トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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新しい我が家と城砦教会

2月のはじめ、
謝肉祭で冬を埋葬してからというもの、
めまぐるしく天気が変わる。
大地が雪で白く覆われたかと思うと、
次の日には太陽の光がすべてを溶かしてしまう。
雪解けの水が大地をぬらしては、
地中ふかくで眠っている生命に
春が近づいていることを知らせているのだろう。

締め切られた扉とともに
ただ冬が過ぎるのをじっと待っていた我が家。
今にもくずれそうな木の門が辛うじて守っている。
太陽の光があたたかい日曜日の午後。
私たちは、新しい我が家へと向かった。

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ハンガリー西部に一家で移住をした友人家族も、
来年の夏にはこちらに帰ってくるという嬉しい知らせ。
自由を愛し、おおらかに生きている家族にとって、
西側の空気はどうやら居心地がよくなかったようだ。
幼稚園時代からの親友のしばらくの里帰りに、息子も大喜び。
やがて夫婦には、4人目の子どもが誕生する。

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我が家の自慢の、ライラックの大木。
5月になると、うす紫や白の花をいっぱいにつけて、
甘くやさしい香りを届けてくれるだろう。

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庭は細長く、丘の斜面にそってつづいている。
家の影になっている部分はまだ足がすっぽり埋まるほど雪が残っているが、
斜面の上の方は太陽の光ですっかり溶けてしまった。
何もない原っぱでも、子どもたちの手にかかれば
最高の遊び場に変身する。

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遠くを見渡そうと丘を登っていくと、
お隣りのおばあさんも自分の庭を歩いてくる。
挨拶を交わすと、
「このあたりに、雪の花が埋まっているはずなの。
もうそろそろ出てきてもいい頃なんだけれど。」
と雪の積もったあたりを探している。
「雪の花」とは、ここで一番はじめに花を咲かせる、
白い花びらが可憐な小さな花。
春を告げる花として愛されている。

「遠くをご覧なさい。丘のあちら側はまだ雪がいっぱい残っているでしょう。
こちら側は南向きだから、きっと春がくるのも早いはずね。」
しばらくおしゃべりをした後、また家の方に向かって歩いていった。

庭の端には、墓石が立っている。
かつての家の持ち主が埋まっているらしい。
その囲いに腰を下ろして、美しい眺めを足元に収めながら、
かばんから手仕事を取り出した。
太陽の光があたたかく、
外にこれほど長く座っていられることが心地よくて仕方がない。
「石に座ると、腰が冷えるって。」とラツィおじさんの気遣いを伝えてくれる息子。
やがて、小さな枕を手に持ってあがって来てくれた。

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しばらく刺繍をしていたものの、
やがて太陽が雲間に隠れてしまうと
風の冷たさが増して寒さが体に忍び込んでくる。
子どもたちに散歩に行こうと呼びかけても、遊びに夢中で気が乗らないようだ。
仕方がないので、一人で散歩に繰りだすことにした。

庭の端はもう柵が壊れて、すぐに教会の裏手の墓場に抜けられるようになっている。
形も大きさもさまざまな墓石の間をくぐり抜けるようにしていくと、
すぐに墓地の中の小道にぶつかった。
町で一番古いプロテスタント教会も、すぐ目の前にそびえている。

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東と西との境であったトランシルヴァニア地方は、
中世の長い間、激しい戦場の舞台であった。
その壮絶さを物語るのが、城砦によって囲まれた教会である。
町の住民たちは戦乱を逃れるために、教会の中に立てこもった。
丈夫な石のつくりと絶好の立地条件、
神の威光とに守られて、戦禍がおさまるのを待っていたのだろう。
石で積み上げられた壁には、鉄砲を出すための穴が今でも生々しく残っている。

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教会の敷地は古くから墓地になっていたが、
石畳の道にそってクリプタと呼ばれる有力者たちの立派な墓が
大きな倉庫のようにして並んでいる。
背の高い杉の木が囲み、砦をいただくその教会の姿は、
おとぎ話のお城さながらである。

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墓の向こうは、もう町のはずれ。
ものを言わない死者のための家々だけが軒をつらねている。
どこかもの寂しさを感じながら、ぐるりと墓地を一周することにする。

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柵の向こうは、もう何もない原っぱ。
つい去年までは兵隊の練習所だったようだが、
居住区に近いために移転させられたらしい。
これから、どんな風にこの辺りも変わっていくのだろう。

