トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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幼稚園がダンスハウスになった日

11月24日、白雪姫幼稚園に
たくさんの子どもたちを乗せたバスが到着した。

この週は「寛容の日」と題して、
町の学校や幼稚園でもさまざまなイベントが催されていた。
息子の前の先生、
ユーリア先生が主催するイベントは、
町のジプシー地区ウルクーの幼稚園児たちを集めて
ダンスパーティをするという新しい試み。

ちいさな子どもたちが一列に並んで入場。
相手の子どもたちというよりは、
珍しい鏡の部屋に興味がひかれるらしい。

Nov.24-en Hofeherke ovodaba megerkezett egy autobusz,
amely gyerekeket elhozta Orkorol.

Ez egy "tolerancia napja" kereteben
rendezett a cigany gyerekekkel valo kozos tanchaza.
Ferenczi Julia ovoneni az otletgazdaja.

tolerancia napja 004

叙情的なジプシー音楽が流れると、
子どもたちは自然と体が動きだす。
大人顔負けのステップとクラップ。

中には恥ずかしいのか、ダンスが好きでないのか、
じっと立ちすくむ子どももいる。
初めての舞台に緊張気味のようす。

Eloszor a cigany gyerekek keztek tancolni
a hagyomanyos cigany notaval.
Egyesek kicsit meg vannak ijedve,
mivel az volt az elso tanc bemutatasuk.

tolerancia napja 010

幼稚園でダンスの時間を受け持っている
アティラ先生が率いて、今度はいっしょにダンスの時間。
「さぁ、円になって。」
それでも初めて対面する子どもたちはぎこちなく、
気がつくと二つの円ができていた。

Az ovodaban tancorakat vezeto Attila bacsival
kezdtek a magyar gyerekek is tancolni.
Eloszor az uj baratoknak kezet nehezen tudtak fogni.

tolerancia napja 047

先生たちの導きで、
やっとひとつの大きな円ができあがった。

Azutan az ovonenik segitsegevel vegul kialakult egy nagy kor.

tolerancia napja 083

手拍子を整えたり、

Tapsoltak.

tolerancia napja 039

くるくると回ったり。
ちいさな体が、音楽のリズムを正確に刻む。

Korbe forogtak.
Ugyesen mozognak a kis testek a zenevel.

tolerancia napja 034

「今度は一列になって。」
40人ほどの子どもたちが、ヘビのように長い長い列になる。

Azutan hosszu sort alakitottak,
kb.40 gyerekbol allt.

tolerancia napja 100

相手の方に手を回して、
リズムを取りながらぐるぐると周る。
ハンガリー人の子どももジプシーの子どもも、
もうこうなれば
誰がどこにいるのか分からない。

Egymasnak a vallat fogva jartak korbe.
Mar nem latszik a hatar ketto gyerek csoport kozt.

tolerancia napja 104

今度はコウノトリとカエルのゲームがはじまる。
「子どもたちはカエルで、先生はコウノトリ。
 教室の端から端まで、うまく逃げられたら勝ち。」
真剣な顔でルールを聞いている。

Azutan a golya es bekas jatek kovetkezett.

tolerancia napja 118

カエルの子はカエル飛びで進み、
コウノトリは片足飛びで相手をつかまえる。

A beka gyerekek gugorva atugoltak.
A gokyanak pedig fellabon kellett megfognia a bekakat.

tolerancia napja 124

ゲームが白熱すると、
子どもたちの楽しそうな笑い声が、
教室いっぱいに響いた。

Nagy kacagas betelte a kis tornatermet.

tolerancia napja 136

「はじめはゆっくり・・・。
 早く、早く、早く!」
足踏みがやがて駆け足に変わると、
子どもたちも大興奮。
見ているこちらまで、汗ばんでくるほど。

Eloszor lassan, azutan egyre gyorsabban!
Egy helyen szaladtak a gyerekek.
Mar en is kezdtem megizzadni...

tolerancia napja 138

長いダンスの時間が終わり、
ふと隣のジプシー少女に尋ねてみた。
「ねえ、楽しかった?」
彼女の顔がやさしくほころび、
幸せそうな笑顔でいっぱいになった。
この笑顔で分かる。

町のハンガリー人とジプシー。
同じ言葉を話すのに、見えない壁をはさんで生活している。
子どもたちのダンスパーティで、
ちいさな一歩を踏み出した。

彼らが大人になるころには、
もっと距離が近づくかもしれない。
また手をとり踊る日が来ることを願って・・。

A hosszu rendezmeny vegen
megkerdeztem egyik cigany kislanyt,
hogy jo volt-e a tanc.
A lany arca rogton bevalt kedves mosollya.
Mar latom, hogy mennyire nagy sikere volt a rendezmenynek.

