トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

トランシルヴァニアでゴボウ・パーティ

まさかこんなところで、ゴボウが豊作になるとは思いもしなかった。
ダンナが偶然にも持ち帰った
ゴボウの種・・・
これで今年はたくさんのゴボウが実ったのだ。

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日本からの野菜の種を植えることは、賭けである。
風土も気候も違うのだから。
セロリは全くダメ。
ニラはあっという間に、花が咲いてしまった。
シソは生えてきたが、ぱりぱりの乾燥したものなので
イマイチどう使っていいのやら分からない。
(もう雑草状態・・・)

boodsz 080

その中で、意外な発育を見せたのが水菜。
そして今回のゴボウ。

もちろん友人たちもこの不思議な根っこなど見たことも食べたこともないから、
ゴボウ尽くしのパーティは大盛況。
ただゴボウをてんぷらにしただけで、喜んでもらえるのだから
楽なものだ。

本当にこの太さといい、水分の多さといい最高のゴボウ。
ゴボウの産地をかかえる宮崎においてさえ、こんな品はスーパーでもまず見かけない。

それでも、どうしてこれほどまでにゴボウがこの土地を好むのだろう?
日ごろお世話になっているWikipediaで検索してみた。

「ゴボウ(牛蒡または牛旁、学名: Arctium lappa L. )は、キク科の多年草。ユーラシア大陸原産。」
縄文時代には渡来していたはずのゴボウ・・・
それを食するようになったのは、江戸時代から。
ということは、やはりあの根っこを食べるのには抵抗があったに違いない。

「ヨーロッパなどでは初夏に若葉をサラダとして食べることもある。」
とあるが、ここトランシルヴァニアではそんな習慣はない。

「第二次世界大戦中、
捕虜に食べさせる物が無かった旧日本軍は、
ゴボウを調理して捕虜へ提供したところ、
「草の根っこを食べさせられた」と捕虜虐待の汚名を着せられた話がある。
(はだしのゲンでその描写がある。)」
・・・そんなに、ゴボウを食べるというのは、珍しいことなのだ。
普段普通に食する私たちには、不思議でたまらない。

Wikipedia の素晴らしいところは、
各国の言語に対応しているので、辞書なしでも名前が調べられること。
私もMagyar(ハンガリー語)をクリックしてみた。

そして出てきた言葉 Közönséges bojtorján・・・
この名前を読んだとたん、みなの表情が変わった。
これは、ここトランシルヴァニアでも多い雑草のひとつだったのだ。

738px-Arctium_lappa02.jpg

確かにこんな花、見たことがある。
ゴボウの花だなんて、思ってもみなかった。
こんな雑草の根っこが食べられるなんて、皆も思ってもみなかっただろう。
ゴボウがこの土地で豊作の意味もこれでやっと分かった。

来年はもっとたくさん植えて、
市場へ持っていこう・・・そんな考えもよぎる。
トランシルバニアでゴボウが食卓にあがる日もそう遠くはないかもしれない。

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comments(8)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2008-09-30_07:04|page top

トランシルヴァニアの光無月

9月に入ってからというもの、
外を眺めても毎朝、あのどんよりと重いグレーの雲しか見られない。
太陽の光は、青い空はどこに行ってしまったのだろう・・・

9月の第2週からは、
今までの通りに息子の幼稚園生活が再スタートし、
私たちの生活サイクルも回り始めた。

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全くヨーロッパの季節は、
夏と冬の2つしかないのではないかと思ってしまう。
ただし秋になって、もう一度夏が返り咲いたかのような
猛暑が続くことがある。
英語では Indian summer というそうで、
ハンガリー語では vénassyonzok nyala (ヴェーンアッソニョク ニャラ)
つまり「姥の夏」である。

ヨーロッパでは(ハンガリー文化圏だけであろうか?)
一般に老いた女性をからかうような風潮があると私は感じる。
盛りを過ぎた女性が、再びその色香を振りまく
そんなイヤな妄想が頭によぎってしまう。

今年はそんな、姥の夏もやっては来なかった。
一気に、季節は晩秋もしくは冬の初めである。
すでに私は暖かい日が来るのをあきらめ、
夏服は全てタンスにしまった。

・・・そんな突然の冬日の来襲で、
家に縮こまってしまった私を誘い出すのは、息子。
ひいおばあちゃんの村でも、一面枯れ色の野原で
なおも元気に走り回る。

szoknya 032

通りかかった馬車に乗る人たちも、
さすがに寒そうだ。
十分に着こんだ上にひざ掛けをしている。

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ひいおばあちゃんの飼い犬、イグナーツ。
犬はいいなあ、フワフワの毛皮があるから。
それでも寒いのか、普段はやっぱり小屋の中である。

szoknya 021

外でにぎやかな声が聞こえてきたので、
走って見に行く。
若い男女が楽しそうに馬車でにぎわっている。
収穫祭のお知らせのようだ。
こんな風にして、近所の村々を周って
秋のお祭りを皆に知らせるのだそうだ。

szeker.jpg

ここツォーファルバでは、いつ頃なのだろう?
ひいおばあちゃんに聞いてみたところ、
ブドウが熟する頃だと言う。
庭のブドウを見てみたが、
後もう少しといったところか。

szoknya 058

この光の失われた日常だからこそ、
家の中の明かりが暖かく感じられ、
村のお祭りもそれだけ楽しくなるのだろう。

収穫祭が早く来ないだろうか、待ち遠しい。


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Theme:ルーマニア
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comments(0)|trackback(0)|自然、動物|2008-09-28_06:15|page top

