トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

カテゴリー

FC2カウンター

カレンダー(月別)

03 ≪│2008/04│≫ 05
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

これまで書いた記事は・・・

全タイトルを表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Feed Me!

トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
comments(-)|trackback(-)|スポンサー広告|--------_--:--|page top

トランシルバニア発セレクトショップ―ICIRI・PICIRI(イツィリ・ピツィリ)

ここトランシルバニア発のセレクトショップがオープンした。
東欧雑貨ICIRI・PICIRI(イツリ・ピツィリ)である。
ICIRI・PICIRIとは、ハンガリー語で「ちっちゃな」という意味である。
どうしてこんな名前にしたかというと・・・
他の人たちにとっては小さなものでも、ある人にとってはとても価値のあるもの、大量生産の品にあれている現代のものの中で、人の手から手へと伝わるそんな価値のもの、手仕事の優しさ、暖かみあるもの・・・そんな小さなものを探して集めてみたからである。

もともとトランシルバニアに惹かれたのも、そんな違う価値観が人々の中に存在することを知ったからであった。私の生まれ育った社会とは違う、もっと自由で、シンプルな生活のあることに気づかされた。

学生時代、ハンガリーの近代芸術、絵画や工芸、建築の面白さはどこにあるのかを追及しているうちに、村に暮らす人々の作り上げた造形文化(フォーク・アート)にあるということを知った。ちょうど100年前のハンガリー人芸術家たちが、ハンガリーよりも民俗文化が純粋に残るトランシルバニアに向かったように、私もそこで生活をしてみた。そして不思議な縁に引き寄せられて、また今もここに来ている。

東欧雑貨ICIRI・PICIRIでは、私が東欧の蚤の市で人々との交わりの中で発見した「小さな美」が数多く見られるだろう。東欧のものだけではない、私と同じようにまた不思議な縁でどこからか引き寄せられたものも見られる。北欧のテキスタル、ドイツの古着、フランスのカーテン・・・

この地の美しい植物の美に目覚めてからは、ヨーロッパの草花のデザインというものに興味を持つようになった。日本では見慣れぬ、不思議な形や色の草花のかずかず・・・きっとデザインの美の謎もこんな所に秘められているのだろう。
これからもその謎を探るため、蚤の市通いをすることになると思う。


ではICIRI・PICIRIをもっと詳しく紹介してみると・・・

1.カーテン
ロングカーテンからカフェカーテンまで大きさもさまざま。
これ一つで、お部屋も東欧色に染まります。きれいな色を損なわないように、後ろに別のカーテンを引くことをお勧めします。ヨーロッパでは、カフェ・カーテンをポールに通して小窓にかけたり、ベッドのそばの壁に飾るのが普通です。
たっぷりとした大きさなので、リメイクや小物作りにもお使いいただけます。

・ポップなお花のロングカーテン
生成りの生地に、大きなお花と小さなお花が可愛らしく配置されています。
のれんや、お部屋の仕切りとしても。

IMG_1648.jpg


・アップル・グリーンの花柄カーテン
新鮮なグリーンの色合い、70年代の雰囲気たっぷりです。

IMG_1647.jpg


・小花のひらひらカーテン
黄色と白の小花柄に、ひらひらのデザイン。乙女チックです。

IMG_1165.jpg


2.タペストリー
壁にかけるデザインのものです。
引っ掛けのないものは、フレームに入れれば風合いが損なわれないと思います。

・北欧クリスマスのオーナメント柄タペストリー
ちょっと季節は早いけれど、このおもちゃのようなデザインは魅力です。
ブルーと白の涼しげな配色。

IMG_1097.jpg


・北欧居間のタペストリー
ほのぼのとした雰囲気がします。お部屋の中に、小さな北欧の居間の空間はいかがでしょう。

IMG_0981.jpg



3.ハードリネンのクロス、タペストリー

素朴なリネンの風合いがそのままに、美しいプリントがされているものをセレクトしました。このハードな質感と色彩の鮮やかさの組み合わせが新鮮です。

・大きなお花のハードリネンクロス
70年代風のポップなデザインと、深いブルーに目をひきつけられました。
長いのでモチーフごとにカットいたします。

IMG_1072.jpg


・アールデコ風チューリップのハードリネンクロス
大きなチューリップが円形に並んでいます。シンプルで直線的なデザインは、20年代に流行したアールデコのそれを思わせます。

IMG_1424.jpg


4.クロス
テーブルクロスからミニクロスまで、テーブルの上にそっと置くと、食卓が優しい色で満たされることでしょう。小さなものは、お塩や砂糖、または花瓶を置いても。
ヨーロッパでは、クリスマス時期にろうそくを立てる場所にひいています。

・FONDUEのクロス
昔の商業ポスターのような、インパクトのあるデザイン。チーズをフォークに突き刺すウシ使いの少年が。スイス製です。

IMG_1323.jpg


5.刺繍
ヨーロッパの家庭で親から子供へと受け継がれてきた遺産です。
昔は地域によって特徴のあるモチーフがありましたが、20世紀の中ごろからは手芸雑誌の台頭とともに流行が生まれ、デザインもより自由なものになりました。
手作りの暖かさを目で、指先で味わってください。

・黄色いお花のクロスステッチ・クロス
うぐいす色の厚手の織り素材に、繊細なクロスステッチが施されています。
花瓶を飾るのにちょうどいいサイズです。

IMG_1222.jpg


・白いカットワークのクロス
薄いコットン素材に、レース模様が作られ、白い糸で刺繍がされています。
透明感のあるクロスですので、暗い色のテーブルに美しく映えることでしょう。

IMG_1012.jpg


6.ファッション雑貨
現代の世の中に氾濫する大量生産ではない、60,70年代のポップなデザインを主にそろえてい ます。今までのスタイルに一つ加わるだけでも、東欧ファッションに早変わりします。

・貝殻バックルのベルト
白いプラスティック製のバックルに、輝く水色のベルトが夏にぴったり。
ジーンズからちらっと見せると、おしゃれです。

IMG_1266_small(1).jpg

IMG_1267_small(1).jpg


・りんご柄のエプロン
カラフルなりんご柄のプリントに、鮮やかな赤のリボンと、フリルがついています。
楽しく料理ができること、請け合いです。

IMG_1195.jpg



東欧雑貨ICIRI・PICIRIの世界をどうぞご覧ください。
logo1_convert_20080502142217.jpg東欧雑貨ICIRI・PICIRI


*メールマガジンにご登録されると、新作情報がすぐに届きます。
これからもどんどんUPしていきますので、よろしくお願いします。
tououzakka_iciripiciri@yahoo.co.jp


トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ



スポンサーサイト

Theme:ネットショップ・通販
Genre:趣味・実用

comments(6)|trackback(0)|その他|2008-04-30_15:45|page top

文様と女性崇拝の美―ルーマニア、ククテニ文明

町の東カルパチア国立博物館というところで、面白い展示があるというので旦那と二人で行ってみることにした。

町の中心の公園に面した小さな建物。
中に入ると、人気のないロビーでふと不安になったが、すぐにチケット係のおばさんが現れた。チケットを求めていると、研究者らしいルーマニア人の男性が現れてきて説明をしてくれることになった。よっぽど暇なのであろう。

考古学はそれほど詳しくないので、退屈な石の道具か土器のかけらを集めたものだろうとあまり期待をしていなかったのだが、中に入ってみて驚いた。

小さな展示室に並べられていたのは、薄茶色の土器というよりも陶器といったほうがよいような大きな壷やスプーン、皿の数々。そのあまりの素晴らしさに目を奪われていると、研究者の説明が続く。

これらククテニ文明は、紀元前4600~3700年にわたって、西はここコバスナ県にあるEROSD(エルーシュド)、中心はヤーシ県にあるCUCUTENI(ククテニ)、東はウクライナにあるTRIPOLJE(トゥリポイェ)までの地域で発展を遂げていた。初期のものはエジプトのピラミッドと同じ頃である。
彼らは農耕民族で、素晴らしい芸術的才能を開花させたが、やがてアジアのほうからやってきた遊牧民族に滅ぼされてしまったと言う。