Sepsiszentgyorgyon a magyarok es a ciganyok
meg mindig latohatatlan falon osztva elnek.
Ez volt a kis lepes az egyuttelesehez.

Lehet, majd az a tavolsag egyre kisebb lesz,
amikor ezek a gyerekek nagyok lesznek.
Remelem, hogy meg lesz lehetoseguk tancolhatnak egutt..

tolerancia napja 154

その日のダンスパーティの一場面を、
どうぞご覧ください。

Ez egy kozostanc jelenet.






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comments(6)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2010-11-30_19:51|page top

永い秋の日

太陽は北の方へと移動しながらも、
その恵みを日々こちらへと傾けてくれる。
トランシルヴァニア地方には、
これまで私が経験したことのないほどの
永い秋がもたらされた。

町のはずれは
もうすっかり枯れ野原となってしまったが、
小麦色の毛で包まれたヒツジたちは
今年最後の草の味をかみ締めていた。

halottaknapja2010 135

丘の途中で、
ぽつんと影をつくっている木を見つけた。
その木陰でに横たわる。

halottaknapja2010 146

見上げれば、
裸の枝にはちいさな種が無数についている。
まるで藤の花のようだ。

halottaknapja2010 133


揺らしてみよう。
バサバサバサッと音をたてて、
まるで蛾のように
くるくるとプロペラのついた種が舞っては落ちる。

halottaknapja2010 127

こんな遊びを繰り返すうちに、
いつしかヒツジの群れが
上へと上がってきたようだ。
カランカランと鈴の音をたてて、
ただ一心に草を食み、ゆっくりと歩みを進めてくる。

水気を失った草の色と、
それを食べて育つ動物のそれが同化していた。

halottaknapja2010 144



もう誰も住むものがいない、
ツォーファルヴァの家。
部屋のなかには、
しっとりと冷たい空気が篭っていた。

かつては、働き者のおじいさん、おばあさんが耕した土地も、
今では寂しく荒れたままにしてある。

Folkart2 082

トウモロコシも、
植えたものの放置されたために、
実をつけたまま朽ちてしまった。
まるでカマキリの手足のような葉。

Folkart2 086

平野の真っ只中にあるちいさな村は、
県道沿いの家の裏はすぐに原っぱが広がる。

「雄牛のよだれ」といわれる、
長くのびた白い糸が見られたら、
その年は秋が長いという。

Folkart2 094

いたずらものの蜘蛛は、
枯れ枝を自由に操るアーティストでもある。

Folkart2 105

乾いた空気の中に、
そっと浮遊する白い糸の塊りを見つけた。

昔の人のいわれの通り、確かに今年は秋が長い。
澄み切った青空ばかりが続く毎日だ。

Folkart2 107



春の訪れのような、土曜日のこと。
とうとう上着までぬいでしまった。

「 ねえ、これから冬が来ないで、
 また夏になったらどうする?」と息子が笑う。

町のはずれのリンゴ畑へと招かれた。
もう霜が降りたので、
リンゴの実はほとんど残っていないが、
たまに木にしがみついている赤いのをもいで食べると、
みずみずしい甘酸っぱさが口の中に広がった。

halottaknapja2010 058

この低木は、
子どもたちの木登りにちょうどいい高さ。

halottaknapja2010 059

子供たちは何をして遊ぶかというと、
枝にまばらに生った真っ赤な実をちぎる。

halottaknapja2010 075

その艶やかな丸い実を、
私の方めがけて投げ飛ばす。

halottaknapja2010 077

うまく命中すると、大喜び。
腹がよじれるほどの大きな笑い声が、
ちいさな果樹園に響きわたった。

halottaknapja2010 078

土曜日の午後がゆっくりと暮れはじめると、
桜色の闇がリンゴの木々をそっと包みこむ。

halottaknapja2010 088

あれだけ濃い青色だった空には、
オレンジ色の光が入り混じった。

halottaknapja2010 103

永遠につづくかのような、
永い永い秋の日々。



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comments(6)|trackback(0)|自然、動物|2010-11-19_14:31|page top