ラッキーな日

(いつものように)思いがけずドボイで一泊を過ごしてしまったが、
それでも幸運な出来事が訪れた。

ひとつには、その日の朝に昔ブダペスト時代で交流した友人が訪れるとの知らせである。
2002年の秋から約二年間、ブダペストの大学に通っていた。
偶然にも私の住まいの近くにあった芸術アカデミーに通うバルニと、バルニの友人レヴィとも会うようになった。バルニは彫刻、レヴィは絵画を志した。
レヴィもトランシルヴァニアの出身である。だが彼はハンガリーで成功し、そこに残った。

ハンガリーから車を走らせてきた、レヴィは清潔感のある真っ白な服装のように、そのままの雰囲気9だった。
まさに苦学時代の彼とは違う、心の晴れ晴れとしたすがすがしさが漂っていた。
私たちを見ると、驚きと喜びが表情に浮かんだ。

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芸術家としての成功は嬉しいが、それと同時にトランシルヴァニア人ではなくなること・・・
それは、寂しいことだ。
一時間ほどで帰ってしまった後、「何だか、彼変わったよね。」というダンナに、皆が同調した。
バルニは、「レヴィがハンガリーに残るとは思いもしなかった。」といった。

トランシルヴァニアで、ハンガリー系住民はどんどん減っている。
90年代以降、職を求めて隣国ハンガリーへと人が流れていった。
一時的に生活をする人、ずっとそこに残る人・・・さまざまだ。
それでも、人々の精神性を支える芸術家を失ってしまうことは大きい。
久々の再会という快い喜びと共に、一種の寂しさが残った。

そして、もうひとつのラッキーなことはジプシーのおばさんが運んできてくれた。
部屋から出てくると、ジプシーのおばさんが赤ちゃんを抱いてやってきた。
友人に親しそうに話しかけ、「この子は、今日遠くへ行ってしまうのよ。」と自慢の孫をを見せる。
そして、風呂敷をベンチの上で解いた。
その中からは、刺しゅうや織りのきらびやかな品々。

私は思わず、「きれい!」と叫んで手にとってみたり、写真に撮ったり。
多分これは売りに来たのだろうと感じたが、もし高い値で買えなかったとしても、せめて写真だけは撮っておこうと思った。

すると、ダンナが手招きをする。
「バルニの商談を邪魔するな。」
ああ、やっぱりそういうことか。
こちら側があまりに興味を向けると、高く値を吹っかけられる。

私は了解して、戻った。
バルニは、コーヒーを勧めていた。
その可愛いお孫ちゃんと写真を撮るように勧め、なるべく会話をその品に向けないようにした。
(これがポイント。品にはあまり興味のないそぶり、そして好感を持たせること。)
ジプシーの赤ん坊はあまり見ることがないが、やっぱり赤ちゃんは可愛い。
この子も明日は、ハンガリーへと連れて行かれるそうだ。

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そして世間話をして時間をとっていると、その品のことを聞いてきた。
バルニは、「買うとしたら、これかな。」と赤い手織りのじゅうたんを広げた。
「ちょっと、ここが破けているようだけれど。」
(これがポイント。マイナス点を見つけて同意させる)

すかさずおばさん、「これは、ちょっと縫うだけよ。」と返す。

バルニがどうやら他には興味がなさそうだったので、私もよく観察。
刺しゅうの品は、どうやら民俗衣装の袖の部分。
どうして切り取られたのか・・・残念だ。
二種類あったが、植物模様の刺しゅうとスパンコール、ビーズで飾られたものを選んだ。
「これ素敵だけど、袖だけで残念。」と私も弱点を付く。
「民俗衣装は買ったことあるけれど、袖だけはよく値段が分からない。」

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おばさんは写真の恩もあるから、これでいいと安い値段で決着。
そして、民俗衣装の帯も購入。

この素晴らしい手仕事はどこから来たのだろうと尋ねると、おばさんも首をひねる。
モルドヴァ地方のどこかの村の知人から、譲ってもらったそうだ。
ジプシーは手仕事はしないので、ルーマニア人のものだ。

どこの誰かが、手間隙かけて作った刺しゅうや織り。
それがこんな村まで行き着いて、私たちの手元に届いた。
不思議なモノとの縁を感じる。

あの赤いじゅうたんはきっと、部屋の内装に大切に使われるはずだ。
そして、私はこの刺しゅうと帯を大切にかばんにしまいこみ、家へと持ち帰った。
素敵な縁に感謝しながら。