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子どもたちの声を頼りに丘を下って、家に帰り着いた。
やがて、友人たちが子どもを迎えにやってきた。
夜に訪ねることになっていた友人たちも、家をひと目見ようと到着した。
気づくと日は落ちて、
辺りはみるみる内に夕闇の色で染まっていった。

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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニアの町|2013-02-25_16:00|page top

町の鳥市場

雪が降ったり溶けたりを繰りかえし、
次第に太陽の光が照らすことの多くなってきた2月。
謝肉祭(カーニバル)で冬を埋葬したものの、
なかなか春の兆しは見えてこない。

息子とふたりきりだった週末。
「小さな動物園があるよ。」と誘われて行ってみることにした。
入り口には縁日よろしくお菓子を売る姿が見られ、
たくさんの人が並んで盛況のようだ。

普段は体育館として使われる建物、
動物の匂いが立ち込める中を、たくさんの人がいったり来たりしている。
小さな檻の中にいるのは、ウサギやニワトリばかり。
それでも、これだけの人の関心を集めるところが凄いと驚かされる。

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大きなウサギのお尻には、白い尻尾がふわり。
子どもたちの手がそっと触れ、にこやかな笑顔がこぼれる。
そういえば子どもが小さなときに連れて行った動物園では、
珍しい大きな動物よりも、手で触ることのできる家畜などの方を喜んでいた。

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これらのウサギたち、重さは優に5キロを超えるものばかり。
ペットとして可愛がるというよりも、家畜として買うためのものだろう。
札には大きさや重量、そして飼い主の電話番号が書かれ、
そのまま取引もできるようになっている。

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ここのセーケイ人のひげのように、立派なふさふさの毛を蓄えた雄鶏。
ちょうど子どもの顔の高さほどに置かれているので、
威嚇しているようで怖い。

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黒と白の模様の見事な羽根をもつニワトリ。
「真珠の鶏」という種類のものだろうか。
今度はどんなニワトリを飼おうかと、新しい家の庭を想像しながら眺めるのも楽しい。

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去年の春にヒヨコから育てたことがあるので、
息子も鶏には興味津々のようす。

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まるでレースのような美しい羽根をもつハト。
新種だろうか、デコレーションケーキのようだ。

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ウィッグを頭にのせたようなユーモラスなアヒルたち。
札に「卵あります」とあるのだが、
それは自分で温めて孵してくださいということだろうか・・。

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貴婦人のようなハトは、覗き見されるのが嫌なのか
棘のある視線をこちらに向けてくる。

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まるで着ぐるみのように、可愛らしい形のハト。
大きく反った立派な鳩胸。

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バラの花がひらいたようなのは、ハトのお尻。
クジャクの羽根のように大きく広げているが、お尻が重くてなかなか頭が見えない。

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やっとのことで頭を上げると、
大きな胸部を垂直に持ち上げるのが辛そうでよたよた歩き。

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退屈しのぎに、お隣さんと仲良くおしゃべりしている。
ハトは食用でもなく、村の生活に必要な家畜でもない。
それなのに、昔からセーケイの門の上にはハト小屋が置かれ、
今でもハトを飼い、愛でる人たちが多いのはなぜだろう。
どこか人の心を和ませるものが備わっているからかもしれない。

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この閉ざされた冬の中で、
すこし村の空気を吸いにいったような気分になれた週末だった。

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|イベント|2013-02-14_16:51|page top

プレッツェルの新しい一員

一昨年の夏から一年間、ルーマニアで生活をしていた友人夫妻が
日本に帰ってふたたび生活をはじめた。
背中にバックパックを背負い、
西へ東へと身軽に動きまわって旅行を楽しむ姿は、
いつも生き生きとしていた。

何度かお邪魔したクルージ・ナポカの住まいは、
外の中庭にバラが咲き、猫たちが集い、
内はヨーロッパあちこちで集めた民芸品で美しく彩られていた。
居心地のよかったルーマニアを離れるのは、
きっと後ろ髪ひかれる思いであったに違いない。

やがて関東のある町に望み通りの素敵な住まいを見つけ、
自宅兼アトリエとして生活をはじめた。
庭には季節折々のハーブが花を咲かせ、
ヨーロッパの香りを漂わせるこだわりの素材でできた二階建ての家。

