トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ガーボルとの再会

ここ4年ほどの間、長女、次男の出産が続いたこともあり、

行動範囲も大きく制限されてしまった。

そのためか、何年ぶりの出会いというものが多い。

その人と最後に会ったのがいつかということを知り、

時間の経過に愕然とすることもしばしばある。

 

ガーボル・ジプシーを訪ねる旅をしていたときのことである。

写真家、堀内僚太郎さんが一番の目的とされていた、ガーボル・ジプシーの撮影。

男性は大きなつばのある帽子をかぶり、女性は色とりどりの花柄スカートにスカーフをかぶり

日常生活を送る人たち。

彼らの特徴は、民族衣装という外見だけにあるのではない。

元々はアルミ職人をしていて、今は商業に従事するなど、生活は豊かで、

ジプシーとはいうものの誇り高い。

14,5歳で親の決めた相手と結婚するのが普通で、ガーボルの中でも、

同じ家系の人としか結婚が許されないなど、彼ら独自のさまざまな規則の中で暮らしている。

 

限りある日程の中で、理想の被写体を探さなければならなかった。

しかし、撮影に関しても保守的なところがあり、仕事は難航していた。

日暮れまであと2時間。

コロンドというセーケイ地方の村についた。

ここには、知人のガーボルが住んでいるのだが、

前回訪れたときは家族総出でブダペストへ出稼ぎにいっていて、ついぞ会うことができなかった。

まだ小さかった長男と二人旅をしていて、途中に立ち寄り、泊まらせてもらったことがある。

親切に村の案内をしてもらい、手土産までもらって帰った。

いつか電話をしてみたときに相手側から切られたこともあり、何か失礼をしたかと内心不安だった。


大通りから奥に入ると、すぐに時間を遡ったかのような色とりどりの衣装であふれかえる

小さな通りに出る。大きな一軒家の階段をのぼり、戸をたたいた。

しばらくすると戸がひらかれ、どっと家族が戸口に押し寄せてきた。

はじめに金歯の奥さんが笑顔で迎えて、力強く抱きしめてくれた。

それから、ガーボルさんに子供、その奥さんたち。

にぎやかな家族の声と熱気に包まれて、5年ぶりの再会をしびれるような思いで味わっていた。

その瞬間から、ガーボルを探す本当の旅がはじまったといっていい。

 

私たちはソファーに腰を下ろして、お客さまを紹介していた。

「あの時は、妻のジュジャが病気で悪いことをしたね。」

ご主人のガーボルさんの落ち着いた温厚そうな声が響いた。

息子と泊まらせてもらった翌日、早朝にどこかへ用事があって、

一家は出かけていったのを思い出した。用事があったのに、私たちを受け入れてくれたのだ。

 

「ね、何か食べなさい。」と奥さんのジュジャさんが、にこにこと笑顔でうながした。

断る暇もなく、すぐに温かな食事が運ばれてきた。

ロールキャベツの味に舌鼓をうちながら、私たちは旅の目的を話した。

そして、多くの場所で彼らが写真の被写体になることを恐れていることも。

ガーボルさんは、他者にわかるようにガーボル・ジプシーがどのような人々か説明してくれた。

かつて出会ったジプシーの中で、彼ほど知性的で、

言葉豊富に流暢にハンガリー語を話す人を知らない。

そして、彼の知人や親戚のところへの案内役を買って出てくれた。

 

彼らの母語はロマ語である。

ガーボルは、トランシルヴァニアのハンガリー人の住む地域に定住したので、

ハンガリー語ができ、また仕事で使うためルーマニア語もよく話す。

ガーボル・ジプシーという民族の呼び名も、元々はガーボル姓を持つ人が多いことに由来する。

ガーボルさんの場合は、名前もガーボルだ。

そして驚くことに、敬虔なクリスチャンが多い。


ガーボルさんは、アドベント派に属している。

お祈りや聖書が生活の糧になっていて、おそらく彼の知識や性格にも多大な影響を与えたに違いない。

それでいて、彼らの教えを私たちに強要するわけでもなく、

さまざまな話題について話すことができる。

 

