トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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トランシルヴァニアに家を建てる(2)

今朝は早起きをして、ドボイで作業をする予定だったのに寝過ごしてしまった。
夜眠ったベッドがマットレスではなくて、干草が入っていたからだろうか・・・(草のよい香りがしたが、少し固かった)。
遅い朝食をとってから、車に乗り込んだ。

ドボイは、お姑さんの里から二番目の村である。
ツォーファルバが平野の真ん中に位置していて、国道が村の真ん中を通っているのに対して、ドボイは山の斜面に面した静かな村である。
森の要塞といったところだ。

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だから村の中は至って静かである。
機械音がまったくしない。
鳥のさえずりと虫の羽音、風のざわめき、村人の生活音、家畜の鳴き声、馬車の通る音・・・・それらが、時折混ざり合って聞こえてくる。

私たちは村のはずれにある土地に着いたら、
まず友人宅を覗いて見た。

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彫刻家のバルニは作品を作るためにスロバキアに行ってしまった。
もう帰っているだろうか・・・と思ったら、犬が二匹いるだけ。
可哀相に、一週間以上も主人の帰りを待っている犬たちにパンを分けてやった。

さて例の土地へやってくると、早速作業を開始する。
今日の仕事は、このおんぼろの小屋を壊すことである。

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木材を使えるものと使えないものに分けないといけない。
前回よりも力のいる仕事であるから、こんな武器も登場する。

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丸太を斧で叩くと、まるで煙のように勢いよく木のくずが舞う。
おじさんが「これを吸うと大変だ。お腹がすぐに下るから。」と注意をする。
こんな木の粉でお腹が下るものなのか・・・私はしばらく見物することにした。

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私は何気なく目の前の通りを眺めていると、結構人通りはあるものだ。
ここは村の共同の井戸のそばであるから、井戸に水を汲みにやってくる人が目に付くのだ。
バケツを手にやってきたおばあちゃんにご挨拶。
おばあちゃんは門のそばにやってきて、しばらく立ち話をした。

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息子の姿を見て、「うちにも孫がいるから遊んで頂戴」などと話す。
お孫さんは今6歳で、もうすぐ隣村の小学校に通うという。
村にはジプシーの子供が多いから、幼稚園にもあまり行かなかったそうだ。
「ハンガリー人に対して、ジプシーは子供の数が多いから困る。」とおばあちゃん。
そして、水を汲みに行った。

近所に住む、ヨーシュカおじさんもお仕事に励む。
家畜のえさの干草をこんな風にして運んでいた。よく落ちないものだ。

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息子は・・・というとカタツムリ遊びに興じていた。
「ママ。ほら見て。くっついているよ!」と楽しそう。トランシルヴァニアのカタツムリ君、ちょっとでかくて気持ち悪い。

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やがて私も家を壊す作業に参加。
この丸太は、傷んでいるものは非常に軽く片手で持てるほどなのに、状態のいいものは両手でやっとの重さ。
所々に釘があるので気をつけないといけない。
・・・そうして解体作業は順調に進み、私もいつしか汗だくになっていた。
ほら、こんな風にもう跡形もなくなってしまった。

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お昼ごはんを食べるのに、井戸に水を汲みに行く。
このゲーメシュ・クート・・はじめはどう使ってよいのやら分からなかったが、もう大分上手に水を汲めるようになった。
てこの原理で上に持ち上げる力が働くから、水いっぱいのバケツを持ち上げるよりも、
空のバケツを下に下ろす作業の方が難しい。
慣れないと空のバケツを持ったまま、上に持ち上げられてしまいそうになる。

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私たちの土地では大きなクルミの木が日陰を作ってくれるから、
先ほどまでは暑かったが、すぐに涼しくなった。
私たちはお姑さんお手製のポガーチャをつまみ、おじさんはタバコを吸って休憩。

私が「ガーボル・ジプシーの住む村を見に行きたい。」と話すと、ラツィおじさんは「それならカラーチョニ・ファルバ(クリスマスの村)へ行くといい。」といった。
おじさんは隣のマロシュ県にあるその村出身だという。
そこはハンガリー人、ルーマニア人、ガーボル・ジプシーと呼ばれる、民族衣装を着た職人商人のジプシーで構成される村だそうだ。
「あいつらは他の人種とは混ざらないんだ。ここらのジプシーとは違って、みんな金髪だよ。」という。
もともとジプシーはインドから来た民族といわれるので肌が浅黒く、黒髪であるのに、裕福なジプシーの中には金髪も少なくない。

そして、おじさんはジプシーの面白い習慣を話してくれた。

村のジプシーが何かの罪を犯して、警察に連行されるとする。
そこで、9人のジプシーの長老たちがその者を十字路に連れてこさせ、ろうそくを二つ立てる。
ひとつは天国、もうひとつは地獄を意味するという。
そこで長老たちが裁判を行う。罪を犯したものは、そこで罪の告白をしなければならない。
この儀式は、ジプシーたちにとって警察という国家的な権力よりももっと大切なものであるという。
いかにジプシーという集団が保守的で、連帯が強いかがうかがえる。

私はいよいよ興味を持って、ラツィおじさんにいつか故郷の村に連れて行ってもらうよう約束をさせた。

村を離れる前に一目でも見ておこうと、隣の隣にあるもうひとつの土地へと行く。
かなりの急斜面を登って、土地の一番高いところへ。

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ここが私の一番のお気に入りの場所だ。
草に寝転んで、遠くの景色を眺める。
後ろはもう、森の入り口だ。

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しばらくして帰ってみると、ヨーシュカおじさんが来て話をしていた。
おじさんは、この前森に行ったらキノコをたくさん見つけたと話したので、
「どんなキノコ?」と聞くと、あの美味しいローカ・ゴンバ(ハンガリー語で、キツネキノコ。杏茸のこと)である。
ラツィおじさんは大好物だというと、意外にも分けてくれるという。
そして袋いっぱいのローカゴンバを持ってきてくれた。

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これは本当に美味しいキノコで、歯ざわり甘い味など最高である。
栽培はできないので、市場でジプシーたちが売っているが結構高い。
私たちはお礼を言って、車に乗り込んだ。

車で村を降りてゆくと、馬と人の水飲み場が見えてきた。
のどが渇いた息子に水を汲んでやる。
・・・と鋤を持ったおばあちゃんたちが通りかかった。

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おばあちゃんたちは少しおしゃべりを交わして、家に帰っていった。
働く人の後姿は美しい。
そんなことを気づかせてくれたのは、この村の人々だ。
まだ作業が続くので村を散策する暇がないのだが、いつかあの先には何があるかを見に行きたい。
どんな人との出会いがあるのか楽しみである。

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comments(8)|trackback(0)|村に家を建てる|2008-06-28_23:44|page top

村へお引越し

お引越しといっても、私たちが越すのではない。
家の中で大きな場所を占めていたたんすを、村に移動させようというのだ。
これは亡き旦那の父親の残した大切なたんすで、セーケイ地方の有名な家具職人シュトゥー家のものによる。
もともとあっ古いたんすに、職人が絵付けをしたもの。
青はセーケイ人に特徴的な色で、塗料は村の近くにある鉱山の鉱物をすりつぶして作るという。
この花模様もルネサンス時代の影響の強い文様で、刺繍などのモチーフにも通じるものがある。

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例のたんすは、このように車に積み上げられ、出発。

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ジャガイモ畑の中の国道を、南へ向かう。
ちょうど次の村に差し掛かったころ、道路を見て驚いた。
所々がまるでパッチワークのように、コンクリートが剥ぎ取られている。

「これは、どうしたこと?」と聞くと、「道路を直しているんだよ。」とにやりと笑う。
車はタイヤをいためないように、できるだけこの穴を回避しようとするから対向車線に飛び出ることもしばしば。
トランシルヴァニアの田舎道は、平気で100kmほどで走るのが普通であるから、危険なことこの上ない。
道路の安全のはずが、これでは逆効果である。

レーチと呼ばれる、林に隣接した湖が見えてくる。
この林には、たくさんのバンガローで埋め尽くされているが、私はてっきりどこかで管理をしていて、シーズン時に貸すのかと思っていたら、これ全部個人の持ち物であるという。

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何でも、共産主義時代に国有地であった土地に、共産主義者のお友達が不法で建てたものらしいのだ。
もう体制が変わって、土地のものは誰でも知っているのに、どうして平気な顔でこんなところに住んでいられるのか・・・この神経が分からない。

やっとツォーファルバについた。
おばあちゃんの家の前にもあの、二畳ほどの大きな穴が・・・・まだ門の前でなくてよかった。

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家の前に例のたんすが置かれる。とりあえず部屋が片付くまではここに落ち着いた。

作りかけのバッグを仕上げようと、涼しい場所を探す。
おばあちゃんがベッドに座っていたので、ご挨拶。おばあちゃんは退屈な風で、私にそばに腰掛けるようにいった。
いろいろな世間話、昔話を語り始める。
彼女のおじさんが頭がよかったのに、進学ができなかったこと、おじいちゃんが共産主義にいいように使われたこと・・・等。
・・・と不意に歯を食いしばり、嗚咽を始めるおばあちゃん。
もう年なので、あらゆる思い出が悲しみの種である。可哀相だが、どうしてあげることもできない。

おばあちゃんの愛読書は、聖書。
この600ページほどある本を、全部読んでしまったそうだ。私にも本を開いて、挿絵を指差して聖書の話を聞かせてくれる。
この世代の村の人にとって教会、聖書は絶対的であり、学校教育よりも大切なほどだ。

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部屋には、刺繍や、織物、レースの施された枕が積み上げられていた。
これは、おばあちゃんのお母さんが作ったというレース編み。村でも評判の手利きだったそうだ。

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これは、おばあちゃん作の刺繍。シカさんがレトロで可愛い。

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こちらは、お姑さんの刺繍したもの。赤と白が印象的な、幾何学モチーフ。

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隣の開かずの間であった部屋をこれから、整理をしてティスタ・ソバ(きれいな部屋)を作るのだ。
いわば客間である。
普通は地元に伝わる刺繍や家具、織物で飾るのだが、ここセーケイ地方は村の文明化が早かったために地元に伝わるフォークアートは余り残っていない。(民俗衣装も早くに洋服に変わったそう)
だから手芸にしても家具にしても、当時の町の影響が強いものである。

部屋にはこんな美しいランプも・・・
アール・ヌーヴォー風のデザインに、青いビーズが涼しげ。

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若かりし頃のおじいちゃんとおばあちゃん。
おじいちゃんは、東洋系の顔立ち。この地方には、こんな顔立ちも珍しくない。

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ここに水差しやお皿などを飾る。地震の多い日本では、ちょっと考えられない。
セーケイの植物模様が素敵。

