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トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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羊を追うひと


冬の合間に、ふと温かな日がやってくることがある。
そんな時に青空が見えたら、それは遠足に絶好の機会だ。
裸の大地も、太陽の光のおかげで温かく見える。


juhasz (1) 

何もない大地でかけっこをする子どもたち。
突然、娘が大声をあげて駆けてきた。
羊の群れが目の前に現れたのだ。
羊の群れには猟犬がつきものであるから、緊張が走る。


juhasz (5) 

そのとき、心配は無用と羊飼いの声がした。
羊飼いのおじさんはロバをひいてゆっくりと歩いていく。
「ロバに乗せてあげると言っているよ。」ルーマニア語を通訳する旦那の声がする。
勇敢にも、娘はひとりでおじさんに向かっていった。


juhasz (10) 

町からの旅行者に慣れているのか、
おじさんは娘を抱き上げて、ロバの背に乗せてくれた。
「写真を撮ってあげなさい。」
子供好きそうに、やさしく微笑んだ。


juhasz (9) 

やがて、おじさんが行くと、
私たちを警戒して足踏みをしていた羊たちが
一斉に丘をすべり降りていく。


juhasz (4) 

まるで川が堰を切ったようだ。
その勢いは、動物ではなく水の流れを見ているように錯覚させる。


juhasz (8) 

あるものは脇目もふらず、ただひたすらに主人めざして駆けてゆき、


juhasz (7) 

またあるものは、こちらを心配そうに覗いながら、
子を想い、兄弟を想い、
「気をつけてね。」と声をかけながら歩いていく。


juhasz (3) 

しばらく無言でこの大移動を眺めていたのが、
群れの終わりが見えてくると、名残惜しくなったのか、
子供たちは後ろをついてく。


juhasz (2) 

あっという間に点になっていく、羊たち。
無駄とは知りながらも、その群れを必死になって追いかけていく子供たち。
冬の遠足は思いがけない体験をもたらしてくれた。


juhasz (15) 
この大地が、若草色に染まるのはいつになるだろうか。
冬の終わりはなかなかやってこない。


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comments(4)|trackback(0)|自然、動物|2018-03-21_01:28|page top

カロタセグ、空色の教会

1月のある日、
私たちはカロタセグ上地方の村を訪れた。
村の中心にある、教会の中へと入る。
真っ白な壁に、まるで青空のようなブルーが鮮やか。
壁にはドロンワークのタペストリー、
その白が清々しい。


kektemplom (8) 

カルバン派教会に描かれているのは、
キリストでも聖人でもなく、素朴な植物模様だけ。
まるで村の民家にいるような、温かさを与えている。


kektemplom (5) 

天井から下がるのは、村人たちが麦の穂でつくったシャンデリア。
つり鐘の形をしている。


kektemplom (1) 

「天井を見てごらん。」とささやき声がする。
あの鮮やかな空色で囲まれた中に、
さまざまな物語が浮かんでいるでしょう。
四季折々の植物に、太陽に月、そして星たち、
知恵の実を守る蛇に、海の神さまポセイドン。


kektemplom (7) 

「あの2つの頭をもつ鳥はなに?」
あれは、オーストリア・ハプスブルクの紋章にもあるシンボル。
「双頭の鷹」と言われるもの。
それに、夏にやってくるコウノトリだっている。


kektemplom (6) 

教会の入口には、花びんから花が伸びるモチーフが描かれている。
刺繍にだって同じものが見られるでしょう。


kektemplom.jpg 

これは、牧師さんがお説教するときに上がる台。
ここで話をするつかの間は、この教会の王様になるんだ。
その証拠に、台の上に王冠がかぶさっている。
ここにもカロタセグならではのモチーフが見られるでしょう。


kektemplom (2) 

教会のブルーのように、澄んだ青色の瞳をもつ、
鍵番のおじいさんがこう言った。
「パイプオルガンを弾いてあげよう。」


kektemplom (3) 

おじいさんは、軽々と古い木の階段を登っていく。
「これは、古いオルガンだからね。
空気を送ってあげないといけない。」
旦那が木製のペダルを押している間、
おじいさんは厳かにオルガンを奏ではじめた。
その音は、太くてやさしく、
天から降りそそいできた。
冷たく静かな教会に、温かく染み入るような音色。

83歳のアンドラーシュおじさんは、
日曜日がくるたびに、こうして清らかな音階を奏でつづけている。


kektemplom (4) 

正面から見たところ。

 

