トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

東京-イスタンブール-ブカレスト

東京からの飛行機が11時間の飛行を経て、
イスタンブールに到着した。

空港であわてて予約していたホステルの住所を調べ、
まったく未知の通貨に両替して、
地下鉄、トラムを乗り継いで旧市街にたどり着く。

ホステルは偶然にも直ぐに見つかった。
細く暗い螺旋階段を上ると、
二段ベッドが敷き詰められた部屋が丸見えで
唖然としながらも住人たちに挨拶をする。
そう、ここはバックパッカー御用達の安宿だったのだ。

レセプションのある3階につくと、
漫画喫茶さながらに沢山の書物が並び、若者たちがくつろいでいた。
その奥のキッチンでは、
管理人の男性が利用客のために夕食を調理している。

若者たちは煙草をふかしたり、漫画を読んだりしながら、
常連客のように親しげに会話をしている。
まるで、どこかの大学の部室に紛れ込んだような感覚だ。

表から、かすかに聞こえる演歌の歌声のようなものだけが
私たちを日本のクラブ室から異文化の世界へと誘い込むようだった。
「あの。これは、どこか飲み屋から聞こえてくるんでしょうか?」
思い切って声をかけると、
親切な若い女性が教えてくれた。
「今日はラマダーン(断食)ですから、
この辺りでも屋台があったり、生演奏があったりするんです。
お子さん連れでも、夜10時過ぎまで皆さんいらっしゃるので、
安心して外に出られますよ。」

話に聞いていたラマダーンの日と重なるなんて、なんという幸運。
息子を連れ立って、モスクのある広場へと向かった。

トラム沿いの道には、観光客向けのお土産ややレストランが軒を連ねる。
すぐに生演奏のステージが姿を現した。
伝統楽器の演奏が、夜の街に鳴り響き、
嫌が負うにも旅特有の興奮と好奇心とで胸が沸き立つ。

Istanbul 092

さらに先に進むと、
巨大なモスクがいくつも立ち並ぶ広場へと出た。
水あめ売りに、トウモロコシ、アイスクリーム屋さん。
真っ暗なのに大人も子どもも芝生にシートを広げて座り、
飲み食いをして楽しんでいる。
宗教行事というよりも、もしろ夜桜見物のような賑やかさ。

真っ暗な空に青い光が舞い上がり、
コマのように回りながら落ちていく。
すばやくその光の矢をキャッチすると男が、「3リラだよ。」と勧めてくる。
2リラに値段が落ちたとき、それを買った。

Istanbul 089

少女たちは、シロツメ草のような白い花の冠をしていた。
ふわふわとした髪を可憐に見せる小さな花は、
彼女たちの足を浮き立たせていた。
よく見ると、プラスティックでできている。
のちに通りで、腕に無数の花冠をつけた男と出会った。

Istanbul 093

安宿に帰ったのは、夜の11時ごろ。
夜風が肌寒いくらいだったので、ベッドの中の布団が心地よかった。
夜分にお祈りの声が鳴りひびいて、目が覚めた。
息子も目が覚めたらしい。
朝の散歩に連れ立った。

昨夜の賑わいが嘘のように、静けさを取り戻していた。
東の空が、うっすらと赤みがかかっている。

Istanbul 096

地図で見ると、海が近いらしい。
モスクをすぎて、ホテル街を抜けるとすぐそこは海岸沿いだった。

Istanbul 107

朝焼けが対岸の新市街を黒く浮き上がらせている。
小船に乗った男たちが、大きく手を広げて挨拶をしていった。
たくさんの船が行き交い、それはいかにも貿易の街らしい風景だった。

Istanbul 113

海辺には、たくさんの野良猫が暮らしている。

Istanbul 134

イスタンブールでは有名なブルーモスクも、
アヤソフィアも通り過ぎただけで立ち寄ることはなかった。
偶然に立ち寄った町を、行き当たりばったりに楽しみたかった。
いつかしっかりと目的を持って来たいと思う。



飛行機の搭乗時間は、4時の予定となっていた。
2時過ぎには飛行場につき、
ゆったりと搭乗までの時間を待っていた。
ゲートの向こう側は、搭乗時間が迫ってから荷物検査をして通される待合室になっている。

安心して、これまでの旅の疲れが一気に噴き出したのだろうか。
ガラス張りの待合室を目の前に、
うつらうつらと眠りに誘い込まれていた。
息子は近くで遊びながら、時折、私の足にしがみついたり
肩をたたいたりして起こしにかかる。
ふと目を覚ましても、待合室に一向に変化がないのをいいことに
また眠りについていた。

