トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

1月のそり日和

あつぼったい灰色の雲が
天から無数の白い粉をふらせて、
もう何日が過ぎただろう。
乾いた冬の大地を、真っ白な雪が覆いつくすと、
私たちの世界は一変してしまった。
大地に新たに生命が宿ったような、
何ともいえないわくわくした感じがする。

szanko 014

子どもたちは我先にと外へ飛び出し、
真新しい雪の感触を手で確かめたり、
お互いに冷たい雪の玉を投げつけたりして遊ぶ。
いっしょうけんめいに何かを作っている少年たち、尋ねると
「ネコの落とし穴を作っているんだよ。」との答え。

szanko 022

その日は、友人家族に誘われて、
町のはずれにそりをしに出かけた。
キャンピングカーに、子ども5人と大人4人を乗せて出発。
なだらかな丘が隣の村まで続く原っぱは、
夏には羊の放牧が見られていたのが、
雪が降ると、一面がそり場に変身する。

szanko 023

すでに何組かの家族が来ているようだ。
キュッキュッと片栗粉を踏みつけるような音をたてて、
体を雪に沈ませながらやっとのことで丘を登りきる。
「やあ。」とそこら辺にいる人たちが声を掛け合い、
ようやく、ブラーガ家の友人たちであることがわかった。

子どもたちはその急な坂を物怖じもせずに
そりで一気にすべり降りる。
クラシカルなそり型のものから、自転車型のもの、
プラスティックの円盤やちりとりのような形のもの・・・。
色とりどりの形もさまざまなそりが大集合している。

szanko 027

太陽はいつの間にか姿を消し、
白くにごった雲の向こうから弱々しい光を投げかけている。
丘の向こう側は林が広がり、ここをずっと突きぬけると、
ブラーガ一家が家を建てていた原っぱにたどり着く。

szanko 029

「ヴルジェルベ(谷の手前)へはもう行ったの?」
かつて彼らが家を建てていた原っぱ。
そこにはおととしの秋にジプシーの人たちが入り、
彼らの工具を根こそぎ奪っていってしまった。
そして、残された藁の山も昨年には火がついて燃え尽きてしまったという話だ。

「いいや、まだ行っていないんだ。
そうだ、行ってみようか?」とボティが尋ねる。
みんなの意見がまとまり、
新しいそり場を目指して出かけることに決まった。
子どもたちは仲良くそりにまたがり、
その列車を大人たちが引っ張っていく。

szanko 032

子どもは、楽しいことの前では寒さも疲れも感じないものらしい。
私もできることなら、一瞬でも彼らの年に戻って、
この雪の世界を楽しみたいくらい。

szanko 038

体についた雪をかきおとして、車に乗り込む。
町にいったん戻った後、
西へ進むとセントキラーイ村が見えてくる。
村のはずれの教会を過ぎた原っぱの向こうに彼らの土地がある。
すでにそり場と化した村の通りでは、
そり馬車が行き交っていた。

szanko 044

村を一望する丘には、
まだ手付かずの雪がたっぷりと残っている。
一番にすべる雪は、先のそり場に比べると滑りが悪く、
確かに物足りないかもしれない。
彼らが家を建てはじめ、
いくつもの夏をいっしょにすごしたこの土地は
何ものにも換えがたいものがある。

szanko 047

まだ冬ははじまったばかり。
子どもたちの好きな雪の季節はまだまだ続きそうだ。
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Theme:海外の子育て
Genre:海外情報

comments(12)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2012-01-26_19:20|page top

儚くこわれやすいもの

昼ごろ、おそろしく大きな物音がして
ベッドから跳ねあがった。
病気で寝ている息子の脇で、ちょうど本を読んでいるところだった。
あまりのおそろしい音に身動きができないでいると、
ダンナがあわててキッチンへ入ると、
「なんてこった!」と叫んでいる。

