トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

カテゴリー

FC2カウンター

カレンダー(月別)

12 ≪│2009/01│≫ 02
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

これまで書いた記事は・・・

全タイトルを表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Feed Me!

トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

壊れやすく、役に立たないものたち(ガラス工芸展)

トランシルヴァニアの1月の終わり。
もうここ何日も雪がすっかりとおりから姿を消してしまった。
不思議と、あたたかな日が続いている。

その日は、幼稚園の遠足で博物館へ。
私は幼稚園の先生+カメラマンになった気分で、
子供たちの引率を引き受けた。
子供たちは仲良く手をつないで、
おしゃべりをしながら先生の後を続く。

muzeum 004

雪解けのあとで光りかがやく、
石畳の坂道を下る。、

muzeum 005

100年以上つづく古いタバコ工場を
横に見て、まだまだ続く道。

muzeum 008

左手には、悲劇の英雄ドージャ・ジュルジの像が。
義賊で人々に慕われていたが、
最後には鉄の冠をかぶせられて最後を迎えた。

muzeum 011

緑のとんがり屋根が見えてきたら、
もうセーケイ博物館に到着。
30分の道のりも、まだまだ子供たちは元気そう。

01.jpg

博物館の庭には、
セーケイの門と呼ばれるこの地方独特の門が展示されている。
「私たちのご先祖様が作ったの?」と子供たちも興味津々。

muzeum 016

上にはハトの小屋が見られるこの門は、
セーケイと呼ばれるこの地の人々の大切なアイデンティティー。
太陽に月、そして星のモチーフが刻まれている。

112.jpg

さあ、100歳の古い扉を開けて中へ。

03.jpg

特別展のタイトルは、
「壊れやすく、役に立たないものたち」という面白いタイトル。
謙虚なユーモアだろうか。
13人の子供たちのことを思うと、
先生も私たちも少しハラハラしてしまう。

muzeum 073

手作りのフェルトのクッションをひとつ選んで、
展示室の中へ。
どれにしようか迷うくらいに、可愛い。

muzeum 056

幼稚園と同じように、
クッションを引いて円になって座る。
アットホームな雰囲気がいい。

muzeum 034

この町から30kmほど離れた村、
ビクサードで20世紀はじめまで
世界でも最先端のガラス工場があった。
トランシルヴァニア(当時のハンガリー)のエミール・ガレ、
ショバーンカ・イシュトバーンの作品を集めた展示である。
日常のガラス製品から芸術品まで、
小規模ながらも面白い展示。

muzeum 039

この穴の開いたビンは何でしょう?
夏の必需品。
なんと、ハエ捕りビンだそう。

muzeum 047

独特の深い色彩で、
ガラスの中に封じ込められた
世紀末の花や白鳥たち。
ショバーンカの作品は万国博覧会でも、
いくつもの賞を得ていた。
この伝統が残らなかったのが、とても残念である。

143.jpg

ショバーンカはガラスだけでなく、
あらゆる芸術に通じていたという。
今の技術では考えられない、立派な木彫りの家具。

44.jpg

油絵も描いていた。
このテーマもユニークで、
ろう話者の会話の様子。
普通は目に見ることのできない会話を描く・・・
面白い発想。

hanahana 043

晩年には、自らこどもの玩具を作っていたという。
ほとんどは写真だけが残っているのが残念。
黒く光った馬は、
あまりのすべらかさに金属かと思ったら、
木製のようだ。

hanahana 034

ここで展示鑑賞はおしまい。
今度はショバーンカの考案した玩具で、
遊びの時間。(博物館で復元したものである)
カタカタと、はしごをすべり降りる人形。

muzeum 059

ショバーンカの作品を基にした、ぬり絵やパズル。

muzeum 071

くるくる回るピエロ。
子供の心をひきつけるのは
案外こんなシンプルな玩具なのかもしれない。
ショバーンカは、未来の子供たちが
こんな風に彼の玩具で遊ぶことを想像していただろうか。
きっと天国で微笑んで見ているに違いない。

muzeum 070

壊れやすく、役に立たないものたち。
そんなはかないものに、全生涯を注いで
数々の美しいものたちを作り出した前世紀の人たち。
今を生きる私たちに、
欠けていることなのかもしれない。



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

スポンサーサイト

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|文化、習慣|2009-01-31_00:14|page top

民俗舞踊の時間

息子が町の白雪姫幼稚園に通い始めて、
もうすぐ一年になる。

幼稚園では、毎週水曜日に民俗舞踊の時間がある。
もともと、私たちの住む地域は
特別に少数であるハンガリー系がまとまって
住んでいた地域であるから、
こういった伝統行事には根強い人気があるようだ。

外から招かれる講師は、
踊りを教える女性とヴァイオリン弾きのおじさん。
私が教室に入ると同時に、
高く歌うヴァイオリンの音色と
イルディコー先生の声が響いていた。
輪になって踊る子どもたち。

tanchaz 027

もちろん民俗舞踊とはいっても、
まだまだ幼稚園児だから半分は遊びのようなもの。
それでも小さい頃から、
フォークロアのリズムに親しむというのは
大切なことだと思う。

tanchaz 035

ゲルグーに、先生が何かを差し出した。
ここでは食べるときのしぐさ。
生活の動きを踊りにしているようす。

12.jpg

今度は、男女ペアになってダンス。
ハンガリーの民俗舞踊では、こうしたカップルダンスが多い。
目が回るほど、絶えずぐるぐると回っている感じだ。

08.jpg

男の子は、手でひざやすねを打ってリズムを取る。
そして女の子は、その間ぐるぐると回って踊る。

1122.jpg

今度は女の子と男の子に分かれて、
遊びが始まった。
「 男の子、男の子、
  パンツは穴だらけ!」
聞いてみると、何だか悪口の言い合いのようす。

21.jpg

ヨーロッパでは、クリスマスお正月の後につづく行事が謝肉祭。
しばらくお肉を絶つ時期なので、
その前に大騒ぎをしようというのだ。
一昔前なら、こんな男女の可愛いけんかの様子も
村で見られたそうだ。

