トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

イーラーショシュのおばあちゃんとの出会い

電車に揺られて、私たちは再びカロタセグ地方に来ていた。

今回の旅の目的は、
イーラーショシュといわれる刺しゅうを探すこと。
太い糸で大らかな曲線を描き、
華やかな植物モチーフが赤や青で描かれるのが特徴だ。
今ではトランシルヴァニアを代表する刺しゅうとして、
誰にでもできる簡単な手芸として広く知られている。

80年代に集大成のような
「カロタセグのイーラーショシュ」という図案集が発行された。
そのため、民俗学研究者の間では
今さらもう研究の余地はないとされている。

それでも、今だからこそ集められる何か、
今の人たちに発信するべき何かが隠されているような気がしてならず、
思い切って今回の旅に踏み切った。


村から村へは交通手段はない。
ヒッチハイクをしたあと、
丘の合間の一本道を通って村を目指した。

やがて、谷あいの小さな村が姿を現した。
カロタセグ地方に特徴的な、透かし彫りの木造建築。
アダムとイブが禁断の実を取って食べているところ。
リンゴの木の上には天使が見下ろしている。

IMG_4590.jpg

アールヌーヴォー調の民家は、
大胆にヘビのようにうねるチューリップが印象的。

IMG_4610.jpg

平日でしかも小春日和だというのに、
村の中はひっそりと静まり返っている。

今回の旅はまったく計画なしだった。
今晩とまるところも決めておらず、
何日滞在するかも決めていない。
できれば、今晩とまるところを探して落ち着きたいものだと考える。

そんな時、ベンチに腰かけたおばあさんが
無邪気な微笑みをこちらに向けていた。
思わず、そちらに話しかけていた。

「 おばあさん、おいくつですか?」
「 さてね・・・31年生まれだけど。」
もうそんなに高齢になると、
数えるのにも嫌気がさすのも当然だ、と心でうなづいた。

IMG_4593.jpg

他愛のない話をしていると、
通りがかりのおばあさんがそっとささやいた。
「 あの人はね、もう頭がダメなのよ。」

その人を見ると、
確かに汚れで顔が黒く、洋服も汚れているようだ。
いったん別れを告げたあと、
しばらく行くとある門の前で止まった。
おばあさんの家のことを一日手伝いながら、
泊めてもらおうかと相談しているところだった。

おばあさんは杖をつきながら、
こちらの方へ歩いてきた。
「 それは、私の家よ。」
「 中を見てもいいですか?」ダンナがそう聞いていた。

部屋へ足を踏み入れて、唖然とした。
締めきった部屋の中では、
暖炉の薪がぼうぼうと熱気を送り、
壁といわず、ベッドも散らかった洋服もすべてが真っ黒だったのだ。

おばあさんの顔も服も真っ黒だったわけが、やっと分かった。
「 これ、煙突が詰まっているんじゃないですか?」
気持ちを落ち着けながら、そう言った。
「 そんなこと、ないわよ。」
おばあさんは不思議とも思わない。

それから、娘二人が遠くの町へ行ってしまい。
ほとんど訪れることもなく、一人きりで暮らしている事が分かった。

IMG_4602.jpg

別れ際に、プレゼント用に買っておいたチョコレートを渡した。
「 ナッツが入っているから、年寄りのおばあさんには良くないんじゃないか。」
とダンナが言うものの、すかさず、
「 チョコレートは何としてでも食べるわ。」とおばあさん。
私たちは顔を見合わせて、微笑んだ。


イーラーショシュとは、
イール(書く、描く)という意味が語源である。
昔から村には図案を描くのが上手な女性がいて、
その人のところへ布を持っていき、伝統図案を描いてもらったという。

「 図案描きの女性は知りませんか?」
道で出会った珍しく若い女性に尋ねると、
「 ブジおばさんなら、こちらよ。」といって案内してくれる。

村の女性の跡について、
家の中へと入ると、小柄なおばあちゃんが出てきた。
「 今朝、起きたときからこんな調子なのよ。」
としわがれ声は今にも消えてしまいそうだ。
「 まあ、中へどうぞ。」