ドンと巨大な何かが追突してくるような騒音に、
シャラシャラと細かく氷が粉々になるような鋭い音・・・。
その様子から、何事かと頭の中で想像をふくらませる。

おおよその覚悟をしてから、やっと腰をあげてキッチンへ向かった。
先ほど食べ物をあたためるために火をかけていたコンロも、
冷蔵庫から出したトマト二個も、
それを置いていたテーブルさえも跡形もなく、
巨大な棚がそこに崩れ落ち、
膨大なガラスの破片・・・、
大きいものも、小さなものも含めて散乱している。

「ああ。古いガラスの瓶も何もかもが台無しだ・・・。」
頭を抱えてはつぶやくダンナを尻目に、
その現実をしっかりと見つめた。

真新しく透明の欠片、
緑色を帯びたものに、群青色の鮮やかなもの。
厚みのあるものに、紙のようにうすいもの。
中には白くにごった磁器も混ざっている。
ひとつとして同じでない、
いびつなガラスの破片が重なり合い、山となっていた。

しばらく眺めたあと、体を沈め、
ひとつひとつを手にとって袋へおさめていく。
一瞬で形が壊れ、
用をなさないものへと変わってしまった。
コーヒーカップにワイングラス、パーリンカ用のグラスに花びん・・。

その袋がやがて重いガラスの欠片でいっぱいになっていくまで、
不思議なほど冷静に処理をしている。
やがて大きなゴミ袋ふたつ分になると、
すこし落ち着いてきたダンナが言う。
「ほら、持ってみてよ。こんなに重かったんだ。」
20kgほどはあるだろうか、
今となってはただのガラスの塊である。

形あるものはすべて滅びる。
その代表的なもの、
もっとも儚くて壊れやすいものが
ヨーロッパ人が発明したこのガラスであるに違いない。

やがて外から帰ってきただんなが言った。
「さっき、ゴミ捨て場に捨ててきたんだけれど、
ジプシーのおばさんたちがわっと駆け寄ってきては、
何か使えるものはないかと探していたよ。」
こうして役目を果たしたものは、
必要とする誰かの手元へと渡っていくのだ。

やがて一時間ほどして、ようやくキッチンは片付いた。
共産主義時代の木製の棚は、何十年もの役目を果たし、
これから村へ運ばれる運命にある。
すっかり風通しのよくなったキッチンで、
驚くほどすがすがしい心持ちだった。




comments(2)|trackback(0)|その他|2012-01-25_02:00|page top

ハルマージへの旅

目覚まし時計がなる。
5時半、力の入らない体にやっとのことで服をまとうと、
真っ暗の表の世界に飛び出した。

暗い闇から無数のちいさな光が降ってくる。
外灯の光に照らされて、その小さな粒は星のかけらのように輝いた。
ダイヤモンドダストだ。
光の粒は、寝ぼけた眼にはりつくと、
ぼんやりと視界をにじませた。

真冬の朝は、いまだ夜中の延長のようである。
星や雪の結晶をかたどった電光だけがやけに騒がしく、
祭りから冷めた町の空気とはひどく不釣合いだった。

30分ほど歩いて、ようやく駅が近づいてくると、
オルト川から立ち昇った濃い霧があたりを包んでいた。
ダンナと息子の姿はとうに白い霧の中に消えていた。
ちょうど列車が駅に着くころにたどりつくと、ほっと息をついた。

隣町のブラショフ行きの通勤列車。
車両の中は、むっとするほどの暑苦しい空気でいっぱいだった。
マフラーも帽子もコートもすべて取り払っても、
まだ汗ばむような温度。
背もたれやふくらはぎの後ろからは、
これでもかというほどに温風が吹き付けてくる。

10年ほど前には、「ルーマニアの列車は温度調節が壊れている。」という話をよく聞いた。
つまり寒いか、暑いかのどちらかということだ。
今の時期の夜行列車に乗ったことがある。
コンパートメントの中に入って、
窓の内側まで雪が凍りついていたのを見て仰天したことがある。
寒さで身を縮ませてしばらく我慢したあと、
とうとう別の車両へ行くと、
そこでは真夏のような暑さを味わった。

