トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ブログ翻訳

カティおばあちゃんの思い出の家

カロタセグのバラ、
カティおばあちゃんが亡くなって半年が過ぎた。

生前、おばあちゃんに一軒の家を見せてもらったことがある。
ちいさな村の大通りからさらに小道に入った、
丘を背にして、大きなクルミの木ののかげに隠れるようにして立つ古い家だ。
おばあちゃんは、杖をつきゆっくりと歩きながら言った。
「ここは、わたしのおばさんから相続したのよ。」


bogartelki haz (2)


築100年を超える家は、おばあちゃんの生まれた家だった。
倒れかかったちいさな戸を押して、家の中に入る。


bogartelki haz (4) 

薄暗く埃をかぶった中に見えるのは、機織り機。


bogartelki haz (7) 

bogartelki haz (9) 

驚くことに、その織り機には作りかけの手織り布が張ってあった。
昔の住人がそのまま、住んでいた跡をしっかりと残していたのだった。


bogartelki haz (8) 

丘には穴があいていて、地下室になっている。
「そこから上に上ることができるの。」
私たちは、草の茂った丘の斜面をどうにかして上り、
その上にも土地が広く続いていること、
そして村を見下ろす美しい景色を驚きをもって眺めていた。
「ここが、村で一番美しい家にちがいない。」

おばあちゃんは、10年以上売りに出しているということ、
私たちが買ってくれたら嬉しいと告げた。
しかし、その値段を聞くと手が届かないと思い、諦めた。

この3月に、カティおばあちゃんのお嫁さんを訪ねたとき、
あの家を売りたいと持ちかけられた。
値段はおばあちゃんが生前告げた金額より大分安かった。
「おばあちゃんは、土地の値段がよくわかっていなかったのよ。
あなたたちの手に渡れば、おばあちゃんも喜ぶに違いないわ。」
わたしの手を握って、そういうおばさんの目を見て、心が震えた。

あの古い家と納屋をどうしたらいいかと、旦那と相談した。
古い家を買うというのは、責任がある。
これまでの朽ちたままにしておいたら、もう家は使い物にならないだろう。
納屋を改築して住まいにして、古い家は直せるだけ直して、
そのままに残しておこう。そう結論を出した。

おばあちゃんが亡くなって半年の間は、登記が無料だというので、
それまでに売りたいとのことだった。
6月のはじめ、私たちは前金をもってカロタセグの村を訪れた。
カロタセグに住む友人に一度家を見てもらおう、
旦那と相談して、電話をかけた。
その翌日には前金を渡して、登記をしに役所へいく予定になっていた。

友人たちが家族と一緒に、遠くから車で駆けつけてくれた。
草の生い茂った庭を歩き、
朽ちた門をひらいて、中へと入る。
その頃には、半分は自分の家のような気分がしていた。
「ほら、ここに織り機があって、
村一番の美しい手仕事を作るおばあさんが住んでいたのよ。」

バーバおばあさんという名で村人に親しまれていたおばあさんは、
子どもがなく、カティおばあちゃんを我が子のように愛していた。
カティおばあちゃんは、バーバおばあさんの作った手仕事も受け継ぎ、
ナーダシュ地方で最も美しい飾りベットは、
その人の手によるものだったのだ。
亡くなる前にも手を動かして、ちいさなレースを編んでいた。
カティおばあちゃんは、おばさんの家へ足繁く通ったにちがいない。
彼女の思い出の詰まった家だったからこそ、
どうしても自分の手で守りたかったのだ。

家を丁寧に見て回ったあと、友人はこういった。
「正直に言うけれど、この家は上半分はもう使い物にならないよ。
これを修復して直そうとしたら、相当の金額になるだろう。」
自宅を修復した友人によると、
家族が加勢したにもかかわらず家や土地の倍ほどの金額がかかったという。
それでも、この家ほど傷んでいなかった。

40を超えた今、家建設という大きな事業に首を突っ込むことはできないと思った。
見通しのきかない莫大な経費、そして労力。
現実の壁にぶつかり、長い夢から覚めたように
その日の夜、この家を買うことはできないと告げたのだった。

カティおばあちゃんは、この家を本当は売り渡したくなかったのだと思う。
小さい頃の思い出の家が他人の手に渡り、
見る影もなく変わっていくのを見たくなかったのだ。
あの古い家の中で機織りを織り、
白い布に美しい刺繍を施して暮らしていたバーバおばさんの面影は、
確かにしっかりと私の記憶の中に刻み込まれていた。


bogartelki haz (1) 










