トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja-

古きよきヨーロッパの面影を残す、トランシルヴァニアへの扉をそっと開いてみませんか?

::自己紹介::

谷崎 聖子

Author:谷崎 聖子
1978年宮﨑生まれ。
大阪外大、ハンガリー語学科卒業。
ブダペスト大学で民俗学を専攻。
ルーマニア、トランシルヴァニア地方のフォークロアに惹かれて、セーケイ地方に移住、結婚。
三人の子育て中。

伝統手芸研究家。
トランシルヴァニアの文化、手しごとを広める活動をしています。主な著書「トランシルヴァニアの伝統刺繍 イーラーショシュ」、「カロタセグのきらめく伝統刺繍」。

東欧雑貨ICIRI PICIRIFOLK ART Transylvaniaのオーナー。

詳しくは、森の彼方-トランシルヴァニアへの扉をご覧ください。

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あるジプシー老人のこと

ある月の明るい晩に、とあるジプシー老人と出会った。
その姿はいつか見かけたことがあったのだが、
ふと好奇心が沸きおこって、話しかけてみようとする勇気が出たのだ。
おじさんは、思ったよりも優しい笑顔で答えた。
差し出したノートに、よたついたような文字で彼の名前が刻まれた。

ジプシーの踊りが得意なおじさんにダンスを見せてもらうように頼むと、
ある日、きれいに正装してやって来てくれた。
孫娘といっしょに踊るおじさんの姿を映像に収めることができた。
私はおじさんにお礼のお金を差し出した。

おじさんは酒呑みだった。
普通の酒では飽き足りず、消毒用アルコールを愛飲していた。
やがて、宿無しの老人である事が分かった。

おじさんの話の半分以上は狂言だった。
分かりやすい嘘はかえって、
彼独特のユーモアとなって映った。
そして、その嘘の中のちょっとした真実には
きらりと光る凶器のような鋭さがあった。

おじさんの住んでいたところは、
かつてのセントラルヒーティング、今は廃墟となっている建物だ。
真冬には、マイナス30度の中をも暖房なしで生き抜いてきた。
行こうと思えば身寄りはあるはずなのに、
何故かそれを拒み続けていた。

その長い冬を果たして彼が越せるだろうか心配だった。
やがて春が来ると、
おじさんは生まれ変わった。
いつの間にか新しい妻を見つけ、
新居の廃屋に小さな家庭を築いていたのだ。
もう、近くの商店の前で物乞いをする姿も、
ゴミ箱をあさっている姿も見なくなった。

奥さんは、ジプシーではなくハンガリー人だった。
宿無しで無職のジプシー老人のところへ来るなんて、よほど風変わりな女性だろう。
そういえば、昔の奥さんもハンガリー人だったと自慢していた。

おじさんは10歳くらい若返ったようだった。
たまに道で出会うと、背中に棒をかついで
いかにも今仕事から帰ったところのような風体でこう言っていた。
「ずっと、ここには居られないからね。
女房は、この寒さを耐えられないさ。
だから、家を建てようと思っているんだ。
書類さえまとまったら、すぐにでも取りかかるつもりだ。」

やがてまた厳しい冬がやってきたが、
その住み家へ向かうことはなかった。
再び、春が来た。
おじさんと出会うたびに、こう言っていた。
「いつ家へ来るんだい。
もう喪は明けたからね。踊りを見せてあげる。」

いつの日か、
夕方ゴミ捨て場に向かうと、
うす暗い中を帽子をかぶった男が立っていた。
おじさんだった。
アルコール臭い匂いを漂わせ、
鋭い目つきでこう言った。
「困っているんだ。金をくれないか。」
嫌とも言わせないような、差し迫ったものを感じた。
財布から一枚取り出して、差し出した。

これまで、私に物乞いをしたことがなかったおじさん。
不幸な影がうかがえて、
その後しばらく後味の悪さが残っていた。

水曜日の晩だった。
ゴミ捨てからもどってくると、
ダンナがこう言った。
「君の友人が死んだよ。」
誰のことかと問いただすと、おじさんの名前を言った。
「今、そこで娘と会ったよ。
こんな時にはお金を渡すものだからって、そこで待ってる。」

しばらく考えた。
娘にではなくて、できればおじさんに渡したかった。
お金をポケットに突っ込んで、ダンナをつれて外へ出た。

ゴミ捨て場の、いつもの場所に娘が立っていた。
「父さんが死んだ。心筋梗塞で・・。」
めったに行かないおじさんの住み家を訪ねてみると、
すでに病気だったらしい。
それから延々と病院へ運ばれていった時のことを話し出した。

「何か胸騒ぎがしたんだ。
きっと神様がそうさせてくれたのだろうね。
私を抱き寄せて、撫でたりキスをしたりして、こう言ったよ。
お前は本当の孤児になってしまうな。母さんにも、父さんにも死なれて・・。」
彼女は涙を流していなかった。

話し終わると、こう言った。
「こんな時には、みんな少しばかりのお金を置いていくものだよ。
私も知っての通りの貧しい身で、葬式の後のもてなしだってしないといけないからね。」
握っていたお金を手渡した。

通りでもう出会うことのない、
帽子と棒を肩にかついだ後姿をぼんやりと想った。
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comments(0)|trackback(0)|ジプシー文化|2011-05-25_04:13|page top

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