そっと窓に手を触れると、氷のように冷たい。
せめて手だけでも冷やし、
真っ暗闇のおもてに広がる外の寒さを思った。

ブラショフで一時間の待ち合わせをした後、ふたたび電車に乗る。
ここから西へ、ちょうどカルパチア山脈の南端に沿っていくと、
かつてドイツ系のザクセン人が多くすんでいた地方が広がる。
窓の外は、途中で青い空と見渡す限りの白い雪、
そしてフォガラシュ山脈のするどく切り立つ白い峰が見えた後、
ふたたび霧の世界に包まれた。

朝9時ごろ、寂しげにたたずむ無人駅から町の方へ向かう。
まだ新年を迎えてほどないからか、
人の気配が感じられないほどひっそりとしている。
ここから隣村へ行くと、
ハンガリー人の住む村ハルマージがあるという。
家々がやがて途切れると、一本道が広がった。

吐く息がマフラーにかかり、真っ白い結晶に変わる。
湿った冷たい空気が、じんわりと肌にまとわりつく。
冬の寒さとあてのない旅へ導く一本道は、私の心を不安にさせる。
不満をこぼし歩くうちに、橋が見えてきた。

darmanesti2011 531

この鉄橋は、20世紀初めごろ
オーストリア・ハンガリー帝国時代に作られたもののようだ。
100年を経た今でもなお使われていることを、当時の人々は考えていただろうか。

darmanesti2011 532

草木も細々と白く凍りつき、
うっすらと遠くの木々がやさしく影を投げかけている。
まだ夢のつづきを彷徨っているようだ。

darmanesti2011 535

しばらく行くと、今度は木の橋が姿をあらわした。
今度はずいぶんと幅の大きい川である。
私たちの住むシェプシセントジュルジを流れるときには小さな川だったオルトが、
西へ西へとむかい、やがてドナウ川へと合流する。
大きなモニュメントのような木の柱は、水かさが増したときに、
木材などの漂流物から橋を守るためにあるらしい。

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そうしてハルマージの村に着いた。
いまだ霧は晴れず、村もまだ眠っているような様子。

darmanesti2011 552

古い建物が並び時間の流れとともに朽ちていくのが、
孤立したハンガリー村の運命をおのずから語っているようである。
ドイツ系のザクセン人の大多数がドイツへ移住してしまった後、
90年代以降ルーマニア人が多く入植したザクセン地方にあって、
ここだけはハンガリー人の村として残ってきた。

darmanesti2011 549

ザクセン人と長く暮らしてきたハンガリー人は、
宗教も彼らと同じルター派を選んだ。
小高い丘にあるハルマージの教会は、
ロマネスク時代に建てられた古いもの。
セーケイ人がここカルパチア山脈のふもとに移住してきたのが13世紀ごろと言われているから、
そのころから存在する教会として数少ないものである。

darmanesti2011 559

入ってすぐに、美しい絵付け家具が目についた。
ルネサンス時代に流行した花模様が描かれるペイント家具は、
18世紀ごろ教会の装飾として天井や壁、ベンチなどを彩るようになった。

darmanesti2011 561

牧師さんが言う。
「この教会には二つの像があって、
ひとつが教会を支え、もうひとつが地面を掘って教会を壊そうとしているといわれています。」

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善と悪をあらわすふたつの像。
それはおそらくキリスト教以前の古い信仰を表しているのだろう。

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黒ずんだ絵付け家具を、白い漆喰の壁が痛々しいほど鮮やかに映し出す。
大人がやっと入るくらいの幅の階段を上って、二階席にたどりついた。

darmanesti2011 595

美しい教会を見るとき、
それが実際に信仰の場所として今も使われるのかが想像できないことがある。
村の人口が減り、村で暮らす人々にとって
教会も昔ほどは大きな役割を占めないようになった。
人の一生をいろどる節目節目には、必ず教会があった。
その存在なくしては、色どりのない寂しいものになるだろう。

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教会の入り口の左奥にひときわ低いベンチが並んでいる。
「この小さなベンチには二つの説があります。
ひとつは、昔の衣装が重かったので
ベンチに腰掛けるのが難しかったこと。

