トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

ブラウスからの出会い

市で美しいブラウスを手に入れた。
カロタセグ地方の肩刺しゅうのブラウスに違いないのだが、
肩部分に、それは見事な模様が刺しゅうされていた。
イーラーショシュのステッチで、花模様がつづられるブラウス。
どんな村で作られたのだろう。
私たちはバスでそこへと向かうことにした。

バスを降りると、ちょうど教会から人々が帰っていくところだった。
3人で腕を組みながら歩いていく、美しい後姿。
やっと追いついたところで、声をかけてみる。
「肩刺しゅうのブラウスを探しているのです。」

kalotaszeg2012aug2 332

日曜のミサのために着飾ったおばあさんたちが、
しばらく首をかしげてから、名前を教えてくれた。
その家の門の前に来たところで、おばあさんたちが大声でエルジおばさんをよぶ。
ちょうど着替えをしているところらしい。
肌着一枚を着た白髪のおばあさんが出てきて、
どうぞと中へと案内をする。

たんすの奥をごそごそと探って、
やがて赤と黒のブラウスを広げてみせてくれた。
カフス部分には広い面積を使った、クロスステッチの模様。
襟元には、たっぷりとギャザーが寄せられ、
そのひだ一つ一つすくって立体の模様が形作られる。
肩にそって幅広く刺しゅうされた部分は、
一見すると、ただ赤や黒一色に塗りつぶされたように見える。
よく目を凝らしてみると、
それが細かなステッチの重なりであること、
そして見事な連続模様であることが分かる。

kalotaszeg2012aug2 343

人から人へと渡り歩いて、その後もブラウスを探し続けた。
村にはすでに何十年も前に、民俗学者がやってきては、
ブラウスをほとんど集めて持っていってしまったと聞いた。

母親から受け継いだ清潔の部屋を、
大学生の娘のために残すと話してくれたおばさん。
「いつか価値を分かってもらえる日が来るかもしれないわ。」
年をとった彼女の母親を看ながら、
その母親の手で作られた刺しゅうに囲まれ、暮らしている。

kalotaszeg2012aug2 433

おばさんは手の平くらいの大きなトマトを袋いっぱいにつめて、手渡してくれた。
あまりに美味しそうなので、そのまま噛りつくと、
庭でとれたトマトの甘い水気がからからになった喉をうるおす。
旅の疲れもふっとんでいくようだった。

別の村で馴染みのおばあさんが、母親がこの村からきたと話していた。
友人のカタリンおばさんを訪ねると、暖かく迎えてくれた。
「日曜のミサで、牧師のお嬢さんに衣装を着せてあげたところよ。
この村では若い子どもがすくなくて、誰も衣装を着ようとしないの。」
別れ際にちょっと待っていてというと、大きな袋を持ってきた。
重い袋をのぞいてみると、
豚の脂身の燻製、トマトにきゅうり、手作りのお菓子・・。
驚いておばさんの顔を見ると、
「全部ここで取れたものだから。」と微笑んだ。

kalotaszeg2012aug2 869

教会の前の通りでは、
お年寄りがベンチに腰かけておしゃべりをしている。
何気なくそこに参加させてもらって、村のことを尋ねてみる。

この村は町の影響がつよく、
たくさんのルーマニア人が移住するようになった。
元々の住人のハンガリー人は少数派となり、
若い人たちは町へ通勤、出稼ぎにいき、
果てにはハンガリー語の学校もなくなったという。
「こんなに大きな村なのにですか。」と驚いてたずねると、
おじいさんは「もう若い人たちはいないんだよ。」と残念そうに答える。

村の共同体が小さいにしろ、
教会がその力を発揮すれば、人々をふたたび結束することができる。
ある村では、教会の牧師さん夫妻が
村に孤児院を設立し、村人たちに仕事や交流をもたらし、
女性たちを動かして刺しゅうを奨励して、
ついに人々の力で道路を舗装することができたと話していた。
そこは若い力で村全体が生き生きとしている。

