トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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イボヤおばさんの赤い刺繍

初夏の夕暮れ時、
いつもの通りにおばあさんを訪ねた時のことだった。
普段は通り過ぎる入り口で、
嫁のイボヤおばさんが声をかけた。
「おばあちゃんは、出かけているわ。
よかったら、こちらにお入りなさい。」

戸惑う私に、こう声が返ってくる。
「私だって、そんなに悪い人じゃないのよ。
きっと、おばあちゃんから話を聞いているんでしょう。」

大好きなおばあさんが、嫁と不仲であることをもらしていたから、
自然と足がそのおばさんから遠のいていた。
中に入ってみると、意外な姿を目にした。
眼鏡をかけ、黙々と針を手に刺繍をしている。

「ちょうど孫のための、ブラウスのカフスを作っているの。
もうすぐ、16歳になるからね。」
白い布をさっと針ですくい、みるみる内に赤い糸が埋め尽くしてゆく。
その達人芸に、すっかり見入ってしまった。

IMG_6077.jpg

「私の生まれた村では、みな働き者で、ブラウスの刺繍ができるけれど、
ここでは誰もこんな仕事はしない。」
同じカロタセグ地方でも、おばさんの出身の下地方では刺繍が盛んなのに対し、
ここでは刺繍は影をひそめ、代わりに華やかなビーズがもてはやされた。
そうした技術の違いにも、それぞれの精神性が反映されているのかもしれない。

「この真ん中の所には、「蜘蛛」と呼ばれるステッチがくるのよ。」
立体的な蜘蛛の巣のような形のステッチは、
ブラウスの他に、下地方ではスカートのスモッキング部分を鮮やかに彩っている。

実際にこの刺繍をするところを見たいと思っていたので、
願ってもないことだった。
おばあさんと夜9時に待ち合わせをして、ひとまず宿に帰った。



小さな娘を寝かしつけた後、
ひっそりと静まった村の通りを小走りで、目指す家へと向かった。
門を開くと、扉の隙間に灯りがもれていた。

イボヤおばあさんが同じ姿で黙々と刺繍に取り組んでいた。
「来たのね。この白い部分に「蜘蛛」のステッチをしていくのよ。」
私の手元に白い布が渡された。
おばさんの指先が動き、赤い四角の枠ができると、
さらに縦横斜めに赤い糸が引かれた。

「さあ、ここから始まるのよ。」
中心からぐるぐると糸を巻き付けながら、
まるで編むようにして小さな星の形が生まれた。
だんだんとその糸に厚みができ、
面白いように太く、大きくなってゆく。
まるで手品に魅せられた子供のように、胸がときめく。
誰がこれを考えたのだろう。
同じようにカロタセグの少女たちも母親や祖母から
刺繍の手ほどきを受けて、その魔法に目を輝かせてきたに違いない。

星の先に散りばめられた、小さな「蜘蛛」。
それは、刺繍糸でできた赤い絨毯のような刺繍を輝かせ、
重厚感を与えている。

IMG_6066.jpg

目の粗い素材で、化繊素材の毛糸であるのが残念だ。
もしも、これが昔ながらの「ジョルチ」と呼ばれる細やかなコットン布で、
ウールの毛糸「ハーラース」だったらどうだっただろう。
100年前の手仕事となんら変わりなかったに違いない。

刺繍をするイボヤおばさんの声が聞こえる。
「私の夫がこの春に亡くなったのよ。
やさしい人だった。
まだ退職したばかりだったのに。
こんなはずじゃなかった。
これから、私はどうしたらいいだろう。

いつも眠れずに、ただこうして刺繍をすることしかできない。
こんなはずじゃなかった。」
赤い刺繍の上に、おばさんの大粒の涙がこぼれた。
私はただ、彼女の濡れた目をみつめるしかなかった。

夜が更けるまで、おばさんは針を持ち続ける。
赤い刺繍は、その作り手の哀しみも、苦しみも受け止めて、
ただ輝くような赤い色を放ち続けている。

そしてまた、同じ屋根の下、
ビーズに針を通し、眠れない夜を過ごす人がいるのだ。
寂しい二人が、それぞれに手仕事をよりどころにしている。
もしも、心を通い合わせることができたなら・・。




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comments(18)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2014-11-10_04:18|page top