トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ハライのランチ

お昼時を過ぎて、人の家とはいえさすがにお腹がすいてきた・・・
ルーマニアの昼食は、2~3時であることをうっかり忘れていた。

すると友人が来て言った。「今日はウサギを食べるよ。」

ウサギ・・・あの小さな小屋で、何も知らず丸々と太ってえさを食べている。
日本では、赤い目の白兎が有名だが、ここでは黒や茶色が主である。
息子も喜んで、その辺の葉っぱをちぎっては運んでいた。
さすがにウサギは、日本では食用とされないので気後れがした。

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旦那の祖父母の住んでいた村で、ブタを殺してソーセージを作るさまを始終見たことはあった(ある部分を除いては)。だが、さすがにウサギは・・・・

するとキーという悲鳴が聞こえて、小屋からウサギが引っ張り出されたようだ。
その後は・・・悲鳴も聞こえない。気が付くと、木の棒に両足がつるされていた。その後は二人の男手で、手際よく解体されてゆく。
友人の父親が、こちらに向けて何かを放り投げた。見ると、ウサギの首である。犬がさっとくわえていった。

こんな様子を見ていると、やっぱりヨーロッパ人は肉食人種だと思う。
同じ生き物なのに、魚をさばくときとこうも感じが違うのはどうしてだろう?
魚は、鳴き声も表情もないからだろうか。

解体されて肉となった後は、近くで見ることができた。
淡いピンク色の鶏肉に似た感じだ。

棒を立てて、大きな鍋をつるし、そこに火をおこす。
まずはタマネギとパプリカ(生のものと粉末のもの)を油でいためたものに、
水を注ぎ、ウサギ肉を入れて煮込む。
火がよく通って肉が柔らかくなったら、塩とクミンで味付けをする。
ジャガイモを切って入れ、柔らかくなったら出来上がり。

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家の庭にテーブルがあり、そこで食事となった。
太陽の光を浴びて、美味しい空気の中で食べるのは食欲も違う。

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気になるウサギの味は・・・
口に入れるとなんともよい風味がする、味は鶏肉に似て淡白である。
癖がない。ソースもパプリカが効いていて、コクがあって美味しかった。
始終を見ていなかった息子も、自分の分を平らげた。

何より、休日に大人数で食事をするその雰囲気は楽しいものだった。
貴重な動物を私たちのために差し出してくれた、
友人家族のホスピタリティーに感謝。


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Theme:海外食生活
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comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2008-04-28_15:51|page top

ハライ-ワイン樽職人の村

朝早くおきて、村に住む友人の家に遊びに行くことになった。

コバスナ県の中心地セントジュルジからローカル電車がゆっくりと南のほうへ走る。
この電車は、いつか「世界で一番遅い電車」と私が名づけたことがあるほどで、車で30分ほどの町まで優に1時間はかかって行く。(もちろん回り道はするけれども・・)
小さな村々で止まることに加えて、自動車道路との交差点では、かつては踏切が手動であったからだ。つまりその交差点に差し掛かると、いったん電車が止まって車掌さんが降りて踏み切りを下げる。そして電車が出発して交差点を超えると、また停止して踏み切りを上げる・・・という風である。
今回はやっと自動に切り替わったらしく、割とスムーズであった。ただし、やっぱり交差点の前では一時停止をしていたが。

窓の外には春の田園風景が一面に広がっている。
畑を一面に花を咲かせたタンポポの黄色、まだ植えたばかりの麦畑の若草色、畑の茶色、そして村をすっぽりと真っ白く包み込む果物の花、りんごやプルーン、さくらんぼ、洋ナシ・・・まさに春真っ盛りの風景。ルーマニアを象徴するヒツジの放牧も見られる。
この平原を土地の人たちは「美しい畑」と呼ぶ。地図にもそう記されている。
だだっ広い平原の中にぽつぽつと村が点在し、そして長い長い山脈にぶつかる。カルパチア山脈だ。その山並みに沿って、また美しい村々が見える。その一つがハライである。

