわらず、
何か温かいもので包まれているようだ。

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それはかつて、子供たちの祖父やご先祖たちが集い、
祈りを捧げてきた場であるからに違いない。
1697年という年号の刻まれた洗礼盤が、
確かにそれを物語ってくれる。

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若い牧師が愛情深い眼差しで、
子供たちの新たな旅路を祝福してくれる。
それぞれの洗礼親に抱かれ、
聖水を頭から注がれて、彼らは晴れてキリスト教徒として生まれ変わった。

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トランシルヴァニアの大家族に見守られながら、
私たちはここでまた歩きはじめる。
3人の宝を通じての絆が、末永くも続いていくことを願って。

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comments(2)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2016-08-29_12:26|page top

秋の夜とかぼちゃのランプ

子どもは、知らず知らずのうちに親の手を離れていくものかもしれない。

長男は家で過ごすより学校の時間が長くなり、
帰ってきても近所の友達の呼びかけで外に出ることが多くなった。
暗くなってもなかなか帰ってこないので、
散歩がてら下の子ふたりを連れて表に出ることにした。

アパートの扉を開けてみると、
10月とは思えないほどの暖かな空気が体を包み込んだ。
夕暮れどきの道を歩いて、公園の方に向かって歩いていくと、
どこからともなく賑やかな子どもたちの笑い声が聞こえてくる。

7,8人くらいの子どものグループがアパートの下の芝生に輪になって腰かけて、
楽しそうに遊んでいた。
子供の頃に遊んだ、ハンカチ落としの遊びに似ているようだ。
一人の子どもが輪の外を回りながら、ふと誰かの方をたたき、
たたかれた子どもがその子を追いかけ捕まえる。
無邪気に笑い戯れる長男を見ていると、あたかも幼稚園時代に戻ったかのようだった。
同い年の11歳の子もいれば、中には幼稚園生くらいのちいさな子までいる。

まるで夏の夜の、それも町ではなく、
どこかの村で過ごす夏休みのような夜だった。
すでに日は沈み、もうすぐ夕闇が迫ってくるのだが、
その姿をいつまでも見ていたい気持ちでいた。
すると、隣で旦那がつぶやいた。
「かぼちゃを持ってきて、ここでランプを作ろうか。」

子どもたちに提案をしてみると、
案の定、飛び上がらんばかりに喜んだ。
アパートに走って、旦那が8キロくらいはある大きなかぼちゃと
ナイフ、マッチとロウソクを持ってくる。
かぼちゃの頭のところを切って、
「種を取るのを手伝ってくれる?」と聞くと、
みんなが嫌な顔ひとつせず手を突っこんで、種をかき出してくれる。

今度は、「誰か、顔を彫りたい人いる?」というと、
一斉に手をあげて、「私は目!」、「僕は鼻!」と主張する。
よく考えてみると、かぼちゃが予想以上に硬かったので
子供の手にナイフを渡すことをためらった。
旦那が器用に、三角形の目と鼻、
ギザギザに長くのびた口をナイフで切り抜くのを皆でじっと眺めていた。

いよいよ、なかにロウソクを入れる時がきた。
群青色の闇に包まれ、アパートの周りはすでに電灯が点っていた。
かぼちゃの顔に明かりが灯ると、
子供たちの間からどっと歓声がわき起こった。
町の明かりの中では、そんなに明るい光ではない。
それでも、目や鼻、口からこぼれ出るオレンジ色の明かりを眺めていると、
秋の夜にふさわしい情緒を感じられる。

しばらくの間、その明かりに吸い寄せられるように眺めてから、
私たちは解散した。
自分の子どもが幼いこと、無邪気なことに安心し、
そしてこれほど誇らしいと思ったことはなかった。

無理して肩肘はって、大人にならなくていい。
今のうちに、子どもでいることを存分に楽しんでほしい。
大人にならなければならない時は、すぐにやってくるのだから。




comments(4)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2015-11-09_06:07|page top