今はウクライナ、キエフの近くにある、大きな集落の跡の写真も飾ってあった。
現在、いろいろな地方で調査が続いているらしい。

それほど古いものであるにもかかわらず、陶器の上の美しい文様は驚くほどはっきりと鮮明に、その形をとどめている。流れる唐草文様、力強い幾何学模様、洗練されたフォームを見ていると、本当にこの文明の水準がいかに高かったかがよく分かる。
研究者の説明するように、ギリシャ文明のモチーフ、唐草文様の曲線との両方の特徴をククテニ文明の職人は持っているようだ。

Img_2306_convert_20080429231255.jpg

Img_2305_convert_20080429231632.jpg

他にも動物の形や、Wのような不思議な文様、魚のような形など、そのバリエーションの広さに見ていて飽きることはない。

Img_2304_convert_20080429231808.jpg

Img_2309_convert_20080429231038.jpg

Img_2307_convert_20080429231143.jpg

小さな部屋では、立てられた織物のような展示がしてあった。
説明によると、陶器の底に付いた形から、(形としては残っていない)当時の織物の模様などが分かったという。

そして最後の通路の展示では、小さな動物や女性のフィギュアが数多く展示されていた。
現代の美的感覚に通じる、美しいスタイルの女性たち。すっと長い足に、適度な大きさの腰つき、大きすぎない胸部など。

Img_2291_convert_20080429232111.jpg

そして不思議なのは、あちらこちらに穴が開けられていることである。両腕部分、腰の両側、両目、多いときには、顔にも6つほどの穴が開いている。
いったい何に使われていたのだろう?

旦那の推測では、髪をつけていたのではないか、ということ。
日本の美術という本にも載っているが、彫刻に髭や髪の毛の部分に本物をつけていた後が点々とした穴になって残っていることを示した。

面白いことに、遺跡のどこからも人骨は見つからなかった。この民族は、骨を火葬していたのだろう。だからなおさら、この人々に対する興味は深まり、その謎を解く鍵は人間の形の像に託される。

ある写真では女性像が円形に並べられていたので、何かと聞いてみた。
この円形に並んだ女性は、生命の誕生のときを示しているそうだ。
つまり足を閉じた女性の中に一つだけ足を開いたものがあって、そこでいつ妊娠しやすいかが分かるカレンダーだという。
それを聞いて思わず笑ってしまった。

Img_2310_convert_20080429230744.jpg

エジプト人やギリシャ人などのように歴史の表舞台にたった民族ではないが、武器を持たずひっそりと生活を営んでいたこのククテニ文化の担い手たちのことを想い、もっとこの文明に私たちが学ぶべきことも多いのではないかと思った。

ピアツァネアムトという町には、この文明の研究所と博物館があるというので、いつか必ず行ってみたい。

トランシルバニアをあなたの心に・・・
                    クリックをお願いします。にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ




Theme:考古学(国外)
Genre:学問・文化・芸術

comments(0)|trackback(0)|アート|2008-04-29_23:57|page top

白雪幼稚園のお誕生会

4月25日は、息子の4歳の誕生日。

前日には張り切って、ケーキを焼いた。

卵を6個、黄身と白身に分ける。
黄身には砂糖大さじ6と、バニラシュガー一袋(エセンスでも可)をまぜて、白くなるまで混ぜる。白身は固くなるまで泡立ててから、ふるった小麦粉とベーキングパウダー一袋を入れてさっくりと混ぜる。
小さく砕いたクルミを入れて、黄身と白身を混ぜ、温めたオーブンに入れる。
そして、20分ほどでよい香りがしたら出来上がり。

ラハート入りクリームを作る。
ラハートとは、トルコ発祥のお菓子の材料である。
赤や緑、黄色など、着色料は気になるが、ゼリーのようなもので、お菓子に入れると面白い食感である。ちょっと羊羹のような感じがする。
ラハートにレモン汁と、砂糖、生クリーム、バターを入れてクラッシュし、少し物足りなかったのでアンズジャムも入れた。
色は、混ざって淡いオレンジ色である。

IMG_2333.jpg

ケーキを半分に切って、クリームをたっぷり塗って、さて装飾はどうしようかと考えた。
家にあった、マーブルチョコと幼稚園から配給のビスケットで飾りを付けたら、なんだか可愛いい、満足げに見つめる。

IMG_2332.jpg

そのケーキを手に、幼稚園へと向かった。
ここでこけたら大変、足元にも気をつける。
そして、息子のクラスに到着すると・・・・

子供たちがケーキを見て、飛びついてきた。
すでにクリームをなめようとする子も・・・。
パンナという女の子は私の足に抱きついてきて、「ありがとう!」と自分の誕生日プレゼントのように喜んだ。
「あら、大変。誕生日会だったのを忘れてたわ!」と先生。
私は、テーブルといすをセッティングするのを手伝う。幼稚園の初日に手伝ったので、もう分かる。今日は8人しか子供がいないと言う。

先生は子供たちを呼び、誕生日のプレゼントの絵を描くように勧めた。
ろうそくを四つ立てて、お皿とスプーンを並べる。

先生は、大樹に馬のシールを選ばせて、プレゼントした。
絵を描き終わったら、子供たちが一列になって歌を歌いながら行進してくる。
私たち親子を囲むようにして、子供たちが席に着いた。

IMG_2335.jpg

始めに、息子が子供のときの写真を見せる。
この町で四年前に生まれたこと、そして3年間日本にいたことを話す。
息子は誰かに見せたかったらしく、写真を取り上げ「ほら、小さいとき、こんなだったんだよ。」と見せると、それは写真ではなく先ほどもらった馬のシールであった。
パンナがすかさず「あなた小さいとき、お馬さんだったの?」と突っ込む。
思わず笑ってしまった。

それから先生がまりを手渡して、一人ずつ願い事を言うようにと勧めた。
「トラクターをお願いする」等がほとんどであったが、「幸せをお願いする」という子もいた。
お願い事の後は、女の子たちがキスをしてくれて、クラスのみんなからの絵のプレゼントを手渡してくれた。

IMG_2341.jpg

そしてろうそくに火をつけ、息子が吹いた。
私はケーキを切り分ける。デコレーションの時には、ケーキを切ることを考えなかったから、思わぬ苦戦を強いられる。少し不平等になってしまったが、切り分けられたケーキは子供たちの元へ。

いっせいに大きなケーキをほおばる子供たち。先生からも「スポンジの中のクルミが美味しいわ。」とお褒めの言葉。息子はかなり大きいのをもらったので、珍しく残してしまった。

IMG_2342.jpg

ケーキを食べたら、今度は踊りが始まった。
男の子と女の子がペアになって、ダンス、ダンス。最後まで踊り続けたペアが勝ち。
飛び跳ねたり、ぐるぐる回ったり、楽しそうだ。

IMG_2345.jpg


IMG_2348.jpg

こんな風にして、息子の記念すべき日を過ごすことができた。

トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ


Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-04-29_23:28|page top

ルーマニアの出産記念日

4月25日で、息子は無事4歳の誕生日を迎えた。

忘れもしない、4年前はこの町で出産をした。
日本とはまったく違うので分からないことだらけであった。
定期健診というものが存在しないらしく、産婦人科に行ったときには、何か問題でもあったのかと心配された。
自分の体重は一切量らなかったので、何キロ太ったのかも、何を食べて良いか悪いかも知らなかった。あの頃は、とにかく辛いものと揚げ物が食べたくて仕方がなかったから、あまりよい妊婦でなかったことは確かだろう。

いつ入院するかも知らなかったから、お産の兆候が現れたら病院に行くようにとしか知らされていなかった。
前日は、この町の年に一回のお祭りの中日で友人らとビールを飲んでいた。そして、次の日には長く会っていなかった友人との再会を予定していたのだ。
朝目覚めてすぐにその兆候が現れたので、急いで病院に直行。友人にお産がきたので会えないと電話する。今からお産なので急に不安になり、誰かに陣痛がどれくらいかかるのか聞いてみたら、半日かかるときもあると聞き、青くなる。いろいろ検査をして、安静にしておくようにとベッドに寝かされた。

