トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

カテゴリー

FC2カウンター

カレンダー(月別)

11 ≪│2012/12│≫ 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

これまで書いた記事は・・・

全タイトルを表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Feed Me!

トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

帰国への長い道のり

出発は、身の凍るような寒い朝だった。

早朝3時半、暗闇の中をタクシーが走り、駅へと向かった。
分厚いドアをあけて表で出ると、
寒気がなだれかかるように襲いかかってきた。
分厚いコートを通してでも、体へ貫いてくるような凄まじい冷たさ。
迎えにきたお姑さんとラツィおじさんとともに、
ホームへ歩いていく。

スーツケースの横で番をしてくれるおじさんをおいて、
私たちはひとまず待合室の方へ。
室内に入ると、明るい光とやわらかな空気が体を包みこむように迎えてくれる。
暖房が効いているとはいえないが、簡素ないすだけが並んだ四角い部屋も、
このときばかりは極上のラウンジのようだ。

出発の時間が近づいたので、
温まった体を起こして、再び極寒の世界へ。
漆黒をぬりつけた空に黄色い閃光がはしり、
ものすごい音をたてて列車がやってくる。
こうしたすべてが、旅立つ前の心を引締めるようだ。

ブカレストへの特急列車。
快適な室内で席に腰をおろすと、自然にうとうとと眠り込んでしまった。
眼が覚めたのは、すでにカルパチア山脈を越えて、
トランシルヴァニアと別れを告げたあとだった。
真っ黒だった車窓の風景に、うっすらと黒い林があらわれ、
枝に重くのしかかる白い雪まで確認できるようになった。
列車はきしんで、止まったまま動かない。

IMG_0622.jpg

向かい側の席に座った車窓が携帯で何か話している。
「何か信号が出たので、停車してるみたいだよ。
どうやらブカレストに着くのは、遅れるようだね。」
と旦那が教えてくれる。
こんなときにも、誰も不満ひとつ口にしないのがルーマニアらしい。

しばらくして、ゆるゆると電車が速度を速め出すと、
黒い木立の先に大平原がひらけた。
水平線のあたりが赤く絵の具をにじませたように染められて、
夜明けの瞬間が近づいた。

IMG_0633.jpg

そうして、無人駅に停車したときに、
ゆるゆると赤い太陽が顔をのぞかせた。
山がちなトランシルヴァニア地方では、
昇ったばかりの太陽を見ることがない。
斜め上からゆっくりと降りてくる飛行機雲の白いすじを見ながら、
遠くへ飛び立つ自分たちの姿を思い描いた。

IMG_0649.jpg

今回は息子とふたり。
肩にとどくほど大きくなり、だいぶん力も強くなった。
こちらが世話を焼くばかりだったのが、
だんだん私の手助けをしてくれるようになり、
心強い旅のパートナーとなってくれそうだ。

IMG_0641.jpg

私たちの住むところより、春の訪れが一ヶ月も二ヶ月も早いブカレスト周辺も、
この日ばかりは雪と氷に閉ざされていた。
北駅からバスに乗って、オトペニ空港へむかった。
チェックイン、荷物も預けて、
いよいよ搭乗口に向かっていったとき、
予想もしなかった事が起こった。

パスポートコントロール。
いつもとは違う、息子のルーマニアのパスポートを見たとき、
検察官がこう尋ねた。
「あなたのご主人さんの書類は・・。」
一瞬、何のことかわからなかった。
事態の深刻さがまるで伝わらないようなニヤニヤとした顔の男が、
「これは、問題なんですがね。」と伝える。
旦那が見送りに着ていること、
もちろん同意していることなどを告げても、取り合ってくれない。
「あなたは大丈夫なのです。
息子さんは国外に出すわけにいきません。」

目の前が真っ暗になり、旦那が待っている入り口へと戻った。
後ろから来た先ほどの男が、旦那に事態を話している。
「ただ、行政書士事務所ですぐに書類ができれば話は別です。」

迷う暇はなかった。
登場時間まであと40分ほど、ブカレストまで戻る時間はない。
「オトペニの町に事務所があれば、
もしかしたら・・・。」とタクシーのところで聞いてみる。
祈るような思いで、タクシーに乗り込み、
車が元きた道を戻っていく。
時間とにらめっこしながら、
スピードを上げていたタクシーが事務所の前につき、
階段を駆け上って事務所の扉をたたいた。
秘書の女性が、冷たい表情で言う。
「同意書には、子どもの出生届けと・・。」
もうその時点で、がっくりと肩を落とした。

絶望した私たちを置いて、
飛行機は真っ青に澄みわたった空に旅立ってしまった。
できるだけ頭を冷静に保ち、
キャンセルの手続き、荷物のうけとり、
そしてこれからのことへ目を向けようとした。
何より先に、明日空港に迎えにくる予定の父親に連絡をしなければいけない。
おんぼろのパソコンを開いて、携帯にメールを打つ。
「もう、日本へ帰ることができないかもしれない。」
すぐに返事が返ってきた。
「料金がかかっても、帰ってきたら。」
疲れて判断ができない私の心を、この一言が決定した。

そして、二日後、
書類をそろえて、私たちは飛行機に乗ることができた。
不安でも、まったく無言で堪えていた息子が、
飛行機に乗る前にうれしさのあまり飛び跳ねていた。
「日本についたなんて、信じられない。」
そういいながら目を輝かせて、笑顔をみせた。
一年半ぶりのもうひとつの故郷の土を踏む息子のためにも、
この帰郷はよかったと思っている。

5年ぶりに迎える日本の正月。
故郷のかおりと、味と、景色とを目に焼き付けたい。






スポンサーサイト
comments(14)|trackback(0)|その他|2012-12-23_06:23|page top