そして、横から見たところ。

 

続きを読む

comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2018-03-18_00:00|page top

トロツコーの謝肉祭(後)

謝肉祭の土曜日がやってきた。
約束の午後1時、待ち合わせの家のドアを叩く。
「まだ来ていないわ。もう少し後でね。」と女性が答えた。
しつこいように、何度もここに来ているのだが、
準備は大丈夫なのだろうか。
心配になりはじめた頃、通りで待ちぼうけする私たちを呼んだ。
「もう始まっているわよ。」

狭い部屋の中では、着替えをする少年たちと
着付けをする女性たちでひしめき合う。
こちらとしては、ガラスケースなしに貴重な衣装を見られるチャンスである。
小さな男の子の衣装は、
ワイドな袖のシャツの先に、カロタセグのブラウスに似た図案が刺繍してある。
襟元の赤い蝶ネクタイは、ザクセン人の衣装の影響だろうか。

torockoi farsang (30) 

長身でがっちりした体格の青年が花嫁に選ばれた。
白いコットンブラウスに、刺繍部分のみパーツとして取り付けられる。
中でも、カフス部分が最も美しい。
トロツコーの枠刺繍と同じテクニックのようだが、
図案はずっと細やかだ。


torockoi farsang (41) 
花嫁にはペチコートと白いコットンスカートを重ね、
さらにシルクのエプロン、三角に折りたたんだシルクのショールを付ける。
肩には、「トロツコーのレース」と名高い
ボビンレースでできたフリルの付け襟が添えられる。
トロツコーはセーケイ地方の端でありながら、
衣装はどちらかというとカロタセグの上地方や、ザクセン人のものに似ているようだ。

torockoi farsang (31) 
最後に花嫁だけがかぶることができる、パールタをのせる。
金糸でできたトロツコーのレースを縫いつけ、
工場製の古い刺繍リボンが花びらのように開いている。

torockoi farsang(16) 
さらにザクセン人の衣装として知られる、
プリーツのあるマントをかけて出来上がり。
着付けの女性はさらに、
二人の小柄な少年をお婆さんに着替えさせる。
こちらはコットンやプリントのスカートにエプロン、
ウールの織りのジャケットにスカーフをかぶせる。
日常着に近い衣装である。

torockoi farsang(19) 
最後に、牧師役の少年がやってきた。
フェルト帽子にマントの出で立ち。
さらに、マジックペンでヒゲを付ける。

torockoi farsang (15) 
謝肉祭のイベントはヨーロッパ各地で催されるけれども、
これほど伝統衣装に凝った村はよそにはないかもしれない。

torockoi farsang (16) 
トロツコーでは100年以上新しい衣装は作られていない。
村でも数少ない衣装は、一家族で全部揃えることができず、
いくつものパーツをお互いに補い合って、
やっと一つの衣装として完成することができるのだという。
それだけ貴重な衣装を、惜しげもなく、
このようなお祭りに提供するということは、
謝肉祭がそれほど村人たちにとって大切な祝日であることの表れだろう。

torockoi farsang (17) 
長い冬の中で、謝肉祭が観光客をよぶ目玉であるのだろう。
観光業を主な収入源とする村としては、
全力を挙げてこのイベントを盛り上げようとする心意気が感じられる。

torockoi farsang(14) 

こちらは青い刺繍のあるブラウスを着た男性。
刺繍が肩にくる姿は、カロタセグの衣装に共通する。
ベストはボビンレースで飾られたもの。
面白いことに、カロタセグの上地方の村に、
トロツコーのレースが「輸入」され、ベストやエプロンの装飾に使われていた。

torockoi farsang(28) 
パレードの出発は、中心の公民館から。
ピンクのピエロになった、ヤニおじさんを見つけた。
背が高いというのは、この帽子のことだったのか。
お賽銭をもらうヒゲの子どもたちは、ユダヤ人だという。

torockoi farsang (22) 
村の中心は、出店や観光客、取材班で
まるでブダペストのバーツィ通りのように混雑している。
普段はひっそりと静かな村がこの日ばかりは賑わう。

初めに兵隊、次に花嫁花婿の行列、それから楽団、やがてロバが棺桶をひいて、
二人のお婆さん、最後にまた兵隊という長いパレードが出発した。
この行列が村中を回り回って最後に中心に戻ってくるという。

torockoi farsang(26) 
謝肉祭はいわば、パロディなのだ。
結婚式、葬式が一色単になって、
面白おかしく、冬の邪を埋葬してしまう。
長い冬を生きてきた人々の、単調な冬を乗り越えて、
来る春を迎えようとする祈りなのである。

