トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

クペツの楡(ニレ)の大木

謝肉祭がおわると、
幾分、太陽の光もあたたかさを増してきたようだ。
積もり積もった雪も少しずつ溶けはじめて、
長い冬のトンネルももう終わりに近づいているのが感じられる。

日曜日の昼ごろ、
バスに揺られてエルドゥヴィデーク(森の地方)へ向かった。
一年に一度、ひとつの木が選ばれて、
その年を象徴する木としての称号が与えられるのだが、
昨年はクペツのニレの木が選ばれたという。
今度は「ヨーロッパの木」の投票が今まさに行われているところで、
午後に祝典が行われる。

エルドゥーヴィデーグ(森の地方)は、森に囲まれた高原のような地形である。
自然が美しく、人々も素朴で大らか、
郷土愛にあふれるというイメージがある。
昨年に生誕100年を迎えた、民話収集家クリザ・ヤーノシュもここの出身である。

小さな村の中心では子どもたちがブラスバンドの練習をしているところで、
村の人たちも幾人か集まりはじめていた。
人でいっぱいになる前に木を見に行こうと歩きはじめる。
大木というと日本では神社がまず先に思い出されるが、
その木があるというのは村のはずれであるそうだ。

やがて家がなくなり、見渡す限りの白い平原が現れると、
冷たい風が吹きつけてきた。
冬の洗礼によって、前へ進む気力が萎えてくるのが感じられる。
それでも、雪野原の中にひとつ大きな裸の木のすがたが確認できると、
そこを目指して歩みを進めた。

KOPECI SZILFA 173

ニレの木で、ここまで大きな大木になるのは珍しいということだ。
樹齢400年の木と言われている。
Szilfaとだけ聞いて、あまりピンとこないのは私が南の出身であるためだろう。

KOPECI SZILFA 187

線香花火のように、無数のか細い枝が広い空にその腕を広げている。
まだ春の兆しは宿っていないようだ。

KOPECI SZILFA 189

やがて小型バスが到着し、村の人々もやってきた。
幼稚園のグループだろうか、
子どもたちが手をつないで、小さな体でその大木を抱きしめていた。

KOPECI SZILFA 194

今日の祭典の目玉は、友人のペーテル・アルパールによるアート・パフォーマンス。
巨大な氷のひき臼が作られ、その間には麦が巻かれている。
「昔、この場所には粉引き所があって、
そこで毎日のパンの糧が作られていたんだ。
村の人たちが寄り集まって、おしゃべりしてね。
そこから発想を得て、臼をひくという行為を
ひとつの儀式として皆でやってみたらどうかと思ったんだ。」
アルパールがこう語る。

KOPECI SZILFA 186

300kgもあるという氷に穴を開けて、四方からロープで縛りつける。
ブラスバンドの演奏や博物館館長による話で幕が開いたあと、
いよいよその臼を回すときがやってきた。
子どもたちがわっと集まって紐を手にしたほかは、めぼしい大人の姿は見えない。
それでも力を込めて紐を引くと、
氷の臼がゆっくりと回転をはじめた。

KOPECI SZILFA 218

しばらく回すと子どもたちは疲れてきて、縄を離してしまう。
地面に落ちた縄に足をとられる子どもたちを見て、たまりかねて私も参加した。
臼の周辺で回す分にはいいのだが、
円周から離れると当然のようにたくさん歩かないといけない。
縄に引かれて、雪ですべる足元を小走りのようにして駆けていくと、
すぐに息が切れてしまう。
助けを求めようにも、村の人たちは遠巻きに眺めているだけだ。

「君、もっと臼の近くで回さないと。
皆が、臼でなくて君を引っ張っているようなものだよ。」
と冗談まじりに館長のゾルターンが声をかける。
先ほどまで凍えるように寒かったのが、
臼のおかげで今は汗ばむように暑い。