数の上では負けてしまう男の子たち・・・
ヴァイオリンのおじさんも、けしかける。
「 女の子、女の子、
  地面の上にいる魔女たちだ!」

tanchaz 067

「 あんたの大きな頭は、
  まるでキャベツみたい!」とくれば、

tanchaz 073

「 あんたの大きな口は、
  煙突の入り口みたい!」と返ってくる。

tanchaz 076

名前についての悪口も出てくる。
「 レベカ、針金の上で腰(デレカ)が行く。」
「 アーダーム、背中の上に犬が座ってる。」
「 エメシェ、目すら(セメシェ)よく似合っていないよ。」
「 シャーンドル、パンの皮で踊ってる(ターンツォル)。」
幸いにも、この名前の子どもたちはいなかった。

tanchaz 080

あまりのたくさんの面白い悪口に、
思わず吹き出してしまう子どもたち。

tanchaz 079

20.jpg

冬の寒く夜が長い時期に、
こんな風にして楽しめる昔の風習が懐かしい。
こんなジョークも、日本の幼稚園なら
人権の損害になってしまうのだろうか。

今度は真ん中にカエルが座って、
その周りを輪になって踊る、「土の中のカエル」という遊び。
「かもめかもめ」を想わせて、ふと懐かしくなった。

tanchaz 119

円の中にいた子どもたちが、
一人相手を選ぶ。
そして決めた回数だけ、ジャンプ。

tanchaz 104

今度は外側の子どもが中に入る。

tanchaz 106

「 ほら、もうこの子は一度カエルになったでしょう。」と
手を引っ張られる息子。
飛んだりはねたりで、子どもたちは嬉しそう。

tanchaz 111

最後は、教室が舞踏会になったような賑やかさ。
のびのびとダンスを楽しむ子どもたち。

tanchaz 130

ふと音楽が止む。
この間だけは水がうったような静けさ。
子どもたちの表情まで、石みたいにすっかり固まってしまう。

18.jpg

やがて、また音楽が鳴り出すと
生き生きと踊り始める。
音楽が止まなければ、いつまでもいつまでも回り続けて
しまうのではないかと思うくらい・・・。

15.jpg

冬の寒く閉ざされた世界の中で、
このようにのびのびと体を動かすことの出来る時間は
大切である。
まだまだ続くトランシルヴァニアの冬。
太陽の下で元気に走りまわる日までは
もうしばらくかかりそうだ。


トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ



Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(7)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2009-01-24_16:56|page top

「働く女性たち」-社会主義時代の女性雑誌

古い雑誌の整理をしていた時のこと、
こんなものを見つけてしまった。

「働く女性たち」。
いかにも社会主義っぽい雰囲気のタイトル。
その表紙には、
かのチャウセスク大統領と、
その妻のエレナ・チャウセスク夫人とが描かれている。

6743.jpg

8765.jpg

表紙をめくると、
またチャウセスク大統領の写真。
うすい雑誌の、4ページはすべて政治欄。
つまりチャウセスク大統領の偉大さを称えるもの。

kotes es himzes 020

当時を象徴する近代的な建物と、働く女性たちの写真。

kotes es himzes 021

日本ではみることのできない、
社会主義時代の彫刻作品。
ハンガリーには、彫刻公園という名の
社会主義時代の彫刻を集めた公園があるという。
ルーマニアでは残念ながら、
広場や通りにあったモニュメントは姿を消してしまった。

kotes es himzes 022

それから、フォークロアの舞台。
当時は、こうしたフォークロア的なものがプロパガンダとして
使われていたようだ。
民俗学者であった亡き義父も、
そうしたイベントを主催していたと言う。
だから東欧諸国では西欧諸国に比べると、
フォークロアなるものがより色濃く残っているのかもしれない。

kotes es himzes 023

広告はたったこれだけ。
最新式の洗濯機のコマーシャル。

84666.jpg

やっと最後になって、女性雑誌らしくなってきた。
当時の流行ファッションとハンドメイドに関する記事。

kotes es himzes 025

この雑誌の刊行は、1989年の八月号。
・・・ということは、かの有名な革命の起こる半年前。
12月には、ティミショアラから端を発した反乱が
あっという間にルーマニア国内を揺るがし、
ブカレストで最後の演説をしていたチャウセスク大統領と妻を
処刑することによって、社会主義時代の幕は閉じた。

その直前の11月号も手元にあるが、
まったく崩壊前を予感させないような内容である。

こんな女性雑誌にまで植えつけられようとした社会主義。
この雑誌も、そんな歴史の証人である。

面白いのは現代の女性雑誌と比べると、
薄いながらも、その内容は、政治から社会、芸術、文学、手芸、料理、ファッション・・・と
驚くほどに幅が広い。
この部分においては、
当時の女性雑誌を見習うべきではないかと思う。

・チャウセスク大統領の最後の演説→
雑誌の顔とは大違いで、力なく演説をする
老人のチャウセスク大統領の姿に驚かされる。

・ルーマニアを代表するチョコレート「ROM」のコマーシャル→
こんなところにまでチャウセスクの顔が使われるなんて、お見事!