オープニングセレモニー

11月10日、18:00に幕を開ける。
半年前から準備していた展示会。

ICIRIPICIRI45 190

私たちが会場入りしたのは、
午後5時だった。
誰もいないひっそりとした会場は、
照明のまぶしい光を浴びて、輝いていた。

arapatakikiallitas 008

やがて、せきを切ったように
どっと人の群れが押し寄せてきた。
知人や友人たち、そしてアーラパタクの村の人々。
ハンガリー、ルーマニアのTV局や新聞社からの特派員。
気がつくと、会場は黒い人だかりで埋まっている。

arapatakikiallitas 035

ひとりひとりと話しているうちに、
あっという間に会場の中心でセレモニーがはじまった。

開会の言葉は、
私たちに展示会場を提供してくださった
コヴァスナ県知事のタマーシュ・シャーンドル氏。

アーラパタクの歴史に触れながらも、
「 今後はアーラパタクの手芸を支援していくよう考えている。
 さまざまな手作り市への参加を呼びかけ、
 県の特産品として刺しゅうを奨励するようにしたい。」との意思を語った。

それから、国立セーケイ民族博物館の
館長ヴァルガ・ミハーイ氏がつづく。
「 この展示は、博物館職員ではなく、
 外部の民俗学者が主催した展示である。」と私たちの功を労う言葉があった。

最後にダンナのスピーチが締めくくった。
「 ジプシー化が進み、住民が激減していく村を救うことはできない。 
 今こそ、少ない村人たちが手を取って、
 手仕事の文化を伝えていくべきだ。」

会場は厳粛な雰囲気に包まれて、
オープニングが幕を閉じた。
私たちの肩の荷も下りた。

arapatakikiallitas 016

地元の新聞社ハーロムセーク紙では、
危機にさらされた地元の刺しゅうという題で記事が載せられた。
「 稀をみる美しい手仕事の数々で、
 会場には冷たさとあたたかさが共存していた。」
 
なお刺しゅう展のオープニングの様子は、
以下のHPにてご覧いただけます。

Plusz Portal

Sepsiszentgyorgy.info


Lapszemle.ro

Szekely Hon.ro



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comments(8)|trackback(0)|イベント|2010-11-14_16:43|page top

アーラパタク展示会

セーケイ民族博物館が創立されたのは、1875年。
当時は、オーストリア・ハンガリー帝国時代。
中世から特権身分であったセーケイと呼ばれる、
ハンガリー系民族の博物館として発足した。

現在の、緑の尖塔の建物ができたのは1910年。
トランシルヴァニアを代表する建築家、
コーシュ・カーロイの設計によるもの。

Arkos2010 187

第2次大戦下、
このセーケイ地方の文化的遺産の大部分は
首都ブダペストへと運ばれる途中で被爆し、消失してしまったという。

この建物だけは、当時の趣をそのままに忍ばせている。
グラフィック・アーティストとしても知られていたコーシュ・カーロイは、
部屋のすみずみにある室内装飾にまでこだわった。

彼はフォーク・アートを創造の源泉としたため、
トランシルヴァニア農村のあたたかみが感じられる。
取っ手には、木彫りのモチーフが見られる。
ずっしりと重たい木製の扉をひらいて、中へ。

Arkos2010 184

白い漆喰の輝く、柱のそびえるエントランスから右へ。
薄暗い小部屋をはさんで、
先に見えるのが企画展示室。
チェスの板のように、白黒の市松模様が特徴的なホール。

Arkos2010 142

展示会の会場は、大きく二つに分かれる。

ひとつは、20世紀前半の古い手芸。
この時代を象徴するのは、飾りベッドである。
かつて農村の女性たちは、嫁入り道具として
ベッドカバー、ピロカバー、クロス類を
すべて自分たちの手で作り出さなければならなかった。

muzeum 008

ちいさなベッドは飾り用で、
使用されることはまずなかった。
はじめに藁を中に詰めた袋がベッドを覆う。
それから赤の織りのベッドカバー、
白い織りのベッドカバーは一層ずつ折り重なって、
端のレースやタッセル飾りがほんの少しだけ覗く。

muzeum 022

この美しい層の上におかれたのは、
古いタイプのピロカバー。
細長い枕のかたちに合わせて、
底の部分を美しい刺しゅうが飾り立てた。

muzeum 025

クロスステッチが施される手芸というのは、
もっぱらこの飾りベッドの一部である女性の嫁入り道具であると言っていい。
この時期に作られた長いピロカバー、
ベッドカバー、かごにかぶせるクロスなどを陳列してある。

muzeum 016

第一次大戦後に、
この飾りベッドの習慣がなくなると、
手間隙かけてこうした嫁入り道具を作り出す必要もなくなる。
そうして新しい都市文化の流行をうけて生まれたのが、
ロングタペストリーである。

当時の農村文化を代弁するような、
信仰の言葉やユーモラスな短い詩が付け加えられる。
この時期は伝統模様よりも、
図案集によって広まった、バラや天使、鳥などの模様が好まれる。
アーラパタクでは、織りクロスステッチという技法はそのままに受け継がれた。