その日は金曜日だった。

ちょうど、土曜日を祝うアドベント派の祝日が始まろうとしていた。

「私たちにとって、金曜の日没からすでに祝日なので、

これから身なりを整えて、6時からの礼拝の準備をしなければならない。

君たちも、どうぞ一緒に礼拝に参加してください。」

私たちは通りで撮影をしてから、約束の6時にまたガーボル宅を訪問した。

 

部屋には、ガーボルさん家族の他にも来客があり、

ガーボルさんが牧師のように礼拝を取り仕切っていた。

賛美歌を歌い、聖書の引用をして、祈りを捧げてちいさな集会は終わった。

他の場所にいく案もあったのだが、堀内さんと話しあい、

撮影最終日をガーボルさんに委ねることに決めた。

 

二日後の朝、私たちは再びコロンドにやってきていた。

「コーヒーはいかが。」と勧められ、談笑をする一方で、

奥さんのジュジャさんは朝日の差す窓際で熱心にアイロンをかけている。

「洗濯してアイロンをかけてから、この古着を村へ売りに行くのよ。」

日曜は他の宗派にとっては安息日であるが、彼らアドベント派にとっては平日であるが、

にこにこと楽しそうに働く姿は見ている側も心地よい。


やがて、ガーボルさんを伴って車でとなり村へと向かった。

大きな屋敷につくと、ガーボルのおじさんが居間のテーブルにどっかりと腰を下ろしている。

私たちも正面に腰掛け、ロマ語で談話するガーボルさんたちを見守る。

それにしても、男性はよく話をする。

女性はというと、黙々と料理をしたり、アイロンをかけたりと働いている。

一見ただのおしゃべりのように見えるが、何かの用件を前にして必要な段階であるのだろう。

やがて、本題の撮影のことをガーボルさんが話し、

どうしても彼らを撮りたいという堀内さんの気持ちを熱意を込めて説明した。

「君たちの気持ちはわかった。私たちの撮影はいいが、女性たちはやめてくれ。」

 

これまで数々の場面に遭遇し、分かったことがある。

男性(主人)の意見が絶大なもので、その決定に女性たちは従わざるを得ない。

写真撮影について言えば、女性は写真を撮られることを喜ぶ人が多いが、

ふと気がついたように主人の意見を気にして、断れることも多かった。

 

こうして撮影を終えて、次の場所へと急ぐ。

町のはずれにガーボルさんの娘さん一家が住んでいるという。

見るからに純朴そうな大家族に迎えられ、建設中の巨大な邸宅の一室に通される。

「夏には出稼ぎに行き、帰ってきては工事を続けてるの。」娘のマルギットさんが話した。

部屋には、3人の子供を抱える娘さん家族のほか、姑親や隣に住む親戚など、

子供から老人まで総勢15人程はいただろう。

こに、5人の客が加わったのだから、賑やかなことといったらない。

子供たちが、携帯電話を手に日本からの客に人懐こく話しかけている。


ガーボルのおじいさん二人が並んで腰を下ろしてタバコの煙をくゆらせるのが、

午後の光の中に鮮やかに浮き上がる。

差し入れのお菓子を食べながら、黒いヒゲのおじいさんが

白いヒゲのおじいさんの口に投げ入れては、お茶目に微笑む姿に目を奪われる。

すると堀内さんも同じ思いだったらしく、「今ここであの二人を写真に収めたかった。」と口惜しそうだ。

こうして、同じ段取りを経て撮影の許可が下りた。

はじめは恐る恐るカメラに身構えていたのが、やがて押し合いのように写真をせがむようになった。

混乱極める撮影現場で、どれだけ作品と呼べるものが生まれたか後は祈るような思いである。

とにかくも、最終日を有終の美と飾ることができた。

 

出発前にガーボルさんの家に立ち寄り、お別れに祈りを捧げてくれた。

彼の言葉をひとつひとつ日本語に置きかえていく。

「私の友達が、無事にセントジュルジへ。それから日本へと旅をすることができますように。

神様、どうかお護りください。」

祈りというものは不思議で、言葉による最大の贈り物ではないかと思うことがある。

暗くなった道中も、彼の祈りが私たちを温かく包み込み、心から安らぎを与えてくれる。

 

堀内さんが「生涯、この日を忘れません。」と口にされたのが、いまも記憶に新しい。



*写真家、堀内僚太郎さんのHPはこちらです。


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comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-03-27_20:26|page top