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トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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霧のなかのお正月

2018年の幕開けはことに静かだった。 
大晦日は集まらず、町外れの森のなかの泉で家族だけで お祝いをした。

「黄金の水」という言い伝えがある。
大晦日の深夜12時に湧水を汲みに行き、
その水を一年間ずっと大切に取っておくと幸運がやってくるという。
オレンジ色の電球がともる森の中で、
湧水の流れる音を聞きながら過ごした。


その翌日、朝目覚めると珍しく空が青かった。
太陽の光がそそぐ冬の日は、短く貴重だ。
心が急かされるように外に飛び出した。

  telikirandulas (2) 
何もない原っぱの中でも落ち葉を拾ったり、
小枝で家を作ったり。
自然は果てしない想像力を培ってくれる。

telikirandulas (3) 
木の上にレモン色に輝く実を見つけた。
寄り木だ。
旦那は手に取り、その実がくっつくことを見せて、
小鳥が食べて遠くへと運んでいくことを話していた。


telikirandulas (4)

どこまでも散歩をしたい、うららかな昼下がりだった。
しばらく行くと、谷間にぶつかってしまった。
遠回りをしようか迷っていると、近くに犬が二匹いた。
私たちに気づいているのかどうか。
「近くに羊の群れがいる。」
そういう状況に何度となく合ってきたので、
どれだけ危険かということは熟知している。
隠れる場所もどこにもないので、仕方なく、
その木に娘をのせて、次に私がよじ登り、
次に次男を旦那から受け取って抱きかかえて、
最後に旦那がよじ登った。

低木に家族4人がぶら下がる、不思議な光景。
しばらくして、羊の群れがゆったりと目の前を通り過ぎていった。
先ほどの犬はかなり近くまできて、吠えている。

やっとのことで、羊の群れをやり過ごして引き返そうとすると、
不思議なことが起こった。
白い雲が降りてきて、見る見るうちにあたりを包み込んだのだ。
先程までの青い空も、遠くの丘も何もかもが姿を消した。
見えるのは、影絵のような木々だけ。

 telikirandulas (5) 
太陽がぼんやりと照らしているのが、
まるで投影機のようだった。
すっかりミルク色の霧に包まれてしまった。
先ほどまで見ていた風景が一変して、
木々のかたちが墨絵のようで美しい。

telikirandulas (8)

先が見えない原っぱの中、
私たちはおそるおそる車を止めた小道へと引き返していく。

telikirandulas (9) 

森の中でも、木々が濃淡に色を変えて、佇んでいる。
森の動物たちもさぞ、この気まぐれな天気に驚いていることだろう。


telikirandulas (7) 
天の恵みのような、お正月の散歩。
今年もたくさん、自然の不思議に触れられる年になるといい。




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comments(0)|trackback(0)|自然、動物|2018-02-26_01:15|page top

おばあちゃんの遺言

カロタセグの土地を踏んだのは、新年が明けてからだった。
一番の目的は、カティおばあちゃんの弔いのため。
死が近いことを感じたのか、
「見てごらん。ここの墓場はそれはきれいなのよ。」
「いつか私が死んだら、お墓に花をそえてちょうだい。」
生前にこう話しては涙した。

村を見下ろす高台の上に、ひっそりと広がる墓場。
家から煙が立ち上るのがよく見える。
高齢者にはきつい、この高い丘を登って、
おばあさんは生前、亡き息子やご主人さんを訪ねていたのだ。

おばあさんの孫娘イボヤの後をついていく。
「ここが父方の祖父母の墓で、
あれがおばあちゃんのお墓よ。
可哀そうに、もう寒い寒いということもないわね。」
鮮やかな緑と赤いカーネーションが目に飛び込んできた。
色のない寂しい風景の中で、ここにだけ生命が燃えているようだ。
ちいさなブーケをその色の渦のなかにそっと置いた。


bogar1_20180225143222af8.jpg バラと

バラと鳥に囲まれた最後の住まいは、
カティおばあちゃんの刺繍で作りあげた世界そのもの。
年末、ちょうどクリスマスの前におばちゃんは亡くなった。
学生たちと取り交わした約束事があり、
全てをすてて、ここまで来ることができなかった。
生きている間にもう一度会えなかったこと、
葬儀に立ち会うことができなかったことなど、
後悔ばかりが胸をついて出てくる。

  bogar2.jpg 

おばちゃんの最後をみとったのは、
嫁と孫娘のふたりに他ならなかった。
最後に会った10月には、弱っていた体が回復したかに思われた。
おばあちゃんは、起き上り、助けてもらって立ち上がったこともあった。
しかし、おばあちゃんの心が生を拒絶したのだと思う。
12月になり、いつか孫たちにこう語った。
私たちがやってきたら、いつでも温かく迎え入れてくれと。
それが、そのままおばちゃんの遺言となった。

村で滞在している間、
これまで交流のなかったバビおばあさん、
イボヤのふたりに夕食をごちそうになったり、
豚の解体でできた自家製のソーセージをもってきてもらったり、
世話を焼いてくれた。
「村にきたら、いつでも訪ねてね。」

ふたりの親切は、そのままカティおばあちゃんの優しさなのだった。
自分の家で泊めることができないから、
エルジおばあさんを紹介してくれ、その縁が今につづいている。
そして、自分の死後のことまで考え、
私たちの世話をしてくれている。
もはやカティおばあちゃんはいないのに、
その果てしない愛情に始終包まれていた。

カティおばあちゃんは、
相手が異国の人間だろうか、
誰であろうが構わず、人に愛を注ぐことができる人だった。
私は何をすることができるだろうか、
おばあちゃんの愛情に触れるたびに自身に問いつづけている。




















comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2018-02-24_22:55|page top