もうひとつは、「恥の腰掛けいす」といって、
村で誰かが悪い行いをしたときに、
ここに腰掛けないといけないという決まりがあったということです。」
牧師さんの話がつづいた。

darmanesti2011 587

毎週日曜日に、ちいさな村の住民が顔をあわせる教会。
人々が座る場所というものさえ、権力の優劣、また年齢、男女の別など、
村の社会をそのままに表していたに違いない。

darmanesti2011 599

ようやく霧に晴れ間がさし、
青い空がうっすらと見えてきた。
天気がよければ、ここからフォガラシュの山脈がうつくしく見えるという。
ひし形のすこし歪な形が、教会の古さを余計に感じさせた。

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村には小さな郷土博物館があるというので、
管理人をたずねることにした。
正月早々なので心配したが、
人のよさそうなおじさんが喜んで案内してくれるというので安心する。

「ハルマージにどういう訳があってきたんですか?」
名もない村にわざわざ観光客がくること自体が珍しくてたまらないという感じだ。
ダンナの父親が、むかし衣装の調査をしたときに
この村を訪れて、よい印象があったと書き残したことをだんながつぶさに話した。

どこの村でも、伝統が残っている場所には
骨董業者が行きかい、貴重な品々をすべて買い集めてしまったという現状がある。
それでも村の住民たちが、大切に守り続けてきた最後の品々が
こうして小さな展示場に集められた。

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身の回りのあらゆる品を自分たちの手で生み出してきた、
かつてのささやかな村の生活を今に伝えている。
これから育っていく世代の子どもたちに、一番伝えないといけないこと。
それは、自分たちの手で美しいもの、
生活に必要なものを生み出すことができるということ。

darmanesti2011 639

そうして長い年月をかけて、
人々が培ってきた伝統文化の素晴らしさ。
あらゆる情報が行きかい、
新しいものが次々と生み出されては消えていくこの社会の中で、
本当に価値があるもの。

darmanesti2011 643

祖父や祖母からの遺産を大切に守りつづけ、
こうして昔の生活を再現させた。
この美意識を子どもたちにどう伝えていくかが、
私たち大人に課せられた役目である。

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「うちでコーヒーでもどうですか。」
おじさんの誘いを有難く受けて、あたたかい部屋でお茶をいただく。
自分たちの村に興味を持ってもらったことが嬉しいようだ。
「残念ながら、子どもたちは次々に村を去ってしまう。
かくいう、うちの娘ももうドイツで暮らして10年以上たつけれど、
もう帰ってくる見込みはないんだ。」
寂しそうに、おじさんは言った。

「村の祭りが夏にあるから、そのときは泊まりにきなさい。」
そう話したおじさんの姿に手をふり、
お婿さんの車に乗せてもらい、別れた。
知らなかった村がずっと近くになった、今年初めての小旅行だった。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|バルツァシャーグの村|2012-01-14_17:19|page top

モルドヴァ地方のおおみそか

一年の終わりが近づいてくるとまず話題となるのが,
おおみそかをどこで過ごすかということ。
今年は、友人家族といっしょにモルドヴァ地方の町に行くことになった。

カルパチア山脈を越えていったモルドヴァ地方では、
おおみそかからお正月にかけてクマやヤギの祭りが盛んに行われている。
最近では、電車の中や遠くの町へも出かけていくので、
いろいろな場所でちいさな団体を見ることはできるのだが、
やはり本場で見るに越したことはない。

朝8時にシェプシセントジュルジの町を出発。
東に向かうとすぐに、カルパチア山脈につきあたる。
針葉樹の生い茂った森には、
白い雪で輪郭がくっきりとふち取りされていた。
街中とはちがい、山脈には雪がまだ多く残っている。

darmanesti2011 279

山を越えてモルドヴァ地方にさしかかると、おもむろに太陽が顔を出した。
こちら側はもう雪がほとんど溶けてしまったようだ。
しっかりとした瓦屋根の家が多いトランシルヴァニア地方に対して、
モルドヴァ地方ではてかてかと光るアルミの屋根が多いのに気がついた。

darmanesti2011 285

木の棒を大きく掲げて円になって踊る人たち、
ヤギの人形やクマの着ぐるみ・・・。
行く先々の町や村で、
仮装行列や人だかりが見えてくると、
いよいよ祭りの興奮が早くもこちらに伝わってくる。

