トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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降りつもる雪とクリスマス

12月は子どもたちにとって、楽しみの多い月。
6日には聖ミクラーシュが、プレゼントを手に子どもたちのところを訪れる。
よい子にはお菓子でいっぱいの袋、
わるい子には玉ねぎと木の枝を・・・。
ほとんどは、お菓子も木の枝ももらうのが普通のようで、
子どもたちはその年一年の自分の行いを省みることにもなる。

アドベントのリースにろうそくの火をともし、
クリスマスのコンサートに耳をかたむけ、
町のイルミネーションを見て胸をおどらせ、
オーブンからただよう焼き菓子の匂いがいっぱいに満ちて・・。
あっという間に、クリスマスはやってくる。

今年、晴れて小学生になった息子は、
クラスのクリスマス会に参加した。
手作りのランプに、ろうそくのほのかな光が落ちる。
ステージには、天使さながらの白い服に身をつつんだ子どもたちの姿。

karacsony2011 010

歌をうたい、詩を朗読して、
貧しい人たちに施しをした聖人フェレンツの物語を演じる。
凍える人には服やブーツを、
飢える人には食べ物を・・。
今のように、物でいっぱいにあふれる社会で生まれ育った子どもたちに、
クリスマスの本当の喜びがわかるのだろうか。

karacsony2011 014

深夜に雪が降りはじめた。
真っ黒な闇の中を、ふわりふわりと羽根のようなちいさな塊が
次々と地面に舞い下りてくる。
そんな夜は、外に生命を感じさせる。
朝起きて、一番に見る銀世界の美しさは言葉にならない。

karacsony2011 020

太陽ははかなげに輝いて、
白い世界をやさしく照らし出した。
冬の短い一日が、しずかに流れていく。

karacsony2011 022

灰色の冬に白色が加わると、
どうしてこんなにも美しいのだろう。
いつもの見慣れた風景が、いつもとは違う。

karacsony2011 023

博物館の裏手に見られる、赤レンガの廃屋。
新しい展示場ができるという話を聞いたものの、
手付かずに残っている。
このままでいい、という気もしないでもない。
新しい何かが本当に必要なのか、よくよく考えてみる必要がある。

karacsony2011 024

雪が次第に、透明な氷へと形をかえていった。
あたたかい太陽で雪が溶けていく、みずみずしさが好きだ。
水のしたたる音が、春を待つ心にはじけてしみわたる。
これから幾たびも雪が降り、溶けては
この大地を洗い流すことだろう。

karacsony2011 028

2011年の年の暮れが、
こうしてしずかに幕を下ろそうとしている。
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Theme:ルーマニア
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comments(2)|trackback(0)|自然、動物|2011-12-29_04:58|page top

なつかしい我が家

クリスマスを前に、すてきなプレゼントが届いた。
半年間のハンガリー滞在をおえて、
ブラーガ一家が帰ってきたのだ。

そろそろ家に着くころかと、アパートの二階ををのぞき見たのは
これで二回目だった。
そして今夜、部屋に明かりが灯っているのを見つけると胸がおどった。
私たちは顔を見合わせ、わくわくとした気持ちをおさえて
ゆっくりと階段を上っていった。

呼び鈴を鳴らす。
しばらくして、「はーい。」と次女のボグラールカの声が応えた。
息子は喜びを抑えきれずに、思わず小踊りをはじめた。
扉がひらくと、懐かしい顔ぶれがそろっている。
半年前と同じ風景だ。
「さっき、家に電話したところなのよ。着いたことを知らせようと思って。」と母親のエンツィが笑う。
いつの間にか息子は靴を脱いで、子供たちと中で遊びはじめていた。