やがて、何度めかに目が覚めたとき、
掲示板に目をやると、出発時間が目の前に迫っていた。
しかも、搭乗口が変更されている。
息子に声をかけて、荷物をいくつも背負い
空港内を一気に駆けぬけていく。
行けども、行けども搭乗口が見つからない。
通路を右に曲がり、エスカレートを下って、
ようやくたどり着いたと思ったら・・・。

係員の二人が首を振り、
「もう間に合わないよ。」と告げる。
あと1時間でブカレストに着いたはずなのに・・。
息をつく間もなく走って来たので
のどが引き裂かれたかのように痛く、しばらく声が出なかった。

ブカレスト空港でダンナが待っている。
そう思うと、申し訳なくて涙があふれてきた。
携帯電話もなく、連絡のしようもない。

空港内をぐるぐる巡って、チケットを発券してもらい、
また搭乗口に戻ってくる。
ぼんやりと5時間を過ごして、
やっと深夜の便でブカレスト空港に到着した。
深夜の空港には、ぼったくりタクシーしか止まっていない。
仕方なく、空港のベンチで朝まで待つことになった。
息子に今日一日の失態を謝ると、
「飛行場で寝るなんて、面白いね。」と思わぬ笑顔を見せてくれた。



早朝の5時半。
ブカレスト空港の最寄り駅まで、送迎バスで向かうことになっていた。
客は私たち二人だけ。
車を出そうとするとき、運転手がこう声をかけた。
「駅までは上り坂があって、
電車に荷物を載せるのは大変だから
10レイでブカレスト北駅まで乗せていこうか?」
それでも、もう券は買ってある。
大丈夫だと返事をした。

飛行場から10分ほどで最寄り駅に到着した。
日本なら、国際空港に何としてでも列車を直結させようとするのが常識だが、
こういうところがルーマニアらしい。

運転手のおじさんは荷物を下ろしたあと、
私のスーツケースを引いて坂道を上ってくれようとする。
大丈夫だと制するが、それでも手を離さない。
暗い無人駅でおじさんと私、息子の三人が立つ。
「俺はプロイェシュティに住んでいるんだ。
遠いけど・・、仕方ないさ。仕事のためだ。」
手に握り締めていたチップをおじさんに渡そうとすると、
「いいんだ。これは、子どものために使ってあげてくれ。」と受け取らない。

やがて赤く空が染まった方向から、
白い光がだんだん大きく近づいてきた。
キィーという騒々しい音とともに、列車が止まる。
駅のホームと列車の間は、大股でないと届かないほどの距離があった。
おじさんの言っていた「大変」という意味が即座に分かった。
運転手のおじさんは、重いスーツケースを抱え上げて、
列車の中に受け渡してくれる。
礼もいう間もなく、すぐに走り去ってしまった。

私たちが乗り込んだのは、満員の通勤電車のようだ。
通路から中へは入れず、たくさんの人が周りを取り囲んでいた。
隣にいる陽気なおばさんが言った。
「あなたたち、どこへ行くの?」
トランシルヴァニアに住んでいることを話すと、
なお興味津々でいろいろと聞いてくる。

「私はね、パプリカを売っているのよ。
これは辛いのだけど、あなたのご主人なんか好きなんじゃないかしら。
ほら、きれいでしょう?」
見ると、列車の(お世辞ともきれいとは言えない)トイレの中から、
青々と葉を茂らせた見事なパプリカが顔を覗かせていた。
まるで観賞用の植物のように、
緑や黄色、赤など色とりどりで美しい。

同じ村の出身なのだろうか。
おじさんや若者たち、
周りの人たちが仲良さそうに話している。
「もうすぐブカレスト駅に着くけど、大丈夫。
ここに若いのがいるから、手伝ってくれるわよ。」
先ほどからよく話している若い青年は、息子だろうか。

駅に着くと、示し合わせていたかのように
若い男がスーツケースを引っ張り、
後ろにいたおじさんが息子の手をとりながら降りてくれる。
そして荷物を下ろしたと思うと、
その男は忙しそうにすぐに行ってしまった。

私は握り締めていた飴を、おじさんの手に渡した。
「日本の味です。」
まだ列車にいたおばさんに声をかける。
「どうもありがとう。手にキスを!」

ブカレスト駅で小さな買い物をしてから、
今度はブラショフ行きの列車に乗り込む。
後ろからか細いおじさんが何も言わずにスーツケースを抱えて、
列車の中に運び込む。
「大丈夫だ。」とその顔は赤く、どうも酒臭い。