「すでに祭りははじまってしまったのかもしれない。」
そんな不安が胸をかすめた。
去年は夜明け前に列車を乗り継いで行ったのだが、
正確に何時ごろだったのか記憶に残っていない。
やっとのことでダルマネシュティの町に着いたのは、昼前だった。

車のトランクに、シュニッツェルや鳥の揚げ物をならべて
簡単な昼食をとった後、町の中心に向かって歩きはじめた。
大通りはしんと静まり返っている。
町の中心には川が流れ、大きな橋がかかっている。

向こう側は、新しい住宅地のようで
ウングレニ(ハンガリーの)地区と呼ばれるところがある。
この住民は今はルーマニア語しか話さないが、
もともとはトランシルヴァニアから流れてきたハンガリー人たちのようだ。

新しい住民は、ほかにもジプシーの人たちもいる。
家の軒下には、鮮やかなクッションや布団が陽に干されていた。
見慣れないよそ者の一行の私たちに、
「どこへ行くんだ?誰をさがしているんだ?」と好奇の目が注がれる。

darmanesti2011 305

そわそわと何かを探していたダンナがふと消えたかと思うと、
わき道から誰かといっしょに姿を現した。
それは、ちょうど一年前のお正月に
近くの町の駅の待合室で知り合ったジプシーの少年たちだった。
あの時に写した記念写真を手がかりに、
こうして再会できてしまうところがいかにもルーマニアらしい。

darmanesti2011 315

一人でこのウングレニ地区を探索したいというダンナを置いて、
私たちは橋を渡って町の反対側に出た。
古い民家の立ち並ぶ通りを行くと、
やがてクマの一行と遭遇した。
ここぞとばかりにクマの子たちは体をはげしく揺らして、
旅行者にアピールをする。

かつてクマ踊りと呼ばれる大道芸の一種のようなものがあったという。
クマを踊らせて、恵みを施してもらう、
その名残のようなものがうかがえる。

darmanesti2011 331

珍しくクマの革をかぶった若い女性が、道端に腰かけていた。
小さなヴィラーグはそばによると、
そっとその毛並みをなでていた。
着ぐるみを着た女性は気がつくと、その少女にやさしく微笑みかけた。
引っ掛けのついた棒で、クマの頭部を引き上げて
やっとのことで彼女の頭にのせる。
どうやら相当な重さがあるようだ。

darmanesti2011 362

ダルマネシュティは、
ちょうど村が集まったような様相をしている。
四方八方の小さな地区から、
それぞれの行列が群れをなして町の衷心に集まっていく。
アパートが立ち並ぶメインストリートにたどり着くと、
いつしか大きなパレードとになっていた。
太鼓やホイッスルのリズム、
そして人々の騒ぎたてる声が渦巻いている。

darmanesti2011 405

祭りは果てしなくつづく。
ひとつの団体が去ったと思うと、今度は別方向から新たな行列がやってくる。
おおみそかの一日を、
町全体が大騒ぎをして過ごす。
一年のささいな出来事もすべて洗い流してしまわんばかりに、
声が枯れはて、肉体の限界がくるまでひたすらに踊り、舞う人々。
その大きな熱狂の渦のなかで、
いつしか私たち旅行者も日常を忘れ、
狂わしいまでの歓喜の中に身をおいていることに気がつく。

darmanesti2011 409

白いブラウスに赤い織りのスカートをひらめかせて、
雪の精たちが舞いはじめる。
鮮やかな刺しゅうのクロスを腰にかけて
手織りのベルトをクロスさせた姿は、
大人であろうが子どもであろうが、
女性だろうが男性だろうが、
まったくその別が気にならないほどに神聖味を帯びていた。

darmanesti2011 192

ホイッスルの軽快なリズムと、二拍子のスキップのくりかえし。
やがて体をくるくると回して、
赤いしま模様のスカートが大きく広がった。
さまざまな色や複雑なもようが溶けあい、
色味のない冬の風景の中でひときわ鮮やかに燃えあがる。

