トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

カテゴリー

FC2カウンター

カレンダー(月別)

08 ≪│2017/09│≫ 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

これまで書いた記事は・・・

全タイトルを表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Feed Me!

トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

おばあちゃんの最後の針仕事

こんな日が遠からず来るような気がしていたのだが、
この夏の終わりに不意に訪れた。
87歳になるカティおばあちゃんが、
自宅の庭で倒れたという報せだった。
すぐに隣人が気がつき、病院に運ばれたものの、
左腕左足の神経が切れて動かないという。

「わたしは、飼い主のいない犬のよう」と言っていたように、
あれこれ仕事を見つけては体を動かすのが好きだった。
それでいて、空色のおばあちゃんの部屋は、
キッチンと食卓と、寝室と居間と客間とアトリエを兼ねる最高の空間だった。
そのおばあちゃんが、黄金の手と動く足を失ってしまったのだ。

カロタセグ地方を訪れたのは、9月のはじめ。
最後の手仕事を受け取るのが、目的の一つだった。
退院したあと、これまでの家から
同じ村の通りに住む孫娘の家に引き取られたという。
エルジおばさんは、「おばあちゃんは、大分弱ってしまったわ。」と話した。

いつか訪れたことのある孫娘の家には、
長男と遊んだこともある同じ年のひ孫も暮らしている。
エルジおばさんの後について、薄暗い地下の部屋に入った。
部屋の窓際にあるベッドの横たわるおばあさんに、後ろから近づいていった。
私を見るやいなや、声高に泣きじゃくる姿はまるで別人のようだった。
嫁と孫が興奮しないようにと諌めて、
やっと普段の声を取り戻したようだ。
ある日を境に、人生は思っても見ない方向に転じてしまう。
その悲劇を、おばあさんそのものから感じていた。
「人生は、なんてはかないもの。
わたしはもう87。あっという間だわ。」
骨ばったおばあちゃんの手をただ握りしめることしかできなかった。

おばあさんの手がけたビーズ刺繍のボクレータは、
エルジおばさんから受け取っていた。
小さなビニール袋に入った、ビーズのネックレスやすずらんの飾りを
どこからか嫁が取り出して渡してくれた。
「これが、おばあちゃんの最後の手仕事よ。」
おばあちゃんと確執があった嫁のイボヤおばさんも、涙ぐんだ。

始めはそれほど関心のなかった、ビーズの美しさ。
手仕事や衣装、手作りの素晴らしさ、カロタセグの美意識・・、
おばあちゃんは私にさまざまなことを教えてくれた。
カロタセグの本ができて、一番喜んでくれたのもおばあちゃんだった。
「私にとって、この本は千金に値するもの。今夜は眠らずにずっと眺めているわ。」
少女のように瞳を輝かせながら、カロタセグの衣装でいっぱいの本を胸に抱いていた。

「また、訪ねてきます。」
朝と夜におばあさんに会い、同じ言葉で別れた。
いつもは美しく結っていた白銀の髪が、短く刈り取られていたのだ。
そのことに気がついたのは、部屋を出る寸前だった。

IMG_2383.jpg 





スポンサーサイト
comments(2)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2017-09-19_13:47|page top