おばあちゃんは、ちょうどカットワークのクロスを刺しているところだった。
目を数えてから、周囲をくるむように刺しゅうして、
その中心をハサミで切り取る。
今、カロタセグではこちらの方が流行のようだ。

valko1.jpg

「 この村では、若い人が少ないんですか?」と尋ねると、
「 そうよ。うちの隣は両方とも空き家だし。
 その向こう側も、やっぱり一人暮らしのおばあさんが住んでいるわ。
 若い人は、この村から出て行くのよ。」とおばあさん。

おばあちゃんの息子さんもずっと町に住んでいて、
たまに村に帰っても農作業はまったく手伝わないという。
「 町に来いと息子は言うけれど、
 私はあんなアパート暮らしなんて我慢できないわ。
 息が詰まってしまう。」

80歳になるブジおばちゃんは、
先ほどのすすだらけのおばあさんとほぼ同年齢。
それに比べて、なんて元気がいいのだろう。
先ほどから、しわがれ声で絶えずおしゃべりをし、
あちらへ動きこちらへ動きとなかなかじっとしていない。

イーラーショシュの図案を描いてほしいと頼むと、
奥の部屋からやっと抱えられるほどの油紙の束をもってきてくれる。
「 図案はいろいろあるからね。
 この中から選ぶといいわ。」

valko3.jpg

ブジおばあちゃんが図案を描きはじめたのは、70年頃だという。
かつて村には、カタおばあさんという有名な図案描きのおばあさんがいた。

「カロタセグのイーラーショシュ」の中でも、こう触れられている。

「 72年の当時、カロタセグで最も高齢で最も活動的だったのが、カタおばあさんである。
 彼女は、もう50年以上もイーラーショシュの図案を描いていた。
 子どもはなく、人生のすべてをこのイーラーショシュ描きに費やし、
 年老いて未亡人になってからも、病気のときにも、それをつづけた。
 彼女のあらゆる喜びと、生きがいのすべてだった。」

亡きカタおばあさんは、自分が受け継いだ図案にかなり執着していたらしい。
作者によると、72,3年ごろにはもう長くはないと思ったのか、
自分の図案を描き写すことをやっと許してくれたという。
それでも、後継者はいなかったとあった。

ところどころ破れかけた薄い紙を、
そっと卓上に広げる。
イーラーショシュは、布に図案が描き写されたその時点で
生命が吹き込まれているに違いない。

「4つの蹄鉄」と名づけられたモチーフ。
蹄鉄は、幸運のシンボルとして親しまれている。

valko4.jpg

「 カタおばさんが亡くなってから、その図案を貸してもらおうとお願いしたのだけど、
 もらえなかったわ。」
図案のひとつひとつに、
おばあちゃんの名前と描かれた年代が青インクで書いてある。
75年というと、カタおばあさんがなくなってから一年後。
村の伝統の火を消さないようにと、彼女が一から採集した図案なのだ。

IMG_4718.jpg

今ではカロタセグ地方を、
トランシルヴァニア全体を代表する刺しゅう。
刺しゅうのやり方も、すべてが統一されたり、
新しいテクニックが取り入れられて変化してきた。

「 見なさい。このシルクのバラを。
 こんな風に密に埋めていくのが、この村の特徴なのよ。」

valko2.jpg

熱心なおしゃべりのおかげで、おばあちゃんのしわがれ声が、
いよいよ声にならない声のようになってきた。
もう外は薄暗くなってきた。
私たちはお礼を言って、おいとましようと玄関のところまで来ていた。
おばあちゃんが言った。
「 あなたたち、こんな夕方にどこへ行くの?」
「 どこか、泊まるところを探さないと・・。」
「 町の先生のところが、セントラルヒーティングで立派なところよ。
 それとも、老人の部屋で嫌でなかったら、うちに泊まってもいいわ。」

