トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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トランシルヴァニアの日本の日

トランシルヴァニアの東端セーケイ地方は、
ハンガリー王国時代から
国境を警備する兵士であったセーケイ人の里として知られています。

郷土を誇る英雄を数多く生んだ、
ここハーロムセーク(現コヴァスナ)県では、
古くから一家で一人の子どもに教育を施して、
大学へ行かせる習慣があったといわれています。

その文化色あふれる地方の精神文化を支えるのが、
町の中心の公園に隣接するボド・ペーテル県立図書館。

konyvtar.jpg
(Foto: Kovaszna megyei tanacs honlapjabol.)

会場は、図書館二階にあるガーボル・アーロン広間。
別名を「青の広間」と呼ばれるこの部屋は、
セーケイの青と名づけられた明るい空色に塗られた壁と、
チューリップやバラ、すずらんなどの花が
セーケイのフォークアートの香りをいっぱいに漂わせています。

「日本人は(どんな)こんな人?」という題のもと、
日本の文化を紹介する半日のイベントが開催されました。

折り紙や書道、生け花の体験ができたり、
日本の浴衣に袖を通してみたり、
日本のわらべ歌を遊びといっしょに学んだり、
日本の神話、昔話の世界を
アートスクールの演劇学科の生徒さんたちが朗読したり、
地元の大学生による芸者についての講演があったり、
60年代の日本映画を見たり・・・。

セーケイ色あふれる空間が、
日本文化とひとつに溶けこんだひと時でした。

Plakat uj copy

*イベントに関する記事はこちらです。
Plusz Portal(トランシルヴァニアハンガリー人のインターネットポータルサイト)

Haromszek(コヴァスナ県地方紙)

Kronika(ルーマニアのハンガリー新聞)

Szekely Hirmondo(コヴァスナ県地方紙)

Sepsiszentgyorgy Polgarmesteri Hivatal
(シェプシセントジュルジ市のHP)




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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|イベント|2011-02-25_22:28|page top

エルージュド、一本松の教会

真冬の切れ間に、
私たちはとある村を訪ねるべく
ラツィおじさんのおんぼろ車に乗っていた。

アーラパタクの村を通り過ぎて、
はるか向こうのなだらかな丘がどんどん近くなっていく。
もうここは国道ではない、
小さな一本道。

真っ白な丘の斜面に
えぐられたような裸の岩肌がのぞいている。
黄土色の土は、
その表面になめらかなひだを刻みつけていた。

「エルージュドは、かつて土器文明が栄えていたところだよ。
 化石なんかも見つかるんだ。」とダンナが説明する。
いかにも文明の跡が残っていそうな、
どこか印象的な形の丘だった。

右を見やると、
セントジュルジから流れてきたオルト川が
大きなカーブを描いて続いている。

その村が姿を現したのは、
丘が開けてからやっとのことだった。
本通りも小さく、車がやっと二台すれ違うくらい。
中心のカルヴァン派教会を通り過ぎてから、車をとめる。
もう日曜のミサは始まっているようだ。

それから村のジプシーが属する、ペンテコステ派の集会場を通り過ぎた。
窓から光が漏れて、かすかに歌声が聞こえてくる。
ほうきを逆さまにしたような並木のつづく、
小さな小川のほとりを村の終わりに向かって歩いていた。

elosd 001

雪の中でも、色とりどりの洗濯物がひときわ目をひく。
左からルーマニア人の刺繍、
ハンガリー人の刺繍、
かつてプリントされて流行した刺繍に、
ジプシーの刺繍。
洗濯物が、村の文化背景を物語っているかのようだ。

elosd 003

「刺繍を見せて下さい。」と尋ねると、
小さな家からは家族が勢ぞろいして出てくる。
隣のアーラパタク村とは正反対で、
謙虚そうな穏やかな表情のジプシーたち。

elosd 008

杖をついて歩くおばあさんがルーマニア語で話していた。
「古い手仕事はありませんか?」ダンナが尋ねると、
「何もないわ。」といそいそと家へ入ってしまった。

elosd 011

村の中心では、すでにミサが終わったようだ。
教会の中を見たいので、牧師さんを探す。

村の中でもとりわけ古くて、立派なお屋敷がそうだった。
ちょうどミサの後で、食事時ではないだろうか。
不安に思いながら、ドアをたたくと、
「あちらの勝手口からどうぞ。」と明るい女性の声が答えた。

