トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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チークセレダで日本の講義

チークセレダ(ルーマニア語でミエルクレア・チウク)は、
トランシルヴァニアのハンガリー系住民が70%以上を占める町である。
セーケイ地方の中心地のひとつとして知られている。
そこに隣接するチークショムヨーは、
カトリック教の巡礼地として有名である。

今から三年前に、ハンガリー政府の支援をうけて
ハンガリー少数民族のための大学が設立された。
サピエンツィア総合大学。
かつてトランシルヴァニアに住む100万人以上のハンガリー人にとって、
母国語で大学教育を受けることは限られていた。
10年ほど前まではハンガリー語と文学、民俗学などのごく限られた分野のみで、
それ以外の専門はルーマニア語で勉強する以外になかった。
この大学には技術社会学部や経済人文学部が創設され、
幅広い可能性が与えられることとなった。

ここで、日本のシンボリズムに関する講義に招かれた。
小さな公民館や教会の婦人部などでの経験はあるが、
大学は生まれてはじめての経験である。

5月4日。
その日は10時過ぎの電車があると聞いて駅へ向かったが、
駅で待っていると、その電車は週末だけの運行であることを知り、
引き返すことになる。
次に向かったのは、ヒッチハイク・ポイント。
北の国道へ通じる道で、数人がその行き先をアピールしている。
ここで30分ほどねばったものの、やはりダメで
とりあえず姑宅へと向かった。

1時過ぎの電車に乗れば、4時の講義には間に合うと聞いていた。
その鈍行列車にのって、本を開いて準備をしていると、
向かいに座ったおじさんは鉄道の社員のようだ。
「あといくつで着くの?」とたずねる息子に、
これからの停車駅の名前といっしょに教えてくれる。

駅からは近くに大学があると聞いていた。
チークセレダの中心地は、共産主義時代の
巨大で乾燥したコンクリートの塊が立ち並んでいる。
大学の看板も見つからないままに、それらしき建物の中へと入場。
受付で教員の名前を告げると、
奥の方から当の本人ががやってきた。

大学の入り口に小さな張り紙。
講義のタイトル、「神道の祭りにおけるシンボリズムの世界」と書いてある。

csikszereda 016

社会学部の講師、フッベス・ラースロー。
彼の息子さんに日本語を教えている縁から、
思いがけずこんな場所に呼ばれることになった。

「今の学生たちは、ひどい怠け者でね。
そう期待しなくていいよ。10人・・・20人いたらいいほうだよ。」
たびたびそう聞いていたので、
私にとっても力をいれずにこの日に望むことができた。

当日に急遽、教室が変更となって、
大講義室のような場所に案内された。
席につくのは若い学生たちのほかに、初老の大学教授の姿もあった。

まず日本独特の宗教、神道というものを説明することからはじめた。
紙や木、鏡、注連縄、蛇信仰、田の神、山の神についても述べながら、
宮崎県の夜神楽に見られるシンボリズムを読み解いていくという試みだった。
神事と民間信仰の入り混じった神楽に、
日本文化を理解する鍵が隠れているような気がしてならない。

私自身、幾度か夜神楽を見に行き、
実際に夜を明かした経験が何度かあるので、
今回、故郷の神楽を通じて日本を紹介できたのは大きな喜びだった。


(チークセレダの地方局の番組で、この講義が紹介されました。)

終わりに講演の質疑において、
サピエンツィア大学の民俗学教授バラージュ・ラヨシュ氏から
日本のシンボルと、トランシルヴァニアの民俗行事、民話、民謡におけるさまざまな関連性を
ご教授いただいた。

1.春の増殖儀礼について
春神楽と呼ばれる宮崎平野の神楽において、
田の神舞を通じて農業の収穫を祈願するという意味あいが重要である。
チークセントドモコシュでは、
5月に女性が男性の上にのって丘を転げ降りるという儀式が今でも行われているらしい。

2.鏡のシンボルについて
日本では言うまでもなく鏡はアマテラスオオミカミのシンボル、
太陽の象徴として伊勢神宮をはじめ崇められている。
トランシルヴァニアでは、愛の象徴として伝えられている。
民話の中でも、森で迷った男が鏡に映し出された美しい女性に恋をするというモチーフがある。