「不思議ね、家に帰る前はあんなに恋しかったのに、
帰ってきたら気が抜けて、気がふさぎこんでしまったわ。」
と話しながらも、彼女の笑顔は屈託がない。

ご主人のボティが、周りを包みこむような穏やかな表情で尋ねた。
「あれから、どうしていたんだい?」
半年という時間をどのように過ごしてきたかを伝えるのは、容易ではない。
驚くほどに空虚な塊のような気がしてくる。
変わったことといえば、息子が学校に通いはじめた、
ただそれだけのような気がする。
肩肘をはらずに、自然のままでいられるのは、
彼らの人徳のなせる業だろう。

子供たちが外に出たくて仕方ない様子だったので、
夕食ができるまでの間、下に連れ出すことにした。
お気に入りのそり遊びの場所も、道路にはすでにコンクリートが引かれてしまった。
オレンジ色の街灯の下を、白い雪がところどころ残っている。
きのうの深夜から、羽毛のように軽やかに舞い降りてきた雪も、
そのほとんどは溶けるか、氷といっしょにカチカチになってしまった。
子供たちは車の上やら、茂みの上にうすく積もった雪をかき集めては、
お互いに投げ合っている。
アパートの並び立つ夜の道路で、しばらく子供たちといっしょに駆け回った。

家に帰ると、トウモロコシがゆができていた。
お客でもなく、至極当たり前のようにいっしょに食事をしている。
他愛のない話で笑いあい、
なんとも言えない満ち足りた気持ちで彼らの家を後にしていた。

エンツィの母親が別れを前にして言ったことがある。
「ブラーガ一家は、みんなのものよ。」
彼らは、ただそこにいてくれるだけで周りを幸せにしてくれる。
個人というものが尊ばれる今の時代において、
この家族の力の偉大さを知っている人は少ないのではないかと思う。

半年間、あかりの灯らなかった家は、
にぎやかな子供たちの笑い声や生活の音で満ちあふれた。
一家の存在が、いつしか私たちにとって懐かしい我が家となっているのを感じた。







Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|その他|2011-12-22_06:06|page top

クリスマスの前に

もうすぐクリスマスがやってくる。
モミの葉でいっぱいに茂らせたリースをつくり、
その上に4本のロウソクをたてて、
やがて週末がくるごとに一本一本と火をともしていく。
アドベントリースには、もう3本目のロウソクに火がともされた。

女性たちは、クリスマスのお菓子作りで大忙し。
それぞれの家庭のレシピをたいせつに守りながら、
この祝いの日のためにこころをこめて焼く。
伝統のお菓子は数あるけれど、中でもはちみつクッキーは、
はちみつに丁子、シナモンなどのスパイスを入れるせいか、日持ちもする。
縁日には、きれいに飾りつけられたはちみつクッキーは
今でもおみやげ物として尊ばれている。

「はちみつクッキーをいっしょに作りましょう。」
友人のエリカに呼ばれて、彼女の家に子どもを連れて行った。
「昔からね、クッキー作りは友達同士で和気あいあいと作っていたものなの。」
ふたりの姉妹が、仲良くクッキーをこねる姿がほほえましい。

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はちみつにマーガリン、砂糖に卵、小麦粉、ベーキングパウダー。
そしてスパイスを少々。
固い生地をこねるのは、大変な作業。
「ここで頑張らないと、私たち主婦はいつ筋肉をつけるの?」とキンガが笑う。
やがて辺りいっぱいに、なんとも言えない魅惑的な香りが広がった。

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生地は、本当ならば一晩ねかさないといけない。
子どもたちを呼んで、さっそく型を取る作業がはじまった。
姉のキンガは子どもたちに号令をかけて形をつくり、
時おり、メゾソプラノ歌手のエリカの美しい歌声が部屋にこだまする。

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待ちきれない子どもたちは、
生地をそのまま口に放りこんでしまった。
そのままでも、「おいしい。」と笑顔がこぼれる。

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あたたかな湯気と甘い香りを立ちのぼらせて、
はちみつクッキーが焼きあがる。

