トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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忘れられない後姿

その朝は、
ことさら寒さが身にしみた。
辺りは真っ白にかすんで見え、
冷たい湿った空気が一面に滞っている。

木々は、まるで真っ白にお化粧をしたようだった。
やっと顔を出しはじめた太陽の光が、
空気中の細やかな氷の粒をキラキラと照らす。
ダイヤモンドダストだ。
信じられないほどに、青いそら。

氷でカチカチに凍った道を
ソリに引かれていくと、
大通りの向かい側に
まぶしいものが確認できた。

何だろう。
よく目を凝らしてみると、
それは女性の衣装だった。
スパンコールが一面に施されたクリーム色のエプロンと、
ピンクのロングスカート。
そして黒いお下げの髪には
赤いリボンが編みこまれ、地面に届くほどの長さでひらめいていた。

黒ずくめの町をゆく人たちの中で、
その色は際立っていた。
その少女を守るようにして、
ずっと地味な服装の父親と母親が前を歩いていた。
いかにも箱入り娘のようだった。

女性の私でも目が引き付けられる少女のいでたちに、
ふと昔のことを考えた。
嫁入り前の少女のことを、
かつては「売り物の娘」と言っていた。

それは決して、お金で買取するという意味ではない。
女性が成熟して適齢期になったから、
親は見てそれと分かるように美しく飾り立てて、
その自慢の娘をそれとなく殿方たちの前にお勧めしているのだ。

もちろんいつの時代も、
女性は年頃になったら、お洒落をして歩くもの。
けれども、両親によって
しっかり守られた少女のお洒落は、
それとは違う「本気の気品」を放っている。

エプロンにプリーツスカートは、
カロタセグの女性も身に着けていた。
地にとどくほどのお下げの髪とリボンも、
セーケイやセークの女性たちを美しく見せていた。

今は一部のジプシーだけが、
こうした昔の習慣を健気に守っている。
しかし100年前は、
ハンガリー人の少女、ルーマニア人の少女、
ザクセン人の少女・・。
それぞれが美しくふさわしく装い、
さぞ往来は華やかだったことだろう。

その後姿が消えていくまで、
不思議な懐かしさ、憧れのようなものが
胸を渦巻いていた。




トランシルヴァニアをこころに。

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Theme:ルーマニア
Genre:海外情報

comments(2)|trackback(0)|ジプシー文化|2011-02-06_15:17|page top

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No title
ああ、目に見えるようです。
それと言うのも みやこうせいさんの写真が
頭に残っているからです。

それはたぶん 何日に一回の お祈りの日・・・。
特に後姿の写真が多かったです。
細く長~いお下げの先には 赤いリボンが。
ロング丈のきれいな揃いのスカートをはき、
皆で連れ立って出掛ける・・・夢のような
風景でした。
ウェストの位置が高いなぁ などと驚きながら
写真を眺めたものです。

もう 普通には その景色は無いのですね。
Re: No title
霧のまちさんセークなら、
日曜日には見られる衣装を着た人たちが
まだ見られます。

1976年の暮らしの手帖で、
増井和子さんが「ルーマニアのブラウスをもとめて」という
記事を書かれましたが、
この時代には、セークの若い女性たちが
クルージの町で衣装を普段着として着ていたようです。
今はこの世代の中年女性がまだ衣装だけを着ていますが、
若い女性はもう普通の洋服姿です。

みやこうせいさんが行かれた
80年代には、もっと美しいルーマニアがあったのでしょう。
今はヨーロッパ化しようと必死ですが、
それとともにルーマニアらしさを
失っていくのではないかと心配です。

このジプシーの少女の後姿、
カメラを持っていなかったのですが、
しっかりと目に焼きついています。