席に荷物を下ろして、おじさんに礼を言うと、
「ああ。土産に何かくれ。10ユーロくらいでも。」
その片目は、白く澱んでいた。
おそらく、その目は見えないのだろう。
お金がないから、これで勘弁してくれと
ルーマニアレイで少しのお礼を渡すと、そのまま去って行った。

31キロのスーツケース、10キロのボストンバッグ、肩掛けかばんにカメラケース。
そして7歳の息子。
どうなることかと一時は心配だった旅も、
たくさんの人の親切に助けられて無事に締めくくる事ができた。

ブラショフ駅に到着すると、、
前の列車で先に着いていたダンナが待っていた。
こうして長い長い旅が終わった。









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comments(4)|trackback(0)|その他|2011-08-31_15:44|page top

過ぎてゆく日本の夏

7月に私たちが下り立ったのは、
梅雨の終わりの東京だった。

肺にどっしりと圧迫してくる空気と気だるい暑さ。
高い建物が立ちならび、アスファルトが敷き詰められた都心部では、
新鮮な空気を味わうこともできない。
息子は、ビルの入り口に何気なく置いてある壺の中に、
ちいさな蚊の幼虫を見つけては、ペットボトルに入れて飼っていた。

ちょうど大阪に移動する日に、台風がやってきた。
やっと空気が涼しくなったかと思うと、
今度はセミが一斉に鳴きはじめた。

japankialliras2011 419

久しぶりに聴くセミの大合唱に驚き、そして圧倒された。
大気を震わさんばかりに、
もの凄いパワーが体全体に伝わってくる。
短い命をありったけの叫びに変えて、
子孫を残して尽きていく。
夏を象徴する小さな命。

japankialliras2011 369

宮崎ではお気に入りの場所を見つけた。
近所の大木に、カブトムシやクワガタムシの溜まり場があった。
木を揺らすと、上から昼寝をしていた黒い虫たちが
雨のように降ってくる。
こうして、息子の遊び相手には事欠かなかった。

miyazaki 225

空にたくさんの星は見られないが、
夏の夜には無数の星を降らすことができる。
一瞬の光の筋が、
本のひとときだけでも日常を明るく照らしてくれる。
私たちは、幾度ともなく花火を見た。

miyazaki 183

お盆を迎えるのは、4年ぶり。
家に帰ってくるご先祖さまを迎えるために、
軒先で火を焚き、部屋の中では香をたき、
色とりどりの花やお菓子を添える。
お寺でもらった五色の紙は、ご先祖が乗って帰る舟だという。
15日の夜に、送り火とともに燃やしてしまう。

miyazaki 155

「赤とんぼの背中に、死者の霊がのって帰っていくんだよ。」
誰かがそういった。
本当にその通りだった。
お盆が終わると決まったようにして、
赤とんぼが田んぼを縦横に行きかうようになった。

miyazaki 289

九州山脈のふもとに、お参りをしようと母が言った。
空に切り立つ山々をいくつも越えていくと、やがて視界が開けて高千穂が見えた。
それは、まるで天空都市のようだった。

かつて世界が真っ暗になったとき、
神々が集まって、太陽神アマテラスを誘いだそうと相談をした所。
黒々とした洞窟、白く輝く清流、
川の流れる音と静けさが身にしみた。

miyazaki 345


Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|その他|2011-08-30_20:29|page top

喜界島の別れ

奄美諸島に浮かぶ小さな島。
ここに友人の一家が移住して、はや3年になる。

ご主人のご両親は島出身。
京都で生まれ育った二人、
そして4人の子どもたちが新しい環境の中で生きてゆく。
それは、確かに大きな試練であるに違いない。
それでも一家は島に新しい風を入れながら、しっかりと地に足をつけて暮らしている。

ある夜、彼らの新居へと招待された。
ほとんどの居住区がある海辺から、
島の真ん中にある小高い丘に向けて車を走らせる。
外灯すらほとんど見られない
真っ暗な夜道。
もしも後部座席に話し相手の息子や母がいなかったら、
恐ろしくなってとうに引き返してしまったかもしれない。

「ここの区域は特に、霧が濃くて・・。」と話していた友人の声が離れない。
去年の冬にはじめて訪ねたときに、
その霧に遭遇してしまい、
右も左も分からず混乱して電話で呼び出した事があった。