息子はというと臼を回しながら、
氷の上に巻かれた麦を手でつかみとり頬張っていた。

KOPECI SZILFA 233

美しい氷の臼は、残念ながら麦をひくのには適していないようで、
回転する間に下に落ちてしまったものが多かったようだ。
それでも、その皆の手で回すという行為そのものが美しい。

KOPECI SZILFA 232

昨年の「日本の日」のイベントでお世話になったエディットは、
しきりに氷の臼のアイデアに歓心していた。
「この作品の形がなくなってしまうのは、本当に残念だけれど、
この麦の粒のいくつかが芽を出してくれたら素敵でしょうね。」

KOPECI SZILFA 249

かつて村の人々の寄り集まる場所であった粉ひき所はもうないけれど、
このニレの大木が人々を呼んでくれるといい。
やがて祭典が終わりに近づくと、
厚い雲の合間からわずかに太陽の光が差しこみ、青空さえ見えてきた。

KOPECI SZILFA 250

やがて春になると、
その弱々しい枝にも無数の若葉が芽を出すだろう。
雪国の木は、一年の半分は眠ったままだが、
だからこそ生命の輝きがいかに貴重なものであるかがわかる。

KOPECI SZILFA 239

あたたかいそよ風が若葉をゆらす春、
草のにおいが立ちこめる夏。
またいつか、この場所に来たいと願った。

KOPECI SZILFA 259

クペツのニレの大木の投票が、
日本時間の水曜日の朝7時まで有効です。
こちらのページから、メールアドレスと表示される英字(白い枠の中)を入力して
送信ボタン(緑のボタン)を押すだけで完了です。
(のちにメールアドレス宛に届く、メールの中に確認リンクがありますので、
それで最終的に投票が受け付けられます。)

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Theme:ルーマニア
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comments(2)|trackback(0)|自然、動物|2012-02-28_06:40|page top

子どもたちのための謝肉祭(カーニバル)

ある日学校から帰った息子の顔を見て、仰天した。
左目を大きくかこむようにして白いマルが描かれ、
鼻は真っ黒く、3本ずつひげまで生えている。

「どうしたの?」とたずねると、
「今日、ファルシャングがあった。」という答え。
ファルシャングとはトランシルヴァニア地方の謝肉祭のことで、
2月の半ばに行われるお祭りのようなもの。
今ではただの仮装パーティと化してしまっているが、
伝統の残る村ではいまだに昔ながらの祭りの姿が残っている。

それにしても悔やまれるのは、
せっかく学校で謝肉祭のために作ったマスクを持っていかなかったこと。
息子のほかに何人か忘れて、
それぞれにライオンやネコなどの顔が顔にペイントされたようだ。
息子のはと聞くと、「犬。」という。
その顔をながめ、思わず噴出してしまった。

ICIRIPICIRI59 015

それからしばらくの後、
子どもの家に行って日本語を教えていると、
外から騒がしい物音が聞こえてきた。
お父さんが大慌てで、「ああ、今日だったんだ。」といい、
「申し訳ないけれど、これからファルシャングに行かないと行けないんです。」
と子どもに出かける準備をさせる。

家のちょうど向かいから、ファルシャングの行列が出発するという。
ダンナにカメラを持ってきてもらうように頼んで、
私たちもペーテルといっしょに家を飛び出した。

大通りは通行止めになって、
車の代わりに、色とりどりの衣装に身をつつんだ大人や子どもたちが、
騒がしく音楽や歌を奏でながら練り歩いていた。

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目指すは、真っ白い雪の降りつもった公園のある一角。
円をえがくように木が植えてあるので、
そこだけ円形の広場になっている。

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すでに人の輪が囲んでいて、
円の中心で何が行われているのか見るのにも一苦労する。
息子は肩車で悠々と高いところから、祭りの見物をしていた。