駅に着くと、辺りは村はずれの畑。
隣村まで歩いていくと、遠くからシカが畑を走り回っているのが見える。「静かに、人がいると怖がるから。」と言われるので立ち止まって眺めていると、颯爽と道を横ぎって見る見るうちに遠くまで駆けていった。
そうしている内に友人の車が到着。6kmの道のりを歩かなくて済んだので、安心した。

山に面したその村につくと、入り口には5mほどの巨大な門が出迎える。
「セーケイの門」と呼ばれ、普通は民家の門として立てられる。16世紀から王国の兵士としての特権階級を与えられたセーケイ人は、それを示すために木製の大きな門を作ってきた。右上にある円形の文様でその地位などを表すという。ちなみに大きな入り口は馬車用(今は車である)、小さなほうは人用である。

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斜面にある家に到着。
「モチョク!(汚いもの)」と呼ぶのを見ると、毛が真っ黒く長い犬である。
これはハンガリー固有の犬の種類で、Puli(プリ)というもの。ヒツジを追う犬として飼われていた種らしい。まるでドレッドヘアーのようなカチカチのながい毛が、目や口が見えないほどに覆われて、掃除のモップさながら。旦那といい勝負だ。
人懐こいので撫でていると、所々大きなドロの塊がたくさん付いている。可哀想に、さぞ重いことだろう・・・そう見ていると、「散髪したあとは、それは嬉しそうで元気いっぱいに走り回る。」と話した。

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息子と同じくらいの年頃の甥っ子がやってきたので、辺りを散策することになった。
隣の家の庭から森のほうへと歩くことにする。家の主人はハンガリーに移住したそうなので、彼かが代わりに管理しているとのこと。庭はタンポポで黄色のじゅうたんのよう。そこから35度ほどの急斜面に、たくさんの果物の木が花を咲かせていた。
少し上ればもう景色が開けて、村全体が足元に広がっている。

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庭を過ぎると、今度は平らなタンポポの丘に行き着く。
子供たちは大喜びで、原っぱを走り回っている。
反対側の風景もまた美しい。隣町のゲレンツェもすぐそこだ。日本ではあまり知られていないが、世界遺産に登録されたフレスコ画で有名な教会がある村である。遠くのほうに、友人の通う会社のある町も見える。

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風が強く吹きつけて、太陽は照っているのに肌寒い。
山道を通って、村のほうに引き返すことにした。

森でまた美しい花を発見。
輝くような紫色は花が開いているとき、深い青色はつぼみのときのようだ。

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家に着くと、友人の父親が森から帰ってきていた。
「ここは気に入った?」と聞くので「美しいところですね。」と言うと、「世界で一番美しい村だよ。そうだろう?」と笑った。

ハライは実に美しい村であるが、ワインの樽作りというもう一つの特徴も持っている。彼の父親もそうだ。仕事場を見せてもらうことになった。

何に使うのか分からないが、いろいろな道具が置いてあった。
そして作りかけの樽も見せてもらった。見ると内側が黒い。
使う木の種類によって、そして内側を木で炙ることによっても、保存をするワインの味が変わるそうだ。内側を炙るのは、赤ワイン用であるという。主にしいの木を使っている、と説明をしてくれた。

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昔はほとんどの人が樽作りの職人であったらしいが、今は数えるほどであると言う。以前は、注文が遠くフランスからも着ていたという。
だんだんと自家製のワインを作る習慣が少なくなっていること、そしてワインを良い状態で保存しようという需要があまりなくなってきているという事実もある。

友人も樽作りはまだ半人前らしいが、この伝統を引き継がせるために「樽作りのホームページ」でアピールすることに成功している。今のところ、ハンガリー語、ルーマニア語であるが、英語を今製作中である。HPでは美しい写真と、樽作りの歴史、そして注文も受け付けている。ぜひ覗いてみて欲しい。今後の目標は、村に樽のミュージアムを作ることだ。
こうした故郷の村を活性化させようという若い世代が育つのは、実に頼もしいことである。

