トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

カテゴリー

FC2カウンター

カレンダー(月別)

07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

これまで書いた記事は・・・

全タイトルを表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Feed Me!

トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

手仕事の村、アーラパタク

クリスマスを待つ、12月半ば。
一本の電話がきっかけで、
アーラパタクの村へ行くことになった。

セーケイ地方の手芸を支えてきた
エテルカおばあさんの弟さん、
ゾルティおじさんが思いがけず村を去ることになったという。

亡き奥さまの残された、
アーラパタクの刺しゅうや織物を譲りたいという。
娘さんご夫妻の車に乗せてもらい、
すっかり色のなくなった寂しげな山道を走った。
まだ寒波が押し寄せる前の、
雪のない冬景色。

「 どういうわけで、おじいさんが村を出て行かれるのですか?」
「 ほんの数日前のことよ。」と娘さんが話しをはじめた。
「 夜中に、何物かが数人
 レンガで窓ガラスを割って、中に押し入ったの。
 そしてテレビやら、家具やら・・・
 お金になりそうなものを持ち去ったわ。
 父はもう寝入っていたけれど、
 もうすこしで頭にも投げられるところだった。
 あそこはご存知の通り、
 ジプシーが多い村でしょう。」

一人暮らしの老人が、
安心して生活することができないほどの
荒れた状況。
警察も、ほとんどかまってはくれないそうだ。

エテルカおばあさんは村の学校の校長先生を勤め、
ゾルティおじいさんは地理を教えていた。
いつか去年の今頃に訪ねたとき、
春になったら遺跡の見つかった村に
連れて行ってくれると約束をしていた。
それから、もう一年。

村の中心から教会に向けて曲がる。
その交差点にも、あちこちにジプシーの村人たちの姿。
運転していたご主人も、
いらだたしげにクラクションを鳴らす。

小川に沿った小道に入ってゆくと、
あのおじいさんの姿が見られた。
体格のよい、
しっかりとした風貌のおじいさんを見て少しほっとした。

「 お元気ですか?」
「 ええ、元気です。・・・おじさんは?」
「 正直、元気じゃないよ。
 ここはもう、死んでしまったも同然さ。」
と胸を指差した。
「 もう、何も惜しいものはない。
 自分の生まれた村でさえも・・。
 天国への鍵だけを持っていればいいさ。
 ・・・それとも地獄かな。」
少し冗談を交えたような調子にも、
哀しさがにじみ出ている。

おじいさんに促されて、
家へと向かう。
割られたあとのガラスには、
木の板がしっかりと打ち付けられていた。

中に入る。
フォークロアの植物もようが描かれた家具は、
バルジャシュ村のもの。
「 セーケイの青は、もっと深くて濃いんだけど、
 キッチンに合うように明るくしてもらったんだ。」
おじいさんの瞳の色のように、
抜けるように明るい空色だった。

たらいを置く棚。
水道のない村の生活には欠かせない。

DSC05720.jpg

次の部屋には、ソファーの脇に
大きなタペストリーが飾られた居間。
昔話が描かれたメルヘンチックなデザインの織物は、
ここアーラパタクの手芸を支えてきたチュラック・マグダの作品。

DSC05731.jpg

共産主義時代には、さまざまな民族のフォークロアは国家的に支援されていた。
各地で展示会、品評会が開かれていたから、
この作品もルーマニア国内を回ったのだろう。

ダンナの父親は民俗学者で、こうした展示会などを
企画する文化施設に勤めていた。
「 君の父さんと、俺と姉さんの三人で
 クルージ・ナポカでの、彼女の葬式に参列したんだよ。」
とダンナに話す。

おじいさんの孫娘が、
次々にたんすから
長い年月の空気を吸い込んだ手仕事の数々を
広げて見せてくれた。
膨大な時間をつぎ込んで紡がれた糸の重みが、
手を通してしっかりと伝わってくる。

DSC05733.jpg

おじいさんとの交渉が終わって、
エテルカおばあさんを訪ねることになった。

道すがら、
「 今日でここの村を出てからは、
 よっぽどのことがない限り、もう村へは帰らない。
 姉さんには、ちょっと遠足へ行ってくるとだけ言うつもりだ。」
とおじいさんは語る。

秘密の隠し場所から鍵を探って、
どっしりした木造の門を開ける。
玄関からは、
毛糸の帽子をかぶったおばあさんが姿を現した。

すべてが一年前のまま。
玄関から居間、キッチン、展示室・・・
すべてがおばあさんの手仕事で埋め尽くされる家。
来客の、感嘆のため息や賞賛の目を
ただひたすら待っているかのような
赤のクロスステッチや織物。

ソファーベッドに腰掛ける
私たちには、自家製の赤ワインがすすめられる。
「 これは、去年の夏に君が食べた
あのブドウからできたんだよ。」
と息子に話しかけるおじさん。

途切れがちの会話の中にも、
別れのさみしさがそっと響く。
おじいさんの言葉を聞いて、
「 そう、遠足にね・・。」
と腑に落ちないようにうなずくおばあさん。

腰を下ろしたソファーのラグには
セーケイの少年少女が生き生きと織りこまれ、
刺しゅうには精密な幾何学の植物もようが波打つ。
その生涯をかけた手仕事をほめたたえると、
「 人間、こうも体も頭も弱ってしまったら、
 手仕事になんて何の価値があるんでしょう。」
おばあさんはポツリと言った。

「 またくるよ。」とおじいさん。
キスをして別れた。

DSC05736.jpg


赤ワインの酔いでもたつく足どり、
おじいさんに腕を組んでもらって歩く
アーラパタクの村には
すでにあの手仕事を生み出した文化の名残は
少しも見られなかった。

自宅の庭では、おじいさんの生活を物語る
こまごまとしたものが、
赤い炎と煙となって消えていった。



トランシルヴァニアをあなたの心に。。。
にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ




*一年前にエテルカおばあさんを訪ねた記事は、こちらです。







スポンサーサイト

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|セーケイ地方の村|2009-12-26_08:09|page top

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

コメントの投稿

非公開コメント

悲しいですね。。。
共産党時代のよかったことのひとつとして、こういう伝統的な文化が、保持されていたことだと思います。みながそれなりに平等で、村のコミュニティーが生きていたんだと思います。

無責任な自由の代償として、だんだんせち辛い世の中になって、貧富の差が拡大して、村のコミュニティーが崩壊してしまいましたね。
悲しいですね。このお齢で、生まれ故郷を離れるのは。。。

どのあたりなのですか、この村は。
スフント・ギョルゲから近いですか?

よいお年を、
Re: 悲しいですね。。。
Mishuさん、
ほんとうにおっしゃるとおりです。
共産主義時代に、守られていた
村の共同意識がどんどん壊れていっています。

特に、ここの村ARACI(ARAPATAK)は
ブラショフ県とコバスナ県の境にあるのですが、
貧しいジプシーの方たちが
どんどんよその村から流れ込んできて、
もう村の半数以上になっています。

堅実に生きている
村の人たちの生活が荒らされている実態があります。
とても哀しいことです。