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古い暖房。足がクマの足のようで、今にも歩き出しそうだ。

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やがて、あの青いたんすもこの部屋の仲間入りをするだろう。
古いものをよしとして、大切にする。この価値観はセーケイ人の素晴らしいところだと思う。
この部屋の完成が楽しみである。


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comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2008-06-27_07:07|page top

町でお買い物

お昼前に用事があるからと、お姑さんたちの車に乗せてもらって町の中心に出る。
私は市場のあるあたりで降りた。

最近作ったばかりのかばんにつけるファスナーを探すためだ。

以前行った手芸やさんは、見事に社会主義体制のつくりで、ちなみに店員さんも旧体制をひきずっていた。お店では、客は勝手に商品を触ったり、近くで見ることすらできない。
客と商品の間にはカウンターがあるので、店員に棚から取ってもらうのだ。

私がちょうどレースを探しに店に入ると、店員はおばあちゃんに洋服を売っている最中であった。
(手芸品のほかに、なぜか洋服やじゅうたん、タオル等が置いてある。)
私がレース置き場の前で眺めた後、「すみません。ちょっと・・・(近くで見たいんですけど)」と言い終わらぬ間に、「すぐ行くから待っていて下さい。」と返事が返る。

しばらくして店員がやってきた。
商品があるからには、全てをじっくり見てから決めたいというのは普通の客の心理である。
それでも、店員はどれを指名するのか待っているばかり。
仕方ないので、「あれを見せてください。」と指を差す。
と即座に「いくら切りましょうか。」と無表情に店員。

私はムッときて、作りかけの洋服を取り出してわざとゆっくりと考える。
ほかにも何種類か出してもらって、ようやく買い物は終わった。
こんな経験は、元社会主義国を旅したものならきっと一度や二度経験するはずだ。

そこで今度は別の手芸店を見に行こうと思った。

市場の真横にある手芸やさんは、前述のものよりもよほどモダンなつくりであった。

手芸マニアからすると、東欧の手芸店はやや物足りない。
生地のバリエーションも少ないし、なぜか化繊素材ばかりである。
コットンは好まれないのだろうか?それとも生産していないのか?

私はファスナーを買いにきたので、まあ布はおいておこう。
ファスナーの色はさまざまだが、20cmファスナーの次は50cmしかなかった。
私のバッグの口の広さは約35cm。
大は小をかねる。仕方がないので、大きいのを買った。

ついでにリボンやコットンテープも買って、店を出た。

市場を見学してから帰ろう。
そう思って立ち寄ってみると、今は杏やサクランボ、黄桃のシーズン。

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色とりどりのフルーツに心を奪われてフラフラと列に並んでみる。
「やっぱり節約をしなければ。」と思い直して、
もっと実用的で安いトマトを1kg買って市場を後に。

門のところでは、ジプシーたちがキノコを並べて売っていた。
例の植物採集で生計を立てている、近郊の村のジプシーたちである。
野いちごや、ハーブティーにするお花なども売っていた。

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ちょっと見慣れない、大きなキノコがあったので聞いてみると
メドベ・ゴンバ(クマのキノコ)」という。

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旦那が以前、珍しくて美味しいキノコだと話していたあれだ。
ちなみに値段を聞いてみると、1kg=10レイ(」約500円)である。
結構な値段。
もちろん私は断って、「もう少し安くする。」との声を聞きながら後にした。

町の中心の公園、カトリック教会の隣に小さなスペースがある。
19世紀の革命の英雄ラーコーツィの銅像の周りでは、ベンチに腰掛ける人たちの姿がある。

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前々から気になっていた、おじいさんの集団がいるのだ。
机を囲んでいつも4,5人でチェスをしたり、トランプをしたりしているのをよくバスから見かける。
今日もいる。
ハンガリートランプという、中世風の絵柄のついたトランプを手におしゃべりをしていた。
私はそばに近づいて、写真をとってもいいかと聞いてみた。
すると「駄目だ。」という返事。
邪魔してごめんなさいというそぶりで、後ろを向くと、
「いや、いいよ。」と一人がつぶやいた。

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そして写真に収めると、「その写真を持ってきてくれるか?」と聞くので、
「喜んで。」と」答える。なんだ、実は喜んでいるのだ。

セーケイ人はあのセーケイの門に代表されるように、あまり他人にオープンなほうではない。
だからもう少し仲良くなってから、あのハンガリートランプを教えてもらおう。

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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニアの町|2008-06-27_05:55|page top

公園で言葉を学ぼうの会

最近、近所の公園に息子を連れてよく通っている。

私は、息子を遊ばせている間、
すみに腰掛け、家から持ってきた手芸道具を取り出して
チクチクと縫っている。
家の中よりも、明るいし空気もいいのではかどるからだ。

私が作業をしていると、近所の子供たちが
近くによって来ては、眺めたり、私の横に腰掛けたりしている。
私も手を休めずに、子供たちとおしゃべりを楽しんでいた。

気がつくと、周りは子供たちがいっぱいになっていた。

公園の遊具は、幼稚園生から小学校低学年向けなので、
もう上級生の子は飽き飽きしているのだろう。
それでも近所にはこの類の遊具しかないので、
私のような東洋人は暇つぶしにもってこいなのかもしれない。

最近家によく来る少年、ロビ君は中学校二年を終えて、
日本でいう高校にこの秋から入る。
めがねをかけて細く、ちょっとドラえもんののびた君のようだ。

日本語や日本の文化に興味があるらしく、
次から次に質問が飛び出る。
よくもまあ、こんなに思いつくものだと驚くくらいだ。
私が中学生のころは、外国人と話すのにはたじたじでいたし、
何を質問していいかも分からない。

でも、コミュニケーションの基本は「質問すること」である。
ある程度の文化的背景が分かっていないと、質問することすら難しいものだ。

私はこの子に日本語を教える代わりに、
彼からルーマニア語を教えてもらう約束を交わした。

私が取り出したのは、「あいうえおの本」。
息子に文字を教えようと、日本から持ってきたものだ。
可愛いイラストは、村上勉のもので、息子も私も気に入っている。
言葉が詩のように構成されていて、簡潔でいて面白い。

本を取り出し、まずは「あいうえお」の表を見せる。
これを説明するときに、「Aはどこ?Bは?Cは?」と聞いてくるので、
まず誤解を解かないといけない。

日本語の「あいうえお」は、ヨーロッパのABCとはまったく順序も違うもので、
まずは母音から始まり、次からは子音と母音を組み合わせたものである・・・
と説明。

ようやく分かったようで、それからは簡単。
次々に私の読む文字を、図の中で指差していった。
外国語は、ハンガリー語、ルーマニア語、英語の次であるというから、
なるほど飲み込みも早いようだ。

そして今度は、私がルーマニア語を勉強する番である。
今まで先生顔をしていたが、今度は逆転して私が生徒である。
周りの子供たちも私よりもはるかにルーマニア語のスキルが高いから、
ちょっと気恥ずかしい。

私は、何もルーマニア語のテキストのようなものを持ってきていなかった。
・・・困った。テキストなしでは、教えるほうも難しい。

でもロビ少年は、店での買い物の仕方、
「~~をいただけますか?」の私の知らない表現の仕方を教えてくれる。
PUTETI SA-MI DATI ~~?(プテツィ サミ ダーツィ~~?)

英語で言うと、CAN YOU GIVE ME~~? 

ハンガリー語だと、 TETSZIK ADNI NEKEM~~?(テッツィック アドゥニ ネケム~~?)

見事に、全然違う。
だから今までのハンガリー語の知識も全部捨てて、新しく脳を切り替えないと
勉強ができない。

例えば、通りの名前ひとつにしても
ハンガリー語は、~~UTCA (~ウッツァ)とあるのに、
ルーマニア語は、STRADA~~(ストラダ~)である。

そのほかにも次々に「これ知ってる?」といいながら、
いろいろな表現を教えてくれた。

彼は、幼稚園はルーマニア人のクラスに通っていたという。
友達もルーマニア人が多かったので、ルーマニア語には自信があるようだ。
このルーマニア語スキルに関しても、人によってさまざま。
一応学校で習ったものの、実際にルーマニア人との交流がない人(例えば旦那)は、
聞き取りはできても、言葉が返せない。
話す訓練ができていないからだ。

これは、日本人の英語教育にも当てはまると思う。
(私も含めて)英語の知識は相当あるはずなのに、
話す聞くの訓練ができていないから、まともに英語が話せない。

読んで理解することと、話すことはまったく別物である。

私もこれから、子供たちと一緒に「外国語を学ぼう会」を続けていきたい。
もっとよく、トランシルヴァニアの人々と接することができるように。





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comments(3)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-06-25_19:41|page top

トランシルヴァニアに家を建てる(1)

これから私たちは、二年前にトランシルヴァニアの村フェルドボイに買った土地に家を建てなければならない。
いわゆる別荘であるが・・・ここ東欧諸国では、別荘というものは別にお金持ちでなくても
普通に誰でも持っているものである。ただし、家は自分たちで建てるが基本。まさにDO IT YOURSELFである。

その日は、朝早くに家を出発した。
車の中からの景色は、毎回違った表情を見せてくれる。
6月中旬の「美しい畑」(この周辺の平野の名前)には、紫がかったピンクと白のジャガイモのお花が一面に咲き乱れていた。
皮の赤いじゃがいもは紫ピンクの花、普通のジャガイモは白い花の花が咲くそう。

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おばあちゃんの家に着くと、犬たちがお出迎え。

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そして、すぐに裏の畑に直行。
ジャガイモの成長がが気になる。よそよりも気温が低いといわれるツォーファルバでは、ジャガイモの育ちはあまりよくなかった・・・がちゃんと花が咲いている。

私は最近、このジャガイモにつく害虫「ジャガイモ虫」を駆除することに生きがいを感じている。
注意深く、ジャガイモの葉っぱを観察すると・・・いるいる。
あの白と黒のストライプ模様をした派手な虫が。
しかし手にとって見ると、なんだか元気がない。どれもこれも虫の息である。

きっと農薬をまいたに違いない。
せっかく意気込んでバケツも持ってきたのに、ふっと肩の力が抜けた。
つまらなそうにブラブラしている私に「仕事はまだこれから。ドボイで家を壊さないといけないから。」
と旦那が声をかける。

まもなく私たちは車に乗り込み、ドボイを目指した。
ツォーファルバからは、二番目の村である。車でおよそ10分ほど。

遠くから見ると、森にすっぽりと埋まっているように見える。
これがドボイである。

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村の北側には、なだらかな線を描いた丘が4つ続けて横たわる。
ここで走り回る息子の姿を思い描きながら、これから始まるであろうこの村での生活を思い浮かべると、胸がワクワクする。