子ども服のデザイナーの哲哉さん、
ぬいぐるみ作家の由希さんのお仕事も
カルビーのエプロンチョ、きのこの森のシマリスの子ども番組など
目覚しい活躍をつづけている。

その美しい家に、昨年末に赤ちゃんが誕生した。
お正月が明けてから、息子を連れてお宅をお邪魔することにした。
リビングでは、エディット・ピアフが歌うシャンソンのメロディーが響き、
小さな赤ちゃんがいるとは思われない、ゆるやかな時間が流れていた。

「二階に上がってみますか?」
そう声をかけられて、忍び足で階段をゆっくりと上る。
昼間の太陽が天窓からあかるく照らす元に、
ちいさな赤ちゃんがすやすやと眠っていた。
そばでは白くまのBooが、
お母さんの代わりのようにしてじっと見守っている。

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テーブルにお昼を広げてゆっくりとお食事を楽しみ、
しばらくして、赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。
哲哉さんが赤ちゃんを、息子が手にBooを抱えて部屋へ降りてきた。
ちいさな体に力をいっぱいにみなぎらせ、
声をはり上げて自分の存在をみなに知らせる。
あまりに小さな体が珍しくて、
周りの目は釘付けになってしまう。

その瞳は、まだ形を見分けることが出来ないはずなのに、
何かを伝えたくてたまらないように父親を見上げる。
赤ちゃんを息子に向かいあわせて、
「いつかルーマニアに行ったら、
いっしょに遊んでくれる?」と尋ねた。
その様子に、息子の顔にも思わず微笑みがこぼれる。

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その部屋の空気を楽しむかのように和やかだった赤ちゃんが、
少しずつぐずり始めた。
お腹がすいた赤ちゃんの鳴き声にせかされるように、
ミルクの用意をする由希さん。
先ほど入れてもらったお茶のせいでお湯がなくなったのが、心苦しい。
ついに食べ物ができると、
赤ちゃんはお母さんに抱かれて勢いよく飲みはじめる。

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楽しく生きていくように、と願いを込めてつけられた楽哉くん。
その名のとおりに、両親の手を引かれて、
抱えきれないほどの楽しみを見つけ、拾っていくだろう。

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一年間の旅の生活の思い出がこもったこの部屋で大きくなり、
いつか両親もびっくりするような物を生み出して、
この空間に新たな色をつけていくに違いない。

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新しい家族がふえて、
プレッツェルのふたりの活動もさらに
豊かなものになるだろう。

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*Pretzelの旅日記はこちらです。
Pretzel
comments(2)|trackback(0)|その他|2013-02-10_20:51|page top

9年前のこと

ブダペストの留学生活が半分すぎたころ、
思いがけず天からの授かりものをした。

自分の体の変化にようやく気づいたときには、
小さな生命はすでに大きな躍動をもって歩きはじめていた。
部屋の空気を揺るがさんがばかりの
大きな鼓動をはじめて聞いたときは、
涙があふれて止まらなかった。

クリスマス前にはウィーンに留学していた友達を訪ね、
年末年始をトランシルヴァニアで過ごし、
1月にはチュニジアへ新婚旅行をして、
最終月を迎える前まで学校や図書館へ・・・。
大きくなるお腹とともにあちこちへ動き回った。
お腹の中の子どもは、そうした大移動を楽しむかのように
どこへ行っても変わらなかった。

そうして出産についての知識は何ももたないまま、
4月のその日を迎えた。
朝、出産の兆候があらわれて慌てて病院に駆けこむ。
陣痛がおこらず、ベッドに横たわり読書に更けこんだり、
旦那と病院の裏庭を散歩したりしてのんびり過ごしていた。
隣の部屋で、陣痛に苦しむ声が次第に大きくなっていき、
ついに生命が誕生する瞬間まで耳を澄ましていたこともあった。

やがて夜がきた。
点滴によって引き起こされた陣痛が次第に大きくなっていったころ、
表では年に一度のお祭りの花火の音が鳴り響いていた。
陣痛が起こってから3時間と少しで、
息子が誕生した。

その二日後に、私の誕生日がきた。
真っ白で無機質な病室で子どもを抱き、
すごした入院生活は、最高の思い出となった。
病院から出ると、5月の芽吹いたばかりの
初々しい緑が目にまぶしくて仕方がなかったのを覚えている。

9年前の10ヶ月間がしきりに目の前によぎる。
あれから、年をたくさんとり、
再び迎える出産はどのようなものになるだろう。








comments(7)|trackback(0)|その他|2013-02-04_22:48|page top
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