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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2018-06-22_00:00|page top

初夏の花畑

一日をもてあまし、夕方ころ散歩へと旦那を誘った。 
濃い青空に入道雲、そして灼熱の太陽。 
梅雨のないトランシルヴァニアでは、 夏がやってくるのが早い。
 5月終わりは、もう初夏といってもいい。 
 そして、この頃が最も美しく大地がかがやく季節である。 
トーンの異なる緑の中に、 色とりどりの無数の野の花が混ざり合って、
なんとも形容できない微妙な色彩を作るのだ。 
トランシルヴァニアは、まさに緑の王国である。
   berry (6) 

家から徒歩10分でたどり着く、大自然。
町外れの丘をくだり、さらに丘を登ると、
そこは馬が放牧してあり、野生の野の花が咲き乱れ、
文字通り手つかずの自然が広がっている。


berry (11)  

遠くから見ると赤茶色に見えたのは、野生のタイム。
紫がかったピンク色のちいさな花々は、目を楽しませるばかりではない。
甘くさわやかな香りが、そこにいるだけで極上の気持ちにさせてくれる。


berry (9) 

野生のタイムは、乾燥させてハーブティーにする。
緑のない長い冬の間に、夏を忍ばせてくれる。
まさに、トランシルヴァニアの初夏の味だ。

旦那と子どもたちが花摘みをしてくれる間に、
家から持ち寄った刺繍をする。
遠くを見渡す眺めと、極上の花畑と、さわやかな空気。
心落ちつく、幸せな時間。


berry (10) 

長男と遊び疲れた次男は、原っぱに寝そべっている。
指に草を巻いてもらい、心地よさそう。


berry (12) 

花摘みを終え、しばらく姿を消していた旦那が、
手にいっぱいのちいさな野いちごを見せた。
すると、今度は野いちご積みのはじまり。


berry (4) 

野いちごは日当たりのいい丘の斜面を好む。
子供の指の先くらいのちいさなイチゴだが、
口にふくむと甘酸っぱい味と香りでいっぱいになる。
ちいさな赤い顔を大地に向けているので、
草むらの中で探すのは、容易ではない。
なおさら宝探しのようで、夢中にさせてくれるのだ。


berry.jpg  

まだ見つけられない次男の口に放ってやると、
すぐに「まだ、ちょうだい。」という。
お腹いっぱいになるのは難しいが、
甘くさわやかな味わいは、くせになる。

   berry (7)  

気がつくと、日が暮れかかっていた。
日差しが弱まる夏の夕方は、ぐっと気温が下がって心地よい。
草の匂いと日没前の光に包まれて、これからはじまる長い夏を想った。


berry (2) 
comments(6)|trackback(0)|自然、動物|2018-06-17_14:42|page top

旅の終わりに

帰りのバスがないと聞いてから、あれこれ考えていたが、
結局は運命にゆだねることにした。
幸いにも、ちょうど信仰告白式の日なので
もしかしたら、帰りのお客がいるかもしれない。

6時過ぎ、大通りに向かって坂を上り、
エルジおばさんが見送りがてら、
車が通り過ぎるたびに手招きをするしぐさをした。
10分、20分が過ぎた。
そろそろ、立ちっぱなしのおばさんに申し訳なくなってきた。
「何を言っているの。私に時間がないと思うの。」
いつもの口癖で「怒るわよ。」とおばさんが言う。

車が何台も過ぎたが、一向に止まってくれる気配がない。
今の若い人たちは村の中を歩かないから、
誰が誰なのかわからない、とおばさんが言っていた。
服装だけでなく、その精神も同じように変わってしまったのだ。

最悪の場合は、おばさんの家でもう一泊させてもらおう。
諦めかけた頃、一台の車がスピードを緩めてきた。
「町へいくのよ。乗せてくれませんか?」とおばさん。
「どこの町へ?」と運転手が尋ねるので、
すかさず町の名前を言った。
「お乗りなさい。」とその声の持ち主が手を振った。

お世話になったエルジおばさんに、キスをして別れた。
そういう気持ちのゆとりがあったのも、
どうやら運転手は聖職者らしいことがわかったからだ。

娘とふたりで車に乗り込むと、
助手席と後ろにも同乗者がいた。
「どこまで行くんですか?」と薄茶色の長い衣装をまとった運転席の男性が聞いた。
年の頃は40~50くらいだろうか、半分くらい白髪に染まっている。
セーケイ地方の町の名前を言い、
そこで10年暮らしていること、
日本の大学でハンガリー語を学び、
トランシルヴァニアに導かれてきたことを話した。