村の入り口の大きな木の門をくぐり、舗装のない道をひたすらに上へ上へと登っていく。
私たちの土地は村の上のはずれのほうにある。
車から降りて、小さいほうの土地へ。
以前、旦那が買った材木がネコの額ほどの土地に積み上げられていた。

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これは先週、隣村のザーゴンにある民家から持ってきたもの。
家畜小屋として建てられたものを壊した材木を、三台の馬車でニ往復してやっとのことでここまで運んだらしい。
本当は私も同行して馬車に乗りたかったのだが、邪魔になるということで遠慮した。

そして今日の仕事は、この小屋の屋根をはずすことである。
まず旦那が屋根裏に上り、瓦をはずしていく。それを私が受け取り、おじさんのところへ運ぶ。
受け取ったおじさんは、その瓦をきれいに並べる・・・という具合。

ヨーロッパの手作りの家は、見たところ簡単なつくりのようだ。
驚いたのは、瓦は手で簡単にはずせるということ。裏を返すと、出っ張りのようなものが一箇所ついていて、ただそれだけが瓦を屋根にくっつけているのである。地震の多い日本では、とてもじゃないが考えられないつくりである。

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だから作業も三人がかりでうまくはかどった。
私も鉄の瓦を一度に4枚運んだ。
これでも力には自身がある。根性もあるほうだ。
そして、半分ほど瓦をはずしたところでお昼休みになる。

息子はその間何をしていたかというと、庭に咲く花を摘んだり、カタツムリ採集に夢中であった。ほら、この喜びよう。田舎では、子供をほったらかしでいいので安心である。

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井戸から冷たい水を運んできて、土地の上のほうへ行ってお昼ごはん。
この土地は上の部分と下の部分に分けられ、真ん中は崖になっている。
下は大きいくるみの木が日陰を作り、上の方は手付かずの美しい芝生となっていて、日当たりも良好。優しいうす紫色の「鐘の花」が風に揺れている。

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食事はパンとパテだけの粗末なものだが、何よりも風景がご馳走。
「以前春に来たときには、ここで杉の木が風に揺れてざわざわと音を立てていた。その音しか聞こえなかったんだ。」と旦那。彼もここが気に入っている。

さて、昼食の後で再び作業開始。
向こう側はレンガの瓦でできていて、劣化は激しいようだ。瓦の表面には、1979年という年号が刻まれる。約30年、この家を守ってきたのだ。

特に、劣化の激しいのはモミの木の下。
どうして?と考えても、南国育ちの私にはピンとこなかった。
するとおじさんが「モミの木に積もった雪が落ちてきたからだ。」と教えてくれる。
このドボイの冬の厳しさが、どれほどのものか・・・考えるだけでも恐ろしい。

やがて、屋根からは完全に瓦が取り払われた。
あとは屋根の骨組みだけである。珍しく早起きをした私は、もう疲れきっていたので、後は男性たちに任せることにした。

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息子を連れて、大きいほうの土地へと向かう。
先ほどいたところから、ひとつ家をはさんで隣がそうだ。
日当たりがよく、羊に草を食べてもらったので、芝刈りをしたあとのようにきれいにさっぱりとしている。
やっぱり、私は断然こちらが好きだ。

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どんどん斜面を上に上がると、景色が開けてくる。
やがて教会のとんがり屋根、村へと続く道や遠くの村々が薄いもやの中で見え始めた。

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これが、自分たちのものだなんていまだに信じられない。
まだ数えるほどしか、この土地にきたことがないから当然だ。
実際お金で買ったのだけれど、この素敵な場所は誰かからの贈り物のように思えてならない。
こんな気持ちをずっと大切にしたいと思う。

戻ってみると、こんな風に家の半分はすっかりと姿を消していた。
今日の仕事はこれまで。

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初夏の天気は変わりやすい。
毎日のように、不意に雨雲がやってきては、夕立のように冷たい雨が降り注ぐ。
おばあちゃんの村につくころには、ゴロゴロと雷の音も聞こえてきた。

雨が洗った後の村の道路。
首に鈴をつけた、茶色と白のジャージー牛たちが、野原から家に帰ってきたようだ。
私と息子は、道路の脇で牛の群れを見守る。

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そのゆったりとした歩みは、後ろに車が待っていようが変わらない。
車よりも牛優先。こんなところが、まだまだトランシルヴァニアのよさである。
ずっとこれからも、こんな姿が見られるといい。

後ろでは、私のカメラの存在に気づいてか、牛使いの男性が勢いよく鞭を道路にたたきつけていた。

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comments(6)|trackback(0)|村に家を建てる|2008-06-22_06:19|page top

私のハンドメイド生活

手芸雑誌を買わなくても、レシピや情報が仕入れられる・・・
そんな画期的なHP、
アトリエというハンドメイドサイトのために、
作品を初投稿した。

その名もヴィンテージ布で作るショルダーバッグである。


(作り方をクリックすると、HPに飛びます。
まだ投票には、誰も入れてくれていないので・・・・お願いします。)

ショップにあるクロスを、何か素材として提案できないか・・・
そんな思いで作った。

家には私の使えるミシン(あのソビエト製の鉄の塊じゃないもの)
はないので、
すべて手縫いで仕上げた。
初心者でも簡単に作れるレシピである。
(私に作れるのだから・・・)

ただ苦心したのは、ショルダーのベルト。
日本なら、すぐに既製品のベルトを買っていただろう。
でもここは、トランシルヴァニア・・・作るしかないのである。

刺繍をしてみよう、と思ってはじめたが、
あんなざくざくの荒い刺繍でも意外に時間がかかるのだ。
精巧にできた、刺繍ならなおさらのことだろう・・・

ただ手縫いのいいところは、
考え事をしながらでもできることだ。
ミシンなら、少しでもぼうっとしていたら、手を縫いかねないし、
ものすごく線がずれてしまう。

もちろんできあったときの喜びもさながらだが、
もしかしたら、ハンドメイドとはものづくりをする経過が
楽しいのかもしれない。
息子もそばで、「何ができるのかなあ。」と楽しみにしてくれ、
旦那には布とはさみを渡して裁断をさせたり。
家族との新しい関係もできる。

そんな時間をこれからも、トランシルヴァニアで作ってゆきたい。
ここであるからこそできる、そんなフォークアートにもチャレンジしてみようと思う。







Theme:こんなの作りました♪
Genre:趣味・実用

comments(5)|trackback(0)|その他|2008-06-20_14:52|page top

6月の森でお散歩

今朝目覚めると、窓の外には久しぶりに青空が出ていた。
トランシルヴァニアには梅雨はないが、最近は夕立のように突然に雨雲が押し寄せては、雷を伴った雨が降ることが多い。
風邪のために、最近はほとんど家に監禁状態であったこともあって、久しぶりに外の空気が吸いたくなった。

昼前に森のほうへ向けて出発。
町のはずれは昔、旦那がここに越してきた頃は、一面のタンポポ畑だったという。
今では高級住宅地になり、森をどんどん遠くへ追いやっているようである。

やっと大きな家が目の前から消え、野原が広がった。
天気はよいので、遠くの村々が見渡せる。

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不意に後ろから何頭かの馬がやってきて、谷間のほうへ向かって降りていった。
もちろん野生の馬ではないが、放牧されているようだ。
こんな風景も、この町では珍しくない。

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谷のほうへ近づくと、小さな赤い果実が目に入った。
野いちごである。
このヘビイチゴに似た小さな野生のイチゴは、見た目はよくないが、その実とても美味しいのだ。
大きさはほんの小指の先くらい。でも満足感は、普通のイチゴ一個分。
あまり赤くなくても、食べると砂糖菓子がすっととけるような甘さが広がって、
さわやかなイチゴの風味が満ちてくる。

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大きさは小さいし、イチゴは下を向いているものなので、見つけるのは意外に難しい。
町の市場に行くと、ジプシーがよく野いちごを売っているが、あの紙コップ一杯分を採るのにはどれだけ大変なことか・・・

野いちご摘みに夢中になっていると、上のほうで声がする。
「俺の牛を見なかったか?」と聞いているのは、以前ここでであったことのあるおじさんだ。
私たちは馬しか見なかったと答えた。

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どうやら酔っ払っているようで、何を話しているのかさっぱりわからない。
自分には5人目の妻がいて、子供が10人・・・などぶつぶつと話している。
すると「俺は、10人のルーマニア人をも恐れない。」と胸から小さなナイフを取り出した。
私は何が始まるのかと、目を見開いた。
・・・が、何てことはない。胸の前でゆっくりとナイフを回して、すぐに収めた。

おじさんから解放されると、私たちは再び森のほうへと歩を進めた。
「最近雨が降ったので、きのこが見つかるかもしれない。」と旦那。
ちゃんと袋も持参してきた。

森の入り口はこんな風。

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ここでも息子は花を見つけては、摘んでいる。
春の花とは違い、初夏の花の色はだんだんと濃くなっている。
紫と黄色のヴィヴィッドな配色のお花も。

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日本とは違って、ヨーロッパの森は明るい。
細く長く伸びた木には、葉っぱの数もすくないから、木漏れ日が心地よく漏れてくる。
湿気もないので、影にいると半そででは肌寒く感じるほどである。

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6月の森には、困ったことに水たまりが多いのである。
気をつけないと、靴も泥だらけになってしまう。
すると、息子の姿が消えた。

後ろのほうで座り込んで、水たまりをじっと窺っている。
それもそのはず、中には小さなカエルたちがいっぱいだからだ。
私たちもカエルを一緒に観察。

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このカエルたち、水の中に浮かんで動かない。
泳ぐのを忘れしまったかのようだ。

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息子は「カエルを捕まえて!」と駄々をこねる。
仕方なくひとつ渡すと、大切に手の中にしまった。

さらに緑のトンネルを進む。
しかしなかなか、きのこにはお目にかかれない。
・・・と思っていると、旦那の目がきのこの姿を察知。
横道へ一人それてゆく。

まさに今生えてきました、といわんばかり。
落ち葉の中から顔を出しているきのこたち。

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「これ、赤いけれど大丈夫?」と不安になるが、
確かなのは味をみること。
口に入れて、しびれる感じがしなければよいキノコということらしい。
生のまま、キノコを口に入れるなんて恐ろしいから、この役はいつも彼である。

緑と茶色の世界の森の中では、キノコはまるでお花のよう。
森の色彩に華やかさを添えている。
こんなキノコも発見。

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大丈夫。これは採っていません。毒キノコです。
結局キノコはあまり見つからなかった。
残念。また次の機会に。

森の中で、シーツをしいて休憩。
気をつけなければいけないのは、山ダニの存在である。
森に入るときには、長ズボンをはき、靴下の中にすそを入れておく。
山ダニにかまれたら、ヘタをすると病院にいって注射をもらわなければならない。
病気に感染しないためである。

子供が小さい時に、自然と触れ合う機会をできるだけ多く持ちたいものだ。
日常生活の中で忘れていた小さな生き物、機械の音のない生活・・・いろいろなことに気がつくからだ。

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Theme:東欧
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2008-06-20_04:16|page top

洗濯機ドロボウ!

