トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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幼稚園デビュー

ルーマニアの「白雪姫幼稚園」の午前の部に
デビューすることになった。
もちろん、ハンガリー語のグループである。

まず、持ち物を入れる。
リュックサックに、スリッパとコップと、タオル。
そして10時のおやつ。
10時のおやつといっても、お菓子ではなくて、
チーズやハムのサンドイッチが普通である。
この習慣は小中学校、高校、大学にまで続くという。
給食や、お弁当というものがないのだ。

8時半に登園。
靴をスリッパに履き替えさせる。
スリッパといわれたので、その通りのものを持ってゆくと、
ほかの子はサンダルや普通の靴を履いている。園の中は暖かいので、中には着替えをする子もいる。

初めてなので私も見学させてもらうことにした。

子供たちはおもちゃで遊び始める。
すると、先生は別室でお絵かき道具を用意し、
今日お誕生日の子供のために絵を描くようにと勧めた。
ぎゅうぎゅう詰めに座って、絵をかく子供たち。

中には、机の下に隠れるようにして泣いている子供、
ずっと一人でいる子もいた。
旦那の言うには、そういう子の方が返って
勉強のできる子になるものらしい。
でも親からしてみると、やっぱり不安である。

息子は、もくもくと大好きな電車のおもちゃで遊んでいた。

先生が声をかけ、なにやら遊びが始まった。
鳥になった子が眠った振りをする。
すると子供たちが歌を歌って、その鳥に近づいて起そうとする。
鳥が目を覚ますと、子供たちはいっせいに逃げる。
そして一人の子を捕まえると、その子が今度は鳥になるという風。
なんだか、「達磨さんが転んだ」に似ていませんか?

その後、今度は輪になって、中心に一人子供が目隠ししている。
「花輪よ、花輪。
 どうしてあなたは悲しいの?」
「私の名前が花輪だから。
 だから悲しいのよ。」
と歌うと、一人の子を先生が指名する。
その子が、
「トントントンとたたきます。
 私が誰だかわかる?」
と聞く。
誰だか当てたら、次は交代。
これは、もしかして「かごめ、かごめ」?

意外な共通点を見出して、一人悦に入った。

先生の呼びかけで、今度は
子供たちが輪になって座る。
みんなの注意を引くように話しかけ、
「さあ、これから体を洗いましょう。」
と体のいろいろな部分の名前を教える。
そして次に、ルーマニア語で一つずつ繰り返す。
今度は赤ちゃんの人形を渡し、一人一人からだの名称をいうのだ。
息子は、もちろんルーマニア語は一切知らないので、
何もいわず人形をそのまま渡した。

小学校に入って、必須であるルーマニア語に慣れるためにも
今のうちから教えるのは大切なことである。
ただ、うちの息子の場合は日本語とハンガリー語だけでも
今は混同しないようにするのが精一杯の状態である。
私はふと、三歳の子供に三つ目の言葉を教えるのは
負担にならないかと心配になった。

それからお誕生日会が始まった。
誕生日を迎えるボギという名の女の子と、その子のおばあちゃんを
囲んで机を並べた。
おばあちゃんが、ボギの生まれた日のことを話す。
もう少女といってもいい、大人びた顔の彼女ははにかんだ顔をしている。
そしてボールをまわして、ひとりひとり、
その子のためにお願い事を言うことになった。
「ボギに、飛行機のアメをお願いする。」
という子もいれば、
「ボギに、幸せをお願いする。」
という子もいる。
息子はというと・・・やっぱり何も言わずにそのまま手渡した。
それから、子供たちがボギを囲んでキスをした。
みんなでケーキを食べて、踊りを踊って今日はこれまで。
お代わりまでもらって、息子も満足そう。

帰り際に、子供をつれたご近所のおばちゃんが、
「バラージュちゃん(息子のハンガリー名)。
 幼稚園に行っていたの?
 いいクラスに入ったね。あの先生は、子供に熱心で、いい先生だよ。
 運が良かったね。」
と話しかけてきた。

これから、どんなことを学んでくれるか楽しみである。







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comments(2)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-03-23_02:56|page top

ルーマニアの幼稚園

私たち一家がルーマニア、トランシルバニアにある町
シェプシ・セントジュルジに引っ越してきたのは2月のはじめ。
息子は、2月の終わりに晴れて幼稚園児となった。

家から徒歩3分ほどにある、
その名も「白雪姫幼稚園」である。
はじめに姑に連れられて、見学に出かけた。

ある人によれば、ルーマニアでは子供の数が増えているのに保育園や幼稚園の施設が不足していて、なかなか希望通りのところに入るのが難しいという。
それを聞いて、あわてて探すことになった。
村はずれのジプシーばかりの地区にでも入れられたら大変だからである。

姑は同じ村出身の園長がいるというので、安心しきっていた。
元共産主義国なので、こういうツテやコネはものをいう。
しかし残念ながら、園長先生は外出中。
仕方がないので、中を見学をさせてもらうことに。

保育園の外観は、白くて四角いコンクリートの物体、
としか喩えようのないものであるが、中に入るとアットホームな空間に変わる。
入り口には、アンティークな糸つむぎ機や農家の家をイメージした部屋がある。
や階段を上るところには、織物やフェルトのオブジェが飾ってあり、トランシルバニアの地方色にあふれている。思わず「素敵。」と声に出してしまう。

白雪姫幼稚園のロビー

今年の一月までM県で通わせていた保育園は、
アンパンマンなどのキャラクターもので飾られていたので、主人は閉口していた。
彼はなんでも子供の趣味に合わせてしまう(もちろんそうでない所もあるはずだが)、日本の幼稚園、保育園に幻滅を感じていた。

まず、午前中だけの部を見せてもらう。
明るい部屋に、子供たちが仲良く座って食事をするところであった。
どうやら10時のおやつらしい。
ルーマニアでは、10時にサンドイッチのような軽食を食べ、昼食は2,3時ごろ。
12時に決まってお腹の虫がなる、日本の習慣とは違う。
先生が出てきた。
私たちが事情を話すと、15人の子供を一人で見ていて手があかないこと、途中でまたほかのクラスに移ることとなったら、息子にとっても気の毒だという。

次に向かったのは、一日中預けるクラス。
部屋をのぞいてみると、可愛い子供たちがオレンジの皮をむいているところであった。
先生が息子にも渡すようにというと、
天使のような子供たちがオレンジの皿を息子の前に差し出した。
先生はエキゾチックな容貌の(東洋の顔立ちのこと)息子を見て喜び、褒めちぎったが、やはり返事は先ほどのクラスと同じであった。ここは20人であるという。

どこも子供たちの数に対して、保育師の数が少ないようだ。
私は、果たして入れるのかと不安になった。

園を出ると、旦那が
「子供たちは、大人と違って、金髪が多いだろう?」といった。
そういえば、ルーマニアの人はほとんどが茶色か黒に近い毛の色であるが、
あそこの子供たちは、まるで天使のような明るい金髪が多かった。
大人になるにつれ、色が濃くなってゆくという。

旦那も、今でこそこげ茶のパンチパーマのような巻き毛であるが
(日本では本当に天然か、と不思議がられていた)、子供のころは金髪で直毛であったという。
4,5歳ごろに色が黒っぽくなり、7,8歳ころに巻き毛になったという。
・・・不思議である。

後ほど、姑が息子を伴って園長室に花束を持ってゆき、
月曜日から午前の部に通ってよいという知らせを運んできた。
思ったより簡単で、拍子抜けした。

このようにして息子は、晴れて幼稚園デビューを飾ることになった。







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