トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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秋分の産声

これだけ、ある時を待ちわびたことがあっただろうか。
赤ちゃんの生まれるはずだった日から、すでに一週間を過ぎていた。

体もそろそろ限界という時、やっと出産の兆しが現れた。
はじめは、腰のあたりからまるで水がにじむように
じんわりと広がっていく痛み。
それは、不思議と心地よいものだった。
それから、痛みの波は強くなったり弱くなったりしているうちに、
いつしか日が暮れてしまった。

娘を寝かしつけて、一緒に眠ってしまったらしい。
深夜に目を覚まして、いよいよ陣痛が本格的になってくるのが感じられた。
我が家からほど近い県立病院へと駆けつける。

日付は次の日へとかわり、
夜から明け方に近づくころ、息子が誕生した。
出産の壮絶な苦しみの中で、
息子が生まれる瞬間に泣き声がしないのに気が付いた。
その小さな体は紫色に染まり、
透明の太いゴム管のようなものが首に巻き付いているのを見た。
祈る思いで横目で見守る私の前に、
酸素マスクがかけられ、ようやく産声を聞くことができた。
9月23日、秋分の日の早朝だった。

mizuki (2)

分娩室のすぐ脇のベッドに横たわり、
待てども待てども赤ちゃんを連れてきてもらえない。
しびれを切らして、何度ともなく尋ねたが、
「ベッドに空きがないから、しばらく待つように。」という返事が返ってくるばかりだった。
息子が誕生して、8時間後、
やっと私は再会することができた。

秋のはじまりに生まれてきた息子。
名前は、瑞生(みずき)。
生まれたままのような心で、
瑞々しく生きていくようにと願いを込めた。

mizuki (4)

病院で出会った女性がこういった。
「4歳の娘がいて、兄弟がほしいとは思うのだけれど、
もう二回も流産をしてしまった。だから、子どもを授かる自信がないわ。」
もし命が誕生していたら、我が家と同じ三人の子どもがいるはずだっただろう。
彼女は日々、新生児と母親に関わりながら仕事をしている。

隣のベッドにいた女性は、
生後10日の赤ちゃんをまだその腕に抱くことができなかった。
生まれてすぐに喉に膿があることがわかり、
人工呼吸器のある部屋から出ることができないらしい。
昼も夜も、母乳を絞りつづけ、
か弱いわが子に飲ませようと部屋に運んでいる。

子どもが生まれてくること、
健康であることの有難さをこれほど強く感じたことはない入院生活だった。


女性は出産をするたびに、生まれ変われるものだと信じている。
10日間を経て、秋の美しい日の夕方にはじめて外に出た。
オレンジ色に染まる太陽のまぶしさ、自然の色彩の鮮やかさ、そして空気のやわらかさ。
私をとりまく環境の、普段は気がつかなかった美しさを
はじめてのもののように触れ、感じることができた。

mizuki (1)

遠いところから、誰かが誕生を心待ちにしてくれるということ。
三人の孫のことを想い、
猛暑の日々の中で必死に手を動かし、完成したお包み。
その鮮やかな色合いと針目のひとつひとつが、
おそらく生涯で最後となる、出産という大仕事をおえた私を祝福してくれた。

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comments(12)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2015-10-02_16:16|page top