今朝は天気のせいか、ウトウトとなかなか目が覚めなかった。どんよりとした曇り空・・・ただでさえ低血圧の私は、朝が苦手である。
トントンとドアをノックする音がして、旦那が扉を開けると、どうやら同じアパートに住むおばあちゃんがやってきたらしい。
なんだか慌てたような口調の声が聞こえてきた。

すぐにおばあちゃんは帰っていった。
私もやっと体を起こして玄関のほうへ行くと、旦那はすごい剣幕で慌てている様子。どうもただ事ではない。
話を聞くと、つい先ほど隣人の目撃によると、ジプシー男女が洗濯機を馬車に乗せていったという。その洗濯機とは、うちのドアの前においていた古い洗濯機のことである。

旦那は憤慨した様子で、家を飛び出した。
あの悪いやつを捕まえて、叩きのめしてやるというというような勢いである。

あんなオンボロの洗濯機を・・・お姑さんが4,5年前に当時、中古で買ったものだ。動くことには動くが、あまり使い物にならないので外において置いたらしい。
あんな風に外に置いておいた方も悪い。

やがて10分ほどして、旦那は手ぶらで帰ってきた。
と思ったら、すぐ上の階の隣人と何かを話し始めた。
何が何だか分からず立ちすくんでいると、こう説明をした。

もうすでに馬車は行ってしまった。
先ほど会った隣人が、あのジプシーたちを見たといい、いつかその家のリフォームを手伝いに来ていたものだと言う。毎日のようにここに通っていたらしい。
身元も分かっているから、今からちょっと家まで行ってくる、ということ。

そして20分ほどして帰ってきた。
やっぱり手ぶら。ジプシーの家に行くと、女性が家にいて「何も知らない。」の一言。
「もしかしたら、家には帰らずにそのまま売りに行ってしまったかもしれない。」と旦那。
それでもこれは立派な盗みである。ここルーマニアにも警察というものがあるから、連絡をするべきだ。

やがて旦那は電話をかけた。

それにしても・・・このアパートにも二年ほど前にインターフォンが設置され、あまりに画期的なことに私たちも驚いた。アパートの住人がボタンを押さない限りは中に入れないはずである。
だが・・・それでも機械は完璧ではない。
最近では、その肝心の入り口の扉がきちんと閉まらず、ほとんど用を足さなくなっていた。恐らく彼らが中に侵入したときも、扉がロックされていなかったに違いない。

目撃者のおばあちゃんが、心配そうに尋ねてきた。
いざこんな事件が起きてみると、生活環境に不安を感じはじめるのだ。廊下には貴重なものをおかず、家の鍵はきちんとかけておくことは最低守らなければならない。

ジプシーに対する風当たりが社会で強くなるのも、こういう問題が起こるからだ。
特にこの町のはずれに住む、ウルクーという地域のジプシーはあまり評判が良くない。元々差別されたものたちだから、こうなったのか。それとも、こういうことをするから差別されるのか・・・。

しばらくして、警官が二人やってきた。
ルーマニアの国家機関だから、警察官はほとんどルーマニア人である。
「ルーマニア語は話せる?」とおばあちゃんが聞いた。ここはルーマニアだが、しかしセーケイ地方。ルーマニア語は学校で習うものの、実際に話せないものも少なくない。
事情を話そうにも、旦那のたどたどしいルーマニア語では埒が明かない。こんな時、私はとても歯がゆい気持ちになる。

警察官は、そのジプシーたちを知っているという隣人のドアをたたいた。
周りには、事件の行方を見守る私たち親子とアパートの住民が二人。
体育の教師である隣人は、流暢なルーマニア語でジプシーたちがその家で働いたこと、事件の後、あとを追って家まで行ったことなどを話していた。

旦那は警察官を伴って、またジプシーの家に行った。
結局、当の容疑者たちの手がかりは得られず、警察で書類を書いただけである。

こうして、我が家から洗濯機が消えた。
その後どうなるかは分からない。

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Theme:東欧
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comments(2)|trackback(0)|文化、習慣|2008-06-16_23:55|page top

トランシルヴァニアで公園デビュー

もうこちらに来て4ヶ月になるのだから、初めて公園に連れて行ったというわけではない。
息子も子供だから公園は大好き。近所にある公園はほとんど知っている。
昨日、近所に最近できたばかりの公園に行ったとき、こんな出来事があった。

そこは、県の病院の横にできたばかりの公園である。
以前もブランコと滑り台だけの粗末な作りのものがあったのだが、最近になって改装された。敷地は砂利で埋められ、大きな遊具には大小の滑り台や登るところがあちこちについている。ちょうど幼稚園生から小学校の低学年ほどまでの水準であろうか。
遊具は子供の成長によって変わるから、ちょうど良い程度の・・・つまり危なくなく、退屈でもないほどの公園を見つけるのは意外に難しい。

夕方、もうすぐ日が暮れるようとする時間帯に子供を連れて行ってみた。
もう息子は4歳なので、親がそばについて手を貸すようなことはほとんどない。ただ監視をして、たまに注意するくらいのことだ。

私は本も持ってこなかったので、手持ち無沙汰に近所のむやみに高いマンションや、マンションの横にあるパブ、公園のすぐ横にあるハーロムセークという新聞社の事務所などをなんとなく見回しているだけだった。

息子は一人で黙々と遊んでいた。
この頃は高いところに登る喜びを覚えたから、はしごに登ったり、降りたりしていた。

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ふと見ると、はしごの上から降りようとしない。
気になったのでそばに近づくと、遊具の上に登った小学生の女の子たちとおしゃべりをしているようだ。すでに息子の名前を知っているらしく「バラージュちゃん、バラージュちゃん」と呼びかけていた。

女の子たちは退屈してか、半分外国人の息子に興味を持ってか、息子と遊び始めた。
滑り台や、ブランコ、シーソーなどへ連れて行き、まるで初めて歩き始めた子供のように、
息子がすることを大げさに褒める。

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息子はどこの小学校に通うのか、と聞くので、うちのすぐ隣にある小学校だろうと答える。
すると、親切に小学校のことを話して聞かせてくれた。
どうやら近所のバーラディ小学校には、二つのクラスがあるという。
一つは普通の教育をするクラス、もう一つはstep by stepと名づけられた新しい教育システムで教えるクラスであるという。何が違うかというと、新システムでは遊び感覚で簡単に勉強させるという方法を使っているらしい。
残念ながら4年生までしかないという。

ブダペストに住む教育熱心の友人がいて、モンテッソーリ教育というのに夢中であった。
なんでもイタリア人の教育者が発明した方法で、子供の手先の感覚を上達させて、知恵をはぐくむ遊びをさせるというものらしい。
彼女は子供をそこの幼稚園に入れ、卒業した後にモンテッソーリの小学校に入学させたかったが、もう一杯だったので仕方がなく、小学校の入学を一年遅らせたという。
日本ではとても考えられないことである。

女の子たちは、息子を囲んで「バラージュちゃん、歌は歌える?」と聞いている。
息子は歌が得意なので、勧めるとすぐに歌い始めた。
ルーマニア語と、ハンガリー語、日本語の歌も歌った。女の子たちは大喜び。

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どうしてトランシルヴァニアで、こんなに人気者になったのかよく分からない。
単に珍しいというだけだろうが。
息子の外観はどう見ても東洋人なので、目を引くらしい。
こんな風に遊んでもらえると、東洋人で得したと思うが、もちろん良いことばかりではない。これから先、この特徴を有利に生かすか、不利に生かすかは息子しだいである。

昔ルーマニアで知り合った、ルーマニア人と日本人のハーフの少女は、自分が半分であるように感じていたらしい。どちらでも完全でない・・・と。考えようによっては得でもあり、損でもある。本人の心の持ちようである。
私がここで外国人であることもそうである。どう生かすかは自分しだい。

ある女の子と話していたら、ルーマニア人とハンガリー人のハーフであるらしい。
ここトランシルヴァニアでは珍しくもないことだ。
「どちらの言葉が難しい?」と聞けば、「家ではどちらの言葉も使うから、同じよ。」と答えた。学校ではルーマニア人のクラスに通い、こうしてハンガリー人のいとこたちと遊んでいる。
言葉ができればそれだけ、関わっていく人の和も広がり、別の文化を学ぶことができる。生まれながらにして、二つの言葉を操るなんて、やはり私のように辞書片手に苦労して習得した者からするとうらやましいに尽きる。

女の子たちの興味は息子から私に移ったようで、次々に質問攻めにしてきた。
「日本はどんなところ?」
「中国人と日本人はどう違うの?」
「日本語で~~はどう言うの?」
など挙げればきりがないくらい。

時間を見るともう8時。
それでもまだ明るいので、つい時間を忘れてしまう。
何時まで外で遊んで、いつ夕食をとるのかと聞けば「8時ごろまで遊んで、夜ご飯はだいたい9時。」という。なんて自由なことだ。私には日が長すぎて、疲れてしまうのに。
日本では夏でも7時には暗くなると言えば、驚く。

「バラージュちゃんがキスをした!」と女の子がはしゃぐので見ると、
息子はヨーロッパ風の挨拶を教えてもらっていた。
恥ずかしがりやだが、まんざら悪い気もしないらしい。

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もう遅いので息子を引っ張って公園を後にする。
女の子が、「明日もいっしょに遊ぼう、ってどういうの?」と聞くので教えると、
息子に向かって一斉に「明日もいっしょに遊ぼう!」と叫んだ。

元気な女の子たちと別れて、息子も「優しいお姉ちゃんだったね。」と嬉しそう。
私も新しい知り合いが増えて、息子のためにも良かった思った。
これから、長い長い夏休みが始まる。


























Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-06-15_18:44|page top

卒業式へのご招待

日本では桜と学校の結びつきが強く、卒業式といえば桜の花がつき物だ。
(地域によっては、入学式と桜だろうか。)
しかしヨーロッパでは、学期が9月に始まり6月に終わるのが普通である。
太陽はぎらぎらと降り注ぎ、木々は青々と茂っているから、卒業式もこうも変わるかと思う。

友人の婚約者が卒業するので、私たちも招かれた。
前からもらっていた招待状を開くと、写真が中に入っている。可愛らしく微笑む、十代の一番きれいな時の少女の姿・・・。
私はいつのことだったか、遠く昔のような気持ちである。
この招待状を親戚や友人に配って、招待するのが慣わしだそうだ。
私は初めて卒業式に招かれたので、まるでお誕生日会に呼ばれた子供のような心持であった。

