トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

トランシルヴァニアの謝肉祭(カーニバル)

2月の終わり。
ふたたび白銀の世界が訪れた、
トランシルヴァニアでは謝肉祭のイベントが各地で行われる。
いわば冬を過ぎて春を迎えるためのイベント。
私たちはパレードの出発に間に合うよう、
朝早くに家をでた。

洋服を重ねに重ね、
もこもこに着込んで準備は万端。
朝7時過ぎでも、
厚い雲に覆われて外はまだ薄暗い。

バス停に着いて、
町を西のブラショフ方面へ行くバスの到着を尋ねる。
すると、もう7時前には出てしまったようだ。
その次が来るのは、もう12時以降・・・
再び雪のちらつく中を歩いて、
今度はヒッチハイクのスポットへと向かう。

早朝でしかも週末。
付近でも辺鄙な地方だから、交通量は至極少ない。、
あきらめ半分で、親指を上げて待つ。

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・・・寒さの中でヒッチハイクをする親子を気遣ってか、
何台かが止まってくれた。
それでも微妙に行き先が異なるようだ。

やがて止まった車は、偶然ダンナの知り合いの様子。
ラッキーに感謝して、中に乗り込む。
「 ブラショフまで行くけど、途中まで乗せていくよ。」
・・・もうこうなったら、行くしかない。

ここ何日も降り積もった新鮮な雪が、
丘の表面を輝かせる。
暖かい車内からも伝わってくる、
外気の冷たさ。
氷の花が、ガラス窓を美しく飾っていた。
それを通して、
雪景色がまるで遠くの風景のように感じられた。

ダンナは古い知人との会話に、
私は窓の外の景色に気をとられていたら、
突然息子が気分が悪いと訴えた。
急ぎの様子の知人を気遣って、
私たちは隣の村エルーパタクで降りた。

本道沿いに沿って、
この間炭酸水を汲みにきた村をとぼとぼと歩く。
後ろから車が近づくと、
親指を上げてアピール。
・・・このまま車が止まらなかったら、
水を汲んで帰ることになるのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、
一台の車が止まった。

走りよってみると、
「乗れよ。」と声がして
見知った顔の男がいた。
5年前、息子が生まれたときに
病院で写真を撮ってくれた写真家。
「俺たちも、今からブルンへ行くところだよ。」

前に2人、後ろに4人・・・
少々人数オーバーだが、
そんなこと気にも留めずに走り出す。
あまりの幸運がいまだ信じられず、
座ったままぽかんとしていた。
5年ぶりの再開の感激と、
ヒッチハイクの思わぬ成功で
出足は順調。
帰りも乗せてくれるというから、
心置きなく祭りを見ることが出来る。

ハンドルを握る写真家は、
ビール一杯ひっかけてきたと言い出した。
先ほどから前の車をあおって
クラクションを鳴らしている。
本当に大丈夫だろうか・・・

なんとかブルンに到着。
車から出ると、早くも
チンピラたちがたかってくる。
「 金をくれ。少しでいいから。」と
ジプシー女に扮装した大柄の男、
長い布を身にまとってマスクをかぶった怪物たち、
そして赤いスーツの上下に、白いマントをかけた
チンドン屋・・・
私は1レイを取り出して、渡した。

この物乞いのことは前から聞かされていた。
話では、大型トラックの前に立ちはだかって車を止め、
しぶしぶお金をだそうとした運転手の財布をひったくったそうだ。
その後、警察に駆け込んだが、
「 伝統行事だからね。」と警察は肩をすくめただけだったという。

それを踏まえて、
今日は最小限のお金しか持ってこなかった。
彼らは、だれを標的にしようかと
見定めているようだ。

2.jpg

セントジュルジ行きの大型バスも
彼らの手にかかったら、この通り。
通行料を支払わないといけない。
・・・はなはだ迷惑な話だ。

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そんな余興を見ていると、
後ろから声がかかった。
「 あなた・・・病院で一緒だったわよね。」
と子供づれの女性。
「 やっぱりそう。バラージュちゃん、覚えているよ。」
くりっとした大きな瞳の女のひと・・・
そうだ、5年前に息子を出産したとき、
隣のベッドにいた少女。
当時17歳だった彼女も、もう3人の母親になったそうだ。
あまりの偶然に、唖然・・・

IMG_3669.jpg

そうこうしているうちに、
パレードの主役の花嫁たち、花婿たちが現れる。
馬も花輪をつけて、祝いのいでたち
もちろん、どちらも男性である。

farsang2.jpg

ほらくるりと巻かれた尻尾まで可愛い。

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そう思っていたら、
中にひとりだけ女性が混ざっていた。
つんととがった鼻、大きな瞳のなかなかの美女。
この白い貴婦人も、声を張り上げると
少年そのものだった。

