トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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カロタセグ地方の手仕事を訪ねて(後)

雨が去って、
ひんやりと涼しい空気が肌を撫でてゆく。
もう夕方頃だろうか。

行き先は決まっていた。
歩きかけて、立ち止まる。
石造りのどっしりとした二階建てが並ぶ村。
小さな体にクワをかかえて
向こうからやってきたのは、
紛れもないカティおばあちゃんの姿。

SzekesKalotaszeg 716

「 ちょうど、お宅に伺おうと思っていたんですよ。」
83歳になるおばあちゃんは、
ひと仕事した後で、疲れているようだ。
「 どうぞ、おいでなさい。」

SzekesKalotaszeg 720

ちょうど今の時刻は、村人たちが
畑から帰ってくるころ。
夏は、通りに人々が群がって
のどかにおしゃべりしている姿も見られる。

SzekesKalotaszeg 723

家に着くと、
おばあちゃんはその道具を置いて、
手を洗い、部屋の中へと案内してくれた。

SzekesKalotaszeg 728

机の上には、
作りかけの刺しゅうが置いてある。
華やかな輝きを放つシルク糸で、
黒いナイロン生地を、
ざっくりざっくりと大きく刺して、
バラの花を作ってゆく。
これは、お土産ものとしてよく売られている
タペストリーになる。

SzekesKalotaszeg 735

ナーダシュ川流域は、
ビーズ刺しゅうとして名前が知られている。
眼鏡をかけると、年齢を感じさせない針さばきで
縫いすすめるおばあちゃん。
畑仕事や家事の合間に、
あたかも自分自身を取り戻すかのように
豊かな時間が流れてゆく。

SzekesKalotaszeg 739

「 お母さんはどうしているの?」
以前いっしょに来た母親のことも、
ちゃんと覚えている。

日本へ帰ったことを話すと、
「 私は飛行機なんて無理だわ。」と、
澄んだ青い瞳が微笑んだ。

SzekesKalotaszeg 767

その薄暗い部屋に小さな明かりが灯ると、
赤い色彩が目に飛びこんでくる。
宝の箱からは、
次々と魔法のように美しい衣装を取り出すおばあちゃん。
「 私の叔母さんには子どもがなかったから、
 たくさんの衣装を受け継いだのよ。」

SzekesKalotaszeg 780

まさに衣装こそが財産。
艶やかな花模様と色の洪水、ビーズの煌きに包まれると、
不思議と気分も高揚としてくる。

SzekesKalotaszeg 791

未亡人であるカティおばちゃんは、
すでに黒しか身につけない。
それでも、その豪華な衣装を引っ張り出すと、
「 ほらね、これも綺麗でしょう。」と
誇らしげに見せる。

SzekesKalotaszeg 808

色とりどりのチロリアンテープに、
びっしりとビーズが散りばめられたブイカ。

「 あなた、これを着てみなさい。」
ずっしりと重いその上着を、
友人のSちゃんに羽織らせる。

SzekesKalotaszeg 836

袖を通してみたら、きっと分かる。
その作り手のひと針、ひと針の重みが。
そこにはビーズやリボン、フェルトの物質だけではなく、
カロタセグの女性のこころが縫いこまれているはず。