ICIRIPICIRI59 053

ちいさな妹のシャロルタは、家でお留守番。
ペーテルが言う。
「僕もほんの去年までは、実はちょっと怖かったんだよ。
あのワラの人間が狂ったようにしているからさ。」

その狂ったワラ人間とは、祭りの目玉でもある雄牛のこと。
身長2mほどの大男が中に隠れているのだから、
その姿はいやでも目に付く。
なにやら低い声でうなりながら、
子どもたちの群れへ突進したりして怖がらせている。
友人のバーリント・ゾリのことだから、「狂った」という表現に
思わず笑いがこみ上げた。

ICIRIPICIRI59 040

ここから北に行ったハルギタ県との境にあるカーソン地方の習慣で、
「ビカ・ウテーシュ(雄牛打ち)」というものがある。
藁人形に陶器の頭をつけた雄牛を引いて、村中を回り、
売り買いの掛け合いをするのだが、話がまとまらず、
最後には橋の上で焼いてしまうというもの。

ここでも同じように、雄牛をめぐってやり取りをした後に、
この冬のいけにえは残酷にも、斧で頭をかち割られてしまう。

ICIRIPICIRI59 052

やがて、頭のなくなった雄牛をつれて、
今度は元の出発地点に戻っていく。
ちいさな中庭には、人の群れと熱気があふれんばかり。
先ほどのワラを囲んで、ここでも
仮想の結婚式という習慣が取り入れられていた。

仮装した男女(実はどちらとも男)が結婚式のパレードをするというのは、
このセーケイ地方の伝統的なファルシャングの習慣である。
そこでは、男女のワラ人形を馬車で村中引き回したあと、
最後に広場で燃やしてしまう。
昔、未婚の若者がなくなったときに行われたという
「死者の婚礼」の名残を残しているかのようだ。

子どもたちの歌声や楽器のリズムが祭りを盛り上げると、
不意に目のまえのわらに真っ白い煙が立ちのぼった。
みるみる内に、赤くかがやく炎がワラを呑みこんでしまう。
私たちは身動きもできず、
ただ呆然とその赤い炎の神秘に酔いしれるようにして眺めつづける。

ICIRIPICIRI59 068

氷の上で凍りついた足と体、
うんざりするような長い冬でなまった体と心。
そういう鬱憤が、この炎で目にもあざやかに焼き尽くされていくようだ。
こんな風にして、冬の終わりが子どもたちの目に焼きつくのだろう。

ICIRIPICIRI59 078

ファルシャングが終わると、
キリスト教の暦では、ブイト(断肉)に入ることになる。
イースターまでの約一ヶ月間、肉を食べずに過ごすのだが、こういう解釈もある。
おそらく、クリスマスから続く長いお祭り騒ぎで、
たくさんの肉を食べてきた胃を休ませるという意味合いもあるそうだ。
今では、それも守る人はごく少数で、
イースターの金曜日にだけ肉を食べないという人がほとんどである。

これからイースターにかけて、雪が次第に溶け、
「再生の春」に向かって季節はすこしずつ変化していく。
謝肉祭は、再生への祈りでもあるのではないだろうか。



Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|イベント|2012-02-26_17:22|page top

ブカレストの唐人町

朝、息子を送り出したあと、
携帯電話が鳴った。
友人の父親が、これから仕事でブカレストへ向かうところだという。
日本から送ってもらう食材もそろそろ尽きてきたころだったので、
ブカレストの中華市場で買い物をしたいと思っていた。
あわてて支度をして家を飛び出した。
また雪がちらほらと降りはじめたところだった。

「雪が降っていたから先週の金曜日には出かけるのをやめたんだ。
そしたら、またこの調子だよ。」
友人の両親は、お菓子の工場を経営している。
月に何度か、品物を卸しにブカレストへ行かなければならない。

ちいさな町を出ると、
見渡す限りに真っ白な原っぱが広がっていた。
ちいさな町をいくつも通り過ぎ、国道を進むと
30分ほどでブラショフの町にたどりついた。

灰色がった青色をした山々が見る見るうちに近づいてくる。
このカルパチア山脈の間には、
プレデアル、シナイア、ブシュテニなどルーマニアでも名高い避暑地が連なっている。
進むにつれて、だんだんと雪の量も多くなるのがよく分かる。

