トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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文様と女性崇拝の美―ルーマニア、ククテニ文明

町の東カルパチア国立博物館というところで、面白い展示があるというので旦那と二人で行ってみることにした。

町の中心の公園に面した小さな建物。
中に入ると、人気のないロビーでふと不安になったが、すぐにチケット係のおばさんが現れた。チケットを求めていると、研究者らしいルーマニア人の男性が現れてきて説明をしてくれることになった。よっぽど暇なのであろう。

考古学はそれほど詳しくないので、退屈な石の道具か土器のかけらを集めたものだろうとあまり期待をしていなかったのだが、中に入ってみて驚いた。

小さな展示室に並べられていたのは、薄茶色の土器というよりも陶器といったほうがよいような大きな壷やスプーン、皿の数々。そのあまりの素晴らしさに目を奪われていると、研究者の説明が続く。

これらククテニ文明は、紀元前4600~3700年にわたって、西はここコバスナ県にあるEROSD(エルーシュド)、中心はヤーシ県にあるCUCUTENI(ククテニ)、東はウクライナにあるTRIPOLJE(トゥリポイェ)までの地域で発展を遂げていた。初期のものはエジプトのピラミッドと同じ頃である。
彼らは農耕民族で、素晴らしい芸術的才能を開花させたが、やがてアジアのほうからやってきた遊牧民族に滅ぼされてしまったと言う。

今はウクライナ、キエフの近くにある、大きな集落の跡の写真も飾ってあった。
現在、いろいろな地方で調査が続いているらしい。

それほど古いものであるにもかかわらず、陶器の上の美しい文様は驚くほどはっきりと鮮明に、その形をとどめている。流れる唐草文様、力強い幾何学模様、洗練されたフォームを見ていると、本当にこの文明の水準がいかに高かったかがよく分かる。
研究者の説明するように、ギリシャ文明のモチーフ、唐草文様の曲線との両方の特徴をククテニ文明の職人は持っているようだ。

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他にも動物の形や、Wのような不思議な文様、魚のような形など、そのバリエーションの広さに見ていて飽きることはない。

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小さな部屋では、立てられた織物のような展示がしてあった。
説明によると、陶器の底に付いた形から、(形としては残っていない)当時の織物の模様などが分かったという。

そして最後の通路の展示では、小さな動物や女性のフィギュアが数多く展示されていた。
現代の美的感覚に通じる、美しいスタイルの女性たち。すっと長い足に、適度な大きさの腰つき、大きすぎない胸部など。

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そして不思議なのは、あちらこちらに穴が開けられていることである。両腕部分、腰の両側、両目、多いときには、顔にも6つほどの穴が開いている。
いったい何に使われていたのだろう?

旦那の推測では、髪をつけていたのではないか、ということ。
日本の美術という本にも載っているが、彫刻に髭や髪の毛の部分に本物をつけていた後が点々とした穴になって残っていることを示した。

面白いことに、遺跡のどこからも人骨は見つからなかった。この民族は、骨を火葬していたのだろう。だからなおさら、この人々に対する興味は深まり、その謎を解く鍵は人間の形の像に託される。

ある写真では女性像が円形に並べられていたので、何かと聞いてみた。
この円形に並んだ女性は、生命の誕生のときを示しているそうだ。
つまり足を閉じた女性の中に一つだけ足を開いたものがあって、そこでいつ妊娠しやすいかが分かるカレンダーだという。
それを聞いて思わず笑ってしまった。

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エジプト人やギリシャ人などのように歴史の表舞台にたった民族ではないが、武器を持たずひっそりと生活を営んでいたこのククテニ文化の担い手たちのことを想い、もっとこの文明に私たちが学ぶべきことも多いのではないかと思った。