本を読んで待っていると、隣の妊婦が苦しむ声が聞こえてきた。
2,3分おきに、ものすごいうなり声とともに「お母さん!」とか「もう耐えられない!」とかそんな叫びがおこる。私は、これから起こる恐怖を知ったようでどうにもたまらなかった。
・・・やがて赤ちゃんの鳴き声、そして妊婦を励ます助産婦さんの声が相次いで聞こえた。
私もその感動をいっしょに味わい、思わず涙ぐんでしまった。

そして昼も過ぎ、夜になっても私の体に変化はない。
さすがに、助産婦もおかしいと首をひねって、30分ごとに様子を見にくるようになった。
夜7時過ぎて、陣痛を起こす点滴を打つことになった。私のお腹が痛みだしたのは、夜八時を過ぎてから。

するとここで働いている、主人の名付け親のおばさんがやってきて、助産婦さんたちにいくら払えばよいかを教えてくれた。私は、お腹が痛むのでおばさんに取り次いでもらうように言ったが、私が直接わたした方がいいという。
仕方なく紙幣を七つ財布から出し、陣痛の合間に助産婦さんに渡した。
助産婦さんははじめ断ったが、「これなしでも子供は生まれてくるのよ。」と言ってから受取った。これがルーマニアの出産事情である。

夜9時ごろにはいよいよ痛みが増してきた。すると外ではセントジュルジ祭の閉めの花火が華やかに響いていた。私は痛みでそれどころでない。

・・・息子が生まれたのは、夜の11時過ぎであった。
それから5日間の入院生活の後に、私たちは家に戻った。
一年の最も美しい季節で、監禁生活から出られた喜びでいっぱいだった。

病院生活も、楽しいことや辛いことなどいろいろであったが、特筆すべきは、ジプシーの女性たちのことである。

ジプシーは、日本でいうと被差別部落のようなもので、もともとインドからヨーロッパに渡ってきた民族である。産科にいた女性のほぼ半数がジプシーであった。
食事をするときにも、彼らは常にかたまっていた。連れたってトイレに行って、タバコをふかしていたのには閉口した。
一人の少女は、産んだばかりの子供を置いたまま、主人といっしょに病院を逃げ出したという噂であった。
私があまりの黒さに驚いたジプシーの夫人は、これでもう7人目の子供であると話した。
もう出産に慣れてしまって、特別苦でもないといった。

日本と明らかに違うのは、病院の食事であろう。
私たちは、出産の次の日から食事の時間になると呼ばれて、食堂までのそのそと歩いていった。そして出されたものは、具なしのスープや、少しの肉、牛乳など、普通の病人食のようなメニューであった。
これではお乳がでないので、みんな家からの差し入れを頼りにしていた。
いつか見舞いで行ったときに見た、産婦人科のメニューには目が飛び出そうだった。

次の出産は、願うことなら日本でしたいものだ。



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ











Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-04-29_23:18|page top

ハライのランチ

お昼時を過ぎて、人の家とはいえさすがにお腹がすいてきた・・・
ルーマニアの昼食は、2~3時であることをうっかり忘れていた。

すると友人が来て言った。「今日はウサギを食べるよ。」

ウサギ・・・あの小さな小屋で、何も知らず丸々と太ってえさを食べている。
日本では、赤い目の白兎が有名だが、ここでは黒や茶色が主である。
息子も喜んで、その辺の葉っぱをちぎっては運んでいた。
さすがにウサギは、日本では食用とされないので気後れがした。

IMG_2419.jpg


旦那の祖父母の住んでいた村で、ブタを殺してソーセージを作るさまを始終見たことはあった(ある部分を除いては)。だが、さすがにウサギは・・・・

するとキーという悲鳴が聞こえて、小屋からウサギが引っ張り出されたようだ。
その後は・・・悲鳴も聞こえない。気が付くと、木の棒に両足がつるされていた。その後は二人の男手で、手際よく解体されてゆく。
友人の父親が、こちらに向けて何かを放り投げた。見ると、ウサギの首である。犬がさっとくわえていった。

こんな様子を見ていると、やっぱりヨーロッパ人は肉食人種だと思う。
同じ生き物なのに、魚をさばくときとこうも感じが違うのはどうしてだろう?
魚は、鳴き声も表情もないからだろうか。

解体されて肉となった後は、近くで見ることができた。
淡いピンク色の鶏肉に似た感じだ。

棒を立てて、大きな鍋をつるし、そこに火をおこす。
まずはタマネギとパプリカ(生のものと粉末のもの)を油でいためたものに、
水を注ぎ、ウサギ肉を入れて煮込む。
火がよく通って肉が柔らかくなったら、塩とクミンで味付けをする。
ジャガイモを切って入れ、柔らかくなったら出来上がり。

IMG_2411.jpg


IMG_2414.jpg


家の庭にテーブルがあり、そこで食事となった。
太陽の光を浴びて、美味しい空気の中で食べるのは食欲も違う。

IMG_2416.jpg


気になるウサギの味は・・・
口に入れるとなんともよい風味がする、味は鶏肉に似て淡白である。
癖がない。ソースもパプリカが効いていて、コクがあって美味しかった。
始終を見ていなかった息子も、自分の分を平らげた。

何より、休日に大人数で食事をするその雰囲気は楽しいものだった。
貴重な動物を私たちのために差し出してくれた、
友人家族のホスピタリティーに感謝。


トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

Theme:海外食生活
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2008-04-28_15:51|page top

ハライ-ワイン樽職人の村

朝早くおきて、村に住む友人の家に遊びに行くことになった。

コバスナ県の中心地セントジュルジからローカル電車がゆっくりと南のほうへ走る。
この電車は、いつか「世界で一番遅い電車」と私が名づけたことがあるほどで、車で30分ほどの町まで優に1時間はかかって行く。(もちろん回り道はするけれども・・)
小さな村々で止まることに加えて、自動車道路との交差点では、かつては踏切が手動であったからだ。つまりその交差点に差し掛かると、いったん電車が止まって車掌さんが降りて踏み切りを下げる。そして電車が出発して交差点を超えると、また停止して踏み切りを上げる・・・という風である。
今回はやっと自動に切り替わったらしく、割とスムーズであった。ただし、やっぱり交差点の前では一時停止をしていたが。

窓の外には春の田園風景が一面に広がっている。
畑を一面に花を咲かせたタンポポの黄色、まだ植えたばかりの麦畑の若草色、畑の茶色、そして村をすっぽりと真っ白く包み込む果物の花、りんごやプルーン、さくらんぼ、洋ナシ・・・まさに春真っ盛りの風景。ルーマニアを象徴するヒツジの放牧も見られる。
この平原を土地の人たちは「美しい畑」と呼ぶ。地図にもそう記されている。
だだっ広い平原の中にぽつぽつと村が点在し、そして長い長い山脈にぶつかる。カルパチア山脈だ。その山並みに沿って、また美しい村々が見える。その一つがハライである。

駅に着くと、辺りは村はずれの畑。
隣村まで歩いていくと、遠くからシカが畑を走り回っているのが見える。「静かに、人がいると怖がるから。」と言われるので立ち止まって眺めていると、颯爽と道を横ぎって見る見るうちに遠くまで駆けていった。
そうしている内に友人の車が到着。6kmの道のりを歩かなくて済んだので、安心した。

山に面したその村につくと、入り口には5mほどの巨大な門が出迎える。
「セーケイの門」と呼ばれ、普通は民家の門として立てられる。16世紀から王国の兵士としての特権階級を与えられたセーケイ人は、それを示すために木製の大きな門を作ってきた。右上にある円形の文様でその地位などを表すという。ちなみに大きな入り口は馬車用(今は車である)、小さなほうは人用である。