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|文化、習慣|2009-01-20_23:25|page top

おやすみの唄

ハンガリー人なら誰だって知っている、
ある有名な詩をひとつご紹介したい。
ハンガリー語学科の一回生のときに、
学校の課題で翻訳したこともある。

そのときは、
まさか自分の子どもが主人公と同じ名前になるとは
夢にも思わなかった。
バラージュ、ハンガリー人の中では比較的多い名前。
その名前が有名になったのも、
この「おやすみの唄」のせいかもしれない・・・

バラージュのところを、
子どもさんのお名前にして
ぜひ聞かせてあげてください。


ヨージェフ・アッティラ 「おやすみの唄」  訳 Tulipan

お空は青い瞳を閉じて、
お家はたくさんの瞳を閉じてしまった。
お布団の下では、原っぱが眠っているよ。
いい子でおやすみ、小さなバラージュ。

足に頭をのせて、
ムシも、ミツバチも眠っているよ。
そのブンブンいう羽音もいっしょに眠っている。
いい子でおやすみ、小さなバラージュ。

ちんちん電車も眠っているよ。
ガタガタという音がまどろみながら、
夢の中でほんの少しだけチンと鳴らして。
いい子でおやすみ、小さなバラージュ。

いすにかかった上着も眠っているよ。
その裂け目も、うとうとしているから、
今夜はもう、これ以上さけてしまわないよ・・・
いい子でおやすみ、小さなバラージュ。

ボールだって居眠りをしているよ。
笛に森、そして遠足だって。
おいしいアメだって眠っている。
いい子でおやすみ、小さなバラージュ。

どんな遠くへだって、
ビー玉をつかむように、すぐに行けるんだ。
巨人になれるんだ。
その小さな目をちょっと閉じるだけでね。
いい子でおやすみ、小さなバラージュ。

消防士さんにだって、兵隊さんにだってなれるんだ!
悪い猛獣を退治するヒツジ使いにだってね。
ほらごらん、お母さんだって眠ってしまったよ・・・
いい子でおやすみ、小さなバラージュ。


1.jpg




トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ






Theme:東欧
Genre:海外情報

comments(1)|trackback(0)|文化、習慣|2009-01-17_23:07|page top

トランシルヴァニアに家を建てる(11)

村に土地を買ったのは、2006年の夏。
やがて2008年の夏に、家の建設を始めた。
ほとんどを自分たちの手でする、
手作りの家。
家の設計から、基礎、組み立て、内装・・・

「ドボイの村は、もう舗装されているよ。」とラツィおじさんが言うので、
半信半疑で聞いていた。
10月に行ったときにはもちろん、そんな様子はなかったし、
冬に道路工事をするとは思えない。

とある晴れた日曜日に、ドボイの村へと向かった。
10月の中旬に、私と息子は里帰りをしたので、
ドボイの家を訪ねるのはもう約3ヶ月ぶり。

青い空と、なだらかな白い丘との境界がはっきりと見えた。
夏なら緑に覆われて、一目では見つけられない村も
裸の木々の間にさらされている。

63333.jpg

そして肝心の道路のほうも・・・
確かに真新しい、セメントの色が、
主要道路から村へと続く細い道へと続いていた。
「 ほら、言ったとおりだろう!」とラツィおじさんも得意げ。
ただ舗装道路は、まだ村の手前で終わっていた。

それから先は、いつもの砂利道。
雪に覆われて真っ白の道を、ひたすら上へと登っていく。
タイヤが滑らないか、ハラハラとするが
無事、家の前へとやってきた。

doboly 025

村全体が山の北向きの斜面に、寄り添うようにしてできているため、
まだ雪が驚くほどたくさん残っている。
雪の影に青く照らされている庭、
いかにも寒そうな家・・・・

有り合わせで作ったような、
ぎこちないはしごを上って二階へ。

doboly 026

中は、当然真っ暗。
通りに面して、窓がひとつだけ開かれている。
ここは私たちの寝室になる予定。

doboly 027

それにしても、この屋根の高さはどうも落ち着かない・・・
私のように、身の丈が普通のものですら感じるのだから、
長身の男が入ってくるのは、危険である。
「 どうしてこんなに屋根が低いの?」と私が非難の目を向けると、
「 お金があればもっと屋根を高くしてたけど・・・。
  背が高い人は、入ってこなければいいよ。」という返事。
のこぎりで、あの木の柱を少し削れないものか・・・・。

珍しそうに辺りをきょろきょろしていると、
窓が取り付けられた。
窓ってこんなに簡単に取り付けられるものか、と感心する。
もちろん、防寒のための雨戸もついている。

57788.jpg

見晴らしはこんな感じ。
イロンカおばあちゃんの家を見下ろす感じだ。
村で一番大きいクルミの木の向こうには、
「美しい畑」と呼ばれる平野が広がっている。

doboly 028

夏に葉が茂ってきたら、
緑が直ぐ目の前に飛び込んでくるだろう・・・・
などと想像していたら、
まだ内装も出来ていない屋根裏部屋はさすがに寒い。
手や足の先が凍るようだ。
見ると、屋根の下のほうには10cmほどの隙間が開いている。

ダンナが、屋根裏の掃除を始めたので
手伝っていたが、あまりの寒さに退散。
友人のバルニの家にいさせてもらう。

冬の間は、小さなキッチンとベッドの部屋だけを使うようだ。
薪で暖められた部屋は、寒い体をもみほぐしてくれるよう。
しばらくは動くことも出来ずに、
ただ温かさをかみ締める。

昼ごはんができたのでダンナを呼びに行くと、
今度は庭で木材の上の雪を払っていた。
雪解けで木材が湿らないように、
ビニールをかける。
そんな作業で、気がつくと昼も過ぎていた。

あたたかいスープを飲み、
いろりであたたまった後は散歩へ出かける。
隣のヤーノシュおじさんのところでお借りしたソリを持って、
さあ出発。

doboly 040

念のためバルニは飼い犬のトービヤーシュの鎖をはずした。
さすがに今の季節には、クマやオオカミは出てこないだろう・・・
家のはずれはもう森の入り口。
このように一日、太陽の光は差さなかった。
もう日没も近いようだ。