30.jpg

この謝肉祭という民俗行事は、
「 ファルシャングの葬式」と呼ばれる。
それは結婚式であると同時に、
葬式である。
春を迎えて、冬と決別する。
そういった意味合いがある。

そしてこの祭りのいけにえは、
馬車の荷台につながれた車輪の上で
くるくると踊るワラ人形のカップル。
背中にはアダムとイブと書いてある。
ここで写真を載せることがためらわれるような、
豊穣のシンボルまで見られた。

31.jpg

パレードの行進がやがて始まった。
花嫁、花婿たちの馬に続いて、
楽団、そしてワラ人形を引いた馬車。
例のチンピラたち、そして大勢の見物客も一緒になって
これから村を隅々まで練り歩く。

3年通っているという写真家のベールは、
「これから村を回って、
最後にワラ人形を燃やすのは3時か4時ころだろう。」
と教えてくれた。
9時に出発して、そんな時間まで!
6時間近くも歩き回るなんて、驚いた。

はじめに行列が向かったのは、
この地区で一番大きなユニタリユス派の教会の前。

IMG_3710.jpg

牧師さんが話をした後、
家からはお菓子やパーリンカをお盆に、
人々に配って歩く。
そう、村のあちこちでこんな風に
歓迎をする人たちがいるから、
飲んでは食べて行進していくことになる。
だから6時間・・・・そのわけも分かった。

IMG_3714.jpg

アダムとイブにとっても、
これから長い旅が始まる。

IMG_3724.jpg

空から舞い降りたばかりの
片栗粉のような雪を踏みしめて、行列に続く。
目の前の馬の尻尾が
なんだか変なのは知っていたが、
やっと気がついて思わず苦笑。

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こんなに寒い中、6時間も・・・
気が遠くなるようだ。
厚着をしてきたせいか、興奮のせいか
寒さはそう感じられない。

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行く先々で受ける
手厚い接待に、はじめは空腹の体も喜んでいたが、
ケーキのオンパレードで胃がもたれそう。
主役の人たちは、なおさらだろう。
セーケイ名物のクミンの酒は、
アルコール度数が50度もあるのだから。

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酔いがまわるにつれて、
祭りの盛り上がりも最高潮へ達していく。
特にあのチンピラたちは、
さらにエスカレートして過激になっていった。
さらにしつこくお金を迫ったり、
女の子のおしりをさわったり・・・・
酒くさく、据わった目でよってこられるのだから
もうたまらない。

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16.jpg

村の真ん中にある酒場で
時間を過ごしていたら、
なんとか長い6時間も過ぎていった。
大音量のブラスバンドの響きにおくれて、
あの大行列も
元の広場に戻ってきた。

馬車に乗った楽団のおじいさんたちも
相当飲まされたのだろう。
音もはずれ、心なしかリズムもスローモードだった。

18.jpg

馬に乗ったカップルたちが整列。
胸に手をあてセーケイ民族の歌を歌うところは、
感動を誘った。
国としては存在しないセーケイという民族に、
国歌のような歌と国旗のようなシンボルが
きちんと存在し、しっかりと守られている。

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17.jpg

やがていけにえの二人が、
道の真ん中に放り出されると、
ものすごい人だかりができた。
今か今かと、
火が燃え移る瞬間を見ようと
集まっているのだが、
その期待に反して火はなかなかつかなかった。

21.jpg

ジプシーの女、
羊の面をかぶったお化けが
ワラ人形の周りを踊り始める。
斧でたたいたり、けったり・・・
その象徴する冬に、
もううんざりしている心を表しているかのようだ。

25.jpg

赤い火は、突然に天に伸びていった。
燃え上がる二つのからだ。
祭りの終わりを告げていた。

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雪の解けたあとの水溜りが、
広場を満たしていた。
そう、この長く長く
うんざりするような冬にもやがて終わりがくる。

29.jpg

雪の道ですっかりびしょぬれになった
靴の中で、凍えた足。
祭りの興奮は、
帰りの車の中でも
家についてからもすぐには覚めやらなかった。



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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(5)|trackback(0)|イベント|2009-02-24_23:24|page top

ひらいた、ひらいた

白雪姫幼稚園に息子が通いはじめてから、
もう1年になる。

担任のユーリア先生は、
女性にしてはなかなか落ち着いた方。
息子を特別扱いすることもなく、
すっかり幼稚園になじんでしまった。

先生があるとき、
「 暇のあるときでいいから、
 日本の古い歌を教えてくれない?」とお願いがあったので、
私も快く引き受けた。

アジアから渡ってきた遊牧民族の子孫である、
ハンガリーの言葉と日本の言葉にはいくつか共通点がある。
姓名の順番も同じだし、
名詞のあとに「てにをは」のような格助詞がつくことも。
そして、日本の歌の音階と
ハンガリーの民謡のそれも
似ているのだという話。
だから、遠い日本という国に親しみを感じる人も少なくない。

