トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

カテゴリー

FC2カウンター

カレンダー(月別)

04 ≪│2017/05│≫ 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

これまで書いた記事は・・・

全タイトルを表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Feed Me!

トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

彼と彼女のこと

彼女は、いつも少年みたいなしぐさをして、
子猫みたいに人になつく少女だった。

彼は、壊れそうなこころの神経質なひとだった。

指揮者の彼と
美大生になる彼女は、
クルージ・ナポカの町で出会った。
いつしか、彼らはひとつ屋根のしたで
暮らしはじめた。

「 あの人は、頭がおかしい。」と
周りは彼女の耳にささやいた。
言葉はそれでも、彼女の耳をすりぬけて
空気のなかに消えてしまう。
気がつくと周りから
だんだんと人が去っていった。

私は、彼らのところへ足を運んだ。
バスルームで
美容師さんごっこをしたり、
近所の子どもたちを中に呼んで、
部屋の中で花火を見たこともあった。
フォークダンスのクラブに行ったこともあった。

お互いに寄りかかるようにして、
ひっそりと暮らしていたふたり。
ふいに、彼らの姿が消えた。

日本で大学に通う私に、
その知らせを運んできたのは友人だった。
「 日本人男性と女性が、
ドナウ川に打ち上げられた。」
新聞記事にそうあった。

それから半年後、
私はウィーンにいた。
町のはずれの、澱んだ色の寂しげな川にむかって
小さな花束を投げた。
早い流れが、あっという間に
とおくへ運んで見えなくなった。

彼と彼女との記憶とは、
まったく結びつかない場所で
しずかに目をふせた。

今から、8年前のこと。
彼と彼女の死を悼んで・・・。


スポンサーサイト

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|その他|2010-01-16_08:32|page top

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Re: タイトルなし
悲しいけれど、そうだったのだと思います。
私も、自分に何かできたのではないかと
辛くなったこともありましたが、
結局、仕方がなかった。

私の記憶のなかでは、
落ちぶれた留学生といわれる彼も、
傷つきやすい心のやさしい人でした。

そして、背景には
うまく説明できませんが、
当時のルーマニアの、クルージ・ナポカの
少し退廃的で、陰鬱な暗い影がありました。

当時は、トランシルヴァニアのハンガリー人ですら
生存が危ぶまれるほどの
ナショナリスティックな空気がありました。

ですから、
一言に彼だけが悪いとは思えないのです・・。