1566.jpg

登り坂をソリはのろのろと走る。

doboly 044

やがて松林の中に入り、

doboly 065

森の中へ。
小道に敷き詰められた雪のためか、
裸の木々のせいか、思ったよりも明るい。
村人が森から木を運ぶために、
馬車の通った跡がはっきりと見られる。
森の木を切ることは、もちろん不法であるが・・・

doboly 063

やがて森の中から一転して、
さっと目の前が開けた。
青から赤へと移り変わる空の色。
日没前後のほんのひと時の美しい色で、
山の谷あいは包まれていた。

466667.jpg

その色の正体をもっとよく見てみたい。
思わず足取りも速くなる。

こんなに有難い太陽の光を避けるようにして、
どうしてドボイの先祖たちは
あんな山の陰に身を隠したのだろう。
聞けば、
「 ドボイは1240年あたりに、今の場所に移ったんだ。
 それまでは、そこの谷間に集落を作っていたのが、
 タタール(今のモンゴル人)の襲来にあって、逃げざるを得なかった。」とバルニ。

右のほうに見える山を、「バルカーニュの穴」と呼ぶそうだ。
そこを通って、タタール族がやってきたといわれる。
さまざまな民族の脅威にさらされながら、
太陽に背を向けて生き永らえてきた
ドボイのご先祖たち。

オレンジ色のあたたかな光に包まれていると、
はるか昔へと想いも飛んでいくようだ。

123455.jpg

02844.jpg

この急な斜面をソリは、どこまでも下っていきそうだ。

533333.jpg

だが意外にも、途中の雪で何度も止まってしまい、
スリル満点・・・とはいかなかった。
長く日が照ったために、
雪は半分とけかかって、下のほうは氷になっている。

doboly 052

夏には、アザミの様な赤い花をつけていたのが、
カラカラに乾燥してしまった。

doboly 054
何かのオブジェのよう。

doboly 055

やがて、辺りが暗くなってきた。
今度は山の北側へと、引き返していく。

8385.jpg

バルニの部屋であたたまっていると、
突然お客が訪ねてきた。
ソリを返しにいったら、隣のヤーノシュおじさんたちが遊びに来るといったらしい。
新年の挨拶を交わす。
エルジケおばさんは、
「あーら、どうして私のところへ来なかったのよ!
待っていたのに!」とその大きな体で
私を思いっきり抱き寄せた。

バスの時間が迫っていたので、
また直ぐに出発。
「 泊っていきなさい。」とのみなの誘いを必死で断って、
村の坂道を下っていく。
村は、寒さの中で身を寄せ合うようにして
ひとつだった。
ドボイを去るときは、いつも後ろ髪引かれるような思いになる。

バスに揺られていると、
オレンジ色の月が鮮やかに輝いていた。
それは、先ほど山の上で見たばかりの
あのオレンジ色の平野を思い出させた。



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(10)|trackback(0)|村に家を建てる|2009-01-16_19:14|page top

アールコシュ村の動物園へ

アールコシュは、セントジュルジから6kmのところにある村。
その村に住むダンナの古い友人から招かれた。
まだ正月気分の抜けない日曜日、
すべてが真っ白の雪景色の中をバスは走った。

その日は特別寒かった。
私も着るものには細心の注意を払った。
スキーズボンに登山靴、
ぶかぶかの毛糸のセーターに、
ペンギンのようなフードつきのロングコート。
こんな寒さの中では、見かけなど二の次。
誰に笑われてもかまわない。

遠くから大男が、「 おーい!」と叫ぶ。
友人のゾリは、この地方ではちょっとした有名人。
一緒に家に向かって、ソリを出して散歩に出かける。

アールコシュ村の中心には、
要塞教会がそびえたつ。
中世に建てられたもので、
戦闘に使われた穴が
生々しくその跡を残している。
曇り空に、白い壁が寒々しい。

arkos 034

「 ポニーを見に行こう。」と言うので、
ゾリの引くソリについていく。
息子が手にしているのは、長さ50cmほどの巨大なツララ。

arkos 031

遠くから馬車が近づいてきた。
その馬車の後ろからは、ソリがついて来る。
ここでは、ソリも立派な交通手段となっているようだ。

arkos 033

やがて小さな通りを曲がると、
可愛い子馬たちが見えてきた。
その短くて太い脚、
丸くて大きな瞳、
まるで絹のように美しいたてがみ・・・
何から何まで、まるでお人形のよう。

36989.jpg

呼ぶと、近くまで寄ってきた。
こんなに可愛い馬なら、私もほしい。

1653.jpg

ちなみにお値段を聞いてみると・・・
普通のポニーは1000ユーロ(約25万円)、
こちらの特別ふさふさの綺麗なポニーは
2000ユーロ(約50万円)だそうだ。
凄い値段・・・
これなら、中古の車を買ったほうが良さそうだ。

arkos 028

今度は、近くの子供の家へと向かう。
とある大きなお屋敷の前で待っていると、
子供たちがソリに乗ってやってきた。
ギュウギュウ詰めで、座っている子供たち。

arkos 044

やがて、大きな石につまづいてなだれ落ちる。
それでも泣くどころか、大喜びする子供たち。

arkos 046

今度は作戦変更で、
息子はダンナが、子供たちはゾリが引いていく。
2mもの大男と、ソリに乗る子供たち。

arkos 051

今度は坂道。
「 みんな、しっかりつかまって!」

arkos 055

それから、目的の動物を見に行く。
農場のようなところに、
たくさんの牛たちが静かに草を食んでいた。
これは世界でも珍しい種の牛で、
「ハンガリーの灰色牛」と呼ばれるそうだ。
ハンガリーから運ばれてきたらしい。