カティおばあちゃんも、
孫の晴れ姿を見るように嬉しそうだ。

SzekesKalotaszeg 841

カロタセグの遺産を守りつづける、やさしい番人。
この先どれだけの間、
この衣装たちは、
受け継がれていくのだろう。

SzekesKalotaszeg 853



次の日は、朝から雨。

いつもの通りに駅からは歩きなのだが、
今回はたくさんの荷物を抱え、
途中でいよいよ大降りになってきた。

メーラの中心には、
透かし彫りの美しい家が建っている。
カロタセグの美しい旋律が今にも、
耳をついてきそうなダンスのモチーフ。

SzekesKalotaszeg 954

村に来ると、決まって訪ねる家がある。
一人暮らしのキーシューおばあちゃんは、
刺しゅうで足を駄目にしたといわれる。

初めてその戸を叩いたときには、
ちょうど退院した後で、
大きく腫れあがった脚をひきずり、
家へ招いてくれた。

あれから一年、
体は随分とよくなり、また手芸も再開させたようだ。
いつものように、
水玉カップにコーヒーを入れて、
もてなしてくれた。

SzekesKalotaszeg 974

メッレヴァローと呼ばれるベストは、
余すところがないほどに、
びっしりと総刺しゅうされる。
優に2ヶ月はかかるという大作。

SzekesKalotaszeg 987

若い女性は赤、
こちらは年配の女性用なので
深い色合いとなっている。
やわらかな布が、刺しゅうで固くなるほど。
ウール糸の上にはさらに、
シルク糸で輝きをさらに加える。

SzekesKalotaszeg 976

もう他に作る人がいないといわれる、
男性シャツの刺しゅう。
白い生地に、白の細やかな刺しゅうは、
よく目を凝らしてみないと、
その美しさに気がつかないほど。

色が限られた男性の衣装ほど数が少なく、
そして驚くほどの技術や時間が費やされている。

SzekesKalotaszeg 968

「 これはどうなっているの?」
湧き上がる疑問をこらえられずに、
おばあさんに次々と質問を投げかけると、
なだめるように
「 よく見ていなさい。」
と朗らかな声が飛んでくる。

SzekesKalotaszeg 993

よく日に焼けた
ふくよかな指先が、
白い布の上を泳ぐように、
細やかな動きを見せる。

小さな糸の繊維を一寸の狂いもなくすくい、
細やかな穴を開けてから、糸でふさぐ。
神業の針仕事に、大きくため息がもれる。

ふと手を止めて、こう言った。
「 いい。手芸にはヒミツがあるの。
 それを知らなかったら、
 いくら見ても、縫ってみても駄目なのよ。」

その指と目と精神で、
おそらく数え切れないほどの布に魔法を施し、
その謎を探りえたに違いない。
 
SzekesKalotaszeg 1022

手芸を愛するものにとって、
彼女は魔法使いのおばあさんのよう。
色や煌びやかな輝きにも
決して引けをとらない、
自然な陰影だけで魅せる刺しゅう。

SzekesKalotaszeg 965

次の目標は決まった。
一日ここにいさせてもらって、
キーシューおばあちゃんのその神業をそばで見、
刺しゅうをしてみよう。

カロタセグの真の遺産は、
美しい文化を守り、腕を磨きつづける
このおばあさんたちなのだ。




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*カロタセグのビーズ刺しゅうについて、
 詳しくはもうひとつのブログにて。
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comments(2)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2010-07-25_23:46|page top

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No title
美しくて涙が出そうですね~。
タンスまで凄いペイントですね。きれい・・・!

白糸刺繍やドロンワークも 気が遠くなりそうです。
今ならもしかしたら 機械で似たものが
出来てしまうかも・・・。

日本でも昔の美しい染めや織りの着物類が
今では全く一握りの人だけの手で保管されて
いるんでしょうね。
私たちは普通の着物でさえ手を通しませんし。

美しく保存が必要と解っていても 現実の暮らしが
優先になり、なかなか気持ちが行かないのですね・・・。
Re: No title
霧のまちさん、
そうなんでしょうね。
確かに機械でも似たような物ができます。
一番怖いのは、
それを手で作るということに
価値を見出す人が少なくなっていくことだと思います。

日本でもそうですが、
だんだん人がものにこだわらなくなってきて、
美しいものを作る力がなくなってしまうのは
哀しいことだと思います。

昔の美しい染めや織りの着物類・・
そういうものを
生活のなかで愛着をこめて
使うことが一番なのでしょうけれどね。

私は日本では一切着物を着たことがなかったのですが、
ここではコンサートや演劇のときなどに
古着の着物を
着ていくようにしています。
日本人にとって、
どんな洋服よりも一番似合う、
晴れ姿だと思います。