トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

カテゴリー

FC2カウンター

カレンダー(月別)

08 ≪│2017/09│≫ 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

これまで書いた記事は・・・

全タイトルを表示

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Feed Me!

トランシルヴァニアへの扉  - Erdely kapuja-のRSSフィード

ブログ翻訳

カロタセグ地方の手仕事を訪ねて(前)

いよいよカロタセグでの一日が明けた。
線路のレールのずっと向こうに、
朝もやが立ち昇っている。

SzekesKalotaszeg 500

プラットホームでは、
買い物客か、通勤客か。
のんびりとおしゃべりをしながら、
列車を待つ人でにぎわう。

SzekesKalotaszeg 502

ちょうどこの日は、
フニャドの町で朝市が立つ日。
野菜市に動物市、洋服から日用雑貨まで。
たくさんの買い物客が行きかう。

SzekesKalotaszeg 504

町の中心に位置する、
カルバン派教会へ立ち寄る。

牧師さんから
ずっしりと重たい鍵を預かってはみたが、
右へ左へまわしてもなかなか開かない。
しまいには通行人の助けで、
あっけなく門が開かれた。

まっすぐに天をさす、
とんがり屋根の教会はトランシルヴァニアのシンボルともいえる。
小さな木の板が張り合わされた、
伝統的な技術は今にも残る。

SzekesKalotaszeg 545

聖書の教えを第一として、
それまでの装飾を一切に取り払った。
カトリック教がアカデミックなアートを擁護したのに対し、
トランシルヴァニアのカルバン派では、
土着のフォークアートとの結びつきが見られる。

カロタセグ名物のイーラーショシュ刺しゅうの赤が、
やさしく出迎えてくれる。

SzekesKalotaszeg 530

ルーマニアで少数派のハンガリー人にとって、
教会は大切なアイデンティティでもあった。

19世紀ハプスブルクに対して武器をとった、
ハンガリーの英雄コシュートの、
喪の花輪の下で。

SzekesKalotaszeg 517

天井を仰ぎ見るのも忘れてはならない。
「カセット状の天井」と呼ばれる、
小さな絵がぎっしりと敷きつめられている。
花模様や動物文様、太陽や月、星などのコスモス(宇宙観)が、
見る人を中世の世界へといざなう。

SzekesKalotaszeg 532

刺しゅうのステッチのような幾何学模様のなかに、
黒鳥やライオン、ラクダ・・
これらのエキゾチックなモチーフは、
空の星座を意味するという見方もある。

SzekesKalotaszeg 540

昼には、またもとの村に帰ってきた。
友人の叔母さんマグディさんのご好意で、
車で約6km離れた、イナクテルケに向かった。
人里離れた小さな村。

SzekesKalotaszeg 555

スカートにエプロンの手作りの洋服は、
カロタセグ女性の作業着。

SzekesKalotaszeg 559

カロタセグ地方には、
建設用の石を採掘する工場がいくつもあるという。
そのため、70年、80年代に建てられた
石の民家も数多い。

馬や羊、鳥など
素朴な村らしいモチーフ。
カロタセグの民の「装飾好き」は、
いろいろな所に垣間見ることができる。

SzekesKalotaszeg 568

思わず目がひきつけられらた、
驚くべき門のデザイン。
風車のようなロゼッタ文様は魔よけとして使われ、
チューリップ、ハートは豊穣多産を願うモチーフとされる。
中世にも、女性の生殖器を描いたものが
教会の中に彫られていたというから驚きだ。

「 これは、もうずいぶんと古いものなのよ。」
持ち主のおばあさんも、見慣れたもので
何ということもなく語る。
門の上のほうに、1881年という年代も見られた。

SzekesKalotaszeg 564

マグディさんから、
知り合いの知り合いというおぼろげな情報で
ある人物を探す。
「私がそうよ。」と、
通りでおしゃべりをしていた女性。
「絢爛の間を見せてください。」

SzekesKalotaszeg 574

赤と白の星模様の枕は、
織りでできている。
レースで縁どりされたような、
どこか少女っぽい香りの甘い雰囲気が漂う。

SzekesKalotaszeg 601

エルジさんのお母さんは、家具の絵付けで有名な人だった。
ここの村の家の家具は、
すべてその職人の手によるという。
「 昔はね、エナメルで色を塗っていたから、
 いつまでも色や光沢が損なわれなかったけれど、
 もう今では絵具が手に入らないわ。」