arkos 059

大きな角がトレードマーク。
その優しげな瞳をした動物たちは、
たくさんの来訪者に怯えているようにも見える。

arkos 080

そして、これからが本番。
二重格子の檻の中に、
なにやら危険そうな動物。
立ち入り禁止と書いてあるのに、
ゾリは平気で中へ入っていく。

arkos 061

なかなか出てこない主に、
そこ辺りに転がっていた乾いたパンを投げつけると・・・
奥からのっしのっしと黒い体が近づいてきた。
子供たちも、これには怯えた様子。

06544.jpg

私たちの目の前で、二頭のクマが静かにパンを食べている。
さすがに大きい。
私たちも無言で、このクマたちの動作を見守るばかり。

arkos 070

フワフワの毛に包まれて、
確かに一見可愛い動物のようにも見える。
ただその小さく、光る瞳と目が合ったとたん、
背筋がヒヤリと凍りつくような感覚に襲われる。

arkos 073

この檻をはさんででも恐ろしいのに、
森で出会ったときは最後。
きっと足がすくんでしまうに違いない。
このクマたちは、この辺りの森で猟師に捕獲されて
連れてこられたようだ。

長く尖ったツメ。
そしてこのクマの手の平のウラが、最高に美味だとか。
もちろん、今はクマを殺すことは禁じられている。

2677.jpg

さて、動物の見学が終わったところで
アールコシュのシンボルともいえるお屋敷へと向かった。
並木道を2台のソリが走っていく。

arkos 086

やがて見えてきた立派なお屋敷。
19世紀はこの辺りには、このような貴族の屋敷がたくさんあった。
社会主義の台頭によって、
貴族文化を象徴する建物は消えていった。
聞くところによると、かのチャウセスク大統領も
このお屋敷を使っていたとか。
今はコンサートや展示会に使われている。
宿泊も出来るということだ。

arkos 088

お屋敷の横には、ロマンチックな池がある。
もはやこの寒さでは、スケートリンクと化していた。
子供たちの乗ったソリも氷の池を滑りまわる。

arkos 091

5700.jpg

私も恐る恐る、白く濁った池に足を踏み入れた。
カチカチに凍っていた。
しばらくの間、氷上の散歩を楽しんだ。

arkos 093

子供たちに比べると、
私たち大人はきっと
冬の楽しみをその半分も満喫していないだろう。
季節季節に応じた楽しみを見つけること、
その点にかけて子供たちは天才的だと思う。

皆さまもアールコシュの自然動物園、
天然スケート場へと遊びにいらっしゃいませんか?



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2009-01-12_17:23|page top

豚肉の活用法

昨年の終わりに
ブタの解体の見学をした(→)、その後のこと。
友人の家では、
運ばれてきた新鮮な豚肉を加工、
保存作業がすでに始まっていた。

今朝まで生きていたあのブタが、
こんな見事な豚肉に。
この地では、フレッケンと呼ばれる
ポークステーキが何よりのご馳走。

84366.jpg

挽きたてのひき肉。
色も粘りも抜群。
5kgはあるだろうか・・・

kezdi 045

各家庭に一台はある、挽き器。
他には、くるみやケシの実も挽くことが出来る。

kezdi 050

なんだか、珍しいブタの部分。
豚足だろうか。
こちらでは、コチョニャといって
ブタのゼラチンで固めたゼリー状の前菜にする。
その濁ったゼリーの中に、
ブタの皮や肉がにんにくと一緒に固まっている。
ちょっと私は苦手な料理。

kezdi 049

スープの仕込だろうか。
部屋中が美味しそうなにおいで包まれる。

9646.jpg

これは何だか分りますか?

03355555.jpg

ブタのお腹の辺りにある、皮だとか。
ベールのように透明で、ツヤツヤした皮。
これを下にひいてから、
先ほどのひき肉をかぶせる。

kezdi 039

それから、珍味といわれる
のどの辺りの肉をのせて、

kezdi 040

くるりと巻く。

kezdi 043

その後は、オーブンで焼くそうだ。
これを、「クリスマスの肉」と呼ぶ。
ブタの解体は、だいたいクリスマスの辺りにするからだろう。

kezdi 051

今度は、豚肉の平らな部分に
塩、コショウ、パプリカの粉をふって巻く。

3675.jpg

それから麻ひもを取り出して、
こんな風にしっかりと縛る。

kezdi 058

こんなに長くなった。
これを茹でたら、自家製ハムの出来上がり。

kezdi 059

腕によりを振るった豚肉の保存食を作ってくださったのは、
友人ゾリのお母さん。
この後は、新鮮な豚肉のステーキを頂いた。

ブタの解体の素晴らしいところは、
ブタのあらゆる部分を使うこと、
そしてその部分に応じた調理方法で食べることだ。

冬が長く、厳しいトランシルヴァニア地方では、
この豚肉の食文化が深く息づいている。
祖先から伝わる、生きていくための大切な知恵。
これからも大切にしていかなければならない。



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2009-01-10_19:59|page top

氷の世界 

先週の日曜日の朝の風景。
部屋は24時間暖房がついているはずなのに、
その日、目をさめると
もう外気の冷たさが伝わってくるようだった。

今年一番の冷え込み、
40kmほど離れたボッザフォルドゥローではマイナス30度との知らせ。
そして黒海沿いの町コンスタンツァでは、プラス3度・・・
緯度はそう変わらないのに、
山間部と海岸沿いでは天と地との差。

もちろん私の住む地方も山間の地方。
恐らくマイナス20度はあるだろう。

窓には一面、氷の絵もようが・・・・

これはまるで美しい鳥の羽根のよう。
なんてやわらかく軽やかな曲線。

08755.jpg

氷の噴水。
周りには、ダイヤモンドの粒が輝いている。

075.jpg

見たこともないような不思議な植物。
点々・・と節がついているのが、不思議。

0541.jpg

氷の羽根がダンスをしているところ。
素敵な音楽が聴こえてきそう。

029455.jpg

いったい誰がこんな素敵ないたずらをしたのだろう。
眠っている間に天使たちがやってきて、
絵を描いたかのようだ。

そして、こんなのも見つけてしまった。

0975.jpg

氷点下20度の世界、いかがでしたか?