90年代以降、経済の停滞で多くの若者が故郷を捨て、外国に流出しているというのはルーマニアの大きな社会問題である。
美しい村々はルーマニアの宝であり、文化のルーツであるという意識をそこに住む人たちに芽生えさせ、村という共同意識を持って、新しい可能性を探してゆけば、この遺産はこれからも生き残ってゆけるだろう。



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「ハライの樽作りHP」オススメです★




























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comments(1)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2008-04-28_15:29|page top

東欧蚤の市事情

ヨーロッパの週末といえば、蚤の市。
朝早く起きて、普段とは違うゆっくりとしたペースで流れる時間を楽しみながら、
蚤の市へと向かう。学生時代は、ブダペストでよく通ったものだった。
金銭的に恵まれず、目だけは肥えているので普通のものでは満足できない。
そんな私には、うってつけの娯楽であった。

元社会主義国だけあって、ものを大切にするという概念が骨に染み付いている世代の人が多い。だから「古いもの=良いもの」という価値観が存在するのであろう。

トランシルバニアでは、クルージナポカの近くにフェケテトー(黒い湖)と呼ばれる場所で毎秋9月ごろに大規模のアンティーク市が開かれる。
私も二度ほど行ったが、ある村はずれの広場で物と人で賑わうあの雰囲気は病み付きになること間違いなしである。

トランシルバニアといえば、さまざまな民族の文化の宝庫であるから、あちらこちらの村からの民族衣装や家具、工芸品、生活用品などが集まる。
無数にプリーツのよったスカートを着たハンガリーの村のおばさんたち、カラポシュ(帽子をかぶった人)と呼ばれる商人ジプシーの人たち、「色の洪水」のような目にも鮮やかな衣装を着たジプシーの娘たち・・・そしてバルカンのリズムのルーマニア民族音楽。
いろいろなものが混ざりあい、個々にしっかりと主張をしている、まさにトランシルバニアという地域そのものの縮図であるかのよう。

このフェケテトーの骨董市については、また後日詳しいレポートをすることにして・・・
まずは、ブダペストの蚤の市について昔書いたものを取り上げたい。
東欧の蚤の市の雰囲気を味わっていただけたら幸いである。


ブダペスト蚤の市案内

ブダペストにあるという3つの有名な蚤の市。
何か変わったものを見たい、欲しい、という方にはぜひともおすすめします。
たんすの奥底に眠っていた宝物から、ハンガリー人の普段の生活を反映する小物雑貨類まで、ありとあらゆるモノがごった返す。ただのモノ売り場ではなく、人と人との交流の場とでもいうべき都市の秘境の地。売り場の人とちょっと挨拶を交わせば、あなたももう仲間入りです。
週末の朝にちょっと早起きをして、活気あふれるハンガリー庶民の集いの場へと出かけてみてはいかがでしょうか。

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ネープ・シュタディオン

ここの魅力はなんといっても、安い、面白い、庶民的!
今月はちょっと贅沢できない・・という人や、何でもいいから刺激を求めたいという人はこちらへ足を運ぶとよいだろう。

日曜の朝早く、地下鉄の駅を出て行くと、すでにもう通りで店を広げている人の列が見える。これはいわば前座である。家にあるものをとりあえず何でも持って来ました、といわんばかりの品々を横目で観察をしながら、この細い通りをくぐり抜けると、やがて蚤の市の入り口が広がる。
人がごった返しているが、三列ごとに順序立てて見て周ったほうがよいだろう。そうすれば効率がよく、約一時間で見ることができる。

売り手には二種類があり、業者がモノを大量に安く放出するものと、個人が古い、または使い古しのモノを家から持ち寄るものとに分けられる。恐らく、私たちを引きつけるのは後者であろう。特に、臨時の台に店を構えているもの、地面にシートをひいて売るものは注目すべきである。掘り出し物は、このような所に多い。