IMG_2462.jpg


斜面にある家に到着。
「モチョク!(汚いもの)」と呼ぶのを見ると、毛が真っ黒く長い犬である。
これはハンガリー固有の犬の種類で、Puli(プリ)というもの。ヒツジを追う犬として飼われていた種らしい。まるでドレッドヘアーのようなカチカチのながい毛が、目や口が見えないほどに覆われて、掃除のモップさながら。旦那といい勝負だ。
人懐こいので撫でていると、所々大きなドロの塊がたくさん付いている。可哀想に、さぞ重いことだろう・・・そう見ていると、「散髪したあとは、それは嬉しそうで元気いっぱいに走り回る。」と話した。

IMG_2412.jpg


息子と同じくらいの年頃の甥っ子がやってきたので、辺りを散策することになった。
隣の家の庭から森のほうへと歩くことにする。家の主人はハンガリーに移住したそうなので、彼かが代わりに管理しているとのこと。庭はタンポポで黄色のじゅうたんのよう。そこから35度ほどの急斜面に、たくさんの果物の木が花を咲かせていた。
少し上ればもう景色が開けて、村全体が足元に広がっている。

IMG_2367.jpg


IMG_2366.jpg


庭を過ぎると、今度は平らなタンポポの丘に行き着く。
子供たちは大喜びで、原っぱを走り回っている。
反対側の風景もまた美しい。隣町のゲレンツェもすぐそこだ。日本ではあまり知られていないが、世界遺産に登録されたフレスコ画で有名な教会がある村である。遠くのほうに、友人の通う会社のある町も見える。

IMG_2368.jpg


IMG_2373.jpg


風が強く吹きつけて、太陽は照っているのに肌寒い。
山道を通って、村のほうに引き返すことにした。

森でまた美しい花を発見。
輝くような紫色は花が開いているとき、深い青色はつぼみのときのようだ。

IMG_2379.jpg


家に着くと、友人の父親が森から帰ってきていた。
「ここは気に入った?」と聞くので「美しいところですね。」と言うと、「世界で一番美しい村だよ。そうだろう?」と笑った。

ハライは実に美しい村であるが、ワインの樽作りというもう一つの特徴も持っている。彼の父親もそうだ。仕事場を見せてもらうことになった。

何に使うのか分からないが、いろいろな道具が置いてあった。
そして作りかけの樽も見せてもらった。見ると内側が黒い。
使う木の種類によって、そして内側を木で炙ることによっても、保存をするワインの味が変わるそうだ。内側を炙るのは、赤ワイン用であるという。主にしいの木を使っている、と説明をしてくれた。

IMG_2389.jpg


IMG_2409.jpg


昔はほとんどの人が樽作りの職人であったらしいが、今は数えるほどであると言う。以前は、注文が遠くフランスからも着ていたという。
だんだんと自家製のワインを作る習慣が少なくなっていること、そしてワインを良い状態で保存しようという需要があまりなくなってきているという事実もある。

友人も樽作りはまだ半人前らしいが、この伝統を引き継がせるために「樽作りのホームページ」でアピールすることに成功している。今のところ、ハンガリー語、ルーマニア語であるが、英語を今製作中である。HPでは美しい写真と、樽作りの歴史、そして注文も受け付けている。ぜひ覗いてみて欲しい。今後の目標は、村に樽のミュージアムを作ることだ。
こうした故郷の村を活性化させようという若い世代が育つのは、実に頼もしいことである。

90年代以降、経済の停滞で多くの若者が故郷を捨て、外国に流出しているというのはルーマニアの大きな社会問題である。
美しい村々はルーマニアの宝であり、文化のルーツであるという意識をそこに住む人たちに芽生えさせ、村という共同意識を持って、新しい可能性を探してゆけば、この遺産はこれからも生き残ってゆけるだろう。



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                   クリックをお願いします。にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ


「ハライの樽作りHP」オススメです★




























Theme:東欧
Genre:海外情報

comments(1)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2008-04-28_15:29|page top

東欧蚤の市事情

ヨーロッパの週末といえば、蚤の市。
朝早く起きて、普段とは違うゆっくりとしたペースで流れる時間を楽しみながら、
蚤の市へと向かう。学生時代は、ブダペストでよく通ったものだった。
金銭的に恵まれず、目だけは肥えているので普通のものでは満足できない。
そんな私には、うってつけの娯楽であった。

元社会主義国だけあって、ものを大切にするという概念が骨に染み付いている世代の人が多い。だから「古いもの=良いもの」という価値観が存在するのであろう。

トランシルバニアでは、クルージナポカの近くにフェケテトー(黒い湖)と呼ばれる場所で毎秋9月ごろに大規模のアンティーク市が開かれる。
私も二度ほど行ったが、ある村はずれの広場で物と人で賑わうあの雰囲気は病み付きになること間違いなしである。

トランシルバニアといえば、さまざまな民族の文化の宝庫であるから、あちらこちらの村からの民族衣装や家具、工芸品、生活用品などが集まる。
無数にプリーツのよったスカートを着たハンガリーの村のおばさんたち、カラポシュ(帽子をかぶった人)と呼ばれる商人ジプシーの人たち、「色の洪水」のような目にも鮮やかな衣装を着たジプシーの娘たち・・・そしてバルカンのリズムのルーマニア民族音楽。
いろいろなものが混ざりあい、個々にしっかりと主張をしている、まさにトランシルバニアという地域そのものの縮図であるかのよう。

このフェケテトーの骨董市については、また後日詳しいレポートをすることにして・・・
まずは、ブダペストの蚤の市について昔書いたものを取り上げたい。
東欧の蚤の市の雰囲気を味わっていただけたら幸いである。


ブダペスト蚤の市案内

ブダペストにあるという3つの有名な蚤の市。
何か変わったものを見たい、欲しい、という方にはぜひともおすすめします。
たんすの奥底に眠っていた宝物から、ハンガリー人の普段の生活を反映する小物雑貨類まで、ありとあらゆるモノがごった返す。ただのモノ売り場ではなく、人と人との交流の場とでもいうべき都市の秘境の地。売り場の人とちょっと挨拶を交わせば、あなたももう仲間入りです。
週末の朝にちょっと早起きをして、活気あふれるハンガリー庶民の集いの場へと出かけてみてはいかがでしょうか。

DSCF1546.jpg

ネープ・シュタディオン

ここの魅力はなんといっても、安い、面白い、庶民的!
今月はちょっと贅沢できない・・という人や、何でもいいから刺激を求めたいという人はこちらへ足を運ぶとよいだろう。

日曜の朝早く、地下鉄の駅を出て行くと、すでにもう通りで店を広げている人の列が見える。これはいわば前座である。家にあるものをとりあえず何でも持って来ました、といわんばかりの品々を横目で観察をしながら、この細い通りをくぐり抜けると、やがて蚤の市の入り口が広がる。
人がごった返しているが、三列ごとに順序立てて見て周ったほうがよいだろう。そうすれば効率がよく、約一時間で見ることができる。

売り手には二種類があり、業者がモノを大量に安く放出するものと、個人が古い、または使い古しのモノを家から持ち寄るものとに分けられる。恐らく、私たちを引きつけるのは後者であろう。特に、臨時の台に店を構えているもの、地面にシートをひいて売るものは注目すべきである。掘り出し物は、このような所に多い。

入ってすぐアンティークの店舗が目に付く。古い家具や時計、絵画などもあるが、中には糸紡ぎ機や金属製のすりこぎなど、日本ではなかなかお目にかかれないような不思議なものも多い。とりわけ興味がそそられたのは、ハリネズミのトレイである。数枚に重ねられたものを手にとり良く見てみれば、なんと一つ一つが同じ形をしている。あの有名なロシア人形の要領で、次々と小さなハリネズミが現れるのだ。

有名なハンガリーの刺繍には、きっとファンが多いだろう。ここで見られるものはおよそ手の垢もついていないような新品ではなく、人の手から手へと伝わったようなものである。人へ贈るおみやげ物を選ぶには少し状態が良くないが、自分へのものを・・というならよいのではないだろうか。観光土産屋ではまず見られない、ハンガリー北部ブヤーク地方の刺繍で飾られた枕などもあった。