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ



Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(12)|trackback(0)|自然、動物|2009-01-08_11:33|page top

エテルカおばあちゃんを訪ねて

アーラパタクへ手芸のおばあさんを訪ねたのは、
今年の夏のこと(→)。
初めに下見を兼ねて訪ねてから、
雑誌「ホーム・スウィート・クラフト」のための写真を二度とりに行った。

おばあちゃんの体調の不具合は知っていたから、
なるべく早く出来上がった雑誌を渡しに行きたいと思っていた。
里帰りからかえって12月の初め、
私たちはアーラパタク行きのバスへと乗り込んだ。

バスが山間の道に入っていくと、
すべてが真っ白な雪で包まれていた。
たっぷりと雪をかぶったモミの木や
可愛らしい民家の並ぶようすは、
おとぎの国さながら。

00998.jpg

やがてバスはアーラパタクの中心で止まった。
通りを行きかうのは、ほとんどがジプシーの姿。

nap 182

夏に写真撮影をしに行ったある日のこと。
門を開けて入ると、
庭でぐったりといすに座った
エテルカおばあちゃんの姿がまだ目に焼きついている。
もう83歳のご高齢だから、無理もない。
お元気でいらっしゃるように、
と祈るような思いで門をたたいた。

すると、エテルカおばあちゃん本人が現れた。
「 あの、夏に写真を撮りに来た日本人の・・・」と言うと、
「 まあ、どうぞ中へいらっしゃい。」という返事。

nap 149

毛糸の服をモコモコに着込んだおばあちゃんは、
夏にお会いしたときよりも、ずっとお元気そう。
日本から送られてきた雑誌を手渡した。

3つの居間と、キッチンがあるが、
冬にはひとつの部屋だけを暖める。
私たちが通されたのは、奥の方の部屋だ。
エテルカおばあちゃんの弟さんの、ゾルティおじさんも。
近くに住んでいらして、毎日通っていらっしゃるそうだ。
おじいさんは私たちにワインを勧め、一緒に乾杯をした。

nap 175

おじさんは若いときは地理の先生で、
若い頃にはモルドヴァ地方のチャーンゴーと呼ばれる
ハンガリーを話す村で、
最後のハンガリー語教師をしていたという。
50年代のことだったが、
それ以来は、ハンガリー語教育はなくなってしまった。

当時は村の教師だから給料は少なかったが、
村の人たちの好意で、お肉や野菜や卵、さらにはお酒まで・・・
なんでも必要なものは持ってきてくれたという。
「 水の中の魚のように、快適だったよ。」とおじいさんは笑って語る。

それからハンガリー語の学校が閉鎖されてからは、
この村で校長先生をしていた
エテルカおばあちゃんの同僚となったという。

nap 151

「 私たちが子供の頃にね、
 この村と隣村の境が、ハンガリーとルーマニアの国境となったんだ。
 当時は、セントジュルジの学校に通っていたから、
 故郷の家に帰るには、山の抜け道を行くしかなかった。
 国境には、見張りがいたからね。」とおじいさん。

第一次大戦で敗戦国となったハンガリーは、トランシルヴァニアを失った。
やがてナチズムの台頭とともに、その失った領土を取り戻した
わずか10年ほどの期間。
第二次大戦前のことである。

ある日突然、自分の故郷が外国になってしまう。
ほとんど私たちには、想像もできないような出来事だ。

このように歴史に翻弄されたこの村には、
国に誇る素晴らしい手仕事があった。
エテルカおばあちゃんは教員の傍ら、
この土地の手芸を研究して、女性たちに教えていたそうだ。

壁掛けは美しいばかりでなく、
冷たい壁をあたたかくするのにも役立っている。
モミの葉のモチーフが、クロスステッチで表現される。

nap 155

教会でも、このように刺しゅうされたブックカバーが見られる。
賛美歌か聖書が包まれているのだろう。

 nap 161

花びんとお花のモチーフは、中世に起源を発するもの。
フォークアートでよく見られるモチーフ。

nap 160

ルーリンツ家のネコは、美しい織物の上でいかにも気持ち良さそう。

nap 157

1982年に、息子さん2人が絵付けをした家具。
セーケイ地方では、このような花模様の家具が多く見られる。
たんすそのものは、おそらく100年くらい経っているだろう。

nap 153

ホーローの可愛いコップも、家具にぴったりと合っている。

nap 150

おばあさんにお願いして、
他の部屋も見せてもらうことにした。
春のイースターが来ると、
女性が男性客に渡すイースターエッグ。
細い針で描くのだが、おばあちゃんはこの絵付けの名人でもある。
中央の大きいのはダチョウの卵。

nap 171

おばあちゃんが見せてくれたのは、
タペストリーの端に見られるマクラメの図案集。
針で複雑なもようを編んでいくそうだ。

nap 166

私たちの住むこの地域は、セーケイ地方と呼ばれる。
そのセーケイの民俗衣装を着て踊る男女の姿。
結婚式の習慣がテーマになっている。
ちなみにこのカーテンは、ガーゼのように薄い素材を
手織りで作られたものだ。
高度なテクニックには、目を見張るばかり。

nap 170

こちらがおばあちゃんの玄関。
いつでもお客様をあたたかく迎える、手仕事の数々。

nap 178

春にまた再会を約束して、お別れをする。
帰りがけに、「 今度は電話をしてから来ますね、おばあちゃん。」と告げた。
「 私は、日本人の・・ですよ。」と念を押して言う私に、
青い瞳を丸くして、エテルカおばあちゃんはこう言った。
「 まあ、あなた日本人だったの?
 なんて、可愛い!」
もうすっかり、私のことを忘れてしまったようだ。
エテルカおばあちゃん、いつまでもお元気でいて欲しい。

nap 179

私たちは、まだ雪の残る道を引き返していった。
春が待ち遠しい。

nap 180


トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(16)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2009-01-05_16:58|page top