3.棒のシンボルについて
神楽の中でも杵つきの舞があり、
男性が杵で、女性(役)の籠を打つ動作が見られる。
ルーマニア人の踊りで棒をもって踊るというものがある。
これもまた、大地に豊穣をもたらす象徴として信じられている。



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Theme:ルーマニア
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comments(6)|trackback(0)|その他|2011-05-06_15:40|page top

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No title
日本語でも難しい内容の講義を よくされましたね~。
感動です。
大学の案内板のデザインは しめ縄ですね。

神道・・・日本の基本ですね。
多くの仏教は 葬式の為だけにある など
よく言われていますし。

私の岐阜県の実家は神道なんですよ。
神官の方が祝詞をあげて 様々な行事を行います。

ルーマニアの諸行事にもいろんな共通点が
やはりあるようですね。
Re: No title
霧のまちさん、
ほんとうに身にあまるくらいの光栄な機会でした。
私自身、こんなことがない限り、
調べることもありませんし・・。
日本から持ってきた本のなかにも
神楽関係が3冊ありましたので、よかったです。

ご実家は神道なんですね。
新式の葬式はまだ見たことがありません。
私の出身の南九州には結構多いみたいです。

宮崎の夜神楽には、
神道や民俗神、そして仏教色も混ざっていたりして、
いかにも日本らしさを感じます。
また今回調べているうちに、
島根の大元神楽にも興味をもちました。
いつか見に行ってみたいです。

講義は、自分で作った資料をスクリーンに映して、
写真を交えながら話したのですが、
この文字を読むという作業が大変で・・。
まるでこちらの小学生の朗読みたいだとダンナに言われました。
「話す」ことと「読む」ことの大きな違いを感じます。
いつまでたっても、日本の文字が基本にあるので、
ABCだと流暢に読めないんです。

いろいろ失敗点もありましたので、
次に生かしたいです。


はじめまして。
たまたまいきついて、美しい風景と、心温まる文章を
拝見させていただきました。大阪在住の者です。
また、今回はいいお仕事をされたのですね。

在学中、ハンガリー系スロバキア人と文通をしたことがあり、
こちらに留学していたハンガリー人の方を紹介しました。
その人あてのハンガリー語の手紙が気になり、97年当時で、
外大を訪ねてハンガリー語専攻の方を探して、訳をお願い
したことがあります。

その翌年、東欧旅行をして、ルーマニアにも6日ほど
滞在し、クルージにも寄ました。マラムレシュ地方まで
足をのばせなかったことが残念です。

これからも、素敵な記事を書いてくださることを期待して
おります。また、ご家族の皆様ともども、ご自愛ください。
Re: はじめまして。
はじめまして、H.Aさま。
コメントをどうもありがとうございます。

ハンガリー系の少数民族は、
ルーマニアのほかにスロヴァキア、セルビア、オーストリアにもいます。
それぞれにアイデンティティをしっかり守って、
生活しているのは凄いことだと思います。

90年代にトランシルヴァニアを訪れられたのは、
きっと素敵な体験だったことでしょうね。
もう大分、こちらも変わってきています。

私が外大のハンガリー語科に入ったのは
97年でしたから、ひょっとしたらどこかでお会いしたかもしれませんね。

これからもトランシルヴァニアの魅力を
ブログを通じてお伝えしていきたいと思います。
どうもありがとうございました。
おひさしぶりでした
うわ~こんな有名人だったんですかぁ。
ルーマニア語もペラペラ!!
驚きましたぁ~!!

カンボジアから帰って
まもなく、地震だの放射能だの大変でした。
トランシルバニアに逃げたい(笑)
また、ときどきお邪魔します
Re: おひさしぶりでした
田中仁さん、カンボジアの結婚式いかがでしたか?
あれから、日本では大変なことがつづき、
私も心配でしばらくは何も手につきませんでした。
パソコンのクリックひとつで、
心がトランシルヴァニアへ飛んでいくようなブログになればと思います。

ここに住む日本人は珍しいですから・・・
それだけで有名人になれますよ。
話しているのはハンガリー語です。
ルーマニア語は、まだ中学生の英語並みです。
これから頑張らないと・・といつも思っています。