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*今回購入したフォークアートの品々は、こちらICIRI・PICIRIの小さな窓でより詳しくご紹介しています。

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comments(4)|trackback(0)|その他|2008-09-24_05:42|page top

ドボイ村の人々

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その日は、友人バルニを手伝うためドボイに向かった。
木の根の力で、地下室の壁に穴があいてしまったらしい。
このままだと家が傾く・・・ということで、
地下室の壁をコンクリートで埋める作業だ。

私には用のない仕事なので、
今日はご飯たきに専念する。
かまどで火をおこし、とうもろこしを茹でていると、
「窓の外にフワフワと浮かんでいるものが・・・

外に出てみると、すぐにその正体が分かった。
綿毛だ。
タンポポのそれよりも、はるかに大きなパラシュート。
秋の始めに、なんともメルヘンチックな光景。

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ハンガリーの民俗音楽を聴きながら、
柄にもなく上機嫌で料理にいそしむ。
息子も、リズムを口ずさんでいる様子。
バルニの部屋は、まさにアートの展示室だから
内装やオブジェを見ていると飽きることもない。
私たちもいずれ家ができたら、このような素敵な住空間を作りたいものだ。

こちらは細かい彫りのされている洗濯板。
実用的なだけでなく、
昔はこれを愛する女性に贈ったものだったようなので、
シンボリックな形が刻み込まれている。

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トランシルヴァニア、特に北向きの村ドボイでは、野菜や果実の実りも遅くなる。
庭に植えてあるトマトは、9月のはじめでもまだ緑色のまま。
まだ青いトマトの子供たちが、
最後の夏の太陽をいっぱいに浴びて日光浴中。

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木から落ちたリンゴは、もう赤く色づいていた。
これは秋リンゴと呼ばれるもの。
夏、秋、冬と3つの季節を通してさまざまな種類のリンゴが食べられる。
冬には大切なビタミン源となる。

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疲れた労働者たちを呼んで、昼食をとった後、
いつものように息子は昼寝の時間。

やがて昼寝から目覚めると、もう日は傾きかけている。
ダンナが呼ぶので、門を出てお向かいさんの家へと入った。
すると、ワインやビールなどを出して何かのお祝いのようだ。
ダンナと私は、写真を撮るようにと頼まれた。

驚くことには、今までケンカ中だった隣同士が
仲むつまじそうにおしゃべりをして、笑いあっていることだ。
昔は良い付き合いをしていたのに、とあることで揉め事になり、
行き来もしていなかったらしい。
意外に、村でこういうことは珍しくないと言う。

「もうすぐ、おばさんのお誕生日だからね。」
ああ、そういうことでパーティなのかとやっと合点した。
そして仲良く記念撮影。
何と、私がシャッターを切ると、家のご主人とおばさんがキスをし始めた。
こんなこと、冗談でもできない・・・やっぱりヨーロッパ人は情熱的にできているのだろう。

doboly5.jpg

「夜になったら、また来るよ。」とお隣の夫妻は帰っていった。
そしてお隣さんが帰ると、おばさんはすぐに「あの人たちの言うことは信用しちゃダメよ。」と耳打ちをした。・・・もう何がなんだか、よく分からない。

私たちは、この外に出されたテーブルで語り合い・・・というより話を聞き、
やがて外の色もオレンジ色を浴びてきた。
息子は、近所の友だちジョンビを見つけて表へ出て行った。

本の5,6年前では考えられないようなことだが、
今ではありとあらゆる贅沢を子供にするような家庭が多いそうだ。
そのひとつがこれ。
ミニ4輪というのか、普通のガソリンで走る車。
時々馬車が通るだけで、めったに車も通らない
村の静かな通りを、6歳の子供の運転するミニ・カーが音を立てて走る。
ダンナはものすごく顔をしかめる。

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やがて村も薄暗い闇に包まれ、
夕食のしたくも厳かに始まった。
茹でたジャガイモの皮をむいて薄く切ったものに、たまねぎ、サラダ油、酢、塩コショウを加えてサラダを作った。
男性たちは、外で肉を焼いていた。

テーブルのそばには、豆電球が灯される。
不思議と、生暖かい空気が流れてくる。
聞こえてくるのは、鳥の声。
不思議な高い声で鳴く鳥は、何かと思ったらふくろうのようだ。
隣人たちの語らいの中にあっても、不思議と耳を奪われてしまう。
心配されたクマも、こんなに大勢の人のそばには寄ってくるまい。

まだ家も建てていないのに、隣人に呼ばれるとは思わなかった。
ドボイの夏の終わりの食事会。
不思議な縁で、この小さな村で隣人となったのだから、これからも良い関係でいられるようにしたい。
ドボイの夜は静かに更けていった。


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comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2008-09-23_05:42|page top