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そして、卒業式のこの時期にはタブロウと呼ばれる大きな写真立が町中に飾られる。学校ごとに個性も違うが、芸術学校は特に力を入れているそうだ。
今年はルネサンス・イヤーであるから、中世風の植物模様や天使、中世の写本の金箔で彩られた文字などが美しく描かれていた。その中に卒業生の写真が飾られる。
服装も、ルネサンス風の生成りのシンプルな装いで統一されている。
私たちのいわゆる卒業写真とは違って制服姿でもないし、写真の撮りかたもずっと凝っている。まるで皆が俳優、女優のような感じ。
自分の粗末な卒業写真など恥ずかしくて見せられたものでない・・・。

卒業式というと、卒業生に贈り物をする慣わしだそうだ。
普通は本や花束、中にお金を送るときもあるそうだ。日本では、どちらかというと入学のほうに重きを置くが、ここでは卒業の方が重要なようす。
私は気が気でなかったので旦那をせかすが、のんびりとしたものだ。
「後で、後で・・・」と言っているうちに結局卒業式の前夜になって、自分のコレクションの中から本を探し初めた。

本は、小さな本でブルーの表紙にはおばあちゃんの写真が載っている。
古いハンガリー民謡を集めたものらしい。いかにも使った本であるので、私は失礼じゃないかと気になったが、友人なので大丈夫だという。

本の見開きには、本を贈るものからのメッセージと日付、名前を書くものなので、作家の言葉からの引用文を探す。
19世紀前半のハンガリーの作家、クルチェイの言葉

「別れ(の寂しさ)を和らげるものは、再会への望みに他ならない。」

卒業式にふさわしいようなので、私もこれに賛成した。

他にも・・・

「いい奥さんは、家の中の太陽のようである。
  家に何も持ってこないけれども、すべてが豊かになっていくのである。」


ここは誤解を生みやすいが、女性が役に立たないとの意味ではない。嫁入り道具を持ってこなくても、女性が家庭を豊かにするようにあらゆるものを生み出すことができるという意味らしい。
確かに婚約したばかりの彼女だが、まだこれは早いような気がするので却下。

本にメッセージを書いたら、きれいに包む。
息子も参加して、マジックで包装紙にイモムシが卵からかえったところを描いた。

時計を見ると、もう10時。
卒業式が始まる頃である。
花束も買わないといけないので、急いで家を後にする。
町の中心の公園沿いには、花屋が並んでいる。卒業式のために花を求める人がたくさんいた。

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トランシルヴァニアの野花はあれほど変化に飛んだ美しい色形なのに対して、売り物の花はなぜこうも人工的で似たり寄ったりなのだろう。
中には、着色した水を吸わせた青い花もある。どうして高いお金を出して、こんなものを買わないといけないのだろう・・・。
私たちは、一番控えめなものを一つ選んだ。

息子は小さな花束を抱えて、まるで自分のもののように嬉しそう。
これは人にあげるものだと念を押して伝えると、近所で摘んだしおれかかった花を見せて「これをあげる。」と花束は渡さないつもりでいる。
もう少し説得をしないといけないようだ。

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町にはセーケイの民族衣装を初め、晴れ着に身を包んだ人々が行きかう。

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旦那の母校は、プルゴール・シャーンドル学校と名前がつけられた。
旦那の恩師でもあった、この町出身の今は亡きグラフィック・アーティストである。
学校の前には彫刻も立っている。

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学校の小さな校庭には、人が一杯詰めかけているので卒業生の姿も見られない。
ちょうど、クラスの優秀な生徒を表彰しているところだった。
あらゆる教科を総合して成績優秀な生徒を三番まで、プレゼントが贈られる。
友人のアンナ・マーリアは二番目に名前を呼ばれていた。

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学校の特色は、音楽や美術、演劇やダンスの教育に力を注いでいることである。
最近は芸術に対する関心が薄くなり、旦那たちの時代に比べると生徒たちの意識も大分低下しているとの話である。

混声コーラスの演奏が終わると、解散。
後ろで式を見守っていた保護者や知人友人が、せきを切ったようにどっと押し寄せる。まるで人の波のようである。その中で、きれいな衣装を着た卒業生の姿が見られる。花束を一杯に抱えて、涙を浮かべる者もいた。

彼らは、彫刻された木の棒に赤い刺しゅうの小さな袋を肩に乗せている。
中には、塩とパンが入っているという。これは、社会という大きな旅に向かって旅立つ若者の持つ小さな荷物。この卒業式というものが、いかに大切なものであるかがわかる。
日本で言えば成人式。これから大人の仲間入りを果たす、不安と期待の入り混じった若者たちの姿に、ふと十数年前のことを思い出した。

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私たちも、祝福をしに友人のもとへと駆けつける。
息子は花束を手渡すと、キスを交わした。

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卒業をした感想を聞くと、「何てことないわ。もうとうに吹っ切れた感じ。」と案外あっさりとした言葉。
若者は、次なる目標を目指して後ろは振り返らないものなのかもしれない。

私たちは、卒業制作を見に校舎の中に入った。
芸術学校にふさわしく、壁には絵やら彫刻やらが所狭しと並んでいた。
中世風の壁画はリアルに良くできている。

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この不思議な扉の向こうには何が・・・?

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壁に埋められた人間、ちょっと怖い・・。

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そしてアンナ・マーリアの作品は、婚約者の影響もあってか彫刻の作品。
子供を胸に抱く母親のようである。丸みを帯びたその形は、まるで達磨さんのよう。
卒業試験は、10点満点だったそうだ。

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そして、一週間後にはエーレッチェーギと呼ばれる試験がある。
訳してみると「成熟の試験」とでもいおうか、大人としてどれだけ成熟したかを見るための最後の試練である。
全教科を対象にしたペーパーテストと口答試験があって、これは大学入学にも就職にも大きな影響を与える重要なものだ。

高校時代は人によって様々な思い出があるだろう。
私は主に家と学校の往復で、受験勉強に明け暮れた高校生活であった。
旦那の場合は、人生で一番良い時代だったという。
学校の友人たちとは美術という興味を通じて結びつき、勉強も遊びも熱心だったそうだ。
授業の合間に抜け出して、近くのパブにたむろしたりするのは普通だったという。
校長先生が、昼間にパブに見回りに行ったほどだったそうだ。
日本なら不良学生と呼ばれそうだが、ごく普通に優秀な生徒もそうしていたらしい。
あまりに自由な環境がうらやましく感じるが、その後の大学生活は逆に不自由に感じたらしいから良し悪しであるかもしれない。

できることなら自分の息子には、多感な高校時代には自由でのびのびと過ごさせてやりたい。学校の勉強以外にも学ぶことはたくさんあるはずである。
本を読んだり、人と関わったり・・・そんな風に時間を過ごすことができたら、と息子には望みをかけたいと思う。

帰り道には、もうハールシュの花が開いていた。
まるで線香花火のかたまり。今度、ハーブティーのために花を摘みに行こう。

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トランシルバニアをあなたの心に・・・
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Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|文化、習慣|2008-06-15_16:03|page top

白雪姫幼稚園の遠足

息子の通う幼稚園のクラスの遠足に、私も保護者の一人として同伴することになった。
朝9時過ぎにマイクロバスが出ることになっているのだが、子供たちは遠足の前でそわそわと落ち着きがない。並んでベンチに腰掛けて、人数がそろうのを待つ。
ユリア先生の話では、近くのビクファルバという村へ行き、そこの小学生たちと合流して森に散歩に行く予定だそうだ。以前、先生はそこの学校で一年間教えていたらしい。

幼稚園では毎日、10時のおやつにキフリと呼ばれる長いパンと牛乳が配給される。
ただ規則的に配達されないようで、今日は6個分の牛乳をもらってしまった。持っていくわけにもいかず、ロッカーの中にとりあえず放り込む。

準備が整い、いざ出発。
子供たちはペアで手をつないでバスに乗り込んでいく。私は、一番前の席である男の子の横に座った。息子は後ろのほうで友達といっしょと思いきや、外が見えないとダダをこね、先生に抱いてもらっていた。
もちろんチャイルドシートもシートベルトすらもないので、子供たちはしっかりと捕まっておくように注意を受ける。

セントジュルジの町を見下ろして、バスは町を走る。
子供たちはバスの中でも、はしゃいで楽しそう。
隣に座ったゲルグーに「車には良く乗る?」と話しかけると、ブラショフにこの前行ったと話す。「ブラショフでは何を?」と尋ねると「キノコを取りにいった。」と答えた。山のそばではあるけれど、あんな大きな町にキノコがあるのか、と驚いた。ゲルグーの父親は、あのキノコ博士の大学の同僚らしいので、きっといっしょにキノコ狩りでもしたのだろう。

やがてバスはのどかな田園風景の中を走り、二つ目の村がビクファルバである。
ビクファというのが椎の木で、村の名前もここから来ている。
山に面した静かな小さな村。
村の中心にある学校に到着すると、子供たちは校庭にある遊具を見て大喜び。バスを下りると、すぐに滑り台の方へかけていった。

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先生が子供たちを呼んで、いっしょに学校の様子を見せてもらう。
小さな村なので、1年生から4年生までが10人ほどいっしょに学んでいる。ユリア先生は懐かしそうに子供たちの名前を呼んでいた。

学校見物の後は、展示会を見に行く。
村に設立した文化基金で、「ビックマック」(どんぐり)の名前がついている。このロゴは、ブダペストの美術アカデミーにいる旦那の友人がデザインしたものである。
友人の父親は、旦那が通ったセントジュルジの芸術学校の校長先生で、数年前この村に引っ越してきた。そして、この文化基金を設立したらしい。

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私たちは二年前、友人の家に招かれたことがあったので、この村に来るのはこれで二度目である。友人の宅は、築200年の貴族の屋敷を改装したもので、趣のある美しい住まいだった。この村には、いくつも貴族の屋敷があるそうだ。売値はそう高くないが、改装するのが大変という。友人の母が「その値段は、聞かないほうがいいわよ。」と語っていた。

どんぐり協会の中には、村の小学生が作ったものらしい人形や、マスク、イースターエッグなどが所狭しと飾られていた。子供たちも興味深そうに展示を眺める。
これはファルシャングといって、イースター前の二月の一番寒い時期に冬を追い払うお祭りをする。冬はこのような化け物にたとえられ、大騒ぎをするのだ。いわば日本のなまはげに似ている。

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よく見ると、お料理で使う木のスプーンに洋服をかぶせてある。いいアイデアだ。
セーケイの民族衣装を着た男の子、女の子も。