約束していた木曜日。
クラスに入ると、
子供たちは円になって整列していた。
ひとりひとりの頭をさわって、
数を数えていく。
はじめはハンガリー語、
それからルーマニア語、そして日本語・・・

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皆は息子の助けを借りて、
日本語でも数が数えられるようになった。
ゆっくりとした発音で、
それでも確かに日本語で数を数える子供たち。
私は感動してしまった。
「 いち、に、さん・・・じゅうし。」

ICIRIPICIRI14 092

子供たちをつれてパソコンのある部屋へ。
むかしNHK教育番組で、
なかなかおしゃれな子供向けの歌の番組があったのを思い出した。
あまり長くてもいけないし、
音階が難しくてもいけない。
YOU TUBEで検索して、
いろいろ見て悩んだあげく
「ひらいた、ひらいた」に決めていた。



UAの歌声が小さなパソコンルームに満ちる。
音が大きいせいか、
聞きなれない歌のせいか
部屋を覗きにくる職員さんもいた。

はじめはポカンと放心したように
画面を見ていた子供たちも、
何度か繰り返して見るうちに
口ずさむようになった。

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ICIRIPICIRI14 100

やがて教室でも何度かおさらいをして、
メロディーはすっかり覚えたようだ。
この時期の子供たちの頭は
スポンジのようにやわらかい。
耳から外国語を習うのは最適だろう。

トランシルヴァニアの白雪姫幼稚園で、
日本語の歌の時間が行われている。
いつか園の発表会で、
日本の歌を披露する日も
遠くないかもしれない。



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Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2009-02-21_13:35|page top

セーケイの花模様-カールノクの教会

うららかな小春日和が続いていた
ある日曜日。
突然思い立って、
町から3番目の村カールノクに住む
友人を訪ねることになった。

朝10時に大型バスが
私たちを乗せて村から村へと走っていく。
アールコシュを過ぎると
もうアスファルトも姿を消し、
ガタガタという音を立てて、
バスは跳ね上がりながらもゆっくりと前進する。

村の入り口で下ろされると、
ちょうど古い教会の前だった。
教会の鐘がカーン、カーンと高く響いて、
時刻を告げているところだった。

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カールノクの鐘つき台は古いことで有名。
1700年代に建てられた木造の塔が
二つもある。
中に入ると、ちょうど鐘を打っているところだった。
頭のてっぺんまで、
突き抜けるような高い音。

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古い教会をぐるりと見てから、
友人宅へと向かうことにした。
青空からは太陽の光が、
絶え間なく注いでいた。
うららかな天気の日曜日。

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通りをまっすぐ行って、郵便局のところを左へ曲がる。
友人が電話で告げたとおりに行くと、
小さな通りの端でティメアが手を振っていた。

暖かな家の中で一休みしてから、
散歩に出かける。
「教会のほうの道は、ぬかるみがひどいのよね。」とティメア。
雪が解けたあとの村は、
どこも悲惨なもので、
長靴を履いてくるに越したことはない。
雪の橋もまだ残っていた。

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緑色の門の前で、
にこにことおばさん3人が微笑んで立っていた。
第一印象の通りのフレンドリーなご近所さんで、
立ち話をしたあと、
「ほら、中へお入りなさいよ。」と引きとめようとする。

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カールノクには、昔
バーリント・アンドラーシュという木彫りの名人のおじさんがいて、
村にたくさんの作品を残した。
残念ながら、その跡を継ぐものはいないそうだ。
緑色の柱には、白い植物が上へと伸びている。

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息子が手に持っているのは、
「お金の花」と呼ばれる植物。
お金というよりは、まるでめがねのようだ。

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やがて泥でぬかるんだ道を進むと、
教会の門が見えてきた。
大きなチューリップが二つ、
うねりながら伸びている。
門の上には、「神はひとつ」の文字。

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門をくぐると、大木がそびえる林。
林の中をふさふさとしたしっぽを揺らしながら、
かけてゆく影。リスの姿。
日本だったらご神木になっていただろう、
立派な大木。

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表からもらってきた泥をきれいに擦り落として、
教会の中へと足を踏み入れる。
小さいながらも、
やさしい水色に包まれた空間。
まるで今朝見た、青空のような色。
賛美歌のブックカバーにも、水色の刺しゅうが。

