トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ラッキーな日

(いつものように)思いがけずドボイで一泊を過ごしてしまったが、
それでも幸運な出来事が訪れた。

ひとつには、その日の朝に昔ブダペスト時代で交流した友人が訪れるとの知らせである。
2002年の秋から約二年間、ブダペストの大学に通っていた。
偶然にも私の住まいの近くにあった芸術アカデミーに通うバルニと、バルニの友人レヴィとも会うようになった。バルニは彫刻、レヴィは絵画を志した。
レヴィもトランシルヴァニアの出身である。だが彼はハンガリーで成功し、そこに残った。

ハンガリーから車を走らせてきた、レヴィは清潔感のある真っ白な服装のように、そのままの雰囲気9だった。
まさに苦学時代の彼とは違う、心の晴れ晴れとしたすがすがしさが漂っていた。
私たちを見ると、驚きと喜びが表情に浮かんだ。

ICIRIPICIRI11 082

芸術家としての成功は嬉しいが、それと同時にトランシルヴァニア人ではなくなること・・・
それは、寂しいことだ。
一時間ほどで帰ってしまった後、「何だか、彼変わったよね。」というダンナに、皆が同調した。
バルニは、「レヴィがハンガリーに残るとは思いもしなかった。」といった。

トランシルヴァニアで、ハンガリー系住民はどんどん減っている。
90年代以降、職を求めて隣国ハンガリーへと人が流れていった。
一時的に生活をする人、ずっとそこに残る人・・・さまざまだ。
それでも、人々の精神性を支える芸術家を失ってしまうことは大きい。
久々の再会という快い喜びと共に、一種の寂しさが残った。

そして、もうひとつのラッキーなことはジプシーのおばさんが運んできてくれた。
部屋から出てくると、ジプシーのおばさんが赤ちゃんを抱いてやってきた。
友人に親しそうに話しかけ、「この子は、今日遠くへ行ってしまうのよ。」と自慢の孫をを見せる。
そして、風呂敷をベンチの上で解いた。
その中からは、刺しゅうや織りのきらびやかな品々。

私は思わず、「きれい!」と叫んで手にとってみたり、写真に撮ったり。
多分これは売りに来たのだろうと感じたが、もし高い値で買えなかったとしても、せめて写真だけは撮っておこうと思った。

すると、ダンナが手招きをする。
「バルニの商談を邪魔するな。」
ああ、やっぱりそういうことか。
こちら側があまりに興味を向けると、高く値を吹っかけられる。

私は了解して、戻った。
バルニは、コーヒーを勧めていた。
その可愛いお孫ちゃんと写真を撮るように勧め、なるべく会話をその品に向けないようにした。
(これがポイント。品にはあまり興味のないそぶり、そして好感を持たせること。)
ジプシーの赤ん坊はあまり見ることがないが、やっぱり赤ちゃんは可愛い。
この子も明日は、ハンガリーへと連れて行かれるそうだ。

doboly6.jpg

doboly8.jpg

そして世間話をして時間をとっていると、その品のことを聞いてきた。
バルニは、「買うとしたら、これかな。」と赤い手織りのじゅうたんを広げた。
「ちょっと、ここが破けているようだけれど。」
(これがポイント。マイナス点を見つけて同意させる)

すかさずおばさん、「これは、ちょっと縫うだけよ。」と返す。

バルニがどうやら他には興味がなさそうだったので、私もよく観察。
刺しゅうの品は、どうやら民俗衣装の袖の部分。
どうして切り取られたのか・・・残念だ。
二種類あったが、植物模様の刺しゅうとスパンコール、ビーズで飾られたものを選んだ。
「これ素敵だけど、袖だけで残念。」と私も弱点を付く。
「民俗衣装は買ったことあるけれど、袖だけはよく値段が分からない。」

nepmuveszet.jpg

nepmuveszet2.jpg

おばさんは写真の恩もあるから、これでいいと安い値段で決着。
そして、民俗衣装の帯も購入。

この素晴らしい手仕事はどこから来たのだろうと尋ねると、おばさんも首をひねる。
モルドヴァ地方のどこかの村の知人から、譲ってもらったそうだ。
ジプシーは手仕事はしないので、ルーマニア人のものだ。

どこの誰かが、手間隙かけて作った刺しゅうや織り。
それがこんな村まで行き着いて、私たちの手元に届いた。
不思議なモノとの縁を感じる。

あの赤いじゅうたんはきっと、部屋の内装に大切に使われるはずだ。
そして、私はこの刺しゅうと帯を大切にかばんにしまいこみ、家へと持ち帰った。
素敵な縁に感謝しながら。


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*今回購入したフォークアートの品々は、こちらICIRI・PICIRIの小さな窓でより詳しくご紹介しています。

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comments(4)|trackback(0)|その他|2008-09-24_05:42|page top

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手仕事は素晴らしいですね
後でサイトのぞきにいきますね。
それにしてもやはりて仕事とはどの国のどんな物でも、独特の存在感がありますね。
モルドヴァも手仕事があるのか~一時帰国から戻ったら芸術家さんへ聞いてみようかな。
伝統模様等あったら知りたいし。

前から思っていたのですが、自己紹介の写真に使われている布素敵ですね~。こういったものが村では手に入らないのが残念。
モルドヴァ地方の手芸
越後屋さん、
モルドヴァ地方は結構保守的なところなので、伝統の手仕事が今でも残っているはずですよ。

織りのラップスカート、帯、そして袖に豪華な刺しゅうが施されたロングチュニックは、昔買ったことがあります。

私はバカウの近くの村へ民俗学の収集でいったことがありますが、おばあちゃんはまだ民俗衣装を着て生活していました。
モルドヴァのチャーンゴーという少し特殊なエスニック・グループですが、日本語で写真集も出ていますよ。
チョマゲルゲイ著「モルドヴァのチャーンゴー人」という本です。私も彼に連れて行ってもらいました。
そうなのですね
 いぜんモルドヴァの結婚式の写真を芸術家さんから見せてもらった事がありますが、民族衣装は男性が数人着用しているだけでよく知らないのです。ただスラブ系の民族衣装と似ているな~と思ったくらいで。
 今度芸術家さんに聞いてみなくては。モルドヴァ人である事に誇りを持っているので持ってるかな?衣装。
東欧の民族
東欧の人たちは、自分のルーツに誇りを持っている方が多いですよね。
聞けば、ダンナの血筋もハンガリー人、アルメニア人、ルーマニア人(多分)、ドイツ人(多分)・・・といろいろ混ざっています。
それでも自分はハンガリー人である、というアイデンティティを持っている。
私たちのような、あまり混ざらない民族とは考え方が違うようです。

その芸術家さん、もし衣装をお持ちだったらブログでお写真を見せてくださいね♪