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イースターは、キリスト教以前の習慣である。
だから赤いイースターエッグには、異教徒時代の信仰の跡がみえるという。原始的なモチーフの世界は、研究すると奥が深く面白いものだ。

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ふだん10時におやつを食べている子供たちは、お腹がすき始めた頃だ。
小学生が優しく幼稚園生の手をひいて、森に向かって出発。
途中で出会った村の人たちは「まあ、うちの村に子供の数が増えたかと思ったわ。」と驚く。
村では、一人一人に挨拶をするのが礼儀である。これが町とは違うところだ。

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真昼の日差しが降り注ぐ中、子供たちは歩くが村のはずれは意外に遠い。
隣にいた子供に「ふだんはどこで遊ぶの?」と聞くと、「公園。」と答える。指を刺すほうを見ると、こんな小さな村にも立派な公園ができている。先ほどまではやっとで歩いていた子供たちも、公園に来ると突然元気になるのが不思議だ。

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さっきまで「歩けない・・・」とすねていた息子も、ご覧の通り。

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子供たちのお腹を考慮して、ここで休憩。
いつもの通り、お祈りをしてから食事となる。可愛いリズムの歌に合わせて、「食べ物と飲み物を下さった、その者に祝福がありますように。アーメン。」

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 幼稚園では普通、炭酸水と普通の水が出されるが、今日はあいにく炭酸水だけであった。息子は炭酸水が飲めないので、女の子に水を汲んできてもらうようにお願いした。

休憩が終わると、また森を目指して出発。
途中でヒツジやヤギを見つけて、子供たちも大喜び。首にはカランカランと良い音のする鈴がかけてある。

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この分かれ道の先には何があるのだろう・・・。
立て札には「カタツムリの城」とある。子供に聞けば、森の名前だそう。こんな土地の名前までメルヘンチックである。

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やっと森の入り口が見えてきた。

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ここで敷物をひいてピクニック。子供たちはお菓子を食べたり、走り回ったりして楽しそう。

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いつもとは違う環境で、違う人と交わるのは大切なことだ。日本との教育の違いは、同じことをするように強いるのではなく、子供それぞれの興味に合わせて自由にさせることだ。どちらも利点、欠点はあるだろうが、日本の学校は窮屈だと感じる子供も少なくないと思う。こんな育て方もあっていいのではないか、と思う。
私は不登校ではなかったが、あまり中学、高校ではのびのびと感じた事がなかったから、なおさらそう感じるのかもしれない。

帰り道、先生が何か歌を歌おうと言い出した。
息子に「何を歌いたい?」と聞くと「ブナ・ディミネアーツァ(おはよう)」と言って、歌い始めた。そして先生や子供たちもそれに加わる。
ルーマニア語に最近興味を持ち始めた息子は、そのあともルーマニア語の歌を歌いだす。先生は「バラージュちゃんは、クラスでも一番ルーマニア語ができるのよ。」と言う。まだ幼稚園に通って3ヶ月ちょっとであるが、小さい頃から二つの言葉を聞いてきたからだろうか。誰かから、二ヶ国語ができると三ヶ国語からは比較的簡単である、と聞いたことがある。息子の場合は、二つの母国語と最低ルーマニア語は、ここで暮らしてゆく以上必須である。やがて英語も加わるであろう・・・。

村の子供たちとお別れをして、私たちは町に帰った。
帰りのバスで先生が「子供たち、また遠足に行きたい?」と聞くと、すぐに元気な声で「イゲーン!(はい)」とかえってきた。「じゃあ、また連れて行くわね。」と先生も、聞き分けよく半日を過ごした子供たちに満足そう。

白雪姫幼稚園も今期は明日で終わり。
長い夏休みのあと、9月からまた新学期が始まる。幼稚園でよい先生に出会えて、良いお友達もたくさんできて、本当に良かった。また今後も幼稚園でたくさんのことを学んでくれることを願って・・・。そして、夏休み中は私たち親がたくさんのことを教えないといけない。責任は重大である。















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comments(2)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-06-13_01:37|page top

セントジュルジにようこそ!

カルパチア山脈の曲がり角に位置する小さな町、セントジュルジ。
人口はおよそ7万人。英語にすると、キリスト教の聖人ジョージが町の由来となっている。
歴史的、文化的には、セーケイ地方の中心地として大切な拠点であった。この知られざる町の見所を観光気分でご紹介したいと思う。

まずセントジュルジの町の中心に位置する公園から出発したい。
夏には緑の屋根ですっぽりと覆われ、冬には一面雪景色となるこの公園は、市民の憩いの場である。ふだんは静かなこの公園も、4月の終わりから5月の初めに毎年開催されるセントジュルジ祭りでは大変な賑わいを見せることは以前ご紹介したとおり。
公園の入り口には、男爵ミコー・イムレの像が立っている。町の教育の中心であるミコー高等学校は、彼が自分の財産を投じて建てたものである。今も、町のシンボルとして市民を見守っている。

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公園敷地内には、カトリック教会がある。
この地方は主にプロテスタント派からなるので、昔はプロテスタント教会であったのが、後にカトリックに委ねられた。日曜には、晴れ着を着てミサに向かう人々(主にお年寄り)の姿を見ることができる。

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公園の右向かいにある、黄色い塔の建物は美術館。
古くは18世紀から現代のアーティストの作品まで、主にこのセーケイ地方出身の芸術家のものを見ることができる。特にジャールファーシュ・イェヌーの作品は圧巻である。
殺人を犯した女性が、被害者の遺体の前に呼び出され、遺体から血が流れるのを見て発狂するという、ハンガリー作家アラニ・ヤーノシュの書いた作品をテーマにしたもの。ここに蔵されているはいわば下絵で、完成品はブダペストの王立ギャラリーにあるが、画家は何度もこの難しいテーマに挑戦したという跡がしっかりと見られる。

公園のちょうど正面には、大きなポスターを掲げた県立劇場がある。
冬の期間の主な文化的娯楽の一つが演劇である。劇団は、ハンガリー語とルーマニア語のグループに分けられているのも特徴である。また、民族舞踊団の公演もたびたび行われている。セーケイ地方の踊りに興味がある人はぜひ見て欲しい。

劇場から右に曲がると、本通の一つに出る。
ここでは、町の中でも20世紀初頭のアールヌーヴォー建築が多く見られるところ。
黄色い建物は市役所で、公的な結婚式もここで行われる。レモン色の壁に、白い花模様が可愛らしい。

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こんなアーケードの残っている建物もある。

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通りのウィンドーで見かけた、セーケイの衣装を着たお人形。

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中心部はほとんどが普通のコンクリート道路だが、今でも昔ながらの石畳のある通りも残っている。コンクリートと石畳との境がほらこんな風に・・・。

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町の中心にある唯一のデパート「シュガーシュ(太陽の光)」である。
衣類からパソコン用品、食料品、お土産やまで何でもあり。登りはエスカレーターがあるが、帰りは階段を下りるのにはびっくり。一昔前のデパートといった感じ。

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セントジュルジの像もここに。
ちょっと子供のおもちゃのようだが、ドラゴンを槍で刺す勇敢な聖人をかたどったものだ。

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町のはずれは、悲しくも共産主義時代の産物である高層アパートで埋め尽くされる。
この時代にできた建物はどれも似たり寄ったりなので、どの街も画一的な雰囲気になってしまう。質よりも量が重視された時代だったのだろう・・・。

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屋根がぼこぼことした、珍しい形にふと目を引かれた。
旦那がかつて「切断橋」だった所だと教えてくれた。それでも意味が分からない。よく聞けば、家畜の解体場だという。だから扉は赤いのか・・・

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町の中でも最も活気があるところは中央市場である。
入り口の門の前には、近郊の村からきたジプシーの親子が何かを売っている。見れば採集した、野いちごやハーブ、お花などである。季節の植物をいち早く見つけるのはさすが。近郊の村に住むジプシーたちの生計手段は、主にこうした植物採集であるといわれる。

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大きな屋根の下では、季節の野菜やフルーツが一杯に並んでいる。
冬はあまりの種類の少なさに寂しくなるが、夏は赤や緑や黄色の色とりどりの生鮮食材に思わず足が止まる。今はちょうど、イチゴやさくらんぼ、あんずなどが美味しそう。新じゃがもでてきたようだ。

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ある建物を上に上ると、チーズのコーナーがある。
ショーケースに美味しそうなチーズが並べてあり、チーズ売りが小さなチーズの塊を差し出してくれる。ちゃんと味見をしてから買えるので安心だ。
トランシルヴァニアは羊の飼育が盛んなので、チーズもほとんどが羊の乳を原料とするもの。日本ではあまりなじみがないが、あの羊の独特なにおいに慣れれば美味しい。スモークチーズにフレッシュチーズ、塩漬けにしたもの、珍しいのは羊の睾丸の袋にはいっているものもある。値段は、日本に比べると半値ほどである。

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部屋には、暇そうなワイン売りが眠りかぶっていた。
ワインを買う人はあまりいないのか・・・それでも昼のバーにも人がいるのだから不思議だ。

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20世紀ハンガリーを代表する作曲家といえば、バルトーク・ベーラである。
バルトークは作曲家であると同時に、民俗音楽研究者であった。ハンガリーやその他の民族の古い純粋な旋律を求めて、旅をして回った。ここセントジュルジにも収集活動でやってきたのだろうか。
1927年三月にこの建物に滞在した、とある。

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中央の公園の左側にある通りは、大きな栗の木(実はならない)の並木が美しい。
ここにセーケイ博物館がある。入り口には大きなセーケイの門が立っている。木が端整に彫られ、色もつけられている。セーケイというエスニック・グループが、いかに自分たちの身分を誇りにしてきたかがうかがい知れるようだ。

とんがり屋根の特徴的な建築物は、1902年に当時ハンガリーの有名な建築家コーシュ・カーロイによるものだ。

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彼はセーケイ人ではなかったが、20世紀のトランシルヴァニア史に残る重要な知識人であった。建築家であると同時にイラストレーター、作家、歴史家、政治家として活躍、トランシルヴァニアのハンガリー系住民のために尽力した。
驚くことに、建物の小さなディティールもすべて彼のデザインによるものだ。チューリップの飾りのついた長いすや、鉄の扉に刻み込まれた鳥の形・・・細部まで見ごたえ十分である。当時いかに建築というものが、芸術の一つとしての役割を担っていたかを知ることができる。セーケイ博物館の中についてはまた後日・・・。

博物館の前を過ぎていくと、町の大きな産業であるテキルタル工場が見えてくる。
テキスタルといっても洋服のための布を作るらしい。歴史は古いそうで、150年ほどになるそうだ。ここを通るといつも、酢のような匂いが漂ってくる。