秋分の産声

これだけ、ある時を待ちわびたことがあっただろうか。
赤ちゃんの生まれるはずだった日から、すでに一週間を過ぎていた。

体もそろそろ限界という時、やっと出産の兆しが現れた。
はじめは、腰のあたりからまるで水がにじむように
じんわりと広がっていく痛み。
それは、不思議と心地よいものだった。
それから、痛みの波は強くなったり弱くなったりしているうちに、
いつしか日が暮れてしまった。

娘を寝かしつけて、一緒に眠ってしまったらしい。
深夜に目を覚まして、いよいよ陣痛が本格的になってくるのが感じられた。
我が家からほど近い県立病院へと駆けつける。

日付は次の日へとかわり、
夜から明け方に近づくころ、息子が誕生した。
出産の壮絶な苦しみの中で、
息子が生まれる瞬間に泣き声がしないのに気が付いた。
その小さな体は紫色に染まり、
透明の太いゴム管のようなものが首に巻き付いているのを見た。
祈る思いで横目で見守る私の前に、
酸素マスクがかけられ、ようやく産声を聞くことができた。
9月23日、秋分の日の早朝だった。

mizuki (2)

分娩室のすぐ脇のベッドに横たわり、
待てども待てども赤ちゃんを連れてきてもらえない。
しびれを切らして、何度ともなく尋ねたが、
「ベッドに空きがないから、しばらく待つように。」という返事が返ってくるばかりだった。
息子が誕生して、8時間後、
やっと私は再会することができた。

秋のはじまりに生まれてきた息子。
名前は、瑞生(みずき)。
生まれたままのような心で、
瑞々しく生きていくようにと願いを込めた。

mizuki (4)

病院で出会った女性がこういった。
「4歳の娘がいて、兄弟がほしいとは思うのだけれど、
もう二回も流産をしてしまった。だから、子どもを授かる自信がないわ。」
もし命が誕生していたら、我が家と同じ三人の子どもがいるはずだっただろう。
彼女は日々、新生児と母親に関わりながら仕事をしている。

隣のベッドにいた女性は、
生後10日の赤ちゃんをまだその腕に抱くことができなかった。
生まれてすぐに喉に膿があることがわかり、
人工呼吸器のある部屋から出ることができないらしい。
昼も夜も、母乳を絞りつづけ、
か弱いわが子に飲ませようと部屋に運んでいる。

子どもが生まれてくること、
健康であることの有難さをこれほど強く感じたことはない入院生活だった。


女性は出産をするたびに、生まれ変われるものだと信じている。
10日間を経て、秋の美しい日の夕方にはじめて外に出た。
オレンジ色に染まる太陽のまぶしさ、自然の色彩の鮮やかさ、そして空気のやわらかさ。
私をとりまく環境の、普段は気がつかなかった美しさを
はじめてのもののように触れ、感じることができた。

mizuki (1)

遠いところから、誰かが誕生を心待ちにしてくれるということ。
三人の孫のことを想い、
猛暑の日々の中で必死に手を動かし、完成したお包み。
その鮮やかな色合いと針目のひとつひとつが、
おそらく生涯で最後となる、出産という大仕事をおえた私を祝福してくれた。

comments(12)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2015-10-02_16:16|page top

ある家族との再会

時はさかのぼって、11月のはじめ。

5か月になったばかりの娘を連れて、
初めての長旅に出かけることに決めた。
日本で展示会をするにあたって、
どうしてもカロタセグの地を踏んでおきたかった。
その土地独特の空気に触れ、あの煌めく色合いに染まり、
それをそのまま日本へ持ち帰りたいと思った。
何よりも、新しい家族をおばあさんたちに会わせたいというのが本音だったかもしれない。