扉が開かれると、
子どもたちに囲まれた若い夫婦の姿があった。
「あの・・教会を見せていただきたいのですが。」
「ええ、もちろん。
 その前に・・・。どうぞこちらへ。ちょっとお茶でも。」
とはにかみながら、私たちの突然の訪問を
むしろ歓迎してくれるような空気に安心して、中へと入った。

elosd 012

自然の光で明るい応接間に、
すっきり映えるブルーの刺繍。
隣村アーラパタクの刺繍とまったく同じモチーフ。
アーラパタク、エルージュド、ヒドゥヴェーグの3つの村で、
この編みクロスステッチが見られるとは本に書いてあった。

「ここエルージュドは、アーラパタクほど刺繍は盛んではなく、
 残っているほとんどの刺繍は、50年代よりも前のもののようです。
 町に住んでいる私の姑が刺繍をするだけで、他にはもういないみたいですよ。」

快活で優しそうな奥さんが、牧師さん。
彼女が話す間も、4人の子どもたちが控えめに、
それでも好奇心たっぷりのようすでテーブルを囲んでいた。

温かいお茶とおしゃべりの後、出かける準備をすると、
「ねえ、私たちも行ってもいい?」
子どもたちもみな急いで身支度をはじめた。

丸い石垣でぐるりと囲まれた小さな白い教会。
一本の高い松の木が隣に身をよせている。

elosd 021

「昔は二本松だったのだけれど、古くて切ってしまったんです。」
右となりには、兄弟の木が立っていたのだろう。
白い風景に、黒味を帯びた緑色が不思議と目を引いた。

elosd 023

扉を開いて中へ。
冬の寒空のような淡いブルーのペイントが迎え入れる。
湿った冷たい空気が漂っている。
「ハンガリー住人も少ないし、冬はここを使わないんです。」

elosd 025

カセット型の天井画がある。
これまで見たどのタイプとも違うペイント。
まるで、現代アーティストがきまぐれに
描きなぐったかのよう。

elosd 029

寒々しいブルーに、
黒い花があちこちにばらまかれ、
小さな黒い点が線となってそこら辺を飛び交う。

elosd 030

くらげのような三角形は、プロビデンスの目といわれるシンボル。
あらゆるものを見通す神の目が、じっと見下ろしている。

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彼女は子どもたちをつれて、
村のおばあさんの元へと案内してくれた。
村で信頼を集める牧師さんである彼女がいると、
人々は快く家へと通してくれる。

アーラパタクの収集の際には誰も頼るものがいなく、
よそ者の私たちが村の人々の信頼を得るのには
とても苦労をした。

見ると、先ほどの杖をついたおばあさんの家だった。
「一人暮らしだからね。誰でも家に入れるわけには行かないのよ。」
先ほどであったばかりなので、きまり悪そうにこういった。

ハンガリー人のおばあさんがルーマニア人と話すときは、ルーマニア語だ。
だから、ハンガリー人であるとは気がつかなかった。

奥の部屋から、藁入れカバーをもってきて広げてくれる。
もう必要のなくなった藁入れは、
そのままの形ではほとんど残っていない。

elosd 064

長い年月をいっぱいに吸い込んだ古いピロカバーが、
確かにおばあさんの部屋で呼吸をしている。
メテーレーシュと呼ばれるカットワークのテクニックは、
カロタセグ地方から広まったといわれている。

elosd 052

村の本当の価値は、外から見ただけでは分からない。
そこで暮らす人々と、
人の手の生み出したもの。

村では美しい彫刻のなされたスピンドルがあったという。
糸を紡ぐ必要もなくなり、それも姿を消してしまった。
村の文化が空っぽにならないように、
そうしたものを集めて村にとどめておくべきだ。

私たちは聡明な牧師さんと、
いつか夏に収集活動に来ることを約束をした。




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comments(4)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2011-02-15_03:03|page top

忘れられない後姿

その朝は、
ことさら寒さが身にしみた。
辺りは真っ白にかすんで見え、
冷たい湿った空気が一面に滞っている。

木々は、まるで真っ白にお化粧をしたようだった。
やっと顔を出しはじめた太陽の光が、
空気中の細やかな氷の粒をキラキラと照らす。
ダイヤモンドダストだ。
信じられないほどに、青いそら。

氷でカチカチに凍った道を
ソリに引かれていくと、
大通りの向かい側に
まぶしいものが確認できた。

何だろう。
よく目を凝らしてみると、
それは女性の衣装だった。
スパンコールが一面に施されたクリーム色のエプロンと、
ピンクのロングスカート。
そして黒いお下げの髪には
赤いリボンが編みこまれ、地面に届くほどの長さでひらめいていた。

黒ずくめの町をゆく人たちの中で、
その色は際立っていた。
その少女を守るようにして、
ずっと地味な服装の父親と母親が前を歩いていた。
いかにも箱入り娘のようだった。