ピアツァネアムトという町には、この文明の研究所と博物館があるというので、いつか必ず行ってみたい。

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Theme:考古学(国外)
Genre:学問・文化・芸術

comments(0)|trackback(0)|アート|2008-04-29_23:57|page top

白雪幼稚園のお誕生会

4月25日は、息子の4歳の誕生日。

前日には張り切って、ケーキを焼いた。

卵を6個、黄身と白身に分ける。
黄身には砂糖大さじ6と、バニラシュガー一袋(エセンスでも可)をまぜて、白くなるまで混ぜる。白身は固くなるまで泡立ててから、ふるった小麦粉とベーキングパウダー一袋を入れてさっくりと混ぜる。
小さく砕いたクルミを入れて、黄身と白身を混ぜ、温めたオーブンに入れる。
そして、20分ほどでよい香りがしたら出来上がり。

ラハート入りクリームを作る。
ラハートとは、トルコ発祥のお菓子の材料である。
赤や緑、黄色など、着色料は気になるが、ゼリーのようなもので、お菓子に入れると面白い食感である。ちょっと羊羹のような感じがする。
ラハートにレモン汁と、砂糖、生クリーム、バターを入れてクラッシュし、少し物足りなかったのでアンズジャムも入れた。
色は、混ざって淡いオレンジ色である。

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ケーキを半分に切って、クリームをたっぷり塗って、さて装飾はどうしようかと考えた。
家にあった、マーブルチョコと幼稚園から配給のビスケットで飾りを付けたら、なんだか可愛いい、満足げに見つめる。

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そのケーキを手に、幼稚園へと向かった。
ここでこけたら大変、足元にも気をつける。
そして、息子のクラスに到着すると・・・・

子供たちがケーキを見て、飛びついてきた。
すでにクリームをなめようとする子も・・・。
パンナという女の子は私の足に抱きついてきて、「ありがとう!」と自分の誕生日プレゼントのように喜んだ。
「あら、大変。誕生日会だったのを忘れてたわ!」と先生。
私は、テーブルといすをセッティングするのを手伝う。幼稚園の初日に手伝ったので、もう分かる。今日は8人しか子供がいないと言う。

先生は子供たちを呼び、誕生日のプレゼントの絵を描くように勧めた。
ろうそくを四つ立てて、お皿とスプーンを並べる。

先生は、大樹に馬のシールを選ばせて、プレゼントした。
絵を描き終わったら、子供たちが一列になって歌を歌いながら行進してくる。
私たち親子を囲むようにして、子供たちが席に着いた。

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始めに、息子が子供のときの写真を見せる。
この町で四年前に生まれたこと、そして3年間日本にいたことを話す。
息子は誰かに見せたかったらしく、写真を取り上げ「ほら、小さいとき、こんなだったんだよ。」と見せると、それは写真ではなく先ほどもらった馬のシールであった。
パンナがすかさず「あなた小さいとき、お馬さんだったの?」と突っ込む。
思わず笑ってしまった。

それから先生がまりを手渡して、一人ずつ願い事を言うようにと勧めた。
「トラクターをお願いする」等がほとんどであったが、「幸せをお願いする」という子もいた。
お願い事の後は、女の子たちがキスをしてくれて、クラスのみんなからの絵のプレゼントを手渡してくれた。

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そしてろうそくに火をつけ、息子が吹いた。
私はケーキを切り分ける。デコレーションの時には、ケーキを切ることを考えなかったから、思わぬ苦戦を強いられる。少し不平等になってしまったが、切り分けられたケーキは子供たちの元へ。

いっせいに大きなケーキをほおばる子供たち。先生からも「スポンジの中のクルミが美味しいわ。」とお褒めの言葉。息子はかなり大きいのをもらったので、珍しく残してしまった。

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ケーキを食べたら、今度は踊りが始まった。
男の子と女の子がペアになって、ダンス、ダンス。最後まで踊り続けたペアが勝ち。
飛び跳ねたり、ぐるぐる回ったり、楽しそうだ。

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こんな風にして、息子の記念すべき日を過ごすことができた。

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Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-04-29_23:28|page top