願ってもないことだった。
私たちは、再びブジおばあちゃんの部屋へ戻ってきた。
ニワトリを小屋に入れたり、
薪を運んだりして、村での一夜が暮れようとしていた。

valko5.jpg



*イーラーショシュについて、
詳しくはもうひとつのブログにて。
ICIRI・PICIRIの小さな窓

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comments(6)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2011-03-30_01:30|page top

旅のはじめに

早朝に出た車が、
クルージナポカの町についたのは昼前だった。

中心の聖ミハーイ教会のある広場から、
ホレア通りをくだって駅へと向かう。
その途中のことだった。

一人の老人の姿が目に留まると、
目が離せなくなった。
えんじ色の革のアップリケと刺しゅうのベストには、
鮮やかな色で刺しゅうがびっしりと施されている。
肩にかけたチェックの織りのかばんは相当年季が入っていて、
鮮やかな色が織り交じったタッセルが揺れている。

maramuresbacsi2.jpg

おじさんの跡を急ぐと、
隣から声をかけた。
「 どちらからですか?」
「 ・・・村だよ。マラムレシュさ。」
おじさんはそう言って一瞬立ち止まると、
またゆっくりとした足取りで歩みをすすめる。

maramuresbacsi1.jpg

10年前は、
クルージナポカの市場の辺りや駅の付近で
こういう民俗衣装をきたおじいさんおばあさんたちを見かけたものだった。

こういう姿が、ヨーロッパ化されグローバル化されていく
ルーマニアの中で、ひとつ、またひとつと消えていくのは
残念なことである。

まだ見ぬマラムレシュをぼんやり思い浮かべながら、
おじいさんの後姿を見送った。




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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニアの町|2011-03-28_21:32|page top

雨の日の出来事

ついに、雨が降ってきた。
車どおりのない道を、ただ黙って
ひたすら隣村へと歩いていた。

ダンナの背中には古い陶器などでいっぱいの重いリュックサック、
手には2m以上はありそうな木のシャトルを持っていた。
私はというと、大切なノートや布地、カマも入れた手さげをもった。
肩からはカメラを入れたショルダーバッグをさげ、
食料を入れたリュックサックも背負っていた。

やっと隣村にたどり着いたとき、
雨がいよいよ大降りになってきた。
「 こちらが近道かしら。」
そういって、手前の角を曲がって急ぎ足でいく。
ここを先に行くと国道が見えるはずだ。

先ほどから、カメラを入れたバッグが気がかりでならなかった。
そしてノートをいれたバッグも。

小さな細道が橋に代わり、
やがてあぜ道へとつながっていった。
おかしい。
もう村の終わりなのに、
この小道はというと畑の方へのびているだけだ。
焦れば焦るほど、悪い方向へとすすんでいく。

やっと遠くで、国道らしき
ねずみ色に光るアスファルトが見えてきた。
私たちはやっとのことで、国道に合流できたのだ。

国道から駅のある町までは、
10km以上ある。
雨は激しくなっていくばかり。
ヒッチハイクしようにも、車が通る様子もない。

前髪に雨がしたたり落ちる。
雨に濡れるのは、みじめな気持ちだった。
やっと後ろから聞こえてきた車の音も、
親指を上げた私たちが見えないかのように
高速で脇をすり抜けて消えていってしまう。
2mの棒を手にした人間が怪しいからだろうか。

車があったらなとこんな時、つくづく思う。
悲観的な考えを抱きながら国道のすみを歩いていくと、
ふと真っ赤な新車が5mほど先で止まった。

慌てて、車の跡をおった。
ルーマニア語で行き先を告げると、
うなずいて「早く乗れ。」とせかす。
運転手と助手席には浅黒く日焼けした男性が、
後部席には10歳くらいの少女が乗っていた。
車に乗り込み、扉をしめる。