残念ながらそういう例はまれで、
牧師さんが村よりも自分の家庭を優先させることがほとんどのようだ。
「ここの牧師さんは長いのだけれど、
子どもたちを町の学校に入れたので、村人たちも後に続くようになってしまったんだ。」
仲良くなったイボヤおばあちゃんと弟さん。
「また夜になったら来なさい。牛乳を分けてあげるから。」といった。

kalotaszeg2012aug2 493

その日の宿泊をどうしようかと悩みはじめたとき、
ある家庭に案内された。
ブドウのツルで覆われた小道を通ると、
人目みて感じのいい家族であることが感じられた。
その日の宿泊を頼むと、奥さんのエルジさんは快く受け入れてくれた。
息子はあっという間に家族になじんで、ご主人たちといっしょに釣りに行ってしまった。
私たちは荷物を置いて、ふたたび村に繰り出す。

美しい清潔の部屋があるときいて、
3階建ての豪華な屋敷の前にたどり着いた。
鉄格子の門の奥から、驚くほど普通の身なりをしたおばさんが現れた。
「ここは子どもたちの家なのだけれど、一番上の階に
カロタセグの部屋を作ることにしたのよ。」
ピカピカの通路をいき、階段を登り、
まだ改装中の真新しい白壁の部屋に飾りベッドが置かれていた。

目もくらむようなライトに、赤々と照らされた刺しゅうや衣装の数々。
私はそれらをどこか覚めた眼で眺めながら、
外国に持ち出された手工芸のようだと思っていた。
まったく別の環境の中で、
刺しゅうたちはどこかよそよそしくそぐわない。
どうしてかというと、生まれ育った環境とはまったく別の空間だからだ。
村人そのもののおばさんが、
モダンな住宅にこうして立っている景観そのものと同じように・・。

おばさんは言う、
「私の娘はルーマニア語の学校に通い、
今は病院の院長の秘書をしているわ。
ハンガリー語なんて必要ないわ。結局ここはルーマニア。
ルーマニア語ができなければ、自分を生かすことなんてできやしない。」

果たしてそうだろうかと考える。
時代に有利な言葉を選んで、生活が事足りるのは確かにそうだろう。
いかに故郷の手工芸を愛していても、
言葉や文化を正しく理解していなければ、
それはただの飾り物になってしまうのではないだろうか。
カロタセグ地方のハンガリー人にとって、
刺しゅうや衣装などの遺産は、ただ美しいものである以上に、
自分たちのアイデンティティー(帰属意識)を裏付ける何かであると考える。
だからこそ、ここまで執着するのだ。
私たちは議論の言葉を呑み込んで、家を出た。

もうすっかり日は暮れていた。
約束していたイボヤおばあさんのところを目指す。
門を押して庭に入ると、
奥のドアから部屋の明かりがこぼれ落ちていた。
中に入ると、あたたかな家の熱気が伝わってきて、
イボヤおばあさんと弟さんが笑顔で迎えてくれる。

「いつか、友好都市のハンガリーのバーツ市からお客さんが来たことがあったんだ。
村の人たちはそれは、彼らをよくもてなしたよ。
彼らが二回きて、一度だけ私たちがハンガリーを訪れたとき、
驚いたことに彼らはどこかに姿を隠してしまった。
別にお礼がしてほしかったから、したわけじゃないさ。
それでも、こんな交流はもうお断りさ。」
何事もなかったかのように笑顔で話すおじいさんを見ながら、
その礼儀知らずの人たちが腹立たしくてたまらなかった。
イボヤおばあさんが言う。
「どこかね、彼らは村人の私たちのことを蔑視しているようなのよ。
ある女性なんか、ここに泊まっているときに、
「もしあなた方がハンガリーに来ても、
おもてなしできません。」と言うんだから。」

おしゃべりが続いたあと、
留守番をしている息子のことが気がかりだとお暇することにした。
イボヤおばあさんが、
ペットボトルいっぱいの牛乳を手渡してくれた。
財布を取り出すと、
「いいえ。これは私たちからの贈り物よ。」
とどうしても取り合ってくれない。

まだ生あたたかい牛乳を胸に抱いて、
夜道を歩いていた。
世にも美しいブラウスを生んだこの村の、
心やさしい人たちのことを思いながら。
ハンガリー人が少なくなっても、
美しいブラウスが村からすっかり消えてしまっても、
きっとまた、やさしい笑顔に会いにここに戻ってくるだろう。














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Theme:ルーマニア
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comments(6)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2012-09-28_15:01|page top