カボチャいろいろ

トランシルヴァニアの秋の味覚の中でも、
私のお気に入りはカボチャである。
その味も形も実にさまざま・・・

こちらは夏の終わりに畑で収穫されたカボチャ。
スイカ並の大きさでいかにも美味しそうだか、
食用ではなく、ブタのえさになると言う。

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VIrageknal 023

夏の終わりから収穫できる、
「煮カボチャ」は細長くて、中は水分が多い。
カボチャというよりもま、むしろ冬瓜のようだ。
摩り下ろして、クリームソースにしたり、
スライスしててんぷらにすると美味しい。

これよりももっと美味しいのは、「焼きカボチャ」。
平べったくて大きい。
切ると、中はオレンジ色。
スライスしたものをオーブンに入れて焼くと、
外はぱりぱりで中はホカホカ。
クリとサツマイモの中間といったところか。
野菜とは思えないほどの甘さで、
ヘタなお菓子よりもずっと美味しい。

息子に食べさせるのを楽しみにしているのだが、
もう少し待たなくてはいけない。

市場で見かけた、可愛いカボチャ。
お正月の飾り餅のよう。
これは、「飾りカボチャ」と呼ばれていて、
その名の通りただの飾りだ。

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ひいおばあちゃんの村で収穫された、飼料用のかぼちゃ。
気が付くと、何物かの手でこんないたずらがされていた。

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このカボチャ君。
夜になると、うっすらと明るい光をともしだす。
だんだんと夜が長く、寒さの厳しくなる時期に
こんな夜の守り神がいると、なんだか心がほっと暖まるようだ。

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トランシルヴァニアの秋は、あちらにもこちらにも。

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comments(8)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2008-09-22_23:16|page top

プルーン団子を作ろう

最近知り合いになった友人から、
「土曜日の夜に、プルーン団子を作りに来ない。」とお誘いが来た。

プルーン団子・・・
何週間か前のこと、ダンナが村で収穫した黄色いプルーンで作ってくれた事があった。
粉砂糖をいっぱいにかぶった丸いもの。
これを口に入れると、
中からブヨブヨとしたすっぱい果実が出てくる。
その酸っぱさといったら・・・

結局、息子も私も表面の皮の部分だけをつまみ、
中の黄色い実は捨てた。
なんだか物足りない夕食、という思いだけが残った。

そんな第一印象だったから、プルーン団子ときいて
私は思わず返事に窮した。
「酸っぱいプルーンじゃなかったら、いいけど・・・」
とだけ返事を返した。

そして土曜日の晩。
言われたとおりに、私たちはジャガイモだけを持ってきた。
なぜジャガイモかというと、小麦粉の代わりに生地に入れるからである。

ジャガイモを鍋にかけていると、ホストのチャバが聞いてきた。
「生地に何を入れるか知ってる?」
勿論、知らないと答えた。
日本食なら知らないと多少は恥ずかしいが、
こちらの料理なら知らなくても胸を張っていえるのが、外国人主婦の強みだ。

そんなときに、救世主が現れた。
バルニは任せとけといった感じで、ジャガイモをつぶしたものに卵、小麦粉、水、油を入れて練り始めた。

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その手つきといったら、まるでパン生地でも作るかのよう。
以前ダンナがやっていたのとは大違い。
何でも、おばあちゃん仕込みのようだ。

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そして十分に練った後は、生地を棒で伸ばす。

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均等な薄い生地ができたら、今度はプルーンを生地でくるむ。
これなら私たちも・・・と思って手伝う。

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一番手前のものが、息子作。

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プルーンには、色々な種類があるらしい。
前に私たちが食べたのは、丸くて黄色く酸っぱいもの。水っぽい。
市場で売っているものは、細長く紺に近い青色のもの。乾いた感じ。
ここにはもう1つ、色は同じで、形は巨峰のような丸いものもあった。やや水っぽい。

どれが一番適しているか・・と言えば、
あの細長くて乾いたものである。
その訳は、この後判明する。

形ができたら、お湯のお風呂にドボン。
上に浮かんできたら、出来上がり。
上からパン粉とお砂糖を炒ったものを振りかけて・・・出来上がり。

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待ちきれなくて、味見をする人も。

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私もひとつ食べてみた。
薄い皮を破って、熱々のプルーンが出てくる。
やっぱりブヨブヨ・・・というよりもドロッとした感じだ。
なぜ、プルーンが入るべきなのかよく分からない。
そのまま食べたほうが美味しいのに・・・
息子も同感のようで、やはり外の生地だけを食べていた。

私は持参のジャスミンティーを作ったのだが、
男性諸君はセーケイ地方の名物クミン酒がよいそうで、
わざわざお鍋にクミンを入れて作りはじめた。
「要る?」と聞かれたが結婚式の教訓があるので勿論お断りした。

全て出揃ったので、皆でテーブルを囲むことに。
真新しいテーブルクロスをしいて、お祝いの席のようだ。
そして、プルーン団子を食べ始める・・

ところが、この食べ物はお祝いの席には失敗だ。
あの大きな丸いものを口に入れると、赤紫の液体が飛び出した。
あの丸いプルーンのせいである。
お皿の中はもちろん、まっさらなテーブルクロスにも赤いものがにじむ。
まさに、テーブルの上の大惨事。