トランシルヴァニア、雪の中のお正月

前の晩に飲んだシャンパンが効いて、
私は直ぐに息子の隣で眠りについた。

朝のあたたかな光に顔を照らされて、目が覚める。
すぐ横には、この家の赤ちゃんのために飾られた
素敵なクリスマスツリー。

0284.jpg

トランシルヴァニアでは、クリスマスツリーを水の洗礼の日まで
飾っておくそうだ。新年でもまだまだクリスマスの名残がある。

窓の外は雪景色。
9時過ぎても、まだまだ太陽は上ってきたばかり。

ICIIPICRIRI12 310

窓の外には、ペルシャネコのゴンボーツ(団子)のすがた。
銀色のフワフワした毛並みに、青い瞳の美しいネコ。
あたたかい部屋の中に入りたそうにしている。
それにしても、この名前は・・・・。

ICIIPICRIRI12 325

夜中遅くまで話をしていた男性たちも目を覚まして、
いつしか皆で円になって話が始まる。

02455.jpg

朝食を食べた後は、散歩に出ることに決まった。
家の主人、ペーテルとカティの赤ちゃん、
ヴィラーグ(花)ちゃんの身支度も始まる。
小さな小さなその足に、息子はそっと手をのせた。

ICIIPICRIRI12 312

赤ちゃんの部屋の温度は25度、
そして屋外の気温は-10度以下だから、
これでもかというほど洋服を着せて、モコモコになる。

ウールの上下を着せたあと、

ICIIPICRIRI12 327

ピンクのおしゃれなスカーフを首に巻かせて、

ICIIPICRIRI12 329

赤いスキースーツの中に赤ちゃんを入れ込んだら、
帽子と布団もかぶせる。
ほら、暖かそうでしょう。

ICIIPICRIRI12 331

息子は待ちきれず、いち早く外へ。

07843.jpg

赤ちゃんと子供を入れて10人で、
新年のお散歩が始まる。

ICIIPICRIRI12 334

ううすらと霞のかかった雪山をバックに、
馬車に乗った村の人たちに遭遇。
「 ボルドグ ウーイ エーヴェト!(明けまして、おめでとう。)」の声が行きかう。

0535798.jpg

突然大きな声が聞こえたほうを見ると、
大変おじさんが馬車に引きずられ連れて行かれる・・・
酔っ払いのようだ。

06300.jpg



やがてある民家の前で止まった。
ここでソリを借りる約束をしているということ。
ベルを鳴らすが返事がない。
「来たのが早すぎたのかな・・・」
「いや、遅すぎたのかもね。」などと話しながら待っていると、
家の主人がソリに乗って到着。

085379.jpg

すごい・・・ソリは交通手段なのかもしれない。
南国出身の私は、ソリなんて子供の遊びだと思っていた。
大の大人がこんな風に喜んでソリで滑っている姿は、
可愛らしくて微笑ましい。

息子にもお呼びがかかった。
去年ソリ遊びをして凍えた経験がたたったのか、
しばらくためらっていたが、

08526.jpg

やがて乗り込んで出発。

05379.jpg

体重が90kgもある巨大なペーテルのせいか、
ソリは物凄いスピードで坂道を急降下。
見ている私のほうが、はらはらとする。

053799.jpg

やがて戻ってくると、今度はソリの面白さに夢中になったようだ。
ほとんど独占状態。
ゾリと一緒に。

03855.jpg

今度はパパといっしょに。
下るのはいいが、上りは大変そう。

085432.jpg

家のご主人に招かれて、中に入る。
凍えた体を、薪ストーブのきいた部屋が暖めてくれる。
キッチンでは、ワインが温められて
よい香りと蒸気が立ち上っていた。

0374.jpg

そして皆のコップに、あつあつの赤ワインが注がれる。
甘くてブドウジュースのようだ。
でも調子に乗って飲むと大変なことに・・・
いつも不思議なのが・・・
熱いものをグラスに注ぐことである。

027855.jpg

息子はもちろんジュースで乾杯。

037656.jpg

飲んで体が温まったところで、家に帰る。
まだ遊び足りない5人だけは、村はずれの森へと向かって、

08655.jpg

スケート場になった小川を渡ったり、

035656.jpg

でこぼこ道を駆け上って、

025555600.jpg

もうここは村はずれ。
山間の斜面にやってきた。
葉の落ちた木々の影が、雪の大地に横たわる。

037555.jpg

今度はビニール袋で、激しいソリ遊びが始まった。
ダンナはお尻を激打して、痛さに呻いていた。
見ると、大きな石。
それでもなお、ソリ遊びをやめない。

0385.jpg

ザラーンの森で見つけた雪の花。
木にたくさんなっていた、フワフワとした綿毛。

03866.jpg

遊びつかれて帰る私たちの前には、
もう暮れかかった太陽の光。
そしてウシを引いて家に帰る村のおじいさんの姿。

02755.jpg

ルーマニアでは夏の日没が9半ごろ、
冬は4時ごろだから夏と冬がいかに違うかが
分っていただけるだろう。

これからは一日一日と日が長くなり、
春に少しずつ近づいていく。
冬の短い一日。
それをどう過ごすかは、その人次第。


トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ

*ペーテルとカティの素敵な作品の数々は、ICIRI・PICIRIの小さな窓
 でご覧いただけます。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|文化、習慣|2009-01-04_16:20|page top