ピッティおじさん

雨がしとしとと降る中を、車が走っていた。
気がつくと、巨大な町は目の下に広がっていて、
小高い丘をどんどん登りつつあるのが分かった。

オットーが言う。
「ここの森にはよく来ていたよ。
むかし、キノコ狩りが好きだったんでね。
医者になるのか、キノコ博士になるのかどちらか決めろといわれて、
キノコの道はあきらめたよ。」
10年前は神経質そうな青年とばかり思っていたが、
先ほどから弾むようにおしゃべりをしている。

大学時代に通ったおじさんの家には、
当時は新婚だった息子さん夫婦が同居していた。
不思議なほど物静かな夫婦は、会ってもどこかよそよそしかったのを記憶している。
いまや二人の子どもが大きくなり、
大人びた少女が私を見るなりこう言った。
「私のピアノを聴かせてあげましょうか?」
ぜひにというと、
電子ピアノの前におごそかに腰かけ、静かに奏ではじめた。
感情の起伏をこめて演奏する少女の手つきをみながら、
私は10年の時間に思いをはせていた。
隣には息子が腰掛け、じっとその演奏を聴いていた。

「僕がむかし知っていた道とは違うようだな。
問題なのは、ガソリンが足りずに
車を押す羽目にならないかということだ。」とオットーが言う。
びっくりして大あわてで、今すぐここで降りると告げると、
「冗談だよ。」といたずらそうに笑った。

やがて、目指す村が見えてきたので、
車を止めてもらい、降りる。
雨が体を濡らしはじめたので、雨宿りと昼食をかねて、
小さな商店で買い物をすることにする。
ちょうどよく店の前にテーブルがあったので、
豆の瓶づめを開けてパンといっしょに食べていると、
店のおばさんがソーセージの入った皿をそっと置いた。
「どうぞ、男の子にね。」
食事をすませ、小雨のふる中をふたたび歩きはじめた。

村に面白いおじいさんがいるという話を耳にした。
何でも古いものをかき集めては、小屋をいっぱいにしているという。
「その集めたものときたら、古い農具だったり、お金だったり。
価値があるのかないのか、さっぱり訳が分からないのよ。」
おじいさんの名前、ピッティをノートに書き付けた。
村には同姓同名の人が多いらしく、
そのピッティというのもあだ名のようなものらしい。

本道からわき道にそれると、家もまばらでしんと静まり返っている。
小川を通りすぎると、右手に一見してそれと分かる
ユニークな構えの家があらわれた。
ドアをノックすると、小柄なおばあさんが出てきて
珍しそうに私たちを眺めた。
「めずらしいお客さんが来たわよ。」と右側の部屋に向かって声をかける。
私たちは、左側の部屋に通された。

kalotaszeg2012aug2 959

壁面を隙間なくうめる絵付け皿に、
赤と青の刺繍のタペストリー、
いい具合に色の落ちたクリーム色と空色の古い食器棚。
バラの上で、鳥たちが向かい合わせになってとまっている。

kalotaszeg2012aug2 960

部屋には古いポスターが貼られていた。
「この踊っているのが、若いときのピッティおじさんよ。」
ハンガリーの民俗舞踊研究家マルティン・ジュルジ主催のフェスティバルに
招かれた時のもののようだ。
棚には、ハンガリーの首相からもらった勲章まで飾ってある。

そこではっと気がついた。
2年ほど前に町で開かれた民俗舞踊フェスティバルで、
何組かの老夫妻がステージで見事な舞踊を披露したこと。
中でも80歳を越えても見事な踊りをしたペアが、この二人だった。
若い舞踊団のそれとは違ってスピードこそないものの、
おじいさんとおばあさんのゆったりとしたダンスは、
音楽と一体化した独特の空気をまとっていた。

kalotaszeg2012aug2 974

そこで、同じく小柄なピッティおじさんが奥からやってきた。
背丈は低くやせているものの、引き締まった体つきをしている。
おばあさんと話している間にも、
おじさんはパーリンカをグラスにそそぎ、
息子には庭でとれた甘い梨やクッキーをすすめてくれる。
その瓶には、なんとおじさんの顔のステッカーが張ってある。
お客好きのおじさんは、いつもこうしてご自慢のパーリンカで
来客をもてなすのだろう。