細長いプルーンの方が、中がしまっていて甘みがある。
そして、何より中が液体状にならないのが良い。

楽しい会話は尽きなかったが、このプルーン団子には閉口した。
今度は、中にプルーンでなくてチーズを入れよう。

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comments(8)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2008-09-12_23:09|page top

おうちへ帰ろう

あのヒツジの放牧をしていた場所へと再び向かった。
今度は子供たちを連れて、遠足気分だ。
町外れのセメリアという小さな村を通る。
村のとある庭でも、ほら。干草の山の合間から、羊たちの姿が。

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ここから野原へ入るというときに、遠くのほうに犬の姿がちらっと見えた。
「犬がいる。どうする?」と近所の子供、ロビも怯えたような様子。
ヒツジの猟犬は、羊たちを守るためには手段を選ばない。
人間だってかみ殺すように、仕込まれている。

しかし、ここは町のすぐ横。
お決まりの遠足コースだから、頻繁に人が行き来するはずだ。
私は、念のために手にパンをひとつかみして前へ進んだ。

犬は、一度はこちらの方へ走ってきたが、すぐに引き返して行ってしまった。
ほっと一安心して、今度は小川のほうへと下っていく。

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小川に沿って歩いていくと、突然に真っ白い馬が目の前に見えた。
息子は馬よりも、池の中のカエルのほうが気になる様子。

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トランシルヴァニアで好きなのは、このヒツジの放牧のためにできる丘である。
草は大きくならないので、木がぽつんとなだらかな斜面にひとり立っている。
陽がそろそろ傾いてきた様子で、木の陰が斜めに背伸びをしていた。

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すると、谷のほうから羊の群れが姿を現した。
と思うと、どんどん丘を上がって上のほうへと進んでゆく。
朝の時とは違って、今度は先へ急いでいるかのようだ。
その様子は麦色の空に浮かぶ、うす茶色の雲さながら。

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その姿に見とれていると、丘の中へとどんどん埋没していってしまう。
カラカラという鈴の音も気がつくと、消えていた。

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夏ももう終わりなので、日の沈むのも早くなった。
丘の向こうのほうでは、子供たちが先ほどの犬と仲良くしている。
やっぱり、怖がることはなかったのだ。

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太陽の光がなくなると、すぐに肌寒くなる。
私たちは木の下で休憩をして、バスケットに入れてきたサンドイッチを食べ始めた。
「ほら、見て!」というほうを見やると、丘の上からまっすぐ私たちのほうへと走ってくる馬・・・
と思ったら、子馬のところへと駆けつけようとしているようだ。

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少しずつ暗くなる景色を眺めていると、今度は向こう側の丘のほうから鈴の音が聞こえてきた。
ちょうど、牛たちが遠足から帰ってくるところだった。
丘が見る見るうちに牛の群れで埋めつくされる、その景色は圧巻。
ひと塊になって行動するヒツジとは違って、牛はバラバラにそれぞれのペースでゆったりと歩いている。
夕闇の中に、前だけを見ながら進む牛の群れを見ていたら、ふと家に帰りたくなった。
子供時代に、遊びに夢中で家に帰るのをつい忘れてしまったような気分。

それで子供たちを促して、私たちも枯葉色の丘を下っていった。

帰りには私は、子供たちが摘んでくれた庭のお花を持って、
子供たちは、丘で見つけたチョウの幼虫を持って家へと向かった。

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そして鮮やかな夕焼け。

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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2008-09-10_09:22|page top

ヒツジ使いとの出会い

一番トランシルヴァニアらしい風景は何かと聞かれたら、私は迷わずヒツジ使いと羊の群れだと答えるだろう。そして背景に、あのなだらかな丘があったら言うことはない。
そんな風景は、ここセントジュルジの町のはずれにもある。

市民の憩いの場所である森の方角に、レゲルー(放牧をさせるところ)と呼ばれる小高い丘がある。
私のお気に入りの場所のひとつである。

以前そこで、一人の羊使いに出会った。
目の前にあるのは、青い空に緑の丘、そしてヒツジの薄茶色だけである。
静かに草をはむ音と、時折カラカラと低くなる鈴の音・・・
ゆっくりと遠ざかってゆく、そのフワフワの毛並を見ていると不思議と心が休まる。

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そんな風景に見とれていると、ふと遠くのほうに人の姿があることに気がついた。

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その人物のほうへと近づいてゆく。
私は写真を撮りに来たことを告げた。
そして話してみて驚いた。
そのヒツジ使いはおじさんではなくて、女性。おばさんなのだ。

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頭は丸刈りで、服装はごく質素である。
もちろんお化粧などしていない。
肌は、一日中外にさらされるから、もちろん浅黒い。

「朝は日が昇る前から、そして夜は日が沈んだ後までずっとここにいるのよ。」と話す。
ヒツジ使いはもっとも過酷な職業のひとつ。
まさか女性まで、そんな仕事をしているとは・・・