すると、その人は声をひそめ、いたずらっぽい目を向けてこう言った。
「あなたは、奇跡の虫だ。」
聖職者という神秘のヴェールを纏った人かと思えば、
思いもよらない言葉に、吹き出してしまった。

どこかで見た姿だと思いながら、質問をした。
「あなたは、牧師さんですか?」
「いいや、クルージのフランシスコ会の修道僧だよ。ティビ・ブラザーだ。」
と手を差し伸べて握手をした。
そういえば3年ほど前に、フランシスコ会の教会へ行ったことがあった。
かつて日本語を教えていた生徒が宗教の道に進み、
夜通しの静かなコンサートをしていたのが、このフランシスコ会の教会だったことに気がついた。

「私はナジセントミクロ―シュの出身だ。
バルトークの生まれ故郷だよ。」
「最近に出会った、2人目の外国人だよ。
ひとりはブルガリア人で、南部のバナート地方に村があって、
ブルガリアから追われてきたカトリック教徒たちが暮らしている。
彼らは、金で縁取られた素晴らしい衣装を受け継いでいて、
家の中にはそれは美しい祭壇があって・・・。」
話すこと全てに興味ひかれ、
聞き逃さないように耳をそばだてていた。
むかし学生時代の頃に出会ったルーマニアの大学生のような、
知性と機知の混ざりあった、独特の口調だ。
「いつかクルージに寄った時は、私を訪ねなさい。」

手には娘の分と合わせた乗車賃を握りしめていた。
ルーマニアのヒッチハイクの原則で、運転手にお礼をすることになっている。
相手に失礼のないように、
「こういう時、どのようにすればいいのかわからないのですが・・。
どうか教会への寄付にしてください。」とお金を差し出したのだが、
「電車代に取っておきなさい。」と返ってきた。

礼を言って車を降りると、
娘とふたり、喜び勇んで線路にまたがる歩道橋を駆け上がっていった。
少し前までは、先行きのわからない不安でいっぱいだったのが、
今こうしてレールの上に敷かれた帰り道を辿っているのが奇跡のようだ。
旅とは未知の世界への扉を開くこと、
その醍醐味は未知の人々と出会うことにあるのだ。
旅はこれだから、止められない。
また娘と二人旅をする日がやってくるような気がしてならない。















comments(2)|trackback(0)|その他|2018-06-08_14:28|page top

セーク村の信仰告白式

信仰告白式の朝がやってきた。
昨日の午後の雨で大地の熱がすっかり冷めきったかと思いきや、
だんだん熱くなることが感じられる。

エルジおばさんに誘われて、この日の主人公のひとりのおばあさん宅へ散歩した。
ちょうど昼食のロールキャベツを窯で煮る所だという。
「今は4キロの米に8キロのひき肉を使うけれど、
私たちの頃はそれが反対だったわ。」というおばあさんに、
エルジおばさんはこう返す。
「それはまだいい方。私たちの小さいころは、
肉は一切入れずにお米の中にブタの脂身をひとかけ入れただけだった。」
貧しい時代を知る人たちの言葉だ。
今でこそ、御殿が立ち並ぶ豊かな村だが、
昔は無名で、一家で沢山の子どもを養わなければならなかった。

「ロールキャベツは、どんな風に並べたの?」
「バラの形よ。」
見た目も美しい、ロールキャベツが山盛りだ。


szeki konfi (10)


夏の熱い中、昔ながらのやり方でキャベツを煮る。
薪をいっぱいにくべて、やがてこの窯にお鍋を入れるのだ。

 szeki konfi (9) 

昨夜からエステルのお母さんや親せきが代わる代わる、
エルジおばさん宅に訪れていた。
というのは、家にケーキを置いておく場所がなく、
エルジおばさんの家を使わせてもらっていたためだ。
今でもご近所が親戚のように行きかう、いい関係性が続いている。

約束の9時半になった。
14歳になったエステルの着付けを見させてもらう。
部屋には、白と黒の衣装が置かれていた。


szeki konfi (18) 

はじめに、手織り布でできたペチコートを3、4枚重ねてはく。
セークの衣装は、昔ながらの手縫いである。
黒い糸は祝日用で、白い糸は平日用。
白い布の上を流れる、つなぎ目の黒い線がひときわ目を引く。


szeki konfi (11) 