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水色に塗られた壁を覆うのは、刺しゅうの花模様。
木の家具に、刺しゅうのクロスは
どうしてこんなにも似合うのだろう。

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木彫りの机は、
バーリント・アンドラーシュの作品だという。
同じキリスト教でもカトリックとは違って、
プロテスタント教会は
土着の芸術で空間を埋めるのが特徴的。
自分たちの母国語でのお説教や賛美歌、
そして自分たちの手で教会を飾りたい・・・
という名もない芸術家たちの想いが
伝わってくるようだ。

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圧巻なのは、
教会の天井いっぱいに描かれた植物の装飾。
豊かにしなる曲線を眺めていると、
植物の生命力、やさしい力強さがひしひしと
感じられる。

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この明るい空のような水色は、
セーケイの青と呼ばれる。
このユニタリウス派は、トランシルヴァニア地方発祥の宗派。
この青が、シンボルでもある。

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教会の周りは、古いお墓。
何かのおまじないか、
墓石をモミの枝でなでながら
何かの歌を口ずさんでいる様子。

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まるでトトロでも住んでいそうな大木。
その背中合わせに
鐘つき台が立っている。

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300年ほどの間、
教会に寄り添うようにして立っている木の塔。
はしごを伝って、
2階、3階と登っていく・・・

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円形にすっぽりと空いた
穴からは、四方に村が見渡せた。
乾いた緑色をした
なだらかな丘の上には、古い遺跡のようなものも見られる。
なんてすばらしい眺め。
それでも木を組み立てて作った塔は、
頼りなさげで足がすくんでしまう。

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やっとのことではしごを降りると、一安心。
気がつくと、朝の青空は嘘のように
灰色の空からは、冷たいものが落ちてくる。
また泥道を歩いていくと、
後ろからはジャガイモをつんだ馬車が通り過ぎた。

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やがて村の入り口の広場に出てきた。
このぬかるんだ道は、一体いつまで続くのだろう。

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雪が降り、また解けて道が泥になって・・・
それを繰り返して、
やがてトランシルヴァニアにも春がやってくる。
今度は、鐘つき台かた眺めたあの丘が
若草色で覆われたころ
またここに来よう。



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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2009-02-20_00:13|page top

見ためも中身もかわいい食料品

行きつけの近所のスーパーで、
こんなに可愛いパッケージを見つけてしまった。

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パスタもよく見るといろいろある。
ここトランシルヴァニアでは、
スパゲティのように麺が主体の食べ方はあまりしないが、
スープの具としてのパスタは
形が実に豊富。

そうめんよりも細い糸のようなもの、
平たくて長方形のもの、
ギザギザで細長いのは
「イチゴのリボン」なんて可愛い名前がついている。

悩んだ挙句に買ったのはこちら。
糸のように細くうねったパスタ。
緑と白のストライプ柄に、
赤いバラの模様はそう、
牛使いのコートのアップリケ文様。
ハンガリーの国境近くの町オラデアで
作っているからか、
色まで赤、白、緑のハンガリアン・トリコロールカラーである。

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あまり行きなれないお酒のコーナーに立ち寄ると、
またまた可愛いパッケージを見つけてしまい、
思わずうなる。
パーリンカという、蒸留酒。
市販のものは意外にアルコール度が低いが、
自家製のものは40度50度は普通。
こちらでは、よい酒=強い酒が通説のよう。
左から洋ナシ、クミン、花のアロマ入り。

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もちろん私の目をひきつけたのは真ん中。
ハンガリーのフォークアートの
鳥とお花のモチーフがなんとも可愛らしい。
鳥の口から植物が出てくるモチーフは、
動物が言葉を話すことをあらわしているという。
どこか昔話とアートの結びつきを感じさせる。
これ、私の住むセントジュルジで作っているそうだ。
このラベルだけ、もらえないかしら・・・

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いかにも地元の酒という印象のラベル。
名前もそのまま、セーケイのクミン。
このクミン酒は、砂糖で甘くしてあって、
クミンのさわやかでスパイシーな香りが特徴。
私は昨夏の結婚式で、たった一杯で
ノックダウンしてしまったイヤな思い出がある・・。

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最後はこちら。
棚におかれた膨大な量の青い液体。
お酒か薬品か・・・

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青い酒と呼ばれるのは、
消毒液。
虫刺されから傷口の消毒、
いろいろなものに効くらしい。
まさに一家に一本、いつでも常備してある液。
それにしても、このラベルは・・・。

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ここ数年で、外国製品がほぼ半分を占めるようになった。
共産主義時代には考えられなかったこと。
だからなおさら西欧からきた
品々に対する憧れがまだまだ根強いようだ。

