トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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アーラパタク展示会

セーケイ民族博物館が創立されたのは、1875年。
当時は、オーストリア・ハンガリー帝国時代。
中世から特権身分であったセーケイと呼ばれる、
ハンガリー系民族の博物館として発足した。

現在の、緑の尖塔の建物ができたのは1910年。
トランシルヴァニアを代表する建築家、
コーシュ・カーロイの設計によるもの。

Arkos2010 187

第2次大戦下、
このセーケイ地方の文化的遺産の大部分は
首都ブダペストへと運ばれる途中で被爆し、消失してしまったという。

この建物だけは、当時の趣をそのままに忍ばせている。
グラフィック・アーティストとしても知られていたコーシュ・カーロイは、
部屋のすみずみにある室内装飾にまでこだわった。

彼はフォーク・アートを創造の源泉としたため、
トランシルヴァニア農村のあたたかみが感じられる。
取っ手には、木彫りのモチーフが見られる。
ずっしりと重たい木製の扉をひらいて、中へ。

Arkos2010 184

白い漆喰の輝く、柱のそびえるエントランスから右へ。
薄暗い小部屋をはさんで、
先に見えるのが企画展示室。
チェスの板のように、白黒の市松模様が特徴的なホール。

Arkos2010 142

展示会の会場は、大きく二つに分かれる。

ひとつは、20世紀前半の古い手芸。
この時代を象徴するのは、飾りベッドである。
かつて農村の女性たちは、嫁入り道具として
ベッドカバー、ピロカバー、クロス類を
すべて自分たちの手で作り出さなければならなかった。

muzeum 008

ちいさなベッドは飾り用で、
使用されることはまずなかった。
はじめに藁を中に詰めた袋がベッドを覆う。
それから赤の織りのベッドカバー、
白い織りのベッドカバーは一層ずつ折り重なって、
端のレースやタッセル飾りがほんの少しだけ覗く。

muzeum 022

この美しい層の上におかれたのは、
古いタイプのピロカバー。
細長い枕のかたちに合わせて、
底の部分を美しい刺しゅうが飾り立てた。

muzeum 025

クロスステッチが施される手芸というのは、
もっぱらこの飾りベッドの一部である女性の嫁入り道具であると言っていい。
この時期に作られた長いピロカバー、
ベッドカバー、かごにかぶせるクロスなどを陳列してある。

muzeum 016

第一次大戦後に、
この飾りベッドの習慣がなくなると、
手間隙かけてこうした嫁入り道具を作り出す必要もなくなる。
そうして新しい都市文化の流行をうけて生まれたのが、
ロングタペストリーである。

当時の農村文化を代弁するような、
信仰の言葉やユーモラスな短い詩が付け加えられる。
この時期は伝統模様よりも、
図案集によって広まった、バラや天使、鳥などの模様が好まれる。
アーラパタクでは、織りクロスステッチという技法はそのままに受け継がれた。

ICIRIPICIRI45 203

やがて第二次大戦後になると、
手芸の火が消えかかりそうになった時期に、
村の教師であったチュラク・マグダの収集活動がはじまる。
125のアーラパタクの伝統モチーフが集められた本が刊行されると、
女性たちはふたたび針を持ち、
今度は伝統図案を新しく自分たちの生活に必要な用品に
応用させていった。

ここから生まれた新しい手芸を、
古い手芸と対応させて展示している。
現在村で生活をする女性たちの厚意で、
展示会場をたくさんの赤いクロスステッチが埋めることになった。

ICIRIPICIRI45 199

タペストリーには、
古いピロカバーやロングクロスの図案が取り込まれ、
複雑なマクラメ編みでさらに華やかに彩られるようになる。
村の女性たちは図案集に忠実に、
そして時にはあっと驚くようなアイデアで
生活を彩る小物たちを生み出した。

muzeum 028

会場の一角には、
古い時代にはモチーフがいかに多種多様であったかを
見比べる試みもされている。

嫁入り道具には、自分が作ったものしか
もっていけなかった。
それを証明するためにも、
伝統モチーフを自分なりにアレンジをする必要があったからである。
ここでは、「かたつむり」モチーフのさまざまなアレンジが見られる。

手芸で大切なのは、
材料であることは言うまでもない。
昔はすべて、家庭で栽培された麻で家庭で織られた生地を使っていた。
やがて需要がなくなると、
工場で生産された既成の生地が取って代わるようになる。
その時代によって、手に入る生地はもちろん違う。

既成の布が手に入らず、
たとえばカロタセグのイーラーショシュ模様が印刷された生地を裏返して、
刺しゅうをした例も見られる。
90年代には、さらに既成の生地がまったく手に入らず、
固いナイロン製の素材や、穀物袋に刺しゅうをするという驚くべき例もあった。
その時代、時代を代弁する素材というものに注目をするコーナーである。