お婆ちゃんが売っていたのは、真っ白な糸からできるレース編みのテーブルクロスである。「チプケ」と呼ばれるハンガリーのレース編みは、二〇、三〇年代に世界的に有名となったが、これはそのような展示用ではなく、もちろん家庭向けのものである。ところどころ糸の途切れもあるが、そんな事は気にしない。これにもそれなりの味がある。

ハンガリー語の本なんて・・という方も、試しに少しのぞいて見て欲しい。私が手に入れたのは、一九〇九年ものの「ザ・ストゥディオ」というイギリス発の美術雑誌と三十年代のハンガリーの工芸雑誌である。カラーの挿絵や当時の写真も豊富で、見ているだけで飽きることはない。ハンガリーの古い工芸雑誌には、民俗衣装や刺繍との強い関わりが表われていて、この手のものに興味がある人にはお勧めである。

ここの名物は何といっても、3~4つの大ざるで大量放出される古着である。市場の奥に位置するその一角は、ハンガリー人女性で常に大にぎわい、異様なほどの熱気がある。みな黙々と、お目当ての洋服を探し当てるのに余念がない。それでも日本のバーゲン会場ほどではないので躊躇することはないが、残念ながら試着室はない。某洋服店の店長も通うということだから、掘りだしものも約束できそうだ。客層はほとんど女性だが、もちろん子供用、男性用の服も多い。

この市場では、ルーマニアからの人も多いのか、バルカンチックな音楽が聞こえてきて、異国情緒を楽しむことができる。お買い物を楽しむ際には、くれぐれも貴重品には気をつけて欲しい。洋服をあさるのに夢中で、精算をする際になって財布がない、という経験をしたことがある。複数で行き、常に誰かが見張りをするのがベターだろう。たいてい値切りがきくので、ねばって交渉する価値あり。

ペトゥーフィ・チャルノク

次は、「ペチャ」の愛称で知られる、通常はコンサートホールとしても有名な場所である。
市民公園の端にあるので、家族連れも多く見られる。比較的安全な環境なので、蚤の市初心者におすすめだ。

入り口に向かうと、すぐさま「フィフティー・フォリント」と呼びかけられる。有料であるが、その分の元は取れること請け合いだ。品物の状態も良いし、かなりの店の数である。骨董品を探すというよりは、大きなバザーに似ていて明るく活気がある。

入り口付近に、山盛りに詰まれた洋服の売り場を発見。ハンガリーの女性服はどれも化繊のものが多いのだが、こういう古着を当たれば涼しい木綿のものが手に入る。清潔で、すぐに着て外に出られそうなものばかりであるので、安心して選べるのが魅力だ。

さあ、奥に進んでみよう。階段状の広場に敷物がしかれ、所狭しとモノが並べられる。ハンガリーの地方から集められた民俗衣装や、陶芸器、刺繍や織物などから、ブダペストにいながら多様なハンガリーの造形文化に触れることができる。スロヴァキアやトランシルヴァニア地方からも品物が運ばれるのを見ると、ハンガリー文化圏の大きさがうかがえる。お目当てのものを見つけたら、その地方の名前を聞いてみるといい。

私が目を止めたのは、ルーマニアの女性の民俗衣装に属するエプロンである。この細長く、幾何学文様の織物は両側にレースがほどこされ、スカートの前と後ろにくる。色はやや暗いが、装飾は華やかで人目をひく。ルーマニアの土産物屋で、この両端を縫って紐をつけバッグに改造しているのを見たので、前々から欲しいと思っていた。さっそく値段の交渉に入る。始めは一つ1500FTであったのが、少し粘れば二つで2500となった。しばらく考える。やっぱり高いかなと思い、立ち去る。するとこの売り場のおじさんは、しつこく後を追い、値段を下げて私を誘惑しようとする。二千まで下げようとする私と、意地でも譲らないおじさん。結局、この強引さに押されて2100FTという中途半端な額で決着がついた。

音楽が好きな人は、レコード売り場で足を止めるに違いない。クラッシックから、ハンガリーのロックグループ、民俗音楽まで、かなり安くで買うことができる。ハンガリー語を勉強しようと思う方には、ハンガリー民話のレコードなんていかがだろう。

エチェリ・ピアツ

日本の旅行情報誌にも取り上げられた、中欧最大規模の蚤の市である。かなり郊外のほうに位置しているため、朝早くから出かけることをお勧めする。値段の安さより質の良いものを探すなら、ここへくると良いだろう。アンティークの家具類やハンガリー刺繍、民俗衣装がかなり充実している。

入り口には看板があるため、まず迷うことはないだろう。各店舗もそれほど詰まっていないため、余裕をもって見ることができる。入り口付近で、民俗衣装が山になって積まれていた。パローツ地方のチョッキは、黒地のベッチンに花の刺繍がなされ、後ろがひらひらになっているのが可愛らしい。

色とりどりの衣装に身を包んだお人形を売っていたのは、優しそうなお姉さん。有名なマチョーの民俗衣装を着た女の子は、顔が陶器でできているという。「ほら、ちょっとたたいてみて。」と言われたので、トントンとやると確かに硬い。やはり高価で、5000Ftである。

古いレースが垂れ下がる店があったので、覗いてみる。ヨーロッパの貴族のインテリアに相応しい、繊細なレースの模様が美しい。アンティークものだけあって、お値段はやはり高め。扇子もあった。
ヨーロッパでは、日本だか中国だか起源が不明の、いわゆる「東洋のもの」というカテゴリーが存在する。私たち、日本人の目から見れば奇妙なものである。着物姿の女性とお猿のちんどん屋の像があったが、これは正真正銘の日本のもの?

Dsc_0011_convert_20080504164418.jpg

買い物を楽しむ私たちのところに、どこからともなく不思議なメロディーが流れてきた。
何かと思えば、暇つぶしにウクレレのような楽器を奏でているコイン売り場のおじいさんであった。この市場の入り口付近には、高齢者が店を構えている例が多い。年金生活の足しに物を売っているのであろうが、なんとなく同情して買ってしまいそうになる。

Dsc_0018_convert_20080504165051.jpg

東欧国ならではのものといえば、レーニンやスターリンなど有名な社会主義独裁者を象った品々である。我々よその者にとって、これほどのインパクトを与える象徴はないだろう。とある店の前に、これらに混ざって19世紀初頭のハンガリーの英雄的詩人、ペトゥーフィ・シャーンドルの顔があった。

Dsc_0028_convert_20080504164929.jpg

暑さが厳しくなってきたら、市場の中にあるアーケードを通ってみよう。ありとあらゆる種類の骨董品が並べられ、ゆっくりと散策ができる。人ごみの中で物を探し回るのではなく、ぶらぶらと散歩ついでに何かに出合える。これぞ蚤の市の醍醐味であろう。

Dsc_0027_convert_20080504164819.jpg

使ったもの、古いものに関わらず、何か新しいものを探す欲求は誰の心にもあるだろう。貧富の差に関わらず、それを満たしてきたのが蚤の市である。こうして人の手から手へと
モノが受け継がれてきたということが実感できる、そんな場所である。

トランシルバニアを心の中に・・・
             クリックをお願いします。にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ


Theme:東欧
Genre:海外情報

comments(8)|trackback(0)|イベント|2008-04-28_14:47|page top

トランシルバニアン・アート

旦那の古い友人に彫刻家がいて、展示会に誘われた。
4月18日の金曜日、夜6時に開会式がある。
町の中心に位置する時計の塔のある建物が、県立の美術館。
公園の横に位置していて、しずかな場所だ。

私たちが6時に着くと、ギャラリーの入り口には沢山の人が待っていた。
この美術館の常設展は、19世紀に活躍したジャールファーシュ・イェヌー、バラバーシュ・ミクローシュの作品が見ものである。どちらも貴族のお抱え画家として、その名を馳せていた。
その常設展のある部屋を横切っていくと・・・
廊下にはビニールが一面に張ってあり、上には水がいっぱいに入っている袋が4箇所もぶら下がっている。

