トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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燃える秋の色

一年のうちでどの季節が好きかと尋ねられると、
いつからか「秋」と答えるようになった。
ここで生活をはじめて、トランシルヴァニアの秋の色に惹かれたからか、
それとも、ただ単に歳をとったからなのか。

長く厳しい冬がやってくる前に、
ありったけの力をふりしぼり、見事な色を咲かせようとする。
春のような可憐さ、華やかさはないが、
円熟した力強い色の混ざり合いが好きだ。

町を過ぎると、まばゆいばかりの黄色いトンネルが広がっていた。
羊の放牧がみられる原っぱを通ると、そこはもう森の入り口。
ひんやりと澄んだ空気の中に、あたたかな色が浮かび上がる。

osz (3)

茶色い落ち葉の中には、
ちいさな紫の花がひっそりとささやくように咲いていた。
ほっそりと透きとおった体は、森の妖精そのもの。
こちらの人々は愛情をこめて、「秋ちゃん」と呼んでいるが、
本当の名前はイヌサフラン。
可憐な姿形をしているのに、実は毒をもっているらしい。

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落ち葉を踏みながら丘をのぼってゆくと、
だんだん体が温まってくるようだ。
そこで私たちを待っていたのは、
燃えるようにはじける色、色、色・・・。
赤やオレンジ、茶色に、黄色、そして緑。
「秋の自然は、素晴らしいな。色で遊んでいる。」
と誰かが言ったのを思い出していた。

osz (5)

大地に腰を下ろして、
お包みでぐるぐる巻きにした末っ子に乳をやる。
子どもたちは落ち葉を集めた中に寝そべって
すっかり体を隠してしまったり、
木の枝でちゃんばら遊びをしたりしている。

osz (8)

11月の太陽は思っていたよりも暖かくて、
ちいさな息子を大地に寝かせてみた。
芝生の緑に、落ち葉の茶色。
これから大地は、冷たい雪に覆われてしまうのだ。

osz (9)

反対の側を振り向くと、大きな木に目を奪われた。
ひとつの木に、さまざまな季節が混在している。
いつか、友人がこう話した。
「10月って素晴らしいわ。
朝は春のようだし、昼間は夏のよう、夕方にはすっかり秋になる。」

osz (7)

木の下には、落ち葉が影を落としている。
それも、木によって色も変わるのだ。
さあ大地に横たわって、
枯れ葉の色と音を楽しんでみよう。

osz (6)

ほら、秋って素晴らしい。

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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2015-11-29_22:11|page top

秋の夜とかぼちゃのランプ

子どもは、知らず知らずのうちに親の手を離れていくものかもしれない。

長男は家で過ごすより学校の時間が長くなり、
帰ってきても近所の友達の呼びかけで外に出ることが多くなった。
暗くなってもなかなか帰ってこないので、
散歩がてら下の子ふたりを連れて表に出ることにした。

アパートの扉を開けてみると、
10月とは思えないほどの暖かな空気が体を包み込んだ。
夕暮れどきの道を歩いて、公園の方に向かって歩いていくと、
どこからともなく賑やかな子どもたちの笑い声が聞こえてくる。

7,8人くらいの子どものグループがアパートの下の芝生に輪になって腰かけて、
楽しそうに遊んでいた。
子供の頃に遊んだ、ハンカチ落としの遊びに似ているようだ。
一人の子どもが輪の外を回りながら、ふと誰かの方をたたき、
たたかれた子どもがその子を追いかけ捕まえる。
無邪気に笑い戯れる長男を見ていると、あたかも幼稚園時代に戻ったかのようだった。
同い年の11歳の子もいれば、中には幼稚園生くらいのちいさな子までいる。

まるで夏の夜の、それも町ではなく、
どこかの村で過ごす夏休みのような夜だった。
すでに日は沈み、もうすぐ夕闇が迫ってくるのだが、
その姿をいつまでも見ていたい気持ちでいた。
すると、隣で旦那がつぶやいた。
「かぼちゃを持ってきて、ここでランプを作ろうか。」

子どもたちに提案をしてみると、
案の定、飛び上がらんばかりに喜んだ。
アパートに走って、旦那が8キロくらいはある大きなかぼちゃと
ナイフ、マッチとロウソクを持ってくる。
かぼちゃの頭のところを切って、
「種を取るのを手伝ってくれる?」と聞くと、
みんなが嫌な顔ひとつせず手を突っこんで、種をかき出してくれる。

今度は、「誰か、顔を彫りたい人いる?」というと、
一斉に手をあげて、「私は目!」、「僕は鼻!」と主張する。
よく考えてみると、かぼちゃが予想以上に硬かったので
子供の手にナイフを渡すことをためらった。
旦那が器用に、三角形の目と鼻、
ギザギザに長くのびた口をナイフで切り抜くのを皆でじっと眺めていた。

いよいよ、なかにロウソクを入れる時がきた。
群青色の闇に包まれ、アパートの周りはすでに電灯が点っていた。
かぼちゃの顔に明かりが灯ると、
子供たちの間からどっと歓声がわき起こった。
町の明かりの中では、そんなに明るい光ではない。
それでも、目や鼻、口からこぼれ出るオレンジ色の明かりを眺めていると、
秋の夜にふさわしい情緒を感じられる。

しばらくの間、その明かりに吸い寄せられるように眺めてから、
私たちは解散した。
自分の子どもが幼いこと、無邪気なことに安心し、
そしてこれほど誇らしいと思ったことはなかった。

無理して肩肘はって、大人にならなくていい。
今のうちに、子どもでいることを存分に楽しんでほしい。
大人にならなければならない時は、すぐにやってくるのだから。




comments(4)|trackback(0)|ルーマニアの育児|2015-11-09_06:07|page top
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