確かにルーマニア製品は、
何しろ袋の質が悪く、
間違えてつかんだら袋に指が貫通していた・・・・何てことも当たり前。
それでも、この味のあるパッケージ、
味のある製品の数々。
これからも地元のルーマニア製品に
がんばってほしい。


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Theme:ルーマニア
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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2009-02-18_23:49|page top

春の兆し

その日はまだ薄暗いうちに家を飛び出し、
ドボイゆきのバスに間に合うよう急ぎ足で歩く。
青く深い色合いの中に、
不意にオレンジ色の光線が目に飛び込んできた。
ちょうど生まれたばかりの朝日に
目を細めながら、私は息子と二人でパス停へ向かった。

その日はダンナが気乗りしなかったので、
二人きりでバスに揺られて村を目指した。
霜が降って、一面真っ白になった畑を過ぎると、
今度は深い霧が覆い始めた。
なだらかな丘がまるで蜃気楼のようだ。

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村から村へと景色は流れていく。
古いお屋敷の崩れかけた壁面に、
ちょうど鮮やかなオレンジが溶けていった。

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やがてバスは道路の途中で止まり、
私たちは振り落とされるように
表に飛び出した。
朝のつめたく新鮮な空気が肌をさす。
上ドボイは、ここから2km。

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矢印のほうには、オレンジ色の光を避けるようにして
村が横たわっている。
さあ出発と足を上げると、
すぐ前の車が私たちに呼びかけた。
どうやら村まで乗せていってもらえるらしい。
言葉に甘えて、車に乗り込んだ。

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村の中心で車から下ろされると、
これからはひたすら坂道。
道はカチカチに凍っている。
山の陰にひっそりとたたずむドボイの村には、
朝の光が届くのがおそい。

ダンナの友人バルニの家につくと、
その薪ストーブのぬくもりで体がほぐれる。
今日ここにきたのは、
謝肉祭のお祭りがあるという話を聞いたからだ。
「ところで何時にあるの?」と聞くと、
「夜七時。」という返事。
「町への最終バスは?」と聞けば、
「夜の6時半。」と返ってくる。
私は唖然とした・・・とりあえず成り行きに任せよう。

夜までは時間がたっぷりあるので、
久しぶりに村を散策。
私の土地へ足を踏み入れた。

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半年前までは、緑の草が茂り
羊たちが群れていたのがうそのようだ。
白い霜だけで、生命の息吹が感じられない・・・

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その急な斜面を登ると、私の好きな景色が開けた。
遠くの村々もオレンジ色に映し出されている。
なぜに、この村だけが影なのだろう・・・

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それでも森のすきまから、
やっと太陽の光がこぼれ落ちるのを見た。

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枯れたアジサイのうつくしさに
思わずため息をつく。
こんな風にうつくしく枯れることが出来たなら・・・

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まるで昆虫の羽根のように
細やかな模様が透けるようである。

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石臼に枯れたアジサイを生けるなんて・・・
子供って時に、とても粋なことをやってみせるものだ。

doboly 055

足の先が凍えてしまったので、ひとまず友人宅へ。
遅れて、バルニの彼女も到着したようだ。
夜の謝肉祭の見所は、
冬の象徴であるわら人形を燃やすこと。
日本でいう節分の鬼のようだ。
その、わら人形を作る作業がこれから始まる。
木で骨組みををまずつくり、

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ワラをヒモで縛り付けていく。

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30分ほどで、立派なワラ人形の出来上がり。
芸術家殿もご満足ようす。

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ピノキオみたいな長い鼻、
ネズミのようなひげに、
舌までだして・・・

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出来上がったワラ人形を、
夜の祭りのために村の公民館に運んでいく。

doboly 079

建物の中では、熱心な村の人たちが
夜のために準備をしていた。
大胆なチューリップのモチーフの舞台がかわいらしい。

doboly 063

日が差してきたので、
霜も解けて道はぬかるむ。
息子が泥まみれにならないように・・・と祈るばかり。

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昼食の後は、退屈しきった犬たちを連れて
森の向こうへ散歩へ行く。

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薄暗い森を抜けると・・・・
私たちを待っていたのは、
広い青空と緑と茶の混ざった野原。
そして、

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小さな小さなマーガレット。
知らない間に春がやってきていたのだ。
踏まないようにと気をつけながら歩く。

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犬たちは体で喜びをいっぱいに表す。
体のすみずみまで、草にこすりつけていた。
まるで春のにおいを、
体に吸い込もうとしているように。
私も胸のうちでは、いっぱいに飛び跳ねたいほど。