ICIRIPICIRI45 203

やがて第二次大戦後になると、
手芸の火が消えかかりそうになった時期に、
村の教師であったチュラク・マグダの収集活動がはじまる。
125のアーラパタクの伝統モチーフが集められた本が刊行されると、
女性たちはふたたび針を持ち、
今度は伝統図案を新しく自分たちの生活に必要な用品に
応用させていった。

ここから生まれた新しい手芸を、
古い手芸と対応させて展示している。
現在村で生活をする女性たちの厚意で、
展示会場をたくさんの赤いクロスステッチが埋めることになった。

ICIRIPICIRI45 199

タペストリーには、
古いピロカバーやロングクロスの図案が取り込まれ、
複雑なマクラメ編みでさらに華やかに彩られるようになる。
村の女性たちは図案集に忠実に、
そして時にはあっと驚くようなアイデアで
生活を彩る小物たちを生み出した。

muzeum 028

会場の一角には、
古い時代にはモチーフがいかに多種多様であったかを
見比べる試みもされている。

嫁入り道具には、自分が作ったものしか
もっていけなかった。
それを証明するためにも、
伝統モチーフを自分なりにアレンジをする必要があったからである。
ここでは、「かたつむり」モチーフのさまざまなアレンジが見られる。

手芸で大切なのは、
材料であることは言うまでもない。
昔はすべて、家庭で栽培された麻で家庭で織られた生地を使っていた。
やがて需要がなくなると、
工場で生産された既成の生地が取って代わるようになる。
その時代によって、手に入る生地はもちろん違う。

既成の布が手に入らず、
たとえばカロタセグのイーラーショシュ模様が印刷された生地を裏返して、
刺しゅうをした例も見られる。
90年代には、さらに既成の生地がまったく手に入らず、
固いナイロン製の素材や、穀物袋に刺しゅうをするという驚くべき例もあった。
その時代、時代を代弁する素材というものに注目をするコーナーである。

ICIRIPICIRI45 196

フォーク・アートが感動を与えるのは
一人の人間が作り出したものではなく、
限られた共同体の中で、
長い年月をかけて少しずつ形作られたからに違いない。

たくさんの数知れぬ女性の手が、
その想いや祈りが込められた手仕事であるから。

いまや存続を危ぶまれている
アーラパタクのハンガリー文化。
それは、儚くも美しいクロスステッチ。

muzeum 031


セーケイ民族博物館HP


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comments(8)|trackback(0)|イベント|2010-11-09_20:39|page top

アーラパタクの女性の黄金の手-クロスステッチ展示会

スフントゥ・ゲオルゲから西に約20kmにある村、
アーラパタク。
ブラショフ県にほど近いこの村は、
かつて稀に見る手芸の産地としての輝かしい過去があった。

IMG_8038.jpg

女性たちの手で縫われた
赤いクロスステッチ(編みクロスステッチ)は、
数多くの国際展示会、博覧会で人々の目を虜にした。
1900年のパリ万博では金賞を受けたという記録も残している。

muzeum 021

やがて相次ぐ大戦の後、
既成の布が出回るようになると、
嫁入り道具のすべてを
自分たちの手で生み出す必要がなくなった。

それを受けて手仕事の火も消えつつある時期に、
アーラパタクに残るクロスステッチの図案を集め、
アルバムにまとめた女性がいた。
村の教師だったチュラク・マグダは、
「125のハンガリーのクロスステッチ図案集」という本を編集する。
アーラパタクの女性たちは、再び針を持ちはじめた。

その後、ルーリンツ・エテルカが
村の女性たちを集めて、刺しゅうや機織り、マクラメ織りなどを教え、
共産主義時代のルーマニアの
フォークロアの流行の波にのって、
数々の展示会で赤いクロスステッチは再び注目を集めた。

それがここ20年の間で、村の半数以上をジプシーが占めるようになり、
ハンガリー人はみるみるうちに減少の一途をたどる。
一人暮らしの老人の家には強盗が入り、
安心して暮らせない。
活気を失った村。
「私たちの文化は、もうおしまいだ。」
と力なくつぶやく村人たち。

それでも、ひとたび家の中に足を踏み入れると、
部屋を真っ赤に埋め尽くすほどの刺しゅうの作品は、
なお見るものの目を圧倒する。
アーラパタクの女性の手の技は、
数少ない後継者の手によって輝きつづけている。

arapatakihimzes 206

IMG_7402.jpg

Kerekes Ilona1

arany kezek

「アーラパタクの女性の黄金の手
     -クロスステッチ刺しゅうの過去と現在」は、
いよいよ11月10日の夜6時に、
国立セーケイ民族博物館の特別展として
オープニングを迎えます。

1plakat.jpg


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comments(6)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2010-11-05_14:21|page top
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