トランシルヴァニアの大みそか

大みそかというと、私にはトラウマがある。

ヨーロッパで迎えた大みそかは、それまで3回。
中でも、2003年を目前とした時期に
ホームシックにかかってしまった。
ちょうど大学時代、
苦痛な試験を目前としていたせいかもしれない。
または、懐かしい日本の友人たちとクリスマスを過ごした後で、
日本が恋しくなっていたせいかもしれない。

20代中ごろのの男女の集まってのパーティといえば
聞こえがいいが、
ひっそりとした村の民家で、会話も大して盛り上がらずに
ただ食べてばかり・・・

そしてルーマニアでも1、2を争う寒冷地でもあった。
村の幼稚園を兼ねた小さな家は
簡易の薪ストーブだったから、
寒さで夜中に何度も目が覚めた。
特に、朝目覚めたときの寒さといったら・・・

そういうわけで、大みそかのパーティというものには
あまり期待はしていなかった。

31日の日暮れ前に、友人ペーテルの迎えで
ザラーンに向かった。
大人5人と子供、そして大量の荷物がのった車は
心なしか重く感じられた。
曇った窓ガラスから見える景色は、真っ白。
明るい空に、もう三日月が輝いていた。

山の斜面を登って、友人宅に到着。
中に入ると、すでにテーブルの上には
たくさんの料理や飲み物が準備されていた。
私たちも、包みを解く。

その頃はもう5時を過ぎていた。
日本では、もう除夜の鐘が鳴り響いた後だろう。

あのときの静かさとは違って、
今回は子供たちがいるせいか、
家庭的なゆったりとした雰囲気だった。

ふと外に出ようとした友人に続いて、
息子も行くと言い出した。
あたたかい空気に慣れてしまった私も、
コートを羽織って、その後に続いた。

表に飛び出すと、
しっとりと冷たい空気が体を包む。
寒いのはほんの最初だけで、
すぐに慣れてしまう。

足元をキュッキュッと鳴らして、ティメアが言った。
「 この雪の感触が好きなのよ。」
彼女の生まれ故郷の村は、
世界遺産に登録された教会がある美しいところだ。
まるで隠れ家のように、四方を丘に囲まれた谷あいの村。
きっと雪に親しんでいたのだろう。

ふと見上げると空一杯の星たち。
私の吐く白い息が
その星空を包んだかと思うと、
ゆっくりと暗闇の中に解けていった。

星空と真っ白な雪で、暗闇も気にならない。
それなのに息子は、家の方へと私を引っ張る。

ティメアが、雪をつかんで
そばに来ていた犬にかけた。
キラキラと雪が舞うと、息子は大喜び。
今度は、フワフワした
銀色の毛並みのネコにかける。

冷たい空気を一杯に吸った後、
あたたかい室内に入った時の感覚の気持ちよさ。
冷たくなった手が少しずつふやけていく。
そして顔の辺りが熱くなってくる。

やがて赤ちゃんのベッドの脇で、
息子も眠りについた。

12時が近づくと、表へ繰り出す。
目指すのは、教会の鐘つき台。
つるつるとすべる氷の道をゆっくりと歩んで、
教会の白い壁の前までやってきた。
ペーテルはシャンパンを抱え、
皆はガラスのコップをコートに忍ばせて。

鐘つき台の木のはしごを
用心しながらゆっくり伝って上る。

ICIIPICRIRI12 301

ペンライトのわずかな光を頼りに、
2階まで上がりきると、
やがて甲高い鐘の音が鳴り響いた。
ちょうど3階に鐘があるようだ。
頭の上からカーンと、物凄い音の振動が伝わってきた。

ICIIPICRIRI12 303

「 もう0時?」と言うと、
0時を迎える前にも鐘を鳴らすのだという返事。
普段は一人で鳴らすそうだが、
新年は2人で縄の両端を持って下に引っ張る。
だから、こんなに激しい音がするのだ。

上には、もうこれ以上は入れないようだ。
そして0時が間近になると、
「 どうする、下に行く?」
「 こんなときに急いだら、一年間がせわしくなるかも。」
と皆があたふた始めた。
仕方なく、この埃っぽい石の鐘つき台の中で
新年を迎えることとなった。

ICIIPICRIRI12 297

「 Boldog Uj Evet!(新年おめでとう!)」
とグラスを鳴らし合う。

ICIIPICRIRI12 298

ICIIPICRIRI12 299

こうして明けた2009年。
今年はどんな出来事が待っているのだろう。



トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ


Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|文化、習慣|2009-01-03_15:09|page top

2009年、新しい一日


トランシルヴァニアの私の元へ
素敵な写真が届いた。
故里の宮崎に暮らす友人から、
太平洋を望んだ初日の出の画像。

CIMG2967.jpg

穏やかでどこまでも続く太平洋に、
力をいっぱいにたたえた太陽の光が
零れ落ちる。

2008年、身にふりかかった暗い影も
すべてを洗い流してくれるような、
そんな力強くあたたかい太陽。

この初日の出を、
友人の手から私へ。
それから、皆さまの元へ・・・

一方、私たちの新しい一日は、
友人の住むザラーンの村で明けた。

一日の朝に、私たちの休む部屋にも
同じ太陽の光が降り注いでいた。
雪景色をやさしく照らす光。

ICIIPICRIRI12 310

世界の反対側にも、
すこし形は違うけれど、同じ太陽が降り注ぐ。
そんな素敵な奇跡を信じることのできるあなたへ。
今年もトランシルヴァニアから、お届けします。

新年明けまして、おめでとうございます。


トランシルバニアをあなたの心に・・・
                 クリックをお願いします。→にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ






Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|その他|2009-01-02_17:33|page top