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太陽の恵みを体で感じる・・・
なんて心地よいのだろう。
宮崎では当たり前だった太陽の光が、
こんなに有り難く思えるなんて。
手の下には、草の合間をアリが這い 回っている。
耳を澄ますと、ブンブンと小さな虫が飛んでいた。

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息子が先ほど森の中で見つけたお花。
影でひっそりと咲いていた紫の花が、
空の青に溶け入ってしまいそう。
それだけ今日の青は力強かった。

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今度は山の裏手、村のほうへと移る。
原っぱを通り過ぎると、

doboly 143

こんな美しい木が待っていた。
きゃしゃな枝が、青空に腕を伸ばす。
小さな子供たち、無数の松ぼっくりがぶら下がっていた。

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途中、ローズヒップの実を見つけて、
なかの実を押しだして食べてみる。
それは、まさに甘酸っぱいジャムそのもの。
トマトのような濃厚さとレモンの酸味が合わさったような味。

d13.jpg

やがて小さなドボイの村が眼下に広がった。
遠くの平野に見える、ポッコリと黒い穴のようなものを指差して
「 あれ、なあに?」とたずねる息子。

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あまりの心地よさに、
横になって寝入ってしまいそうな3人。
それでも山のこちら側は、しっとりと地面も湿っていて肌寒い。

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もう風も心なしか、寒く感じられてきた。
今日の日の恵みに感謝して、
私たちは山の斜面をまた降りていった。

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一足早く、春の兆しを感じられた一日。
まるで美しい夢のように、
その余韻が胸の奥に残っていた。



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comments(10)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2009-02-13_00:25|page top

ヒッチハイクで、炭酸水を汲みに

まだ雪が解けてしまう前の、
一月末の日曜日。
ふと思い立って、
近くの村まで水を汲みにいくことになった。

こちらのミネラルウォーターは、もちろん炭酸水。
トランシルヴァニアでも、ここセーケイ地方では
特に水が豊かで、
コバスナ県だけでも6種類もの炭酸水の産地がある。
そのひとつが、シェプシセントジュルジの隣の村
エルーパタクである。

隣村といっても、
町の西側にある深い森を抜けていくので、
優に10kmはある。
バスの本数も少ない。

こんなときは迷わずヒッチハイク。
もし乗せてもらえなかったら、
家に引き返せばいい。
運試しの気持ちで、
ペットボトルを10本近く積んで、
本道に立った。

車が何台か通り過ぎたが、
「 ここまでしか行かないよ。」とか
「 人がいっぱいだ。」とか
運転手がジェスチャーで示す、
ヒッチハイク用の会話も交わされる。

親子3人でヒッチハイク・・・
学生時代はよく二人で
300kmも離れた大学のある町まで行ったが、
まさか子供が出来てまですることになろうとは・・・

車はたいてい5人乗りだから、
うまく一人か二人乗りの便乗することが出来たらいい。
もう一人子供が出来たら、
もうヒッチハイクはやめよう。
などと考えていたら、
私たちの前を通り過ぎて5mほどで
車が止まってくれた。

「 やった!」
ヒッチハイク成功のこの喜びは
何ものにも代えがたい。

運転手の方は
下げてあった座席をわざわざあげてくださり、
親子三人の場所ができた。
ほかの人の車に乗った感じは
不思議である。
相手が話を求めてきたら、おしゃべりモードに切り替えるし、
そうでなかったら、ひたすら黙らないといけない。
結構、気を遣うものだ。

車の窓をとおして、
モミやスギの木の合間に
薄く積もった雪が見られた。
まだ冬なのに、
天気がよいせいか、羊の放牧まで見られた。

やがてエルーパタクに到着。
エルーパタクは今でこそ
ジプシーが大部分を占める荒廃した村であるが、
昔は立派な貴族の保養地だった。
その優雅な時代の名残が、崩れかけたお屋敷に
色あせたモニュメントに伝わってくる。
DSC02424.jpg

こちらは、
管弦楽隊が演奏をしていた場所。
もうペンキがはげ、かつての
きらびやかな文化はもう残っていないことを物語っているようだ。
DSC02421.jpg

残念ながら、古い洋館へは
入られないほどの状態。
このまま朽ちていくのには惜しいほどの
美しい建物。
DSC02413.jpg

100年前の貴族たちに思いをはせて、
息子と一緒にブランコに揺られる。
DSC02419.jpg


高い並木には歩道がまっすぐに伸びていて、
小川がそばを流れている。
こんな建物の中で、一休みをして
話に花を咲かせていたのだろう。
1902年の文字がしっかりと刻まれている。
22.jpg

