トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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旅のはじめに

出発は、私の思い違いで一週間延びてしまった。
信仰告白式を写真に収めるのが、大きな目的だ。
その翌週は、すでにクルージに行くことが決まっているから、
週末の二日間だけを過ごすために7時間以上かけて夜行列車で旅することになる。
昨年の夏に、セークの結婚式に行けなかったこと、
カロタセグでカティおばあちゃんの最後の元気な姿を見られなかったことが
大きな後悔として残ってしまった。
時間は、もう巻き戻せない。

深夜12時半、娘とふたり列車に飛び乗った。
何かを感じたのか、次男は寝付かれず、
とうとう駅まで見送りに来ることになった。
長い夜行列車が大きく軋む音を立てながら止まり、
車両を探して右往左往していると、「こっち、こっち。」と車掌が叫ぶ。
座席を見つけると、ほっと胸をなでおろす。
二人席の小さな座席に横になり、いつしか眠りについていた。

車掌に起こされて、チケットを手渡すと、
「この車両はビストリツァ行きだから、あちらの車両に移るように。」
と言い残して、他の客のところへ行った。
朝5時、車窓の外はうっすらと暁色に染まっていた。
他の乗客とともに、大移動を開始する。
この列車は途中で切り離されて、
バイアマーレ、クルージ・ナポカ、ビストリツァと別方面に進むらしい。

朝7時、私たちはハンガリー語で「サモシュの新しい城」という呼び名の、
小さな町に降り立った。
中心の広間には、大きなカトリック教会がそびえている。

szekiutazas (2) 

ここは、アルメニア人が作った街で、
彼らはヨーロッパで最も早くにキリスト教を国教とした民族であるらしい。
巨大な石の建築は、見るからに古くてがっしりとして、
信仰深い民族の魂を映し出すかのようだ。


szekiutazas (3) 


トランシルヴァニアのアルメニア人は、ユダヤ人のように商業に携わっていて、
その多くは都市部に住んでいたという。
他にも、ジェルジョーセントミクローシュも同様にアルメニア人の作った町だ。
やがてハンガリー人に同化し、その苗字だけが異国の名残を残している。
旦那の祖母の家系も、アルメニア人を祖先とするらしい。
町の至るところに、古い彫刻が見られる。


szekiutazas (1) 

人が柱を支えて、アーチになっている。


szekiutazas.jpg 


ここは学生時代に、今の旦那と一緒にヒッチハイクで訪れた
懐かしい思い出がある。
今は娘とふたりでここにいるのが、不思議な感覚だ。

バスターミナルから、10時のバスでセークに向かった。
昔は、民俗衣装を着るおばあさんが多いことで有名だったのだが、
不思議と町でもバスの中でも見かけることがなかった。
時代は確実に流れているのだ。
バスに揺られて、ぽっこりと突き出す丘の合間を進んで行くと、
この辺りはルーマニア人の村ばかり。
セークだけがハンガリー人の村として残り、
昔は村以外の人と結婚することはなかったという。
村の入口には、大きな黒塗りの門が立ち、
赤いチューリップの模様が施されている。

その時、運転手が言った。
「明日はバスは運休だよ。」
村人たちも驚いて、口々に困ったなどと言っていたのだが、
私も不意をつかれてしまった。
こうして、セークでの週末がはじまった。



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comments(0)|trackback(0)|その他|2018-05-29_12:44|page top

5月の菜の花畑


タンポポが綿毛に変わり、
リンゴの花が散るころに、
毎年決まって黄色い菜の花畑が姿をあらわす。
 
  lepce (5) 

何ヘクタールも続く、黄色。
その色といったら、まるで初夏の太陽の光を
そのまま集めたかのようだ。
何とも言えない、甘い香りが鼻をつく。
いつか車窓から眺めたとき、
この菜の花畑の中を泳いでみたいと思ったものだ。


lepce (6) 