kalotaszeg2012aug2 966

コレクションを見せてほしいというと、
表に案内してくれた。
まるい石が積み上げられたかまど。
この地方でしか取れないという珍しい石が、
おじさんの個性を表すかのように面白いオブジェになっている。

kalotaszeg2012aug2 986

離れにある小さな小屋に足を踏み入れると、
そこはまるでピッティおじさんの宝箱。
古い写真立てに革のベルト、ガラス瓶。
木彫りの杖にランプに時計・・・。
そのひとつひとつが寡黙なおじさんの代わりに
たくさんの想いを語りかけてくるようだ。

kalotaszeg2012aug2 995

ベツレヘム劇の小さな小屋は、おじさんの手作り。
イエス・キリストの誕生の場面を、人形で表したもの。
家の屋根にはコウノトリがとまっている。
小さな白黒写真を指さすと、「ワシの母さんだよ。」と微笑む。

kalotaszeg2012aug2 999

おじさんは棚の上からも、
次々と古い本などを出してはダンナに話しかけている。
収集することが生きがいのダンナがいつかこう言ったことがある。
「人が何かを集めることは、自己表現のひとつだ。
それは、ひとつの芸術だと言ってもいいかもしれない。」

kalotaszeg2012aug2 1001

村に住むほとんどの人にとってみれば、
埃かぶったおじさんの収集物など取るに足らないものかもしれない。
おじさんが40年ほどの年月をかけて集め愛でてきたもの、
それは彼の半生そのものを表すといってもいい。

kalotaszeg2012aug2 1003

テーブルに置かれた芳名張に書いているとき、
おじさんが寂しそうにこういった。
「残念だが、もうこれらの品を手放さないといけないだろう。」
どうしてかと訳を尋ねると、
息子さんやお孫さんたちがまったく興味を示してくれないという。
「いいえ、きっとその価値に気づいてもらえますよ。」と強い口調で言った。

ピッティおじさん。
数々の舞台に呼ばれた有名な踊り手。
そして、知られざるもうひとつの顔は、古い品々で空間を彩る芸術家。

kalotaszeg2012aug2 1017

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(4)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2012-09-22_05:49|page top

ピシュタおじさんとシャーマンの像

ずっと会いたいと願っていた人に会うことができた。

私の人生の中で一番大きな転機となったのが、
クルージでの生活だった。
2000年の秋から半年間、
バベシュ・ボヤイ大学でハンガリー民俗学部の聴講生となった。
この半年間で、数え切れない出会いがあり、
そのひとりがピシュタおじさんでもあった。

大学講師をしていた人に連れられて、
ホレア通りにある古いアパートの一室に入った。
著名な文芸評論家というおじいさんは、
私の手の指の爪を見ると、「なんて趣味の悪い色だ。」と顔を歪めた。
あっけにとられていると、
今度は笑顔で話しはじめる。
話題が豊富で、紙にさまざまなことを書きつけて、
別れるときにはいつも手渡してくれた。
私の研究テーマとなった、
ハンガリーの装飾の本を紹介してくれたのもおじさんだった。
大学の授業より、ある意味で貴重だったかもしれない。

手紙のやりとりが絶え、
気がつくと数年が経っていた。
もう大分高齢のはずなので、達者でいるのかどうかも分からず、
それでいて、確かめるのが怖かった。

今回の滞在中に、クルージ出身の友人におじさんの名を知っているか尋ねてみた。
偶然にも彼女の知り合いで、まだあの場所で住んでいるという。
息子の手をとって、私はホレア通りのアパートの裏側に回り、
おじさんの名前を探した。
時代は変わって、インターホンが門についている。
スーチ・イシュトヴァーンという名前はそこにはなかった。
同じ苗字があったので、思い切って押してみる。
耳が遠かったおじさんのことを思い、
大声で自分の名を告げると、ドアがひらいた。
半信半疑で古い階段を上っていくと、
途中でガウンを着たピシュタおじさんの姿があった。

