トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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セーケイ地方の収穫祭

夏休みも最後の週。
土曜日の昼下がり、遠くから楽団の音色を聴いた。
夏の名残をのこす焦がすような太陽の光のもと、
目を凝らして見つめていると、
通りの向こうから砂埃とともに若いセーケイの騎馬兵が現れる。

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てい鉄が土をける音と、
管弦楽器のメロディーがだんだんとはっきり、こちらへ近づいてきた。
週末の閑散とした村の通りに、
不意に活気あふれる団体が姿を現したせいか、
まだ半分夢心地で受け止める。

IMG_9136.jpg

後ろの荷馬車には、赤と黒の縞模様が鮮やかなセーケイの少女たち。
凛とさわやかな眼差しをこちらに投げかける。

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昔はセーケイ地方でも、村ごとに色や縞模様が違ったという衣装。
今では、赤と黒というのが一般的だ。
工業化が進み、手仕事の文化がよそに比べて早く廃れてしまったのは残念なものの、
セーケイ人が民族衣装にかける想いは今なお強い。

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トランペットにアコーディオンの音が高らかに鳴り響くと、
少年少女たちの歌声が重なり、大合唱となった。

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列の最後尾には、ジプシーに仮装した少女とセーケイの少年が
葡萄の入った籠と葡萄酒を手に、村人たちに声をかける。
「葡萄酒を買わんかね。」
ガラス瓶から深い紫色の液体を一気に飲み干すと、
小さな募金箱にお金を入れる。
その集まったお金で、夜に舞踏会が開かれる。

IMG_9157.jpg

昔からずっと続いてきたこと、
これからもずっと受け継がれていくべきこと。

地元に根付いた習慣はいつも季節に寄り添い、
日常に非日常性を加え、私たちの生活をいっそう色鮮やかなものにしてきた。
にぎやかな集団は、その日の私の心にも
秋の香りをひとつ落としていった。




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comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2014-09-25_05:49|page top

ドボイ村の我が家

8月も終わりとなると、高冷地のトランシルヴァニアは
朝晩にぐっと気温が下がり、秋の気配が肌で感じられるようになる。
長い夏休みでなまった身も心も、この変化で一気に目が覚まされ、
私たちは日常に向かってゆっくりと歩みを戻すことになる。

ぴりっと冷めた空気の漂う早い朝、
私たちはドボイへ向かっていた。
起きたての太陽の光が温かく、心地よく降りそそぐ。

doboly2014 (25)

空高く背のびをする花に、カナブンが上っている。
虫たちの一日もこれから始まるところだろうか。

doboly2014 (26)

私たちが目指す村は、この原っぱの向こう。
この村で家の建設をはじめてから、6年が過ぎた。
静かな村での生活を夢見ながら、生活が右往左往しているうちに、
息子は町の学校に通いはじめ、二番目も誕生した。
やがて町のはずれに新しい住まいを見つけると、
町から遠く離れた村へは次第に足が遠のくようになった。

この夏、私たちがトランシルヴァニアに帰ると、新しい風が吹いていた。
退職をしたお姑さんとご主人さんが、その家に引っ越しした。
今は週末は町で、平日は村、という風に行き来しているという。
家も喜んで住人を迎えていることだろう、
ドボイの家を訪ねるのが楽しみとなった。

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その日は、さらに来客があった。
はるばる遠くから海を越えて、両親が我が家を訪ねていた。
私たちの日常に、日本の家族が加わっているということが、
どこか照れくさいような、嬉しいような不思議な感覚だった。

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北向きの村であるため、太陽がなかなか顔を出してはくれない。
庭の真ん中には、大きなクルミの木が立ち、
大きな影を落としている。

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拾ったばかりのクルミの実を、
娘がつかみ出しては放り投げる。
黄緑色の厚い実をつけたクルミは触ると、
茶色い液が出て泥を塗ったようになって簡単には取れない。

doboly2014 (17)

村の大切な仕事は水汲み。
山の斜面にある村では、通りにひとつ共同の井戸があるだけ。
見事な木の彫刻のようなつるべ式井戸から、
水をくみ上げて、一気にバケツに注ぎいれる。
土の底から湧き出る水は、まるで氷のように冷たい。