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1時間以上かかって、ようやく山脈の向こう側に出た。
もうここでは雪はすっかり溶け、
ここ数ヶ月味わっていなかった太陽の光の熱さに驚く。
平べったい土地にぽつんぽつんと並ぶ村々。
おもちゃのようなブリキの屋根が光でぎらぎらと照らされている。
トランシルヴァニア地方から東に出ると、
彼らハンガリー人は、自分たちがいよいよ「よそ者」であることが感じられるという。
ヨーロッパではなく、あそこはバルカンだという人もいる。

ブカレストもまぶしいほどの晴れた空で、雪がほとんど解けはじめていた。
途中、ホームメイドチョコレートやケーキなどの品物を
お得意さんのところで卸したりしながら、
私の目指す中華市場の前までやってきた。

二年ほど前に来たときにはなかった、
けばけばしい中華風の門がどんと構えている。
前にはじめてここに来たときには、
その巨大さに驚きあきれたものだ。
巨大なショッピングモールのような建物が全部で8つもあり、
どこを見ても同じような中国製衣類の店が立ち並んでいた。
真新しい建物の中に、荷台をひいたおじさんが
豆腐やら葱やらの食材を売り歩き、
退屈した売り子の若者たちが
その辺でヒマワリの種を食べ散らかしていたのも印象的だった。

今回来てみると、かつての活気がどこにもなく、
8つあった建物は3つになっていた。
中をのぞいてみると、半分以上にシャッターが閉まったまま。
人に聞き、ようやく目当ての食材店を探し当てる。
二つほどの棚にいっぱいに並んだ醤油瓶や見慣れないスパイスを注意深く吟味したあと、
買い物をしてその場を去った。

iciripiciri85 003

10年ほど前、隣の国ハンガリーのブダペストにも巨大な中国街があった。
それが今ではほとんどが姿を消して、
かつての跡地にはモンゴル人やベトナム人などがお店をしていると聞いたことがある。
ここルーマニアでも、
あれほどの中国人やお店がまるで魔法のように姿を消してしまった。
巨大な敷地と、立派な門だけがどこか不釣合いに立ちそびえている。

ルーマニアからも、西ヨーロッパやアメリカへと出稼ぎに行く人が跡を立たない。
私たちは渡り鳥のように、
ひとつの場所からまた別の場所へと飛び立つ自由があるのだが、
その姿がどこか哀しいものに見えるのはどうしてだろう。
逆に、一度も村から出たことのなかった
ダンナの祖父母の顔は満ち足りた表情をしていた。
空っぽのだだっ広い市場で、
今の世の中の不思議を考えざるを得なかった。





Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|その他|2012-02-19_18:50|page top

インドからのお客さま

ブラーガ一家のところにインド人の家族がやってきたのは、
1月のいちばん寒い週のこと。
毎日すこしずつ雪が降りつもって、
いつしか見渡す限りの銀世界になっていた。

彼らが出会ったのは、
去年の秋から半年間過ごしたハンガリーの教会学校だった。
キリスト教バプティスト派の信者が世界中からあつまって、
お屋敷で共同生活をして、学ぶというもの。
ほとんどがアメリカ人で、共通の言葉はもちろん英語。
カリキュラムが終わると、そのまま宣教師として世界に羽ばたく人もいるらしい。
友人のブラーガ一家はというと、のんびりと彼ららしく半年間を過ごして
またトランシルヴァニアに帰ってきた。

アパートの二階に上がり、ドアをノックする。
やがて「はーい。」とドアが開かれると、
玄関にはおびただしい量の靴が散乱していた。
家族が多い上に、いつもお客が多いのでいつものことだ。

玄関には別の友人一家の顔も見え、
やがてお腹の大きい一人のインド人女性と目があった。
子どもたちにもみくちゃにされている、か細い赤ちゃんもいた。
「ゾハラ、大好きよ。」と女の子たちは
ひと時として彼女を放そうとはしない。