そのさらに奥、同じ通り沿いにタバコ工場もある。

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CARPATI(カルパツィ)という、カルパチア山脈から名づけたのがここの製品の一つだ。
昔トランシルヴァニア土産に弟にタバコを・・・と思って友人に「一番安くてきついやつは?」と聞いたところ、これを勧められた。早速日本で土産を渡したら、フィルターなしで相当きつかったそうだ。
タバコはあの有毒な煙を体内に入れると考えただけでも試してみる気がしないのだが、この工場の雰囲気とあのにおいは嫌いではない。タバコ工場といっても格調の高い屋敷のような門構え、そこには野ばらがはっていた。そして空気で運ばれてくるあのにおいも、有害なものというよりもハーブの一種のようなよい香りのような気がする。

さて、セントジュルジの町を散策した気分になっていただけただろうか?
何ということのない小さな町だが、私の旅行の経験からいっても必ずしも有名な町や国が印象に残るというものではない。意外に、何の予備知識もなくふらりと訪れた国、名前も知らない町や村、そんなところが忘れられない場所になることも少なくない。
もちろん旅をするその時の、自身の心の持ちよう、モチベーションが何より大切なのはいうまでもない。
だから、何気ないこの町の魅力に触れてみて欲しい。
この土地に住む人々の息づかいが少しでも伝われば、本望である。

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comments(0)|trackback(0)|トランシルヴァニアの町|2008-06-10_05:28|page top

トランシルヴァニアの村の過ごし方

金曜日の夜、9時前に街の中心どおりにある停留所をバスが出る。
恐らく、これが最終便なのだろう。毎日の生活から開放されて週末をのんびりと過ごすために村へ行く人、町へ出稼ぎをしに来た人、年を取った親を看るために故郷へ帰る人・・・そんな人たちでバスはすでに一杯だった。
バスはその後も、2,3箇所で止まり、中は定員を超えるほどの人でむせ返っていた。それでも何のお構いなしに、気がつくと緑色の畑道を走っていた。

トランシルヴァニアの夏の日は長い。
もう9時だというのに、外はちょうど日没の時間だ。柔らかいオレンジ色と水色が混ざりあい、だだっ広い空を一面に染めている。今が一日で一番美しい時間だ。ふだんは部屋の中にいるから、こんな風景を見ることもない。勿体無いことだとつくづく思う。

30分ほどで、バスは村のおばあちゃんの住む家のちょうど向かいで私たちを下ろした。
うっすらと暗い中でも、家の軒先に咲いていた紫色のライラックが茶色に変わっているのにすぐ気がついた。季節は確実に動いているのを肌で感じる瞬間だ。
他にもどんな変化が訪れているのか確かめたい気持ちを抑えて、今夜はすぐに就寝。

朝食を済ますとすぐに庭に出てみる。
かつて白いスイセンや、赤や黄色のチューリップで賑わった庭には、白い貴婦人のようなシャクヤクがひっそりと咲いていた。おばあちゃんの家にも花瓶の中で咲いているのに、息子は自分の手で取ってみたいという欲望が抑えられない様子。かわいそうに、白いシャクヤクは首の下10cmほどのところで短く切られていた。

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りんごの花は散ってもう久しいので、小さな青い実が一杯に連なっていた。
私の故郷ではまず見られないので、宮崎の皆さんにお見せしたく写真を一枚。いつになったら、美味しいりんごが食べられるだろう。今から楽しみ。

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裏の畑に出る。
あれだけの実りをもたらしてくれた、春菊はすでに花が咲いていた。大根、ゴボウも確実に大きくなっている。豆粒ほどだったシソの葉も親指ほどには大きくなっている。
他にもいろいろな野菜の生長が、久々に見る私たちには喜びであった。

そして、一番大切な食料となるジャガイモ。
もう市場では新じゃがも見ることができるが、セーケイ地方のジャガイモはまだ小石ほどの大きさしかないに違いない。

私はジャガイモの葉の裏を一つ一つ丹念に調べる。
すると、すぐにオレンジ色の鮮やかな卵の粒が目に留まる。これがあの憎たらしい「ジャガイモ虫」の卵だ。小さなバケツに葉をちぎって入れる。白と黒の縞模様の虫たちも一緒に。

このジャガイモ虫、すさまじい繁殖力で大切なジャガイモの苗を食いつぶすのだ。
もしこれほど目立つ色合いでなかったら、この害虫駆除も難しかったに違いない。私は虫を触るのが好きなほうではないが、これも食べるため・・・と思い、今では手づかみでこの虫たちをバケツに放り込む。ただ子孫を増やすことだけを目的に生きる虫たちと人間との闘争である。

虫好きの息子も初めはいっしょに手伝ってくれたが、すぐに飽きてしまって、今度はカタツムリ採集を始めた。子供にとっても村の生活は理想的だろう。花や虫とすぐに友達になれるのだから。

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ところであの「ジャガイモ虫」だが、初めてアメリカ大陸からヨーロッパに輸入されたのは、ある植物学者のせいであるという。理由は、ただ単純に珍しくて美しかったから。なぜその学者の名前を、この害虫に与えなかったのだろう、と私は腹が立った。後々の百姓がこれだけ苦労しているというのに・・・。

いつか息子が近所のおばあちゃんに、アールバチハーニの花を見せたところ、おばあちゃんは「まあ、雑草!」と息子の手から奪って捨て去ってしまった。息子は好きな花が捨てられたので傷ついた様子だったが、百姓をするものにとってはどんなに美しい花も雑草は雑草なのだ。息子が緑色のやせたイモムシを見せたとき「汚い!」と叫んだ、ひいおばあちゃんも然り。

そんなことを考えながら必死で働いていると、12時の鐘の音が高く響いてきた。
気がつくとバケツの中は、虫やら卵つきの葉っぱやらで一杯になっていた。
おばあちゃんもお腹がすいているに違いない。急いで、家に帰ってスープを温める。セーケイの人の食事は一に二にスープである。スープを作るときは、20人分くらいの大きな鍋で作り、何日もそれを食べ続ける。

お昼を食べていると、外から物売りの声がする。
旦那は「ジプシーの金物やだよ。見てきたら。」というので、カメラを片手に家を飛び出す。
いやな顔をされるかもしれない、お金を要求されたらどうしよう、などと思いながら近づくと、意外と若い女性であった。お鍋や木のスプーンを抱えている。私が写真を撮りたいというと、簡単に承諾してくれた。

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鮮やかな花柄の衣装に身を包んだジプシーの女性は、村から村に行商をしているらしい。私は写真を撮りに来るよう伝えて欲しかったが、きっとよそに移っているだろうとの話。隣のマロシュ県にはこのような行商のジプシーの村があるらしく、中には大学を出るものもいるらしい。

村の一日はゆったりと過ぎていく。
夕方には、畑から村のはずれの原っぱに散策に出かけた。
マーガレットの花の中には虫が横たわる。もうじき花も閉じるので、虫は花をベッドに世を越すのだろう。映画「ミクロコスモス」の世界さながら。

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クリーム色の大きな花の塊が風で揺らいでいた。
つぼみはころころとしたピンクの玉なのに、花が開くとクリーム色になる。小さな花の集まりがこんなに感動させるなんて。

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不意に旦那が巨大マッシュルームを発見。
残念なことにもう古くて痛んでいるらしい。栽培されているのとは、味も香りも格段に良いのがこの自然のキノコ。息子も一つ見つけた。
また雨がたくさん降った後、新鮮なキノコをみつけられますように。

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いつか紹介した、キノコのタペストリーをつくるタポーツァ・ゴンバも見つけた。これも古いようで、表面はカチカチに固かった。

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村のはずれにある墓地の横には、大きな茂みにたくさんのボッザが花開いていた。
大きく開いたクリーム色のかたまりを摘むと、ふわっと甘いよい香りで包まれる。これでジュースを作ろう。あの甘酸っぱい初夏の香りのする飲み物を思い浮かべ、家へと急いだ。

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comments(8)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2008-06-08_21:50|page top

ハーブティーで医者いらず?

トランシルヴァニアの人は医者嫌いが多い。
だから本気で、野草を煎じて飲めば病気が治る、または予防できると信じている(お姑さんもその口)。だから、このハーブティーはもっとも一般的な民間療法であるといえるだろう。
春になると、ビニール袋を片手に野原へ繰り出し、色とりどりの小さな花を一杯に詰め込む。これを倉庫で乾燥させ、一年にわたって消費するのである。
もちろんスーパーでも様々な種類のハーブティーがティーパックにして売っているが、自分で外から摘んできたものの方が信頼できるし、何といってもお金がかからない。

私もさっそく、ピンク色の花を無数につける人差し指ほどの小さな野草を袋一杯にして持ち帰った。袋の中は、少しだけつんと刺激的な、甘い香りも封じ込めていた。これはカッコウの草(タイム)という薬草で、咳止めなどになるという。

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かえって早速、沸騰したお湯にミントティーと混ぜて、そのピンク色の草を数本中に落とす。ふたをしてしばらく置いてから、ハチミツをたっぷり入れていただく。すると体の中が温かく、気持ちが落ち着くのを感じる。

ガラゴニャ(サンザシ)と呼ばれる春に花開く白い小さなお花がある。
その雪をかぶったように真っ白な茂みに顔をうずめると、甘い香りで一杯になる。

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すぐに花が散ってしまうらしく、今年は採集し損ねてしまった。以前、野原で出会ったおじさんがこの花を古い言葉で「神様の果実」と呼んでいたのを覚えている。
秋になると赤い実がなり、これはジャムに使うらしい。

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アベルの血(オトギリソウ)という不思議な名前の野草は、夏に黄色い花をつける。
なぜこんな名前かと言うと、つぼみを手でつぶすと、まるで血のような赤い液体がこぼれるから。旧約聖書で、アダムの次男カインが殺めた長男のアベルの血ということだ。
このお茶は、消化や神経に効くらしい。

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ハールシュファ(シナノキ)は、今の時期にまるでプロペラのようなものの先に小さな黄緑色の花が咲く。これをプロペラごとお茶として使うのだ。
その黄色い色のお茶は、コクがあって大変飲みやすい。私も大好きなので、今年は必ずとりに行こうと思っている。

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青イリンゴー(ヒゴタイサイコ、アカンサス)は、咳止めに良いとされるお茶。
夏に咲く、薄青いトゲトゲとした上品な花である。これは残念ながら飲みにくいお茶で、少し苦味がある。だが咳を止めるため・・・と我慢して飲まなければならない。

私の一番好きな花は、今の時期に町のいたるところで満開に咲いている野ばらである。
この甘く可愛いピンク色、花の中心から伸びる黄色いおしべはまるで線香花火のよう。香りもバラなので、かぐわしい。ただ難点はトゲがあること。

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お茶にするのは、花でなくこの実のほうだ。
秋になると、赤く細長い実がたわわになる。これがローズヒップである。なんでもビタミンCを多く含むらしいので、ジャムやお茶に用いられる。ヨーロッパでは、冬に閉ざされる前の自然の恵みであるといえる。
そのものの味は、少しトマトのような風味と甘酸っぱさが特徴だ。こってりと濃厚な味わい。

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そして最後に、定番のカモミールを挙げたい。
チェコの有名なアニメ「小さなモグラ(クルテック)」の中で、モグラのクルテックが友人のウサギが病気であることを知り、世界中を旅してカモミールを探す。結局どこにも見つからないと絶望して帰ると、自分の住んでいるところにあったというオチである。それくらいカモミールが病気に効くということだろう。

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私が出産をした後も、病院で受けた手当てにカモミールティーを使っていたのには驚いた。
そして息子をはじめてお湯に入れたときも、せっけんは使わずカモミールティーで洗うようにと医者から言われた。
もう一つの使い方は、目が充血しているときに用いるカモミールの蒸気療法である。
まず大きなタオルを頭からかぶって、熱いカモミールのお茶を鍋一杯持ってきて顔の下に置く。なるべく目に蒸気を当てるようにして、下を向いているだけである。きっとお肌にも良いのではないかと私は思っている。

カモミールのティーパックは日本でも手に入るので、この療法ぜひお試しあれ!