「孫たちが大きくなったので、
わしたちはこちらに移ったんだよ。」
前よりも小さな空間だが、
おじさんの部屋の空気はそのままだった。
赤い刺繍のクッションがあって、
おじさんの描いた絵が壁にかかっていて、
そして沢山の古い本が並んだ本棚がある。
すべてが昔と同じなのに、
私の横には8歳になった息子がいるのが不思議だ。

kalotaszeg2012aug2 129

おじさんは葉巻に火をつけて、
旨そうに吸いはじめた。
「一日に一本だけ、これを吸うんだよ。」
と最高の贅沢のように嬉しそうに笑う。
ヘリコンというトランシルヴァニアのハンガリー人の文学誌の編集も務め、
記事を書いてきたおじさんは、もう85歳になるという。
「あなたはもう何歳になったかね?」
「34歳です。」と苦笑しながら答えると、
「何だ。もう年寄りだ!」と笑った。

ピシュタおじさんの部屋の中でもひときわ印象的なのは、
おじさん自身の手で描かれた絵画。
赤と白のテーブルクロスに、人物の像が置かれた静物画もあれば、

kalotaszeg2012aug2 147

日本を髣髴とさせる絵もあり、

kalotaszeg2012aug2 148

首から上だけの女性と男性の配置が不思議さを漂わす絵もある。

kalotaszeg2012aug2 145

右上に描かれている不思議な鳥は、
おじさんが生涯ずっと大切にしている宝である。
「あのシャーマンの像は?」と聞くと、
おじさんは瓶の中から例の像を取り出して机の上に置いた。
いつ見ても美しく、引きつけるところのある像である。

「この像が不思議なのは、女性の姿でありながら、
後ろから見ると、腰が微妙にゆがんで見える。つまり、びっこだったということだろう。
その上、鳥の仮面のようなものを注意すると、目の焦点があっていない。
手にはシンバルのような打楽器をもち、
手と足には刺青のようなものさえ見える。
シャーマンの像ではないかと思うんだがね。」

kalotaszeg2012aug2 134

大切なシャーマンの像を、
ふたたび大事そうに瓶の中に入れてふたをした。
「魔力が逃げていかないようにね。」といたずらそうに笑う。

ピシュタおじさんと奥さん、
そして息子といっしょに夢のような時間を過ごし、
しばらく興奮が冷めやらなかった。

kalotaszeg2012aug2 162

クルージ・ナポカの町。
私たちはコロジュヴァールと呼ぶ。
かつてはハンガリー人の町だったのが、
今ではわずかに20%に満たないと聞いている。

kalotaszeg2012aug2 171

おじさんの息子のオットーは言う。
「もうこの町は、僕が子供のころに知っていたものではないよ。」
古きよきコロジュヴァールの姿は、
聖ミハーイ教会とマーチャーシュ王の生家、
そして古いアパートの中に辛うじて残っているのかもしれない。

kalotaszeg2012aug2 196
comments(2)|trackback(0)|文化、習慣|2012-09-13_15:23|page top

カティおばあちゃんの部屋

久しぶりの雨が大地をぬらしたのもつかの間。
乾いてひび割れた土や、
からからに乾いた植物を生き返らせるほどではない。
普段より幾分か心地よい朝の空気を感じながら、
友人の家から坂を上って駅を目指した。

急勾配の坂をのぼりつづけると、
心臓が飛び出しそうになるほど激しく音を立てて、
汗が噴出すようにして流れてくる。
森をすぎ、山の上の原っぱが見えはじめたころ、
後ろから見慣れた白い車がゆるゆるとやってきて止まった。
「忘れ物だよ。」とレベンテがジャケットなどを入れた袋を差し出した。
私たちは車に乗り、
座席に重いリュックをどっかと下ろした。
「だから、乗せていくっていったのに。」と友人は笑う。

山の上にある駅についたとき、
何人かの村人たちがすでに踏み切りの前で電車を待っていた。
赤いワゴン車がやってきた。
すると、みんなが運転主の女性と親しげに話をして、次々と車に乗る。
友人が私たちにも乗るようにと促した。
満員の赤いワーゲンに乗って、
私たちは鉄道路線とは違う、国道沿いに向かって走っていた。



午後のローカル電車で、アシの小川が流れる地方へと旅をする。
さわやかな風が風花を揺らしては、
涼しげな音を立てて通り過ぎていった。
この道すがら、いつも80を過ぎたおばあさんの顔を思い浮かべる。

kalotaszeg2012aug2 094

茶色い門を押すと、
ニワトリたちがにぎやかに歩き回る庭が見える。
おばあさんの住む部屋は、家の奥にある。
「チョーコロム(キスを)!」と叫ぶと、
中から小柄なおばあさんの姿が現れた。

