トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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Luiza Zanの歌声


彼女の歌声との出会いは、
まだ長女が赤ちゃんの頃だった。
娘を寝かしつける時に、旦那が偶然に動画で見つけたのだった。
低く包容力のある歌声で揺らされ、いつしか娘は眠りについていた。
ルーマニア人のジャズシンガー、Luiza Zan。
名前の響きからして、すでに美しい。

長女が生まれた年の冬、
偶然に彼女のコンサートが町のカフェであると知ったが、
娘が授乳期だったため、諦めた。

はじめてコンサートを見たのは、3年前の夏だった。
音楽好きのお客さんが来ていたので、彼女を誘って聴きに行った。
町の劇場のステージに立つ彼女は、
ハンガリー出身のジャズピアニストとアメリカ出身のトランペット奏者の間で、
いきいきと輝いていた。
英語のジャズからフランス語のシャンソン、
ルーマニア語のオリジナル楽曲まで
その時その時の楽曲に合わせて自在に変わる歌声。
彼女が、ルーマニアで最高の歌手であることは間違いない。

ルイザがこの町に住んでいるという噂を耳にしたのは、
それから1年後だった。
彼女のような人が、どうしてこんな小さな町に。
誰しもが不思議でならなかった。

知人のひとりに誘われて、長女の幼稚園を決めた。
「ルイザも娘さんを、同じグループに入れるみたいよ。」
そう聞いた時、耳を疑った。
町の劇団で女優をする彼女は、ルイザに歌を習っていた。
面白いグループになるかもしれないと期待で胸がふくらんだ。

しかし1年を過ぎても、ルイザの姿を幼稚園で見ることがなかった。
去年の冬、見慣れないルーマニア人女性が教室の前に立っているのを見たけれど、
どうも彼女とは違うようだった。
クラスメイトの男の子の誕生日会に誘われ、
そこにもそのルーマニア人女性はいた。
もしかしたらと思いながらも、話しかけることができずにいた。

今年になって、彼女から信じられないようなメッセージが届いた。
彼女の妹さんが美大学生で、かぎ編みで作品作りをしながら、
日本に興味を持っているということ、
彼女のお嬢さんが家でも娘のことばかり話しているということ。
まだ直接会って話したこともないのに、
イースター休みが来たら会う約束までしていた。

イースター休みはきたが、彼女からの誘いはこなかった。
それから、最後の日に町のカフェで会うことになった。
普段は足を踏み入れることもない、中心の広場にある華やかな場所。
ルイザと妹さんのテーブルに、
私と日本からのお客さんの刺繍作家の女性が座った。

「ここで暮らしてもう5年になるけれど、
ハンガリー語は一向にマスターできないわ。」
彼女のご主人さまはハンガリー人。
旦那と同じく、超のつく頑固もののセーケイ人。

ルイザがこの小さな町に落ち着いたのも、
5年前に彼女のライブに来たご主人さまと出会い、
やがて結婚し、次女のアビが生まれた。
家族のために、彼女はブカレストを捨てて、この町にやってきた。
音楽関係者たちは引き止めようとしたが、彼女は聞かなかった。
「それなら、ブカレストに山を作ってちょうだい。」
ブカレストを離れると、彼女の仕事のオファーは減り、
キャリアは下降した。
それでも、彼女は未だにここに住んでいる。
普段は歌手としてのオーラは消して、母親に専念している。
だから、彼女がルイザ・ザンであることに気がつかなかったのだ。

「私は、ルーマニア北西部のモルドヴァ地方と
南部のオルテニア地方のミックスなのよ。」
彼女の母親も有名なヴァイオリニストで、音楽家の家系のようだ。
「実は、私たちにはジプシーの血も流れているの。」
エキゾチックな美しさと、エモーショナルな歌声の訳が分かるような気がした。
音楽だけでなく、ニットも得意だというルイザ、
美大生でかぎ編みで作品作りをする妹さんのヨアナ、
そして写真映像を学ぶ弟さん、同じ町に暮らすお姉さんの4人兄弟。

おばあさんは仕立て屋で、洋服を作っていた。
モルドヴァの村では、毎週日曜日になると
市がたち、音楽を奏でてダンスをしていた。
ゆったりと叙情的なトランシルヴァニアの音楽とは違い、
モルドヴァのそれはスピィーディで明るいという。

おばあちゃんの手織りのカーペットが、
ピンクやブルーなど、ありとあらゆる色を取り混ぜたもので、
彼女のスタジオに飾ってあるのだが、
白を好むご主人さまには不評だという。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。



彼女が主催するジャズフェスティバル。
金曜日の夜に、町のパブで彼女がステージに立つという。
チケットを買おうとすると、受付の人が言った。
「あなたたちの分はいいとルイザから言われているの。」
赤いスポットライトの当たる地下室に、全身を黒でまとった彼女の姿があった。
チケットの礼をいい、どうしてと尋ねると、
「私が招待したからよ。」と当然のように答えた。