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この夏の成果は、木でできたバルコニー。
村の民家は薪を使うため、決まって「夏の台所」というものがある。
火を煮炊きする所を分けて、夏を涼しく快適に過ごす知恵だ。

doboly2014 (9)

家の中は、内装を除いてほぼ出来上がった。
家具が運び込まれて、家らしい佇まいとなっている。

doboly2014 (8)

庭の向こう端には、薪を置くための小さな小屋がある。
ドボイでは、8月の終わりでも暖房が必要なほど朝晩が冷え込む。

doboly2014 (1)

クルミの木の下にマットレスを敷き、
持ってきた針仕事をはじめる。
市場で手に入れた6角つなぎのパッチワーク。
型に合わせてしつけ縫いをしてから、巻かがりでつなぎ合わせる。
単純な作業の繰り返しが、心を安らげてくれる。

doboly2014 (7)

クルミの葉がまるで手を振っているように、繰り返し揺れている。
風が吹いているわけでもなく、ただ一本の枝だけが故意に揺さぶられているようだ。
面白がって、皆でそちらを見ていると、ラツィおじさんが
「それは、鳥の時計っていうんだよ。」と教えてくれた。
もしカチカチと音がしたならば、まさしく時計のような動きだ。

doboly2014 (19)

空き家をひとつ挟んだ向こうには、友達の住まいがある。
高い杉の木がそびえる向こうは、もう森の中。
ドボイの村の静けさを愛して、町から居を移し、
自分の庭を彫刻の森と変えている。

doboly2014 (3)

彫刻家のバルニの所にも家族ができ、
芸術家の住まいにベビーベッドや玩具が加わった。
金の巻き毛の愛らしいロージャは、娘が生まれるより半年早く誕生した。

doboly2014 (4)

門の外には、巨大な石と石像が置かれていた。
「これは注文で、クールシ・チョマ・シャーンドルを象ったものなんだ。」
チョマ・シャーンドルは、地元出身の偉人で19世紀に世界で初めてチベット語英語の辞書を作った人物。
一か月後に行われる像の除幕式には、インド大使も来ることになっているという。
インドで志半ばに没したチョマの顔は、どこか東洋人の骨格をしているように感じた。
訳をたずねると、「像はその人の姿かたちだけでなく、その精神や生き方を反映すべきものだと思うんだ。」と言う。

doboly2014 (5)

カトリック教の十字架が、まるで家族を護るようにして家に寄り添っている。

doboly2014 (6)

我が家の向かいの家は、かつて家の持ち主だったイロンカおばあちゃんが住んでいたところ。
数年前、バルニが買い求め、門やあちこちを丁寧に直していた。

doboly2014 (11)

部屋の中は、彼のコレクションのための空間だった。
彼の芸術のインスピレーションは、この土地に根差す芸術。
生活のために名もない人の生み出した品、つまりフォークアートである。

細やかな彫りがびっしりと埋め尽くされた、機織りの道具。
愛の贈り物として男性が心をこめて彫ったものであるから、人の心を打つはずである。

doboly2014 (13)

ハンガリー語で「おはよう」と書かれた油紙には、1918年の年号がある。
第一次大戦の終わり、ここトランシルヴァニアがまだハンガリーの国土だった時のものだ。

doboly2014 (14)

ガラス瓶の中に、十字架や斧、槍が封印されている。

doboly2014 (33)

その小さな展示室から出ると、我が家が目の前にそり立っていた。
ドボイの家が、これほど誇り高く見事に見える場所はない。
自らの手で基礎を堀り、柱を組み立て、釘を打ち、
近所の人たちの協力を得て瓦を積み上げ、窓と扉を組み込んだ。

doboly2014 (34)

ドボイ村とともに生活があるバルニと、
村と離れて生活をする私たち。
いつかここで生活をする時がくるだろうか。
短いドボイの夏は、この夕暮れ時の美しさに濃縮されている。
橙色に輝く夕日が丘に落ちていく瞬間を、名残惜しく眺めていた。

doboly2014 (30)
comments(4)|trackback(0)|村に家を建てる|2014-09-01_06:30|page top