その暗い夜道を祈るような気持ちで上りつめていくと、
小さな集落が見えた。
台風の風除けのため曲がりくねった道を進むと、
その集落の終わりに彼らの家があった。

車のライトの光が消えると、
一瞬にして暗い夜空に無数の星屑がまばゆいほどに浮かびあがる。
周りには、サトウキビ畑が闇の中でザワザワとささやくばかり。
「ここは、ひとつ高くなっているので
町の明かりがすっかり隠れてしまうんですよ。」とご主人さんが教えてくれる。
その闇の深さ、虫の声と草のざわめきの心地よさ。

一歩、家に入ると、
そこは賑やかな家族の団欒の姿があり、
夜の心細さなど塵のように消えてしまう。
私たちは夜が更けるまで、
その家族のぬくもりに身を任せていた。


やがて出港の時間が近づいてきた。
近づく台風の影響で、その日は出港の時間がずれて、
しかも条件付きでの出港。
というのは、波が高い場合は、
湾に船が乗り入れる事ができずにそのまま行ってしまうこともあるとのこと。

サトウキビと星屑の夜空を後にして、湾を目指して下っていく。
船着場は、島を離れる人と残る人たちの熱気で包まれていた。
汽笛が鳴り響き、大きな船はもくもくと白い煙を吐いていた。

別れの時は刻々と迫っていた。
喜界島とトランシルヴァニア。
南の小島と北国の小さな町。

彼女の住むところと私の住むところは、
180度も異なる自然の中にある。
それでも、よそ者として異文化に暮らす
私たちの心境は驚くほど似ている。

「また一年後に、会いましょう。」
前と同じように、私たちはお互いの肩を抱いて別れた。
別れは、また新たな始まりでもある。
船は、大きく揺れながらも一晩の航海へと旅に出た。






comments(0)|trackback(0)|その他|2011-08-29_15:24|page top

海と子どもたち

「海は空をうつしだす鏡なんだ。」
そう教えてくれたのは、
島へ向かう船の中で出会ったおじさん。

一日を通して移り変わる海の色を楽しみ、
水から離れようとしない子どもたち。
一度その魅力の虜になったら、
それなしにはいられない。
海の魅力。

限りなく透明な水に浮かび、
力の限り遊びつづける子どもたち。

kikaijima2011 228

水遊びに疲れたら、海岸沿いを探索しよう。
そこでは見たこともない生き物、植物が待っている。

kikaijima2011 151

ここは、まるで月面のよう。
喜界島はサンゴ礁でできているから、
この岩のようなものも実はサンゴなのだ。

kikaijima2011 153

「これ、パイナップル?」
海辺の低木になる大きな実は、アダンの実。
やっとのことで固い実を一つちぎると、
ポロポロと他の実も簡単に落ちていく。

kikaijima2011 286

その香りは、甘く刺激的で、
言うなれば熟したマンゴーのようなもの。
残念ながら、人は食する事ができない。

kikaijima2011 283

この果実を好物とするのは、陸ヤドカリ。
小さなものから10cm以上のものまでいるのだが、
何とも不思議な紫色をしている。
スギラビーチの入り口の浜辺を歩くと、
アダンの木の根元で無数の陸ヤドカリと出会う事ができる。

kikaijima2011 251

子どもたちのご両親は、
本格イタリアン・レストランを開いている。
出来たばかりの美味しいご馳走を、日の暮れゆくビーチで頂く。
それが最高のご馳走。

kikaijima2011 182

一瞬一瞬、色や形を変えながら
空のキャンバスは今まで見たこともない風景を描き出す。
海の向こうには、奄美大島が黒い影となって写っている。

kikaijima2011 289

喜界島の一日が、
ゆっくりと色鮮やかに沈んで消えていった。
comments(0)|trackback(0)|その他|2011-08-28_15:14|page top

望郷の碑にて

喜界島の小野津。
何気なく車を止めた、小高い丘。
眼下に、青い海と小さな村を見下ろす見晴台。
そこに望郷の碑が立っている。

kikaijima2011 218

その裏に回ったとき、
一人の老人が座っているのに気がついた。
挨拶を交わす。
何かを尋ねると、歯の抜けたおじいさんは、
にこやかに返事をしてくれる。
島言葉なのか、少し分かりづらいところもある。

大きな石碑の影にいると、
やがて原付バイクでもうひとり老人が到着した。
その人は待ち合わせをしていたかのように、
おじいさんの隣に腰掛けた。

「島には集落ごとに言葉が違うんだよ。
ここ小野津はまだいいほうだけど、
志戸桶あたりなんか、俺たちでも分からない事があるくらいさ。」
原付で現れたおじいさんは、
意外にも標準語に近い分かりやすいアクセントで話をする。