女性の私でも目が引き付けられる少女のいでたちに、
ふと昔のことを考えた。
嫁入り前の少女のことを、
かつては「売り物の娘」と言っていた。

それは決して、お金で買取するという意味ではない。
女性が成熟して適齢期になったから、
親は見てそれと分かるように美しく飾り立てて、
その自慢の娘をそれとなく殿方たちの前にお勧めしているのだ。

もちろんいつの時代も、
女性は年頃になったら、お洒落をして歩くもの。
けれども、両親によって
しっかり守られた少女のお洒落は、
それとは違う「本気の気品」を放っている。

エプロンにプリーツスカートは、
カロタセグの女性も身に着けていた。
地にとどくほどのお下げの髪とリボンも、
セーケイやセークの女性たちを美しく見せていた。

今は一部のジプシーだけが、
こうした昔の習慣を健気に守っている。
しかし100年前は、
ハンガリー人の少女、ルーマニア人の少女、
ザクセン人の少女・・。
それぞれが美しくふさわしく装い、
さぞ往来は華やかだったことだろう。

その後姿が消えていくまで、
不思議な懐かしさ、憧れのようなものが
胸を渦巻いていた。




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comments(2)|trackback(0)|ジプシー文化|2011-02-06_15:17|page top

村のそり遊び

トランシルヴァニアにも真冬の寒波がやってきた。
雪はとめどもなく
あとからあとからと降ってくる。

どんよりとした雲がとたんに消えた朝。
青空とともにやってくるのは、冷たい空気。
雪の積もった後の青空ほど、
寒いものはない。

窓ガラスには、
雪の結晶がそのままに現れる。
氷の刃か、はたまた氷の羽根か。
雪と氷の世界は、不思議で満ちている。

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ブラーガ一家からお誘いがあり、
キャンピングカーに乗って、村へ出かけた。

かつてボティの祖父母が住んでいた、村で一番のお屋敷。
蒸留酒の工場を持っていた、名家である。

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雪の降る日の遊びといえば、ソリ。
ただ滑るだけだから至って簡単な、
子どもにぴったりの遊びだ。
なんて思ったら大間違い。
こちらでは、子どもばかりか大人も夢中になる
ポピュラーなスポーツである。

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プラスティックの塵取りのようなものが、ソリの板。
広い庭を好きなだけ走り回ることができる、
田舎の一軒家ほど子どもにとって理想的な環境はない。

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「ねえ、外でソリをしない?」とエンツィが呼んだ。
子どもたちを引き連れて家の門を出ると、
すぐそこに小高い丘がそびえている。

墓地へとつづく、その丘こそ、
村の格好のソリ場なのだ。
村中の(といって過言でない)子どもたちが、
すでにソリ遊びに夢中になっていた。

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しかし、そのスピードといったら
尋常じゃない。
ソリから投げ出されて大事になりはしないかと、
ハラハラしながら眺めていた。

ソリを3つもつなげてうつぶせになると、
もの凄いスピードが出る。
途中で、道のでこぼこにぶつかりながら、
凄い音を立ててソリが滑っていく。

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ビニールシートで滑ったり、

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長靴で滑ったりという方法もある。

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小さな少女が乗っているのは、
むかし家庭用のシャベルカーに使われていた前の部分。

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次にはどんな風に滑るのだろうと、
わくわくしながらみんなで見守っている。
不思議と知らないもの同士も、
見えない壁がとけていき、あっという間に友達になっていく。

村の子どもたちの勇敢さに少し圧倒されながらも、
町の子どもたちもその中に混ざって滑りはじめた。
雪が顔にかかっても、気にしない。

szan3.jpg

少しくらいお尻がやぶけても、大丈夫。

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子どもたちが持っているそりは、
ほとんどが手作り。
物がなかった社会主義時代だったからこそ出来た、
生きる工夫が見られる。
そして、既製品よりずっと美しい。

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子どもたちは手袋がカチカチになっても、
靴の中に冷たいものが入ってきても、
もう寒さを忘れて、ただ遊びに没頭している。
立って見物している、こちらが先に凍えてくる。

墓地へとつづく丘へと上ってみる。
山のふもとは、白くもやがかかっていた。

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町のはずれの所有のリンゴ畑で、
いつか子どもたちのお祖母さんが言っていた。
「子どもたちに、幸せな子ども時代を与えられて、
 それだけは良かったと思っているわ。」

二度と返ってこない、子ども時代。
十分に、遊んで遊び尽くしてほしい。
大人に与えられた玩具でしか遊べない都会の子どもたちに比べ、
なんて幸せな子どもたちだろう。

kisborosnyo 148

急降下の坂を前に、
「 どいて!行くよ!」と叫ぶ声がこだまする。
子どもたちの遊びは、まだまだ終わらない。

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芯まで凍えてしまった体をあたためるため、
一足先に家へと帰った。





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