窓ガラスにダンナの姿が映った。
「 彼は乗らないのか?」
「 でも、荷物が・・。」と先の言葉が続かないでいると、
すぐに助手席の男が車を降りて、
荷物入れをあけて木の棒を中へ入れてくれる。
大きな車だったが、斜めにして運転手のギアのところまで届くほどだった。
私は片手でしっかりと抑えた。

ダンナものせて、車が走りはじめる。
先ほどまでの風景が嘘のように、
みるみる内に移り変わった。

先ほどまでの状況が、180度も変化した。
人の好意にすがるような、頼りないわが身を恥ずかしくも思うが、
こういう見ず知らずの人からの思わぬ優しさを受けると、
ますますこの地が好きになってくる。

「 こんな天候だから、乗せないわけにいかなかったよ。」
と浅黒い顔が微笑んだ。
好意で乗せてくれるのが、身にしみて感じられる。
ダンナが、村で古いものを譲ってもらった話をした。
そして彼らが、スペインで土建業をしに出稼ぎに行って、
里帰り中ということも知った。

やがて町の駅のそばにつくと、
車が止まった。
ヒッチハイクをする者は、
交通機関のせめて半分のお礼をすることが
暗黙の了解としてある。
紙幣をにぎった手を差しだすと、
運転手は首をふった。
「 でも、ガソリンは高いから・・。」
それでも首をふった。

赤い車を手をふって見送る。
旅の素晴らしさは、こんなところにある。

雨は、もう小ぶりになっていた。




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comments(2)|trackback(0)|その他|2011-03-26_17:28|page top

上ドボイ村のパーリンカ製造所

それは、まだ今年最後の雪が残る日のことだった。
木枯らしの吹く朝、
私たちは上ドボイ村に来ていた。

IMG_3822.jpg

村の入り口にある廃屋は、
コレクティブといわれる集団経営農場のあと。
そのがらんとした土地の一角に、小さな小屋が建っている。
大きなプラステック製の樽が並んでいる。

IMG_3818.jpg

中からほんのりと漂ってくるのは、甘い甘い香り。
プルーンの匂いだ。

実はこれ、村で唯一の蒸留酒工場。
秋に収穫したプルーンを樽の中で発酵させてから、
ここでパーリンカと呼ばれる蒸留酒を造る。
「もう60年ものの機械さ。」とおじさんが言う。

IMG_3814.jpg

パーリンカは、二度蒸留させることが原則だといわれる。
プルーンを釜で煮るのに使うのは、もちろん薪。
一回目の機械で蒸留されたエキスを、
さらに二度目の機械にかけることによって、
より純度の高い、アルコール度の高い酒ができる。
「これが本物の飲み物さ。」とこの土地の人たちは、誇りをもって言う。

家庭用なのに、酒税がかかるらしく、
1リットルあたりの税金を支払い、
工場の持ち主にも何割かの酒で支払って成り立っているらしい。
1月から3月までは、予約がいっぱいだという話だ。

IMG_3816.jpg

ドボイの入り口にある門には、
ルーマニア語、ハンガリー語、ルーン文字の三つの文字が刻まれる。
ルーン文字は、セーケイ人がローマ字を受容する前に使用していたといわれている。

IMG_3823.jpg

乾いた色のススキの穂が風で揺れ、
さざ波のような音を立てていた。

IMG_3824.jpg

村の中心のカルバン派教会。
だいぶん古く崩壊の危険があるために、
もう使われてはいない。

IMG_3836.jpg

北に面したドボイ村は冬が長い。
村にようやく太陽の光が届いた。

IMG_3837.jpg



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comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2011-03-21_08:30|page top