赤いベストをきた兵隊たちは、村のあちこちで
大きなムチを雪の大地に叩きつける。
大きな音で邪を払うというのも、世界各地で共通するやり方だ。

torockoi farsang (26) 
花嫁に花婿が厳かに到着する。
雪が氷に変わり、足場が悪いので慎重に歩く。

torockoi farsang (27) 
村のはずれの広場で行列が止まった。
各地で歓迎する家庭があり、
そこでお菓子やお酒などが振舞われる。
さらに村人たちは、この祭りのために寄付をする。
春を迎えるための祭りを、皆で支えているのだ。

torockoi farsang (33) 
白いロバがなんとも可笑しい。
馬に比べて力も弱く、頭も悪いと言われるが、
この謝肉祭にはぴったりである。

torockoi farsang (48) 
棺桶の後ろをついてくるのは、二人の老婆。
棺桶の中、つまり冬の終わりを悲しみ、ずっと泣いている。
つまり、泣き女である。

torockoi farsang(38) 
数時間にも及ぶパレードが中心に帰ってくると、
水場の周りに人々が集まってきた。
ここで牧師がお説教、つまり告別式のようなものを執り行う。
そのスピーチというのが長くて、驚いた。
おそらく少年たちが知恵を振り絞って作ったのであろう。
面白おかしいスピーチながらも、
村のこの一年のさまざまな出来事、さらには問題点が浮き彫りになっている。

少子化の問題に、村の仕事の問題、
村に牛飼いがいなくなり、牛を飼う家がなくなったこと。
村で開店したお店や飲み屋のことなど。
こうして一年を振り返り、
最後に棺桶を水場に投げ込み、さらにそれを斧でかち割って、
謝肉祭の幕が閉じた。

torockoi farsang (37) 
水しぶきとともに、一斉にフラッシュを切る音が響いた。
天気予報によれば、この寒さも数日で終わるという。
天気予報のなかった昔から、
村人たちが変わらず行ってきたこと。

ペンションの大家さんが話していた。
「ハンガリーからのお客さんは、何度も帰ってくる人が多いのよ。
飲み屋などで地の人たちと知り合い、村に居る私たちよりも、
村の情報に通じていて驚くこともあるわ。
そして、ここに来ると「家に帰ってきた。」と言うの。」
村の故郷を失った隣国の同包たちが、
トランシルヴァニアの村に故郷を求めていく。
きっと、ここに村の未来があるのではないだろうか。

comments(0)|trackback(0)|イベント|2018-03-15_15:06|page top

トロツコーの刺繍を学びに

今から二年前の秋だった。 
トロツコーを訪ねようと思い立って、 雨のふる夕方にひと晩の宿を求めた。 
その翌日に、トロツコーの刺繍を学ぼうと人を探し、
やっと探し当てたのがイロナおばあさんだった。

大きな枠を使って縫う刺繍。
セークのアウトラインステッチにも似ているようだが、
どちらかというとサテンステッチに近い。
次の年の謝肉祭に学びに来たいと行って別れたのだが、
結局、来ることができなかった。

こうして、ついにイロナおばあさんの家で刺繍をすることになった。
私が持参したのは、通常の小さな丸い枠。
「それだと両手が空かないから、やりにくいわ。
私のをご覧なさい。」
おばあさんの愛用する刺繍枠は、
まるで画家のキャンバスのように大きくもできるし、
細長くもできる調節可能な木枠。
確かにこれなら、持ち運びもしやすい。

  torockoi farsang (6) 
イーラーショシュのような幅の広いラインを、
斜め方向に向かって輪郭を埋めていく。
円や入り組んだ曲線をこの技法で埋めていくのはなかなか難しい。
上から下、下で受けて上へ針を入れるのはセークと同じやり方だ。

トロツコーの刺繍に興味を持ったのは、刺繍のあるブラウスが始まりだった。
カロタセグの刺繍ブラウスに似たモチーフが見られ、
それでも技法が全く違うのに興味惹かれた。
初心者には適しない、モチーフの密集した古い図案をあえて選んだのだった。

おばさんが別室から、古い刺繍のコレクションを見せてくれた。
らせん模様の中に植物モチーフが入り込んだ図案。
この構造はルネサンス美術の名残とも言われ、
トランシルヴァニアの各地の刺繍図案に残っている。
カロタセグでは「刀」と呼ばれ、
トロツコーでは「蛇」と呼ばれるが、
呼び名はともかく起源は同じである。


torockoi farsang (4) 