セークの衣装の目玉である、ブラウス。
立体的なブラウスを、小さく折りたたむことができるこの知恵。
袖が横にプリーツが寄せてあるのが特徴だ。


szeki konfi (13) 

昔と違って、今はしっかりと糊をつけて袖にふくらみをつける。
袖をアイロンかけする専門の人がいるというから驚かされる。
「誰かが糊を解こうとして袖を破いてしまったそうだから、気をつけるのよ。」
まるで紙のように固い袖を解くのも、大変な作業。


szeki konfi (17) 

まるで子供のようにブラウスを着せてあげないと、
一人では着ることができない。


szeki konfi1 

次にスカートとエプロン。
黒地にピンクのヒマワリがプリントされたプリーツスカート。
「午前はヒマワリ柄で、午後はバラ柄なのよ。」とエルジおばさんが教えてくれる。


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ショールを肩にかけてから、
赤いガラスビーズのネックレスを装う。


szeki konfi (21)


華やかなカロタセグ地方とはまったく違う、シックな色の組み合わせ。
これがセークの美意識なのだ。


 szeki konfi (24)


黒い別珍素材のベストは、
ブラウスの袖のふくらみがあるので、肩のところを外すことができる。


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テーブルの上にずらりと並んだ、ハンカチーフにリボン。
午前と午後で持っていく柄が違うという。


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赤と緑のリボンでできた肩飾り。


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黒いタッセル飾りのついたベストの肩に、
赤いバラの肩飾りを縫い付ける。

 
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これから、長い髪をお下げに結っていく。
足りない分は、つけ毛を足して、最後に赤いリボンを巻き付ける。


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ひとりの少女に三人がかりで着付けをする様子は、
まるでお姫様か貴族の令嬢のよう。
夏でも、膝までくるロングブーツをはかせる。


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黒いスカーフからのぞく、長いお下げの髪。
これが伝統的な美しさ。


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黒いスカーフをかぶせると、エステルは、
「まるでお葬式みたい。スカーフは嫌いだわ。」と顔をしかめる。


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最後の仕上げは、ブラウスに手で皺をつけていく作業。
昔はしなかったやり方だが、村で80年ごろから流行ったのだという。


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優に1時間半をかけて着付けをしてから、
急ぎ足で教会へ車を走らせる。
ちょうど教会の鐘の音が響き渡り、
たくさんの村人たちが昔ながらの衣装で集まっていた。


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お年寄りは今でも日曜日は礼服を着るが、
若者たちはこの時間のかかる衣装に親しめず、限られた祝日にしか着ることはない。
今日の主役である、14歳の少女たち。
白と黒のセーク村のエレガンスは、
時を越えて私たちの心を打つ。


szeki konfi (6) 

牧師さんに促されて、列をなし、
教会の中へと吸い込まれるようにして入っていく。
彼女たちのお母さんも、お祖母さんも、その前のご先祖さまの時代と変わることのない光景が
今もこうして繰り返されているのだ。

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赤い刺繍のタペストリーの前にならぶ少女たち。
神のご加護をうけて、これからも美しく育っていくのだろう。


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午前の礼拝を前に、荘厳な雰囲気で満ちていた。
それは、人々の衣装のせいかのか、
人々の心のせいなのか分からない。
しかし、衣装というひとつの文化を失わずに守ってきた人々のもつ、
特有の美しさは疑いようがなかった。


szeki konfi (46) 

その風景を目に焼き付けながら、
娘のまつエルジおばさんの家へと歩いていった。


comments(8)|trackback(0)|セーク村|2018-06-04_21:41|page top

セーク村のエルジおばさん

セークという、不思議な村がある。
赤い衣装に身を包み、白いスカーフを頭にかぶったおばあさん、
小さな麦わら帽子をちょこんとのせ、白いシャツに青いフェルトベストのおじいさんが、
日常生活を送っている。
昔ブダペストで学生時代を過ごした頃も、通りやメトロの中で幾度となく
こうした「赤いおばあさん」たちを見かけたことがあった。
市では商売心旺盛なたくましいおばあちゃんたちが、
セークの名のもとで何でも売っている。
いつか村で、「これは近くの有名なルーマニアの村で作られたもので、
洪水の被害にあって気の毒だったから販売している」と聞いて、
男性のシャツを買ったことがある。
後に全く別の地方のものだったことがわかり、
それ以来、自然と足が遠のいてしまった。