3月はじめの野原、春の匂い

連日、日本から届く哀しい知らせ。
パソコンが映し出す現実からすこし離れようと、
息子といっしょに外へ出かけた。

歩いて10分ほどで、
もう町のはずれにたどり着いた。

IMG_4327.jpg

かつてはタンポポ畑しかなかったというこの一帯も、
新しい家が次々と建っては、野原を潰していっている。

この谷あいには、
珍しい植物も数多く見られるそうだ。
太陽のあたたかさに、思わず上着を脱いだ。

koratavasz20111.jpg

谷には小さな小川が流れている。
高原に近い環境のため、
ふだんは、流れる水を眺めることもない。
この崖を下ってみよう。

koratavasz20112.jpg

ちょうど崖の中腹あたりで、
茶色い乾いた色のなかに
黄色く点々と咲いた花を見つけた。
春一番の花。

koratavasz20113.jpg

お腹をすかせたミツバチたちが、
すでにぶんぶんとたかっていた。
「 春の匂いがするよ。」
太陽の熱であたたかくなった土をさわり、息子がこう言う。

岩の割れ目からも、春の息吹が生まれている。
植物はたくましい。
ほんの少しの土と水、光だけで、
こんなに美しい花を咲かせるのだから。

koratavasz20114.jpg

先週の雪もすっかり溶けて、
大地を湿らせて流れていく。
水の流れていく音が、心地よく耳に響く。

koratavasz20115.jpg

あと数週間で、
この大地も緑色に包まれるだろう。
確実に日は長くなっていき、
この乾いた土地にも春の恵みがもたらされる。

koratavasz20116.jpg



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*東北地方太平洋沖地震で被害を被られた方々に、
心からのお悔やみと、復興を願って・・。

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comments(2)|trackback(0)|自然、動物|2011-03-14_19:16|page top

冬の埋葬-2011年ファルシャング(謝肉祭)

きのうまでに降った雪が、
小高い丘をうっすらと白く染めていた。
一年に一度のファルシャング(謝肉祭)がブルン村で行われる。

キリスト教徒にとっては長く辛い謝肉の期間に入る前に、
最後の大騒ぎをしようというイベント。
冬の最後をしめくくる祭りである。

食べて飲んで、歌って大声を出して、羽目をはずす。
10月ごろに畑仕事を終えてから、
ずっと人々は家にじっと閉じこもる。
冬の村の仕事は少ないから、
日ごろの退屈しのぎに大暴れしたいという欲求が起こってもおかしくはない。

村に到着しすると、もう10時を回っていた。
丘にそびえる大きな円塔の建物は、
村のシンボルであるユニタリウス派教会。

bolon1.jpg

小川にかかっていた石橋は去年の洪水で
見事に崩れ果てた。災害の跡が痛々しい。
人がやっとすれ違うくらいの狭い橋を
通って村の向こう側へ。

IMG_3087.jpg

貝戸さん夫妻はぬいぐるみ、
息子は仮面をかぶっての参加。
静かな広間でキョロキョロしていると、
向こうからおじさんが息子に手招きをしている。
あちらへ行くと、緑の1レイ札を息子へ手渡した。
満面の笑みをうかべて、息子はこちらに戻ってきた。

そう、ブルンのファルシャングといえば、
面をかぶった輩が、お金をせびってくることで有名。

村人たちに馬車行列の行き先をたずねて、跡を追う。
真っ白な雪景色に、
鮮やかに映える衣装を着た行列が見えてきた。

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パレードで一際目立っているのが、
馬にまたがった花嫁と花婿たち。
結婚式さながらの、花輪をつけた馬が晴れ晴れしい気持ちにさせてくれる。

よく見ると二人とも若い男性。
ファルシャングの大切な要素はパロディであるから、
これも結婚式を風刺している姿にすぎない。
昔は12組あったのが、いまや6組に減ってしまったという。

IMG_3121.jpg

祭りを生き生きと盛り上げてくれるのが、
この奇怪な衣装を着たチンピラたち。

色とりどりの布がフリンジとなって揺れる衣装に、
帽子、毛むくじゃらの仮面・・。
人を見つけるが早いか、すばやく駆け寄ってお金をせびる。
お面のせいか、酒がまわっているせいか、
ずいぶん強引なのがまた面白い。
仮面をとると、どれも若い少年たちだ。

