トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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イーラーショシュのおばあちゃんとの出会い2

おばあちゃんの咳の音で、夜分も何度か目が覚めた。
突然泊めてもらったものの、
もしも病院へ行くことになったらと心配だった。

村には診療所すらない。
月に一度、町から医者が訪問する日が決まっているだけで、
緊急の場合は隣村までいかないといけないということ。
いくらこの村が気に入っても、
ここに子どもをつれて移住するかと聞かれたら返事に困るだろう。

昨夜はロールキャベツを温めて食べたり、
韓国時代劇をおばあちゃんの詳しい解説を聞きながら
いっしょに見たりして、あっという間に就寝時間となった。

寝巻きに着替えてスカーフを取ると、
80歳のおばあちゃんの細く長い黒髪があらわれ、はっとした。
「 私の父親も、80を過ぎても髪が黒々としていたわ。
 そういう血筋なのかしらね。」といたずらそうに微笑んだ。
昔の女性は髪を切らないらしい。

朝になると、私たちが目をさめても、
寝息を立てていた。
きっと夜はずいぶんと寝苦しかったのだろう。

まもなく目が覚めると、
薪に火をくべて一日がはじまる。
昨夜のようにパンにクリームを塗って朝食の準備していると、
「 私は、ココアにパンを浸して食べるわ。
 人に食事の世話をしてもらうほど、まだ老いぼれていないからね。」
とおばあちゃんはきっぱりと断った。

明日町へ出かける準備があるようだから、
私たちは早々にしたくをして家を出た。
土曜日にまた、村に帰ってくると約束を交わして。

朝に雨がぱらついたようだ。
うすどんよりとした空の下、道はしっとりとぬれていた。
私たちは、小高い丘にそびえる教会を目指した。

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カロタセグ地方のとんがり屋根の教会は、
トランシルヴァニアを代表する文化人コーシュ・カーロイが
グラフィック作品のなかで好んだテーマである。
郷土愛あふれる彼の文学、美術そして建築活動は、
戦後のハンガリー人を力づけ、トランシルヴァニズムという運動も起こした。

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教会の扉は、物憂いブルー一色で染められ、
カロタセグを象徴するチューリップの花もようが描かれていた。

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教会には牧師がいない。
ブジおばあちゃんによると、
この村に20年以上居座った牧師は、村で問題ばかり起こしていたそうだ。
教会は村の象徴であり、唯一の文化的中心地である。
村で教会のまとまりがないと、その村全体の文化生活が色あせて
村に活気がなくなってしまう。

IMG_4899.jpg

イーラーショシュの生まれ故郷であるのにもかかわらず、
ほとんどは60年代70年代以降で教会のタペストリー作りも止まっている。
今は亡き女性たちの手によって作られた赤い花が、
体に血をめぐらせるようにして活気付けているようだ。

IMG_4864.jpg

教会の天井を仰ぐと、目のくらむような花の文様の集まりに圧倒される。
村の中心であり、精神的生活を支えていた教会は、
人々の描き出した宇宙の縮図である。

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ぐるぐると回る風のようなイメージ、
月や太陽、大地の恵み・・。
人生の節目節目を見とどける教会の天井画。
神の偶像を禁じられたプロテスタント教徒たちに、
古くからの自然への崇拝を自然と呼び起こさせたのではないだろうか。

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雨が降らないうちに、私たちは早々に次の村を目指した。
村を歩いているうちに、半分は空き家でないかという気がしてくる。
持ち主によって耕されている土地が、
広大な土地にぽつんぽつんとまばらに見えてくるのが、寂しさをそそる。

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「コレクティブ(集団経営)が村をダメにした。
自分たちが先祖代々うけつだ土地を国に奪われ、
農作業の楽しみがなくなった。」ブジおばあちゃんの言葉が胸に響く。

社会主義時代には、町に工場を次々と建て、
工場労働者を作ることばかりに力が注がれた。
その時代に生きた人たちが、農業を捨ててしまったのも仕方がないことだろう。
それは生まれ故郷を捨てることになる。
ルーマニアには、宝石のような美しい村が数え切れないほどあるが、
それが消えてしまうのも時間の問題である。

雨にぬれて隣町にやってきた。
イーラーショシュの本を見ながら、
図案描きの職人さんの名前を拾い拾い、尋ねる。
「 ああ。もうその人はいないよ。」と老人の声が漏れる。
それでも当時一番若かった、ボルバラおばあさんは生きているらしい。

村はハンガリー人が少なく、ほとんどがルーマニア人のようだ。
顔を見てもどちらがどちらか分からないから、
どちらの言葉で通行人に話しかけていいか分からない。

黒ずくめの衣装を着たおばあさんが遠くからやってきた。
探しているボルバラおばさんであることが分かると、安心した。
「 今さら、イーラーショシュなんて。
 もう何年も描いていないわ。」とおっとりと話すおばあさん。

若くで主人をなくし、黒い喪服姿に包まれているものの、
話しているうちに若々しい笑顔がみられるようになった。
「 もう、ここの村はダメね。
 昔はハンガリー人も多くて、活気があったのだけど。
 若いときは皆であれだけ歌っていたのが、懐かしいわ。」

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おばさんと話すうちに、
イーラーショシュについて書かれた唯一の本の著者、
シンコー・カタリンが村にいることを知った。

村の教会の方へ向かう。
「 ギギギギ・・・」
大きな歯ぎしりのような音が聞こえてくるので驚いて見ると、
教会のちょうど屋根のところにキツツキが止まってるようだ。
中が空洞のため、驚くほど大きい音がこだまする。