これまでは深夜列車でクルージを経由して、
約8時間旅をするのが常だった。
もし雪がなかったら、旦那の運転で行けるかもしれない。
思いのほか、暖かな秋の日和が続いたので、
途中で立ち止まりながら、車で行くことになった。

セーケイ地方から北西へと森を抜けて、
かつてドイツ系の民族が暮らしていたザクセン地方に入る。
それから、再びセーケイ人の住む町に到着した。

ここである人を探すことにしていた。
旦那が市で知り合ったおばあさん。
両親がカロタセグのある村の出身で、
第二次大戦中にその村がルーマニアに属することになったため、
村を捨てて町に引っ越した。
それから二度と村に住むことはなかったが、
母親が遺した手仕事を大切に保管しているという。
著名な民俗学者コーシュ・カーロイと収集をしていたというから、
よほどの珍しい品が見られるかもしれない。
ずいぶん前から電話で話を聞き、楽しみにしていた。

町についてすぐに電話を掛ける。
地図を片手に目的地に向かい、懐かしい街並みを辿っていくと、
どこか見覚えのある通りに出た。
古めかしい灰色の集合住宅が立ち並ぶ風景。
ルーマニアの町はどこも同じ様相だ。
それでも、長く住むとその微妙な違いすらわかるようになる。

約束もほとんど忘れそうになるほどに、
不思議な興奮を覚えて、車を止めてもらい、
あの懐かしい家族を訪ねることにした。

私がここを初めて訪れたのは、13年前のことだった。
当時大学生でクルージの大学に留学していた。
その時のクラスメイトの誘いで、彼女の英語の家庭教師をしていたある女性を訪ねた。
すらりと長身の赤毛の女性は、
ヨーロッパ女性には珍しいほど物腰がやわらかい。
やさしい彼女のご主人は日本人男性で、
茶色い巻き毛のかわいい女の子と一緒に暮らしていた。

やがて数年前にまたこの家族を訪ねたときは、
小さな女の子はお姉さんになっていて、かわいい妹たちがいた。
数年おきに再会し、そのたびに家族が増えて、
大きく成長するのを不思議な思いで見ていた。
いつも突然訪れる私たちをあたたかく迎えてくれる家族は、
年を追うごとに幸せが増していくようだった。

インターホンを心持ち緊張して鳴らす。
ドアが開かれ、通路を奥に進むと玄関があいた。
やさしい笑顔で迎える彼女の腕には、小さな赤ちゃんが抱かれていた。
すこし戸惑い、記憶をたどりながら何人目かなと考えていると、
「この夏に5人目が生まれたのよ。」と言った。

私の持つゆりかごに気が付くと、
「まあ、あなたにも!よかったわ。」と声を弾ませた。
丸々とした赤ちゃんは、娘の一か月後に生まれたようだ。
積もる話をどこから始めていいのかわからない。
もどかしい思いで、ひとつひとつ絡まった毛糸をほどくようにして
数年間の空白が埋まっていく。

一番気にかかっていた長女のことを尋ねると、
「今年の夏に演奏会に出たのよ。」とパソコンで探し始める。
なんと高校一年生の若さにして、
オーケストラにマリンバのソロ奏者として出演したのだという。
交響楽団の指揮者がたまたま日本人だったこともあり、
家族にとっては思い出深い出来事だったようだ。

年配の演奏家たちが列をなす中で、
若い少女がひとり大きな木の鍵盤をたたく様子は圧巻だった。
さまざまな音色が混ざり合い、
豊かな厚みを生み出してゆく層の上を、
ステップを踏むように軽やかな木琴のリズムが心地よく響く。
彼女は、まるで魔法のステッキを振り回す妖精のようだった。



家族の生活にはいつも音楽が欠かせなかった。
トランシルヴァニアの民俗音楽がスピーカーから奏でる中、
小さな子供たちが並んで和やかに食卓を囲んでいた。
その環境が、子どもたちの音楽的感性を育み、
そして彼女は努力によってその才能を開花させたのだ。