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おだやかな表情をたたえる母親はサラといった。
あと二ヶ月ほどで臨月を迎えようとしていたが、
もうはちきれんばかりにお腹が大きく膨れていた。

インドの香辛料を探しに、男2人で買い物に出かけてから
もう4時間もたつという。
やがて、買い物から帰ってくると、
妊婦のサラがキッチンに立ち、料理がはじまった。
焼きなすのペースト、黄色い豆、辛味のつよいグリーンパプリカに、トマトに、
クミンやターメリック。
スパイシーな香りがキッチンからあふれてくる。

ご主人のジョスィは流暢に英語をあやつり、
会話も豊富で社交的な性格のようだ。
「インドでは、いつも週末になるとこうして親戚や友人たちが集まって
にぎやかに飲んだり食べたりするんだ。」
彼はタミル人で、奥さんはヒンドゥー語を話すインド人。
夫婦の会話はもちろん、子どもに話しかけるのも英語だけだ。

サラはおとなしく、おっとりとした性格のよう。
それでも質問をすると、
ヒンディー語なまりの強い英語でいろいろな話をした。
もともとカトリック教徒だったが、ジョスィと出会って改宗したこと。
そして妊娠しているにもかかわらず、
ご主人と一緒にハンガリーに渡ってきたこと・・。
インドに帰ろうとしているが、
医者の診断書なしには渡航ができないとのこと。
それでも、彼女は不安の表情ひとつ見せずに落ち着いている。
「あなたの宗教は?」と聞かれ、
「そうね、仏教徒よ。」というと少し驚いたようだった。

はじめはご主人は、友人たちといっしょに別の部屋でおしゃべりをしていたのだが、
どうもキッチンが気になるようで、
しょっちゅう出ては入ってきては料理の手伝いなどをしていた。
とうとう料理ができあがったのは、もう10時が過ぎていた頃。

あたたかい料理とたくさんの人で熱気のあるキッチンで、
本場のインドカレーをじっくり味わった。
「インドみたいに暑いね。」とジョスィは扉をあけた。
外の雪景色だけが、いま北国にいることを思い出させるようだ。

12時近くになったいた。
別れるときに、同じアジア人同士という親近感があったためか
サラの頬にキスをした。
サラはすこし驚いたようだった。
「かわいそうに、ハンガリーでもはじめ驚いていたわ。
インドでも家族だけしかキスをしないんだって。」

それから一週間がたち、
今度はお返しに日本のちらし寿司を作ったこともあった。
サラや女の子たちが、私の脇で手伝いをしてくれた。

やがて彼らが旅立つ日がきた。
家で焼いたケーキをもって、別れを告げにきたのだが、
荷物でいっぱいのかばんが、4つ並んでいる。
小さな子どもをたずさえての移動の大変さを思った。
彼らは10日間の滞在をおえて、
たくさんの感謝の気持ちをお祈りで伝えているところだった。
旅行の前で気持ちが落ち着かないだろうと思い、
簡単なあいさつだけをして扉をしめた。

そのとき、家のドアがバタンと開いた。
サラが別れを言うために、追いかけてきたようだ。
「無事にインドに帰れますように、
そして赤ちゃんが元気に生まれますように。」
そういうと、お互いの頬を触れあって別れた。

ブラーガ一家の家に行くことがあったので、インド人家族のことを尋ねた。
あれから無事にハンガリーに着き、
そしてインドに帰ることができたようだ。
「また彼らと会うことはできるかしら。」とエンツィが懐かしそうに話した。
こんなにも世界が近くなっている。
閉ざされた雪国の中でそんなことを考えると、
どこかそわそわとした感じがしてたまらなかった。









Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|その他|2012-02-04_23:50|page top

ビクファルバのお屋敷

私の住む町にもうひとり外国人女性が暮らしている。
とはいっても、彼女の故郷は隣国ハンガリーのブダペスト。
ルーマニアの中のハンガリー文化圏であるこの町は、
彼女にとって外国とは呼べない近さがある。