そう、今回の展示会のテーマは「水」なのだ。
奥の小さな部屋に入ると、すぐに部屋の半分ほどの場所を閉める不思議な器具に目が留まる。水が流れている不思議な装置の横には、沢山のコップが並んでいる。
笛やらドラやらが並んでいて、これから何が始まるのか期待を膨らませずにはいられない。

その小さな部屋は人いきれでむせ返っているので、隣の部屋に移ることにする。
ビデオに映し出される時計、そこに少しずつ水がたまってゆく。
それを興味深そうに見つめる小さな女の子。
息子も興味を惹かれるらしく一心に壁を見つめる。
時計に水がいっぱいになると、再び少しずつ水が引いてゆく。
そして、画像が切れる。
砂時計のような、水時計。

ザラーンに住む、友人ペーテルの彫刻も部屋の真ん中に立っていた。
金色の鉄の光が突き差しているのは、キノコ雲のような木のような・・・
直線と曲線が美しく調和していた。

すると隣の部屋では開会の辞が始まったようで、写真家が大勢フラッシュをたいていた。
しばらくして、こちら側の部屋に白い衣装を来た男たちが入ってきて、隣の部屋に行った。
彼らがミュージシャンであるらしい。

やがて民族調の調べが聞こえ始める。
メディテーショナルな不思議なリズム・・・春雨を思わせるようなしっとりとした落ち着いた雰囲気がたちこめた。息子も気になるらしいので、人を掻き分けて前の方に通してもらい、じっと目と耳を傾けていた。

IMG_1914.jpg


それから、先ほどちょっと挨拶をした旦那の恩師が隣の部屋に移った。
何かを始めるらしい。ユーモアがあって学生に人気のある先生で、パフォーマンスアーティストとして活躍している。
カーテンの陰に隠れ、何かをしているらしいが残念ながらよく見えなかった。
すると突然、ペットボトルの水をあたりに撒き散らし(わっと声がおこる)、
白いカーテンから見える手だけが不思議な緊張感をかもし出す。
誰かが隣で「下品だ。」とつぶやいた。
手が不思議な動作をして、パフォーマンスが終わった。

IMG_1918.jpg


そして、先ほどのミュージシャンが白い液体の入ったコップを皿に人々のところをまわってゆく。水かパーリンカ(アルコール度数の高い蒸留酒)かという疑いがあったので、
「これ水よね?」と聞くと、何も言わない。が飲んでみると、やっぱり水である。
喉もさわやかに展示会が開かれた。

人が引いてから分かったのだが、息子が地面に血が何滴も落ちているのを見つけたので、
触らないように言った。「こんな所にどうして血が・・・」と不審に思っていたら、
「グスティだよ。」と旦那が言う。
「血!本当に切ったの?」と私が驚くと、見知らぬおじさんが「彼は以前にも反戦のパフォーマンスとして切ったことがあったが、こんなものじゃなかった。あの時は血が飛び散って、卒倒した人もあったよ。」と教えてくれた。
私には芸術家の考えはよくわからないが、人が言えずに心のうちにしまっておく事を、驚きを与えて表現することに意義があるのかもしれない。

旦那の元クラスメイトの母親が芸術家で、人々をパフォーマンスに招待した。
そしてやってきた人たちを外に、除いて見ながら笑っていたという。
この何もないことが、パフォーマンスという。私にはよく理解できないジョークである。

展示会から人々が引き始め、やっと隣の部屋に入る。
息子の目に留まったのは、古いトランクに水がたまっていて、そこに円盤が浮いている。
色とりどりの円盤には水、金属、木、土、火の文字がかいてある。
上には同じトランクに赤ちゃんが寝ている写真がおいてある。
知り合いの子供が、カラフルな円盤を手に遊んでいた。
母親の胎内そして、人間の始まりを思わせる。

中央には、木の大きな板の上に、水の入ったビニールをはさんだ木がいくつか置いてある。
小さな字で、「人間の体の約~%は水である。」とある。
他にも、眼、筋肉、骨、血・・などが同様にして記されてあった。
いかにも人間は水でできているようなものだ。

部屋にはほとんどの人がいなくなり、展示もそろそろ終わりのような雰囲気。
話をしている人々が何人かいる中、例のミュージシャンたちが再び音楽を始めた。
金属の音が、何重もの響きを持って伝わる。
ドロンブと呼ばれる口琴で、アイヌのムックリのような楽器である。
一見単純な楽器だが、リズムや音階が変えられ、特に何人かで演奏すると圧巻である。
すべて即興で演奏されるようで、独特の緊張感のなか眼も耳も釘付けになる。
思わぬ演奏会となった。

IMG_1920.jpg


廊下を出てゆくと、あの水の入った袋は予想通り穴があけられ、ろうそくの黄色い光の中で静かに音を立てていた。
部屋を出たら、机の上にワインとクラッカーがおいてある。
展示会の開会式といえば、食べ物や飲み物(アルコールが多い)がつき物である。
大学時代も、あのフワフワとした気持ちで絵画や彫刻、写真などを見たものだった。
日本ではとてもじゃないが、ヨーロッパでは大きな展示会でもよくあることである。
息子も、お腹いっぱいお菓子をほおばり幸せそう。
展示の部屋に戻って、人々に勧めたりしていたので写真にも収めてみた。

IMG_1925.jpg


トランシルバニアの若い芸術家たちに乾杯!

にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ










Theme:東欧
Genre:海外情報

comments(3)|trackback(0)|アート|2008-04-23_02:53|page top

ルーマニアの不思議なもの。

問題1.
住宅地をを歩いていると、何やら大きな鉄の棒が不自然に立っている。
大きいものと小さいものが並んでいて、子供の頃に遊んだ鉄棒のようでもあるが、他に遊具らしきものは見当たらない。
これは、さて何でしょう?

IMG_1777.jpg



正解は、「じゅうたんの埃はたき台」です。
何しろ畳みがなく、フローリングといっても、鉄筋コンクリートの中では足元が寒いし、靴を脱ぐ習慣はあることにはあるが、皆が守るわけではない。
ほとんどの家では、じゅうたんを床に引いている。
じゅうたんとは、トルコじゅうたんのような立派なものではなく、洋服や布を裂いて織物にしたものを使うのが普通である。
じゅうたんはもちろん埃を吸い取るから、ソビエト製のオンボロ掃除機では太刀打ちできないのは言うまでもない。
だから大掃除の時には外に持ってゆき、あの鉄に引いて思いっきりはたく。
高層アパートの並ぶ地域では、不思議なほどこのじゅうたん叩きの音が響いて、何事かと驚くときがある。
私がこの写真を撮るときも、おばさんが「写真なんて!」と一笑したことからも、日常にありふれたものであることが分かる。

IMG_1677.jpg



問題2.
お姑さんが料理をしているときに、おもむろに取り出したこの器具。
丈夫な鉄製でものすごく重そうだ。
さて、これは何でしょう?

IMG_1773.jpg



正解は、「挽き器」です。
何に使うかというと、お肉をひき肉にしたり、クルミを引いたり・・・。
勉強机のランプのように一部をテーブルの端に取り付けて、ぐるぐる回す。
すると、新鮮なひき肉のできあがり。

IMG_1772.jpg



問題3.
これも住宅街に普通に見られる大きな台。
さてこれは何でしょう?

IMG_1697.jpg



正解は、卓球台です。
いまだ誰かがこれを使っているところを見たことはない・・・
が、社会主義時代には盛んにこの卓球台が公園に建てられたそう。
いつか試してみたいと思っている。
きっと中国人だと思われるであろうが。


問題4
近所のアパートの前においてあるもの。
普通は、こんなに面白い飾りは付いていないが、たいてい建物の入り口に鉄の門のようなものが置いてある。さてこれは何でしょう?
*ヒント:雨や雪の日に役立ちます。

2004_0513画像0076


正解は、靴の泥おとしです。
ルーマニアでは、舗装されていない場所がまだ残っているし、
靴ではいる場所が多いこともあって、この泥おとしは大変役に立つ。
建物の中に入る前の、エチケットです。


問題5.
ひいおばあちゃんが元気な頃の写真です。
棒をすばやく上下に動かしています。何を作っているところでしょうか?
ヒントは、中に牛乳を入れています。

Dscf0081_convert_20080504170830.jpg


正解は、バターです。
牛乳の脂肪分が固まって、こんな風になります。

Dscf0083_convert_20080504170734.jpg

模様もつけて、可愛らしいバターの出来上がり!