「もちろん、私だって怖いと思うことはあるのよ。
一人っきりで、小屋で眠るときなんて、いつオオカミがやってくるかわからない。
それだけじゃなくて、今は物騒な世の中だから・・・。」

それは当然だろう。
ここは町の近くだから、それほど危険な動物にあうリスクは少ないかもしれない。
が現に、この近くでもクマやオオカミによる被害は起こっているのだから。

「昔から、こんな仕事をしていたわけじゃない。
 以前働いていた職場で、神経の病気にかかってしまって・・・
 もうこれ以上、働けなくなってしまったから。
 自然を相手にする、今の仕事を3年前から始めたの。」

町に住んでいた人が、一日中、ヒツジを相手に仕事をするなんて大変だろう。
ヒツジ使いは、肉体的な苦痛はもちろんのこと、精神的にも、ずっと一人でいるという孤独と闘わなければならないのだから。

「ヒツジの番なんて、簡単だろうって言うけれど。
 もしも、誰かが一日だけでも私の代わりを務めることができたなら、
 私は喜んでお給料を全部あげるわ。
 この前は40度近くの熱があったけれど、それでも朝早くおきて、ヒツジたちを小屋から出さなくてはならなかった。一日だって、休むことはできないのよ。」
 
一日も休むことなく、同じことを繰り返ししなければならない。
それがいかに大変なことか。
ただ空ばかり見てのんびり草に寝そべる・・・というナイーブなイメージとはうらはらに、実際は責任のある仕事なのだ。

「やっと、羊たちが私に慣れてくれた。
 ここまでくるのは、大変だったのよ。
 でも、もう今は誰が何と言おうとも、私はこの子たちを置いていったりはしない。」

そう話すヒツジ使いの表情は、女性や男性を超えた神々しいものに見えた。
女性としての道楽を一切捨て去り、動物の中で生活することを選んだ女性。
ご主人様はいるそうだが、なるで修道女のように私には見える。

ヒツジ使いは、よくイエス・キリストにたとえられる。
彼を頼って群がる信者が、羊たち。
だからヒツジ使いは、絶対にヒツジを置いて逃げてはならない。
ヒツジとヒツジ使いとの信頼によってのみ、この仕事が成り立つのだろう。

今、私がこうしている間、彼女は今どこにいるのだろう。
そう気になってならない。



トランシルバニアをあなたの心に・・・
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comments(2)|trackback(0)|文化、習慣|2008-09-10_07:13|page top

ノミの猛攻

8月に入って、息子の体に不思議なブツブツが現れだした。
すぐに病院に駆けつけるのも何だし、
かかりつけの先生を変えようと思っていた頃だったから、なおさらいくのが億劫だった。

その赤いブツブツはお腹を中心にできていて、真ん中に小さな傷がついている。息子も痒いらしく、夜中に目を覚まして泣く始末。

それで医者に連れて行ったところ、
優しい女性の小児科医が以下のように告げた。

 「犬やネコを触りましたか?
 可哀想にノミを拾ってきたのね・・・朝起きてからシーツの上をよく見てみてください。
 洋服は脱いだらすぐに、煮沸させること。
 そしてお風呂には3,4日入らないでくださいね。
 この塗り薬が浸透しないといけないから。」

当然のことながら、一緒に生活する私にもそのとばっちりはやってきた。
このノミというもののかゆみは、蚊とは違って、すぐには消えない。
そして悪いことに、蚊なら体をガードしていれば防げるが、ノミは衣服の中に潜んでいるので防ぎようがないのである。
塗り薬もかゆみを抑える効果はないらしく、夜も寝苦しい。

そこで、私たちはその日からしばらく風呂を絶って、塗り薬を塗って生活をした。
難しいのは、息子が薬を嫌がることである。
息子の体は、真っ白い塗り薬で不思議な模様が描かれている。

そして、朝起きるとすぐにシーツの上を見るが、それらしいものは見えない。
どうやら小さくて黒く、かなりすばしっこい奴のようだ。

一度パソコンをしていてふと、腰の辺りに何かを感じたので手にとって見た。
ありの様な大きさの黒いものだったので、とっさにノミだとは信じられなかった。
その瞬間、すぐに黒いものは私の手から飛び去ってしまった。
次には、絶対に逃すものかと思った。

そして、煮沸と言う意味もよく分からない。
「なべに入れて、煮るという事?」とダンナに聞くと、「バスタブでお湯につければいいんじゃない。」という返事。
隣で寝ているはずのだんなには、そう被害がないのが不思議でならない。

それでお湯につけて、洋服やシーツを動かす。
しばらくすると・・・なにやら小さな黒いものが1つ2つ浮かんできた。
よく見れば、小さな手足もあるようで気持ち悪い。

その努力の甲斐もあり、私たちの体にも古い刺し傷だけが見られるようになった。
小さな赤いかさぶたが、腰やお腹周りにあった。
もうそれほど痒くもない。

そして、昨日またドボイに行ってきたのだが・・・・
一人で店に向かう途中、小さなクロネコを見かけた。
まだ生まれたばかりの様子で、片手に乗りそうなほどの大きさである。
余りに可愛かったので、なでてみると、今度はひざに乗ってきた。
なんてかわいいのだろう・・・