ルーマニアの出産記念日

4月25日で、息子は無事4歳の誕生日を迎えた。

忘れもしない、4年前はこの町で出産をした。
日本とはまったく違うので分からないことだらけであった。
定期健診というものが存在しないらしく、産婦人科に行ったときには、何か問題でもあったのかと心配された。
自分の体重は一切量らなかったので、何キロ太ったのかも、何を食べて良いか悪いかも知らなかった。あの頃は、とにかく辛いものと揚げ物が食べたくて仕方がなかったから、あまりよい妊婦でなかったことは確かだろう。

いつ入院するかも知らなかったから、お産の兆候が現れたら病院に行くようにとしか知らされていなかった。
前日は、この町の年に一回のお祭りの中日で友人らとビールを飲んでいた。そして、次の日には長く会っていなかった友人との再会を予定していたのだ。
朝目覚めてすぐにその兆候が現れたので、急いで病院に直行。友人にお産がきたので会えないと電話する。今からお産なので急に不安になり、誰かに陣痛がどれくらいかかるのか聞いてみたら、半日かかるときもあると聞き、青くなる。いろいろ検査をして、安静にしておくようにとベッドに寝かされた。

本を読んで待っていると、隣の妊婦が苦しむ声が聞こえてきた。
2,3分おきに、ものすごいうなり声とともに「お母さん!」とか「もう耐えられない!」とかそんな叫びがおこる。私は、これから起こる恐怖を知ったようでどうにもたまらなかった。
・・・やがて赤ちゃんの鳴き声、そして妊婦を励ます助産婦さんの声が相次いで聞こえた。
私もその感動をいっしょに味わい、思わず涙ぐんでしまった。

そして昼も過ぎ、夜になっても私の体に変化はない。
さすがに、助産婦もおかしいと首をひねって、30分ごとに様子を見にくるようになった。
夜7時過ぎて、陣痛を起こす点滴を打つことになった。私のお腹が痛みだしたのは、夜八時を過ぎてから。

するとここで働いている、主人の名付け親のおばさんがやってきて、助産婦さんたちにいくら払えばよいかを教えてくれた。私は、お腹が痛むのでおばさんに取り次いでもらうように言ったが、私が直接わたした方がいいという。
仕方なく紙幣を七つ財布から出し、陣痛の合間に助産婦さんに渡した。
助産婦さんははじめ断ったが、「これなしでも子供は生まれてくるのよ。」と言ってから受取った。これがルーマニアの出産事情である。

夜9時ごろにはいよいよ痛みが増してきた。すると外ではセントジュルジ祭の閉めの花火が華やかに響いていた。私は痛みでそれどころでない。

・・・息子が生まれたのは、夜の11時過ぎであった。
それから5日間の入院生活の後に、私たちは家に戻った。
一年の最も美しい季節で、監禁生活から出られた喜びでいっぱいだった。

病院生活も、楽しいことや辛いことなどいろいろであったが、特筆すべきは、ジプシーの女性たちのことである。

ジプシーは、日本でいうと被差別部落のようなもので、もともとインドからヨーロッパに渡ってきた民族である。産科にいた女性のほぼ半数がジプシーであった。
食事をするときにも、彼らは常にかたまっていた。連れたってトイレに行って、タバコをふかしていたのには閉口した。
一人の少女は、産んだばかりの子供を置いたまま、主人といっしょに病院を逃げ出したという噂であった。
私があまりの黒さに驚いたジプシーの夫人は、これでもう7人目の子供であると話した。
もう出産に慣れてしまって、特別苦でもないといった。

日本と明らかに違うのは、病院の食事であろう。
私たちは、出産の次の日から食事の時間になると呼ばれて、食堂までのそのそと歩いていった。そして出されたものは、具なしのスープや、少しの肉、牛乳など、普通の病人食のようなメニューであった。
これではお乳がでないので、みんな家からの差し入れを頼りにしていた。
いつか見舞いで行ったときに見た、産婦人科のメニューには目が飛び出そうだった。

次の出産は、願うことなら日本でしたいものだ。



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comments(2)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-04-29_23:18|page top