水汲み場には人がいっぱい。
ここの水は、鉄分をたくさん含んでいるから
井戸のまわりは赤褐色に染まっている。
この村の水を求めて絶えず
車がやってくる。

ただ水の湧き出る量が少ないからか、
ホースのようなものがないと入れられないようだ。
「 お金をくれるなら、このホースを貸してやるよ。」と
怪しげなジプシー男性がずっとそこに立っていた。
私たちは水汲みをあきらめて帰ろうとした。
13.jpg

当てもなく、ぶらぶらと村の外れまで
引き返していたら、
なんと私の足元にホースが落ちている。
やがて水でいっぱいになったリックサックを背負った
ダンナが帰ってくると、
再びヒッチハイクをしに村はずれまで歩く。

太陽の光はあっても、
まだ雪が残っているから
何時間も外気にさらされた体は凍えるようだ。
DSC02458.jpg

冬は日が短いので、もう太陽も
傾きかけている。
30分ほど寒さの中で、ヒッチハイクを続けて
このまま家に帰れなかったらどうしよう・・・
希望を失いかけたとき、
やっと一台の車が止まってくれた。

これから家族が4人になったとしたら、
もうヒッチハイクは絶対にやめよう。
今回ばかりは、強くそう思った。


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comments(8)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2009-02-08_15:02|page top

昼前の散歩

カレンダーも2月に変わると、
太陽も長く空にとどまり、
その光も暖かさを増してきている。
同じ冬でも、12月とはだいぶんと違う。

今週は、息子の幼稚園もお休み。
町へお出かけすることにした。

朝はそれでも空気が刺すようにつめたい。
車の窓ガラスには、展覧会さながらの
すばらしい絵が飾られる。
息子とはしゃぎながら、
車の窓を覗いては「これ、見てみて!きれい!」と叫ぶ。

これは真冬の流星群。

Februar 003

これは雪の万華鏡。

022.jpg

バス停の前で立ち尽くしていると、
目の前を馬車が通り過ぎる。
毛並みのよい茶色い背中に、朝日が反射する。

Februar 008

町で一通り買い物を済ませた後は、
スーパーで買ったりんごをかじりながら、
町ゆく人たちを眺める。
小さい町だから、偶然に知り合いを見つけることも
珍しくない。
この日も、友人を見つけて立ち話をした。

Februar 014

緑の欠けた公園では、
雪の中にこんなものも横たわっていた。
さやに入った豆。
色は、茶色と真紅のあいだ。

Februar 015

長さは、50cm近くはある。
これ、何に使うのだろう。

Februar 016

この日はまだ、雪が残っていてまだ寒かった。
その数日後、
雪はすっかり跡形もなく消えていて、
黒い土がしっとりと湿っていた。

町の中心にある公園には、
並木の陰が映し出されていた。

Februar 156

町の中でも好きな風景のひとつ。
栗の木の並木。
5月のはじめには、
魔法のようにしゅっと芽吹き、
大きな葉をいっぱいに茂らせるだろう。

Februar 157

右に左にうねった土色の枝の合間には、
青空がのぞいた。
色の失われた日常だからこそ、
こんなに鮮やかに見えるのだろう。

Februar 164

夏の日曜日には、管楽器の演奏が行われる舞台。
19世紀からつづくこんな習慣にも、
ヨーロッパ特有のゆとりを感じさせる。

Februar 165

クリーム色の建物は、町の図書館。
ここを利用するのは、今回が初めて。

Februar 168

子供の本を借りた後は、
坂を上って見晴らしのよい教会の前に出てくる。
普段はあまり来ることのない、ルーマニア正教の教会。
ナイーブアートのような宗教画が、
壁面を埋め尽くす。

Februar 173

教会の前にあるお墓からは、
町の向こう側の風景がずっと見渡せる。
なだらかな丘に望むのは、町で一番古い要塞教会。

Februar 175

やがて正午の鐘の音を聴きながら、
帰りの道を歩いていると、
反対方向から小走りで駆けてくるブタに出会った。
私たちと同じように、家路へと急いでいるのだろうか。

piggy.jpg

こんなのどかな光景を目の当たりにすると、
なんだかほっとする。
まだまだトランシルヴァニアには、
西欧諸国では失われてしまった
いいものが残っている。

春を待つトランシルヴァニアの生活。
もうあと2ヶ月は続くだろう。


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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニアの町|2009-02-06_22:20|page top

銅に描く絵


ダンナの高校時代の友人の家へ招かれた。
一月後半、
思いのほか暖かい時期が続いていたのが、
また雪が地面を白く覆いはじめた。

その日もまだ雪が残る、土曜日。
ペーテル夫妻の車で、
ブラショフの隣り町サチェレへと向かった。
ハンガリー語では、ヘートファル(7つの村)と呼ばれる。

ブラショフからブカレスト方面へぬける
国道沿いを行くと、もうそこはカルパチア山脈の入り口。
その山沿いにあるのが、サチェレである。
針葉樹が雪で真っ白く、
その形をあらわにしていた。
美しい雪景色に、思わずため息をつく。