Dscf0061_convert_20080504170608.jpg


トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

Theme:東欧
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|文化、習慣|2008-04-23_02:51|page top

ルーマニアの春に夢中

カルパチア山脈のふもと、ここセーケイ地方でもようやく春という奇跡がやってきた。
あの長ーく、暗ーい枯れ色の季節から脱出したら、ぽつぽつと若草色の芽生えがあちらこちらで見られるようになる。ここからが長い、なかなか葉が開いてくれないのだ。
山なみの地方なので、朝と晩には気温がグッと下がる。
そのために、花が咲くのも遅くなる。

この咲きそうで咲かないつぼみや、開くそうで開かない芽をみていると、あの暖かい季節は本当にやって来るのかと不安になってくる。
3月の終わりには夏時間に切り替わったので、昼が長くなる。
それでも太陽が顔を見せないことには、春にならない。

そんないらいらした心持で、曇り空を見つめていた日々も終わり・・・

やっと春がやってきた。
まずは、「黄金の雨」と呼ばれる黄色の小さい花が通りのあちこちで花開いた。
遠くを歩く足取りも思わず軽くなる。

芝生ではスミレが甘い香りを漂わせ、マーガレットはまるで白いじゅうたんのよう。
日本では園芸種として知られているが、こちらでは野草なのだ。
それも親指ほどに小さくて、繊細な形の美しい花。
いままでどこに隠れていたのか、小さいミツバチがせわしく飛び回っている。

この可愛い野の花の虜になったのは、私よりももうすぐ4歳になる息子のほうである。
あの色とりどりの小さな花を見つけるが早く、腰をかがめては摘む、またしばらく歩いては花のところで足を止めるという風だ。なかなか前に進まない。

気が付くと手にいっぱいの花束を満足そうに持ち帰り、ビンに一本一本挿すのが生きがいである。
こんな風に、我が家のキッチンにはいつも花があふれている。


IMG_1821.jpg


oka


IMG_1785.jpg


IMG_1788.jpg


IMG_1805.jpg

Theme:東欧
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|自然、動物|2008-04-17_01:45|page top

セカンド・ハンドショップ

ルーマニアには、セカンド・ハンドショップが多い。
特にここ一年半ほど見ないうちに、びっくりするほど増えた。
日本でもリサイクルが盛んになって、そういう系統の店が多くなったが、ここでは洋服のセカンド・ハンド、つまり古着屋のことである。

もしこの町で古着屋ツアーを頼まれたとしたら、優に一日はかかるだろう。
それほど古着には沢山の店があって、逆に新品の洋服の店は少ないし、私はそんな店に入ったこともない。

一つの特徴は、とにかく何でもあること。
紳士から婦人、子供服まで、サイズも傾向も多種多様である。
看板に「新商品が届きました。」と書いてあったり、「半額セール」などと書いてあるときには人が多くなる。

中でもやはり圧倒的に多いのは、婦人物である。
トップスから、スカート、パンツ、ワンピース、寝巻き、スカーフ、バッグ。中には水着や下着、靴下まで置いてあるところもある。(さすがに、そこまでは私も試したことがない。)

ただ日本人にとって、問題なのはサイズである。
西洋人と違って、体格が細くて、凹凸に欠けるので、ちょっとこれは問題だ。気に入って広げてみると、私が二人分入りそうな巨大な洋服で驚いたことも少なくない。また着てみて、胸の辺りが不自然に空気で膨らんでいるのに唖然としたこともある。
昔、妊婦時代に着る洋服に困ったときには、古着屋でLLサイズの洋服を買ってきていた。妊婦用の服など買わなくて良かったので、大助かりであった。

面白いのは、今はどこでも作らないような本物の古着に出会えることである。
多いのはドイツ語表記の古着で、厚いポリエステルの生地に花柄や幾何学などの織り模様があって、なんともレトロな感じがする。イギリス製のポリエステルのワンピースは、孔雀の柄がついていて、タグからしてみても70年代もののようである。

タグもなく、よく見るとホームソーイングのような、心のこもった洋服にも出会える。
大量生産では得られない、独特の味があって、意表をつく素材の組み合わせやデザインで大好きである。

最近、雑貨やなどで見かける、おばあちゃんのワンピースも良く見かける。あんなカラフルな模様をまとったおばあちゃんは、本当にお洒落で可愛い。
ブダペストでも、ポップな花柄のワンピースに白いブーツをはいて歩くおばあちゃんに感激して、写真を撮りたくて仕方がなかった。

そういう掘り出し物を探すと、なお古着屋めぐりが楽しくなる。
この服は、どんな時代にどこの国でどんな人が着ていたのだろう・・・などと想像するのも良い。
一度は、子供服のポケットの中に、小さな木彫りのウサギがはいっていたこともあった。
顔も見ない誰かからのプレゼントだろうか。










Theme:異文化
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニアの町|2008-04-09_18:28|page top

社会主義時代の名残 ― ルーマニアのスーパー事情

うちの近所の、とあるスーパーをご紹介したい。

平べったいコンクリートの建物で、屋根にはペンキのはげた字で「セルフサービス」と書いてある。
ルーマニア語とハンガリー語の二カ国語表記である。

通称「ウンキ」とよばれるこのスーパーに入ると、右手には、普通のスーパーで食料品や日用雑貨が並んでいる部分。
左手には、フルーツやお菓子が売っているところ、パンが売っているところ、
乳製品、肉類が売っているところに分けられている。
もちろんレジも別々である。

食料品などがあるところに入ってゆくと、
なにやら赤いエプロンをかけた従業員が後ろからついてくる。
「私が外国人だからか?」と自分が疑われているような気になって、焦ったこともあったがそうではないらしい。
しばらく後ろを窺ってみると、何のことはない、他の従業員とおしゃべりなんかをしている。

暇そうなので「~を探している。」などと聞いてみると、急に活気付いて「ここですよ。」と案内してくれる。レジは一つなのに対して、この案内役の多さには驚かされる。
私はスーパーの仕事には詳しくないが、棚入れなどをしている姿は見たことがない。

店の中を歩くと、缶詰などが比較的多いのに気がつく。
面白いのは、ナスのペースト用のナスを焼いたものの缶詰や、ザクスカの缶詰(「大きいパンを食べる」参照)がある。日本で言えば、ご飯の友であろうか。
また、恐ろしく多いジャムやコンポートの種類。
・・・アプリコット、モモ、サワーチェリー、プルーン、イチゴ、ブラックベリー、ブルーベリー、ラズベリー、ローズヒップ。
変わったところでは、緑のくるみなんていうのもある。
これはくるみが実る前の、外側の部分である。それが丸ごとシロップ付けにしてある。
私はいつかくるみの木の下で「くるみがどこにもない!」と言うと、大きな緑の実を指された。
この緑の実の種の中身が、あのくるみだったのだ。

もちろん、炭酸水の種類も多い。
ビン入りのものを買うには、初めにビン自体も買わないといけない。
そしてまた次の機会に、ビンを持って行くと、炭酸水だけの値段で買える。(1L=20~30円)

これが「セルフ・サービス」と呼ばれるが所以である。
というと不思議に思えわれるかもしれない。
私たちが普段スーパーで勝手に商品を取ることが
まさに「セルフ・サービス」なのだ。

IMG_1778.jpg

では、「セルフ」でない部分は?というと、
美味しそうなフルーツやお菓子が沢山積み上げられている中に、従業員が埋もれるように立っている。ガラス戸で仕切られているから、もちろん手は届かない。
この従業員に、何が欲しいかを告げて商品を取ってもらう。
そして代金を払う。
ほとんどは量り売りなので、「あのジャム入りのクッキーを、500gください。」という形か、もしくは「あのアメを2レイ分ください。」という形で注文する。
私のような外国人にはすごく分かりにくいシステムであるが、確かにこの方が安いような気がする。