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教会の外側には、ルネサンス時代の石の彫刻が
美しい状態で残されている。
少女が両手でヘビをもっている不思議なモチーフは、
セイレーンを描いたもの。
下半身が魚となった、尾びれの両側を広げているのは、
教会にあって不謹慎なようにも見える。
ヨーロッパの古い教会の入り口に、
わざと女性の性器を見せる彫刻があるのも、
キリスト教以前の呪術的な信仰と関係があるのかもしれない。

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教会に入ってすぐに目を奪うのは、
ベランダのような形をした二階部分である。
柱には、ブドウのツルにそって黒いカラスの群れがはい上がり、

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やがてハート型の模様に行き着く。

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カセット型の天井画こそ見られないものの、
二階部分の縁には、隣村の天井画の片割れのような
力強いペイントがどっしりと並んでいる。

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ゴシック時代からの古い石の入り口には、
植物模様のペイントが見られる。
ひとつの教会の中にいくつもの時代の層が見え隠れしているのが、
また面白いところだ。

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そして、一番新しいものが女性の針仕事である。
青い刺しゅうのタペストリーはまだ目新しく、
教会が村の住民たちによって手をかけられていることが伺える。

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教会のまだ先の家が、シンコー・カタリンさんの家である。
村出身のイーラーショシュの研究家は、彼女自身も図案を描く職人であり、
訪れたときもちょうど手を動かしている最中だった。

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「 教会の青い刺しゅうはね、
 何かの機会でイーラーショシュを新調することになって、
 私が青一色にすることを進言したのよ。」
ひときわ珍しいペイント家具を引き立たせるにも、
深い青は落ち着いた効果をもっていた。

カタリンさんが管理するという、小さな部屋。
昔ながらの藁の家を教会が買い取り、
古い民家の内装が再現された形で展示されてある。

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カロタセグのイーラーショシュを世界へ知らしめた、
ジャルマティ・ジガ婦人もこの村の出身だった。
いつも村の指導者的人物の女性が現れ、進んで刺しゅうの文化を改革させては、
大いに宣伝していくという道すじをたどってきた。

古い嫁入りだんすには、雛を育てる母鳥が描かれてある。
結婚は若い女性の願いであり、その母親の祈りである。
かつてそのたんすいっぱいに、美しい刺しゅうで飾り立てた品々をつめて、
女性たちは新しい家へと嫁いでいった。

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ボルバラおばさんの所へ帰ると、早速ひとつ図案を描いてもらうようにお願いをした。
手作りの麻の糸の手織り布は繊維ひとつひとつが粗く、ペンの先が引っかかる。
ひとつひとつの手順を思い出しながら、おばさんの指先がゆっくりと動く。

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図案描きの職人さんは生きていても、村にはもう作り手がいない。
イーラーショシュの中心はすでに、
商業的に生産される大通り沿いの村へと移ってしまったのだ。

村を出たのは、午後おそくになっていた。
精霊の住みかのような藁の家が、ぽつんぽつんと
なだらかな丘に立ち並んでいた。

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ネコヤナギの芽がもう出ている。
鮮やかな銀色に輝く、その白いつぼみは動物の毛のようにしなやかだ。

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枝を一本折っている間に、後ろから車がやってきた。
すぐに私たちの前で止まると、慌しく車の中へとすべりこんだ。
私たちはもう、クルージの町を目指していた。




トランシルヴァニアをこころに。

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comments(5)|trackback(0)|カロタセグ地方の村|2011-04-04_17:23|page top

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非公開コメント

No title
徒歩やヒッチで 老人などを訪ね歩くと言う地味な
ことを 本当によくやっておられますね。
凄いなぁと思います。
青い色ばかりの刺繍・・・刺す人は 飽きてしまわないかと
つい思いがちです。(笑)
教会は やはりそう言った作品が残っていく唯一の
場なんですね。
 天井や柱に描かれた細かい描写の絵、美しいですね。
Re: No title
日本でもそうですが、
戦前に生まれた人たちがやはり
今の時代にない素晴らしいものをもっていると思います。
そしてそういうお年寄りの方がいらっしゃるのも、時間の問題・・。
だからこそ、急がなければという気持ちが起こります。

イーラーショシュは進みが早いので、
大きな作品でもそう辛くはないでしょうが、
目の細かなクロスステッチは特に目が見えるうちでないと
ダメでしょうね。

教会は、その土地を映し出す鏡のようなものだと思います。
教会には惜しみなく、手仕事=労働をささげますから、
その土地の特徴が見られますね。

教会のペイントも、その土地独特の味があって好きです。
アカデミックな雰囲気のカトリック教会とは違って、
教会の装飾が村人主体なのが面白いですね。

この地域に過疎化が進んだわけは、
一子しか設けない習慣があるためだといわれています。
土地がやせていて、財産を多く残すためといわれますが、
結局はそれがカロタセグの首を絞めているように思われます。
これから10年20年後はどうなってしまうのだろう・・と心配になります。
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
No title
自分たちのために作っていた物を、人のために(商売のために)作るようになってしまうと、
なんて言うんですか、全く違う物になってしまうんですよね。作った人も、できた物は全く同じなんですけど。
Re: No title
Marosvasarhelyさん、まさにNepmuveszet(フォークアート)の醍醐味は、
その土地の人たちが自分たちのために作ったものであるということです。
それが商用に数多く生産されてしまうと、
まったく意味合いが変わってしまいます。
ただカロタセグ地方の場合は、すでに19世紀末にその流れができはじめていたので、
刺繍もこのような道をたどってしまうのは当然かもしれません。
ただ、現地の人たちが自分たちのためにという別の用途で
作られてきたというのは(教会装飾用を含め)幸運だったかもしれません。