入ってすぐアンティークの店舗が目に付く。古い家具や時計、絵画などもあるが、中には糸紡ぎ機や金属製のすりこぎなど、日本ではなかなかお目にかかれないような不思議なものも多い。とりわけ興味がそそられたのは、ハリネズミのトレイである。数枚に重ねられたものを手にとり良く見てみれば、なんと一つ一つが同じ形をしている。あの有名なロシア人形の要領で、次々と小さなハリネズミが現れるのだ。

有名なハンガリーの刺繍には、きっとファンが多いだろう。ここで見られるものはおよそ手の垢もついていないような新品ではなく、人の手から手へと伝わったようなものである。人へ贈るおみやげ物を選ぶには少し状態が良くないが、自分へのものを・・というならよいのではないだろうか。観光土産屋ではまず見られない、ハンガリー北部ブヤーク地方の刺繍で飾られた枕などもあった。

お婆ちゃんが売っていたのは、真っ白な糸からできるレース編みのテーブルクロスである。「チプケ」と呼ばれるハンガリーのレース編みは、二〇、三〇年代に世界的に有名となったが、これはそのような展示用ではなく、もちろん家庭向けのものである。ところどころ糸の途切れもあるが、そんな事は気にしない。これにもそれなりの味がある。

ハンガリー語の本なんて・・という方も、試しに少しのぞいて見て欲しい。私が手に入れたのは、一九〇九年ものの「ザ・ストゥディオ」というイギリス発の美術雑誌と三十年代のハンガリーの工芸雑誌である。カラーの挿絵や当時の写真も豊富で、見ているだけで飽きることはない。ハンガリーの古い工芸雑誌には、民俗衣装や刺繍との強い関わりが表われていて、この手のものに興味がある人にはお勧めである。

ここの名物は何といっても、3~4つの大ざるで大量放出される古着である。市場の奥に位置するその一角は、ハンガリー人女性で常に大にぎわい、異様なほどの熱気がある。みな黙々と、お目当ての洋服を探し当てるのに余念がない。それでも日本のバーゲン会場ほどではないので躊躇することはないが、残念ながら試着室はない。某洋服店の店長も通うということだから、掘りだしものも約束できそうだ。客層はほとんど女性だが、もちろん子供用、男性用の服も多い。

この市場では、ルーマニアからの人も多いのか、バルカンチックな音楽が聞こえてきて、異国情緒を楽しむことができる。お買い物を楽しむ際には、くれぐれも貴重品には気をつけて欲しい。洋服をあさるのに夢中で、精算をする際になって財布がない、という経験をしたことがある。複数で行き、常に誰かが見張りをするのがベターだろう。たいてい値切りがきくので、ねばって交渉する価値あり。

ペトゥーフィ・チャルノク

次は、「ペチャ」の愛称で知られる、通常はコンサートホールとしても有名な場所である。
市民公園の端にあるので、家族連れも多く見られる。比較的安全な環境なので、蚤の市初心者におすすめだ。

入り口に向かうと、すぐさま「フィフティー・フォリント」と呼びかけられる。有料であるが、その分の元は取れること請け合いだ。品物の状態も良いし、かなりの店の数である。骨董品を探すというよりは、大きなバザーに似ていて明るく活気がある。

入り口付近に、山盛りに詰まれた洋服の売り場を発見。ハンガリーの女性服はどれも化繊のものが多いのだが、こういう古着を当たれば涼しい木綿のものが手に入る。清潔で、すぐに着て外に出られそうなものばかりであるので、安心して選べるのが魅力だ。

さあ、奥に進んでみよう。階段状の広場に敷物がしかれ、所狭しとモノが並べられる。ハンガリーの地方から集められた民俗衣装や、陶芸器、刺繍や織物などから、ブダペストにいながら多様なハンガリーの造形文化に触れることができる。スロヴァキアやトランシルヴァニア地方からも品物が運ばれるのを見ると、ハンガリー文化圏の大きさがうかがえる。お目当てのものを見つけたら、その地方の名前を聞いてみるといい。