その美しい花畑を見たとたん、
子どもたちは中に飛び込んだ。
そして、すいすいと気持ちよさそうに花をかき分け、
どんどん突き進んでいく。
まるで蝶にでもなったかのように。


lepce (7) 

長女は、背の高い花の中にすっぽりと隠れてしまう。
名前を呼ぶと、大きくジャンプをした。


lepce (1) 

その甘いよい香りと、眩しいほどの黄色に包まれているだけで、
胸がわくわくとしてくる。
娘は顔中を黄色い花粉でいっぱいにして、
菜の花畑から出てきた。
幸せの色、黄色い菜の花。
来年もまた、この時期に会えるだろうか。


lepce (2) 






comments(4)|trackback(0)|トランシルヴァニア食文化|2018-05-14_21:19|page top

海を越えるイーラーショシュとハワイアンキルト

4月になって、不思議な縁が舞い降りてきた。
タイのバンコクで暮らす女性からの、突然のメッセージだった。
イーラーショシュのワークショップをしに来てほしいというお誘いだった。
彼女は現地でキルトショップのオーナーをし、
さらに日本手芸普及協会のタイ局長をしているという。

数年前に、文化出版局の「トランシルヴァニアの伝統刺繍イーラーショシュ」が
タイ語版でも出版された。
当時は、どうしてタイで出版されたのかが疑問で仕方なかった。
丸くうねった独特の文字が見慣れた本の隙間を埋めているのに、
エキゾチックな異文化の香りが漂った。
その本がきっかけで、ルーマニアのトランシルヴァニア地方の刺しゅうが
思ってもみない土地で知られるようになり、
刺繍文化が遠い国へと伝播していく。


彼女と英語でチャットをして、
さまざまな打ち合わせが進んでいった。
12月はじめの週末、2日間のワークショップ。
4時間+4時間という、これまでにない長い講習となる。
天皇陛下の通訳もしたという、タイで一番の通訳の女性に依頼してくれるという。

せっかくならハワイアンキルト歴30年近くになる母も誘って、
何か一緒にできないかと思いついた。
パッチワーク会の大御所の講習に何度も参加している彼女は、
母の経歴や作品などさまざまなことを聞いてきた。
主催者である以上、もちろん講習に責任がある。
きちんとした講師を呼ばないといけないという気持ちはよく分かる。

日本の父や親せきにお願いして、展示会の写真を送ってもらった。
これだけのキルト歴にもかかわらず、彼女の作品は数が少ない。
というのは、彼女のグループ
50名ほどの生徒さんの作品をすべて自身の手でデザインするからである。
自分の元には作品はほとんど残らず、
生徒さんの名前で展示されている。
布に下図を描いて、そのまま切っていくので、
数知れないデザインも手元には残っていない。
母のデザインと生徒さんの手縫いによる手の力が
融合することによってできる作品群。

この作品群を見たとたん、彼女から美しい、
なんてクリエイティブなデザインだろう、
彼女はアーティストに違いないと賞賛の声が届いた。
その経歴、受賞歴など関係なく、その才能を分かってくれたのだ。


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 IMG_20180502_0002.jpg 
想えば、私はもの心つかない幼い頃から
外国の布やキルトに囲まれて育った。
部屋にはデザイン関係の洋書があふれ、
知らず知らずのうちにアーミッシュ族のシンプルなキルト、
ウィリアムモリスのデザイン画や
レヒネル・エデンの彫刻のような建築など、
さまざまなものを吸収してきたのだと思う。
今の私があるのも、多分に母の仕事、ライフワークが影響している。

そして40の誕生日を迎えた日に、私はタイ行きのチケットを買った。
10年この土地で暮らし、
40年生きてきた自分へのご褒美にしたかった。
そして、長年夢見てきたベトナム北部の少数民族を訪ねに行く旅も想定に入れている。