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星にハート、天使に雪だるまにプレゼント・・。
アイシングで飾りつけるのは、工作みたいな楽しい作業。
クリスマスツリーに飾られるのは、割と新しい習慣のよう。
冬の短い一日が、あっという間に暮れていった。

csikszentsimon 048

町の市場では、
森から運ばれてきたモミの木がいっぱいに置かれている。
しばらく目にすることのなかった緑色が目に鮮やかに、
そしてその香りがツンと鼻をつく。
放射線をえがいて大きく広がった枝には、
やがて色とりどりの飾りがつけられ、
子どもたちの目を楽しませることだろう。

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去年は我が家にツリーはなかった。
その代わりにちいさな鉢植えのモミの木を買い、大切に育ててきた。
子どもたちの喜ぶモミの木は、
幹を切りとられて短い命となった哀しい木の宿命をも意味している。

ICIRIPICIRI85 024

博物館では、週末にクリスマス市がひらかれた。
所狭しとならべられた手作りの品々、
楽しい音楽にワインにお菓子・・・。

ふと一つの台で足をとめた。
そのとき、「この人。小学校の・・。」と息子が私の袖をすこし引いた。
息子の同級生の家族だった。
木笛やギターのような手作りの弦楽器をいっぱいに並べた家族と話をした。
「これはカザフスタンの楽器だよ。」などと話す彼らは、
少し前まで母親の里のロシアに住んでいたそうだ。
カティのお母さんは、ロシアの少数民族ウドゥムルト人であるという。

ちいさなカティは楽しそうに笛を吹いていた。
お父さんが弦楽器をかきならすと、カティは歌いはじめ、
そこだけほのかな明かりがともったように見えた。

ICIRIPICIRI85 019

私は息子のために、木彫りの笛をひとつ求めた。
ほんとうの幸せとはなんだろう。
クリスマスがやってくるたびに、
私たちは同じことをくり返し考えさせられる。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|文化、習慣|2011-12-20_05:02|page top

ザボラの週末

12月のとある週末、
友人夫妻に誘われてザボラへ向かった。
「うつくしい畑」と呼ばれる、この付近の平野を北へ進んでいくと、
山脈のふもとに村が点在している。
その内のひとつ。

夫妻の友人がここにある博物館に勤めているという。
その博物館とは、私がクルージ・ナポカで大学生だったころの
民俗学の教授ポジョニ・フェレンツのもちもので、
その名もチャーンゴー博物館という。

チャーンゴーといえば、
ジメシュやモルドヴァ地方に移住していったハンガリー人の呼び名であるのに、
どうしてここに博物館があるのだろう。
答えは単純に、ボジョニ教授のふるさとの村であるから。

手前の建物は、ここセーケイ地方に縁のある展示室。
古い民家そのままの、埃と時間が蓄積したような空気がここちよい。
この村の名家だったらしい、教授の父親の書斎もそのままに残されている。
この現コヴァスナ県のセーケイの家庭は、
プロテスタント教を核とした教育システムが充実していて、
古くからひとりの子どもを大学に出すという伝統があったといわれる。

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グループを引率するのは、教授の母親。
もう年は82歳だというのに、あれこれ展示品について話している。
「うちの息子は6歳のころから収集をはじめていたわ。」
懐かしそうに、古い品にまつわる思い出を語る。

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中でもすばらしいのは、古いタイルのコレクション。
緑色の釉薬をぬって仕立てられたタイルは、19世紀に流行したという。
自家製の美しい模様のタイルは、刺しゅうの模様にも大きな影響を与えた。

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トランシルヴァニアからカルパチア山脈をこえて、
モルドヴァ地方へ流浪をしていったチャーンゴー人。
彼らは、ほかのハンガリー人が忘れ去ってしまった古い言語や習慣、文化を残すといわれている。
赤ちゃんを、穀物いれの桶に入れてぐるぐる巻きにするポーヤーと呼ばれる習慣も、そのひとつ。

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すけるような薄いシルクの布に、
うつくしい幾何学模様の模様が見られるベール。
彼らの衣装には、ルーマニア人の影響が強く見られる。