「俺は若いときに鹿児島にいたんだけど、
あいつらの言葉なんて、全然身につかなかった。
それでも押し付けるんだ、俺にも話せって。

それから福岡に行って、
博多弁は完全に身に着けた。
友達になった奴は、東京育ちの江戸っ子だったから
これもまたすぐに覚えた。

孫たちには言うんだ。
テレビを見るのはいいけど、
ただ見るんじゃなくて言葉をちゃんと身につけろって。」

そういえば、島の子どもたち同士は
それほど方言を使っていないことを思い出した。
こんな風に島の文化がなくなってしまうのは
寂しいことだ。
今では学校で、また島の言葉を教える動きもあるという話だ。

おじいさんは、それでも頑なに言い張る。
「こんな方言ばかり話していてはダメだ。
いずれは島を出て行くのだから。」

かつて人口2万人ほどあったというが、
今では8000人を切るほどに人口が減少しているという。

そうかと思うと、村へ移住する人たちもいる。
島の二世であるご主人とともに移住を決意した友人、
そして4人の子どもたち。

小さな島社会の中で生きていくという困難に立ち向かいながらも、
新しい目で島の未来を見つめている。

彼女の書くブログは、
喜界島の新しい魅力を発見し、伝え、
それは島を離れた人たちの心にどう訴えかけるのだろうか。


*Twelveseventeenさんの喜界島発ブログ。
twelve seventeen


comments(0)|trackback(0)|その他|2011-08-28_13:58|page top

南の島へ

大阪の昭和の町を去った後は、
南港から船で西へと向かう。
太平洋の波に揺られて一晩すぎると、
だんだんと広大な九州の大地が近づいてきた。

japankialliras2011 465

九州の大地を踏みしめて、休むまもなく
再び旅に出かける。
夏の変わりやすい天候の中、
台風が来ないうちにとさらに南へ。

昼間の焦がすような太陽光線が和らいだとき、
しめった潮風とともにやわらかなオレンジの光が
大海の上をただよう。

薩摩冨士と讃えられる開門岳は、
九州の終わりを告げていた。

japankialliras2011 490

7月の終わり。
まだ暗いうちに、島の港へ船が乗りこんだ。
大勢の出迎えの人たちの間をぬって、
友が走りよってきた。
まだ夢をさまよう朝の眠気の中、
彼女の声を聞いて私は喜界島へ着いたことを知った。

japankialliras2011 496

「ママ、喜界島へ来たって信じられる?」
目を見開いてたずねる息子の声。
「ううん、信じられない。」

そうしている間に、
暗闇は西へと引きずり込まれていき、
やがてスギラビーチに朝日が輝いた。
私たちの休暇がはじまった。

japankialliras2011 509


comments(2)|trackback(0)|その他|2011-08-16_01:46|page top

トランシルヴァニア展示会を終えて

トランクひとつに沢山の想いと布を詰めこんで、
臨んだ展示会。
トランシルヴァニアの文化や生活、手仕事という
二つの大きなテーマが、はじめて小さな形となった。

神保町のアートの香りのする素敵な書店で、
中崎町の昭和の懐かしさの漂う素敵な雑貨屋さんで、
たくさんの人と出会い、
時にはいっしょに針をもち、
時には話に花を咲かせた。

本来なら伝える側の私が、
逆に新しいことを学ばせていただいたことも数多くあった。

ある時、こういう質問があった。
「どうして、農村の手芸に興味があるんですか?」
そうして、とっさにこんな言葉が口をついて出た。

トランシルヴァニアの農村には、
今の日本の社会では失われてしまった生活。
自分たちで着るものを作ること、
食べ物を作ること、
住まいを作ることがまだ残っている。
自分たちの手で衣食住を作り出すことは、
地に足のついた、本当は一番確かな生活なのではないかと思う。

また母校の恩師から大学に呼んでいただき、
私より一回りも若い後輩たちの前でお話をさせていただいた。
ハンガリー文化へ足を踏み入れるきっかけとなり、
そして恩師の先生方のいらっしゃる大学は、
私の原点である。

また気持ちを新たに
トランシルヴァニアでの生活を見直していきたいと思う。

japankialliras2011 166

japankialliras2011 310

japankialliras2011 326

japankialliras2011 175

真夏の猛暑の中を汗をかきかき来場してくださった方々、
遠い町から見守ってくださった方々、
展示会を支えてくださった方々。
トランシルヴァニアを愛する人、
そして手芸を愛する人へ。
心から感謝いたします。

tenjikai.jpg

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(8)|trackback(0)|その他|2011-08-07_02:37|page top