すると、通りをやってきたおじさんがそれを見て「それにはノミがいるよ。」とすかさず忠告。
さっと立ち上がり、子猫はひざからひらりと飛び降りた。

その日は、息子と村のベッドで寝たのだが・・・
またしても私たちの体には、真新しい赤い刺し跡がついていた。

もうしばらくは、動物は触らない。
そう心に決めている。

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comments(14)|trackback(0)|その他|2008-09-08_01:11|page top

花ちゃん、誕生

友人に赤ちゃんが誕生したのは、8月のはじめ。
自分の子供のときは、はじめの一ヶ月が果てしなく長く感じられた。
それなのに人の子供の場合は、もうこんなに大きくなって・・・と思うのが不思議だ。

私たちは一度、病院で赤ちゃんと対面したのだが、今回はそれ以来はじめて。
友人のペーテルが車で来てくれたので、プレゼントの揺りかごを乗せて村まで直行した。

ペーテルはダンナの高校時代の同級生。
今はその母校で、彫刻を教えている。
今学期を最後に、産休に入ったそうだ。

ここトランシルヴァニアでも、女性の産休は珍しくはないが男性が取るというのは初耳だ。
ちょうどその日に役所で手続きを取ったそうだが、そこでもかなり驚かれたらしい。
それでも、こんな素晴らしい制度があるのだから利用しない手はない。
二年間、産休手当てをもらえるというから、うらやましい話だ。

彼らの家に来たのは、3月以来だから様子もすっかり変っている。
あの時は全てが冬色一色だったが、今は緑で満ち溢れている。
こちらはショムといって、グミに似ている果実。
赤くていかにも美味しそうだが、酸味が強くてこのままでは食べにくい。
家の主は、使わないと言うので、ダンナがジャムにすると張り切って、収穫を始めた。

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最近、木を見ると無性に上りたくなる傾向があるらしい・・・

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ペーテル作の、彫刻も庭に飾ってある。
キノコ雲を想わせるような形だが、暖かみがある。

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そして、彼らの新居も様子が変った。
ダンナとバルニが応援に駆けつけて、今年の春に柵を取り付けたからだ。
ハート型の模様がかわいい。

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そして、初めて顔をあわせる家族はもうひとり。
ビルマネコの、ゴンボーツ(団子)ちゃん。
なぜこんなヘンテコな名前がついたのか知らないが、美しくて絵になるネコ。
グレーの涼しげな瞳、そしてフワフワとした銀色に輝く毛並み。
しばし、赤ちゃんのことを忘れてネコに夢中になる。

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肝心の主役、ヴィラーグ(花)ちゃんはただいまお休み中。
ベランダに腰掛けて、しばらくおしゃべりをしていると・・・・
可愛らしい、か弱げな泣き声が時折聞こえてきた。
男の子と女の子では、こうも違うのか。
息子のときの激しい泣き方とは大違いである。

そろりと忍び足で、寝室を覗かせてもらう。
部屋の端に、深いブルーのベッドに小さな体が見えた。
生まれたばかりの赤ちゃんの神聖な雰囲気が漂っている。
私のプレゼントしたブランケットに包まって、安らかに寝息をたてていた。

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しばらくして授乳の時間が来たので、カティが部屋に入ってきた。
息子も興味津々で赤ちゃんを見つめる。
「ほら、ヴィラーグに歌を歌ってあげて。」と促したので、幼稚園で習った歌を奏で始めた。

「ヴィラーグたちの家で、明かり(ヴィラーグ)がともっている。
 もうカエルを揚げちゃった・・・・」

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そして、おっぱいを飲む赤ちゃんを熱心に見ているので、何かを思い出すのかと思ったら・・・
「どうして、黒いの?」と不思議そうに胸を指差した。
お腹を子供に宿した時から授乳している間、なぜか胸が黒ずむ。
意外な質問に、私たちはただ苦笑をするばかり・・・

赤ちゃんをまじまじと眺める。
白い小枝の様な細く長い指に、まるでサクラ貝のように透明なピンク色の爪がのぞいている。
そして、あの小さな足。
フワフワと柔らかくて、土を踏むには余りにも美しすぎる。
何から何まで、こんなにきれい。
まさに天からの授かりもの。

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やがて、ヴィラーグの目が開いた。
深く澄んだ青色の瞳に、きりっと上がった目じり。
父親のそれを想わせる。

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私も当時は、生まれたばかりの息子の顔を穴が開くほど眺めたものだ。
母親以上に、生まれたばかりの子供の顔を細部までよく知っているものはいないと思う。
思わず時を忘れてしまうほど。
カティが子供を見つめるその姿を見て、そんなことを思い出す。

次に会うときには、どんな驚きを与えてくれるだろう。
子供の成長はあっという間だ。
だから一瞬一瞬を目の奥に刻みこむようにしないといけない。

帰りの駅で見かけた、ホップ。
夏の終わりに珍しい、新芽の緑。

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花ちゃんのお部屋の写真はこちら
カティの素敵なハンドメイド作品、満載です♪