こちらは紺色の糸で刺繍してある。
カロタセグでも、19世紀半ば頃までは紺色で刺繍したと言われている。
こちらは図案も、古いイーラーショシュに似ているようだ。


torockoi farsang (7) 

今度は上着を来て、暖房のない別室に通された。
おばあさんが初めて作った刺繍作品を見せてもらった。
初めてに取り掛かるにしては、大作のベッドカバー。
3枚の手織り布がつなげてある。


torockoi farsang (8) 

イニシャルと1965年の年号が刻まれた、中央部分。
今から50年以上も昔の作品なのに、鮮やかな赤は色褪せない。
大きな花の華やかさと、茎の細さの繊細さがトロツコーの刺繍の特徴だろう。


torockoi farsang (10)


 こちらは、おばあさんが刺繍を習ったおばあさんから受け継いだ図案。
トロツコーでは目を数えるクロスステッチ刺繍に対して、
図案を布に直接描く刺繍があり、それを「枠刺繍」と呼ぶ。


torockoi farsang (9) 

こちらがクロスステッチ刺繍。
もちろんトランシルヴァニアでは、
普通のクロスではなく、編みクロスステッチが一般的である。
衣装からベッドカバー、枕カバーまで幅広く使われていた技法。


torockoi farsang (11) 
二年越しの願いがついに叶った。
いつかは、憧れのトロツコーのブラウスを作ってみたい。


comments(0)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2018-03-13_00:00|page top

トロツコーの謝肉祭(前)

3月に入り、大寒波がやってきた。
大雪はまたたくまに氷に変わり、
大地は厚い雪と氷で覆われてしまった。
私たちがトロツコーを目指したのは、
ちょうどその日最高の寒さが訪れた直後だった。

国道から山沿いの道へとそれ、
両側を山に挟まれた渓谷の間を奥へ奥へと入っていく。
しばらく行くと、目の前に巨大な山が姿を現した。
通称「セーケイの岩」と呼ばれる山である。
トロツコーはその山の裾に位置する、世にも美しい村である。

torockoi farsang 
村人たちのご先祖は、鉱山で働くために、
このような美しい場所を選んで移り住んだ。
光を浴びない、過酷な暗闇の生活から
週末になると、この美しい村へと帰ってきたのだった。
白い漆喰の壁には花や柱のレリーフが浮き上がり、
土台は石で固められたどっしりした強固な家。
女性たちは、祝日のために
手仕事の腕を磨き、世にも美しい衣装や布を作り出し、
週末のご馳走を用意した。

花嫁衣装は、金糸のボビンレースで作り上げた花嫁の冠、金のベルトにメダルなど、
とても村の衣装とは思えないほど、豪華なものである。
そうした品々は作ることもなくなり、
今や村でも数えるほどしか残っていないという。
謝肉祭は、衣装を着ている姿が見られる貴重な機会なのである。

謝肉祭の前日、私たちは村に到着した。
ペンションの部屋に荷物を降ろし、軽い軽食をとってから、表へと出かける。
村に個人博物館があるのだが、
前回は管理人が不在だったため見ることができなかった。
私が初めてトランシルヴァニアを訪れた99年の夏に、
ここに連れて来てもらい、イダおばあさんに衣装を着せてもらったことがある。
そのおばあさんも90歳になり、動けないので、
今は娘に管理してもらっているそうだ。
娘さんの家を訪ねて、博物館をみたい旨を申し出る。
「今は誰も住んでいないので、雪が深いから・・・。」
となかなか承諾してくれない。
「明日ここで着付けをしなくちゃならないから、今日は無理ね。」
それでは、せめて着付けをするところを見せて欲しいと懇願して、
明日の1時頃に訪ねることになった。

もしかしたら、他にも衣装や清潔の部屋があるかもしれないと
旦那と話しているとき、後ろから声がした。
「ああ、それなら。妹のところに案内するよ。」
見ると、小柄なおじさんが赤い顔をして酔っ払っているようである。
私たちが相談する間もなく、ついてこいと、
おじさんはどんどん歩いていく。
整然と古い家が軒を連ねる村の中心から、奥のちいさな通りへと坂を登っていく。

「明日の謝肉祭には来るかい?
俺が、一番の役になるんだ。
みんなにハートをつけるからね。」
ふらふらとした足取りで、話しつづける。
「俺が一番、背が高くなるのさ。」
女の私より小さなおじさんが真面目な顔で言うので、
「ああ、竹馬に乗るのね。」と合点した。