今日のバンドは、バスギターとサクソフォン。
会場に彼女の歌声が鳴り響くと、
五感が静まり、彼女の方に集中する。
ゆるやかなスロージャズもあれば、
ビートルズの曲もあり、ボサノヴァや
アップテンポのジャズまで、楽曲に合わせて彼女の声も自在に変わる。

luiza.jpg 
一番前の席には、彼女の愛する家族の姿があった。
「エヴィ、これあなた好きよね?」と愛娘に話しかけながら、
ルーマニア語のオリジナル曲が始まった。
それは、娘の大好きな曲も収められているクリスマスのアルバム。
美しいバラードのような子守唄が、やさしく響き渡る。
まるで彼女の自宅で、家族に囲まれながら聴くような
アットホームなコンサート。

いつか、彼女の言った言葉が忘れられない。
「私は、あなたたちのような探求者が好きよ。」
常に新しいものを追い求める人、
その目的のために努力を惜しまない人。
彼女こそ、まさに探求者なのだ。
40という新しい年の入口に立つ私にとって、
彼女との出会いはまさに最高のプレゼントとなった。

彼女のステージから、大好きな曲 "Like Water"

3

コンサート情報などLuiza ZanのHPはこちら







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comments(0)|trackback(0)|アート|2018-04-16_16:41|page top

花の日曜日-信仰告白式

イースターのちょうど一週間前。
町のルター派教会で、長男の信仰告白式が行われた。
この日のために、この二年間、聖書の時間で勉強をつづけてきた。

160問からなるカーテーと呼ばれる小冊子に、
聖書や教会についての知識が詰まっている。
プロテステスタント教では、生まれてすぐに信者になるのではなく、
本人の自覚と意志をもってはじめて信者になれるという決まりがある。
子どもたちは一昨年に洗礼をしたばかりなので、
いきなりの大行事に面くらってしまったが、
普通は子どもが生まれてすぐに洗礼をするので、
それから長い間ゆっくりと、信仰告白のために準備をしていく。

昔は成人式といえるほど、大人になるための重要な試練だった。
その日のために、親たちは祝日用の最も豪華な衣装を作って備え、
カロタセグ地方では、この式を済ませるとパールタと呼ばれるビーズの冠を被ることができた。
つまり、その日からいつでも嫁に行けるという意味合いがある。

土曜日の夕方に、試問の日がやってきた。
セーケイ地方なので、皆がセーケイの衣装に身を包んでいる。
女の子は赤い手織りのベストにスカート、そして白いエプロン。
男の子は白いシャツに黒いウールのベストやジャケット、
そして白いウールのタイトパンツを装う。

  konfirmalas_201804071345368e5.jpg

セーケイ地方の、特に3つのセークと呼ばれる
この辺りでは、100年以上民俗衣装を日常に着ることがなかった。
というのも、ブラショフという工業都市に近かったため、
早くに町の流行が流れつき、
人々の衣装も都市化してしまった。
そのため、セーケイの衣装、特に古いものを一式揃えるのは難儀である。

息子の衣装も一見してセーケイ風ではあるが、
実はジャケットはクルージ周辺のジュルジ村、
ウールパンツはブラショフ周辺のバルツァシャーグ地方のルーマニア人のもの、
シャツは、ブーツはというように、セーケイのものは一つもない。
つまり、寄せ集めである。

 konfirmalas (3)

この日は、教会の地下の集会所で、
家族や親戚、洗礼親たちに見守られる中、
牧師さんの質問に、それぞれが応えるという質疑応答の形式で行われる。
昔は、日曜の礼拝の後、
村じゅうの人々が注目をする中で行われたというから、
若者たちがどれだけ緊張していたかが伺える。

トランシルヴァニアではルター派は少なく、
昔はドイツ系のザクセン人がほとんどだった。
ザクセン人がドイツに移住してしまった現在では、
ザクセン地方に近い村や町に住むハンガリー人がその多くを占める。
8人の少年少女たちは、無事に試練を乗り越え、
その日は帰途についた。

そして、翌日。
「花の日曜日」と呼ばれる祝日の日に式が行われる。
礼拝の後、はじめて聖餐(せいさん)といって、
キリストの体を象徴するパンや、
キリストの血を象徴するワインを口にすることができる。
それによって、神を五感で感じることができるのだろう。

konfirmalas (6) 
若者たちの両親が教会の掃除をして、飾りつけをした。
ベンチには、モミの葉と白いカーネーションの花が飾られる。

konfirmalas (1)

祭壇の前で、信者となる若者たちはひざまずき、誓いの言葉を述べる。
牧師さんに祝福の言葉をもらい、晴れてルター派の一員となった。

 konfirmalas (4)

礼拝の後、扉の前で牧師さんと握手をするしきたりがある。
この日ばかりは、13歳の若者たちもすべての参加者の手を握る。
私の身長をすでに追い越した息子の手を握り、「おめでとう。」といった。
時の流れは速く、
トランシルヴァニアで生を受けた長男は、
生後半年で日本へ渡り、3年半の時を過ごした。
そして4歳になる前に、またこちらに帰ってきて、
新しい生活をはじめた。
想えば、息子が生まれてからしたさまざまな苦労も、
子どもがいるからこそ乗り越えてこれたのかもしれない。
子育ては、親をも成長させてくれる。
たくさんの洗礼親や家族に見守られて、
ひとつ大人への階段を上ったのだろう。

konfirmalas (5) 
式の後は、古民家でにぎやかに昼食をとった。
大きなイベントが終わって、私たちの肩の荷もおりたのだった。

comments(0)|trackback(0)|イベント|2018-04-07_14:29|page top