その町の面白いところは、
細長いということ。
町の中央を背骨のように伸びる道に沿って、
家がくっつくように並んでいる。
歩道なんて、すれ違うのがやっとというほど狭い。
その小さな本道を、大型トラックなども行くのだから
住む人はどんな思いだろう。

私たちは目を凝らしながら、
その長くくねった道を先へ先へと進む。
ブラショフ周辺はもともと、
ザクセン人と呼ばれるドイツ系の住民が
多くすんでいたから、
この町も自然とドイツ系に習った造りになった。
家の屋根ほどもある高い門、
そして広場を中心とした構造などがそうである。

なんとか見過ごすことなく、友人宅を発見。
あたたかい室内に入って、ほっと一息つく。
カティも、赤ちゃんの服を脱がせる。
「 赤ちゃんには、そんなに厚着させなくていいって言うけど・・
  それでも心配でついつい着せちゃうのよね。」
  
hetfalu 002

最近は「妹がほしい。」などと口にするようになった割には、
あまりの小ささにどうしていいか分からず、
戸惑ったようすの息子。

hetfalu 001

今日ここへ来たのは、
アクセサリー作家のカティが
銅の彫刻の仕方を学ぶためでもある。
友人のお父さんは、
共産主義時代に工芸で身を立てていたという。
早速、道具を持ってきてくれた。

hetfalu 003

木彫りの彫刻刀とは違って、
面白い形をした道具。

65.jpg

厚さ5mmほどの銅の板を、
先の丸い道具で強く押して表面を膨らませる。
それから板を裏に返して、
膨らんだ部分の周りを彫って
さらに模様を引き立たせる。
そうして出来た作品がこちら。

019.jpg

それから練習が始まった。
けっこう力が要るようだ。
見るには簡単そうだが、やってみると難しいらしい。

hetfalu 019

hetfalu 038

共産主義時代には、
ブラショフに大きな銅の工場があって、
さまざまな製品を作っていたようだ。
可愛い花のモチーフや、ボタン、硬貨のようなモチーフ、
ブラショフの町の紋章まである。

012.jpg

こちらはカティの作ったペンダントトップ。
銅に絵を描いて、七宝焼きにする。
うまく新しいテクニックをものにしたら、
どんな作品が出来るか楽しみだ。

hetfalu 016

ペーテルおじさんにお願いをして、
昔の作品を見せていただく。
二階の大広間に通されると、
そこは銅や鉄の細工でいっぱい。
中にゴブラン刺繍を入れて、
こんなペンダントも。

hetfalu 054

たった二日で作り上げたという
大きなタペストリー。
あの小さな道具だけで、
こんな立体感が出せるなんて驚いてしまう。

015.jpg

去年作ったばかりだという作品は、
キリストとマリアがテーマになっているという。

hetfalu 065

手前が石膏でつくたもの。
今は仕事ではないので、
ご自分の趣味で続けていらっしゃるそうだ。

018.jpg

先ほど見せてもらった、
小さなモチーフはグラスに取り付けられる。
木の切り株に王冠がかぶっている絵は、
ブラショフの町の紋章。
昔、木の切り株から王冠が見つかったという伝説に基づいている。
ちなみにブラショフとはスラブ系の言葉が発祥のようで、
ドイツ語ではクロンシュタット(王冠の町)と呼ぶそうだ。

hetfalu 069

私のお気に入りは、
このタバコの灰皿と女体のパイプ。
精巧に彫られた木のパイプは、
日本の根付を想わせる。

hetfalu 075

応接間を見せていただいて、
階段を下る途中、こんなものを目にした。
7つの村に伝わる民族衣装の一部、
ベルトである。

014.jpg

年代を経た独特の味が、
その渋い輝きの中ににじみ出ている。
これもドイツ系の文化から伝わったものである。

hetfalu 079

ここ7つの村で、金属の造形の美は、
しっかりとその子孫にも受け継がれてきたのだろう。
90年代以降は、銅を作る工場も閉鎖され、
こうした手工芸に携わる人も
今ではほとんどいなくなってしまった。

ここトランシルヴァニアでは、
激動の20世紀で
これまで続いてきた伝統が途絶えてしまった。
中世から続いてきた工房や
貴族文化、学術的なことまで・・・・

そうした古いもの、
先祖が培ってきた知恵や技術を
さらに掘り返していけば、
彼らの進むべき道がはっきりと見えてくるかもしれない。



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