レーカは、ブダペストで美術史を勉強した後、
ハンガリーの文化遺産保護協会で働きはじめ、
トランシルヴァニアに残された古いハンガリーの教会や屋敷などを視察しにやってきた。
そこで、画家のアルパールに出会い、結婚をした。

彼らはやがて、ある村で売りに出ている一軒の屋敷に出会った。
「ほかにも興味を持っている人がいるんだけどね・・。」
と持ち主が言うので、あわててブダペストへ戻り、
自分のアパートを売りに出して、ようやく手に入れたという家。

共産主義時代に貴族の所有していた屋敷や土地は荒らされ奪われてしまい、
トランシルヴァニア地方の貴族文化も一時断絶してしまう。
その屋敷も、元の持ち主の手に返されたときには
ぼろぼろに荒れ果てていたのだろう。
せっかく自分の手に入った先祖の屋敷や土地も、
没落してしまった貴族の子孫にはどうにもすることができない場合もある。

彼らの家もはじめはひどい状態で、住めたものではなかったらしい。
何年もかかって、丁寧に修復をかさね、
ようやく昨年のクリスマスに暖をとれるほどにまでなった。
あたり一面が真っ白な雪で覆われた土曜日、
私たちはそのお屋敷へと招かれた。
白い風景の中に、漆喰の白さが際立ち、
現実味がないほどに美しい芸術品のように見える。

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1830年の年号が刻まれた、石造りの門。
太陽と月はセーケイの紋章で、
木彫りのセーケイの門にもよく見られるモチーフ。

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門から一歩すすむと、
細く白い枝の隙間から夢のように美しい家が姿をあらわした。
赤レンガ色の1791年という文字が、
黄色がかった古い壁の上になまなましく
その生を強く主張しているようだ。

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一同息をのんで、
その白々とした壁をすみずみまで眺めている。
「その窓の飾り部分は、左右対称でなくて
ひとつ間違えがあるんだけれど、そのままにして修復したんだ。」
と迎えにきたアルパールが言う。
貴族に属するものでありながらも、
そのナイーブな感性に思わず笑みがもれてしまう。

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家に入ろうとしたところ、赤ちゃんがちょうど眠ったところだったので
村の散策に出かけることにした。
ビクファルバには、貴族のお屋敷が4、5軒もある。
そのうちのひとつには、別の友人の両親が住んでいる。
昔からの持ち主が住んでいる場合もあれば、
町から移り住んだ知識人階級の人たちが買い取る場合もある。
どちらにせよ、古い家の改装はたいへんお金がかかるということだ。

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古くからの壁絵をそのままに、丁寧に修復されている。
ここでは失われつつある貴族の文化、
だからこそ価値の分かるものが大切に守ってゆかなければならない。

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アルパールが足を止めていった。
「この村で面白いのは、
こんな風に小さな小道がたくさんあるということ。」
白い小枝がびっしりとトンネルのように覆っている小道には、
そりの跡がついている。
ここを一気に駆け抜けたら、さぞわくわくとするだろう。
先が見えない小さな道は、子どもならずとも
大人である私の冒険心をもかきたてた。

bikfalva2012jan 043

先ほどの石造りの大きな門のところから、
その屋敷の壁づたいに教会のそびえる高台の方へと向かう。

bikfalva2012jan 046

この教会には面白い話があるそうだ。
昔19世紀に、牧師さんがそれは立派なオルガンを注文したそうだ。
そのオルガンがあまりに大きすぎて、
教会の中に入りきらなかった。
そこで牧師は思いついた。
そうだ、教会の入り口を壊して、中にいれるしかない。
こうして、新しいオルガンと引き換えに、
教会の古い壁は壊されて、今にその跡をとどめていない。

bikfalva2012jan 059

足がすべらないように用心するには、
一歩一歩にしっかりと重心をかけて歩むこと。
雪国で生活しているにつれて学んだことだ。
その丘をのぼり終えたとき、
身を寄せ合い、からみ合った木のか細い腕の合間から、
巨大な教会の塔が目の前に開けた。