夏休みをどう過ごしたかと話していたとき、
「家族みんなで、子供部屋のベッドや勉強机、
玄関の靴置きの棚を作ったのよ。
ほら、うちは家族が多いでしょ。」とにこやかに話す。

やがて、表で遊んでいた子供たちが家に帰り着くと、
私たちは賑やかな子供たちの笑い声に囲まれた。
一家は、常に明るい光が点っているようで、
扉を閉じて家を出たあともなお、
無性に楽しく、興奮した心持ちで宿についた。












Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2014-02-02_07:16|page top

ジョフィとアサカ

ブラーガ一家が帰ってきた。
一年前からハンガリー西部の村に引っ越していたのが、
よそに出て初めてホームシックにかかったという。
一番乗り気だったはずの母親のエンツィは、
セーケイの風景や食べ物、人々が恋しくて仕方がなかったと話した。

いつか、冗談混ざりで
「次の子どもが生まれる時には、同じ時期になるといいわね。」
と話して笑っていたのが、ついに本当になった。
4人目の子ども、ジョフィが生まれたのは6月のはじめ。
予定より一週間遅れて、ハンガリーのショプロンの病院で
一時間半というあっという間の出産だったそうだ。
それから、ちょうど二週間目にアサカが生まれた。

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子どもが大きくなるのを待って、
8月の終わり、キャンピングカーに荷物をいっぱいにして
大家族が帰ってきた。
ご主人のボティの実家の庭で、
ゆっくりとコーヒーを飲みながらおしゃべりが弾む。
いつでもゆったりとマイペースで、まったく焦りや疲れを感じさせない。

息子も親友タシとの再会を、今か今かと待ちわびてきた。
この日の前は、楽しみで仕方がなくて、夜も眠れないほどだった。
「タシとタイキのように、
ジョフィとアサカもいい友達になれるといいね。」
皆が見守る中で、初めて対面するふたりは、
相手のことなどお構いなしにただ小さく手や顔を動かすだけ。

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夏のりんご畑で、週末を過ごすこともたびたびあった。
だんだん意識がはっきりしてきて、
体もぐんぐんと大きさを増していく。
将来、庭を元気に駆け回る姿を想像しながら、
二人の成長をみなでいっしょに見届けていた。

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秋になると同時に、一家は村に移り住んだ。
町から20キロ離れたところの村にエンツィの両親が家を買い、
自分たちの家ができるまではそこで暮らすことに決めたようだ。
10月のはじめには、寒さで家の前のくるみの木の葉が一気に落ちた。

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村ではすでに暖房が不可欠。
蒔用の丸太の山で、子どもたちが遊んでいる。
家の中はまだダンボール箱でいっぱいだが、
子どもたちの明るい笑い声が絶えない。
「引越しはこれで何回目?」と尋ねると、
ボティが自慢の口ひげをひねって
「結婚してから、これで8回目かな。」と答えた。

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ジョフィは、いつも微笑みながら、
大きな蒼い瞳をくるくると動かしている。
3人の兄弟が代わるがわるやってきては、
ぎゅっと抱きしめ、何度もキスをする。
「いつも皆がこうするから、
すぐに起きてしまうのよ。」と困ったようにエンツィがいう。

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雪がちらつく天気になったので、
綿の入ったスキースーツを着せた。
赤ちゃんを、まるで蚕のように何重にも着込ませて、
雪の上をソリで引いていくのがこちらの習慣。
はじめて迎える冬は、どのように映るのだろうか。

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ボドクの雪山を遠くに見渡す、村はずれの原っぱ。
ここに新しい住まいを作る予定にしている。
生活の拠点がどこにあろうと、
家族は変わらず幸せそうだ。
いっしょにいるだけで、その幸せを分けてもらえる。
ブラーガ一家の、新しい生活を見届けたい。

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Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2013-10-15_04:53|page top