母のハワイアンキルトを、タイの植物や花をモチーフにデザインしたら、
どんなものができるだろう。
この12月に母、私、娘の三人に、敬愛する「大阪の母」もいっしょに
バンコクへと旅立つ。


comments(2)|trackback(0)|アート|2018-05-10_00:00|page top

トランシルヴァニア、4月の森


春の奇跡を最もよく感じることができるのは、森の中である。
トランシルヴァニア地方の自然は、
この春の一か月の間でドラマティックな変化をむかえる。

半年もの間、眠っていたかのように見えた
森の木々や無数の植物、生き物がいっせいに目を覚ます。
大地に耳をすませば、あふれんばかりの生命のエネルギーを感じることができる。

  tavaszierdo (22) 

まだ裸のままの木々の下では、
これまでになく春の太陽が降りそそぐ。
その恵みを浴びて、枯れ葉の大地を覆い尽くすように
野生の花がひらいていく。


tavaszierdo (2) 

春一番に咲く花は、色も形も繊細で可憐である。
真っ白なイチリンソウや紫と緑の入り交ざったクリスマスローズ、
ハンガリー語で「星の花」と呼ばれる透き通るような青のシラー、
やさしい黄色のプリムラ・・・。


tavaszierdo (4) 

時に落ち葉を押し上げ、時にはその固い葉を突き破って、
太陽の光めざして体を伸ばしていくその姿は力強い。


tavaszierdo (5) 

春の時間はせわしく、過ぎていく。
目を凝らして見ないと、あっという間に自然はその姿を変えてしまう。


tavaszierdo (6) 

こんなにも色鮮やかで、美しい森の花々の寿命は悲しいほど短い。
やがて木々が目を吹き、葉を茂らせると
太陽の恵みは遮られてしまうのだ。


tavaszierdo (8) 

生命力に満ち満ちた春の森の中は、
無数の鳥たちが愛のうたを歌っている。
あたたかな太陽の光の下、美しい花々を愛で、極上の音楽を聴いて、
身も心も生まれ変わったように清々しい。


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春の奇跡がここにも、あそこにも。


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気がつけば、森の木々は若草色の服をまとっていた。
雲ひとつない青空の下、牛たちが草を食んでいる。
町のはずれには、もう大自然が待ち受けている。


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旦那がタンポポを摘んで面白いものを見せてくれた。
花を取った茎をいくつかに裂いて、口の中に入れ、
「パ―ピカ、パ―ピカ、丸くなれ。」
と繰り返すと、不思議なことに茎の先が花のように丸くなる。
娘は目を丸くして歓び、
タンポポの茎をくわえて、おまじないのように唱えていた。


tavaszierdo (20) 

谷間にある小川に沿った小道は、人ばかりでなく牛や羊たちも通る。
この道が森につづいている。


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真っ白に雪をかぶったようなヤマナシの大木。
その立ち姿は、幽玄な美しさ。


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森の入り口に来ると、
汗ばんだ体もひんやりと涼しくなる。
夏の期間、この森は町の人々のオアシスになる。


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森の中は、芽生えたばかりの若草色がまぶしい。
森の妖精のような可憐な花々は、もう姿を消してしまっていた。


tavaszierdo (18) 

山の中の凸凹道は、深い谷底に沿っている。
足を取られないように気を付けながら、手をつなぎ歩いていこう。


tavaszierdo (1) 

森の中の湧水でのどの渇きを潤したあと、
森の中の新緑を眺めながら、腰を下ろす。
つやつやと輝く葉は、春のそよ風に吹かれて、
蝶の羽根のようにひらひらとひらめかす。
 

tavaszierdo (11) 

緑がこんなに明るい色だと初めて気が付いた。
そして、その緑が春のあたたかな空気とともに心に沁みていく。
しばらく、その景色を心ゆくまで眺めたあと、
やりかけの刺しゅうを出して縫いはじめた。
極上の時間がゆったりと流れていく。 
時が止まってほしいと思うような、春の一日だった。


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comments(2)|trackback(0)|自然、動物|2018-05-06_14:32|page top