トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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ジプシー老人とロマ語の歌

よく通っている近所の商店。
夜、店から出ると出口のところに
ぼうしをかぶった老人が立っていた。
エルヌーおじさんだ。
「 お元気ですか?」

ゆっくりと微笑が浮かんだものの、、
「 ・・・いいや、あまり元気じゃない。」とおじさん。
もちろん、あんな寒いところに暮らしていたら、
病気になってもおかしくない。
雪さえ見られないものの、もう12月。

「 俺は、ジプシー語を話すんだ。」
かねてから、あの不思議な言葉に興味をもっていたことを話すと、
おじさんは次々に、短い文章を話して聞かせてくれる。

「 ・・・これ、なんていう意味か分かるかい?
 『私は、真のジプシーだ。』ということだよ。」
と誇らしげに話す。
この町のジプシーでも、ジプシー語を話すのはおじさんともう一人だけ。

立ち話をしている間、おじさんの手に
少しのお金を手渡す人もいた。

家で、温めたスープを持ってきて
おじさんに手渡す。
「 いつか、私にその言葉を教えてください。」
「 ああ、いいよ。
 ・・・でも、ジプシー語は実に難しい言葉だよ。」
おじさんは、微笑みながら言った。




それから、12月の半ばになって
ようやく二度目の雪が降った。
その雪は三日間降りつづけ、
あっという間に町の風景を冬らしいものに変えた。

銀色に輝く、
舞いおりたばかりのフワフワの雪の白い道。
しばらく忘れていた、
冬のうつくしさに心をうばわれる。

ふと、この寒さのなかで
どうしているのだろうと、おじさんの姿が浮かんだ。

あのクリーム色の、廃屋のなかに再び足を運ぶことに決めた。
中に入ると、すぐ手前の部屋におじさんは座っていた。
前は、ジャガイモなどが転がっていた部屋。
窓のそばの、仕切られた小さな部屋に
粗末なベッドが置かれていた。

「 あなたにキスを!(男性が女性に言う挨拶) 」と言って、
おじさんは手袋をはめた私の手にキスをした。
「 さあ、ここにかけなさい。」
という先は、おじさんの座っているベッドの横、
ちょうど布団が丸めてあるところ。

DSC05940.jpg

もうすでに、ノミの攻撃を痛いほど受けていたので、
そこだけは遠慮して向かいのベッド・スポンジに腰をおろす。
改めて見まわすと、壁にはスプレーの落書きが大きく描かれ、
上にはガラスの割れた窓・・・。

「 お引越ししたんですね。」
「 ああ、こっちの方が明るいからね。」
床のコンクリートを通して、じかに寒さが伝わってくる。
昼でさえこんなだったら、
夜はどうなんだろう・・・思わず身震いをした。

「 ジプシー語を教えてください。」
といって、ノートを取り出す。
「 シイ ロマネ。(Sii romane)
 これ、なんて意味か分かるか?
 ロマ語を話します、だ。」
いくつかの短い言葉を書きとめたあと、
いつか歌ってもらったロマ語の歌の歌詞をたずねる。

「 デーモ マモ、アカリアン タン ドゥルメ。」
耳になじまない言葉を、必死で文字で書きとめる。
ところどころハンガリー語風に、またはルーマニア語風に。
ジプシーには文字の文化がないため、
文字にするのは難しい。
こうして、一通りなんとか書き記すことができた。

やがて、食べ物を手にダンナと息子が到着。

「 おじさん、ジプシーの料理ってあるんですか?」
「 ああ、もちろん。
 ジプシー風煮込みっていうのがね。」
なんだか素敵な響き・・。

レシピを尋ねてみた。
「 2kgのラム肉、2、3かけのニンニク、玉ねぎ2個に、
 1kgのトウモロコシの粉、トマトピューレにパプリカの粉、
 それにサワークリームがあれば最高だな。」
すらすらと答え、
そしてなんだか美味しそうな材料を並べるおじさんに感心した。
これは、どうやら本当のようだ。
「 君たちがそれを食べたら、
 きっと二度と忘れられないはずさ。」

ダンナを少し見てから、こう尋ねていた。
「 おじさん、そのジプシー料理を作ってくれませんか?」
「 ああ、もちろん。
 材料さえあればね。」
「 じゃあ、今度ここに持ってきます。」
あとで、ダンナはこう舌打ちした。
「 あんなこと・・・どうして約束したんだ。
 ラム肉なんて、今はきっと売っていないよ。」

ふと、おじさんが尋ねた。
「 君、人間はかんたんに死ねるものだと思うかい?」
その真剣な眼差しに、胸が射られるようだった。
しずかに首をふる私。
「 俺が、こうしてここで寝起きしていても、
 なかなか死ねるわけではないんだよ。
 そのときがくるまで、苦しまないといけないのさ。」

「 人間は死にたいときには、なかなか死ねなくて、
 死にたくないときに、死がやってくる。
 神さまから、与えられるものだからね。」
おじさんの年齢は57歳。
それでも、もう死を待っているのだ。

ジプシー語の歌を歌うようにうながす。
「 俺は、喪に服しているんだ。」
要領を得ない私に、ダンナが耳打ちした。
「 奥さんだよ。
 だから、陽気な歌はうたえないということ。」