「まあ、珍しいお客だこと。さあ、お入りなさい。」
部屋の中は外よりも熱気がこもっていた。
おばあさんが煮炊きをしていたようだ。
いつも黒いスカーフをかぶっていたのに、
暑さのせいか、見事な白銀の三つ編みをアップにしている。

kalotaszeg2012aug2 101

まばゆいほどの白い髪の先は黒いひもで結ばれて、
頭のてっ辺で円を描くように留められ、
真っ黒い櫛が添えられている。
白髪の美しさに、思わず見入ってしまうほどだ。

kalotaszeg2012aug2 104

近所に住むいとこのおばあさんがやってきて、
おしゃべりをしていたようだ。
「ママは、息子が外国に出稼ぎに行ってしまうので悲しんでいるのよ。」
村に住む息子さんは、スペインにきゅうりの刈り取りに行くらしい。
中学生と小学生の子供を置いていくため、
おばあさんが面倒を見ている。
青い瞳をうるませて、息子のことを心配していた。

kalotaszeg2012aug2 105

庭でなった果物を勧めてくれた。
夏りんごがこんなにやさしい色に色づいている。
砂糖菓子のように甘くて、みずみずしいりんごの味。
小ぶりの洋ナシも、とろけるように甘い。

kalotaszeg2012aug2 109

青空のようなブルーに塗られた、おばあさんの部屋が好きだ。
生活のにおいが感じられながらも、
おばあさんらしいセンスがあちこちに見られる。

kalotaszeg2012aug2 790

お孫さんのために料理をする、やさしいおばあさん。
畑で農作業をする、働き者のおばあさん。
そのかたわら、芸術家としての顔も持ちつづける。

kalotaszeg2012aug2 723

おばあさんの元気な顔が見られて、
色とりどりのビーズの中にしっかりとおばあさんの活力が感じられるとき、
いつもここに来てよかったと感じる。

kalotaszeg2012aug2 737

作りかけの作品の横に、
息子と同じ年のお孫さんがやってきて、
机の上に生まれたての卵をおいていった。

kalotaszeg2012aug2 732

日に焼けたやわらかな手からは、
信じられないほど細やかなミリメートルの形が生まれ、
カロタセグの色の洪水とおばあさんのメルヘンの世界とともに呼吸をしている。

kalotaszeg2012aug2 771

ひたすらに針をさしながら、おばあさんはいろいろなことを語ってくれた。
16歳になる孫のために、金のネックレスを買ってあげたこと。
3人の子供さんの生活のこと。
ひとつ屋根の下で暮らすお嫁さんから、冷たくされていること。
年をとり、楽しいこと辛いことを一身に受け止めて、
ひたすらに針をもちつづける。
だから、その作品はおばあさんの生命そのもののように、
果てしない力であふれているのだろう。

おばあさんに別れを告げ、
夕方の列車に間に合うようにと無人駅へ向かった。
茹でたトウモロコシを袋に包んでいただいた。
一本道に、都会の装いをした若者たちが行きかっているのを
ぼんやりと眺めていた。

kalotaszeg2012aug2 849

ふと、その中に黒い衣装に身を包んだカティおばあちゃんの姿が
みるみる内に近づいてくる。
どうしたのだろう、何か忘れ物でもしたのかもしれない。
そう思いながら、おばあさんの方に足を向けると、
「りんごを渡したいと思っていたのよ。」
と私の腕の中に、ごろごろとピンク色のりんごが転がった。

りんごの重みを腕で感じながら、
遠くなっていくおばあさんの後ろ姿を見送った。
オレンジ色に染まるアシの林の間に、
ふとおばあさんの足が止まって、こちらを振り向いた。
私は大きく手を振った。

kalotaszeg2012aug2 858

体の中心に灯かりが燈ったように
ほかほかとあたたかな気持ちで列車に飛び乗った。



*カロタセグ地方のビーズ刺繍について、
詳しくはもうひとつのブログにて。
カティおばあちゃんの宝物

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2012-09-07_17:55|page top

のどかな日曜日の午後

朝から重い灰色の雲が覆いかぶさっていた。
待ちに待った雨がいよいよ降ってくるのかと、
天を見上げていたら、雨つぶがしたたりはじめた。

住みなれた村から離れ、友人たちの家に来ていた。
車を出そうとするレベンテを制して、
「歩いていくから、大丈夫。」というものの、
「用事があるから。」といってエンジンをかける。