IMG_1780.jpg


パンの部門でも然り。ただパンは見かけがほとんど変わらないので、聞いてみるしかない。
半分がよければ、目の前できってくれる。

乳製品や肉類のところで驚いたのは、以前サワークリームを買ったときに、手書きで書いたレシートを渡されて「あそこのレジで払ってちょうだい。」と言われる。
そして向かいのレジに行くと、レジ係りがレジを打つ。
支払ったレシートを手に戻って、やっと商品を受け取る。
なんとも時間のロスが多い買い物である。

今でこそ、ルーマニアも無事(?)EUに加盟し、西欧資本の巨大なショッピングセンターなどが建てられるようになって、買い物も合理化し、商品も多種類、大量に手に入るようになった。
消費社会が始まったのである。

しかし、旦那たちが小学生のころは社会主義で、
スーパーに行っても店には何も品物がなかったと言う。
お金があっても、物がないから買えない時代だったのだ。

例えば、コーヒーなど珍しいものが入ったという情報が伝わると、
店に人が押しかけ、行列の末やっと手に入るという話も聞いた。

その社会主義時代の名残をとどめるスーパーに愛着を持って、
そういう時代があったことを忘れないようにしたいと思う。
特に、これからの社会主義を知らない世代の若者たちにはなおのことそうである。















Theme:異文化
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニアの町|2008-04-09_17:53|page top

ハンガリー人の姓は面白い!

ハンガリー人と日本人にはいくつか共通点がある。
例えば、子供のころに蒙古はんがでること。
「~で、に、を、は」のような格助詞がつくこと。
そして姓名の順番、姓の後に名前がくることである。あの有名なリストも、リスト・フェレンツであるし、バルトーク・ベーラ、ケルテース・アンドラーシュ・・・。

ハンガリー人の姓には、いくつかのカテゴリーに分類される。

1.職業の名前
多いのは、サカーチ(料理人)、サボー(お針子)、コバーチ(鉄職人)、ファザカシュ(鍋職人)、アスタロシュ(家具職人)などである。
面白いのは、チズマディーヤ(長靴職人)、マダラシュ(鳥を飼う人)、パプ(牧師)、クルトゥー〈詩人〉、セーンエーゲトゥー(炭を燃やす人)。また、バーバ(産婆)なんというものも。
これを見ると、どんな職業があったのかがうかがい知れる。

2.人を表す形容詞
最も多いのは、ナジ(大きい)とキシュ(小さい)であるが、その他にもクベール(太った)、ショヴァーンカ(やせっぽっちの)、ケドヴェシュ(優しい)、ケシェルー〈苦い〉、セープ(美しい)、オコシュ(頭のいい)などもある。
またトゥーケーシュ(金持ちの)、ソポシュ(おっぱいを飲む)などもある。

3.色の名前
恐らく、髪の色からきたと考えるのが妥当である。
フェケテ(黒)、フェヘール(白)、バルナ(茶色)、スーケ〈金髪〉、ヴルュ(赤)、ズルド(緑)など。

4.動物の名前
ファルカシュ(オオカミ)、メドベ(クマ)、ローカ(キツネ)、サルヴァシュ(シカ)、ケセグ(川魚の一種)、カカシュ(雄鶏)。

5.民族の名前
オラー〈ルーマニア人〉、レンジェル(ポーランド人)、ネーメト(ドイツ人)、オロス(ロシア人)、トゥルク(トルコ人)、トート(スロヴァキア人)は、近隣の民族の名前である。タタール(モンゴル人)からは、モンゴル侵入の歴史の後がうかがえる。
さらに、エスニックグループ名は、セーケイ(セーケイ人)、サース(ザクセン人・・・ドイツ系の民族)、クン(今はハンガリー人の間に同化したクン族)。

6.男性名からとったもの
子供が親と同じ名前を受け継ぐ習慣については「名前の日」ですでに書いたが、父親の名前を息子が性として名乗る習慣もあったという。例えば、旦那の父親は、アンドラーシュであったから、旦那はアンドラーシュ・バーリント、息子はバーリント・バラージュ・・・という風である。
多いのは、フェレンツ、バーリント、アルベルト等である。

7.貴族の姓
ごくまれではあるが、貴族の名前も存在する。
エステルハーズィ、アルパードハーズィ等であるが、ハーズは家という意味であるから、「~家の」となるだろう。

8.可愛い名前
私の独断で可愛いものを挙げると・・・
アンジャル(天使)、カラーチョニ(クリスマス)、ボジョー(実)、チッラグ(星)、ロージャ〈バラ〉、タヴァスィ(春の)である。
さらにトゥンデールリゲティ(妖精の園)なんてメルヘンチックなものもある。

9.変な名前
可愛いもの、美しいものより圧倒的に多いのが変な名前である。
これはもう、冗談としか思えない・・・
シュケット(つんぼの)、シャーンタ(びっこの)、ウレグ(年老いた)ならまだよいが、ヴェーン(老いぼれの)ときたらひどい。
トルヴァイ(盗人)なんて、先祖の罪が気になるところだ。
ウルドゥグ(悪魔)は、まさにキリスト教徒にとって耐え難い侮辱ではないか。
コパス(ハゲ)は完全に悪口、フルチャはその名の通り、「変」である。
バカは兵士の意味らしいから、ハンガリー人には問題ないが、日本人の私としては避けたいところである。旦那がわりと平凡な姓でよかった。ちなみにシェレシュ(ビール職人)である。

そうしてこんなに変わった姓が存在するのか?
かつてザラーンという村で友人を訪ねたことは書いたが、旦那が家を探していたときのこと、友人の名前、職業そんなことを聞いても村人の反応は全くなかった。
そして誰かが「ああ、あのあごひげのことか!」と言って、やっと誰のことかわかったという。
きっとそんな風に、人の特徴をユーモラスに捉えたものから姓がおこるのかもしれない。

以上、私たちの知識によるものもあるが、タウンページの助けによるものも大きい。
この町だけでもこんなに沢山の面白い名前があるのだから、ハンガリー語圏全体ではもっと驚くべき情報があるに違いない。
タウンページでも語彙習得の役に立つことが分かったのは、新たな収穫である。

Theme:異文化
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|文化、習慣|2008-04-02_15:46|page top

サマータイム(夏時間)

今週の日曜日から、サマータイムが始まった。
ルーマニア―日本間の時差は、通常7時間だが、
これから半年の間は6時間となる。

朝目覚めると、7時半であった。
それほど朝寝坊というほどでもないが、それでも時計を一時間遅くしないといけない。
・・・すると8時半ということになる。
なんだか一時間損をしたような気分だ。

毎年、この時期は決まっているのであろうが、
私は家族友人に「いつから始まるのか。」と聞いても、
たいてい「知らない。」という。
大体このくらいの時期、ということだけである。
今年も例外でなく、その前日になってラジオで知らされた。

私たち日本人なら、時間が一時間も変わってしまうというと、
重大な事件である。
きっと一年のなんどきであっても、きっと忘れないであろう。

先週、ブラショフに行ったときに、夜の6時であったがまだ明るかった。
これが今では夜7時となっている。・・・不思議である。

そもそもどうしてサマータイムが始まったのであろう?
私の憶測によると、ヨーロッパ人が仕事の後のフリータイムを存分に楽しむためである。
夏至ごろにもなると、私たちのいる地方は夜9時ごろまで明るいのだから、
5時で仕事から解放されても十分に楽しむ時間が残されている。

今日から4月、そして夏時間も導入されて、季節が移り変わる準備はできているはずなのに、
まだまだ天気はどんより曇っていて、春の日差しがさすのを許してくれない。
早く、春の緑の季節が訪れてほしいものだ。






Theme:異文化
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|文化、習慣|2008-04-01_22:43|page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。