そうしている内に、妹さん宅に着いた。
迷惑な客の突然の訪問に関わらず、部屋を見せてくれた。
淡いグリーンの背景に、細やかな花模様の描かれた
小箱や木枠など制作したばかりの品々が並んでいた。
「あの、刺繍などは・・。」
「ないわ。」
おじさんは、手仕事と聞いて絵付けのことを考えたのだろう。
それから鳩小屋も見学させてもらい、
今度はこっちだとおじさんの案内はつづく。

おじさんが会う人会う人と言葉を交わすと、
相手が苦笑しながらも、やさしく笑顔を返すところに、
ヤニおじさんの人となりが伺えた。

次はパン屋さん。
5キロもの巨大なパンが棚に並び、
入れ替わり立ち代りに村人たちが買いに来る。
村ではパンを買うのにも、
あらかじめ予約をしないといけない。
「明日がお祭りなので、こっちも大忙しよ。」とおばさんが言った。

村のはずれはひっそりと静かで、人の住む気配がない。
それもその筈だ。
炭鉱者の村だったトロツコーは、鉱山が閉鎖されると
人々は生きていく糧を観光に見出した。
ペンションや観光業で生きていくのにも、
冬場はほとんど収入がない。
若い働き手はよそへ出ていき、
次々と空家はハンガリーの観光客に手に渡っていく。

「ここが村で一番古い家だよ。
17世紀にご先後がここに移住した頃に建てられたんだ。」
斜めに倒れかけてはいるが、屋根もきれいに修復されている。

家と家との間の隙間におじさんが入っていく。
「ここが近道だ。」
わずかに大人一人がやっと入るくらいの小道。
石造りの壁を手で触れながら下り道を行くと、
まるで子供時代の探検を思い出す。
気が付くと、村の中心に出ていた。

今度は橋を渡り、村の反対側の通りへと向かった。
「俺たちは毎晩、子供たちが寝静まってから
山に登ってソリをするのさ。
ホットワインを飲みながら、村の坂道をすべり降りるのは最高だ。」
と嬉しそうに話す。
娯楽の少ない村にあって、こんな楽しい夜の過ごし方を知っているのは幸せなこと。

通りの脇に溝があり、鯉が泳いでいる。
「この水路も俺が作ったんだ。」
石で積み上げられた水路、そして古い水車が立っていた。
おじさんはここでも我が家のように門をあけて、どんどん中へ入っていく。
水車小屋の中には、17世紀古い木製の粉砕機が立っていた。
「隣の部屋に持ち主が住んでいて、
粉が挽きおわると、このベルが鳴るんだ。」
正面には、美しい印が刻まれている。

torockoi farsang (5)


 隣の住まいは、展示室に改装してあった。
時間にゆとりのあった、古き良き時代に思いを馳せることができる。

torockoi farsang (1) 
6時もすぎ、夕食の時間が近づいてきた。
そろそろペンションに帰らないと、と言っても、
おじさんはまだ先があると請け合わない。
村の湧水を通って、何を思ったのか
雪深い山道を進んでいく。
幸いにもスノーブーツを履いていたから良かった。
真っ白な道に足あとを残しながら、日が陰りゆく村のはずれを歩き続ける。
目の前に巨大な山の岩肌が迫っていた。

torockoi farsang (3) 
山の端に来た頃、
「生まれたてのヤギを見せてあげよう。」とウィンクする。
村へ降りると、そこはヤギの牧場だった。
活気のある動物の鳴き声が響き渡る、
柵の横には、生まれたばかりの子ヤギが倒れていた。
「昨夜は、氷点下20度を下回っていたわ。
動物たちもこの寒さでは大変。
たくさんのヤギの中で可哀相だけれど、死んでしまう子もいるの。」
とおかみさんが語る。

村に下った頃は、もうすっかり暗くなっていた。
思いがけない一日の締めくくりに、
「パーリンカを飲もう。」と知人の家に入った。
ちょうど夕食時で忙しいはずなのに、
キッチンに入るヤニおじさんと私たちに
おかみさんが蒸留酒をそそぐ。
突飛のない行動であちこちに出没するけれど、
誰しも苦笑を浮かべながらも、迷惑そうではない。
おじさんの人格のなす技なのだろう。
明日はどんな姿でおじさんを見かけるのか、楽しみだ。









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