トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ジプシーのバラード

ここはスフントゥ・ゲオルゲの町はずれにある、
ウルクー地区。
松の森を背景にした、小さなジプシー村。
塀もなく、小さな家と家が寄り添うようにして並んでいる。
舗装のない道には、馬車が行きかう。
野犬に家畜の豚も、歩きまわる。

ダンスのあとで、
その動悸もまだおさまらないままに、
レームスはうたいはじめた。
親から子へと歌い継がれてきた、
哀しいバラード。

ジプシーの置かれる境遇が、
そのまま孤児である息子の心情を
あらわしているかのよう。
文字の文化を持たない彼らは、
歌で踊りで物語で、彼らの歴史を綴ってきたに違いない。

メモリー切れで、残念ながら
録画は歌の途中で終わってしまった。
途中わたしは小型カメラを置いて、
その歌に聞きほれた。

では、レームスの歌をどうぞ。


 

「ジプシーのバラード」 ハンガリー語訳

ああ、どうして
こんなふうに、あんなふうになってしまったんだろう。
ああ、どうしてみんなが
この孤児の俺を傷つけるのだろう。
ああ母さん、その孤児は哀しみのために
いつも酒場で飲まなければならないのだから。
ああ、いつも酒場で飲まなければならないのだ。


あたりを見回しても、俺のそばには誰もいない。
ああ、俺は本当に孤児になってしまったんだ。
ああ、そうだ。俺は本当の孤児さ。 
ああ、俺の心はずっと孤児のままさ。
ああ、俺の心は孤児のままなんだ。


ああ母さん、待っておくれ。聞きたいことがあるんだ。
ああ母さん、聞きたいんだから、待っておくれ。
母さんが行ってしまったら、どこで会うことができるんだい?
ああ息子よ、それなら墓場へ出てくればいいのだよ。
ああ、わたしの墓石に身を投げ出せばいい。
ああ、わたしの墓石に身を投げ出せばいいんだよ。


ああ、お前に三つの枝をあげよう。
ああ、お前に三つの枝を渡してあげよう。
そいつで、墓場をたたいたらいい。
ああ母さん、寝ていないで。起きてきておくれ。
ああ、小さい息子は閉じこめられているんだから。
ああ、小さい息子の俺は、牢屋に閉じこめられているんだから。


ああ、この道はつらく哀しい道なんだ。
ああ、哀しみの石で敷きつめられた道。
その道は、俺の父さんが作ったんだ。
ああ息子よ。その上を泣きながら歩くんだ。
お前が、その上を泣きながら歩くように。


ああ、か細いこの腕が痛む。
ああ、か細い俺の腕が痛くてたまらない。
家族を支えている、この腕が。
ああ、俺のか細い腕が痛むんだ。
母さん、もうじき退屈がこの俺を殺すだろう。
ああ、もうじきに退屈が俺を殺すことだろう。



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comments(0)|trackback(0)|ジプシー文化|2009-11-22_14:22|page top

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