darmanesti2011 449

祭りはまるで花火のように、
その一瞬一瞬を華々しい火花をほどばしらせたあと、
やがて終わりを迎える。
それは、いかにも一年の終わりにふさわしい儀式のようだ。

darmanesti2011 480

ダルマネシュティの住人たちと、
大晦日を過ごすのは今年で二度目。
ただ楽しみ我を忘れて騒ぐだけであるのに、
人々の心をひとつにする祭りの不思議さ。
それは一見すると単純なようで、実は奥が深い。
一年後も再びここに戻ってくるのだろうか、ぼんやりとそんなことを考えた。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|イベント|2012-01-07_08:04|page top

幸運の麦の粒

365日を駆けぬけて、
一年でいちばん長い夜を過ごしたあと、
新しい年がやってくる。

わたしたち誰もが新しく生まれ変わることを望み、
すべてを白紙にもどして1からスタートをきる。
新しい年がはじまる。


大晦日の12時まえ。
いっぱいに洋服を着こんで、
真っ暗な闇の中へと飛びこんだ。
手にはグラスとシャンパン、そして線香花火をもって。

目指すのは、教会のそばの鐘つき台。
つるつるすべる氷の上を、
足先に細心の注意をこめて一歩一歩と前に踏みだした。
村は、しんと水を打ったように静かだった。

ひときわ高くそびえる石造りの塔の、
せまい入り口に吸いこまれるようにして入っていく。
中にひとり、鐘つき番のおばあさんがいた。
「村の鐘も、いまや自動で打てるようになったからね。
ボタンを押すだけなのよ。」
12時前の鐘が高く鳴りつづけているところだった。

一定の間隔で鳴りつづける鐘の音を聴きおわると、
埃っぽい石づくりの塔を上へ上へと登りはじめた。
木のはしごは、一人がやっと登れるほどの広さだ。

シャンパンの栓が抜かれると、
心地よい音とともに黄金色した液体がグラスに注がれる。
線香花火にも火がともされ、
まばゆい光をほどばしらせ、かがやいた。
やがて時計の針は12時を打った。
新しい年が幕を明けると、
グラスを鳴らし、互いのほおに口づける。
「あけまして、おめでとう。」

カーン、カーンと高らかに唄う鐘の音が、
腹の底まで響いていく。
黄金色した飲み物は無数の泡をはじかせて、
甘い香りをただよわせてのどにしみわたる。
その余韻をいつまでも味わいたくて、
埃だらけの石の壁をただじっと見つめていた。
2012年の朝がはじまろうとしていた。



朝。
おそい朝食を友人宅でとっていると、
ひとりの老人がこちらにやってくるのが見えた。
「ねえ、お客よ。」と声をかけると、
友人夫妻は「ああ。」と気のない返事をした。
すぐに戸を開けて、その老人が入ってきた。

ポケットをさぐって何かをつかみ取ると、
机の上にそっと置いた。
ちいさな麦の粒だった。
「あんたと、あんたと、あんたにね。麦が幸運を運ぶように。」
友人はポケットから小銭をとりだすと、うすよごれたおじいさんの手に渡した。
彼はちょっと首をひねるようにしてから、
一言二言交わして出て行った。

友人は言う。
「村はどこの家も、門が閉じてあったよ。
あの人は、耳が聞こえないんだ。
毎年ああやって家々を回っているんだ。」

「君だって、ご近所さんを回れば、
すぐにさっきのお金なんて返ってくるだろう。」とだんなが冗談を言う。
やがて気を取り直したように、
「それにしても、どこの家もこういう古い習慣を拒んでしまうなんて
さみしいことだな。」とつづけた。

無造作に机の上にばらまかれた麦の粒を、
息子が口にいれた。
「おいしいよ、パンの味がする。」
私も一粒を口に入れて、噛んでみた。
ほのかな麦の香りと甘さが心地よく広がった。

その幸運の麦の粒をポケットに入れて、
大切に持ち帰った。


Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|その他|2012-01-03_16:41|page top