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comments(3)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2008-09-06_04:59|page top

ジプシー居住区

日曜日の昼ごろに、息子を連れて親戚の家へと向かった。
そこはセントジュルジの町のはずれにあるのだが、多分この町の中で一番刺激的な場所だと言ってもいいだろう。

町から森のほうへと向かう、高台の地区は高級住宅地となっている。
ほんの数年前までは、ただの野原であったのが開拓が進んでしまった。
そこから、何本目かの通りにダンナのおばさんたち家族が住んでいる。

その通りの奥のほうへ進むと、閑静な住宅街から一変する。
急にアスファルトの道路は姿を消し、馬車が行きかい、たくさんの子供たちが外で遊んでいる。
・・・まさに生活の匂いが漂うといった感じ。
ここはもう、ジプシー地区の入り口だからである。

門の前で呼び鈴を押すと、すぐにガビカか出てきた。
今年で小学2年生になる女の子。
正確にはダンナのふたいとこに当たるのだが、大樹の遊び友達と言っていい。
「ここで外を見ていたら、バラージュちゃんたちの姿が見えた。」と話す。
門のそばの木の下で、よく外を見ているらしい。

私が親ならば、一緒に外の子供たちと遊んだら・・・と言いたいところだが、やっぱりジプシーの人たちは習慣や常識といったものが違うから、あまり親は子供と遊ばせたがらないものだ。
この辺りには、他に遊び相手がいないのでいつも一人でいるようだ。

私もその特等席にたって、外の様子をうかがってみた。
ちょうど木の陰に当たるから、こちらからは見えるが外からは見えない。
覗き見をするのに絶好のポジションだ。
通りでは絶えず人が行きかい、馬や牛、ブタなどの家畜もたまにうろうろしていたりして、いつまで見ていても飽きることがない。
写真を取りに表に出ようと誘ってみた。

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ちょうど来るときに、家の柵にはじゅうたんがいっぱいに干されていた。
一般にジプシーと言うと、盗みを働く、清潔を好まない、大騒ぎがすき、子沢山・・・などの余りよくないイメージが付きまとう。
だがこんな風にじゅうたんを洗っている姿を見ていると、家の中は清潔なのだろう。
若いお嬢さんがゴシゴシと熱心に洗っている。通りには、水道もあるようだ

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かわいい馬屋も発見。

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私が写真を撮っていると、「おい、俺たちも撮ってくれよ。」と頼まれる。
またしても・・・昔、放浪写真家というのがいて、村々で写真を撮って生活をしていたそうだ。

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「俺の家の馬と一緒に撮ってくれ。」と言われ、さすがに家の中までは・・・と躊躇したが、中に入って写真を撮った。

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これ以上頼まれても困るので、早々に引き上げる。
ガビカの家は一軒家なので、庭には果物の木があり、ヒツジやブタ、ニワトリなどの家畜もすんでいる。町にいながらにして、村のような生活。
木登りもお手のもの。

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これは何でしょう?

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・・・答えはプルーン。プルーンといっても、種類によって形や味もさまざま。
古くなった梅のようだが、食べてみるとまるで砂糖漬けのように甘い。
今まで食べた中で、断然に一番美味しい!

もう洋ナシもこんなに大きくなった。

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ちょっと笑えたのは、これ。
・・・失礼。

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息子が昼寝をしてから、今度は森に散歩に出かける。

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町のはずれには、もっと驚くべき光景が。
崩れかけた家が立ち並び、裸で走り回る子供たち・・・
かなり興味を引かれたが、このメンバーでいくのはちょっと危険なのでやめた。
本当に、これがルーマニア、ヨーロッパなのだろうか?

森では花を摘んだり、松ぼっくりを拾ったりした。
ちょうど町が一望できるところまでやってきた。
もう日はオレンジ色を帯びている。

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夕方になると、通りはさらに活気を帯びてきた。
老いも若きもみんなが、通りの道端に出てきている。
ある家の門からは、たくさんの子供たちが出てきた。
中には裸ん坊もいたりして、かわいい。

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写真を撮っていると、お母さんが出てきて
「もう中に入りなさい!
どうせ新聞かなんかに載せるんでしょう。
私たちに(写真を)くれるものか。」と少々怒り気味。

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それにしても、大きく裕福な家に一人っきりで住んでいる人が、小さな家で子供がいっぱいのジプシー一家よりも幸せだなんて誰がそういえるだろう。
何メートルと隔てない場所に、こんな風に全く対照的な生活が繰り広げられている。

彼らジプシーたちの生活も今後、どんどん変っていくだろう。
それもヨーロッパという道を選んだ、ルーマニアの運命である。
こうした、別の価値感をもった人たちの個性がどんどん失われてしまうのではないか。
そう思うと、残念でならない。








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comments(4)|trackback(0)|ジプシー文化|2008-09-04_22:05|page top