「 それでも、君たちのために歌うよ。」
とおじさんは、ゆっくりと低い声で歌いはじめる。

カメラを回していて、気がついた。
いつもの、あの歌だ。
先ほど学習したばかりの、ジプシー語の単語ですぐに分かった。
途中、ふいに指を鳴らし、明るい曲調に変わった。
これまでに聞いたことのないメロディーにリズムに、
こころが踊りだしそうになる。

歌い終わって、おじさんは言った。
「 君のために、歌ったんだよ。
 俺のこころは、いつでも哀しみでいっぱいだからね。」

本当ならば、こんな風には歌いたくないのだろう。
歌詞は、生きる苦しみに満ちたものなのに
ユーモアでそっと包んでいるようなリズムは、
まるでおじさんの生き方そのものだった。




Ey, de meral mo sokerdea amo,
Ale tute memeral amo,
Ey, o shavale, o romale,
Ale tute memeral amo.
Dig romale, o shavale,
Ale tute memeral amo.
Dig ma roma sukerdea amo,
Dig ma roma sukerdea amo,
De akana mo memera amo,
Akana mo memera amo,
O, dig shavale, o dig romale,
Ay dig romale.
Ay de kute memeral mo,
O shavale, o romale.


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思わずコメントしてしまいました。
tulipanさん、
面白くて思わずコメントしてしまいました。
>ノミ:日本ではもはや知っている人が少ないかもね。
>実は、エルヌーおじさんの年齢気になっていました。
一見、70歳代かなと、第一印象、でも、60歳代だろうなと、ひょっとして50歳代ありえるか、おじさんといっているから60歳代だろうなと、結論づけていました。:やはり50歳代なんだ、私と4つしか違わない。
また、遊びに来ます。
Re: 思わずコメントしてしまいました。
Thomasさん、どうもありがとうございます!

お恥ずかしながら、
私と息子はノミに好かれる体質のようで
今年はもう何回目か分かりません。
消えたと思ったら、またどこからか
出てきて刺されてしまいます・・。
ちなみに現在も痒くて、私の服のどこかにいるようです。

エルヌーおじさんをはじめ、
ジプシーの人の年齢は見た目よりかなり若いようです。
やっぱり、彼らの生活環境や習慣によるところが多いのでしょうね。
その実、平均寿命も短いようです。

私は・・はじめお世辞かと思いましたが
彼らからすると20歳前後にみえるようです。
凄いですね
 これまた凄い生活ですね。でも人は死にたい時に死ねないというの、何となくこちらの方を見ていても判る様な気がします。こちらもこの極寒の地でかなり粗末な家で生活している家族等いますので。(どういう理由か判らないのですが、ゴミ捨て場にゴミで作った家を建てて生活しています。)
 そしてその方達もおそらくはかなり若いであろうに見た目は…。ロシアの教会へ行くと特に老婆の容姿が年齢以上に年を取って見えるのはやはり厳しい生活環境及び体制の変化による物なのかもしれないとこのブログを読んで思いました。

 ところで、私もジプシー料理気になります。クリスマスに羊が食べたいと言う連れ合いの希望で、我が家は羊に目星は付けているのですが、連れ合い買って来るかしら?もし聞く事が出来たらぜひ紹介して下さいね。
Re: 凄いですね
越後やさん、
あのシベリアでもそういう生活をしている方が
いらっしゃるのですね。

ロシアにはジプシーの方も
多くいらっしゃるのでしょうか。
いつかYOU TUBEで検索していたら、
古いロシアのジプシー映画を見つけました。

おじさんは、不幸にも奥さんと別れてずっと
まだ心は喪に服しているようです。
ジプシーの人たちの感情の激しさ・・・
圧倒されてしまいます。
愛することと憎むことは、隣り合わせなのでしょうね。

ジプシー料理、
実現するか分かりませんが、
もしうまくラム肉を調達できたら
感想を書きますね。
ラム肉は春(イースター)の食べ物ですから、
クリスマスに食べるって贅沢ですね。




ここではご馳走
 ここではお肉はご馳走なので、新年に向け入って来ているのだと思います。イースターの頃に羊を食べる習慣は無いですね特に。
 あと出身地によっては肉と言えば羊という家庭もあるでしょうし。中央アジア、コーカサス方面出身の方等。

 村にもジプシーはいるらしいのですが。はっきり言って私には区別がつかないのです。tulipanさんのブログでみるような服装の方は少なくともここにはいません。寒すぎ?
 ただ村役場主催でジプシーの追放に関する会議みたいな物が開かれた事からもいる事は間違いないです。追放に関してはジプシーだからというよりも、若者の間で深刻な麻薬を売るためだと言われています。
 感情の激しさはそれだけつながりが強く無いと生きていけないからなのかもしれませんね。私にはちょっと想像がつかない勘定ですが。
Re: ここではご馳走
ラム肉でクリスマスもいいかもしれません。
ロシアも国が広く、文化圏もさまざまだから
いろいろな食材が手に入りそうですね。

お住まいの村にもジプシーが住んでいるのですね。
こちらも服装で区別ができるジプシーは、
ごく限られています。
ほとんどは、住む地域や肌の色などで
区別されるようです。
私も、普通に浅黒い人との区別が余り分かりません。
ジプシーは流浪の歴史といわれますが、
どの国でもうまく適応できなかったようですね。
それだけに特有の習慣が残っているのでしょう。

そうですね、
ジプシーの人たちは
よその世界から隔離されているせいかもしれませんが、
確かに家族や身内の結束が強いように思えます。


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