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ルーマニア人がルーマニア正教、ギリシャ正教を持つのに対し、
チャーンゴー人はローマ・カトリック教を信仰している。
その強い信仰心は、厳しい環境にもかかわらず彼らの生活を支えてきた。
数珠球をひとつひとつ数えながら、祈りの言葉をささげる。

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ひからびた葉っぱや花が幾層にも重ねられた棒。
結婚式のときには赤い毛糸で、
未婚の若者を埋葬するときには黒や青い毛糸で巻かれる。
人々は、果たせなかった死者の魂をなぐさめようと、
擬似的に結婚式を行う習慣がかつて見られた。

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子どもたちは広々とした庭で駆け回ったり、
土遊びをしたり、木登りをしたりしてのびのびと遊んでいる。
12月にもかかわらず、うららかな太陽の光が降り注いでいた。

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薪をじょうずに組んでから、中に紙を入れて火をつける。
庭の真ん中でキャンプファイヤーがはじまった。

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皆で火を囲み、おしゃべりをしながら待つ。
木はやがて赤い炎を吐くのをやめて、黒い墨へと変わった。
持ち合わせた肉を焼いて、ゆったりと昼食の時間を楽しんだ。

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外が薄暗くなったころ、アティラがこういった。
「隣村にフィンランドのサウナがあるんだ。」
すでにホットワインやパーリンカ、ビールなどが進んでいたから、
友人夫妻は村に泊まることを覚悟していた。
まったくの予想外のことに驚いたものの、私も首をたてに振った。

車に薪をいっぱいに載せて、大人4人と子ども3人が乗り込む。
皆は酒気を帯びている。
ほとんど飲んでいない私には、あいにく国際免許がない。
地平線にあふれるほどの赤い熱をおびた太陽が、
ゆったりと姿を消していった。

人の気配のない小さな村で、村人から鍵を受け取って、
私たちは何もない原っぱの中にぽつんと立っている小屋の前で降りた。
白樺の大木がどっしりと構え、
あぶくが絶えず浮き上がっている小さな池があった。
つぎつぎと、車から薪を運んでいく。

zabora 154

部屋には電気がないため、真っ暗である。そこで火をたきはじめる。
暖炉のガラス窓を通して、まばゆいほどに黄色い炎が
生きているかのごとく身をもだえ、揺らいでいるのが見えた。
その神々しい明るさを見ていると、自分がどこにいるのかを忘れてしまうほどだ。

zabora 159

すぐに部屋の中は上着なしで過ごせるようになり、
身を軽くしてベンチに腰かける。
暖炉のうす赤い明かりの中、エリカが言った。
「この熱さで、日本を思い出すんじゃない?」
温度計は40度からやがて、50度を指していた。
目を閉じると、私は砂漠の真っ只中にいた。
扉の外は零下だというのに、この空間だけは異空間にあった。

やがて焼け石に水を注ぐと、ジュッと焼ける音がした後で、
蒸気がゆらり舞い上がり、体にまとわりついてくる。
その湿った熱がからだに染みこんでいく。
冷えていた足の先は温まり、体中の緊張がほぐれていった。
日本の夏のようだ、と思った。

サウナは汗をかくことで、体の毒素を消し去ってしまうという。
フィンランドだけではなく、ハンガリー人も同じような蒸気風呂を使っていたらしい。

いつしか、私は冬の寒さを忘れていた。
サウナは、北国に生きる人々の生活の知恵であり、
その厳しい寒さを、ひとときでも克服するという役目もあるのではないか。

子どもたちは一足先に服に着替えて、外へ飛び出してしまった。
「おや、月明かりかな。」とジュルカの声がする。
扉の外は、くらい夜の世界だった。
冷たい空気が、ほてった体を冷ましてくれる。
白樺の木々の合間から見える星を数えながら、
子どもたちとおしゃべりをしていた。
青白い顔をした月が、細く浮かんで微笑んでいるようだった。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

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