車のガラスが水でにじみ、雨音が聞こえてきた。
これから丘を越えて、隣村へいかなければならない。
雨が降るのは歓迎だが、さえぎるもののない
裸の丘の上でびしょぬれになるのは困ったものだ。

村を越えてもなお車は進み、
やがて道のない原っぱをつきぬけて、
坂道にさしかかるところで止まった。
「ここまでで、いいかい?」
目指す村は見えないけれど、すぐ丘の下にある。
友人の親切に感謝して外へ出ると、
まばらな雨がひんやりと体をぬらしはじめた。

風に背中を押されて、
私たちはひたすらに丘を進み、坂を下っていった。
村につくころには、雨はすっかり止んでいた。
朝の天気がうそのように、
澄み切った青空に入道雲が勢いよくのびていた。

kalotaszeg2012aug 429

今日は日曜日。
教会のミサは、その日は例外で午後に行われるという話だった。
甲高い鐘の音が、ちいさな村いっぱいに鳴り響く。
やがて小奇麗に身支度をしたおばあさんたちが、
ゆっくりと白い建物を目指して歩いてくる。
名札はないけれど、どこの席か決まっているかのように
おばあさんたちはどっかりと腰を下ろして、おしゃべりを始めた。

kalotaszeg2012aug 443

賛美歌を包んでいるのは、
刺繍でできた色とりどりの花たち。

kalotaszeg2012aug 457

18世紀に作られた古いパイプオルガンを弾くのは、アンナおばさん。
力いっぱいの音をたてて、メロディーがこだまする。
後ろでは、もう一人のおばさんが足でペダルを踏みながら、
よく通る声で歌を歌っていた。

kalotaszeg2012aug 446

長い牧師さんのお説教にため息をつきながらも、
お祈りをし、歌を歌っているうちに一時間が過ぎた。

kalotaszeg2012aug 449

天井桟敷には、子供たちが座るというのが習慣だ。
私の横には、村では珍しい二人の少女が座っていた。
人懐っこい姉妹は、普段は町に住んでいるが、
週末や夏休みをここで過ごすという。
「私たち、ここの村が大好きなの。
数えてみたら、去年の一年で
週末に村にいなかったことはたったの6回だけだわ。」
美しい少女は、大人そのものの外見とはうらはらに
あどけない子どもの表情をみせてこう言った。

息子がいるので、いっしょに子供たちと遠足に出かけることにした。
村のはずれの丘を登っていくと、プルーンの林がある。
今年は日照りのため実りが悪く、気の毒なほど小さい。
落ちているプルーンをほおばりながら、
砂ぼこりを立てて丘を登っていく。
だんだんと、ちいさな村が遠く小さくなっていく。

kalotaszeg2012aug 466

「ここでよく貝の化石を見つけるの。」と少女の案内で、
今度は発掘がはじまった。
手のひらくらいの大きな貝から小さな巻貝まで、
かつての海の記憶を残す石が、土の中からつぎつぎと現れた。

「ほら、これを見てよ。」と息子が捕まえたのは、
体は乾いた土色なのに、内側には透明の赤い羽根をもつバッタ。
今年の大発見のようで、行く先々でこのバッタの話をしていた。
バッタは嫌いといいながらも、
少女たちもやがて夢中でバッタ探しをはじめた。

やがて丘を降りると、
原っぱにぽつんと大きな木が立っていた。
よく見ると、丸い緑の宿り木がいっぱいについている。

kalotaszeg2012aug 479

人里はなれた小さな村のもつ悲しい宿命で、
村は深刻な過疎化がつづいている。
昨年には村の牧師さんまでもが3人の子供をつれて、
村を去ってしまった。
子供の数が少なくなって、学校がなくなってしまったからだ。
ついに、この村には子供たちの笑い声が消えてしまった。