私が目を止めたのは、ルーマニアの女性の民俗衣装に属するエプロンである。この細長く、幾何学文様の織物は両側にレースがほどこされ、スカートの前と後ろにくる。色はやや暗いが、装飾は華やかで人目をひく。ルーマニアの土産物屋で、この両端を縫って紐をつけバッグに改造しているのを見たので、前々から欲しいと思っていた。さっそく値段の交渉に入る。始めは一つ1500FTであったのが、少し粘れば二つで2500となった。しばらく考える。やっぱり高いかなと思い、立ち去る。するとこの売り場のおじさんは、しつこく後を追い、値段を下げて私を誘惑しようとする。二千まで下げようとする私と、意地でも譲らないおじさん。結局、この強引さに押されて2100FTという中途半端な額で決着がついた。

音楽が好きな人は、レコード売り場で足を止めるに違いない。クラッシックから、ハンガリーのロックグループ、民俗音楽まで、かなり安くで買うことができる。ハンガリー語を勉強しようと思う方には、ハンガリー民話のレコードなんていかがだろう。

エチェリ・ピアツ

日本の旅行情報誌にも取り上げられた、中欧最大規模の蚤の市である。かなり郊外のほうに位置しているため、朝早くから出かけることをお勧めする。値段の安さより質の良いものを探すなら、ここへくると良いだろう。アンティークの家具類やハンガリー刺繍、民俗衣装がかなり充実している。

入り口には看板があるため、まず迷うことはないだろう。各店舗もそれほど詰まっていないため、余裕をもって見ることができる。入り口付近で、民俗衣装が山になって積まれていた。パローツ地方のチョッキは、黒地のベッチンに花の刺繍がなされ、後ろがひらひらになっているのが可愛らしい。

色とりどりの衣装に身を包んだお人形を売っていたのは、優しそうなお姉さん。有名なマチョーの民俗衣装を着た女の子は、顔が陶器でできているという。「ほら、ちょっとたたいてみて。」と言われたので、トントンとやると確かに硬い。やはり高価で、5000Ftである。

古いレースが垂れ下がる店があったので、覗いてみる。ヨーロッパの貴族のインテリアに相応しい、繊細なレースの模様が美しい。アンティークものだけあって、お値段はやはり高め。扇子もあった。
ヨーロッパでは、日本だか中国だか起源が不明の、いわゆる「東洋のもの」というカテゴリーが存在する。私たち、日本人の目から見れば奇妙なものである。着物姿の女性とお猿のちんどん屋の像があったが、これは正真正銘の日本のもの?

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買い物を楽しむ私たちのところに、どこからともなく不思議なメロディーが流れてきた。
何かと思えば、暇つぶしにウクレレのような楽器を奏でているコイン売り場のおじいさんであった。この市場の入り口付近には、高齢者が店を構えている例が多い。年金生活の足しに物を売っているのであろうが、なんとなく同情して買ってしまいそうになる。

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東欧国ならではのものといえば、レーニンやスターリンなど有名な社会主義独裁者を象った品々である。我々よその者にとって、これほどのインパクトを与える象徴はないだろう。とある店の前に、これらに混ざって19世紀初頭のハンガリーの英雄的詩人、ペトゥーフィ・シャーンドルの顔があった。

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暑さが厳しくなってきたら、市場の中にあるアーケードを通ってみよう。ありとあらゆる種類の骨董品が並べられ、ゆっくりと散策ができる。人ごみの中で物を探し回るのではなく、ぶらぶらと散歩ついでに何かに出合える。これぞ蚤の市の醍醐味であろう。

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使ったもの、古いものに関わらず、何か新しいものを探す欲求は誰の心にもあるだろう。貧富の差に関わらず、それを満たしてきたのが蚤の市である。こうして人の手から手へと
モノが受け継がれてきたということが実感できる、そんな場所である。

トランシルバニアを心の中に・・・
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