トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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1848年、革命記念日

3月15日は、ハンガリー人にとって大切な日、
革命記念日である。

革命というと、日本ではあまり
なじみのない言葉である。
失敗に終わった革命が、
どうしてこんなにも、人々の心を熱くし
動かすのか・・・
今年は、その一端をのぞいてみるべく
革命記念日のイベントに参加することにした。

週末に近づくと、
町の中心ではあちらこちらに
ハンガリーの国旗をかたどった
勲章が飾られる。
ここは町の劇場の前。

IMG_4177.jpg

ライオンの記念碑の前では、
赤と白のカーネーションがたくさん捧げられていた。

IMG_4175.jpg

聞いたところによると、
夕方5時にここから会場までバスが出るそうだが・・・
町の中心は、いつもの週末のように
ひっそりとしていた。

一通り練り歩いて、
結局見つからない。
諦めて帰ろうとすると・・・
教会の前に、旗を掲げた人の群れが見える。
ボーイスカウトの若者たちに混ざって、
私たちもバスに乗り込んだ。

IMG_4179.jpg

目指すは、ここから南西にある
とある村のはずれの丘。
「巨人の地下室の丘」と呼ばれる
その丘は、巨人が置き忘れた靴からできたという
伝説まで出来ている。
夕暮れ時の、広いジャガイモ畑の中を
バスは進む。

マクシャという村の入り口で下ろされる。
ここからなだらかな丘を登っていかなくてはならない。
若者たちは、まるで遠足か何かのように楽しそう。

IMG_4183.jpg

赤、白、緑がハンガリーの旗。
そのほかにもセーケイのもの、
アルパード家というハンガリーの王族の旗、
さらにはドイツのものまで見られる。

12.jpg

あちらから、こちらから
旗を掲げた人々が
この丘の上に結集する。

IMG_4188.jpg

この裸の丘の上では、
たえず冷たい風が吹きつける。
息子もがんばって、2,3kmの登り道を歩く。

IMG_4189.jpg

やっとのことで坂を上りきると、
19世紀の衣装に身を包んだ兵士たちが、
戦いを始めていた。
まるで映画のロケを見ているよう。

IMG_4196.jpg

セーケイ人の歴史がひとつひとつ
刻まれた門をくぐって・・・
ご先祖さまの通ってきた道を歩いていくような
気持ちになるのだろう。

13.jpg

その木の門は、
やがて巨大なモニュメントに導いた。
大きな柱の伸びた、円形の広場。
ここが会場となるらしい。
たくさんの人が、次から次へと押し寄せる。

3315.jpg

兵隊さんたちの姿も。

14.jpg

やがて19世紀の革命の時代の音楽を
管弦楽隊が演奏し始める。
それから演説、最後にともし火をして
セレモニーが幕を閉じる。

IMG_4220.jpg

当時オーストリア・ハプスブルク帝国の
支配の下にあったハンガリーが、
フランス革命の影響を受けて立ち上がった。
中でももっとも戦闘が激しく、
長く続いたのが
ここハーロムセーク地方(今のコヴァスナ県)である。

どうして、この地方で長く続いたかというと、
セーケイ人という国境を守る
特殊な義務を持っていたこともあるし、
支配階級と農民たちが団結して戦ったからでもあった。

ハブスブルクがもし、
大国ロシアの応援を頼まなかったとしたら・・・
この革命は成功していただろうと言われている。

100年近くもの間、
ルーマニアの少数民族となった
ルーマニアのハンガリー人たち。
その数は150万人といわれている。

中でもセーケイ人は、
言葉こそハンガリー語を話しているが、
ハンガリー王国の歴史の中でも
そのアイデンティティーをずっと保ち続けてきた。

これからの21世紀に、
エスニックグループは
どう生き残っていくのだろう。

大きなヨーロッパという流れの中で、
実にさまざまな文化やルーツを持つ人たちが
星のように散らばっている。
その中のひとつが、
トランシルヴァニアのセーケイ人。

息子たちの世代がどう受け継いでいくのか・・・
大人たちにとっては、大きな仕事である。

IMG_4223.jpg




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はじめまして!
かっこいいですね。本当に映画のワンシーンのようです!
へぇーっと思いながら見させていただきました!
はじめまして。

BelgianWaffle さん、はじめまして!
夕暮れ時の、丘の上で
こんな熱いイベントを見ることができてよかったです。

コメントをありがとうございました☆
jo napot
はじめまして、
おいらのブログへのご訪問、コメント、
ありがとうございました。

サツマーレもハンガリー人が多く(市人口の35%ぐらい)
15日はセレモニーをしていました。
規模は小さいですが。
現市長もハンガリー人です。


今後も宜しくお願いします。
Re: jo napot
Mishu さん、こんにちは。
わざわざこちらまで
ご訪問くださり、ありがとうございます!

サツマーレも意外とハンガリー系の方が
多いのですね。
市長さんもハンガリー人なんですか。
一度に両方の文化が見られていいですよね。
こちらはルーマニア人が逆に少数派です。
だからなかなか、
ルーマニア語は覚えません・・・

どうぞよろしくお願いします。