SzekesKalotaszeg 610

エルジさんも絵付けの技術を母から学んだ。
イースターエッグには、
鮮やかな花の絵が描かれる。

SzekesKalotaszeg 620

カロタセグの家の財産は、
そのずっしりと重い女性の衣装。
この地方では特に装飾に力が注がれて、
ビーズがびっしりと縫いこまれている。

SzekesKalotaszeg 598

私の目当ては、この刺しゅうが密集された
イナクテルケのベスト。
村によって色や図案が違うそうだが、
この鮮やかなグリーンが特に美しい。

SzekesKalotaszeg 593

年配の女性は、こちらを装う。
一家にひとつのベストを、
母親から娘へと代々受け継いでいく。

SzekesKalotaszeg 597

花嫁衣裳のビーズの冠。
一つ一つが手作りの衣装の数々には、
煌びやかなもの、華やかなものを好む
カロタセグの民の憧れがぎっしりと詰め込まれている。

SzekesKalotaszeg 648

カロタセグでは、代々一人しか子どもを産まない習慣があったという。
やせた土地のため、出稼ぎに行って
蓄えた富を残すように。

娘が二人となると、
この豪華な嫁入り道具一式を二つ揃えなくてはならない。
逆に息子だけの場合は、
お嫁さんが二つ分もらえることになる。



帰り道、おばあさんが呼びとめて
家へ招き入れてくれる。
「 私はお客様が大好きなの。
 これまでも外国からたくさんの友達がやってきたわ。」

SzekesKalotaszeg 699

これまでにいくつか訪ねた家は、
外国人=買い物客とみなされ、
正直、少し疲れていた。

一人暮らしのおばあさんの精一杯のおもてなし、
嬉しそうに語る子どもたちや外国人客の話に、
いつしか心が和んでいた。
コーヒーを一杯飲んで、
今度は、長い道のりを歩くことになる。

SzekesKalotaszeg 704

電車線路や主要道路から6kmも離れた、
孤立した村の社会。
だからこそ伝統が残ってきたのではあるが、
有名になった一方で、
観光化の悪い部分をも垣間見てしまった。

一本道をゆくと、
先ほどまでのお天気が信じられないほど、
雨雲がどんどんと迫ってくる。
小雨に濡れながらも、前に進んでいく。
車もこないので、ヒッチハイクもできない。

やがて後ろからやってきた車は、
パトカーだった。
車が止まる。
中に乗り込んだ。

こうしてやってきた、隣村ボガールテルケ。
雨はすでにやんでいた。

SzekesKalotaszeg 712




トランシルヴァニアをこころに。

にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ


にほんブログ村
スポンサーサイト

Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(6)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2010-07-21_05:48|page top

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

コメントの投稿

非公開コメント

No title
ああ、また凄い手仕事を見た思いです。
よく探せば そこらじゅうに細かな仕事が
あるんですね。
そこまでデコラティブに暮らしを彩るって
何だったのでしょうね。
しかも美しい・・・。
あの枕のようなものは各所で見られるのですが
実際に枕として使うものですか?
もし 飾りだとしたら面白いものですね。
Re: No title
霧のまちさん、
トランシルヴァニアでも、
こうした手仕事の部屋が見られるのは、
もうごくわずかの村です。

アーラパタクの村でも、
嫁入りの時にベッドに枕を積み上げて
もっていったのは、
100年くらい前のことだったと聞きます。

カロタセグは特に
子どもが少ないことでも知られる地域ですから、
こんなにたくさんの枕はいらないんです。
だから飾り用。
生活用品の中でも、
枕って、何か象徴的な意味があったのでしょうね。
枕の数が多ければ多いほど、
家が豊かなことを表していたそうです。

No title
そうなんですか、所変われば ですね~。
いつも不思議に思っていました。
順番に使って行くのかなと。

民族と言うのは どこでもそんなに
違わないはずで、日本だったら それは
何に相当するのかなぁなどと考えていました。

古い話ですが 私の実家は旧家と言われる
家で 古伊万里などの食器が各20人前ずつ
桐箱に入って用意されていました。
フルに使う日があったかどうか知りませんが
ふと、枕の件 日本なら食器かななどと
頭に浮かびました。
なるほど、そうですね!
さすが、
世界中を旅されたからでしょうか。
素晴らしい想像力ですね。

私など、日本では・・・などと
疑問にも思いませんでした。
古い日本の文化に触れていないからでしょうか。

使われることのない、上質の食器を家に置く。
面白いですね。

ひとつ違うのは、
枕は全て手作りということ。
時にはその材料になる糸でさえも。
そして、女性の手の技を魅せるということに
重きが置かれていたのかもしれません。


今頃のこのこと
コメント入れてすみませんが、イナクテルケは私が泊まった村でした。確かに、一人っ子の家が多かったのに気が付きました。普通村なら、子沢山のイメージありますものね。20年近くたって知る事が出来たのも、聖子さんのお蔭です。ありがとうございます。
Re: 今頃のこのこと
クリスマスに滞在されたところですか?
衣装からして、ナーダシュ川流域だろうと察していました。
懐かしい村の風景をお見せすることができて、よかったです。

ここは、本道から離れて山手にある村ですよね。
カロタセグ地方は、概して土地がやせていて、
そのためにあのような手芸が発達したとも言われています。
そして財産を細分化させないために、一人っ子を持つ習慣が自然にできたといわれています。
またプロテスタント教徒ですので、
カトリック教徒より子どもをたくさん作るという習慣もないようです。