村で聞き込みをしているうちに、エルジおばさんを探し当てたのもその時だった。
まるで額縁のような大きな枠に布を張り付け、
上から下へ下から上へと針を運搬する、セーク村の伝統刺繍を見せてくれた。


SzekesKalotaszeg2.jpg 

一昨年、手芸ツアーの準備のために訪れたのが5,6年ぶりだったのだが、
エルジおばさんは相変わらず、冬も夏も手仕事をして過ごしていた。
「村では、もうほとんどが日当を稼ぐために
ブダペストに行ってしまったわ。」
貧しい時代を生きてきたセークの女性たちは、
13、4歳になると奉公に出ていたという。
ハンガリー人の詩人カーニャーディ・シャーンドルの、有名な詩がある。
そこでは黒と赤の衣装をきたセークの少女たちが、セークの少年たちとともに
木曜と日曜の夜に集まって踊る風景がいきいきと綴られている。

「私も村から出てはみたけれど、2週間で帰ってきたわ。
村以外のところは好きになれなくてね。」
そうしてご主人さまと一緒に村に残り、
社会主義時代を経て今もここで暮らしている。

「今の人たちは、もう手仕事をしなくなったし、
手作りのものは一切飾らなくなったわ。」
それでも、エルジおばさんは手を休めずに働きつづける。
娘婿の母親であるジュジおばさんがやってきた。
ふたりは一緒に手織り布を織っているのだという。
セークのブラウスは、昔ながらの手織り布を使っているからで、
今でも正装として作られている。


szeki erzsineni (2)

 
ジュジおばさんは糸巻き機を回転させながら、
糸を巻きはじめた。
右手で輪を回しながら、左手で均等に巻き取っていく。
カラカラという音が耳に心地よく、
仕事の風景は実に美しいと思った。
時代を遡り、遠き過去をのぞき見たような感覚がする。


szeki erzsineni (1) 

エルジおばさんの部屋は、
今でも60年前の嫁入りの時と変わらない。
12個の枕カバーが天井に届くほど積み上げられ、
すべてセークのアウトライン刺しゅうで作られている。
折りたたんだ縞模様の毛布の下には、
華やかな色のウールの手織りのベッドカバーが何層にもなって続き、
さらに白い手織りのベッドカバーが見られる。


szeki erzsineni (4)


「私の娘も手織りに刺繍、マクラメも編んだし、何でもできるの。
嫁入りの時に必要だったからね。」
50歳くらいの娘さんは、町に出るまでは民俗衣装だけで暮らしていた。
嫁入り道具もすべて自分の手で作った。
村に電気が通ったのも60年代になってから・・。
それなのに、この生活の差は何だろう。
何が人々を変えてしまったのだろうか。
苦労して作った嫁入り道具ももう必要がなくなり、
町へ出た人々はほとんど伝統衣装に袖を通すこともない。

暇をもてあそぶ娘に、おばさんは自家製のハエ取り機を渡した。
「さあ、これで悪い虫をやっつけるのよ。」


szeki erzsineni (3) 

久しぶりの土砂降りが降った後、
村へと散歩に出た。
昔は5000人も住んでいたこの村は、かつては塩鉱山で栄え、
町と呼ばれたこともあった。
「町見物へ行くのよ。」通りで会う人に、エルジおばさんは言った。

村に住むオランダ人のおじさんが博物館を営んでいる。
完成したばかりだという展示室に入らせてもらった。
展示されていたスピンドルを手に取り、
羊の毛のような色をした大麻を束にしてクルクルと巻きはじめた。
時おり、口で手先を湿らせながら器用に巻とる姿に見とれてしまう。
「ここで糸を紡いでくれたのは、あなたが初めてだ。」とご主人さんも喜ぶ。


 szeki erzsineni


この2日間、おばさんの話から、その仕事する姿から
私は本来の村の姿を感じ取っていた。
貧しい村で倹しく、ひたむきに働きつづけた村人たち。
今その生きる姿勢を感じさせてくれる人は、この村であってもごくわずかに違いない。

「私たちはいつも手仕事とともに生きていたの。
ものがないのが当然だったから、何でも1から作るしかなかった。
それは、生活の一部なのよ。」
エルジおばさんの言葉が、今も耳に残っている。








comments(2)|trackback(0)|セーク村|2018-06-01_13:24|page top