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*ちなみにこの医者嫌いの訳はだんだん飲み込めてきた。
私も現在風邪を引いて久しいが、おととい病院に行ったときのこと、患者は待合室に一杯。受付もないから、自分が何番目に来た患者か覚えていないといけなかったのだ。みな不機嫌を隠しもせずに座っている。口げんかすら始まる始末。
私が診察室に入ったのは、来てから一時間半後のことだった・・・。その後、薬局でも並ぶこと40分(しかも立ったまま)。これでは、患者もますます体調を崩しかねない。
だから病気になる前に、ハーブティー療法をしたほうがましである。

トランシルバニアをあなたの心に・・・
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spetial thanks to....Wikipedia hungary


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comments(2)|trackback(0)|文化、習慣|2008-06-05_02:46|page top

トランシルヴァニア風手抜き料理

トランシルヴァニア、ことにセーケイ地方は寒暖の差が激しいので、野菜が美味しい。だから料理にそれほど手を加えなくても、それなりに美味しくなる。
よく言えば、素材の味をそのままに生かす。悪く言えば、手抜き料理も少なくない。

ここで、面倒くさがりにはぴったりの料理レシピを紹介したい。

=クルミのスパゲティ=
まずはクルミを割ることからはじめる。家庭でも最も危険な凶器、オノの裏側にある四角い面でクルミの殻をわる。

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あまり力を入れすぎると中身がばらばらになるので、加減をしなければならない。ここで、ひびの入ったクルミの殻をはずすのに息子も参加。殻は、飛行機やヘリコプターのご飯となる。

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クルミの中身を選別したら、砂糖と一緒にミキサーにかけて、少しフライパンでいる。すると、香ばしい香りが漂い始める。私は、これにきな粉を入れることもある。
その間にパスタを茹でる。トランシルヴァニアではタマゴ麺のパスタが主流で、歯ごたえは少ないがこってりとした感じ。
できたパスタにクルミを振りかけて、出来上がり。

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気になるお味は・・・・ただクルミの味だけなのに、深みがあって美味しい。クルミの中の脂肪分がパスタに絡まって、よく合う。

=プリスカ(ルーマニア語でママリガ)=
プリスカというのは、とうもろこしの粉で作った主食である。ルーマニアの人はこれが大好きである。こんな袋が、どこのスーパーでも売っている。

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感覚的にはそば粉を茹でたものに似ている(味はぜんぜん違うけれど)。お鍋にお湯を沸かしてから、塩ととうもろこしの粉を中に流しいれる。すぐに粉が水を吸って膨れるので、木の棒で力いっぱいかき混ぜないといけない。これがなかなかの重労働。火をかけながら、かき混ぜること15分ほどでできあがり。卵の黄身のような色合いで、味は余り強くないが、ほんのりととうもろこしの甘みが感じられる。

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このプリスカには二つの味わい方がある。
まず、牛乳を入れたお皿に大きなスプーンで二つ三つすくって落として食べる。シンプルに牛乳の甘みと、とうもろこしの風味を楽しむことができる。

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もう一つは、羊のチーズと一緒に焼く方法である。
フライパンに脂を引きプリスカを平らにしいて、羊のチーズ(塩味)をたっぷりとかけ、またプリスカを上から平らに載せてゆく。焼く際に、お肉を焼いた後の脂があれば最高である。お肉の味が中にしみこむからだ。

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ふたをして焼くこと、20分ほどでよい香りがしてくる。ふたを開けると、絵本の「ぐりとぐら」で野ネズミたちが焼いたあのカステラのような黄色い顔が姿を現す。

スプーンで取り分けると、羊のチーズがトロトロに溶けて、とうもろこしの味に絡み合う。特に美味しいのは、フライパンの底についた焼け目の部分だ。茶色くパリパリに焼けたとうもろこしの香ばしさがたまらない。

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=ジャガイモのチーズのせ=
セーケイ地方のジャガイモは有名で、別名ジャガイモの地と言われるほどである。
大きさは握りこぶしよりも大きく、皮が赤いものが多い。

このジャガイモはどのように食べても美味しいのだが、オススメは焼くことである。
ジャガイモの皮をむき、タテに半分に切る。油を引いたフライパンにのせて、ふたをして焼く。ジャガイモに十分火が通ったら、塩をふってチーズのスライスをのせる。出来上がり。
焼いたジャガイモの香ばしさに、チーズがぴったりと合う。これだけで食事は大満足。
フライドポテトもいいが、こちらの方が外はパリパリとしていて中はふっくらと柔らかく、二つの食感が楽しめる。

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トランシルヴァニアの簡単料理、一度試してみてはいかが?













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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2008-06-02_18:10|page top

白雪姫幼稚園の発表会

今週一週間にわたって、息子の通う白雪姫幼稚園の発表会が行われた。
トランシルヴァニアのハンガリー系幼稚園に通いはじめて、もう3ヶ月になる。
クラスのルールも大分理解し、友達もたくさんできた。

この幼稚園の発表会とはいっても、日本でする出し物のようなものではなくて、子供たちの様々な特技を競争するというものだ。お話から始まって、お絵かきや工作、歌やかけっこなどの部門に分けられる。幼稚園の先生が保護者と話をして、それぞれの子供にあった部門に参加させるのだ。

息子は歌が得意なので、歌の発表会に参加した。
日本語、ハンガリー語、ルーマニア語(意味はぜんぜん分かっていないが)の三カ国語で歌は歌えるようになった。
先生は、ハンガリー語のバルショニ・イボヤチカ(ベルベットの小さなスミレ)か何か日本の歌を歌うように勧めた。すると息子は「大きな栗の木下で」を歌うといったそうだ。
どうせならもっと日本らしい歌にして欲しい・・・との思いで、「どんぐりころころ」はどうかと説得をしたが無理。やっぱりこれ。

ちなみに「ベルベットの小さなスミレ」の歌詞はこうである。

ベルベットの小さなスミレよ、
ドナウ川に飛び込んで。
二本の黄金の枝に寄りかかりなさい。
髪をとかして、体を洗って。
誰かのエプロンで体をぬぐって。

という春の風景が漂う美しいハンガリーの子供の遊び歌だ。

当日、幼稚園に着くと、先生の前でおさらいをした。風邪を引いていたので心配したが、声はちゃんと出ている。先生が「他にも何か歌いたい?」と聞いたが、息子は首を振った。
結局「大きな栗の・・・」だけを歌うことになった。

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息子のほかにも、4,5人の子供が歌を歌うらしい。
いつもよりおめかしをして、可愛らしい。いつも暴れん坊のチャナートは、セーケイの民族衣装に身を包んで歌うという。
先生も着替えさせたりで、大忙しのようす。

子供たちはペアになって手をつなぐ。
息子は、ある女の子の手をつないだ。「ママ、これがトゥンディケ(妖精ちゃん)だよ。」というので見ると、息子よりもよほど体格のよい、大きな女の子。「ほら、男の子でしょ。」と私を見る。容貌には似合わず、ちゃんと黄金色のピアスをつけているので明らかに女の子である。
息子に女の子だと訂正した。・・・こんなとき、外国語は便利である。
あまり幼稚園に来ないそうだが、息子と気が合うらしい。以前は「トゥンディケとおすもうをした。」
と話していたから・・・。

子供たちはペアから電車つなぎになって、歌を歌いながら廊下を歩いてゆく。

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やがて、歌の発表の時間が来た。
廊下を渡って別の棟にある教室に入った。その中は小さい部屋なのに、子供やら幼稚園の先生やらで一杯だった。保護者はどうやら私たちだけらしい。

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ちょうど、あるグループがルーマニア語で歌を歌うところだった。
女の子たちはおそろいのスカートをはいて、気合が入っている。

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そして、次は息子たちの出番。
かなりのギャラリーの数に圧倒されないだろうか・・・親のほうがはらはらと心配だ。
でも子供たちは皆、大きな声で落ち着いて歌を歌っていた。

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歌の発表も無事終わり、今度は外でスポーツの競争があるらしい。
子供たちの靴を履き替えさせて、一緒に外の広場に向かう。
と、30kgほどの麦を入れる大きな麻の袋にすっぽりと体を入れた子供たちが並んでいた。
名づけて「麦の袋でぴょんぴょん競争」である。
途中で転ぶ子供もいたが、この袋に入って飛ぶ子供たちの姿は可愛らしい。

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他の子供たちはベンチに座って応援。「ハイラ!(がんばれ)、男の子たち!」と手を打って
盛り上げる。

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先生は一人一人に参加したいか意見を聞いてから、人を選んでいた。
引っ込み思案の子供は、参加しないことが多いがそれでも無理強いはしない。
これは良いことだと思う。

息子はこちらにも参加した。麻の袋の端をギュッと強くつかみながら、飛ばないといけない。

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このグループにはまだ難しいらしく、転んでばかりだった。
それでも何度も起き上がり、無事ゴールに着いた。

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先生は日頃引っ込み思案な子供も参加したことに、喜んでいた。問題は勝ち負けではなく、挑戦することにある。小さな子供たちの個性を伸ばしてやること、難しいがきっとやり甲斐があるに違いない。同じことは私たち親にも言える。
これからどんどん伸びてゆく才能、そして無限の可能性・・・日々の忙しさで思わず見落としがちだが、子供をちゃんと見てあげなくてはならない。

白雪姫幼稚園の発表会も無事終わり、息子は参加賞を手に家に帰った。











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