IMG_3176.jpg

ふと、村の住民のなかにどこか見知った顔を見つけた。
「 俺を覚えているかい?」
二年前に棒で散々追いかけまわされた、いたずら青年だった。
「 もう参加しないよ。
  俺はこの通り、ほら老いぼれてきたからね。
  新しい若い奴等に、役を回さないと。新しい風を入れないとね。」

彼らが本領を発揮するのが、集団でたかるとき。
正面から車が向かってきても、平気で止めてしまう。
スピードが緩んだらあっという間に取り囲んで、運転手と話をつける。

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そして忘れてならないこのファルシャングの主役は、
最後尾の馬車につながれて運ばれていく二人の藁人形。
背中には、アダムとイブと書かれている。
この祭りの要所である、いけにえの二人なのだ。

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村のおばあさんから話を聞いた。
「 昔はね、家で織った生地で洋服を作ったのよ。
  いいえ、勿体無くなんかないわ。
  だって、この生贄があってこその祭りなんですもの。」

この長い冬を追い出すことが彼らの祈りであるとしたら、
それ相当の犠牲が必要だ。
手間隙をかけて機で織られた衣装は、
どんなにか美しかっただろう。

IMG_3227.jpg

行列を一目見ようと、家の軒先から
人々が遠巻きに見ている姿が印象的だ。
ふだんはなかなか見ることのできない、
家の主人の姿と家とを見比べてみる。

IMG_3112.jpg

お年寄りの人たちは、
あの行列にかつての主人の姿を、

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かつてのわが姿を、
かつての息子の姿を重ね見ているのかもしれない。

IMG_3273.jpg
 
行列の跡をずっと追い続ける私たち。
雪道を歩いてきたせいか、足もかじかんでくる。
一回りして、中心の広場へ戻ってきた。
古い建物が立ちながら朽ちていくのが、いかにもルーマニアらしい。

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ここトランシルヴァニア地方では、
かつて死者の婚礼という習慣があった。
未婚にしてなくなった若い少年、少女の魂を鎮めるために、
偽装の結婚式をしたという。
ちょうどファルシャングは、その名残をとどめているかのようだ。

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あれほど地面を覆っていた雪もいつしか解け、
かわりに地面は茶色の泥と水たまりで埋めつくされる。

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行く先々では、人々が行列をお菓子やお酒でおもてなしをする。
だから、なかなか先へ進まない。
優に6時間もかけて村を一回りするというのだから、
壮大なお祭りである。

こんな話も聞いた。
「 年々、参加者の若者が減ってきているの。
  子どもが祭りに出るとなると、
  その家ではまずおもてなしをしないといけないでしょう。
  それに衣装やら、馬やら・・。お金がかかるからね。」

これを聞いて、はっとした。
村人たちがお盆いっぱいにお菓子やらお酒やらのおもてなしを、
参加者だけでなく、私たち外部の者にも振舞ってくれる。
あのチンピラたちは彼らの子どもたちであるから・・・。
今まで、お金をせびる彼らが疎ましかったが、
それを聞いて納得した。

IMG_3303.jpg

祭りが進むにつれて、
はじめの堅苦しさがぬけたようだ。
彼らの目にも冴え冴えとして、凄みを感じさせる。
衣装も泥だらけ、これが祭りの本当の姿なのだろう。

IMG_3316.jpg

広場には、たくさんの村人が集まっていた。
観衆の前に引き出されてきたのは、
最後尾にいたあのアダムとイブ。

IMG_3325.jpg

藁に火が燃えうつるのを今か今かと
待ち構える人たち。

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やっと赤い火が現れる。
生贄の体に燃え移っても
若者たちは冷淡な目を注ぐだけ。

IMG_3375.jpg

あっという間に、
真っ赤な火が呑みこんでしまう。

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火が勢いづいて立ち昇ると、
彼らはその周りを踊り回りはじめた。