それでも、村を愛し、
純粋なやさしい心を持ちつづける少女たちがいることに
少しほっとする思いだった。

kalotaszeg2012aug 481

美しい家は、つぎつぎと町の人々の別荘となっていく。
普段の村はひっそりとして、
一人暮らしのおばあさんたちが住んでいるばかり。

kalotaszeg2012aug 486

夕方、私たちはあぜ道へ来ていた。
人がほとんど行き来をしないため、村の外はほとんど羊の放牧地となり、
いつどこで群れに出会うかわからない。
猟犬は誰であろうと牙を向けるから、危険なことこの上ない。
私たちは棒と石を手に、野原を歩いた。

kalotaszeg2012aug 700

なだらかな丘が目の前をふさぎ、
その先に何が待っているのか見えてこない。
耳をすますと、羊の首輪の音が聞こえてくるようだった。
とっさに向きを変えて、
道から大きくそれて遠回りをする。
危険を察知するように、耳が不思議なほど研ぎ澄まされる。
吹きすさぶ風が、
どうか私たちの草を踏む音、
人間の匂いをかき消してくれるように祈った。
やがて目の前が大きく開けて、
私たちは静かな原っぱの真ん中にいた。

kalotaszeg2012aug 711

厚い雲がいきおいよく流れていき、
西に傾く太陽の光が大地にとどいた。
やがて隣村に到着するころ
私たちはポケットに詰め込んでいた固い石をぜんぶほうり投げた。


★トランシルヴァニアの手芸に関しては、
もうひとつのブログにて。
3つの刺繍のある教会

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(0)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2012-09-03_05:59|page top

セーケイ・ミコー学園の事件

9月1日の正午、
シェプシセントジュルジで大きな出来事があった。
トランシルヴァニア全土から、
ルーマニア国中から、そして隣国のハンガリーからも大勢のハンガリー人が集まり、
大規模のデモが行われた。

IMG_5793.jpg

事件の発端は、
キリスト教カルバン派教会の保有する
セーケイ・ミコー学園をルーマニア政府が強制的に
国有化するという計画が起こったこと。
さらに、それに反対する二人のハンガリー人を拘束したということに対して、
多くの人が釈放をもとめ、
さらにハンガリー人の権利のために立ち上がった。

IMG_5804.jpg

ハンガリー人少数民族が人口の70%を占めるこの町で、
歴史深いこのミコー学園を国有化することで
どういう問題が起こるか。
ルーマニア政府の元で教育方針が決められるため、
最悪の場合は、ハンガリー語で教育が教育がされなくなるという事態も考えうる。
ここ最近では、トゥルグ・ムレシュの医科大学でも
ハンガリー語教育が廃止される問題が起こった。

私たちは、自分たちの子どもたち、
孫たちの未来のためにも、
母国語で生活が送れるような社会を守っていかなければならない。

IMG_5808.jpg

1919年のトリアノン条約で、
ハンガリーからトランシルヴァニア地方がルーマニアに割譲されてから、
やがて100年になろうとしている。
ハンガリー人少数民族は、
すべてがひっくり返るような苦境の中でも
ルーマニア社会に適応しながら、
先祖代々受け継いできた土地や伝統、母語を守りながら
生活をつづけている。

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セーケイの民族歌

この運命がどこへたどりつくのか、誰が知っているだろう
真夜中の、暗く険しい道の中で
ふたたび、民を勝利へと導いてくれますように
チャバ王子よ、天の川のもとで
(ハンガリーの神話の中で、天の川をくだって
チャバ王子の軍隊がやってきたと言われている。)

数多くのセーケイ人は岩のように砕けた
民族の戦いがくりひろげられる海の中
ああ、荒波が私たちを100たび呑み込もうとしても、
神よ、このトランシルヴァニアをどうか私たちの手から奪ってくれるな

Ki tudja merre, merre visz a végzet
Göröngyös úton, sötét éjjelen.
Vezesd még egyszer győzelemre néped,
Csaba királyfi csillagösvényen.

Maroknyi székely porlik, mint a szikla
Népek harcának zajló tengerén.
Fejünk az ár, jaj, százszor elborítja,
Ne hagyd elveszni Erdélyt, Istenünk!


Theme:ルーマニア
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comments(4)|trackback(0)|イベント|2012-09-02_05:31|page top