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教会の後ろには古い墓地がある。
この木立はさらに先へと続いている。
今度は、道が細くなって下り坂。
急な坂を下ると、今度はモミの木立が曲がりくねって、
先へと誘導してくれる。

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こうしてビクファルバを一回りして、
レーカたちの待つ家にたどり着いた。
厚い木でできた扉を開いて中へ入ると、
冷えた体をあたたかい空気がほうっと包みこんだ。
「よく、来てくれたわね。」
と出迎えにきたレーカの頬に、
私の氷のような頬がそっと触れる。

部屋の中には、
まだ生活をはじめたばかりの新鮮な空気が立ちこめていた。
「このツリーはね、村の森からもらってきたの。
小さいけれど、この村で過ごすはじめてのクリスマスのいい記念よ。」
ちょうど目をさましたばかりの赤ちゃんをあやしながら、レーカが語る。

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「村の知り合いが、そり馬車に乗せてくれるというんだ。」
体が温まってきたところだったが、
息子はそり馬車と聞いて寒さも忘れてしまったらしい。
暖炉の火で乾いた洋服をふたたび身に着けて、表に飛び出す。
やがて、遠くからかすかに鈴の音が聞こえたかと思うと、
だんだんと馬車が近づいてきた。

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二頭の馬に引かれた大きなそり。
シャン、シャンという鈴の音と、あたたかそうな羊の毛皮がかかった荷台。
あまりに幻想的な光景に見とれてしまう。
まるで、魔法使いが不思議な力で送り届けてくれたかのよう。

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二頭の馬の首には、素敵なアクセサリーがかけられている。
「いいチェングー(ベル)ね。」というと、
「いいや。こちらがベルで、それは鈴だよ。」と村の青年がいう。

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気がつくと、息子は誰よりも先に後部席に座っている。
「さあ、座りなさい。」
私たち6人がどうにかギュウギュウ詰めで座席に落ち着くと、
そりが勢いよく出発した。

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シャンシャンと心地よい音を奏でながら、
半ば夢心地で雪と氷の道をすべった。
上下にはじけるように揺れる馬車と比べて、
そり馬車は船に似ていると思った。

ところどころ雪が大きく残っていたり、
解けはじめてみぞれのようになっていると、
そりがガシャガシャと音を立てて突きあたり、
馬がすこし苦しそうに足取りをゆるめたりする。
そんなときは私も顔をしかめて、彼らの苦しみを思った。
私たち6人どころか、連れの村の青年3人組も座っているから、
きっと相当な重さだろう。

私たちはいつしか村を出て、あぜ道に来ていた。
左には見渡す限り、白い原っぱが広がっている。
「ほら、鹿が見えるよ。」と指の指すほうには、
小さな黒い塊が白い雪の中にぼんやりと見えるようだった。
平原の冷たい風が、横顔に容赦なくたたきつけてくる。
しっかりと帽子をかぶり、反対側の山の方に顔をそむけた。

8人の大人とひとりの子どもをのせたそりを引き、
二頭の馬が隣村を一周してビクファルバに戻ってきた頃は、
空はうっすらと暗くなりはじめていた。

bikfalva2012jan 123

やがて、馬が動きをとめた。
友人宅の門の前に戻ってきて、
足を休める馬の体を見ると、真っ白な湯気のようなものが濃く立ちのぼっていた。
それが、汗のせいだと気づくのに時間がかかった。

誰かが私たちを運んでくれる。
そのものは、時に疲れ、弱音をはき、
そして時にはのどが渇き、食べ物を欲する。
冷たい空気の中にもくもくと立ちのぼる蒸気と、
彼らのつややかにぬれた体を見たとき、
言い知れぬ感謝の気持ちが湧きあがった。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2012-02-01_00:18|page top