IMG_3381.jpg

燃えさかる炎と、二つの体。
冬の生贄をながめる人たちの心は、
まさに来たるべき季節を呼び寄せるかのよう。
さらに火の勢いは増していく。

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大声で声を張りあげる。
陽気な踊りではなく、
むしろ儀式としての舞のようである。

IMG_3415.jpg

赤い火に、冬の終わりが見えた。
雪に閉ざされた数ヶ月の
心と体を浄化するような、炎。

farsang20012.jpg

気づくと黒いすすの塊が
目の前にあった。

IMG_3493.jpg

半ば放心して、藁の残骸と炎とを見つめる私たちの視界を
一人の若者がさえぎる。
いまだ赤い炎を発している上に飛び乗った。
布の端切れを、炎はメラメラと燃やしている。

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やがて炎の上を跳ねていった。
山伏が修行を終えてから行う通過儀式のように、
彼らの精神も鍛えられたのだろうか。

IMG_3512.jpg

隣で眺めていた少年が声をかけた。
「 来年もまた来ますか?」
そうねと考えたあと、こう尋ねた。
「 ねえ、あなたも大きくなったらこの祭りに参加したい?」
少年は迷わず、うなずいた。

IMG_3496.jpg

祭りの後の広場。
人々は夜にはじまるダンスパーティに備えて、
帰宅の途につくのだろう。

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祭りの祈りが通じたのだろうか。
帰り道の車からの景色に、
厚い曇り空のすきまから太陽の光が差してきた。

春がやってくるのも、
そう遠くはないかもしれない。




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*2009年のファルシャングの様子は、
 こちらでご覧いただけます。
 トランシルヴァニアの謝肉祭(カーニバル)

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comments(6)|trackback(0)|イベント|2011-03-05_20:35|page top

幼稚園にやってきたカーニバル

ある日、白雪姫幼稚園に二匹の化け物がやってきた。

毛むくじゃらの茶色い顔には、
丸く見ひらかれた目、
ピンク色の唇からは赤いベロがたれている。
その上、耳には赤や青や灰色の
大きな耳飾りがぶら下がっている。

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その二匹がミツバチ組に足を踏みいれると、
子どもたちはすぐにその気配に気がついて、
おそるおそる近づいていく。
すると、そのとたん、

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「ヴー!!」
毛むくじゃらは、ものすごい声をたてて飛びかかろうとする。
子どもたちは大騒ぎで、部屋に逃げもどっていく。

クルージ・ナポカに在住のPretzelの哲哉さんと由希さん。
日本人のお客様を、子どもたちは大喜びで出迎えた。
マスクはもちろん手作り。

見ると無性にかぶりたくなってくる、
愛嬌のある顔。
そのかわいい毛むくじゃらにみんな夢中。

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部屋の中で、おびえていた子どもは
まだ2歳のゲルグー。
先生に抱かれたまま、降りてこようとしない。
「 大丈夫。ほら、かぶっていたのは子どもでしょう。」

IMG_3000.jpg

ちょうど、その日は
息子のクラスでカーニバルが開催された。
人々は冬の終わりに、
羽目を外して歌い踊り、飲み食いをしてから、
長い謝肉の時期を過ごすことになる。

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子どもたちは自分たちで
その役柄を決め、イヌやネコ、クマやヒツジなどの
動物に仮装している。
また、花嫁さんに花婿さんが登場するのは、
結婚式をパロディするためである。

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仮装をして歌い踊る子どもたちは、
いつもよりもずっと元気がいい。

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子どもたちの元気なパワーで、
外の雪も寒さも吹っ飛んでしまいそう。

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お客様もいっしょに、みんなで楽しく踊る。
この大騒ぎは、
長い冬を過ごすのに欠かせない要素だったに違いない。

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飛び入りのお客たちが帰ったあとも、
子どもたちの笑い声はいつまでも響いていた。






トランシルヴァニアをこころに。

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