ICIRIPICIRI45 196

フォーク・アートが感動を与えるのは
一人の人間が作り出したものではなく、
限られた共同体の中で、
長い年月をかけて少しずつ形作られたからに違いない。

たくさんの数知れぬ女性の手が、
その想いや祈りが込められた手仕事であるから。

いまや存続を危ぶまれている
アーラパタクのハンガリー文化。
それは、儚くも美しいクロスステッチ。

muzeum 031


セーケイ民族博物館HP


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comments(8)|trackback(0)|イベント|2010-11-09_20:39|page top

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No title
伝統の手芸を失ってはいけないと願う人が
やはり いたんですね~。

図案集の編纂は 画期的だったのでしょうね。
言い伝えや 口伝えでは及ばない細部まで
きちんと図示してくれますし。

ベッドカバーが幾重にも重なっている写真で
大きく写されているのを見て ふちまで
ちゃんと手編みされた丁寧な作品だと
改めてびっくりします。

物資の少なさが その年代の作品を見ると
よく解るのでしょう…。
私も92年に北京北部で購入したパッチワークに
それを見ました。
当時のあの地は まだ冬の時代。
ナイロンや 中綿などは紙まで使ってあり…。
No title
涙が溢れそうなくらい
感動しています。

その思いは
私だけでなく
沢山のそちらの皆さんにも
伝わるはずです。

忘れてはいけない何かを
また教えてもらった気がします。
また、私も手を動かします。
私の表現力は
言葉ではなく手。。
手で針と糸を持って
この感動を形にしたいです。

まずは
ここまでのご苦労、お疲れさまです。
そして、最終日まで
体調をこわされませんように。

そして、
本当のお疲れさまを言える日を
楽しみに喜界島からエールを送ります。
Re: No title
そうなんです。
時代の節々にそういう人物が現れて、
消えかかっていた伝統文化に再び新しい火をともしながら
ここまできました。
ただ人口の減少だけはどうにもなりません。
まず安全に生活できる環境ではないのですから・・。

図案集も素晴らしいもので、
できたらこの本を再版することができたらと
今調べているところです。

皮肉なことに、図案集がない時代がいちばん理想的でした。
女性たちは目で図案を盗み、
自分流に工夫を施して、
二つと同じものがなかったのです。
それでも、時代の流れで
その力を借りないと伝統を維持できなかったのです。

あのベッドカバーにおかれたピロカバーは、
すべて約100年前のものですので、
驚くほど丁寧に作ってあります。
縁かがりのやり方まで、決まっているんです。

90年代はじめの中国・・・
まだ行ったことがないのですが、
今では考えられない世界だったのでしょうね。
そのパッチワーク作品、
ぜひ拝見したいです。
いつかブログで見られるのを
楽しみにしています。
Re: No title
twelveseventeenさん、
どうもありがとうございます。

展示会の企画から約半年・・。
雑然とした村の雰囲気のせいか
中にはよそ者に理解を示さない方もいらっしゃいました。
私たちが収集ができなくなるような狂言が
村を周ったこともありました。

博物館の館長さんの予定外の日程変更、
博物館員の方から叱咤を受けたこともありました。

それでも展示会の日が迎えられました。
本当にありがたいことです。
何よりも、この手芸の美しさが、
私の拙い説明よりも
直接的に見る者のこころをつかんでくれるに
違いないと思います。

遣りきれなかった部分もありますが、
会場へ胸を張って行きたいと思います。

いつか喜界島で
ご報告をさせてくださいね。
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はじめまして
始めまして。以前よりトランシルヴァニアの暮らしのブログ、楽しく読ませて頂いております。こちらのブログに出会うまでは、トランシルヴァニアという土地には古い伝統が残っていて、綺麗な手工芸品があって…  そんな、ぼやけた夢のようなイメージとちょっとしたあこがれだけを抱いていました。ブログを読み続けていくうちにまだ見ぬ土地のさまざまな暮らしと文化をタイムリーに垣間見ることができ、まさにタイトル通り扉を開けた感じです。そして、正直日本人で暮らしていらっしゃる方がいる事に驚きましたよ。

展示の開催おめでとうございます。1つ1つのステッチに意味があり、大切に産みだされたものと思うとどれも愛おしく感じますね。土地の方も遠い日本からやってきた人が、自分たちの文化を守ってくれようとしていることに感激しているでしょうね。

これからもずっとずっと楽しみに拝見させて頂きます。
どうもありがとうございます!
はじめまして、あさみさん。
トランシルヴァニアの扉を開き、
この土地のことを知っていただいたこと、
心からうれしく思います。

私が大学生で、
トランシルヴァニアに興味を持ちはじめたときには、
インターネットもなく、本だけが頼りでした。
もっとよく知るためには、
ハンガリーから国境を越えて、
当時はビザの必要だった
見知らぬ国ルーマニアへ行かなくてはなりませんでした。

今はこのように、展示会の様子を
日本の方々に紹介することができて、
便利でありがたいことと思います。

女性の針に込められたもの、
これからも紹介し続けたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。